「装甲厚くても、刺しちゃえば同じ」
「……!!」
ぼーっとした言葉遣いで呟くフィフスだが、その銃剣には必殺の意思が込められていた。
狙うはコクピット。ここを突き刺せば終わる。マカリとの作戦なんて必要なかった。そう、つまらなさそうにフィフスはストライクを見ていた。
キラは銃剣突撃をしてくるジンハイマニューバ(以下ジンHM)の姿を見ていた。このストライクの反応速度では、間に合わないのではないか。
そう思った。以前の調整のままのストライクならば。
操縦桿を捻る。セカンドレバーを押し倒し、左ペダルを踏み込む。ストライクが、ヘリオポリスでは見られなかったように身体を捻り、ストライクは半身を逸らして銃剣を紙一重で回避。
その動きは実にスムーズで、一瞬フィフスは目を奪われてしまう。
「えっ……!?」
まさかMSがこんな細かい機動をするとは思わず、フィフスは驚きに目を見開いた。その勢いのまま、フィフスのジンHMとストライクの肩が激突!
何十台もの戦車が全速でぶつかりあうような轟音と衝撃が走り、コクピットの中でフィフスの小さな身体が大きく揺さぶられ、シートベルトに締め付けられて咳き込んだ。
「げふっ……!」
「くぅぅー!」
キラのストライクも、ジンHMの激突によって大きく弾き出され、同じく激震がコクピットを襲う。
キラ自身も、動物的な脊椎反射で回避しただけで何が起こったか一瞬わからなかった。だが、ストライクは上手く反応して回避してくれた。
すぐさまシュベルトゲベールを持ち直し、目の前で体勢を崩しているジンHMにすぐさまシュベルトゲベールを振り下ろす!
「このぉー!」
「やられないし!」
フィフスとて、赤服を着ているトップガンだ。反応速度などは並みのコーディネイターよりも遥かに優れている。
素早くスロットルを引いて操縦桿を引き倒し、ペダルを踏んで横に回避。しかしジンHMの反応速度が遅れた。
左肩のショルダーが切り裂かれ、バランサーに障害が発生する。気にせずバーニアを噴かして距離をとる。
フィフスは自分の油断を自覚し、眠たげだった表情を顰める。そこへマカリの叱咤の通信が入った。
「フィフス! チャンバラはしないんじゃなかったのか!」
「……いけると、思ったのに」
「油断しすぎだ! 相手はクルーゼ隊を振り切ったヤツだぞ。例の作戦でいく!」
「了……解」
フィフスは、最初は油断していた。MS同士の初めての戦いになることに愉快さを覚えていたが、どこかで侮っていた。
相手はいくら身体能力が優れていても、MSを扱い始めて間もない素人。二合、三合で仕留められると思っていた。
だが、この白いMSはどこか違う、別格のものだと分かってきた。初めてマカリとやり合ったときのように。
フィフスはモニターでシュベルトゲベールを中段で構えるストライクを睨み据えて、追加武装の重斬刀をジンHMに持たせる。
「また格闘戦を!?」
キラは、ジンHMの持った武器を見て、意外に思った。この強力なソードの威力に警戒して、距離を空ける戦闘に持ち込むと思ったのに。
すると、青いシグーも重斬刀を握る。二人とも格闘戦に持ち込むつもりなのか。近接戦闘に特化したソードストライクに対して。
この二人は何がしたいのか、キラには読めなかった。でも、斬りかかって来るならばこのシュベルトゲベールで応戦するつもりだった。
シグーとジンHMが肩を突き合わせて並ぶ。ストライクがシュベルトゲベールを斜めに構え直す。キラの額に汗が浮かんだ。
(……来る!)
二機が同時に左右に分かれる。二機を素早く交互に見る。
この漂流物や小惑星が多い宙域だ。派手な動きは自滅の恐れがある。それを恐れずに、あんな大きな動きをする。
それどころか……
「なっ……!」
シグーは小惑星を蹴って加速している。それに一瞬見入ってしまって、ジンHMを目で追うのを忘れてしまう。
ジンHMもシグーと同じ勢いで迫ってくる。このままだと、シグーと全く同時にこちらに到達するだろう。
どちらを相手にしたらいいのか。キラは一瞬で判断することを強要された。
「一度下がれば!」
距離を空けてやればいいのだ。そうすれば敵もタイミングがずれる。そう思いストライクを後ろに思い切り下がらせた。
すると目の前で青いシグーとジンHMの姿が重なって――シグーが、ジンHMに押し出される形で加速してきた!
「なっ!?」
シグーがジンHMを踏み台にしたのだ。正しくは、ジンHMがシグーの足の裏を蹴って更に加速させた。
よほど息が合っていて、二人の操縦技能が優れていなければ不可能な芸当だ。下手をすれば逆に減速して、あらぬ方向にぶっ飛ばされてしまう。
回避するタイミングを僅かに逸したキラ。迫り来る重斬刀に対し、身体が勝手に動く。
がりぃんっ!!
「手で受け止めるのか!?」
「…………!!」
反射的にストライクの掌で重斬刀で受け止めたキラ。フェイズシフトによって火花が飛び散る。
既存のシグーを遥かに上回る速度を含めた重たい斬撃を受け止められたことに、マカリも一瞬驚いてすくんでしまう。
警報音。第二関節部に過負荷。多元駆動系に異常発生。腕のセンサーがイエローコンディションを表示する。
マカリのシグーは咄嗟に重斬刀を手離し、ストライクの頭上をパスする。
同じように、ストライクの掌が、速度が加わった強烈なGに耐えられなくなって手首部分擬似神経がオーバーヒートする!
「くそっ、手が……うわっ!」
追撃で降り注いできた二七ミリ弾。フィフスのジンHMが、乱射しながらストライクに迫る!
ストライクのボディに火花が咲き乱れ、バッテリーは既にイエローゾーンに到達していた。
「マカリの食べ残しは、ボクが掃除する」
ぽつぽつと呟きながら、迫るストライクを睨みつけるフィフス。全ての弾薬を使いきった二七ミリ機甲突撃銃を投げ捨て、重斬刀を横薙ぎに振るう!
「やられっぱなしで……たまるかぁ!」
キラのプライドが爆発。咆哮を挙げて、スロットルを殴りつけるような勢いで開き、逆に急接近。
その横薙ぎの一閃を頭上にかわして、ストライクがシュベルトゲベールを力任せに振り上げ、ジンHMの右腕を切り裂いた!
「腕……!」
フィフスは重斬刀を握っていた腕を切り裂かれ、それでも、とジンHMの足を振り上げ、ストライクに蹴りを放った。
がぁんっ!!
ジンHMとストライクが反発し合って距離が開く。さすがの二人も、衝撃に意識が一瞬くらむ。
フェイズシフトによって守られた表面装甲は無事でも、内蔵機関全てがフェイズシフトによって守られているわけではない。パイロットは尚更だ。
その衝撃を受け、キラはたまらず一瞬操縦桿を離してしまい、隙を作ってしまった。
「がっ……!」
その隙はほんの一瞬で、MS戦では隙とすら映らないと見えるかもしれない。が、マカリはそれが隙と取った。
重斬刀を煌かせ、真上からストライクに突撃をかける!
「いくら装甲が厚くても、ここらが限界じゃないかな……地球軍のMS!」
マカリは、殺った、と確信する。キラはすぐさま操縦桿を握って対応していくが、エネルギー僅少の警報が鳴る。
「しまった! エネルギーが!」
同時、フェイズシフトがダウン。ストライクが灰色になってスラスターからも火が落ちる。
それを目撃したマカリとフィフスは僅かに戸惑ったが、まるで枯れたみたいに色が無くなったストライクが明らかに弱体化しているように見えた。
「随分とわかりやすいことだ。もらった……うおっ!」
ヴンッ!
マカリのモニターが一瞬、凄まじい閃光に満たされた。
重粒子砲か。シグーを下がらせて振り返ると、迫ってくるのは白い戦艦。アークエンジェルだ。
「ヤマトをやらせるな。敵機をストライクから分断させるように狙っていけ。無理に当てようとするな」
「了解! 全火器、基本照準をトラックナンバー2-1-1から2-1-2に設定。CIWS起動。マーク。ヴァリアント、撃ち方始めぇ!」
「撃ち方始めぇ!」
ブリッジではギリアムとCIC要員の号令が響き、長砲身レールガン、ヴァリアントがシグーとジンHMに放たれ、マカリとフィフスはストライクからアークエンジェルへと意識を移す。
砲撃の的にならないよう、ランダムの機動を取ろうと二機は分かれて動き始めると、今度は金色の閃光が降り注いでくる。
「母艦か! こいつを仕留めれば――」
マカリは欲をかき、あわよくば白い戦艦も落とそうと唇を舐めると、ロックオン警報。同時に、突然機体の周囲を閃光が掠めていく。
上方向からのリニアガンの雨。上を見上げると、オレンジ色のMA――ムウのメビウス・ゼロがリニアガンとガンバレルを乱射させながら迫ってくる!
ムウに戦闘を仕掛けた二機のジンは、大破とはいかないまでも推進器をやられ、戦線を離脱しようとしているところだった。
「坊主!!」
「フラガ大尉!」
キラは心強い味方の応援に、全身に力が戻ってくるのを感じた。おまけに、アークエンジェルとゼロの攻撃で目の前のザフトのMSの二機は及び腰になっている。
そこにチャンスを見出し、青いシグーにロケットアンカー――パンツァーアイゼンを伸ばす!
不意を打たれ、マカリはそのパンツァーアイゼンに掴まれて強引にストライクに間合いを引き込まれてしまう!
「何ィッ!?」
「うおおおおお!!」
パンツァーアイゼンでシグーを引っ張り込みながら、腰に仕込まれたアーマーシュナイダーを引き抜いて……シグーの胸部に突き刺す!
シグーから飛び散る火花。冷却機能低下。バッテリー過熱。コンディション画面が次々と赤く表示されていく。
マカリは撃墜の危険を感じ、撤退の必要を迫られた。
「くそっ……こいつ、いきなり動きが変わった! 撤退するぞ、フィフス!」
「……惜しい……」
「ヴィーラント! これより帰還する。支援砲撃を!」
〔了解しました。道先案内をいたしましょう〕
マカリは唇を噛みながらシグーを反転させ、フィフスもシグーを掴んでバーニアを全開。
追撃をかけようとするストライクとゼロだが、直後に降り注いだ艦砲射撃によって追いかけるタイミングを逸し、見送る形になってしまうのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ………」
やがて艦砲射撃が止み、シグーとジンHMがレーダーから消えると、ぐったりとシートに背を預ける。
(なんて、人達だ……本当に、死ぬかと思った)
自分に向けられる、徹底的なまでに鋭く絞られた殺意。刃が迫る瞬間。
彼らは熟練したパイロットだった。あの二機の息の合ったコンビネーション。敵の動きにも対応する柔軟性。
鹵獲されたG兵器のパイロットは確かに強かったが、キラと同じように地力だけの実力のようだった。
きっといくつもの死線を越えたパイロットだったのだろう。自分が生き延びたのは、ストライクの性能とコーディネイトされた地力のおかげだと感じる。
きっと次もやってくる。強くならないと……キラは、今を生き延びた安堵の吐息をついた。
(……そういえば)
あの時ストライクが今までとは違う動きをして避けられたのは、なんだったか。その瞬間の光景を思い出す。
(そうだ……リナさんが弄ったところだ)
リナと一緒にストライクのOSを弄ったあの時。運動ルーチンの伝達関数を書き換えたあのときだ。
あの動きでストライクの胴部の関節が嫌な悲鳴を挙げたけれど、結果的には助かった。彼女の助言なしには、きっと生き延びることはできなかっただろう。
それに。
(リナさん……あなたは、コーディネイター用のOSで、立ち上がってみせた……)
MS用のシミュレーターでの訓練のとき。あのとき、ムウが操ったあと、初心者用のOSに書き換える振りをして、実は自分用のOSに戻しておいたのだ。
だからすぐに書き換えが完了した。さすがのキラでも『初心者用のナチュラル用OS』なるものを、あんな短時間で作り上げることなどできない。
それをリナは、初心者用のナチュラル用OSと勘違いしながらも動かしてみせた。そして確信する。
――彼女は、コーディネイターだ。
(あなたは……なんで、地球軍の軍人なんだ……?)
後方を見ると、近づいてくるアークエンジェルが見える。キラは、艦内で働いている友達の姿を思い浮かべながら、ストライクをカタパルト口に向けてゆっくりと流れていった。
- - - - - - -
「敵部隊、我が艦から離れていきます。支援砲撃、沈黙。Nジャマー数値減少」
「……第一種戦闘配置命令解除。対艦用具納め。フラガ大尉のゼロとヤマトのストライクを収容しろ。
まだ敵部隊が潜んでいるかもしれん。……対空監視、怠るなよ」
「了解」
ギリアムの号令と共にブリッジの緊張が緩む。ギリアムはそれを肌で感じるが、叱咤することはなかった。
自分も初めての艦の指揮。敵を無事撃退し、気が抜けるのは否定できない。
安堵の吐息をつくのを堪え、かつての上官であったロクウェル大佐が抱えていた重荷に思いを馳せていた。
「……終わったのかな」
戦闘終了の号令を艦内放送で聞いたリナは、ムウとキラが帰還し、ようやく船務科から解放された。
戦闘が終わったこと、ムウとキラが無事に帰ってきたことに安堵の溜息をついて、小さな身体を目一杯背伸び。
まとめていた黒髪を解きながら格納庫に飛んでいく。直接戦闘に関わったわけではないから事情はわからないけど、なんか苦戦していたみたいだし、労ってあげたい。
リナが格納庫に着いたとき、ストライクのコクピットに取り付いている甲板要員達が見えた。マードックがコクピットを叩いて怒鳴っている。
「おーい! 坊主! 開けろってば!」
「? どうしたんだい?」
「あぁ、お嬢ちゃん。ヤマトがコクピットから出てこねぇんだよ。寝ちまったのかな……」
なるほど、と思う。キラは実戦経験が少ないし、本格的な戦闘で疲弊するのは当たり前かもしれない。まだ学生なのだから。
コクピットに耳を当てて、何か聞こえるか……と思ったけれど、聞こえるはずがない。
「キラくーん? ……開けるよ」
まるで寝ている息子を起こす母親のような口調でコクピットハッチに語りかけながら、緊急用ハッチ開放キーを探し当てて入力。与圧した空気が吐き出され、コクピットが開かれる。
リナやマードック、遅れてやってきたムウも一緒にコクピットを覗くと、案の定、コクピットシートで寝息を立てているキラを見つけた。
そのキラの寝姿にリナは微笑み、ヘルメットにぽんと手を置いた。
「お疲れ様、キラ君……」
「リナ……さん……」
キラから返って来た返事は、寝言だった。
衛生兵がキラを起こさないようにコクピットから出して、医務室へと運び込まれていくのを見届け、自分も個室へ帰ろうとしたとき。
「そうだ、お嬢ちゃん。合体のことなんだけどな」
(うわっ、来た……)
マードックに呼び止められた。用件は今まで後回しにしていた、コアファイターとエールストライカーパックの合体の件だ。
リナは内心ヒヤヒヤしながら、くるりと振り返って、なるべく良い笑顔で対応することに。にっこりと笑って、後ろに手を組んで、少ししなっとした態度。
「ん、うん。……なに?」
「……お嬢ちゃんのMAとエールストライクは、結論からいって『規格は違うが接続部構造は同じ』だったぜ」
「…………???」
つまり、どういうことだってばよ?
理解の色を示さないリナに、マードックはこめかみをペンの尻でかりかりと掻きながら言葉を探す。
「わかんねぇかな……要するに、他社の部品で全く互換性は想定してなかったが、たまたま出力や構造が同じだったからあの二機はくっついてたってこった」
「わかりやすい例えをありがとう。……でも全く違う技術で作られてるって言ってなかったかい?」
「そうなんだが、そこが不思議なんだ。まるで『エールストライクのほうがMAに合わせて作ってあった』みてえに、がっちり合っちまったんだよ」
「……ちなみに、ストライクとあのMAは、どっちが先なの?」
まるで、ニワトリが先かヒヨコが先か、という問答みたいだ。
マードックは憮然とした表情のまま、コアファイターをペンの尻で指す。
「MAが先だ。その接続部も、俺たちには知らない技術で作ってあるってのに……これって、本当はお偉いさんが秘密で作ったストライクの支援機じゃねえのか?」
「技術屋じゃないボクに聞かれてもね……ストライクの開発計画の責任者に聞いてみないと」
肩をすくめ、格納庫に未だ吊るされているコアファイターを見上げる。
装甲が全て剥がされて、被弾した推進器が外されて核融合炉が丸見えで……まるで死体のようだった。
どうやら本気で解体するようだ。そして自分は壁の花になることが確定したというわけだ。
改めてその事実に嘆息する。嗚呼、ガンダムのコクピットがますます遠ざかっていく……。
せめてブラックボックスや学習型コンピューター、核融合炉だけは置いておくように言わないと。あれは絶対将来役に立つはずなのだ。
「おまけに核融合炉ときたもんだ。こいつぁオーバーテクノロジーの塊だぜ。学習型コンピューターってやつも調べちゃいるが、まだ解析できちゃいねぇ。
なにしろブラックボックスの中だからな。こんな艦の中の設備じゃダメだ。専門の設備が整った基地に持ち込まねーと」
「そっか……」
もし……もし、あの伝説のパイロットのものだったら、彼の戦闘記録が生で見られるかもしれない。
(このコアファイターが、もしかしたら戦争の勝敗を分けるかもしれないな……)
期待に胸を弾ませ、コアファイターを見上げるのだった。
無重力帯というものは厄介だ。
物体が重力に引かれて下に落ちることがない、というのは便利に繋がることもあるが、相応の不便も付きまとう。
身体能力が低い者は無重力に翻弄されて宙で暴れるだけになるし、飛翔物体は驚異的な破壊力を持って人体や機器を破壊する。宇宙空間の真空状態はそれらの最たるものだ。
そして訓練された軍人にとっても、無重力は重要なものを磨耗していく危険を孕んでいる。そう、筋肉だ。
いくら重力区画があるとはいえ、地球に比べれば弱い。地上の二倍ほどの運動をこなさなければ、全身の筋肉は想像以上のスピードで衰えていく。
それは、生まれながらにしてチートボディを持つリナにも言えることだった。
リナの身体は決して無敵ではない。普通の人間のようにお腹が空くし喉も渇き、食べ過ぎれば肥満になり、食べなければ飢えるし病も招く。
そして運動しなければ、その筋肉も細くなりリナの優位性は失われる。それは本人が最も恐れている事態だ。だから彼女も軍規に関わらず運動は欠かさない。
「はっ、はっ、はっ……」
艦内の回廊を、他のクルーと共にランニングをするリナ。運動用のマグネットつきのシューズを履いて走りこんでいる。
白いゆったりとしたランニングシャツを着て、綿生地の薄い水色のホットパンツを穿く軽装のもの。艦内は常に二十度程度に設定されているため、薄着でなければ蒸してしまう。
リナは疲弊しにくい身体を持っているので、他のクルーよりも多く足を動かして走らないと疲れてくれない。
しかし、他のクルーより速く走ると……この狭い艦内だ。前の追い抜こうとすると衝突などの危険があるため、常に同じ背中を見ながら走らなければいけない。
自慢の長い黒髪を三つ編みにして、尻尾みたいに揺らしながら艦内を駆けていく。
時間は朝の〇六一五時。
朝といっても、小さな窓の外を見ても夜みたいに黒い宇宙空間が広がっているだけで、太陽が昇ってくるわけでもない。
しかし、全ての宇宙に住む人間。プラントも連合もオーブも、全ての人間は地球の北半球の時間に合わせて生活している。
これは例え人種民族レベルで敵対していたとしても絶対変わらない、人類共通の普遍的なものだ。全人類の数字が〇から九までと同じように。
それはともかく、朝の〇六一五時だ。この十五分前には全員目を覚まし、すぐに着替えて点呼がある。地球軍全体の規範であって、アークエンジェルもメイソンも変わらない。
そして今行っている体力練成の時間が始まる。およそ十五分程度だ。
それぞれランニングやトレーニングマシンを使ったりするのだが、リナは走るほうを選んだ。機械に運動させられているような感覚が嫌だからだ。
「はっ、はっ、はっ。……」
後ろからの視線に気づいて、ちらりと左後ろを振り返った。
後ろを走るのは、二十代半ばほどの青年。階級は兵長だ。身丈が高く、リナの顔が彼のヘソに当たるほどの上背。
その男はリナにじっと見上げられて、のっぺらした印象の顔を、びく、と引きつらせた。
「ちゅ、中尉……どの、何か自分の顔についておりますか?」
上ずった声を挙げてキョドる男。リナはその顔立ちと篭った声に、内心引き気味になって口の端をひきつらせた。
「いや……その、兵長。ずっと、ボクを見てないか?」
「ハッ、中尉殿の後ろを、ずっと走っておりますので……中尉殿の背中しか見るものが、なくて」
「背中よりも……なんていうか、横から見られてる感じがしたんだけど……」
そうだ。この男はずっと、左斜め後ろを、かなり至近距離を走っていたのだ。
それこそこの身長差だと、リナが速度を落とせば轢かれてしまいそうなほどに近く。今までシューズのかかとを踏まれなかったのが不思議なくらいだ。
なぜか男の視線は泳ぎっぱなしで、走っている熱とはまた別の汗をかいているような気がする。
しかも必要以上にどもる。何か隠している仕草のように見える。
「せ、僭越ながら……中尉殿の、き、気のせいだと思われます」
「……それはいいけど、近すぎると危険だから、もうちょっと離れて走ってくれないかな」
ちら、と前を見る。兵長が離れるのではなく自分が離れるという選択肢もあるのだけれど、自分の前を走っているのは船務長のホソカワ大尉だ。
彼はメイソンのクルーの中でもがっしりとした体つきをしていて、後ろの兵長よりも身丈も高く、その歩幅もあって自分よりも速い。
だから一番速い彼が先頭を走っている。リナはその次だ。基本的に足の速い順に並んで走るのが暗黙の了解になっている。
ホソカワ大尉は走るとき後ろに大きく足を振り上げる癖を持っているので、これ以上近づくと、草食動物を追いかける肉食動物のごとく蹴られてしまう。
「は……はぁ。ご命令であれば……」
「……よろしい」
彼はスピードを一時的に落として、すごすごと離れていく。その表情は何故か、すごくガッカリした表情だった。
一体なんなんだろう。リナは首をかしげながら、ホソカワ大尉の背中を見ながら走り続ける。後ろから響く、多くの足音。
(今日は妙にランニングするクルーが多いような……?)
疑問に思うが、あまり気にせずにランニングを続けるのだった。
(ばっか、兵長! お前近づきすぎるんだよ! 気づかれただろうが!)
兵長の背中をどつくのは、彼の上官の伍長だ。彼の背中に怒鳴るように語調を強めて、前を走るリナに聞こえないように囁く。
(す、すいません伍長殿……もうちょっとで、見えそうだったもので……)
(何が見えそうだったって!? 何が!?)
伍長の目が血走った。ふんす、ふんす。鼻息も荒い。
兵長は問い質されてリナの「見えたもの」がフラッシュバック。鼻の下を伸ばし、表情を緩めた。
(あ、あの……シエル中尉の、ランニングシャツの脇から……膨らみかけの……が……)
(きっさまあああぁぁぁぁ……!! 見たのか! 見えたのか!? しかも気づかれなかったか!?
我々同志によって組織した「シエル中尉の桜色を観測し隊」が結成されて早や二日で、もう解散の危機に追い込む気か!? 軍法会議ものだぞ!)
(か、会議にかけられてもいいですぅ……あの青い果実にツンと尖った、桜色の先っぽ……ぐあっ! ご、伍長殿!
コクピットブロックにエマージェンシー! 脚部過熱、歩行能力に障害が発生であります…!)
(あああああこんなところでか!! 立て、いや起つな! 衛生兵! 衛生へーい!)
(伍長、殿……! 自分に構わず、先に行ってください……! そして、恋人のアメリアに、愛していたとお伝えください!!)
(ていうかお前彼女居たの)
(なんか後ろがうるさい……)
なんか後ろが、ボソボソとやたらと私語をしまくっている。何を言っているのかわからないが、ちらと振り返ると、
アークエンジェルとメイソンのクルーがなにやら仲良さげ(少なくともリナにはそう見えた)に会話に花を咲かせている。
さっき話していた兵長が、前かがみになってひょこひょこと老いた山羊のように走っている。なんで走ってる間に男の生理現象が発生したんだろう。
(エロ会話でもしてたのかなぁ……修学旅行か。でも、仲が良いなぁ)
今まで両艦のクルーはあまり個人的な交流が無かったように見えたから、多少の私語は目をつぶることにする。
それにしても、最近は男と個人的な会話をしていない。アークエンジェルに乗る前は一番話したいと思っていたキラは学生達と仲良く会話を弾ませている。
コミュニケーションがとりやすい食事の時間も、士官食堂と一般食堂で離れている。リナ自身は一般食堂でもいいと思っているが、他の士官との仲をおざなりにするわけにはいかない。
キラとまともに顔を合わせるときといったら、格納庫とシミュレータールームくらいしかない。一番話しているといえばムウか。同じ職業軍人で士官で、MA乗りだから話が合う。
(同じ学生同士のほうが気が合うのかなぁ……って、まだあんまり話してないうちに何考えてんだか)
何の心配もいらない超人に対して、何を思うところがあるというのか。それよりも、自分を鍛えることに集中しないと。
自分の思いに苦笑して彼のことを考えないようにして、ランニングに集中することにした。
- - - - - - -
「ふー……」
朝の体力練成の時間が終わり、一息つきながら女性士官用の更衣室に入る。アークエンジェルに勤めている女性士官は、平均的な戦闘艦に比べて割と居る。
マリュー・ラミアス副長。ナタル・バジルール少尉。ミリアリア・ハウ二等兵。あとはメイソンのクルーに三名いるが、今は省略する。
ロッカーは三十ほどあるが、使われているのは六つだけ。自分の場合は大して量があるわけでもないけど2つ使ってる。単に広々と使いたいからという理由で。
そのうちの一つ(私服用)の前に立つと服を脱いでからタオルと替えの下着を引っ張り出し、シャワールームへと歩いた。
十歳児のようなすんなりとした身体。乳房はようやく膨らむ兆しを見せるけれど、まだまだ女性の凹凸に欠ける。
それが自分にとって大いに不満で、鏡に映った自分からつーんと目を逸らしてシャワールームに向かう。
「ふんふんふーん♪ ……ふん?」
鼻歌を口ずさみながらシャワールームに入ると、先客の音がする。誰だ。中を覗き込むと、仕切りのドアの上からウェーブがかった長い栗色の髪が見えた。
あの頭は……
「ラミアス大尉?」
「あら、シエル中尉。ランニングは終わったの?」
「はい、つい先ほど。……」
マリュー・ラミアス大尉だ。しっとりとした声は特徴がある。髪と同じ栗色の瞳を流し目でこちらに向けてくる。それが大人の色香を思わせる。
自分には望むことができないその肢体と仕草。とても三歳差とは思えない体格差。三十五センチもの差は、メビウスとジンの差をも軽く凌駕する。
魔乳と呼んでも差し支えのない、母性的で豊満な胸。シャワーの湯で濡れると、艶やかに体を雫が滑り落ちる。
そんな彼女とは対照的な、こちらの絶壁。いや、絶壁は言いすぎだ。膨らんでいるのだ。
ただ、サイズ差が飛騨山脈と弁天山くらいの差があるだけだ。決して絶望的な差じゃない。
「シエル中尉……? どうしたの、自分の身体を見下ろして絶望的なカオをして」
「誰が絶壁かっっ!! あっ……し、失礼しました」
「そんなこと言ってないじゃないの……」
『絶~』という言葉に過剰反応するリナに、マリューはいよいよリナが不憫になってきた。
「大丈夫よ、シエル中尉は大器晩成なだけなんだから。今こんなに可愛いんだから、将来性あるわよ?」
「……一生、この身体ってことはないですよね?」
「それはある意味羨ましいけど……あ、い、いいえ、なんでもないわ……」
途端にリナの表情が消えて虚ろな瞳でこちらを見るので、慌てて訂正するマリュー。怖い。思わず目を逸らす。
「とりあえず、シャワーを浴びなさい。いつまでもそうしていたら、風邪を引くわよ?」
「そうですね……っくちゅ」
言ってるそばからくしゃみ。マリューの隣のシャワールームに入って、シャワーからお湯を吐き出させる。
全身をお湯が包み込み、汗や垢と一緒に流れていく。清涼な感触に、はぁ、と快感の吐息。
特に宇宙艦艇は完全に密閉された空間なので、汗臭いのは致命的だ。だから、持ち込んだスポンジで丹念に身体を洗う。
「?」
視線を感じて、隣を見た。マリューがいつの間にか、まるで母親のような優しい目つきでこっちを覗き込んでいる。
「ら、ラミアス大尉?」
「シエル中尉、綺麗な肌してるわね……二十三歳っていうのが信じられないわ」
「ボクも信じられないですよ。早く成長してほしいです」
「本当、なんでかしらね。私としては、軍人として職務を果たせるのなら問題は無いのだけれど」
同感だけれど、やっぱりこんなロリボディよりも、マリューのようなグラマラスなボディのほうが好きなんだけどな……と、残念な気持ちになる。
シャワールームの中で身体を拭いて、身体にタオルを巻いて出て行く。着替えの軍装はロッカーの中。
マリューも、先に入っていたのに同じタイミングで出てきた。同じく身体にタオルを巻いている。たとえ同性であっても、タオルで身体を隠すのはマナー。
ぺたぺたとロッカールームに向かって歩いていると、
ぺろん。
「…………」
「…………」
身体に巻いたバスタオルが落ちてしまう。気まずい。マリューは苦笑している。いかん、しっかり結んだはずなのに。もう一度バスタオルを巻く。
ぎゅ、ぎゅ。……よし。ぺたぺた。ぺろん。
「…………」
「…………」
……二、三歩ほど歩いたら落ちてしまう。
まさか……
「引っ掛かるところが……」
「…………!」
マリューがよそを向いて肩を震わせてる。笑ってやがる……。上官じゃなかったら文字通りの空中コンボを放ってるのに。
(おのれおっぱい。脂肪の塊め! 自分は余裕があるからそんなに笑っていられるんだ。お前だって十歳のときはぺったんだっただろう!
胸囲の差が戦力の決定的差ではないことを教えてやる! そのうち!)
……ということは言えないので、とりあえずマリューの死角に入り、いそいそと着替えてロッカールームを後にした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
L5宙域を抜けて丸三日が経った。
この三日、ザフトの攻撃も無く平穏に過ぎ去っていた。L5宙域哨戒中隊以来、全く戦闘が無かったといっていい。
それでもクルー達はギリアム中佐の指揮のもと、常に臨戦状態で対空監視を行い、常に強烈な緊張感と戦っていた。
それでもギリアム中佐の警戒は杞憂に終わり、既にブリッジのメインモニターからでも地球が見えるまでに近づき、アラスカは目の前……かと思われた。
しかし、ザフトはアークエンジェルを見過ごすほど甘くは無かった。
「ストライクとゼロ、ジンタイプ四、シグータイプ一と交戦状態に入りました。敵MS部隊、方位一五〇より更に接近!
距離一八〇〇。ジンタイプ二、ならびにシグータイプ一!」
「両舷全速後進、敵部隊との相対速度を合わせろ! 対空防御急がせ!」
「一番から五番、ヘルダート、左右から迂回させるコースでプログラムセット。続けて十秒後にゴッドフリートを拡散照準で発射!」
「了解! ヘルダート、プログラムセット! Salvo!」
ブリッジでは敵部隊の更なる増援に騒ぎ立て、その応戦に忙殺される。アークエンジェルから次々と火線が延び、敵部隊の光点の中へと吸い込まれていく。
高い運動性を持ったジンやシグーに艦の砲撃が早々当たるものではないが、充分牽制になるし、上手く火器を集中させれば充分な威力を発揮する。
実際、最初にザフトの攻撃部隊が攻めてきたときに一機のジンを撃墜することに成功していた。忘れてはならないが、艦砲は一撃でMSを屠るだけの火力を持っているのだ。
それでもこの戦力の差に、次第にアークエンジェルは押されつつあった。
アークエンジェルの堅牢な装甲によって、落とされはしないもののダメージが蓄積し、白い艦は見る間に弾着によって灰色に染まっていく。
「第二、第四ブロック火災発生! サブブリッジ中破! 主機出力十二%低下!」
「船務科、ダメコン急げ! 消火班は鎮火を急がせろ! 救護班は負傷者を医療ブロックに収容、急げよ!」
「回避運動はもっと引き付けていけ! 動きを読まれているぞ!」
「くっ……! やってます!」
「できていないから言っている! 沈みたいのか!」
ブリッジでは怒号が飛び交い、キラとムウはその数の差に疲弊しつつあった。
エールストライクで飛び出したキラはジンを立て続けに二機撃墜するも、残りのジンとシグーに攻撃を受けてたじろいでいる。
ムウも集中砲火を受けてガンポッドを一つ失う。舌打ちしてジンに反撃し、左腕を破壊するが重斬刀による反撃を受け、ギリギリで回避。
「くっそぉー! 数が多い! やっこさん本気だなぁ!」
「フラガ大尉! 大丈夫ですか!?」
「坊主は自分の心配だけをしてな!」
苦戦を強いられる二人だが、声を掛け合い、お互いをカバーしあいながら数で優るジンやシグーを相手に互角以上に戦っていた。
〔ヤマト! フラガ大尉! アークエンジェルは攻撃を受けています! 戻って下さい!〕
「くそっ! また増援か! うおっ!」
ムウがアークエンジェルの危機にうめくが、そこへジンの七六ミリ機銃で狙われて、慌てて回避する。
キラも複数機から同時に攻撃を受けながらも反撃でジンを撃墜するが、とてもアークエンジェルを応援にいける状態ではない。
一方艦内のリナはまたも船務科にまわされ、ダメコンに奔走している。消火活動のために、消火剤を散布する任務を負わされていた。
だぶだぶの防護服を強引に着て消火チューブを持って出火しているブロックに駆け込む。防護服ごしでも感じる熱気に顔を顰めながらも、消化剤噴射口を向けてバルブを捻る。
「くぉのー! 艦内で死ねるかー!」
防護服の中で雄叫びを挙げながら、迫り来る炎に消火剤をばらまく。士官学校では艦のダメコンの課業もあるため、消火活動は慣れたものだ。
もちろん本物の危機は初めてなため、多少テンパり気味ではある。それでも優秀な船務科達の活躍により、アークエンジェル内は延焼せずに済み、ダメージは最小限に抑えることができていた。
しかし自然発火でも不慮の事故でもない、この火災。敵はアークエンジェルに次々と弾丸を撃ち込み、火災ブロックは次々と増えていく。
MAで戦うよりもきつい。早く出撃したい……と、リナは切実に願いながら、噴出口のバルブを捻るのだった。
「更にジン二、来ます!」
「迎撃急げ! 今取り付いているMSにはイーゲルシュテルンで対抗しろ! ヘルダートは照準を新たな目標にセット!」
「了解……マーク!」
ブリッジでは船務科に負けないほどに忙しなく敵部隊への対応に追われていた。しかし、アークエンジェルの搭載火器とて無限ではないし必殺でもない。
次々と増えていく敵。しかし、ギリアムは顔に一つも絶望的な色は出さず、ただ今できる最善の戦術を次々と下していく。
それでも更なるダメ押しに、さすがのギリアムの胸中にも撃沈の予感が去来する。諦めかけてしまう己を必死に抑え込んでいた。
そこへ――
「むっ!?」
横合いから、大量の火線が敵部隊に降り注ぎはじめた。幾条ものビームとミサイル。リニアガンらしき閃光も見える。
突然降り注いだ飽和攻撃に、いくつかのジンが火線に晒されて光の玉に封じ込められ、シグーもダメージを負って後退していく。
振って湧いた幸運。MS部隊は後退していき、戦闘の気配が去っていく。
ギリアムは望遠レンズでその火線の元を観測するよう指示すると……見えたのは、地球軍の艦隊と、メビウスの編隊。
「どこの艦隊だ……? 通信を開け」
「ハッ――あっ、艦長、味方艦らしき艦艇から先に通信が来ました」
「早いな……メインモニターに映せ」
命令の直後、後退していくMSの光点を映していたメインモニターが、壮年の男の顔へと切り替わる。
〔危ないところだったな。こちら第8艦隊所属、先遣隊旗艦モントゴメリィ。艦長のコープマンだ〕
「こちら第八艦隊所属、強襲特装艦アークエンジェル。私は第七機動艦隊のギリアム中佐であります」
〔おぉ、ギリアム中佐か……久しいな。まさかその艦の艦長になっているとは〕
ギリアムはメインモニターに映った彼の顔に敬礼し、互いに顔を綻ばせる。二人は所属艦隊は違えど、かつては艦隊戦戦術で競い合った仲であった。
「それで、コープマン大佐はどのような目的でこの宙域へ?」
「うむ。我が軍の最高機密が単艦でザフト制空圏内を飛ぶというのだから、飛び出してきたのだよ。手土産も持ってな」
「手土産、ですか」
またぞろ、格納庫で眠ってるMAのような、得体の知れない実験的なMAでも持ってきたのだろうか。
ギリアムやマリュー、ナタルが揃いも揃って怪訝そうな表情を浮かべたので、コープマンは苦笑して掌を仰いだ。
「おいおい、嬉しそうではないな? 諸君らの苦境を察して持ってきてやったというのに」
「前例がありましてな……失礼しました。では、手土産とはどのようなものなのでしょうか?」
「それは、接舷してからの楽しみにとっておけ。それではまた会おう、ギリアム中佐」
「ええ、また後ほど」
通信が切断された後、ギリアムはシートに深く腰を落として、ふぅと安堵の吐息。
なにやら怪しいものを持ってきたようだが、援軍が来てくれた。それが何よりだった。
今までは友軍からの支援が期待できず、まともな軍事行動ができない状態だったが、これでようやく、戦争らしい戦争ができるというものだ。
長く苦しい戦いの連続で、ギリアムは少し楽観的になっていた。
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「援軍が来たんですか? 連合から?」
「ああ、ネルソン級一隻に、ドレイク級二隻。艦載機も満載だってよ。これでようやくまともな軍隊になってきたな」
「そうですね……今まで僕達だけで戦っていましたから」
リナにムウにキラ。お決まりの三人が思い思いの感想を口にしながら、リナとムウはミストラル。キラはストライクに乗りこんで、補給物資の搬入に取り掛かる。
初めは戦うことと、アークエンジェルの乗員以外の連合軍人を毛嫌いしていたキラだが、リナとムウと接することで克服しはじめているようで、二人と一緒に増援に安堵している。
戦闘発進ではないので、各々のタイミングで格納庫から発進。接舷し、補給物資が詰め込まれたコンテナを搬出するネルソンに取り付いていく。
普通に空間作業をするだけなら、三人とも慣れたもの。バケツリレーの要領で物資を運び込み、最後の、精密作業に向いているキラのストライクがきちんとコンテナを並べていく。
「結構な量ですね……あといくつあるんですか?」
いい加減ループ作業に飽きてきたリナは、溜息をつきながらモントゴメリィの作業員にうんざりとしながら問いかける。
〔こいつで最後だ! これがとびっきりの手土産だぞ!〕
「?」
作業員に疑問符を浮かべて、モントゴメリィからミストラルのスラスターを精一杯噴かして出てくるのを見届ける。
一体何を引っ張りだそうとしているのだろう。ミストラル二機がウィンチワイヤーを利用して牽引している。結構な重さのものを持ち出しているようだが。
やがて見えてくるのは、「頭」。そして肩。まさか。
「MS!?」
リナは驚きと喜びが混じった喝采を挙げた。
2013/09/14 初稿