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No.36979の一覧
[0] スレッショルドより愛をこめて MTG二次創作 現実+異次元ファンタジー[hige](2017/07/31 12:16)
[1] 第二話 魔術を唱えたのは誰か[hige](2013/04/12 21:27)
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[36979] スレッショルドより愛をこめて MTG二次創作 現実+異次元ファンタジー
Name: hige◆53801cc4 ID:3c53feab 次を表示する
Date: 2017/07/31 12:16
このSSはハーメルン様にも投稿しています。

不快にさせる表現、展開が出てくる 可能性 があります。

Magic:The Gatheringの二次創作です。

たぶんMTGやってなくても読める、はず。マナとかアーティファクトとか意味不明だと思うけど、回を追って説明されます。はず。

構成を試しにいじってます。違和感を覚えたらそのせいです。意見があったらください、参考にします。


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スレッショルドより愛をこめて



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「なぜ、誰もおれの才能を認めようとしない」

かすれた声で一人、両親の建てた豪邸の一室でテーブルに突っ伏し、酒をあおる男。
彼の名前はロベス。ロベス・グラフロイ。ほんの少しばかりの魔術の才があった、それゆえに己を過大評価し、プライドが周囲との溝を作った。おれはすごいんだ、特別なんだ。過去を反芻する。

ガキの頃はよかった。ちょいと人差し指と親指の間で小さな雷を走らせてやれば、尊敬と畏怖のまなざしを向けられた。大人になったいま、そいつらは哀れみと嘲笑を向けてくる。生意気な、その気になればおまえらの手足の一本や二本……。

「誰が下っ街灯員なんてやるか、そんな現場仕事は学のないものがやる、やればいい」

ロベスはもういい年なのだが、職についていなかった。国立博物館の管理責任を任されている両親のすねをかじっている。もちろんその事実は彼のプライドを傷つけた、コンプレックスでもある。だから就職活動をしなかったわけではない。

『あなたの魔術を拝見させていただきました。なるほど、心得はあるようですね。ちょうど街灯員に欠員がでまして』 と、いかにも役人仕事な笑みで人事。

『他にはないのですかね。例えば――』
『例えば?』
『――例えば対魔術課とか、特別官務員とか』

その時の人事の顔を思い出して、ロベスはグラスに残った酒を一気にあおる。下っ端の無能力者め、マナを感じることすら出来ない劣等が。
彼は中毒患者のように貧乏ゆすりを始めた。思案するときの悪い癖である。明かりの蝋の火が大きく揺れた。
今から親父に言って博物館の職員にしてもらうか? だが頭を下げるのは癪だ、こいつは最後の手段だな。

息子なんだ。もちろん受け付けや、無知な連中に、いかにこのアーティファクトが貴重かを説明してやるような役職にはしないだろう。そうだな、まあ副館長あたりか。それならやってやってもいい。いや、親父も結構な年だからな。あとを継げというかも。

そう考えると少しいい気分になって、グラスにウィスキーを注ぐ。香りを楽しむ余裕も出てきた。
しかし姉がやっかいかもしれん。あれは劣等だが学は……まあそこそこだ。頬杖をつき、打算する。

親父はあいつに継がせるかも。でも所詮は女だしな。見た目もいいからそのうち嫁に行くだろう、仕事は勤まらん。

本当に、見た目がいいからな。頭はまあまあだが。
おれの顔も悪くはないがと、グラスの酒ににんにくのような鼻を映した。姉は本当に親父の子なんだろうか。おふくろは死んじまったからわからない。

今度はグラスをもてあそんで、水面の顔を歪ませる。きっと男を知っているに違いない、何人くらいだろう。体つきも、まったく、まるで娼婦のようだ。いくら地味な服装でうぶを装ったって無駄さ、いやらしさがにじみ出ていやがる。
ロベスはベッドに倒れこみ、空想の中で姉を犯した。むしゃくしゃた日にはよくあることだった。つまり日課だった。

手順はいつだってこう。まず、伝説に聞く凄まじい魔術で時を凍結して姉を剥く。次に時が解凍された時に、姉は羞恥に局部と大きな胸を庇うように座り込むが、 『そんな演技は無駄だ、なんだこの下着は』 とおれはまだ暖かさの残る小さな黒のレースの下着をつきつける。太い眉を八の字に、頬を朱に染め、涙を溜めてるのもみんな嘘。嘘つきの劣等に額をこすり付けて謝らせる、だが許さない。長い栗色の髪を引っ張りまわし、肉付きのよい尻を蹴り飛ばして覆いかぶさり、泣き叫んで許しを請う姉を強姦する。

あまりにもうるさいので、噂に聞く媚薬の魔術を流し込んでやる。すると一転して足を絡ませ、獣のように求めてきやがる。やっぱり薄汚い娼婦。おれは快楽にだらしくなくゆるんだ姉の顔にたっぷりと唾液を垂らしてやり、おまえがそこまで言うならしかたがないと孕ませる。

そうしてロベスは一人、精を発し、チリ紙で拭うと体を清めずに眠りについた。久々に満足して深い睡眠を得た。
翌日の一家揃った朝食、ふかふかの白パンと栄養たっぷりの卵を割った目玉焼き、サラダにスープ。みんなみんな、姉の手作り。
姉はロベスに毎回 「おいしい? 今日はうまくできた?」 と尋ねるのだが、彼は必ずケチを付けて少しだけ残す。

ロベスは父親に博物館の人手は足りているのかと、凄まじく遠回しに聞いた。父親は何度も、 「それはつまりこう言いたいのか?」 と確かめながら、最後には 「あるとも」 と、微笑んで言った。ようやく息子が働く気になったと喜んで。
「あるとも、おまえにちょうどいい役職がある。来館者に展示物の説明をする案内人が足りなくてな。おまえはほら、魔術の心得があるのだし、アーティファクトにも詳しいのだろう」

それを聞いた姉は、花のように顔をほころばせる。 「それはいいわね。ロベスにぴったり」

「うむ。しかしコネだけで入れるわけにはいかん。国に管理を委任されている民間とはいえ、半官務員なのだから。筆記試験はやってもらうぞ」
「大丈夫よ、お父さま。ロベスは賢いもの」

ロベスは家を飛び出した。胃の奥底、心臓の裏でドス黒い感情がとぐろを巻く。彼には、その筆記試験を通る自信すらなかった。昔は試験などはなかったらしい、王の権威が象徴化するまでは、グラフロイほどの家柄ならば何の努力もせずに国の中枢を担う仕事に就けたそうだ。それが今ではどうだ、人事課の連中がコネに目を光らせている。

その日。彼は父親を殺し、姉を嬲る計画を立てた。

ロベスは家族が寝静まった頃に帰宅した。よくあることだったので、台所裏の戸口はいつも開けられている。
音を殺して父親の書斎に忍び込む。デスクの引き出しの鍵に小さな雷を撃ち、ひき出しの中から博物館のマスターキー。それと戸棚に飾ってある、家宝のアーティファクトも。

書斎を出て、無防備に眠る顔を想像しながら、そっと姉の部屋の扉をにらみつける。想像しただけで昂ぶった。しかし先にあれを手にしてからだ。あれさえあれば、たとえ魔術課の連中を呼ばれたとしても蹴散らしてやる。

後ろ髪を引かれる思いで、街灯が並ぶ通りを経て博物館へ向かう。街灯は小さなハシゴが一体化したような造りになっており、深夜ということもあって、街灯員が一つ一つに吊らされている魔灯石に手をかざして、マナを補充していた。
ロベスは自分がその仕事についた姿を想像して身震いする。暑い日も、冬で凍えそうになりながら。熱く、冷たいハシゴをよじ登り、不恰好にマナを補充するなんて!
おれの仕事じゃない。

やがて博物館に到着した。大きな三階建ての、王権時代の残骸。
警備の目もあったが、父親の書斎には巡回の時間やルートなどの書類があった。
花壇の草木に身を隠し、裏口のドアを開けて進入したはいいが、薄暗い館内を巡回している者の一人に見つかりそうになり、魔術で昏倒させてしまった。内心で毒づく、足がついたかもしれない。

そもそも魔術を行使するためのマナすら感じられない者が多数を占めている世の中。したがって危害を加える攻性魔術を行使する者の特定は、一般犯罪に比べて容易だという話を聞いたことがある。もっとも、それを調べる魔術課の人数も少ないらしいのだが。

目的のアーティファクトのある場所まで足早に。室内にもかかわらず、月明かりがにじんでいる一角へとたどり着く。ガラスのケースに収められた、人の身の丈よりも長い、美しい銀の槍。
見とれている暇はない、すぐさまケースの鍵を外したが、そのとたん警報が鳴り響いた。槍を両手に、急いで裏口へと走り出す。途中で警備員が立ちふさがった。

ロベスは駆けながら周囲の場のマナを吸い出す。彼の周囲が陽炎のように揺らめいた。魔術師でなければ感知できない、六種類あるうちの一つ、無色のマナ、魔術を行使するためのエネルギー。劣等どもにはこれを感じ取れない、哀れだ。冷ややかに笑う。
そのマナをポケットの中に忍ばせていた家宝のアーティファクトに流し込み、起動させてから呪文を唱えた。

【万の眠り/Gigadrowse】

屈強な警備員は崩れ落ちるように、瞬間的に深い眠りへといざなわれた。



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しばらくして、王都からそれほど離れていない距離にある穏やかなエルフの森。外界への接点といえば、数ヶ月に一度ほど、人間の商人と物々交換をする程度。
木の上や、巨木の洞、簡素なテントに居を構え。猟犬を用いて狩をし、小さな農業を片手に森に感謝する生活。
その集落の一つ。子供がきゃらきゃらと追いかけっこをしていると、三人の人間が現れ、こう言った。 「エルフの女か子供をよこせ、三日後にまた来る。返答がなければ容赦はしない」

エルフは強靭な肉体を持つ種族である。ましてや生まれ、ともに育った森は庭のようなものである。すぐさま大人たちが駆けつけ、腰のナイフを引き抜き、三人の人間を追い払う。しかし三日後、そのエルフの集落は蹂躙された。

天使を従えたロベスと三人の盗賊によって。

翌日。木漏れ日がさし、小鳥のさえずりが耳を掠める穏やかな深い森の中。太い木の幹に身体を預けるエルフの男が一人。先日の、戦いにもならない虐殺を生き延びたうちの一人。種族特有の金の頭髪は泥にまみれ、色白の肌は病的に青く。赤黒い血液が腹部から滴る。

失血からか、男の視界はにじむ。

このままではいけない。このままではこの森のエルフの種の問題に関わる。おそろしいやつらだ。いかなる手段か、強大な天使を味方につけているようだ。集団で対処しなければ、一族としてまとまらなければならない。

自らを奮い立たせ、おぼつかない足取りで歩みを続ける。自分以外の仲間はみな、死んでしまったのだろうか。妻は、娘は無事だろうか。あの人間たちの欲望にたるんだ顔を思い出し、唇を噛み締める。くやしい、かなしい、涙がとまらない。
へんだな、森を感じられない。花の香りも、土の柔らかさも、木の雄大さも、大気の湿りも。

力なく膝をつき、そのわけを知った。柔らかい肥沃な土に吸われる血が、森を遠ざけているのだ。忍び寄る死が生命への認識を殺す。
男は前のめりに倒れこむ。伝えなければ、この緊急事態を。薄れるゆく意識の中、ふと気配を感じる。

最後の希望が男に力を与えた。歓喜が芽生える。

足音の軽さからやつらではなく。とすれば救援を求めるための、自分と同じ集落の生き残りか、他の集落のエルフがいたのだ! 男はかすれた声で、言葉を紡ぐ。

行け、わたしに構うな、わたしの目的は他の集落に危機を伝えることだ。天使を従わせる一人と三人の人間がわれわれを襲った。団結しなければならない――

苦しそうに一呼吸置き、男は続ける。

わたしのつけている指輪を持っていけ。古いお守りだ。もっとも、このざまでは加護は期待できないかもしれないが――

男は喉を鳴らして笑い、行け、と呟き、震える腕を動かして方向を示すと微笑んで死んだ。
それを聞いたエルフの女は、血に濡れた指輪をそっと抜き取り、駆け出した。
水と食料を捨てて。


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第一話 ロベスと三人の盗賊



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彼は太陽の日差しに意識を覚醒させられた。寝ぼけなまこを擦り、あたりを見回す。自然豊かな森の中。深い朝霧を吸い込むと鼻腔に若葉のみずみずしさを感じる。公園だろうか。大きな木の幹に背を預けて寝ていたらしい。

はやく帰らなければ。今日は実家に帰る予定だ。久々に愛犬の散歩に行ってもいい。凶暴なやつだった、実家からの連絡によると、泥棒を一人追い払ったらしい。おれを忘れてなきゃいいが。
立ち上がろうと思ったがどうも身体が重い。二日酔いだろうか。動くことはひとまず諦め、眉間を押さえて記憶を掘り起こす。
昨日は夜遅くまで友人宅でギャザをやっていた。途中から酒が入り、めちゃくちゃなプレイングになったがおもしろかった。

二人してコートやパーカーのフードをかぶり、さも魔法使いのように振る舞い、エンドカードにより場を制圧されれば 「なん、だと……それはまさか伝説の」 と驚愕し、ダメージを与えられるたびに苦しんだりした。
オーバーキル時に断末魔をあげ、大きく後ろにのけぞって倒れこんだ時は腹がよじれるほど笑った。いい年して何やってんだか。

苦笑して深緑のモッズコートのポケットをまさぐる。携帯、財布、タバコ、ライターはあった。
しかしデッキを入れていたリュックが見当たらない。そういえば友人の家に置いてきた気がする。どうだったか。

とりあえず友人に確認を取ろうと携帯を手に取るが、圏外。故障か? と、ついでに日付を確認する。まだ昨日の出来事のようだ。一応腕時計でも時刻を確かめた。
まあ、公園で無くなったとしたら仕方がない。戻ってはこないだろうし、悔しいが諦めるしかない。酔っ払った自分が悪いのだ。

なんとなしにふたたび周囲に目をやる。なかなかいい場所だ。近所にこんな公園があっただろうか? 奇妙にうねる花びらを咲かせる植物、美しい鳥、どんな味がするのだろう、まるまるとした実。そして――そして茂みからひょっこりと大きな蛇の顔。

目が合った。ちろちろと細長い舌を覗かせている。

彼は反射的に腰を上げ、身をひるがえして走り出す。でかい、成人男性のこぶしほどの頭の蛇なんて見たことがない。あるが、動物園でガラス越しでしか見たことがない。

身体の疲れを忘れ、昨日の酒とつまみを嘔吐するまで走った。
えずいて、気がつく。いつまでたっても歩道にたどり着かないばかりか、立って高い視線から周囲を眺めても外灯などの人工物を発見できない。それに、暑い。

運動による高揚でも、蛇の恐怖でもなく。気温のせいだ。おかしい、まだ肌寒い季節のはずだが、まるで春のように暖かい。
胃液のついた口元をぬぐい、彼はぽつりと。 「どこだよ、ここ」 脱いだコートを片手に歩く。どうか蛇には出会いませんようにと祈りながら。土のついたジーンズの尻をはたく。

それから約一時間ほど、とりあえず周囲の地形を確認しようと高所へと歩を進めた。

途中で大きな鹿と遭遇し、ひょっとしたら宮島かもしれない。酔って電車にでも乗ったか、いや時間からして終電は無理。始発で乗る頃には酔いもさめているはず。新米だが一応は教師のくせに、情けないものだ。

息を切らせて小高い丘を登る。彼はここが日本ではないかもしれないと、少なくとも自宅の近所でないと考えた。眼下の森はかなり広大で、その向こうには草原が広がっているようだ。町らしきものも見え、ひとまずそこを次の目的地にすることにした。
ここはどこだ。念のため、携帯の電子コンパスを使い、太陽の向きを確認する。おそらく正常に機能しているだろうが、より正確を求めるなら夕暮れの確認も必要だろう。回線が繋がらないので、当然GPSは機能していない。

ずいぶんと歩き、あいかわらず携帯も圏外。明らかに人はいないだろう。あんな大きな蛇がうろついている場所に住む物好きがいるものか。
どこかでなにかの遠吠えが響き、恐怖を覚える。犬とは違う。もっと鋭く、なにかに飢えているような。足を速める。枝にとまった真っ白いフクロウが、まるまるとした大きな目で彼を見ていた。

彼は急に孤独を覚えた。突然知らない居場所に一人、大自然で役に立ちそうなものは何も持っていない。人恋しく思った。せめて誰かと一緒ならば。
ブーツで柔らかい草を踏みしめる。唐突に風がそよいだ。むせ返るような濃密な花の匂い。

「おい、そこに誰かいるのか」

不意に投げられた言葉に彼は左方を見やる。まったく気がつかなかった。少し開けた場所に男が数人いる。
ああよかったと、しかし安堵は出来なかった。その男たちは赤いものがべったりついた姿で、同じ色の剣を片手にしていた。現実離れしたいでたちに彼は固まった。応答することが出来ない。

数秒の沈黙のあと、小太りの男がだみ声で言った。 「おう、こんなところでどうした? 迷子か?」
ついで長身の猫背が猫なで声で。 「腹は減ってないか、喉は渇いてないか」
最後に微笑みながら髭面が。 「近くの村まで送っていこうか」

待ちに待った人間だが、彼はきびすを返して駆け出した。吐き気をこらえる。二日酔いのせいではない。
男たちの足元には明らかに人と思われる死体。それに縄で捕らえられていた子供。異常だ。

後ろを振り返る余裕はない。ただただ祈るばかりだった。どうか追いかけてきませんように。くもの巣を避け、ツタをかいくぐり。
どれほどの距離を走ったのかはわからない。しかし疲労と空腹、何より喉の渇きから、彼はひとまず大きな木の根に腰を下ろした。

目的としていた方向を見失ってしまった。ぼうっと空を見上げる。いつの間にか夕暮れだ。あいかわらず、空はちっぽけな人間の危機などわれ関せずと広大だ。かいた汗が冷え、少し肌寒くなってコートを羽織る。
手持ち無沙汰からタバコを取り出そうとすると手の甲に痛みを感じ、見やるとどこで傷をつけてしまったのか。うっすらと血がにじんでいた。

意図せず先程の光景が脳裏に連想される。映画の撮影シーンでなければ地球ですらないかもしれない。
血溜まりは穏やかな大地にぽっかりと開いたような赤い口のようだった。そこに立つ男が三人、ハムのように縛られた子供。いまどき剣での殺人、誘拐だろうか……そんな野蛮な国があるとは、彼にはどうしても信じられないのだ。

それにあの男たちの姿。まるで中世ファンタシィに出てくるような、レザーアーマー。闇よ落ちるなかれ、だったか。中世だか古代にタイムスリップしてしまう主人公の小説を思い出し、小さく身震いした。

おれは過去にでも来てしまったのだろうか。SFの読みすぎか、ギャザのやりすぎだ。夢であってくれ。いや待て、たしかあの男たちは日本語で話しかけてきたような……
記憶を探るべく視線をさまよわせると、茂みに実がなっていた。艶やかで、つるつるのイチゴのようだ。腹の虫が鳴る。生唾を飲み込む。
誘われるように、彼はくたびれた身体を動かして実をもぎ取った。

香りを嗅ぐが無臭。そのへんの石で実をつぶすと果汁が飛び散った。中に虫などはいないようだ、トマトのような種があるだけ。この植物の種だと思いたい。もとより専門知識などないので毒の有無はわからないが。

新たにもいだ一粒を服の袖で拭い、食べさして、戸惑い、意を決して口に放り込む。
厚い皮を噛み潰すと口の中で果汁が飛び散った。眉をひそめるほどすっぱい。
美味しいとは言いがたかったが、彼は次々と口へ運ぶ。

なんでおれはこんなところで、一人ぼっちで、こんなわけのわからん物を食ってるんだろうか。
内心でひとりごちるも、まあ荒野や砂漠よりはマシであると前向きに考えることにした。ポジティヴな性格というより、適当に自分を慰めているだけだったが。食べ物がある森でよかったと感謝した。

口にした実はレモンのようにすっぱく、平時であれば食べようとなど思わないが、それでも彼は満たされた。
だから肩に手を置かれるまで、その者の存在に気がつけなかった。驚き、しりもちをつきつつ振り返ると、そこには薄い唇に人差し指を当てた女。もとより彼は声をあげて、口の中の自然の恵みを吐き出そうとなどは思わなかったが。

夕日の朱に照らされていてもわかる、稲穂のように美しい髪、りんごの果肉のように白い肌、蒼穹に澄んだ瞳。鈴の鳴るような声で小さく。 「静かにしてください」

瞠目する彼。それもそのはず、語りかけてきたのはのただの女ではなかった。細長い耳が横に突き出している。彼にとっては森に住む架空の生き物、エルフ。空想のはずの存在が目の前にいた。
彼がおそるおそる頷くと、左方を風切り音とともに何かが高速で通り過ぎ、背後で木材に釘を打ち込むような音がした。驚いて振り返るとそのとおり、木の幹に矢が刺さっていた。

一拍も置かずまた彼は振り返る。やはり何かの音に本能が反射したからだ。

その音が、地を駆ける足音と鞘から刀剣を抜き放つ音だと気づいたのは、背後から押さえつけられて地面に頬をこすりつけている時になってからだった。エルフと先程の男のうちの――小太り――が、それぞれ大きなナイフと棍棒で鍔迫り合いしている。

彼だけがワンテポ遅れて、やっと状況を認めたのだ。

エルフと小太りの男の技量は互角のようで。それを悟ってか知らずか小太りが数歩引くと、今度は木の陰から髭面が表れた。手足を折り畳むように縄で縛った子供を片手で、どのような縛術か、手提げ袋のように取ってがあり、まるでその辺の店で買ってきた商品のように掲げる。

「動くな」

しかしそれでもエルフは小太りへと踊りかかった。これには彼を含めた男三人組も虚を突かれたが。

「フイヤン!」 小太りが叫ぶと、すぐさま彼を組みふしていた猫背が加勢した。

重縛から開放された彼は立ち上がり、後ずさる。異常だ、逃げよう。冗談じゃない、エルフ……こいつはタイムスリップなんてもんじゃない。おれは――

精神と本能は命じたが、物質の反応は鈍い。恐怖の震えを克服できない。
多勢に無勢か、ほどなくしてエルフは棍棒の一撃を受け、よろめいたところを猫背のフイヤンに組みふされた。

状況にに満足したのか、子供を携えた髭面が彼に言う。 「大丈夫だったかい、にいちゃん」

大丈夫、ではない。混乱しているが、彼はうなずく。

「しかし人質を無視するとは、いかれたやつだよな」 続けて子供を地面に放る。 「なあ?」

「ジャコバン、そのガキだって金になる。丁寧に扱えよ。しかし今日はついてるな、エルフの女だ。ジロンド、縄をくれ」 エルフを組ふしているフイヤンが、髭面と小太りに言う。

猿ぐつわの隙間から苦悶の声をあげた子供の頬には、両の目から続く、うっすらとした悲憎の軌跡が残っていた。

今になって彼の口内の咀嚼しきっていない実が、ごくりと食道へ流し込まれた。
強い酸味が喉を焼いた。頭がぼうっとする。酒の酔いに似ているが、思考はクリアだ。凍った炎のよう。この矛盾した状態が気持ち悪い。

「おっとすまんすまん」 ジャコバンと呼ばれた髭面は鼻を利かせ。 「……しかしひょっとしてにいちゃん、そこに生ってる実を食ったか? 驚いたな。今夜は眠れんぜ」

彼は朦朧としたまま、誰へ語るでもなしに口を開く。恐怖はあるが、思ったことを口に出してしまう。 「その子供はどうしたんだ、どうするんだ。彼女は」

「エルフは高く売れる。物好きな金持ちに」
「非人道的だ」

視界の端で、エルフの女がジロンドと呼ばれた男に胸元をまさぐられている。猿ぐつわは既にされているらしく、くぐもった抗議の声がむなしい。
彼はジャコバンと面と向かって話しているにもかかわらず、自らの危機に手一杯にもかかわらず。フイヤンとジロンドにも同時に意識を向けていた。

ジロンドの太く、ひび割れた指が彼女の先端をもてあそぶ。するとまた別の感触もあった。首にかけられた紐に通された何か。――なんか持ってる。指輪かな?――

――金か? 銀か? いやそれよりさっさと縄をよこせ。口だけ塞いでもなんにもならん。腕が疲れる――
――いや、木だな。たいした価値はない。汚ねえな、血か?――
――なんだくだらん……いやだからはやく縄を――

「人間じゃないだけましだろう」
「ばかを言うな」
「そうかな。しかしにいちゃん」 ジャコバンは彼の頭のてっぺんからつま先までなめるような視線で。 「珍しい服だな」

やおら腰から棍棒を抜き、これみよがしにしごく。よく見ると打症を防ぐためか、先端付近に布が巻かれている。商品を深く傷つけないためだろう。

「前世紀的だ。おれにはエルフと人間の違いがわからん」

彼は平凡な現代人ではあるが、平凡なりに正義感はある。その平凡に伴う恐怖心もあったが、自然の恵みがもたらした興奮が、生の感情を口から垂れ流させた。

思考は別の生き物のように冷徹にめぐる。
相手は棍棒を持っている、剣もある。先の戦闘で使わなかったのは生け捕りにするためだろう。では男である自分には容赦などない。
しかも相手は追跡してきた。手がかりとなるのは足跡や植物を払いのけた痕跡から。ということは森での心得もあるということだ。素人ではない。逃げることは許されないだろう。

衣類を引き破る音がした。――だからジロンド、先に縄だって。ジャコバン、おまえからも言ってくれ――

「細長い耳があるのがエルフだよ、ママは教えてくれなかったのかな?」
ジャコバンはフイヤンの言葉を無視し、いやらしく唇を吊り上げる。

「身体的特徴の有無は種族の区別でしかない。生を蹂躙してもよいか否かの基準にはならない」
「ずいぶんと小難しいことを言うじゃねえか。まるで学府の連中みてえだ、一度しか拝んだこと」

彼は男へと殴りかかった。タイミングは賊の二人の意識が向いていない今しかない。素手だ。敗北の可能性は高いが、得物は使われないだろうと予測していた。

なぜこの男たちは自分を追ってきたのか。フイヤンの 「今日はついてる」 という言葉から、あのエルフの女と居合わせたのは偶然。

つまり最初から身包みを剥ぐ予定だったのだ。だとすれば男である自分が斬りつけられていないのも理解できる。生け捕りにしようとしたのも、摩訶不思議な格好をした人間への興味からか。金持ちと勘違いされて、身代金目当ての人質にしようとしたのかもしれない。

ともかく衣類が血で汚れるような戦いはしないはず。
棍棒も、こちらが素手であるのならわざわざ使う必要ない。殴打した懐に珍しい物があれば損だ。したがって狙われるのは頭部、鼻を打てば鼻血が出る、よって顎かこめかみ。それに気をつければチャンスはあるかもしれない。

そしてジャコバンの思考はまさにその通りだった。ひ弱そうな男など、軽く捻ってやればいい。見たこともない生地のようだし、今日はついてる。

彼のこぶしは半歩下がったジャコバンに空振り、返す刀に荒々しい腕が振るわれた。
彼のあごへと吸い込まれるように。一撃で昏倒させられることは間違いない。彼は最後に、窮屈に縛られている子供見た。目が合い、なんとなしに心で詫びた。

その瞬間、現象は発現した。突風のように流れ込んでくるわけでもなく、ミルクのように濃密な霧が瞬間的に、唐突に視力を失ったかのような錯覚さえ覚えるほどに広がった。

その場の誰もが動揺した。ジャコバンのこぶしは彼のあごをかすめ、なんとか避けようとしていた彼は転んだ。男たちの怒声と困惑の声が飛ぶ中、彼はぶざまに四つんばいで駆け、最後に見た子供が放られていた場所へと向かう。

確かこの辺りと地面を探る。温かく柔らかい感触に、食い込んでいる荒縄。片手で抱きかかえると驚くほど軽い。そして震えていた。

さてどうする、思案していると空いている腕を引かれる。

一瞬、身体をこわばらせるが。それに害意がないことからフイヤンに組みふされていたエルフの女だと理解した。混乱に乗じて拘束から抜け出し、男たちに反発していた彼なら子供の元へと行くはず、とあたりをつけていたのだろう。

根につまづき、転びそうになりながらも、まとわりつく霧の中をいざなわれるままに走る。途中でエルフの女が木や枝にぶつかるも足は止めなかった。五十メールほどだろうか、反転するように薄暗い森が現れた。粘質な霧を抜けたのだ。




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・登場カード紹介

カード名 万の眠り/Gigadrowse (まんのねむり)
マナコスト (青)
タイプ  インスタント
テキスト
複製(青)(あなたがこの呪文を唱えるとき、あなたがその複製コストを支払った回数1回につき、それをコピーする。あなたはそのコピーの新しい対象を選んでもよい。)
パーマネント1つを対象とし、それをタップする。

・知名度ではたぶん「ぐるぐる」のほうが上。どっちにしようか悩んだけど、シリアスだったのでこっちに。


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