高校から帰宅して自室の扉を開けるとそこには思い詰めた様子の弟がいた。
中学生の弟は平凡な容姿な僕と違って俗に言うイケメンと呼ばれる種族に属する人間だ。
いや、正確に言えば僕、弟、姉、妹の4人兄弟の中で僕以外は全員美形だ。
大学生の姉は美女と呼ばれるに相応しい容姿をしているし、小学生の妹は幼いながら将来が楽しみな美少女だ。
そんな中どうして僕の容姿だけ平凡なのだろうか。
もしかしたら僕だけ血が繋がってないのだろうかと疑ったことは一度や二度のことではないが、残念ながら僕達は正真正銘の兄弟だった。
ヒト科美形目イケメン種という僕とは根本的に異なる種族だが、目の前で僕が帰ったことに気付かない程思い詰めているイケメンが僕にとっては可愛い弟であることは間違いない。
「ただいま。どうした?そんな深刻そうな顔をして。何かあったのか?」
「あ……おかえり、兄さん。実は悩み事があるんだけど……。良かったら聞いてくれないかな?」
「いいよ。お前は悩み事があると昔から僕の所にくるもんな」
了承したのはいいが、弟の悩み事とは何なのだろう?
学業・人間関係共に卒なくこなすこの弟がこんなに思い詰めているのだ。
もしかしたら平凡な僕では手に余る内容かもしれない。だけど、それでも出来る限りはこの可愛い弟の力になってやりたい。
「実は……俺には昔から好きな人がいるんだ……」
いきなり力になれない悩みが来ちゃった!!
だってさぁ~、僕ってば彼女はおろか女友達だっていないんだよ?
そんな僕が恋愛関係の悩みで力になれるはずがない。
「恋愛関係の悩みなら残念ながら兄ちゃんは力になれないな。しっかし、おまえのようなイケメンでも恋愛で悩むことがあるんだな。何故か爽快な気分だ」
「兄さん、ちゃんと俺の話を聞いてよ……」
「そう言われてもなー。僕は恋愛経験なんかないし。……あ、そう言えば最近姉ちゃんに彼氏が出来たんだよな。恋愛経験のない僕に相談するよりは現在進行形で恋愛中の姉ちゃんに相談した方がいいんじゃないか?」
「それはダメだ!!姉さんには絶対に言わないで!!」
思いがけない強い否定の言葉にビックリして硬直してしまう。
弟も大きな声を出した自分を恥じるように俯いてしまい空気が重くなる。
僕は気まずい空気を打ち消すように殊更明るく弟に話しかけた。
「お、おう!ま、まあ、お前がそこまで言うなら姉ちゃんには言わないでおくよ。それで?悩み事って何なんだ?力にはなれないかもしれないが話だけは聞いてやるよ」
「兄さん……ありがとう」
僕がそう言うと弟は整った顔面に安堵の表情を浮かべて本題を語り出した。
「さっきも言ったけど、俺には昔から好きな人がいるんだ。俺は物心ついた時からその人のことが大好きで、俺の初恋はまだ続いている」
ほほう。女子にモテまくるこの弟が彼女を作らないのはそういう理由だったのか。
しかし物心ついた時から好きってことは多分僕が知っている女の子だよな。
誰だ?そんなに昔からって言うと……隣の家の光ちゃんか?確かあの娘は弟と同年代の幼馴染だったはずだ。清楚で可愛いから弟が惚れるのも無理はないか。
「俺は本当にその人のことが好きなんだ。その人の笑顔を見るだけで幸せになれる。出来ることなら24時間一緒にいたいぐらいだ。時折、誰もいない場所に彼女を監禁してずっと一緒にいようと考えてしまうこともある」
「お、おおう。最後の方に恐ろしい言葉が聞こえた気がしたがあえてスルーしておこう。まあ、お前がその娘のことを好きだってことはわかったよ。むしろわかりすぎるぐらいわかった。それにしてもそんなに昔から好きなら何で告白しなかったんだ?告白することによって関係が壊れるのが嫌だったのか?」
「うん。俺が彼女に告白しても絶対に断られるだろうし、もし告白してしまったら今の関係には二度と戻れないことは分かっていたから……。だから俺は彼女のことを側で見ているだけで良かったんだ」
そっかなー?光ちゃんのことをそこまで詳しく知っている訳ではないが、たまに見かけるあの娘は明らかに弟に好意を抱いていると思ったけどなー。
僕が首を傾げると、先程までは興奮したように熱心に語っていた弟が、今度は一転して世界が終わったかのように絶望に沈んだ様子で語り出した。
「でも……最近その人には彼氏が出来てしまった。いつかはこうなることは分かっていたけど、今まではずっと彼氏を作らなかったから安心していた。だけど僕が油断している間に鳶に油揚げをさらわれてしまったんだ………」
へー。光ちゃんに彼氏が出来たのか。だったらあの娘は弟のことが好きではなかったってことだよな。僕の目も当てにならないなあ。
「日に日に彼氏に対する憎しみが大きくなっていくのがわかるんだ。それこそ、チャンスがあれば殺してしまいたいぐらい……」
「ちょっと待ったー!!兄ちゃん、ちょっとっていうかかなりお前のことが怖くなったよ!!お前ってそんな子だったっけ!?」
あれ~?僕が今まで弟に対して抱いていたイメージと大分違うよ?僕の弟はこんなにヤンデレ気質だったの!?僕が今まで知らなかっただけ!?
「彼女があのクソ豚野郎に抱かれていると思うと殺してやりたくなる。その内実行に移してしまうかもしれない。……この間なんか気が付いたらこれをネット注文していた。今は毎日持ち歩くようにしているんだ」
「うん、わかった。お前の愛が重すぎることは十分理解したからそのナイフは僕に渡そうか。お前は暫くの間は刃物を所持することを禁止します。僕は加害者の兄として有名人にはなりたくないからな?」
大人しくナイフを差し出す弟の手から引ったくるようにナイフを奪い、二度と使われることのないように刃の部分を近くにあったガムテープでグルグル巻きにする。
こ、こいつはアカン!こいつは僕の想像以上にやべえ!!我が弟ながらイカれてやがる!!一刻も早く対象しなければ!!
「ま、まあなんだ。ずっと好きだった娘を他の男に取られるのは悔しいしお前が荒れる気持ちはわかる。でもお前が光ちゃんのことを好きなように、光ちゃんだってその彼氏のことが好きなんだ。それを邪魔する権利なんか誰にもないと思うぜ。それに光ちゃんだってずっとその彼氏と付き合うとは限らないんだぞ?諦めずに想い続けて、光ちゃんがその彼氏と別れた時に告白すれば光ちゃんだってお前の想いに応えてくれるかもしれないぞ?」
僕が我ながら良いことを言ったと内心どや顔でいると、肝心の弟は不思議そうに首を傾げていた。
「光?何で今光の名前が出てくるの?」
「え?だって……お前が好きなのは光ちゃんなんだろ?」
「違うよ。僕はあんなメス豚全然好きじゃない。それにあいつはビッチだし……。経験人数は2桁は越えているんじゃないかな?」
清純だと思っていたお隣の女の子の意外な本性を知りたくもないのに知ってしまった……
明日から見かけたときどんな顔をすればいいのかわからないよ。あと弟の発言が所々怖いです……
「じゃあお前が好きなのは誰なんだ?お前が物心ついた時から好きってことは僕も知っているはずだろ?」
光ちゃん以外に弟と幼い頃から付き合いのある女の子なんか思い浮かばないんだけどな?
ん~?そう言えば最近その娘に彼氏が出来たって言ってたな。
物心ついた時から一緒にいる人で最近彼氏が出来た娘って言うと………………ってまさか!?
「兄さんも気付いたみたいだね。兄さんが想像した通り、俺が好きなのは姉さんなんだ」
「もう嫌ー!!当たって欲しくない予想が当たっちゃったよ!!もう僕の脳は容量一杯だよ!?」
「まだ我慢出来ると思うんだ。でももし我慢出来なくなって姉さんを監禁することになったら……良かったら協力してくれないかな?」
「もう勘弁してください!!」
その後僕が泣きながら監禁だけは止めてくれと必死の説得をしたら弟は取り敢えずは納得してくれた。
弟のことを信用していない訳ではないけど、今後は姉ちゃんとこの危険人物を二人きりにしないことを僕は固く決意した。