フーガ・フォレスタ(僕)のターン
「馬鹿野郎!!この役立たずが、二度と俺の前に顔見せんじゃねぇぞ!!」
そんな罵声を浴びせながら、丸々と太った中年男性が僕を従業員用の裏口から蹴りだした。
客に見せる柔和な顔はなりを潜め、僕をにらみつける顔は鬼のように赤く歪んでいる。
肩を上下させ息をしているのは、30分ほど切れ間なしに、思いつく限りの罵倒を僕に浴びせていたからだろう。
刺されなかっただけ儲けもんである。
彼はフォルクス雑貨店の社長兼店長であり、つい5秒前まで僕の雇い主であり、上司であった人だ。
今は僕の何だろう?向こうが一方的にこちらを嫌っているときの関係をうまく言い表す表現が思いつかない。
「おら!1週間分の給料だ!それ持ってさっさと消えやがれ!もし今後この店の敷居を跨いでみろ!そのいけ好かねえ面をぐちゃぐちゃにしてやるからな!!」
そういって、彼はまだ立ち上がれていない僕の腹にずいぶんと軽そうな給料袋を放り投げ、乱暴にドアを閉めて店に戻っていった。
僕はそんなことお構いなしに、放り投げられた給料袋を手に取り中身を確認した。
・・・・・・一日3食カップ麺生活なら一ヶ月は持ちそうだが、今月も家賃が払えそうにない。
先月、大家に来月家賃が払えなければ出て行けと言われているので、若干20歳にして僕はホームレス確定である。ついでに先ほど無職にもなった。
こうやって、犯罪に手を染めるしか生活ができない人間が出てくるのだろうと思いつつ、そんなことをしたらとても面倒くさいことになるのが見えている。
今後自分がどうするかと考えて、新しいバイト先を探すしかないと結論付ける。
人間どんな時でも衣食住がなければ生きられず、それを満たすにはお金が必要なのだ。
犯罪に走るという選択肢など僕には用意されていない。
今の状況は自分の意地を貫いてできた状況なのだ。犯罪者になってあの娘たちに逮捕されてハイお終いでは馬鹿みたいだ。
僕はいつだって清く正しく慎ましく生きたい。
そんなことをフォルクス雑貨店の近くにある臨海空港公園で、缶コーヒーを片手に考えていた。
決意を新たにゼロからの再出発。悪くない。
何事もポジティブに考えたほうが、人生という道を歩くとき疲れにくい。
そうだゼロからの出発なのだ。せっかく空港が目の前にあるのだから、このなけなしの給料を使ってどこか遠い世界で新たな門出を迎えるのもいいかもしれない。
まあ現実的に考えて僕はこのミッドチルダから離れて生活することができない体なので、そんなことはあくまで妄想だけ。
とりあえず帰っても寝袋と少しの着替えしかない我が家にそれらを取りに帰って、新たなねぐらを探す旅には出たいので、臨海空港のバス停まで向かうことにした。
遠い世界に行けずとも、再出発には変わりないので気持ちは前向きに、どんな壁だって越えてやる。生まれ変わった気持ちで生きるのは得意なのだ。
そんな決意を胸に秘め、空港へと到着した僕は、現在炎と言う名の赤い壁に囲まれている。
まさか決意を新たにして最初に越えるべき壁が、死という壁だとは想像もつかなかったなと思いながら、崩れてきた瓦礫の破片を頭に受け、僕は意識を失うのであった。
目が覚めたのは病院のベッドの上でだった。
薬品の匂いが充満したこの白い建設物はいつまでたっても慣れることがなく、僕の気持ちをどんよりさせる。
病院という場所には何一つとしていい思い出がないどころか、嫌な思い出しかないのだ。
唯一の救いといえば、目が覚めたとき、病室には誰もいなかったことだろう。
これ幸いにと病院着からぼろぼろになったジーンズとTシャツ革ジャンへと着替える。
これからの生命線である給料袋は少しこげていたもののしっかり革ジャンの内ポケットに納まっていたので、後は窓から逃走を図るだけである。
しかしここでひとつ忘れ物をしているのに気がついた。
デバイスである。
一応魔導師らしい僕はデバイスと呼ばれる魔道行使補助機器を所持している。
もっとも僕にとってのデバイスの使い道は他の魔導師と呼ばれる人たちとは少し違うのだけれど。
デバイスがなければ人並みの生活も送れない僕にとって、あれを忘れて外に出るのは致命傷だ。
さてさてどこに置いてあるのやらとベッドの枕もとや、服のポケット、ベッドの横のサイドテーブルからキャビネット。色々探してはみるものの、一向に見つからない。
さすがにこれには焦ってしまう。
何度も何度も言うように、アレは僕の生命線。僕自身とも言える、そんな存在なのだ。
しかしいくら探しても見つからない事実に、少し涙目になってきた時だ。
「探し物はこれか?」
どこかぶっきらぼうな物言いをする黒尽くめの青年が、剣の形をしたネックレスを僕に差し出していた。
はてさてこのネックレスは僕のだろうか?と悩んでいたら、黒尽くめの青年が一向に動こうとしない僕にそれを放り投げてきた。
あ、ああ、やはりこれは僕のもの。僕が探していたデバイスである。
アームドストレージと呼ばれるS極とN極を無理やり混ぜ合わせたようなデバイスであるこれは、僕だけのためにつくられたワンオフ品だ。
クラウンと呼んでいるそのデバイスを首にかけ、黒尽くめの青年へと視線を戻す。
青年の名前はクロノ・ハラオウン。年齢は21歳。独身。クラウディアの艦長。性格はとっつきにくい部分があるが非常に良心的で好感の持てる性格。
そんな彼のデータを引き出しつつ、人のデバイスを勝手に持ち出しているあたり、良心的で好感の持てる性格という記録は変更しておいたほうがいいかもしれないと考えているとフーガ・フォレスタと声をかけられた。
「えーと・・・・・・はい?」
一瞬自分に話しかけられたと気がつかず、反応が遅れる。
「いや、だから君が眠っている間にクラウンのメンテナンスを行ったんだが問題はないかと聞いているんだ。どうなんだ?マイスターはデバイス回路の配線を少しいじったと言っていたが支障はないか?」
「あー、わかりません。多分ないです。」
そう応えるとクロノ君は呆れたような顔をしてそうかとだけつぶやいた。
どうせ自分のことなのに分からないのかとか思ってるんだろうけど、そんな微妙な違いなんて分かるわけがない。
分からないことは分からないというのが後々のダメージは少ないのだ。
「そうか、問題がなかったのならいい。だがなフォレスタ。1ヶ月に一度、定期的にメンテナンスと身体検査には来いと言ってあっただろう?マイスターの話では最終メンテナンスは9ヶ月前だそうだが、言い訳はあるか?」
「忘れ「忘れていたなんて言うなよ?メンテナンスの催促はクラウンから出ていたはずだ。」あー。・・・・・・その催促も忘れた。」
「・・・・・・・・・・ハァ。」
もの凄く疲れたようにため息をつくクロノ君に少しだけ申し訳ないなと思いつつ、こればっかりは仕方がないことなので諦めてもらう。
「だから、忘れないようにクラウンからメンテナンスの要請が出るようにしたんだろう?目覚まし時計じゃないんだからメンテナンス要請はボタン押したくらいじゃ消えないぞ?それでも忘れてたって言うのか?少なくとも君が気を失う直前までメンテナンス要請が出ていたはずだが?」
「そうだっけ?ちょっと待ってて・・・・・・・・・あ、あーはいはい。わかった。その要請システム僕が7ヶ月前に消してるわ。何で消したかは覚えてないけどそんなに常時メンテナンス要請が出てくるもんだからうざかったんじゃな、痛っ!!」
台詞の途中でなぜかクロノ君に頭をデバイスで殴られた。
「怪我人に暴力とか振るうかな普通。」
「怪我なんてない。君は瓦礫の破片で頭を打って気絶していただけだ。検査の結果なにも問題はなかった。」
「だから殴っていいって言うのかよ。」
「どうして殴られないと思ったのかが不思議だよ。」
えらい言われようである。
「なあフォレスタ。やっぱり家に、鳴海に来ないか?そこなら母さんも、アルフもいる。鳴海のハラオウンの家ならミッドに直通で行き来できる。検査に来るのに手間はそうかからない。君は・・・君が一人で生きていくのは困難だっていうのは理解しているはずだ。」
だから、家に来い。そう続けようとしたクロノ君の言葉をさえぎるように、僕は首を振って拒絶した。
確かにクロノ君の言うとおり。僕がこの先ずっと一人で生きていくのは非常に困難だろう。
付きっ切りの介護が必要なわけではないが、僕には人間として重大な欠陥というか、障害がある。
少なくとも一人暮らしは僕だって無謀だと思っている。
それでも。
「クロノ君やリンディさんはまだいいけど。君らに深く関わったら、あの娘たちも関わってくるじゃないか。それはお断り。それくらいなら野垂れ死んだほうがまし。」
「っく。ならせめてご両親と一緒に暮ら「それも無理。」~~~~~っ。」
「あの二人とは血がつながってるってだけ。親子って関係は3年前に解消したよ。」
「それは君が一方的に解消したと思ってるだけだろう!事実彼らは今でも君のことを心配しているんだ!今積極的に君に関わってきてないのは君があからさまな拒絶をしたから、君の意をくんでいるだけだ!それくらいっ」
わかるだろう!と続けようとしたのだろうが、クロノ君の言葉はそれ以上つむられることはなかった。
病室のドアの向こう。
病室で騒いだクロノ君を注意するためにやってきた看護師や医者でなく、目元が真っ赤な栗色の髪の毛の少女が立っていたからである。
目元の涙のあとが見るに耐えないが、多分美少女。
その少女は僕の顔を見るなり顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
僕の頭に記録されている一般常識では、年頃の女の子が人前でこんな顔をするもんではないのだけれど、さすがにわんわん泣いている女の子にそれを言っちゃうほど空気が読めないわけではない。
バイトを首になる理由が、空気が読めなさ過ぎて客と店主を大激怒らせることに定評のある僕でも読める空気だ。
さすがにこれははずさない。
泣いてる顔のせいでいまいち分かりづらいけど、彼女は高町なのは。15歳。魔導師ランクSSの管理局の生ける伝説。非常に頑固でこうと決めたら梃子でも動かない。そして、泣き虫で。意外とネガティブ思考。
僕とは非常に相性が悪い。
これが僕の頭に記録されている高町なのはのプロフィール。
最後の注釈が問題で、僕とは非常に相性が悪い。
彼女と話をして、お互いに折り合いがついた試しなど全くない。
いつまでもどこまでも平行線。
別にこの娘に限ったことではないけれど、それでも一番関わりあいたくない娘であることには変わりない。
てめー僕より僕の取り巻く状況分かってんのに、何でこの娘を病院にいれやがったと、バツが悪そうなクロノ君に目で抗議する。
「あ、いや。えっと、な、なのは!高町二等空尉!僕は自宅での待機を命じたはずだぞ!なぜここにいるのか説明をしろ!上官命令だ!応えろ!高町二等空尉!!」
ちょっとテンパりつつ声を荒げるクロノ君の言葉も何のその。
高町なのはは僕にしがみついて涙と鼻水を僕の一張羅にこすりつける作業に没頭している。
「ふーがぐん!ふーがぐん!!」
鼻水と嗚咽のせいでうまく発音できない彼女の頭頂部を見つめつつ、この娘に会わないようにと尽力してきた9ヶ月の努力が今、がらがらと音を立てて崩れていっているかのような錯覚に陥った。
フーガ・フォレスタ20歳
高町なのは15歳。
四年前の雪の日に、僕らは互いに壊れあった。
僕は体を。
彼女は心を。
できればとってもすごく遠慮したかったのだけれど。
どうやら僕と彼女、壊れたもの同士の物語が、始まってしまいそうである。