「そんな……。
じゃあ、武さんを日暮れまでに探さないと………」
「うん、戦争は避けられないだろうね」
西町から帰った東野と合流した後、屋敷へと場所を戻し、早急に今後の作戦会議が行われた。一刻を争う大事故に、兵の殆どは、既に武の捜索の為に屋敷を出ている。彼の失踪は事実。この事態に関与しているのであれ、そうでないであれ、放っておくわけにはいかない。
「武が何らかの関与をしているなんて考えたくもないんだけど………
向こうもそうは思ってくれないから」
肩を落とした了がそう口にする。時刻は昼を回り、刻限の日没までへのカウントダウンは始まっていた。
「二人にはいざという時、手を貸してもらうことになるかもしれない。
でも、此れはこの村の問題だ。それは本当に最後の術としたい」
「でもッ!!」
一条が声を荒げる。先の戦闘でも西の武術が秀でているのは明白。俺と考えは同じようだ。武力の差は圧倒的と言っても良い。東町の住民に武術の心得があるとは到底思えず。また、剱冑を駆る事が出来る者は多くない。一方で西森はもともと武術に秀でた一族。戦争の結果は察するに余りある。
しかし、その優劣を転じさせることの出来る駒が今、ここに二つある。勿論、俺自身と一条殿だ。
最後の術。その“最後”が如何なる状況を指すかは不明だが、この村への恩。巻き込まれた戦闘とはいえ、できれば力になりたいところである。
しかし、…………………。
俺は、人を前にして、刃を突き立てることが出来るだろうか?
「大丈夫。武を見つけて話を聞いて。それで解決できる」
半ば言い聞かせるように呟かれた東野の一言が虚しく部屋に響く。
「あたしは、この村を守りたい! !力が必要なら言って欲しい」
逆に、一条の言葉が鋭く空気を震わせる。しかし、その言葉への東野の返答は無かった。
◇
自分にできることは何なのか?今までに何度も自分に問いかけてきた。
陽炎は一つ息を吐いた後、静かに立ち上がった。
武の捜索は土地勘のある者達で行われており、手持無沙汰となった為に、守道と一条は共に屋敷で待つこととなった。
傍らでは正宗が自己の修復に努めていた。
「正宗様。実はお願いが御座います
………私に、剱冑としての立ち振る舞いをご指導いただけないでしょうか?」
守道様の為に何ができるのか?
その答えは奇しくも悪鬼村正によって思い至るものとなった。彼らとの圧倒的な差。それは仕手である守道様だけの物ではない。自身と村正の陰義の間にも決定的な差は無い。また、守道と景明の剣術の間にもまた、決定的な差は無かった。
であるならば、剱冑としての差は何なのか?
その問いの先に思い至ったのがAIとしての自身の不甲斐なさだった。
<<………ほう?お主程の剱冑が教えを乞うとは?>>
正宗が怪訝そうに問う。この娘(むすめ)の真の姿。一目見れば如何なる銘物かは容易に見当がつく。一方で、その姿形。大衆に知れ渡る剱冑では無いこともまた明らか。無銘剱冑(ネームレス)ではあれ、その力は知れる。
「私は、まだ剱冑として日の浅い若輩者で御座います。
仕手への負担の軽減の為にも正宗様からの御鞭撻を頂戴したく………」
<<あれ程までの威圧。あれ程までの風貌。
主はただの無銘というわけでは無さそうだが。
若輩者と申したな。剱冑に心鉄を打ったのは何時のことぞ?>>
「………一年程前に御座います」
その言葉にピクリと反応したのは正宗だけではなかった。一条が怪訝な顔を向ける。
そして、守道と目があった。
この事実を自分と守道以外に知る者は居ない。隠してきたわけでは無いが、問われて答える事でもないと、そう考えてきた。
「訳ありという様子ですが、聴かせて頂いても?」
一条の返答に一瞬言葉がつまる。主への許可を求めるために守道に視線を送る。
それと同時に守道が頷いた。
それを確認して陽炎もまた、同じように頷いた。
◇
陽炎の一族は山奥に集落を作っていた。霧島の村の裏山。蝦夷で在る故に虐げられ、しかし其れに反乱を企てるでもなく。
“山に蝦夷あり。不要に近づくな。”
村に伝わる言い伝えを村人たちは守り、決してその一族と関わろうとはしなかった。故に一族はひっそりと山中で暮らしていた。
先祖を辿れば、剱冑打ちの名家。名こそ世に知れ渡るに至らなかったが、何代もの先祖が剱冑として心鉄を刻んだ。だがそれも昔の話。最早、剱冑を打つという慣習は廃れ、その技術と嘗ての伝説だけが知識として語り継がれた。
そして、一族には代々一領の剱冑が伝わっていた。否、甲冑という表現が適切だろう。その剱冑には心鉄が刻まれていなかった。その剱冑は細部まで磨き上げられた姿形をしながら、最後まで魂を宿らせることが無かった。
何時から伝わったものなのかはもう分からない。分かるのは、其れを最初に鍛えたのが一族を起こした頭首だという事だけ。金色の狐。焔を纏う金狐。この世のものとは思えぬほど磨き上げられたその御姿からは、初代の、そして先代達の技術の高さが垣間見え、魂を宿した時の武勇など、問うまでも無い。代々伝わる炎を操るという言い伝えは、果たしてどれほどの力を持つのか。其れを鍛えた全ての鍛冶師が夢に描いて止まなかった。
その一方で、もう一つの伝えがあった。
“決してこの剱冑に心鉄を刻んではならない”と
その甲冑は代々受け継がれ、その身を磨かれてきた。時が経ち、剱冑を打つ者が無くなっても、語り継がれた技術をもって、歴代によって甲冑に手を加え続けていた。
―――――そして、“その時”その役目を負っていたのは陽炎だった。
一年と少し前。霧島で山火事発生。
山は禿げ上がり、山中の集落で暮らしていた陽炎の一族の屋敷は全焼。燃え盛る炎にまかれた一族は数知れず。崩れ落ちる屋敷。そんな中で村の主は叫んだ。
“あの剱冑を絶やしてはならぬ”
用意されたのは祭壇。生き残る全ての一族がその場所だけを炎から死守。その役目から逃れた者無し。豪炎から身を挺してその場を守る。唯、剱冑と陽炎を守るために。
そして、燃え盛る屋敷の中で陽炎はその甲冑に自らの魂を刻んだ。
一族に伝わりし至宝を守るには其れしか手が無かったのだ。時が経ち、屋敷のいたる所が崩れ墜ち。陽炎が心鉄を打ち終えた時には全てが終わっていた。数多くの同胞は炭となり、嘗て暮らした屋敷は灰の塊。
そして、多くの命を奪った山火事は、陽炎が陰義を使うことで終結を迎えた。
<<つまり、その剱冑を打ったのは主では無く、歴代の剱冑打ちが技術を集めたものだと?>>
「その通りで御座います。
私が為したのは心鉄を打ったことのみ。故に剱冑としてどのように守道様の御役に立てるのかが分からないのです」
<<…………成程。主の決意、この正宗、感じ入ったわい! !
承知致した。此度の一件が片付いた後には、この正宗が先代に代わり主に剱冑の何たるかを伝授してしんぜよう! !>>
正宗の快諾に陽炎の表情が緩む。同じように、一条も頷いた。
「あたし達も先日話した通り戦力を集めています。是非、力になりますよッ! !」
「………感謝いたします」
<<とはいえ、まずは此度の件。気を抜いていては話にならん。
分かっておろうが、西森も敵ながらなかなかにやりおるぞ>>
正宗の鋭い一言に再び表情が引きしまる。
そう、なにはともあれ、直近の事案を片づけぬことには話にならない。厳しい戦闘になるのは最早明白。そして、今、自分たちに出来ることは無い。となれば、今は回復に努めるのが先決。
スー―ッ
直後に襖が開く音。皆の視線は其方を向く。
「…………武が見つかったそうだ」
その先にあるのは肩で息をする了だった。
◇
今日だけで何度目かになる山道を歩き、少し山奥へと踏み入った丘。其処が目的地だった。東野の兵の一人に牽引されて、重い空気の中山へと足を踏み入れる。鬱蒼とした木々の間をかき分け進む。木々の間からは木漏れ日が落ち、其れを頼りに足もとの悪い道を往く。
やがて、その先から人だかりが見えた。
そして、その開けた丘に出た瞬間、俺達はその光景を目にした。
視界の先には青と緑。そして――――赤。
飛び散る鮮血はまだ新しいようにも見え、山特有の湿った匂いに混ざり、生臭い血の匂いが漂う。その中心で倒れているのは間違いなく武だった。
「………どうして、こんなことに……」
隣で一条が苦々しげに呟く。皆が同じ思いに違いない。
その場には、一丁だけ落ちた銃。何発打ち続けたのだろうか。身体には無数の銃痕。
この銃は………
見覚えがある。否、以前に持ったことすらある。六波羅に属する一族が与えられるもの。霧島の屋敷にもいくつかはあったように思う。此れを所持しているという事は、犯人は六波羅。此れを置いていったのは宣戦布告とも取れた。
一陣の風が場を駆けた。一瞬、目を開いていることが出来ずに顔を手で覆う。
そして瞳を開いた時、真っ先に目に飛び込んだのは、東野の姿だった。ただじっと武の遺体を見つめている。
変色するまでに強く握られた拳。怒りに震える肩。
普段の優しげな温もりを完全に消した瞳。
「………全員、屋敷へ戻れ」
その口から静かに言葉が紡がれる。一瞬で喉元に刃を突きつけられたかのような冷たい感覚が体中を襲う。飲まれるほどの殺気。
その場にいる誰もが逆らうことなど出来ず屋敷へと歩みだす。
「………東野殿……」
「………守道さん、一条さん。申し訳ないですが力を貸して頂きます。
…………必ず……………必ず、西森を殺す」
これは………誰だ…………?
―――――別人。
其処に居たのは俺の知る、東野 了などという人間ではない。彼は此れほどまでに殺気を表に出す人ではなかった。
ゆっくりと振り返り、此方の脇を通り過ぎて屋敷へと向かう東野の、その背を追う事しかできなかった。
◇
屋敷に戻ると、戦力となる者が一室に集められた。その数は30と言ったところか。その中心にたった東野が静かに説明を始めた。
「我が軍は総員でこの村を守る。西は日の入りを刻限としてきた。夜間は村を死守。もし夜間に強襲があるならば全戦力を以て、此れを迎撃する。
だが、本命は明日の日の出とともに攻め入られる可能性だ。此れについても東軍は総員で迎撃。ただし、日の出と同時に此方も強襲を仕掛けたい。
守道さん、一条さん。御二人には山道から西町に向かって頂きます。此方への軍は我々で引き受けますので、敵兵が出払ったとあれば攻撃を仕掛けて頂きたい」
「ですが、それでは………」
一条が口をはさむ。当然の事だ。敵兵の数は此方の倍を超える。防衛部隊を残すとしてもその大半はこの村に押し寄せるだろう。そんな時に自分たちなしに守るのは至難。
俺と一条殿が居た処で守りきるのは五分が良い所だ。
「それに関しては心配ないよ。僕が居れば西森の剣術は殆ど役に立たない。こっちは守りきって見せる。其れよりも二人には決して無理をしないでほしい。場合によっては、一対多数の戦闘をしてもらうことになる。先の襲撃を守りきった二人なら心配は要らないかもしれないけど、無理だと思ったらすぐに退くこと。
…………村の者でない君たちにこんな無理を言って申し訳ない」
不意にいつもの彼らしい言葉づかいが戻るが、語気が柔らかな物言いとは反対に、異論を認めない意思を伝えてくる。
このあっという間の作戦伝達は東野殿の軍師としての才を示すものか。それとも怒りを示すものか。いつもと同じように話しているように見えても、東野殿の怒りは嫌と言うほど伝わってくる。
「此れが最後だ。西軍を斬って構わない。殺して構わない。どんな手段を以てしても武の敵を討つ。
これは弔い合戦だッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「「「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおッ! !!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
屋敷に響く怒号。其れは戦の開戦を告げる銅鑼の様に村へと響き渡った。