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No.36550の一覧
[0] オオカミの来訪 【未来福音×魔法使いの夜】[ハナ](2013/01/19 15:50)
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[36550] オオカミの来訪 【未来福音×魔法使いの夜】
Name: ハナ◆1a4862b2 ID:d0daa869
Date: 2013/01/19 15:50
「オオカミの来訪」






 その日は朝から雪が降りそうな雲行きだった。
何をするわけでもなく、朽ちたコンクリートの柱に囲まれた屋上に佇んでぼんやりと空を眺める。
ほんの数か月前は灼熱の太陽に炙られて砂上の楼閣と化していたビル群は、今や灰色の雲に圧し掛かられた墓石のようだ。
キンと音がしそうなくらいに冴えわたる空気が、その硬度をより増しているかに感じさせる。

 今年の夏は記録的な猛暑です、とTVニュースのアナウンサーがここ数年繰り返すところをみると、都市の灼熱化は年々更新されているらしい。
このままいくと北半球の高温砂漠化も懸念されているようだが、それでも毎年こうしてちゃんと冬はやってくる。
夏のジリジリとした日差しとはまた別の、肌から骨に刺すような冷えた空気の痛み。
暖冬と言われたってやっぱり寒いものは寒い。
都会の中にあって見渡す視野の中に人影がほとんど見られない、荒野の谷間を思わせるこの場所では特にそうだ。
この体感を交互に味わいながら過ぎていくことで、人は時の移ろいを身をもって刻んでいくのだろう。

 ――――などと、抒情感に浸ってみるのもいつもの風習。今日も執筆活動に取り掛かる前の頭の切り替えを行って、私は仕事場に戻ることにした。

 壁面のコンクリートがむき出しになっている、廃墟のようなビルの薄暗い階段を降りる。
踊り場を通り過ぎて立ち止まったのは、愛想や可愛げなんて形容とは一切無縁の冷たい灰色の鉄扉の前。
ドアノブを回そうと指先をかけたところで、私はぴたりとその動きを止めた。

 私の部屋。本業である小説家兼、副業である探偵事務所であるこの部屋の中に誰かがいる。

ここを訪れる人物はほぼ限定されていて、出版社の人間か(これも最近ではずいぶんご無沙汰となっているが)、このビルの持ち主であるボスからの探偵業務の依頼か、ここを単なる暇つぶし兼隠れ家と決めつけて押しかけてくる子猫のような少女のどれかで――――どうやら今、部屋にいるのはその少女のようだ。

 私の雇い主の一人娘であるこの少女は、なぜかここをいたく気に入っており、塾やお稽古ごとをさぼってはちょくちょくこの部屋に入り浸る。
無論こっちは一度だって招待した覚えはないし歓迎したこともない。
むしろここに逃げ込まれることにより、無理矢理に悪事の片棒を担がされるようなもので、私の立場が非常に危うくなるだけだ。利点なんて一つもない。
なのに、まるで嫌がる人間をからかうかのように、あの子猫は私の周りを付きまとうのだ。
 
時々その首根っこを掴んで窓から放り投げたいという衝動に駆られるが、そんなことをしたら明日の我が身がどうなることやら。
非業の死を遂げることだけは容易に想像がつくのでギリギリのところでこらえてはいるけれど。

 そんなわけで厄の種は一刻も早く摘み取るに限る。
さて、今日もどうやって彼女を追い返すかと思案しながらドアノブを回して扉を開き――――そこに、いつもとは違う光景を見た。
少女の他にもう一人、誰かがいる。

「あら、ミツルさん。また屋上にでも行ってたの? 
鍵がかかってなかったから、勝手にお邪魔しちゃったわ」

 そう言っていつものように屈託のない笑顔を向ける少女の隣、見たこともない子供が立っていた。
 こちらの方を見向きもせず、ぐるりと部屋の中を見渡しながら「へー、ここがガランノドウかー」なんて感嘆の声を上げている。
歳の頃は少女と同じくらい。金色の髪に碧眼という、見た目は完全に外国人だが、話し言葉は流ちょうな日本語。
性別は一目見ただけではよくわからないが、なんとなく少年のような気がする。
十人中十人が美少年だと断定するような顔立ちに、着ているものは上品なデザインのオーダーメイドとおぼしき白いコート。
 
殺風景なこの部屋の中で、その子供の姿は異彩を放っている――――と、言いたいところだが、隣に佇む少女だって負けてはいない。
凛とした顔立ちに漆黒の長い髪、黒いオーバーコートはこれまた専属のデザイナーに作らせた逸品モノだろう。
対照的な白と黒の子供たちは、まるでどこかの国の王子と王女のようだ。

 そして最後に付け加えるならば、宮殿の庭にあるべきようなこの二人の姿は、絶望的にこの部屋の雰囲気に馴染んでいないのであった。

「休日のこんな時間に、いったい何の用だ? 
たしか君は日曜日にも習い事があると聞いているが。それに――――」

 いつもなら一人でこっそりと忍び込んでくるのに、同伴者まで連れ込むとは。
しかも相手は多分異性。不純異性交遊に頭を痛めるのは少女の教育係である硯木氏の役目ではあるものの、ここはいつから逢引の場所になったのかと嫌みの一つも言いたくなった。
しかしそれはさすがに大人げないというか、言ったこっちが下衆扱いされるのは間違いない。
せいぜい厭味ったらしく盛大に顔をしかめて非難めいた眼差しを送るのが精いっぱいだ。
なのにその視線にも全く動じることなく、少女は花が咲いたような無邪気な笑顔を向けてくる。

「やだ、ミツルさんったら。その言い方、まるでわたしがサボったみたいに聞こえるじゃないの」

「聞こえるんじゃなくて、はっきりと言ってるつもりだが。
しかもここに来るたびに何度も同じことを言ってるはずだ。
君がどんな習い事をさぼろうが私には全く関係ないことだが、
ここに来られるのは困ると、いつも言っているだろう」

「だから、わたしサボってなんかいません。
サボるっていうのはね、なまけてずる休みをするっていう意味なの。
わたしはなまけてるんじゃなくって、急に大切な用事ができちゃったからここに来たの。
ほら、たとえば道端で迷子になって困っている人とかがいるのに、
見て見ぬふりをして通り過ぎるっていうのは、人間的にどうかって思うじゃない?」

 屁理屈まがいの言い訳に、今日こそはその襟首を摘み上げて窓から放り出す決心を固めつつ、私はこめかみを押さえながら答えた。

「困っている人に手を差し伸べるのは一向に構わないが、
何故それを私の所にわざわざ持ち込んでくるのかと聞きたいんだが……
迷子を見つけたら警察に届けるという一般常識を、
ご両親もしくは学校で教わらなかったのかな、マナお嬢様は」

 今まで私のあからさまな嫌味をどこ吹く風で受け流していた少女が、むーっと頬を膨らませた。

「そんなこと、わたしだってわかっています。
でも、その迷子の子の目的地がわたしのすっごくよく知っている場所だとしたら、
そこに連れて行ってあげるのが当たり前でしょう?」

 そう言って真剣な目で見上げてくる少女に、いささか戸惑いを覚えながら私は訊ねた。

「目的地って……まさかここが?」

 少女はええと言いながら、振り返って背後にいる少年に声をかける。

「ほら、ベオくん、こっちに来て。ミツルさんを紹介するから」

 部屋のあちこちをもの珍しそうに眺めていた少年は、トコトコとこっちに向かってきた。

「ええっとね、こちらはベオくん。初めてこの街にやって来たのですって。
ベオくん、こちらはミツルさん。今このビルに住んでる人よ」

 ベオ、と呼ばれた少年は、上品そうな外見とは裏腹に、実に人懐こい笑顔を浮かべてぺこりとお辞儀をした。

「こんにちわ―。ボク、ベオって言います。
マナとはさっき知り合ったばっかりなんですけど、すっかりお世話になっちゃって」

 よろしくーなんて言いながらにぱーっと屈託のない笑顔を向けてくるものの、こっちもつられて笑顔を浮かべる……なんて気分には微塵もなれなかった。

「初めてこの街にやってきて、わざわざここを訪ねてくるという君の目的が、
私にはさっぱりわからないのだが……というか、
君が捜しているというのは本当にこの場所なのか?」

 少年はにこやかに、はいと頷く。

「ボクもまさかとは思ったけれど、大当たりです。ここ、ガランノドウっていうんでしょう?」

「確かに、ここを伽藍の堂と呼ぶ人はいるにはいるが……君は誰だ?」

 その問いかけには答えず、少年は再び部屋の中を見渡し始める。
まるで懐かしい風景を見るような、もしくは田舎の祖父母の家に泊まりに来た小学生のような――――というよりも、まるで何かの匂いを嗅ぎ分ける犬という表現がぴったりくるようなしぐさで、くんくんと匂いを嗅いでいる。
その横顔は、どこか郷愁を感じているような眼差しだった。

「あのね、ミツルさん」

 少年に代わって、私に話しかけてきたのはマナのほうだった。

「アオザキトウコさんって知ってる? 前にここのオーナーの人だったらしいんだけど」

 その名前には聞き覚えがある。私はああと頷いた。

「確かこのビルの前の借主の名前だ……その人を訪ねて来たのか?」

 アオザキトウコという人物に、私は一度も出会ったことはない。
だがその名前にはひとかたならず世話になっている。
駆け出しの新人絵本作家である私が雑誌社の覚えよろしく、何冊かの本を出版させてもらったのも彼女のおかげだ。
クリエイターとして各方面で有名な人物だったという噂だが、その彼女の事務所を引き継いだというだけで編集者にこれだけ優遇されるというのは、相当偉大な人物だったのだろう。

「せっかく訪ねて来てくれて申し訳ないのだが、今ここに住んでいるのは私だけだ。
前のオーナーのことは名前だけは知っているが、私も会ったことはなくてね。
彼女について何か聞きたいというのであれば、他をあたったほうがいい」

 私の話を聞いているのかいないのか、少年はまだくんくんと鼻を鳴らしながら「うん、やっぱりトーコさんの選んだ場所だけあって、人間臭さがないなー。この辺りにしちゃあ、まあまあの空間だ」なんて感心したように頷いている。
そして十分満足のいくまで部屋の空気を嗅ぎ取った後で、おもむろに私を見た。

「あ、いいんです。別にボク、トーコさんに会いたいってわけじゃなくって、
ここが見たかっただけなんです。
トーコさんのお気に入りの場所って、さぞかし住みやすい場所なんだろうなーって。
外は人がごちゃごちゃいすぎて、人間臭くて気分が悪かったけど、
うん、ここは本当に空気が澄んでる。さすがはトーコさんだ」

 そう言って嬉しそうに笑う。
この廃墟ビルのどこが、それほどの賞賛に値するのかはわからないが――――と言いたいところだが、少年の言葉に密かに納得する自分がいる。
確かに、見た目はボロいが、住んでみるとなぜか居心地がいい。
空気が澄んでいる、と少年は言ったが、私は密かにここは世界とは隔離された場所だと感じている。
隠れ家というよりも、まるで何かに守られている要塞のような……恥ずかしいので誰にも言ったことはないが。

 かつての私は人嫌いだった。もちろん今でも十分に他人が苦手だ。
14歳の時に、死神と出合って私は殺された。
いま生きている私は何の能力も持たない、平凡な人間だ。
かつて爆弾魔と呼ばれ、世間を騒がせた人間は、その能力を奪われてただの子供に戻った。
それから十年、普通の人間のまねごとをして生きているものの、いまだに周囲にはなじめない。
気が付くといつも片隅や暗がりを選んでしまう。
普通に戻ったところで、普通にやり直すことはできないのだと、その現実を受け止めてひっそりと生きている。
このうち捨てられた棲家は、そんな私をかくまってくれる絶好の隠れ家だ。

 その隠れ家の中で嬉しそうにうろつきまわっている少年に、私は声をかけた。

「ところで君は、いったいどういう理由でここを訪ねて来たのかな? 
前の持ち主に会いたいというわけでもなく、本当に、単純にここを見たかっただけだと?」

「ええ」

 本当に、ただそれだけが理由なのだと彼は頷いた。

「差支えなければ、その理由を詳しく聞きたいのだが」

 私がそう言うと、少年は「いいですよ」と言いながら、部屋の中央にある応接セットのソファーに座る。
つられて私も向いの椅子に腰かけようとして――――いつの間にか傍らにマナがいて、私の脇腹をひじで小突いた。

「なんだ?」

「ミツルさん、こういう時は、お茶かなにかお出しするのではなくて?」

「…………」

 子供に指図されるのは癪だが、彼女の言い分ももっともだ。
しぶしぶと沈みかけた腰を上げて給湯室に向かう。
この時すでに彼女が習い事を完全にサボったという事実を、全く失念しているのであった。



 子供ということでコーヒーはやめて日本茶の入った湯呑を三つ、テーブルに置いた。
今日は寒いので、お茶をちょっと熱めにしてみる。

「ボク、三咲町ってところに住んでるんです」

 猫舌なのか、熱い日本茶をフーフーふきながら少年は語り始めた。

「で、ボクが住んでいるアジトっていうか……家なんですけど、
ガランノドウ2号店っていうんです」

「まあ、ここと同じ名前なの?」

「うん、たぶんボクのアジトの方が先にできたと思うんだけど、
トーコさんが『電話がかかって来た時に名称があったほうが応答しやすいだろう』って、
ガランノドウ2号店って名前をつけてくれたの。
2号店っていうからには1号店もあるのかなって思ってトーコさんに聞いたら、
ミフネって街にあるって……それで、一度どんな所か見てみたくなって」

 そう言いながらまたもや天井を見上げる。

「でもほんと、ここも実にトーコさんらしいというか……
人除けの結界はいまだに張られたままだし、あちこちに魔力の残照があるし。
久しぶりにトーコさんの匂いをかいだっていう感じかな」

 普段から飲み慣れているのだろう、熱いお茶を物ともせずにすすりながら、マナが訊ねる。

「ベオくん、そのトウコさんって人には、本当に会わなくていいの?」

「うーん。時々だけど電話もかかって来るし。
わざわざ探し出して相談するような困りごともないし。
今回は本当に気まぐれに思いついて、ちょっと冒険もしちゃおっかなーって思って都会に出て来たんだけど、ここに来るまでは本っ当に最悪。
空気は汚れてるし人は多いし、マジで気絶しそうになってた時にマナが声をかけてくれたんだ。
ほんと助かったよ」

 そう言いながら、やっと冷めかけたお茶をちびちびと飲み始める金髪少年。だがマナはまだ納得していないような顔だった。

「ね、よかったらうちに来ない? トウコさんのこと、パパなら何か知ってるかも」

「え、マナの家に?」

「ええ。アオザキトウコって名前、前にパパから聞いたことがあるの。
うちのパパはね、むかしトウコさんっていう人の所で働いていたんだって」

「ほんと?」

 ベオの目が丸くなった。

「マナのお父さんって、トーコの使い魔だったってこと?」

「使い魔?」

 マナがきょとんと首をかしげる。

「使い魔じゃなくて、弟子……じゃないってパパが言ってたし。
ええと、ふつうのジュウギョウインってやつだと思うけど」

 
 正解。従業員が正しい。使い魔と呼ばれていたのはもう一人のおっかない方だ。
当時の大まかな事情なら私も知っているが、黒桐幹也は実に平凡な一般事務員だった。


「でもパパなら何かわかるかもしれない。わたしのパパはね、探し物がすっごく得意なの。
わたしが頼めばきっとトウコさんの居場所も捜してくれると思うわ」

 熱心な少女の申し出に少年はうーんと考え込み、そうして

「やっぱりいいや」

 と返事した。

「どうして?」

 マナが真剣な表情で尋ねる。彼女は本当に、この少年の助けになりたいと思っているのだ。
でもベオと名乗る少年は、さばさばとした表情で少女の申し出を拒否した。

「気持ちは嬉しいけど、エンリョしとくよ。
なんかさ、マナの家にだけは絶対に近づいちゃいけないような気がするんだ」

「まあ、どうして?」

「どうしてだかわからない。
マナのことは好きだし、初対面でこの子は大丈夫ってわかったけど……
なんていうか、君の背後にいる気配がなんだかすごく、こう――――」


 なるほど、勘は非常に鋭いようだ。

「賢明だな、少年。あの家には近寄らないほうがいい。特に君のようなモノは」

「ミツルさん、どういう意味?」

 マナの問いかけを無視して私は続ける。

「普通の人間ならともかく、いくらこの子が同伴したとしても、
あの家の玄関をくぐった途端に君の胴体は真っ二つだ。理由は……わかるな?」

 私の忠告に、少年はひるむどころか逆に不敵な笑みを浮かべた。

「へえ、そうなんだ……なんとなくヤバいものがいるって匂いは感じていたけど、
そんな面白いものが、この街にいるんだ?」

 逆に好奇心に火が付いたのか、少年は今すぐ出かけようと言い出しそうな雰囲気だ。
その怖いもの知らずに輝く碧い瞳を、今は片目だけになってしまった瞳で見つめる。

「面白がってわざわざ藪に手を突っ込むようなことはやめろ。アレは君の天敵に近い。
いや天敵そのものだろう。
むき出しの魔力に加えて殺意なんぞみせようものなら、たちどころに斬られるぞ」

 少年の爛とした瞳が一層深くなる。

「へえ、このボクが速攻でやられるって?」

「断言はしない。君も相当なもののようだから、相手を一裂きくらいは出来るだろう。
だが向こうの刃がほんのかすり傷程度に君の体を撫でただけでも、君は死ぬ。
アレは、そういうたぐいの化け物だ」

 少年の双眸はナイフのように細くなり――――そうして突然、殺気が消えた。
 ゆっくりと肩の力を抜くように、ふうっと一息吐き出したあと、少年は少しつまらなさそうな声で言った。

「……わかったよ。やめておく。ニンゲンだからって、なめてかかるとロクなことはないって、
一度は経験したことだしね。それに……うん、
やっぱりマナの家はまずいぞって頭の中でサイレンが鳴ってるし」

 こういう直感は大事にしなくちゃねーと付け加えたあと、ベオはずずっとのどかな音をたててお茶をすすった。
やれやれ、一瞬物騒な方向に物事が進みそうになったが、どうやら丸く収まりそうだと内心で安息する。

本来なら他人の厄介ごとにわざわざ首を突っ込む性格ではないが、それが自分にかかわってくるというのなら話は別だ。
ここを経由してあの屋敷を訪れたことが知られたら、間違いなく私は厄災を持ち込んだ犯人だと糾弾されるだろう。

 厄災、という言葉が浮かんだところでちらりと少年を盗み見る。
一見してセレブのご子息にしか見えないその姿がうわべだけのものだということは、この部屋の入口で少年を一目見た時に気付いた。

かつての私は未来を見る目を持っていたが、悪霊とか魔とか神秘とかいったジャンルは分野外だ。それでも普通の人間とは違うチャンネルと持っているという点で、超常現象やオカルトと呼ばれる同胞の類は大体想像がつく。
そしてこのニンゲンの形をした魔物は、あの直死の魔眼をもつ彼女から見れば絶好の獲物のはずだ。

だが、私はあえてこの二人は出会うべきではないと思った。
少年は魔という気配を漂わせているものの、そこに邪悪な意思は感じない。
うっかりと人間の世界に飛び込んだものの、そこでちゃっかりと折り合いをつけて暮らしている――――それはかつて、普通ではない自分が何とかして普通の世界で生きていた時と近いものがあるのではないだろうか。

そもそも邪悪ではない、と断言できる最大の理由は、マナがこの少年に懐いていることだ。
誰彼かまわず好きになる彼女ではあるが、悪意のある者には絶対に近寄らない。
この子の周囲に集まるものは、全てが彼女を好きなモノ、もしくは無害なモノだ。
無害なモノをわざわざ殺人鬼の前に差し出すようなお節介さを、私は持ち合わせてはいない。
自分に害が及ばない限り、魔だろうが神様だろうが好き勝手にやってくれというのが私の心情だ。

 ふと隣を見ると、マナが私をじいっと見上げていた。

「ミツルさん、ベオくんの正体に気付いていたの?」

「あー……いや、彼の正体がどういうものかは私にはわからないが、
なんとなく普通の人間じゃないということと、
君のお母様とは非常に相性が悪いなというのが漠然とわかっている程度だが」

 
 ぼんやりとしたイメージだが、本体は犬かオオカミか……そういった獣を想像させる。
 少女はふーんと、どこか嬉しそうな顔で頷いた。

「さすがはミツルさん。今でもその程度は見抜けるだなんんて、さすがだわ」

「そういう君はどうなんだ? 最初から彼の正体がわかっていて、ここに連れて来たとか?」

 少女はふふっと肩をすくめて小さく笑う。私の問いかけへの返事はなかった。

「でもね、ミツルさん、さっきの発言はちょっとあんまりだと思うの。
ああいう言い方じゃ、まるでわたしのお母さまが化物みたいじゃないの」

「単純に事実を言ったまでだ。
私から見ればベオくんも君のお母様も出会った瞬間に逃げ出したくなるような化物の類だよ」

「あら、そんなこと言いながらずっとお母さまにこき使われているし、
ベオくんだってここから追い出しもせずにちゃんとお茶まで出してるんだから。
わたしから見れば、ミツルさんだってなかなか負けてないと思うけど」

 そう言うとマナは、今度はベオに向かって話しかける。

「ミツルさんはああ言ったけど、お母さまはさほど怖い人じゃないわ。
ただちょっと怒りっぽいというか、はむかうやつはこれっぽっちも容赦しないっていうか、
法に触れないたぐいのものならあっさり殺しちゃえーっていう感じだけど、
普段は物静かなひとなの。あと、わたしとパパだけはすっごく大事にしてくれるし――――」


 端的に言えば、身内以外は本当にどうでもいいということだ。
なんだかフォローしているようで全くフォローしていないぞ。


 しかしベオはうんうんと納得している。

「ミツルさんとマナの話だけで、そのオカアサマって人がどんな人だか大体わかったよ。
ようはおっかないけど悪い人じゃないってことでしょ? 
マナを見ればよくわかるよ。ボクとそのヒトは相性が悪そうだけど、
近寄らなければ害がないってことで。でも……うーん、ちょっと残念」

「残念?」

「せっかく三咲町以外に遊べる拠点ができたって思ったけど、どうやらそれは難しそうだ。
ボク一人でこの街をふらついてて、君のオカアサマに出会ったら大変なことになっちゃいそうだし」

「あら、そんなこと、心配する必要はないわ」

 あっけらかんと。
 実に不吉なその言葉に、無意識に背筋がぞっとする。
 見た目天使で中身小悪魔なその少女は、あっさりと言い放った。

「大丈夫、ミツルさんがなんとかしてくれるわ。
これからうちに行って、ミツルさんがお母さまを説得するの。
この街に、これからちょっと不思議な男の子がうろつくことになるけど、
別に害はないから、見かけても見てみぬふりをしてくれって、ね?」

「ちょっ――!」

 にっこりと、実に大真面目に、そしてやるのが当然といった顔で少女が私を見上げてくる。
毎度のことながらこの笑顔同伴のおねだりに抗えたことは一度もない。

「よかったわね、ベオくん。ミツルさんがいてくれたら安心よ。
これからもちょくちょくこの街に遊びに来てね。
わたしも新しいお友達ができて、とってもうれしいわ。
あ、寝泊りするなら当然ここがいいわよね?」

「うん、ありがとうマナ!」

 嬉々として盛り上がっている子供たちの前で、死屍累々の戦場に丸腰で放り出される自分の身を思い、絶望的な気分がよぎる。

どうしてこう毎回この少女に地獄に突き落とされてしまうのか――――

「あ、こんどベオくんのこと、パパにも紹介するわね。
パパはほんと、人畜無害で、犬や猫も大好きだし――――」




 とりあえず、この子のそばにいる限り、私は一生退屈せずにいられそうだ。





<おわり>





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