俺はその日、いつものように学校に登校した。
「おう、おはよう!」
教室に入った瞬間、友人の安達友之(あだち・ともゆき)がいつも通り声を掛けてくる。
「おー、友」
「昨日の映画見たか?」
「あー、なんだっけ」
「話題の戦争映画、地上波初放送ってやつだよ」
「それか。あんまり興味なんだよな。……作り物っぽすぎてさ」
最後の言葉はぼそりと呟いた。だが友の耳には届いてしまったようだ。
「おいおい。作り物っぽいって、あれ製作費ウン億っていう大作だぜ? 戦闘シーンだってスゲーリアルだ」
「金をかければいいってもんじゃないさ、リアルってのはな」
「なんだよ、それ」
「別に、何でもないよ」
適当に会話を切り上げ席に着き、すぐさま突っ伏して眠りに入る。まだ少し眠い。ちょっと体を休めよう。
「あっ、おはよう」
そう思ったのに今度は隣の女の子に声を掛けられた。心野愛(こころの・あい)。クラスでも、胃や学校でも一番の美少女と名高く、成績優秀スポーツ万能スタイルだって抜群の女の子だ。所謂学園のアイドルというヤツだ。俺はあんまり興味はないけれど。
「どうしたの? すっごく眠そうだよ?」
「ああ、昨日ちょっと夜更かししちゃってさ」
「駄目だよ。ちゃんと寝ないと、体壊しちゃうんだから」
「はいはい、気を付けますっと」
「もう……」
話の途中でもう一度眠りの体勢に入る。不満気に心野は頬を膨らませているけれど、俺は気付かないふりをした。
【厨二ポイント・1】
学園のアイドルとも普通に会話する俺。
しばらくするとチャイムが鳴り、先生が入って来た。
「じゃあ、ホームルーム始めるぞー」
起立、礼の挨拶の最中も眠り続ける俺。いつもの光景だからか先生も何も言わない。
「はあ、お前は相変わらずだな。まあいい、出席を取る……って、何だお前達は!」
先生の慌てた声に俺は顔を上げた。
黒板側の扉が開き、三人の男が入り込んでくる。それぞれが迷彩服を纏い、ガスマスクで顔を隠していた。そしてその手には自動小銃が。
「なにあれ~」
「なんかの撮影?」
「どっきり? やっべ、どーしよ、俺テレビに映っちまう」
呑気に会話するクラスメイトを余所に俺は戦慄した。
男達──テロリスト共が持っている銃。その鈍い輝きは、間違いなく本物だったからだ。
「伏せろっ!」
俺は瞬間的に叫んだ。
【厨二ポイント・2】
異常事態に誰よりも速く反応し状況を的確に判断できる俺。
「え、なに?」
「いきなり叫んで馬鹿じゃねーの?」
そんなことを言っているクラスメイトに構っている暇はない。俺はすぐさま机を横にし盾に見立て、その陰に隠れる。
「え? え?」
「ちっ」
思わず舌打ちが出る。俺は反応できない心野の腕を引っ張って、無理矢理に机の影に引き込む。
「わっ」
「喋るな!」
心野を叱責するも、俺の叫びは掻き消された。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!」
逃げ遅れたクラスメイトの絶叫によって。
轟音。ばらまかれる銃弾。まず初めに肉塊になったのは先生だった。そしてクラスメイトも次いで撃たれていく。俺の声に反応した者達だけは何とか生き残ることはできた。
皆、俺と同じように咄嗟に机を横に倒し、それを盾にすることで銃弾をやり過ごしたのだ。
【厨二ポイント・3】
机は銃弾を防げる。
「なに? 一体なんなの!?」
耳を抑え、恐怖に震える心野。それも仕方がないだろう。血や銃声、硝煙。迫る死に恐怖を覚えるのは当たり前のこと。まして彼女はただの高校生。怯えるなというのは無理な話だ。
【厨二ポイント・4】
普通の高校性は怖いと感じても仕方ない。まあ、普通の高校性は。
「どうしよう、どうすればいいの?」
体を震わせ縋りつく。目には涙を浮かべている。俺は内心溜息を吐いた。
(このままって訳にもいかないか)
そろそろ動くとしよう。俺は一瞬の隙をついて飛び出した。
「……!」
テロリスト共は俺に向かって射撃を繰り返す。しかし当たらない。悪いが、銃口の向きを見れば弾道はある程度予測可能だ。簡単に避けることが出来る。
【厨二ポイント・5】
弾道は銃口の向きで予測できる。
俺は一気に距離を詰めて、一人目のテロリストの顎をかちあげる。一撃で昏倒。だがまだだ。すぐさま蹴りで二人目を倒し、最後の一人に肘打ち。十秒も経たないうちに無力化する。
【厨二ポイント・6】
特に部活はやっていないが尋常ではない体術。
【厨二ポイント・7】
このように本気を出せばすぐに倒せるけどやらない。普段は普通の生徒を演じる俺。
「皆、もう大丈夫だ」
俺はテロリストが気絶したことを確認し、みんなに声を掛ける。
「ほ、本当か?」
まず出てきたのは友だ。こいつはテロリストが入って来たとき、一番に俺の声に反応していた。
「友、よく咄嗟に反応できたな」
「いや、お前が言うからには何かあるんだと思ってさ」
当たり前のように言う友。其処まで信頼されると流石に恥ずかしいものがある。
「た、助かったの?」
心野は腰が抜けてしまったらしい。立つことが出来ないでいた。
「ああ、ひどい惨状だけどな」
辺りには死体が敷き詰められている。それでも数人は生き残ったようだ。
【厨二ポイント・8】
何故か友人や可愛い女の子は死んでいない。死んでいるのは嫌いなクラスメイトが多い。
「ちくしょう、何なんだよいきなり」
友は教室を見回して悔しそうに唇を噛んでいた。
他の生き残りも泣いているか、怯えて動くことも出来ずにいる。どうすることも出来ず途方に暮れていた。
そんな中、俺はテロリストの装備を確認していた。服装は特に気になるようなものではない。迷彩服なんて簡単に手に入る。だが俺はテロリストの持っている銃を見て、少しだけ眉を潜めた。
「H&K XM8……正式採用されなかったこいつが何故こんなところに」
H&K XM8は、1990年代後半から2000年代前半にかけて、アメリカ軍の次期主力として開発されたアサルトライフルだ。
この銃はH&K G36を基本設計に、強化プラスティックなどの新素材を多く使用し、人間の体に合わせ成形することでより自然な姿勢で射撃できるように造られている。また銃の問題点である反動を軽減して命中精度を向上させることが可能である。
しかしこの銃は正式採用されることなく、民間の軍事会社に払い下げられることになった。その意味では入手はしやすくあるのだが。
「発表時よりも洗練されたフォルム……XM8そのものというよりは、XM8のリ・デザインというべきだな」
【厨二ポイント・9】
銃器に関する知識は当たり前のように持っている。
「だけどH&K社でそんなもんを作ってるなんて話聞いたことが無い。だとすればこいつらはただのテロリストじゃない。少なくとも銃を『買う』だけじゃなく、『造る』ことが出来るバックがいる」
銃を造ったのがバックなのか、そいつらが取引する奴らなのかまでは分からないが。
テロリストの背景に思考を巡らせ、俺は思い当り目を見開いた。
「……まさか、『機関』か?」
ぎりっ、と唇を噛んだ。過去の記憶が蘇り、憎悪に表情が歪む。
【厨二ポイント・10】
何をするのかはよく分からないけど『機関』とか『組織』。
「どうしたの?」
心野が心配そうに声を掛けてくる。
どうやら感情が表に出過ぎてしまっていたらしい。いけない、俺はアイツと約束したんだ。普通に生きて、普通の幸せを手に入れるって。
【厨二ポイント・11】
アイツと約束した俺。
俺は一度深呼吸した。
そうして心を落ち着け、心野に向かって安心させるように柔らかく微笑み頭を撫でた。
「あ……」
彼女の可愛らしい顔が赤く染まる。
【厨二ポイント・12】
ニコポ、ナデポは基本装備。でもなんで俺が笑うと女の子は顔を赤くするんだろう?
「ん? どうしたんだ、顔が赤いけど」
「な、なんでもない!」
弾かれたように心野は俺から離れる。やっぱり男に頭を撫でられるのが嫌だったのか。この癖もいい加減な幼いといけないな。
「こんな状況で何青春してんだよ」
友に半目で睨まれてしまった。言っていることの意味は分からないが、確かにこんな状況でのんびりお話をしている訳にもいかない。
「さてと」
俺はテロリストの装備を拾い上げた。XM8、マガジン、ナイフはトゥルーフライトスローワー……剛性には多少不安はあるが仕方ない。そして鞄から一度は封印した『アレ』を取り出す。
【厨二ポイント13】
封印したと言いながら持ち歩いている俺。
全て身に着け、一度目を瞑る。
そうするとなぜか、この学校で過ごした騒がしい毎日が思い出された。
特に何かがあった訳じゃない。でも楽しかった。間違いなく楽しかったのだ。
だけど、
「普通の高校生ってのも案外楽しかったんだが……過去は変えられない、か」
アイツの笑顔が、まだ俺の中に残っている。
「おい、どうかしたのか?」
友に声を掛けられて、はっとなった。すぐさま作り笑顔を向ける。
「いや、なんでもない」
【厨二ポイント・14】
何かしら悲劇的な過去を背負っている。だけど普段はそんなそぶりを見せない俺。
俺はあまりにも軽い口調で言った。
「悪いちょっと行ってくる」
「何処に行くの!?」
心野が驚愕に、普段からは考えられないような大声を上げる。
「こんなことを仕掛けた奴の親玉に会ってくるだけだよ」
「そんな、危ないよ!」
「なあに、俺、結構強いんだぜ?」
おどけるように肩を竦める。けれど彼女は納得せず、俺の腕を強く掴んだ。
「ダメ、絶対ダメっ!」
こんなに感情をむき出しにした彼女は初めてだった。でも行かなきゃ。
【厨二ポイント15】
美少女の引き留めを振り切って戦いに赴く俺。
「悪い」
心野は目を白黒させていた。しっかりと掴んでいた筈の腕が、余りにも簡単に、するりと離れてしまったからだ。
「え……」
まあ分からないよな。古武術を応用した身体操作なんて。呆気にとられた彼女を置き去りに俺は教室の扉を開けた。
「すぐ帰ってくるよ」
ぴしゃり。
扉を閉め、表情を引き締め、俺は一歩ずつ前に進む。
誰もいない廊下。他の教室を除いても死体の一つもない。おそらく襲われたのは俺の教室だけ。
とすれば奴らの、いや、奴の狙いは───
俺はした唇を噛んだ。過去ってのは、やっぱり清算しないといけないものらしい。
「待ってろよ、レイゲン」
今度こそ決着を付けよう。
この下らない惨劇を終わらせるために。
【厨二ポイント・16】
全てはあの時の因縁。惨劇は俺にしか打破できない。