≪前書き≫
長編の息抜きに短編を書いてみました。
内容はタイトル通りです。
では、よろしくお願いします。
『二十歳以上の人間が全員死んじまった訳だが』
「おいおい、どーすんだこれ」
高校三年生の冬、私大受験のために東京の牛久台大学へとやってきた一宮昭吾は、入試が始まって三十分後、入試の監督官が全員死んでいる事を知らされた。
監督官らの死の知らせが一宮昭吾の元に届いたのは、ついさっきのことだ。
初めに、同じ入試が行われている隣の教室から女性のものと思われる悲鳴が聞こえ、次に自分と同じ受験生であろう男子高校生が、一宮昭吾の居る教室へと飛び込んできた。彼は教室へやってくるなり「監督官が全員死んでいる」と、エイプリルフールにですら叫ばれないような嘘臭い事実を報告してのけ、さらには、一宮昭吾が試験を受けていたこの教室の監督官の死亡を確認した。
「間違いない。脈が無いし、心臓も止まっている。原因は分からないが、間違いなく死んでいる」
「そんな馬鹿なことってあるっ?いくらなんでも、監督官が全員死んでいる訳ないじゃない!」
「そうだ、嘘言ってんじゃねぇ!」
教室の受験生達は、口々に大声を上げた。
教室へと突然やってきた男子高校生(以後、彼の事をイケメンと呼ぶ。理由は長身痩躯の美形だったからだ)は、彼らの反応を予期していたのか、すぐに状況の説明を始めようとした。
「嘘じゃない。まず、皆落ち着いて俺の話を聞いてくれ」
「これが落ち着いていられるか!とにかく、一旦外に出るぞ!」
「わ、私もっ」
「俺もだっ」
「え、えっ……どうしよ」
逃げ出す者、茫然とする者、携帯を取り出す者。
イケメンの声に誰も耳を貸さずに、受験生達はパニック状態に陥った。
この時、一宮昭吾は茫然とする者。つまりは席に着いたまま、動けずにいた。
(――――はっ?)
あまりにも異常な事態に、一宮昭吾は、教室に自分とイケメンと他数名の人間だけしか居なくなるまで、自分の携帯の電源を入れることすらできなかった。
「そうだ、携帯だ」
一宮昭吾は我に返るなり、自分の携帯を紺色の地味なカバンから取り出した。
「無理だ、繋がらないよ」
「え?」
一宮昭吾が顔を上げると、そこには冷静な表情で窓の外を見つめるイケメンが居た。
「おそらく、回線が混雑しているんだ。きっと、この教室で起きたような現象が、大学の外でも起きている」
「現象?」
「それ、私にも聞かせて」
一宮昭吾とイケメンの間に、女子高生(以後、モデルと呼ぶ。理由はモデルのような美しいスタイルと美貌だったからだ)が現れた。
「いいよ」
「助かるわ」
「それで、その現象っていうのは……?」
イケメンは一度、小さく咳をし、一宮昭吾とモデルの方へと向き直ってから説明を始めた。
「結論から言わせてもらうと、大人が全員死んでいるんだ」
「え?」
「本気で言ってるの?」
二人は困惑したような表情で顔を見合わせる。
「うん、本気だ。俺はさっきから、見れば分かるように教室の窓から外の様子を眺めていたんだけれど、いくつか気が付いたことがある。それらから、この現象のある法則を見つけ、この結論に至った」
「法則ですって? 一体何に気が付いたの?」
「まず、第一に受験生にも死者が居るということ」
「え? 死んだのは監督官だけじゃないのかっ?」
「そうだ。死者は学生の中にも居る。その証拠に、そこの受験生を見てくれ」
「そこの受験生……って、僕の席の後ろで突っ伏している人のことですか?」
「ああ」
一宮昭吾は、席の後ろを振り返り、その受験生の事を観察してみる。
いや、言われるまでもなく、わざわざ観察なんてする必要もなく、一宮昭吾にはイケメンの言わんとしていることが分かっていた。分かっていたからこそ、一宮昭吾は最初のパニックの時に教室から逃げ出すことができなかった。
「きっと、この人は死んでいます」
「え、嘘……でしょ」
モデルは、後ずさりしながら、信じられないといった顔をした。
「そう、死んでる。俺が確認した」
「そ、そんな……」
「そこの彼だけじゃない。外では、大学の警備員、教授、ここの大学の院生が見える限りで全員死んでいる。生き残っているのは、俺達受験生くらいのものだ」
「いや、でもおかしい。受験生は大人ではないはずじゃ?」
「あ、たしかにそうね」
「よく考えてみろよ。受験生は現役高校生だけじゃないんだぜ? 浪人生だったら歳がいくつだって不思議じゃない。その証拠に、そいつの財布を漁ってみたらご覧のとおりだ」
「運転免許証……」
「そう、ここに生年月日が書いてある。彼は今年で二十二歳――つまり、成人している」
「馬鹿な」
「あり得ないわ」
「どうして、そう思う? 二人とも真っ当な考え方じゃこの状況を乗り越えられないぜ。見ろよ、街のいたるところで煙が上がっている。それなのに、消防車や救急車の音が全く聞こえないっていうのは、どういうことだと思う?」
窓からの光景に、一宮昭吾とモデルの二人は息を呑んだ。
それは、あまりに様変わりしてしまった東京の姿だった。何本も煙が上り、時折小さな爆発音が木霊する。世界の終わりというものがあるのなら、それはきっと今なのだと信じることができてしまうだろう。
イケメンは、あくまで冷静に言葉を並べ立てる。その声に焦りや怯えは無い。
「じゃあ、なんでこんな事が……」
一宮昭吾は、背筋の凍るような光景から目を逸らして俯いた。
「分からない、としか言えない。ただ、二つ目の法則。これを聞いて欲しい」
「二つ目の法則? 」
「そうだ。第二の法則、全員の死に方が同じということ」
「死に方が、同じですって?」
「見れば分かると思うが、全員、大して苦しんだ様子もなく、まるで命の糸が切れたかのように死んでいる。こうなると、この現象は、人為的なものとは考えずらい。何故なら、この広い東京の中で、同時にこれだけの規模の殺人を行うことは不可能だからだ。新種のウィルスが発生した、とかいう方がまだ現実的なくらいだと思う」
「新種の、ウィルス……」
「き、きっと外国からの細菌テロとか、そういうのじゃないの?」
「いやいや、例え話だってば。そんな都合の良い細菌兵器があるわけない。だから、これはそういう現象なんだよ」
「二十歳以上の人間が死ぬ、現象……」
「そういうことだ。この現象の効果範囲はまだ分からないけれど、少なくとも東京の広い地域で起きているのは間違いない」
「じゃあ、どうするんですか?」
「そうね、私は家族の無事が心配……」
「俺は、この大学に残るべきだと思う」
「え、どうして」
「理由は簡単だ。今、無闇に外へ出るのは危険すぎる」
「危険って、何があるっていうんですか」
「何度も言うけれど、外を見れば分かる。二十歳にも満たない『子供』が、『大人』の管理から外れて好き勝手に暴れ回っているんだ。おそらく今、このタイミングで外に出ればパニックに巻き込まれて、最悪の場合、殺されることもあり得る」
「殺されるって、いくらなんでも……」
「今は、殺しを犯しても、それを裁く人間が居ない。捕まえる人間が居ない。なら、人間は殺しをしても不思議じゃない。そういうものだ。生まれながらにして人間は悪、なんて性悪説を唱えるつもりはないが、少なくとも俺は、この状況下で全ての人間が善の行動を取れるとは考えられないし、自分の命を賭けてまで家族の元へ帰ろうとは思わない」
イケメンの言う通りだ。と、一宮昭吾は思った。
外では、暴徒と化した学生らが何か口汚い言葉を喚き散らしている。
あの場へ出ていくというのは、それこそ命が幾つあっても足りないだろう。
モデルも一宮昭吾と同じことを考えていたのか、イケメンの言葉に頷くだけだ。
「二人とも、俺の考えに賛同してくれるか?」
二人は無言のまま、肯定を示す。
「ありがとう」
イケメンは二人の意思を確認するように、視線を合わせて頷く。
この時から、
二十歳以上の大人が死んでしまった東京での、
三人の生き残りを賭けたサバイバルが始まった。