とある町の、とある雀荘。
年末の忙しない時期の中、それでも牌を握らずにはいられない四人の男が卓を囲んでいた。
閉店間際の時間帯に差し掛かっており、彼らの他に客の姿は無い。
「もう、今年も終わりだよな~」
ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾がしみじみと呟く。
「そうそう。今年も色々あったなぁ」
無精ひげを生やした男が感慨深げに応じた。
「今年一番の大きな出来事といえば……どう考えてもコレだよな」
丸坊主の男、西田が倒した牌姿は、五六七の三色同順。
「何があったって言ったら、何を置いても真っ先に挙げられるよな、今年のコロナ騒ぎは」
ああ、とその場の全員が納得と共に溜め息をつく。
「生活がこいつのせいで大きく変わったもんなあ」
「東京オリンピックも延期になったし……」
次局、東尾が東の後に五筒を捨てる。
「そいつだけじゃないぞ。甲子園も含めて、外で人が集まるようなイベントは殆ど中止か延期になったからな」
卓を囲む最後の一人、南倍南が一筒を捨てる。
外での楽しみがほぼ全て無くなってしまった一年を思い返し、四人全員が改めて同時にマスク越しの溜め息をついた。
「それにコロナのせいか、今年も著名人が多く亡くなったからな……野球ならこの人とか」
西田が捨てた牌は「南」
「南海ホークス……野村克也さんか」
「おい、せめて一索にしろ。俺がどうにかなったみてえじゃねえか」
その字牌を苗字に持つ南が顔をしかめる。
「やだなあダンナ。怒っちゃやーよ♪」
「そーいや志村けんさんも今年だったっけ……」
おどける西田に、東尾がしみじみとつぶやいた。
「著名人の自殺報道が例年よりも多かったのも、コロナの影響なのかね」
無精ひげが倒した牌姿は三萬、三筒、三索の三色同刻。
「三浦春馬を皮切りに、一年末までそういう報道が増えた気がするなあ」
改めて並べられるコロナの悪影響に、どんどん雰囲気が暗くなっていく。
「けどさ!」
そんな空気を払拭するように、西田が殊更に明るい声を上げた。
「この一年は確かにコロナで嫌なニュースも多かったけど、逆にこのお陰でとんでもなく流行ったものだってあるじゃん」
ツモった牌に会心の笑みを浮かべ、西田は手元の牌を倒す。
「そぅれ、あつまれ、動物の森ぃ!」
牌姿は索子の清一色。
「動物って、動物要素は一索の鳥だけじゃねえか」
大物手の和了に感嘆はしつつも、つなげようとする話題に南は突っ込まずにいられなかった。
だが、西田は胸を張って言い放つ。
「森といえば緑だろう!」
「む、無理やりすぎる……」
東尾の呻き、無精ひげの白けた視線にも西田は全くめげる様子を見せず、次局へ移っていく。
「……とはいえ、西田じゃないが確かに巣ごもり需要が増えたなんて色々言われたよな」
「そうそう。外食産業はダメージがでかいって言われたけど、逆にこいつのリュックを街中でもすげー見かけるようになったよ」
東尾が和了したのは五八萬待ちの混一色。
「ウーバー(五八)イーツだっけ。そいつを副業にする話もよく聞くようになったな」
次局、無精ひげが巡目も浅い内に何気なく捨てた生牌へ、南が目を光らせた。
「ただ、そいつは新規参入が多すぎて交通マナーの悪さも問題になってるよな――例えば出会いがしら事故なんか」
「げっ!?」
しかも南の和了役は満貫の小三元。
アタるとは思っていなかったのか、思わぬ放銃に無精ひげが顔をしかめる。
「くそっ……見てろよ。全集中・嶺上の呼吸!」
次局、無精ひげはめげずにドラ4を暗槓。
気合の深呼吸と共に、王牌に手を伸ばす。
「はん、それで嶺上がツモれれば苦労ねーよ」
点棒差から、他2人と違い、南は余裕の表情で無精ひげの嶺上を見送る。
「あ、ツモった」
が、その一言で、一瞬にしてその余裕が崩れた。
「何ぃ?! いや待て、本当に和了ってるかよく見せろ。二段階認証だ!」
「やだなあダンナ、ドコモ口座の不正出金みたいな真似はしてないって」
「お前は何回かやらかしてるだろーが!」
――だが、今回は本当に和了しており、南も観念し、親被りの点棒を渋々と支払った。
その後に細かい点棒の行き来を繰り返し、そして南四局。
誰が突出しているわけでもない、今年の漢字である密の如く、ひしめき合う点棒状況となっている。
そしてこの局面。
南の手牌には、白・發・中がそれぞれ対子で集っていた。
(軽く和了れば勝ち逃げできる局面で、押し付けられた謎の種子みてーな重い手になりやがった……)
現状は僅差とはいえトップ。
最後の親である東尾が連荘を重ねているが、それでもまだ4位に甘んじている。
軽く平和やタンヤオ辺りで和了ろうと考えていた中での、まさかの大物手である。
(さて、どうするか……)
役牌ポンを重ねてプレッシャーをかけていくのも手ではある。
だが、南はあえて中の対子から落としていった。
(大三元は任命拒否だ。白發か、悪くても一つ役牌でアガりゃいい)
中も持ち持ちになっていたわけではなかったのか、他の三人からポンの声が上がることは無かった。
しばし、誰からも声が上がることなく、牌をツモり、そして捨てる音だけが卓に響く。
「――お、ツモだ」
3位の西田から声が上がる。
倒されたのはピンフツモのみ。
2000点のみならまだ逆転には至らない――安堵の息を吐く南をよそに、西田はあっさりと続けた。
「これで逆転。終了ね」
「いや、ちょっと待て。それじゃあまだ点棒が足りない――」
「ダンナダンナ、連荘積み棒の上乗せ分、忘れてない?」
「あ゛」
その指摘に、南が固まった。
あまりに単純な積み棒の見落としに、頭が真っ白になる。
「おいおいダンナ。駄目だぜ、レジ袋も今年から有料化して、きちんと料金上乗せされることになってんだからさ」
「大阪都構想による財源移動は夢と消えたが、こっちはちゃんと点棒移動させとかないとな」
「安倍首相もトップ交代したし、きちんと交代させてもらおうか」
固まった南の手元から、満面の笑みで点棒を取り出す西田。
掻っ攫われていく点棒を見つめながら、なぜ積み棒などという余りに基本的な見落としたのか、南は己を省みる。
(……そーだ煙草だ。煙草吸えなくてイラついて、注意力が落ちてたんだ)
今年の四月から正式に始まった全面禁煙。
去年にも言われていた事で、南自身もこれを機会に禁煙を試みようと考えたものの、結局実行に移せずじまいであったのだ。
接戦に精神が削れていく中、ニコチン切れも相まっての見落としだったのだろう――南は己をそう分析した。
とはいえ、結果が分かったとてあまりに単純すぎる、アホらしい理由ではある事に間違いはないのだが。
(……そーいや、そもそもコロナがここまで広がっちまったのも、こういう単純な見落としが重なった結果だって言われてたなー)
清算に入る三人を見つめながら、南は逃避するように、呆然とそんな事を考えていた。