とある町の、とある雀荘。
年末の忙しない時期の中、それでも牌を握らずにはいられない四人の男が卓を囲んでいた。
閉店間際の時間帯に差し掛かっており、彼らの他に客の姿は無い。
「もう、今年も終わりだよな~」
ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾が呟いた。
「そうそう。今年も色々あったなぁ」
無精ひげを生やした男がしみじみと応じる。
「……そうだな。まあ一番大きな出来事といえば、やっぱり元号の変更か」
ふと思いついたような言葉共に、南倍南は牌を捨て――それを見た無精ひげが目を光らせた。
「ダンナ、ロン。倍満だ」
「チッ、いきなりか……」
己もリーチしていたため、危険牌と知りつつも捨てるしかなかった牌。
いきなりの親倍に、南は顔をしかめる。
「リー棒まで出してたダンナはこれで丁度0点。令(レイ)になる和了か」
「良かったなあ。今年最後の勝負に相応しいじゃないか」
東尾と、西田が成り行きを面白がってはやし立てる。
「他人事だと思って好き勝手言いがやって」
「今年の漢字だって「令」だったし」
「これ以上相応しいスタートは無いな」
「てめえら……」
額に青筋を浮かび上がらせ――だが、じきに大きく息を吐き、南は気を取り直す。
「はん、話題で言えばこっちだって大きかったろうが」
次局、捨て牌に萬子、索子を重ね続けた末、大物手を匂わせた南は一気にを和了り切る。
「どうだ、タピオカブームの到来だ!」
倒された牌姿は、見事な筒子の清一色であった。
「おおー……」
西田の感嘆をよそに、南は先の意趣返しだとばかりに無精ひげへと手を伸ばす。
「ほれ、他の二人は当然だが、お前はさっさと増税分(親っかぶり)を含めて点棒をよこしな」
「こ、ここは軽減税率の適用を……」
「認めるわけねーだろ」
苦しい無精ひげの言い訳を一言で切って捨て。無慈悲に点棒をむしり取る。
その後しばらくは細かい点棒の行き来が繰り返されるも、大きな順位変動もないまま南場へと入った。
「……ふう、何とかツモ。京都アニメーションみたいに焼かれずに済んだか」
それまで和了れずにいた東尾が親番でツモり。焼き鳥を回避できた安堵に大きく息を吐く。
「あの火事も酷いもんだったな」
「でも、再建に日本どころか世界中から寄付が集まったんだから大したもんだよ」
牌を卓の中へと流しながら、南と無精ひげが同意する。
「外国じゃキャッシュレスも当たり前になってるし、ネット上で寄付しやすいってのもあったんだろうな」
焼き鳥回避の上に親連荘で気が大きくなったのか、東尾が口数も多く言葉を続けていく。
「日本でも10%への増税以来どんどんキャッシュレスを推奨してるし、各社もどんどん決済アプリを展開してるし……」
そのうち、この雀荘でもアプリ決済だけになったりしてな!――などと冗談交じりに笑いながら七萬を捨てる。
その捨て牌に、西田が目を輝かせた。
「ロン」
「げっ!?」
「ああ、そういや〇〇ペイってアプリは増えたけど、セブンペイだけは一瞬で終了したな」
思い出したように無精ひげが呟いた。
親番で稼いだ点棒を西田に奪われ、東尾が歯ぎしりする。
「あとはまあ、大きな話題と言えば……吉本の闇営業も随分報道されていたっけか」
「――ぎく」
次局。
何気ない東尾の言葉に、西田が大きく体を震わせた。
「お前まさか、ヤミテンしてるとか?」
捨て牌の流れでテンパイ気配と見たのか、東尾が目を細めて西田の顔色を窺う。
「あははは、まっさかー、いくら俺でもそんなことやってないって!」
「本当かぁ?」
南は半信半疑といった体で、しかし手牌の流れから捨てざるを得なかった牌を捨てる。
「あ、それロン」
直後、西田はあっさりとロン宣言した。
「やっぱりかド畜生! しかもやってないとか言いながら、きっちりスジで引っ掛けやがって!」
「別に……」
「あー、その人も最初は麻薬やってないって否定してたが、結局バレて今大変なんだっけ」
今度は被害を免れた東尾が、疲れたように呻いた。
(くそ、せっかくの勝ち分が無くなりやがった……)
痛い所での放銃に南は胸中で毒づく。
東場での無精ひげからの倍直を受けてから、何とか南場に至るまでの間に何とか立て直してはきたのだ。
しかし、これでまたこの放銃でトップ圏内から外れてしまった。
(こーなったら……)
そして既に場は南四局。
ここで取り戻すしかない。
「リーチ!」
胸中でそう決心するも、無精髭が無情なまでに早々とリーチ宣言をしてくる。
だが、ここで臆していては勝ちは望めない。
「それがどうした!」
手を進めるため、南は中張牌の連打を続けていく。
「おいおいダンナ、そんな暴走したら……」
「そうだって、年寄りの運転じゃないんだから……」
ヤケになったような暴牌に、西田と東尾からは哀れみの声すら上がる。
「ロン!」
そして数巡を置かずして、無精ひげへと放銃した。
「そりゃまあそんな脂っこい所切り続けてれば捕まるわな」
「無茶すんなよダンナ、上級国民じゃあるまいし」
「ンな事ぁ分かってんだよ!」
辛うじて裏も乗らず、無精ひげの和了は安手で済んだ。
更に無精髭自身が親で2位のため続行となる。
そして南四局二本場。
ドラは白。
中盤に至るまで、ドラ牌が一牌も河へと出てこなかった。
「う~む。この二本(日本)場でドラが白(ホワイト)ってんじゃ、槓(カン)はもちろん、ポンで刻(コク)子を作るのも難しいな」
最終局面の重い空気を察し、西田が場を和ませるように呟く。が、誰も反応を示さない。
ここで一枚も出てこないということは、つまり誰かがドラの白を暗刻、あるいは二人が対子で持ち持ちになっている可能性が高いのだ。
(誰がもっている……?)
(案外あんなこと言ってる西田か、いや、東尾の方か……?)
東尾、そして無精ひげが思考を読み合うように、周囲の顔を見渡す。
この時の点棒状況は無精ひげ、西田、東尾の順でほぼ点差が無く、倍満以上の点差が開いて南という有様であった。
(最悪、ダンナが暗刻か対子で持ってるのはまだいい)
(軽い手でいいんだ。軽い手であがっちまえば……)
ならば南はトップ争いから外れ、残り三人での勝負となる――二人の思考がそう行き着くのはむしろ当然であった。
だが更に数巡後、南は引いた牌に口角を吊り上げる。
「カン!」
暗槓を宣言し、牌を晒した。
「ぐぉ!?」
三人が目を見開く。
宣言と共に晒された暗槓は白。そして新ドラ表示牌は何と中。
この槓一つで南の手がドラ8の鬼手と化したのだ。
「さあて、日(二本場)中(ドラ牌)韓(槓)、この三つの要素が重なった首脳会談の結果は……」
王牌に手を伸ばし、緩やかに嶺上牌を自模る。
そして南は、盲牌と共に宣言した。
「っしゃあ、アイルビーバック!」
嶺上ツモ・白・ドラ8の三倍満。
文句なく、南の逆転勝利であった。
「うそおおお、最後にダンナに逆転されるなんて……」
「平成の頃が嘘みたいだな」
あまりに鮮やかな逆転劇に、西田は嘆き、東尾は呆れ、無精ひげは言葉を無くしている。
「へっ、見たか。令和になってからの俺は一味違うぞ!」
三者三様の反応に満足した南は、満面の笑みと共に懐から煙草を取り出して紫煙をくゆらす。
「……あー、悪いねダンナ」
だが気持ちよく一服していた所へ、それまで全く口を挟んでこなかった中年の店員が、申し訳なさそうに声を上げた。
「ウチ、禁煙になったんだよ」
「何ぃ!?」
「ほら、来年四月からは店の中は基本的に禁煙にしろって法律が始まるだろ? それに先んじてウチも禁煙店になったんだ」
こんな店の中じゃ喫煙スペースなんて作れないからねえ、と溜め息混じりに店員が漏らす。
だから灰皿も取り払ったとも言われ、南も周囲を見回して初めて灰皿が撤去されていることに気づいた。
「だからさ、今吸ってるそれを捨てろとまでは言わないから、吸うなら外で吸ってもらいたいんだ」
「…………」
店員。そして煙草。
しばしその二つの間へと視線を行き来していた南は、やがて無言で立ち上がった。
「せっかく勝ったってのに、最後が締まらないねえ」
「まあダンナだしなあ」
「うるせえ、こんな時にまで下手な運転みてえに煽ってくんじゃねえ!」
背中に投げかけられる言葉に捨て台詞を残し、それでも南は勝利の煙草を最後まで吸いきるべく、店の扉を開けて寒空の下へと出て行った。