「もう、今年も終わりだな」
ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾が呟いた。
「そうそう。今年も色々あったな」
「ああ、本当に色々あったよなぁ……」
雀卓を囲むメンツは例年と変わらず。
しかし例年と異なり、どこか空気が重かった。
軽口も叩き合わず、各自黙々と牌を自模り、そして捨てる。
たまに上がる声は、鳴きの宣言のみという有様であった。
「あ」
そして数巡。不意に東尾が気の抜けた声を上げる。
「和了った」
自摸った五萬を晒し、そのまま自牌を倒す。
無造作に示される牌姿は、なんと萬子の純正九蓮宝燈。
だがその見事な役満とは裏腹に、東尾の表情は全く冴えなかった。
「おぉ……」
「あー……」
そして上がられた他家の二人――西田と無精ひげも、それを悔しがる様子もない。
むしろその役満に、三人は揃って大きく息を吐いた。
「惜しい人を亡くしたよなあ」
「ああ。麻雀界レジェンドの小島武夫さん。とうとうあの人まで居なくなっちまったか……」
毎年なにがしかの訃報はあるものだが、とりわけ雀界巨匠の訃報は三人にとって衝撃だったらしい。
「さくらももこさんや桂歌丸さん、西城秀樹さんなんかも今年だったよなあ」
更に挙げられる有名人の名に、三人はもう一度そろって溜め息をつく。
「なんだ、辛気臭ぇ」
そんな空気を打ち破るように声を上げたのは最後の面子、南倍南であった。
「落ち込むのは勝手だが、俺は手加減しねぇぞ。オラ、ツモ!」
次局。南の和了手は親の三倍満。
役満でツモられた出費を充分に取り返せる打点だ。
「そんなにウダウダしてっと、おめーらの点棒、流出した仮想通貨みてーに俺が根こそぎいただいちまうぞ」
三人から点棒を集めながら、南はにやりと笑みを浮かべる。
「……なにぃ?」
「ふざけんな、ダンナばっかいい思いさせてたまるか!」
南の挑発に、三人は目に光を取り戻していく。
「そう思うんならやってみろや」
「言われなくとも!」
不敵な笑みを崩さない南に対し、次局でまず仕掛けたのは無精ひげだった。
一巡目からひたすら中張牌の連打を続け、九巡目に幺九牌が河に捨てられる。
「ほれほれ、そろそろだぜ?」
「げっ……」
「チィッ」
露骨なまでの国士狙い。それもテンパイ気配すら匂わせる捨て牌に、西田と南は顔をしかめてしまう。
「……」
が、そんな二人をよそに、東尾は落ち着き払って山へと手を伸ばし――そして自摸った牌に眼鏡を光らせた。
「悪いな。関西(カン西)国際空港の滑走路は台風で閉鎖だ」
そうして晒されたのは四枚の西。
「あ゛ー!」
当然、その暗槓宣言と同時に、無精ひげの国士は死に体と化す。
結局その局は流れ、オリた無精ひげ以外は全員テンパイ状態であったため、ひとり罰符を支払う羽目へと陥った。
「俺の点棒がぁ……本当なら俺に集まったはずの点棒が流出していくぅ……」
「そーいや仮想通貨の他にも、マイナンバー流出騒ぎもあったなあ」
「そだねー、っと!」
次局。
手牌を確認した西田は笑みを深め、三人の捨て牌を片っ端から鳴いていく。
「チー、ポン、カン! チー、ポン、カン!」
二・三・四索のチーを二度。そして六索のポン。更に發のカン。
裸単騎となったところで、西田は音程の外れた声で歌いだす。
「カーモンベイベー、八索ツモォ!」
自模った八索と共に倒された牌も八索。鳴き牌も含め、見事にアメリカ発祥の役満・緑一色を形作っていた。
が、点棒を他家から集めながらも西田は不服そうに呟く。
「あ~あ。親で和了れてたら逆転トップだったんだけどな~」
「東京医大みてーな点数下駄履かせはできないんだから諦めろ」
「そーいやスポーツ界隈なら、大学でこいつが騒がれたっけか」
無精ひげが捨てたのは一索。
「日体大フェニックスの不正タックル事件か」
「あそこの他にも体操だのボクシングだの、今年のスポーツ業界は普段にも増してスキャンダルだらけだったな」
「東京オリンピックがどうなるのか、ちょっと心配になってくるぐらいだったな」
「おいおい、スポーツって言うんなら、年始にこいつが盛り上がってたろ?」
東尾がツモ上がったのはドラの二筒を暗刻にした満貫。
「ボクシング(二筒)で亀田に勝ったら1000万のお年玉(ドラ)企画。結局亀田側の完勝だったが、ネットテレビで結構盛り上がってたじゃん」
更に次局でも、東尾が早々にリーチを仕掛けていく。
「そしてここでも上がれば連続和了。二年連続優勝したソフトバンクの勢いにあやかるとしますか!」
「でも確かあそこって、社長の本業で最近でかい電波障害起こしたよな……ということでロン」
「んがぁ!?」
流れに乗って得意満面の東尾に、ダマテンで待ち構えていた無精ひげが横やりを入れる。
「ちっくしょ~……」
和了をつぶされて意気消沈する東尾。
しかし悔しがりこそするものの、当初のような悲壮感はない。
「なんの!」
「まだまだこれからだ!」
そしてそれは 西田と無精ひげも同様であった。
いつしか三人も大物手を上がりながら、まだまだこれがあった、いやあれも……と、表情を明るくしていく。
「――それにしてもダンナ。やっぱり年末は調子悪そうだな」
「確かに。最初にちょっとあがっただけで、後はずっと四位のままだもんな」
挑発を根に持っていたのか、からかってくる東尾と西田に、しかし南は余裕を崩さない。
「へっ、舐めんな。そんなら逆に、そのツキの無さを利用してやるまでよ。ツモ!」
「こ、これまた珍しい役を……」
開局早々に南が晒した牌姿に、無精ひげが目を丸くする。
「十三不塔なんて、久しぶりに見たぞ」
「この雀荘じゃ役満扱いだったろ。どうだ? 十三人の力を合わせて、見事にビリ(洞窟)脱出だ!」
「確か映画の話も進んでるんだったっけ。タイの十三人洞窟閉じ込め事件」
「さて、と……。んじゃあこのダンナの和了でラスト。清算だな」
「え~っと、お、良かったじゃんダンナ。今年は3位か」
オカウマを計算した東尾が、意外そうに眼を丸くする。
確かに最後に役満を上がりはしたものの、他の三人も打点が例年以上に高かったため、南の順位はビリを免れるのみに留まっていた。
「ダンナはこの時期いっつもビリだったからなあ。珍しいこともあるもんだ」
「……」
からかう西田に、しかし南は特に怒り出す様子も見せなかった。
逆に無言の姿に圧力を感じたのか、西田の方がうろたえだす。
「な、なんだよダンナ。まさかハレの日みてーに負け分を払わず夜逃げする気じゃねーだろうな」
「……誰がンな真似するか」
心外だと言わんばかりに鼻を鳴らし、不満を漏らすことなく清算に応じる。
「ただ、まあ……」
そうして雀荘を後にし、四人で連れだって歩きながら、南はぽつりと呟いた。
「平成最後の年末勝負だったからな。さっきお前が言った通り、ここでやっとビリにならずに済んだなって思っただけだ」
その言葉に、三人も思い出したように納得顔になる。
「あ~! そういや来年から元号が変わるんだっけか」
「昭和が終わって平成が来たかと思えば、もう次の元号か~……」
「そう思うと、俺たちも随分と長い間、つるんで打ってるもんだよなあ」
「――ま、一つ確かなのは」
煙草に火をつけて紫煙をくゆらせながら、南は感慨深げにつぶやく。
「俺たちゃきっと何年経とうが、元号が変わろうが、この時期は卓を囲みながら馬鹿話をしてるんだろうってことさ」
「かっこよくまとめようとしてるけど、確か今年のダンナの勝率ってここ数年の中でも特に悪いんだよな」
「そうなのか? 俺はトントンだって聞いてたけど」
「そりゃ見栄だって。酒が入った時に、ここ二か月の日経平均株価くらい勝率が下落したってぼやいてたから」
「聞こえてんぞテメーら!!」