とある町の、とある雀荘。
年末の忙しない時期の中、それでも牌を握らずにはいられない四人の男が卓を囲んでいた。
既に閉店間際であり、彼らの他に客の姿は無い。
「もう、今年も終わりだよな~」
ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾が呟いた。
「そうそう。今年も色々あったよなぁ」
「っと、ツモ。今年の騒ぎといえば、まずこれかね」
西田のアガリ手は索子と東の混一。
「あー、東芝か」
「今年も企業がらみでいろいろごたついたもんなあ。てるみくらぶの破産だの、神戸製鋼の偽装だの」
次局。
一手目ということで何気なく東尾が捨てた牌に、無精ひげの目が輝いた。
「ロォン!」
「んげ!? いきなり人和(レンホー)かよ……」
「へっへっへ~。今回はごまかし無しだ。国籍疑惑も無くちゃんとアガってるぞ!」
ここ数年の行状ですっかり信用を無くした無精ひげの牌姿を、東尾が疑い深く確認する。
が、無精ひげの言葉通り、今回は文句のつけようもない役満であった。
満面の笑みと共に右手を広げる無精ひげに、東尾も泣く泣く点棒を差し出す。
(……また今年も、この時期が来たか)
そんな目の前のやり取りを、南はぼんやりと見つめていた。
すでに恒例となっているこの時期の勝負。
どう動こうか。どう対策しようか。
もはやそんな考えすら全てが裏目に出るのでは――そんな脅迫観念が生まれてしまっており、今年はこのやり取りに口を挟む気にもなれなかった。
(とにかく、まずは見に回るか)
下手に場を荒らすように立ち回るより、静かにしていよう。
そんな消極的な対策すらも上手くいかないのでは、という気がひしひしとするが、現状、それ以上の手段を思いつくことができなかった。
そんな南の苦悩をよそに、周囲の三人は盛り上がっていく。
「モリカケ疑惑や衆議院選挙、韓国との合意ゴタゴタもあったし、経済だけじゃなくて政治も随分荒れた一年だったなあ」
人和への振込で四位に落ち込んだ東尾が、頬杖をつきながらぼやく。
「おいおい、暗い話題ばっかりってわけじゃなかっただろ?」
対して、役満で一気にトップに立った無精ひげは、笑みと共に一筒を捨てた。
「例えばこんな物も流行ったよな」
「ああ、ハンドスピナーか」
西田の言葉に頷きながら、無精ひげが懐から現物を取り出す。
「買ってみたけど、気づくといじくり回しちゃうんだよなー」
くるくると器用に回しながら、白を捨てた。
「あ、その白でロン」
「おいおい、役牌だけの早上がりか?」
西田のロン宣言にも、ハンドスピナーをいじくる無精ひげの笑みは崩れなかった。
「そんなんじゃ俺のトップを奪えなんか……」
が、徐々に倒されていくその牌姿に、笑みが凍り付いていく。
「だ……大三元かよ!?」
すでに中と發を暗刻で持っていたらしく、無精ひげの捨て牌と合わせ、西田の牌は見事に役満を形作っていた。
「ちくしょ~せっかくトップに立ったってのに」
東尾から巻き上げた点棒。それをそっくりそのまま西田にかすめ取られ、悔しそうに拳を握りしめる。
だが西田の表情は、役満をあがった割には冴えないものだった。
「どうかしたのか? いつもなら、ここで下らないギャグの一つでも言ってるのに」
無精ひげの陥落に気を良くした東尾のからかいにも、西田は溜息を返すばかり。
「いやさ。息子がな、これをすげー欲しがってんだよ……」
言いながら倒した牌――發(青)と中(赤)で挟まれた白板を示す。
「あ~、ニンテンドースイッチ?」
ひょっとして、という口調で答えた東尾に、西田が重々しく頷いた。
「クリスマスに買ってやるって約束したんだけど、どこいっても見当たらなくてな。けど、プレゼントを楽しみにしてる息子にとっちゃ、売り切れなんて関係ないし……」
「年に一度のプレゼントを、売り切れだったから忖度しろってのも無理な相談だわな」
同じく子を持つ東尾も何か思い至ったのか、西田と共に溜息をついた。
「――ロン。流石にここに連れていくって事じゃお茶を濁すこともできないしなあ」
次局も西田が無精ひげからアガり、示しながら倒した牌姿は三連刻。
「レゴランドか……そりゃまあ無理だろうし、下手に連れて行った所で反感抱かれるだけだろうな」
そして二局続けて放銃してしまった無精ひげは、完全に調子を崩してたのか、その後の局でもみるみるうちに点棒を減らしてしまう。
「あ~くそ、これでハコ割れか!」
東尾への放銃で最後の点棒が尽き、頭を抱えてしまう。
「確か今日はハコ割れ続行のルールだったよな?」
「……とりあえずやってみようって話にしてたもんな。ここって割れ用の黒棒が無いんだっけ?」
さてどうしたもんか、と頭をかく無精ひげに、何を思いついたのか東尾がポンと手をつく。
「現金を代わり使えばいいんじゃないか? 万札1000点ってことで」
「そんなメルカリ出品みてーな怖い真似できるか!」
当然の如く、無精ひげは猛然と抗議し――結局、手持ちの十円玉で代用するに落ち着いた。
「え~っと、それで現在の順位はっと……」
無精ひげのハコ割れをきっかけに西田が点棒状況を確認する。
「こいつが当然ハコ割れのドベで、俺と東尾がほぼ同点……で、ダンナがトップか」
「……へ?」
その言葉に、始めて自分の立場を自覚したのか、他でもない南が驚いた声を出す。
「ずっと黙りこくってたからダンナらしくないなーと思ってたけど、なんだか随分と調子いいじゃん」
「なあに、すぐに追い返すぜ!」
「お、おう……」
東尾と無精ひげの言葉にも、戸惑った声を上げるばかり。
(これは……もしかして、無心で打った事で一気に調子が上がったのか?)
それまでひたすらに牌効率を求めて機械的にツモって捨てていただけだが、逆にそれによって三人の戦いから漁夫の利を得ることができていたらしい。
(ひょっとして、これで俺もやっとトップに――いや待て)
そこで自制する。
そう。いつも、ここまでなら上手くいくのだ。
(ここからも、努めて冷静に……)
そうして冷静に、玄人としての闘牌を追求していった結果――南は一気に波に乗る。
「ツモ」
「ロン」
「ツモ」
「ツモ」
「ロン」
「ロン」
「――よっしゃあ! このツモでキタサンブラック七冠達成!」
アガリを重ね、とうとう七連荘を記録した。
気が付けば無精ひげだけでなく、他の二人をも突き放し、南は一気にトップの地位を盤石のものとしていた。
「あ~……羽生さんも永世七冠になってんたなあ」
「そーいや藤井四段も29連勝とかとんでもない記録打ち立ててたよ」
あまりの快進撃に、西田と東尾もむしろ呆れたような感心した声を上げる。
「ええい、お前らそんなこと言ってないで連荘を止めろ! 次にアガられたら役満なんだぞ!?」
そしてこの連荘で最も被害を受け、さらに十円玉を供出した無精ひげが、二人を叱咤するように怒鳴りつけた。
だが、南の余裕は崩れない。
「くっくっく……だがお前らごときの点数で今更どうしようってんだ? 下手に抗おうが、このままビットコインみてーに、天井知らずに点棒かき集めてやるぜ!」
さすがに七連荘。役満も目前となり、他家との点差もほぼ巻き返しなど不可能なほど。
ここまでくれば……そんな気の緩みも出てしまい、ついつい普段の調子へと戻ってしまう。
だが、流石にそんな調子に乗った南の言葉に、三人の額には血管が浮かび上がった。
「おら、これでリーチだ!」
五面待ちの萬子清一色。
邪魔になる北を捨て、南は一気に勝負を決めようとする。
――が。
「ロン。四暗刻単騎」
「ロン。小四喜」
「ロン。国士無双」
「……な、なにいいいいいい!?」
その捨て牌に、三人が一気に反応した。
「いや~、もう最後なんだし、今年の漢字にちなんで北待ちにしてやれってヤケクソ気味だったんだけど」
「お前もなのか。俺も、もう流石に今回はダンナの勝ちかなって半分あきらめてたよ」
「まさか出るとは思わなかったなあ!」
「あ、あ、あ……」
大盛り上がりする三人とは裏腹に、南は顎が外れるほど口を開いて呻いてしまう。
「これで今年最後の勝負は終了だな」
「ビットコインも上昇はすごかったが、下がるときも凄いからなあ」
「なーに、来年はまた勝てるだろうし、やっぱ投資も麻雀も引き際が大切ってことだな!」
いかに点差があれども、さすがに三人から一斉に役満で上がられてはひとたまりもない。
そしてハコ割れ続行ルールとはいえ、ラス親だった南が上がられれば当然それで終了である。
(た、台風21号みてーに、一気に全部かっさらわれた……)
あまりに唐突すぎるトップ陥落に、何も反論の言葉を見つけられず、呆然と固まる南。
何がいけなかったのか。
途中でトップを自覚したことか。
そこから調子に乗ってしまったことか。
油断。慢心。
敗因はいくつも思い浮かぶものの、最早何をすればいいのかも分からなくなってしまった。
(いっそ、今年完結した浮浪雲の主人公みてーに、最後までのらりくらりとやってりゃよかったんだろーか……)
結局今年もこうなってしまうのか、と。
先までの勢いはどこへやら、南はがくりと肩を落としたまま、動かなくなったのであった。