とある町の、とある雀荘。
年末の忙しない時期の中、それでも牌を握らずにはいられない四人の男が卓を囲んでいた。
既に閉店間際であり、彼らの他に客の姿は無い。
「もう、今年も終わりだよな~」
ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾が呟いた。
「そうそう。今年も色々あったよなぁ」
「2015年の大きな動きと言えば……まずこいつらのテロが騒がれてたよな」
無精ひげを生やした男がしみじみと応じ、丸顔の男――西田が一索を捨てる。
「一索でISってか? お前にしてはえらく直球で来たな」
「人質事件の他にも、ヨーロッパの方じゃ難民騒ぎがかなりでかかったよな」
「その一索ロン」
それまで口を噤んでいた最後の一人、南倍南が厳かに口を開く。
「そんな暗い話題より、その牌をネタで使うんだってんなら、ほれ、県内一号店の開店だ」
「げっ……」
開店の言葉と共に倒された牌姿は満貫。
早速の放銃に西尾は顔をしかめ、東尾はほう、と感心したように声を上げた。
「へえ、鳥取県のスターバックス開店かい」
「ま、この雀荘が赤ドラも使ってりゃあ、オールスターってネタも絡めたかったがな」
「言うねえ。毎年はこのテのノリは、いっつも最後に渋々乗ってきたって感じだったのに」
横で成り行きを見守っていた無精髭が、茶化すように口笛を吹く。
(へっ……言ってろ)
無論、南とて好きこのんでこのネタ合戦に自ら切り込んでいる訳ではない。
(毎年この時期の麻雀は、この手の話題で盛り上がってるウチにやられっちまってんだからな……)
特に去年など、トップ奪取でその悪夢のジンクスがようやく祓えたかと思えば、チョンボからのドベ転落である。
未だに生々しく思い出せる悔しさに、南は胸中で歯噛みした。
(だが、今年の俺はこれまでの俺じゃねえ……)
そしてこの一年、去年の悔しさをバネとして、この時期の麻雀をいかにして勝つかを考えぬいてきたのだ。
そして出した結論がこの行動。
(よーするに、今まで嫌々参戦してたのだがダメだったんだよ。むしろこっちからこの連中をペースに巻き込むつもりでネタをぶん投げていけば……)
そうやって流れを形作れば、自らの流れで麻雀を打つことが出来る。
事実、早速の西田からの満貫放銃だ。幸先は良い。
(くっくっく。去年の屈辱も併せて、倍以上にして返してやるぜ……)
そのために今年は新聞やテレビにも常以上に目を光らせてきたのだ。
(さて、次は――)
次の親は南。配牌も完了し、第一ツモ。
そこで更に自らのペースを掴むべく、次のネタを――
「鳥取県と言えば、水木しげるさんがとうとうお亡くなりになったんだよなあ」
「九十三歳だっけか。よくよく長生きされた方だと思うよ――と、どうしたダンナ、卓に顔を沈めて」
ふと思い出したように西田が話題に出し、東尾が追従する。
それとほぼ同時に卓へと突っ伏した南に、その場が怪訝な視線を向けてきた。
(こ、こいつらっ……!)
今まさに振ろうとした話題で出鼻を挫かれ、南は胸中で歯噛みする。
それでも山や自身の牌を崩さない辺り、去年の山崩しの一件が一応の教訓となってはいるようではあったが。
(ま、まあいい……まだまだこっちにもネタのストックはあるんだからな――!)
辛うじて顔を上げてツモッた牌を入れ、東を捨てる。
「あ、その東をポン! 調子よさげなダンナの牌をバクらせて貰って、一気にトップ(有名)になってやるぜ!」
無精髭が目ざとくドラの風牌を鳴いた。
「オリンピックのロゴ問題かー。あれでデザイナー業界全体もかなり騒がれたよなあ」
そんな無精髭の行動に、東尾と西田は視線を交わし合う。
「ま、ドラを鳴かれたんじゃあしょうがないな」
「ああ、しょうがないなあ」
不穏な空気に、無精髭が冷や汗を流す。
「おい、何するつもりだよ」
「なあに」
「こういう事さ」
にやり、と笑った東尾の一萬に、西田がチーを宣言する。
そしてすぐさま西田が捨てた三筒を東尾がポンを宣言した。
見る間に二人はポンとチーを繰り返し、東尾が筒子の染め手、西田が萬子の染め手が濃厚となる。
「くっくっく。ファミリーマートとサークルKの合併のごとき連携ってね」
「ぐ、ぐぐ……」
せっかくのドラ3風牌ではあったものの、二人の危険手に無精髭が歯噛みする。
「それ、駄目押しの加カンだ!」
更に東尾が既にポン材としていた三筒を引いたのか、カンとして加え、新ドラをめくろうとする。
が、
「あ、ロン。チャンカンな」
あっさりと西田が請求した。
「おいぃ、何あっさりと裏切ってんだお前は!?」
東尾の叫びに、西田は素知らぬ顔で点棒を要求する。
「チャ(ン)カ(ン)で山口組のごとく分裂ってか」
結局自身の手は流れたものの、腹は傷まなかった無精髭が胸をなでおろしつつ感想を漏らす。
「……ってどうしたよダンナ。急に黙りこくっちまって」
そして、再び卓に突っ伏しそうになる南の姿を見咎めた。
(こいつら……狙って言ってんじゃねえだろうな!?)
何とか自分のペースに巻き込もうと、いくつか用意していたネタ。
それらを残らずこの三人に回されてしまい――しかも順目としても、全く良い所無しで局が終わってしまった。
(まだだ……まだ全部のネタが尽きたわけじゃねえ!)
不屈の根性で、何とか精神を立て直す。
(まだ俺のは3位……しかも2位とは微差だし十分トップは狙える!)
これまで置いてけぼりのような展開ではあったが、南自身は放銃したわけではない。
そして、最初の満貫分の貯金が無くなった訳でもないのだ。
「くっそ、この借りはこいつで返す!」
そして南と同様――或いはそれ以上にトップを狙い、西田への復讐に燃える東尾が、次局で開始早々に白と發をポンで確保する。
「へっへっへ……こいつで上がれば、一気に逆転だ!」
「あ~悪い。中国はまた南シナ海に侵略してるみたいだわ」
言いつつ、現在南風の無精髭が中を容赦なく暗カンした。
「ぎゃあああああ! 俺の大事なところが切断されたー!?」
「お前は不倫弁護士かよ」
「そーいやこいつ自身はまだ浮気相手と続いてんのかね……」
絶叫を上げる東尾に、西田と無精髭の呟きが漏れ――結局、この回は中のバックで無精髭の早上がりとなった。
「お、裏ドラが乗ったな。手牌が無償アップグレードってね」
更にリーチをかけてのアガリだったため、めくられた裏ドラに無精髭が顔を綻ばせる。
この一手でトップに立った無精髭であったが、ふと沈黙を保つ南へと視線を向けた。
「――にしてもダンナ、今日は本当に調子悪そうだな」
「だなあ。ネタに走ったのも最初だけだし、後は殆どしゃべってねーし」
「風邪でも引いたか?」
呑気に言葉を交わす三人に対し、南自身は怒鳴りつけたい心境であった。
(……お前らが、残らず俺の言おうとしたネタを先取りしてんだろーが!!)
届くわけも無いと自覚しつつも、胸中で叫ばずにはいられない。
当然、三人にそんな念が通じるはずもなく、風邪といえば韓国でMARSが流行ったな、などと話に花を咲かせている。
(もういい、余計な事はいわん! そもそも奇をてらったのがダメだったんだよ! こいつは麻雀だ。純粋にこの手牌で流れを引き戻す!)
南の手はドラ3に加えて風牌。無精髭からトップをもぎ取るには十分な手だ。
(見てろよ……年金機構の個人情報みてーに、積み立てた点棒をかっさらってやる!)
胸中で誓いつつ、力強く牌を捨てる。
「おら、こいつだ!」
が。
「ロン、三色同順」
「ロン、三色同刻」
「ロン、三暗刻」
「がああああ!? トリプルスリーだとお!?」
ご丁寧に三にちなんだトリプルロンで、取り込もうと試みた点棒は、逆に南から残らず吸い上げられ、ハコ割れとなってしまった。
「やっぱ調子悪かったみたいだなー、ダンナ」
「そーそー」
「捨て牌見れば俺たちの危険牌くらいわかるだろ?」
行動がとことん裏目に出た結果、いい所無しで終わった南に対し、三人は自覚なく追い打ちのような感想を漏らす。
「――だ」
そんな三人に対し、南は怨嗟の如き呟きの後……
「こんな結果、野球賭博と同じく無効だあああああああ!」
――などと絶叫できればどれだけ楽ではあっただろうか。
しかしそこはそれ、南も麻雀を飯の種としてきた玄人である。
その矜持として、口が裂けてもこのような事は言えなかった。
「いや~今年もこれで終わりだな」
「最後の一勝負、勝って終われて何よりだぜ」
「来年も今年の漢字みたいな『安』心な一年だといいな!」
思い思いに感想を述べる三人に、南は泣く泣く点棒を支払った。
(……そーいや、VVVとかいうコンピューターウイルスが今月頭にすげえ流行ってたんだっけか)
『3』つの∨。
逆に己がそのウイルスで侵食されたかの如く巻き上げられた点棒を見つめ――そして今年もまたこのような結果になってしまったか、と南はぐったりとうなだれた。