とある町の、とある雀荘。
年末の忙しない時期の中、それでも牌を握らずにはいられない四人の男が卓を囲んでいた。
既に閉店間際であり、彼らの他に客の姿は無い。
「もう、今年も終わりだよな~」
ぽつり、とメガネをかけた中年男――東尾が呟いた。
「そうそう。今年も色々あったなぁ」
丸顔の男――西田がしみじみと応じる。
「2013年といえば、まずは17年ぶりに新作映画が公開されたこいつだよ」
言いつつ七筒を捨てる。
「ドラゴンボールか。『神と神』だっけ? すげーよな、もう完結から何年も経ってるのに、未だに大人気だってんだから」
無精髭を生やした男が感心するように呻き、西田も大きく頷いた。
「ああ、ウチの子どもも直接は知らないはずなのに、この映画が公開されるって発表してからは連れてけってうるさくてさあ」
「俺たちも、昔はかめはめ波のまね事なんかもやったもんだよ」
やはり世代的にはストライクゾーンなのか、三人は揃ってしばしドラゴンボール談義で盛り上がる。
「……」
そんな風に和気あいあいと盛り上がる面子を尻目に、卓を囲む最後の一人、和服に長髪の男――南倍南(みなみ・ばいなん)は胸中で一筋の汗を流した。
(……まずい。毎年この時期の麻雀は、この手の話題で盛り上がってるウチにやられっちまってんだよな……)
毎年のように屈辱的な敗北を喫してしまうこの時期の勝負。
今年こそは、今年こそはなんとしても勝ってやる――そう固く心に誓い、拳を握りしめる。
だが、そんな南の内心の決意をよそに、無精髭が気軽に一筒を捨てた。
「その業界ネタなら、この愛と勇気だけが友達のヒーロー書いた人が亡くなったんだっけか」
「やなせたかしさんか。確か作品内での登場キャラ数でもギネスとってたよな」
己の子供時代を振り返っているのか、東尾が懐かしげに目を閉じながら、無造作に二筒を捨てる。
「ロン、倍満」
そこへ容赦無く、南がロンを宣言した。
「げっ!?」
大きく狼狽する東尾をよそに、西田がぽんと思い出したように手をついた。
「そういや自転車運転で余所見は勿論、路側帯逆走も今年から禁止になったんだっけか」
「ほれ、とっとと罰金を払いな」
「ち、ちくしょう……」
手を伸ばす南に、しぶしぶと点棒を渡す。
そして次局、西田が声を張り上げた。
「ダンナ、その牌でロンだ。平和ドラ1!」
「チッ……」
思わぬ放銃に南は顔をしかめるが、それ以上に顔を歪めたのが東尾であった。
「ああああ、俺の字一色が……せっかくダンナに倍返しできる所だったのに……」
言葉とともに倒された牌は、確かに北待ちの字一色テンパイであった。
(あ、あぶねえ所だった……)
東尾の手牌はほぼ暗刻で揃っており、まだ巡目も浅かったため、流石に役満テンパイとまでは読めていなかった。
更に南の手牌には北が一つ。あのままいけば、確実に振り込んでいただろう。
「半沢直樹か~。あのドラマも家政婦のミタほどじゃないけど、視聴率凄いことになってたよなあ」
当時を思い返しているのか、無精髭が感心した声を上げる。
期せずして南を救った形となった西田は、ふと思い立ったように南へと向けてきりりと顔を引き締めた。
「僕が殺されても、君は絶対に護るから……百年先もずっと護るから……」
「結果的に助けてもらった事は感謝するが、真顔で気色悪い事言うんじゃねえっ!」
本気で背筋に寒気が走った南は思わず怒鳴りつけてしまう。
「安堂ロイドか。エヴァンゲリオンの監督が作ったって話題になったな」
部外者の位置に居た無精髭が、悔しがる東尾を慰めながら冷静に解説した。
「けどまあ、あの監督ネタってんならこいつだろうよ」
次局で無精髭が自風の南を鳴く。
「風牌立ちぬ……なんちって」
にやりと笑いつつ無精髭が捨てた東を、憮然としたまま東尾が鳴いた。
「そのダブ東ポン。風牌ネタなら断然こっちだろ」
「ああ、二回目の東京オリンピックが決定したんだったよな」
「……はぁ、瀧川クリステルみたいな綺麗なお姉ちゃんと一杯やりたいもんだよ」
無精髭の言葉に、ため息をつきつつ東尾は白を捨てる。
「ロン。おもてなし(白)をありがとよ」
「うげぇ!?」
西田の白ドラ3の満貫に放銃してしまい、東尾は他家から大きく引き離された四位へと転落してしまう。
そして更に次局。
「ポン! このゲーム機をクリスマスに子どもにねだられたわ」
「P(ポン)S(索子)4か。――っとツモ。俺はそっちより、こいつに興味あったな」
西田の手牌ネタに応じつつ、ツモ上がった無精髭が晒した手は一萬、一索、一筒の三色同刻。
「XboxONEか。ま、子どもは両方欲しいっていってたんだけどさ、流石にどっちかにしろって言い聞かせたよ」
子どもがいるだけあって、やはりこの手のネタには敏いらしく、西田はすぐに内容を察したようであった。
「――よっし。この局、ここで一気に捲る。リーチ!」
この局まで軽い浮き沈みを繰り返していた西田が、流れを引き寄せんと、勢い良くリー棒を自動卓へと投げつける。
「あ゛」
が、勢いがつきすぎたのか、点棒は自動卓自動卓の中央近くの穴へ落としてしまった。
「あ、あわわわわわ……」
「おいおい、飛行機みてーに故障させんなよ」
無精髭が呆れ気味に店員を呼び、台を開けて点棒を取り出してもらった。
「(点)棒イン(グ)787号機ってか……自動卓の故障なら洒落で済むが、飛行機だとそうはいかんよなあ」
「ちっくしょ~……」
東尾の呟きに西田は肩を落としつつ、何とか局を再開させる。
だが、その失敗で流れが変わってしまったのか、西田は上がれず流局に終わってしまう。
「……はん、ド素人どもが。さっきから黙って聞いてりゃポンだのカンだので分かりやすいネタにばっか走りやがって――リーチ!」
それまで静かに展開を見守っていた南が三萬を捨て、勢い良く攻撃に出た。
「ゲッ……ダンナ、ダブリーかよ。何が当たり牌なんだ……?」
「そいつは特定秘密に該当するため、提供することはできんな」
無精髭をあしらいながら、次巡で積もった牌に、にやりと口の端を吊り上げた。
「三萬ウラ筋を一発ツモで満貫。最年長エベレスト登頂を達成っ!」
「あ~三浦雄一郎さんか。あれで80歳超えてるってんだから信じられん」
そしてオーラス。
(よし……)
先の一発ツモで流れを引き寄せられたらしい。
オーラスに配られた手牌は、発、中が対子、白が暗刻の大物が狙える鬼手であった。
(くっくっく……配牌(生まれた)時点でイギリスのロイヤルベビー並に将来が楽しみな手牌だ)
今年はここまでそれほど目立たずに居たが、大三元を上がる事が出来れば文句なしにトップを取って終わらせる事が出来る。
「その発、ポン!」
「うん?」
「更にその中、ポン!」
「――げっ?!」
発、中の明刻を晒したことで、他家三人の顔色が変わる。
(だがもう遅い! このまま一気にツモって、ブラック企業みてーにお前らの点棒を絞りとってやるぜ!)
にやりと笑みを浮かべつつ、ツモった牌は生牌の北。
山にまだ北が眠っている可能性も高く、字一色も狙うという道もあるが――既に残りの面子も出来上がっているテンパイ状態なのだ。
(ここは手堅く、大三元だけで――)
トン、と南が河へと北を流した瞬間、三人の目が光った。
「ロン。三暗刻ドラドラ」
「ロン。一盃口ドラ2」
「ロン。国士無双!」
「なにい、全員残らず北単騎待ち!? 無慈悲な三度目の核実験だとおおおお!!?」
トップから一転、トリプルロンを食らってしまった南は、当然の事ながらその時点でトんだ。
「中々楽しかったなあ。こりゃ来年もいい年になりそうだ!」
今年最後の勝負に本人は満足がいったのか、無精髭は満面の笑みを浮かべ、
「今年も中々色々な話題で盛り上がれたしな!」
時事ネタを堪能できた西田も大きく頷き、
「いやあ、四着にならずに済んで良かった良かった」
最下位から一転、国士無双でトップに立った東尾が晴れやかな笑顔を見せた。
「……」
そんな三人とは対照的に、四位が確定した南は、晒された三人の手牌と河を見下ろした姿勢のまま、硬直してしまう。
トリプルロンも勿論だが、何より南がショックであったのは東尾の手牌であった。
(ドラマの半沢直樹は倍返しだが、あの原作小説はドラマ効果で増版三倍返し状態だったって聞いた気が……)
南の倍満(1万6000点)を、倍返しどころか親役満(4万8000点)できっちり三倍返しにしたという事実が――そしてそれを東尾自身が自覚が無いという事実が余計に――南を卓の上へと突っ伏させた。