「リリカルマジカル。ジュエルシード、シリアル20、封印!!」
なのはの封印魔法のおかげで、ジュエルシードの魔力に操られていた骨格標本や人体模型、音楽室の人物画が廊下にカラカラと転がる。
「これで解決、かな?」
レイジングハートを胸に抱くように持ち直し、びくびくしながら周囲を見回すなのは。
廊下には学校の怪談にありがちな物品が所狭しと転がっていて、それだけで結構不気味だった。
「ふぁあ~~。眠いからとっとと帰ろうぜー」
「えっ!? この惨状はどうするの!?」
「全部かたずけるのなんて無理無理。いいじゃん、新しい怪談ってことにしとけば」
ひらひらと興味な下げに手を振りながら立ち去る翔太を慌てて追いかけるなのは。良心的には片付けたいところだが、暗い校舎の中でひとりでそんな作業をするくらいなら己の良心に目をつぶる。
今夜のジュエルシードは、生徒達の"夜になったら学校はこうなっている"という淡い願い、というよりも思いこみというかそういうものを感じ取って発動した。
動く人体模型、喋る骸骨、走る二宮金次郎像、目が光る音楽室の人物画など、ありがちな学校の七不思議がてんこ盛りだった。遭遇するたびに悲鳴を上げるなのはが面白くて、翔太は頻繁に写メを撮っていた。アリサとすずかに見せる気まんまんである。
『――――』
「んー? うん、もう大丈夫」
『――――』
「良いって良いって。こっちこそ騒がせて悪かったな」
『――――』
「おう。じゃーな」
「……? 誰と話してるの?」
携帯電話を片手に昇降口へ向かいながら、誰かと話している様子に首をかしげる。
「誰って、洋一さん。多分知らんと思うけど」
「……誰?」
「念話でもしてたの?」
知らない名前に、かしげる首の角度をさらに深くするなのはと、念話が未熟で口に出してしまったのかと思ったユーノ。
「宿直の先生や忘れ物を取りに来た生徒を脅かすのが生きがいのこの学校に住む幽霊だよ」
「「え゛?」」
二人揃って翔太がさっきまで話していた方向に振り返る。でもそこには誰の姿もなかった。
「も、もうっ! 翔太くん嘘ついて私を怖がらせようとしてるんでしょ!」
ぷんぷんと言った感じで前に向き直って翔太を責め立てる。翔太はにやにやと笑うだけで肯定も否定もしない。ただ、視線はなのはの顔ではなくその後ろの方に向いていたが、その事は必死に気付かない振りをするユーノだった。
「いやー、それにしてもリアル"学校の怪談"だったなぁ」
「もう、笑い事じゃないよ!!」
学校のセキュリティを麻痺させていた御坂美琴の能力をといて、校門から堂々と出る翔太たち。
時刻は深夜1時。良い子はとっくに寝る時間である。
良家の子女であるアリサとすずかはこんな時間に家を抜け出せるはずもなく、今回は翔太となのはとユーノだけで事にあたったのだった。翔太も一応良家の子供だが、おそらく事情を察している白鳥に笑顔で送り出されていた。
アリサ達も一応抜け出そうとしたらしいが、メイドに見つかってしまったとのこと。結果的に翔太たちだけで事が納められたので、なのはのおもしろ写メと共に、ジュエルシード封印の報は入れている。
「それにしても翔太は飛行魔法の精度がすごいね。デバイスなしとはとても思えないよ」
「んー。名前に"翔"が入ってるのは伊達じゃないってことかな」
「どうせ私は菜の花だもん! 地面に咲いてる地味な花だもん」
「な、なのはだってすごいから! 翔太が規格外なだけだって!」
今回のジュエルシードは、いろんな怪談に力が分散していたので、全部一か所に集めないと封印が出来ない、というすこし厄介な性質を備えていた。
それを封印するために、追いかけたり追いかけられたりして一か所に誘導しなければならないが、校舎が広いため走って行うことは到底無理だった。人体模型や二宮金次郎像とかかなり足が速かったし。なので、途中から飛行魔法をつかって追いこんでいったのだ。
ちなみに何故なのはがいじけているのかと言うと、スピード制御ができなくて壁にびたーんってなんどもぶつかったからだ。怪我がないのはバリアジャケットさまさまだが、そのシーンもしっかり翔太の携帯には収められている。
以前プールの時にユーノが口走った飛行魔法。その後、なのはがすごい勢いでくいついて、教えてもらえるようにねだった。そして先日習得して、今日が本格使用だったというわけだ。広い大空を自由に、といかなかったのは残念だが、その分狭いところで飛ぶ感覚が学べたのは良い機会と言えた。
一番飛べるのが翔太で、次がなのは。大きく差をつけてすずかで、まったく飛べないのがアリサだ。アリサが飛べないのは本人の適性とかじゃなく、太陽の鍵と契約してしまったかららしい。
太陽の力の源は光と火と"地"。地の属性があるせいで、太陽の鍵と契約をした術者は、他魔法形態では空を飛べなくなるという一種の呪いがかけられてしまうのだとか。これをケルベロスから聞かされたアリサは、太陽の鍵を屋上から投げ捨てようとした。……なんとか説得して憤りを収めたので最悪の事態は避けられたのだが。
かといってアリサが空を飛ぶ手段が全くないわけではない。ケルベロスが言うには翔のカードがあればアリサも飛ぶことが出来るようになるとのこと。
それを聞いたアリサはクロウカード探索時の時に「翔出てこい翔出てこい翔出てこい翔出てこい」とひたすら唱えるようになってしまってちょっと怖い。
「空を飛べるとこんなに楽しいよー。ほーれほーれ」とかやってると殴られた奴もいる。
アリサと翔太と言えば、以前のプールで起きた裸事件が微妙に後をひいてる感がある。一応普通に接することはできているが、ふとした拍子にあの時の事を思い出して翔太のことを意識してしまう。手が不意に触れでもしたら赤面症もかくやといった様子になることもある。
翔太は特に気にした様子はない。ほとんど毎日姉と入浴しているのだから当然と言えば当然かもしれない。むしろアリサの反応を楽しんでいるようですらある。
すずかとの関係の方は特に変わらず。人工呼吸の件はすずかも気付いているが、人命救助の為と理解しているので特にそれ以降話題にあがることはなかった。ただ、すずかの視線が翔太に向くことが比較的多くなっているのは事実だった。
「そう言えばこないだの体育の時の視線はだいぶ熱っぽかった気が。……はっ!? こないだのお姫様だっこで「たくましい翔太くん素敵!」ってなったのかも――」
「それはない」
「それはないと思うの」
『それはありえません』
レイジングハートまで思わず突っ込むほど頭の悪い推測だった。
「すずかちゃんが見てたのは、きっと翔太くんが派手に転んだのが心配だったからだと思うな」
「そういやあんときは思いっきりずっこけたんだっけ」
ドッヂボールですずかが投げた剛速球を避け損ねて派手に転倒したのだ。翔太が生まれて初めて保健室の世話になった日だった。実際大した怪我ではなかったものの、自分が投げた球が原因なら心配くらいするというものだ。無論、真相はすずか本人にしかわからないが。
「さて、本当に夜も遅いしさっさと帰ろうぜ。俺とか明日試合あるのに」
「そうだね。それじゃおやすみー」
「おやすみー」
バリアジャケットのまま空に舞い上がるなのは。実は中身がパジャマで、そのままセットアップして飛んで来ていた。翔太は寝巻に着替えていたので、わざわざ着替えなくていいのは羨ましい。
それを見届けた翔太もふわりと舞い上がり家の方に飛んでいく。歩いて帰ってたら時間かかる上、子供が出歩く時間でもないので見つかったら面倒だからだ。
家へと向かう道すがら、複雑な機動をとりながら、遊び半分訓練半分で飛んでいく。高速飛行に急上昇急降下急旋回。思いつく軌道をびゅんびゅん飛んで、あっという間に屋敷に到着する。
飛行魔法を知ってから数日しかたっていないと言うのに、ここまでの速度、精度が出せるのはそうはいないので、ユーノは大変驚いていた。それもデバイスの補助なしで。
先日姉に言われた「……翼ある者の神、朱雀を祀る雀宮家の血筋であること」という言葉に合点がいった翔太だった。
「「「「ふぁあああ~~~~…………」」」」
「きゅああ~~~~……」
「どうしたんだい?四人そろって大あくびして。ユーノもあわせると五人かな?」
日曜の朝九時。河川敷のグラウンドに集まったのは三十数人の子供達と数人の大人達。
これから行われるのは翠屋JFCと隣町の遠見JFCの練習試合だ。その試合前に雑談をしていた翔太達はそろって欠伸をしていた。
「にゃはは、夜更かししちゃって…」
「なのはは8時くらいには寝たと思ってたんだけどな」
「電話で! ね? すずかちゃん!」
「えっ!? あ、うんそうだよねなのはちゃん」
「ふーん。翔太もかい?」
「えぇまあ、俺はアリサと」
「ちょっ! 適当なこと言わないでよ!」
「俺が連絡(念話)したせいで寝るのが遅くなったのは事実だろ」
「そうなんだけど! そうなんだけど!!」
「へぇ、寝不足になるほど長く話すなんて、二人とも仲が良いんだね」
「それを言われたくなかったのよぉ!!」
どかーんと爆発するように言うアリサ。内実をわかっていながら、わざと面白がって弄った様子の士郎だった。
「あはは、じゃあ応援よろしく頼むよ。それじゃいこうか」
「了解です」
士郎に促されて翔太はグラウンドに足を踏み入れる。
「いっちょ頑張りますか」
「うぁーーーー」
「せっかく勝ったのに何情けない声上げてんのよ」
試合終了後、翠屋でいつものメンバーとティータイム。毎度同じくユーノがいるのでオープンテラスだ。
チームメンバーは店内で士郎のおごりで打ち上げ中。
「でもボールの支配率じゃ圧倒的に負けだ」
『支配率?』
「どっちがボールをキープできたかってことだよユーノくん」
『そういえば終始攻められっぱなしだったよね』
試合結果は1対0。翠屋JFCの点はうまくカウンターを決められた1点だけ。終始相手チームに振り回されて、本来の自分たちのサッカーが出来なかったせいで思った以上に疲れていた。
「やっぱキーパーのキャプテンのおかげだな」
翔太は盛り上がっている店内の様子を除き見る。キャプテンの隣にはマネージャーの女の子が労をねぎらっているのが見える。
「あれ?」
「どうした、なのは。キャプテンに惚れたのか?」
「ち、ちがうよ!」
「キャプテンとマネージャーはデキてるから間に入ろうとすんなよ」
「だから違うって!」
ひとしきりなのはをからかう。決して試合で活躍でなかった八つ当たりじゃない。決して。
「で、午後からアリサとすずかは予定があるんだっけ?」
「ええ。きょうはパパと買い物の予定なの」
「ごめんね? 昨日も結局お手伝いできなかったのに」
「いいっていいって。昨日俺らも遅かったし、今日は皆好きに行動するってことにしようぜ」
「え、でも…」
『みんな頑張ってくれてるし、たまには良いんじゃないかな』
「なのはも気負いすぎんなって。ん、中のみんなも解散するみたいだし、そろそろ俺も帰るわ」
「おつかれー」
「お疲れ様」
足元に置いていたスポーツバックを肩にかけて席を立つ翔太。でもそのまま帰るんじゃなくて、一旦店内のメンバーと合流して、士郎に挨拶をしていく。
そして三々五々に解散をしていくメンバーと共に外に出る頃には、アリサとすずかもいなくなっていた。鮫島が迎えに来て、一緒に乗っていったとのことだ。
「じゃあな。なのは、ユーノ。お前も休めるときにしっかり休んどけよ」
「…うん」
『またね』
実際にジュエルシードやクロウカードが発動したら、昨日みたいに夜中とか関係なくいかなくちゃいけないんだから、出来る限り身体を休めておくのも大切な仕事だろう。
それでも真面目ななのは納得が言ってない様子みたいだが、気負ったところでなにが出来るわけでもない。そのまま翠屋から離れて、一路自宅へ歩いて行く。
……なのはに休めと言っておきながら、翔太も実は休む気がなかったりする。
「さて、訓練を始めますかね」
木々に囲まれた森の中、誰にともなく呟いて精神を集中していく。
一旦家に帰って荷物を置いて、それからまたすぐ家を飛び出してこの場所まで走ってきた。そこは前にジュエルシードが発動した神社の裏手にある森の中だ。
この神社は、朝晩に限って言えば犬の散歩に訪れる人が多いが、逆に昼間は閑散としている。その上裏手の森に足を踏み入れる人など言わずもがな。人目に触れては困る魔法の練習をするにはうってつけの場所だった。
「…………」
翔太は自分の中にあるリンカーコアに意識を集中させていく。
活性化させて生み出した魔力を背中に、肩に、肘に、手首に。腰に、膝に、足首に。そして耳にまで纏わせていく。
目を凝らしてみれば、それらの場所に半透明の小さな翼が形作られているのがわかるだろう。
身体の節々に生やした無数の翼。これが翔太の高速かつ高精度の飛行魔法を可能としている秘密だ。それぞれの翼が推進力を持ち、姿勢制御を行える。
全ての翼を"前に進む"つもりで動かせばかなりのスピードが出るうえ、各翼をうまく連携させれば複雑な軌道も思いのままだ。その分身体にかかるGが辛いところではあるが、この辺りは身体強化魔法を教えてもらいながら対応中だ。
ユーノが教えた飛行魔法は本来こういう形ではない。デバイスがないせいでテキトーに術式を覚え、そしてテキトーに発動させたら今の形になったのだ。
「翔太は空を飛ぶために生まれてきたのかもしれない」
信じられないと驚きながら、そんな風にユーノが呟いたのがすごく印象的だった。ユーノが信じられないと驚いたのはこれだけではなかった。翔太の魔力光がそうだ。
翔太の魔力光は透明。何色でもない透明だった。一応目を凝らせばうっすらと見えるし、何らかの術を発動、例えばプロテクションを発動させれば、輪郭や副次的に発生する魔法陣はハッキリ見える。
透明の魔力光など見たことも聞いたこともないとユーノはひたすら驚いていた。しかし翔太自身はなるほどと思ってしまった部分もある。
"雀宮翔太"の身体に今の魂が宿るまで、何者でもない空の子だった。無色透明の存在として生まれた翔太が持つ魔力光もまた無色だったとしても不思議なことではない。
そう自分の中で結論付けて、飛行訓練を始める。
ふわりと体を浮き上がらせて、中空に漂う。周囲は木が多い茂る森の中で、真っ直ぐ飛ぶことなどできない。だがこの中で速度を維持したまま木を避けながら飛び続けることで、より精密な飛行が身につくようになる。
「レディー…、ゴー!」
そうして時間を忘れて飛びまわる。
より早く、より正確に、高みを目指して木々の隙間を翔け抜ける。
『翔太くん、大変なの! 街中で岩がはえたり地震が起きたりして大騒ぎになってるの!』
『ジュエルシードの感じじゃないから、きっとクロウカードの仕業だよ!』
……でもせっかくの休みも、せっかくの訓練も、事件が起きれば切り上げないといけない。
『おっけー、合流しよう』
ため息交じりに携帯電話をたたみながらそのまま上空に舞い上がる。今日も厄介なお相手が現れたようだ。