「ア、アリサさーん? ちょっとお話を聞いて欲しいんですけど」
ふん
「ア、アリサちゃん、お話聞いて欲しいな?」
……ふん。何よ、二人揃って。
私は無言で立ち上がって、オロオロしているなのはの手を掴む。
「行くわよなのは」
「う、うん」
そしてそのまま後ろについてこようとした二人をキッと睨みつける。
「うっ」
びくっと怯んだ二人を置き去りにして、私達は教室を出た。最後にちらっと尻目に見た二人が、顔を見合わせて目で会話しているのを見て更に私の苛立ちが募った。
さっきの一睨みが効いたのか、昼休みの屋上に翔太とすずかは姿を現さない。私はさっとお昼ご飯を平らげてむすっと空を眺める。そんな私を見て、そろそろ話し時だと思ったのか、なのはが口を開いた。
「アリサちゃん、二人と何があったの?」
不安そうな顔を浮かべるなのはには申し訳ない事をしてる。朝も電話してひきとめて、スクールバスじゃなくて私の家の車で迎えに行った。
すずかと顔を合わせたくなくて、今日は家の車で登校する事に決めたけど、それだとなのはとすずかは私抜きでスクールバスで顔を合わせる事になる。そこでなのはをあっち側にとられると私が一人ぼっちになりそうなので、事前に手をうったというわけ。
「……ごめん、なのは。私の都合で振り回して」
「ううん。それはいつもの事だから問題ないの」
…………何気に言うわねこの子。
「でも翔太くんとならまだしも、すずかちゃんと喧嘩をしてる所は見た事がないから、一体何があったのかなって」
なのはの言い分はもっともだ。なのはとは何度か言い争いを、翔太とは二、三回取っ組み合いのけんかをした事がある。だけどすずかとはそこまで至る前に「もう、しょうがないなぁアリサちゃんは」と向こうが引き下がってくれるのだ。……でも結局言葉巧みに折衷案に持ってかれてる辺り、すずかに良いように操られてる気がしなくもないけど、そこはそれ。
とにかく私は今まで正面切ってすずかと喧嘩をした事がない。というのも、今までは私の癇癪をすずかが受け止めてくれる形が多かったわけで、大抵私の方が悪かった。
でも今回は違う。
「すずかが悪いのよ……」
昨日の光景を思い浮かべる。
「知らない間に翔太と二人っきりだし、なんかすごく息があってたし、お互いの事わかり合ってる的な雰囲気出しまくりだし、最後にはなんか、なんか、もーーーっ!」
最後にすずか翔太に抱きついていたのは一体何だったのよっ!
「お、おちついてっ!?」
「ていうかなんで私がこんな気持ちにならないといけないよ私は別に翔太の事なんて何とも思ってないんだからすずかとイチャイチャするくらい勝手にすればいのよ別に知らない間にくっついてたなんて私は気にしないしハブられたなんて思ってないし抜け駆けされたなんて思ってないしっ!」
『どっかで聞いた事のある台詞や』と聞こえてきたのはこの際無視。
「は、話が見えないんだけど、具体的には何があったの?」
……さすがにさっきのでわかれって言うのは無茶よね。私はなのはに昨日の夜見た事を話す事にした。
「昨日、学校に出てこない翔太を心配してかけた電話は、一言で切られたのは知ってるわよね?」
「うん、でもその後すぐに謝ってくれたんだよね?」
「メールでね。何よ、悪いと思ってんなら電話しなさいよ……」
「にゃはは」
その時の怒りが再燃しそうになるけど、振り払って続きを話す。
「とにかく、なんかすごく邪魔ものみたいに扱われたみたいで気分が悪かったのよ。夜になってもむしゃくしゃして眠れなかったから、練習も兼ねて翔を使って夜の空中散歩に出かけることにしたの」
「え、一人じゃ危ないよ」
「大丈夫よ、一応ケロちゃんもいるし」
『一応とはなんや一応とは。仮にアリサが空中で寝ても、翔を制御して墜落せんようにするとかできるんやで?』
「はいはいありがと」
『わいの扱い軽いなー』
「まあとにかく、しばらく全力で飛んだらちょっとは気分が晴れたんだけど、その時どこからかクロウカードの気配がしたのよ」
「え、本当っ!?」
あれ? そう言えば、すずか達が昨日クロウカードを封印してたって事を、そもそもなのはに言ってなかったような?
「その時私は、時間も時間だしみんな寝てるだろうから、様子見だけのつもりでそっちに行ったのよ」
「そ、そうなんだ」
一人だけ気付かずに寝ていた事になのはが落ち込む様子を見せる。
「まあ結果的に言えばもう封印されてるから気にしないでいいわよ」
「う、うん。封印したのはすずかちゃん?」
「と、翔太ね。なんか二人で杖を握って封印してたわよ」
その時の光景を思い出すと、なんだか胸の奥がざわざわする。言葉にできない変な感覚。
「私達にないしょで、二人だけでクロウカードと戦ってたって事だよね?」
「ええそうよ。事前の相談もなく、二人っきりで。しかもケロちゃんが言うには相手は四大元素の水。同じ四大元素の地は未だに私の言う事をちゃんと聞いてくれないっていうのに、そんな強力なカード相手に二人だけで挑んだのよ、あの二人っ!」
「そんなっ!? ……二人とも怪我しなかったのかな?」
「気にする所はそこじゃないっ!」
「あうっ!?」
すぱんっ、と軽くなのはの頭をはたく。
「私たちは仲間なのに、何も言わずに勝手なことしたのよっ! 二人して危険な事して、何かあったらどうするつもりよっ!」
一気に吐き出したせいでちょっと呼吸が乱れた。
はー、はー、と息を整えていると、なのはは「うーん」と唇に指を当てて何か考え込んでるみたい。
少しして考えがまとまったのか、私の息が整うのを待って話しだした。
「でも、翔太くんだけならまだしも、すずかちゃんも一緒に居たんだよね?」
「ええ」
「すずかちゃんなら理由もなくそんなことしないと思うの」
「う…… でもっ」
私の反論を留めるように、なのははさらに続けた。
「あと、アリサちゃんが怒ってるのって、本当にそれだけなの?」
「ど、どういう意味よ」
「だって、さっきのアリサちゃんが怒ってた内容って――」
「待って、その先は言っちゃ」
「――まるで翔太くんとすずかちゃんの関係に、嫉妬してるみたいだったよ?」
「ダメって、言ってる、のに……」
気付かない振りしてたのに……、口にされたら、本当に、なっちゃうじゃない……
なのはの言葉に縫いとめられて動けなくなった私に、もう一人、別の声が聞こえてきた。
「アリサちゃん、お話、聞いて欲しいな?」
紫紺の髪を揺らして、いつの間にかすぐそばに立っていたすずかがそっと語りかけた。