応接間の扉がゆっくりと開く。
「すずかちゃんをお連れしま――」
「すずかっ!」
ファリンが言い終える前に翔太は魔法すら使って飛び出し、部屋に一歩足を踏み入れたばかりのすずかの目の前に片膝をつく形で着地した。
「っ、すずか……」
そしてその勢いのまま、間髪をいれずにすずかの片手をとってぎゅっと握る。
「しょ、翔太くん!?」
「あったかい…… 生きてる、生きててくれてるっ……」
そうしてすずかの手を握ったまま、顔を伏せて身を震わせる。
「えっと、その……」
すずかはどうしたらいいのかわからずそのままの姿勢で固まっている。
それ以上に、翔太の突然の行動に事情を知らない忍はあっけにとられるしかない。数瞬前まで対面のソファーに座っていたかと思えば、今は妹の前に跪いて泣いているこの状況。
「えっと、一体何があったの?」
「……魔法関係」
「いや、それはなんとなくわかるんだけど」
忍は事情を知っているらしい白鳥に視線を向けるが、当人は自らの長い髪を弄るばかりで説明する気が無いように見える。
とりあえずこの場を納めようと、一番妙な行動をしている翔太に対して、ファリンがそっと翔太の肩に手を置い――
「ヒッ」
「きゃっ!?」
――た瞬間に翔太は大きく飛びのいた。
顔は真っ青になり、変な汗も浮かべている。
そのただならぬ様子に、問いただそうと忍が口を広いたその時、スピネルが割り込んだ。
『申し訳ありませんが、マスターとそこで泣いている彼以外は退出をお願い致します』
「え、でも、翔太さんどうされたんですかっ?」
原因も分からず怯えられたファリンはしどろもどろになりつつもスピネルに食いつく。
当然忍も同じ気持ちで、語気を荒げる。
「事情の説明くらいしてほしいのだけど?」
『"記憶"を持たないものは聞くべきではありません」
「それってどういう――」
「……出よう」
そんな一触即発の状況を遮って白鳥が立ち上がり、視線で忍にもそうするよう促す。
「そもそもこんな時間に尋ねてきた理由もまだ聞いていないわ」
「……私の用事は、月村家の秘密について翔太が気付いたからその報告に来た」
「えっと……、それはそれで驚きなんだけど」
言葉を区切って忍は翔太の方へ視線を向ける。
月村家、というよりも夜の一族の掟を鑑みれば、秘密を知った物と知られた者、この場合は翔太とすずかは直接話してある選択をしなければならない。だから白鳥が急ぎ翔太を連れてきたのはわかった。だが、すずかを見た瞬間に取り乱した理由にも、ファリンに触れられて怯える理由にもならない。そもそも何が起きて翔太は月村家の秘密を知ったのか、忍はまったくわからなかった。
だが、その疑問が答えられることはなく、白鳥に手を引かれるままに忍は応接間を出ることになった。
「まったく、何なのかしら……」
翔太とすずか、そしてスピネルだけが残った応接間の扉を一度だけちらりと振り返って、腕を組みながら遠ざかっていく忍たち。
「なんで私、あんなに怖がられていたんでしょう?」
尋常ではないあの反応を思い出して、ファリンは「ずーん」という効果音がに会いそうなくらい凹む。
「そもそも"記憶"を持たないモノは話を聞くべきじゃないって、なんだか納得がいかないわ。何なのよ"記憶"って」
「……たぶんスピネルちゃんなりの気遣い」
「どういうことでしょうか?」
「……私が喋ったら意味がないから秘密」
翔太から推測を聞いていたので一定の理解を示す白鳥。ノエルの問いにも答えるそぶりは見せない。
白鳥は翔太から時間が巻き戻っている事を聞いている。そしてその時が巻き戻る現象が、クロウカード由来の現象であれば、そのカードを封印するまで続くであろうことも聞いている。ところが白鳥自身はその巻き戻った"昨日の記憶"を持っていない。つまり、このまま時が巻き戻る原因を取り除けなければ、今現在の白鳥自身の記憶、想いは消えてなくなってしまうということになる。
それはある意味"死ぬ"ことと同義ではないだろうか?
今日この日を生きた自分が消えてなくなる。それは恐ろしい事だ。記憶の継承が出来ない人間に進んで聞かせるべき事ではないと、スピネルが判断するのも無理はない。白鳥自身も実は結構嫌だった。
出来れば"今日"の間にその原因とやらを取り除いて欲しい、と心の中で呟きながら忍と共に長い廊下を歩いていく白鳥だった。
『どうやら皆さんちゃんと席をはずしていただけたようですね』
扉の向こうの気配が遠ざかった事を確認したスピネルが呟いた。翔太とすずかの二人ははその言葉に小さくコクンと頷く。そのまま室内は静寂に包まれる。
翔太はある程度落ち着いて、今はすずかの対面のソファーに座っている。背中は曲がって視線は床しか見ていないが。
すずかはそんな翔太を心配げに見詰めながらも、どう声をかけていいかわからず、腰を浮き上がらせては消沈して座り直すをいった動作を繰り返していた。
このままでは埒が明かない。そう思ったスピネルが口を開いた。
『とりあえず確認します。翔太、貴方は"昨日である今日"の記憶がありますね?』
「…………ああ」
ふむ、とスピネルは内心で呟く。理由は分からないが、翔太は時に戻される前の記憶を保有しているらしい。今後の為にその理由は突き詰めるべきだろうが、今最もすべきことはそれではない。
『この時が巻き戻る現象は、クロウカード時の仕業なわけですが――』
一旦言葉を区切って翔太とすずかの様子を伺う。事前に話しているすずかはもちろんだが、翔太の方も大したリアクションはない。
『――どうやらそれよりも前に話すべき事があるようですね』
そう言ってスピネルは翔太に水を向ける。
スピネルと同時に、すずかの視線も向けられた事に気付いた翔太は、頭を垂れた姿勢のままぴくんと手を震わせる。
それからしばらく沈黙を守っていたが、不意に翔太がソファーから立ち上がり、そしてすぐ膝をつき、両手をついて身体を倒し、額をカーペットに擦りつけた。その姿はとても小さくみえる。身体が、ではなく醸し出す雰囲気が。
「翔太くんっ!?」
その行動にすずかは驚いて、止めさせようと手を伸ばした。しかしそれを遮るように翔太の声が響いた。
「…………ごめん」
すずかから見えるのは下げられた後頭部だけだが、そのくぐもった声から翔太の表情がわかった。
「詳細は知らされてなくても、うちは特殊な家系だって知ってる。そんなうちと月村家が古くから付き合いがあることもこの間知った。それと小説を読んだ時、すずかと忍さんが吸血殺しを強く気にしてるのも気付いてた。
……気付く要素は、あったんだ。俺がもっと気を付けていれば、アレは避けられた。
だから、ごめん!」
「ん……」
すずかは翔太の言葉を受け止めて、浮き上がりかけた腰を再びソファーにおろした。
「言い訳は……しない。すずかは俺を責める権利がある。どれだけの事をしたかわかってる。ごめんなんて言葉だけでどうにかなるものじゃないってことも理解してる」
「…………」
二人の間は再び沈黙に包まれる。
すずかの表情は、暗い。翔太の言葉に「壁」を感じた。当然と言えば当然だ。二人は対等な友達から"加害者"と"被害者"の立場にわけられてしまったのだから。
翔太の事が、正確には翔太の持つ能力が怖くないと言ったら嘘になる。だがそれ以上にすずかが怖いのは、翔太が自分から離れていく事だ。
あれだけの事があったとしても、すずかにとって翔太は大切で特別な友達なのだ。アリサやなのはも当然同じくらい大切な友達だが、翔太はほんの少しだけ事情がことなる。
それは、すずかが自分から声をかけ、友達になろうとして友達になった初めての人だったからだ。
すずかが自分は普通の人間と違う事を教えられたのは、聖祥大付属に入学する前のとても幼い頃の事だった。
普通の人と違う、自分は"バケモノ"なのだと思った。両親や姉はその思い込みを否定したが、すずかの中でその思いが消えることはなかった。
それからすずかは他人との関わりを怖がるようになった。"バケモノ"だとばれてはいけない、なら最初から関わらなければいい。誰とも目を合わせないように下を向いて、誰とも言葉を交わさないように口をつぐんだ。いつもヒトの視線に怯えていた。
外の世界を恐れて本の世界に没頭するようになったのは自然の流れともいえるだろう。本の世界は残酷で、美しい。ファンタジーだろうとSFだろうと時代物だろうとミステリーだろうと恋愛物だろうと、どれだけ共感しても反感しても感情移入をしても傍観者でいられる。活字の中の彼らは"バケモノ"である私に決して関わってこない。そんな絶対的な安心を感じながらも、物語の中で描かれる人々の絆や友情を知る度に、心の中には確かに孤独感が育っていった。
そんな頃に、毎日のように通っていた図書館に同年代の男の子がいる事にすずかは気付いた。小学校に上がる前の子供、それも男の子となるとこの時期はじっとしている事の方が珍しい。それなのにいつも同じ席に陣取り、ひたすら本を読む。真剣な顔をしているときもあれば、笑いをこらえているときもある。涙をこぼしながら読んでいるのを見たときは、随分驚いたものだった。
その少年は誰あろう翔太である。当時の翔太は自身に付与された能力、幻想交差に関係して、小説の書き方や魔術や超能力、宗教などについての知識を得るために図書館に通いだした時期だった。
実際のところは記憶にあるとある魔術の禁書目録の模写をしているだけなのだが、事情を知らない人からしてみれば、知識のない子供がいきなりそんな小説を書き始めたら異常視される可能性が高い。そうなる可能性を少しでも下げるために、関係のありそうな知識を得ておくという下準備をしようとしていた時期だった。
ただ、その中で翔太の"前世"の世界と、今の世界の微妙な違いに興味を持った。市や町の名前が違っていたり、そもそもの地形すら変わっている部分もあった。忍者が国家資格として存在していたり、超能力者の存在もオカルトじみたネタではなく、公式にある程度存在が示唆されていたりと、興味深い差異も多かった。そんな事を知っていくうちに翔太は活字に目覚め、いつしか元々の目的を忘れて手当たり次第に本を読むようになっていったのだった。
そんな翔太にすずかは興味を抱いた。同年代で本の虫というのはなかなか見つかるものではない。すずかの中で育っていた孤独感も、「独りはいやだ」と叫んでいた。
それでも、その時は行動する事はできなかった。"バケモノ"だと知られてしまう恐怖心の方が大きかったからだ。
すずかの内心に変化が訪れたのは、聖祥大付属初等科に入学してからのこと。そこでアリサとなのはと出会い、すずかの世界が広がっていった。人との繋がり、無理だと諦めていた事が諦める必要がない事を知った。友達の存在が、どんなに自分を幸せにしてくれるかを知った。
人というのは欲深い生き物で、一つの幸せを手に入れたら、また新たな幸せを求めるものだ。すずかが翔太と友達になろうと思ったのも自然な流れと言える。
自分から話しかけようと決意したはいいが、どんな話をすればいいのかわからなくて、まずは話題探しということで翔太が読んだ本を追いかけた。どの本も面白く感じられて、その本の話で盛り上がる場面を何度も夢想したりもした。そんな事を繰り返し、友達になりたいという思いはどんどん大きくなっていった。今日こそ話しかけようと意気込んで、勇気が出なくて躊躇している内に翔太が帰ってしまった事も何度もある。すずかは気付いていないが、司書たちの間でその様子は密かに見守られていたりもした。
そうして日々を繰り返し、今日こそはと一大決心をして、翔太が本を一冊読み終えたその隙を見計らって「となり、いいかな?」と話しかけたのが、翔太が認識しているファーストコンタクトとなったのだった。
それから約二年。翔太との間に育った絆は、アリサやなのはと比べても勝るとも劣らないほどのものだった。その絆に、今隔たりが生まれようとしている。少なくともすずかはそう認識した。
「だから……」
過去の出来事に逃避をしていたすずかを連れ戻すように、沈黙を切り裂いて翔太の口が動いた。
すずかは思わず両手でスカートの布をギュッとつかむ。
「だから、どんな罰も受け入れる。……もう魔法関係の事件に関わるなって言うなら、クロウカードやジュエルシードに関わらない。小説も燃やす。……姿を見せるなって言うなら転校だって――」
「……っ、っう、っう」
「――すずか?」
突然聞こえてきたえずきに翔太は思わず顔を上げてぎょっとする。
すずかは溢れ出る涙を必死でぬぐっていた。
「ど、どうしたんだよっ?」
オロオロと慌てた様子で立ち上がり、手をすずかの方に伸ばしかけて、触れる事が出来ずに空を撫でる。
「そ、んなこと、私望んでないよっ!」
「っ」
泣きながら、途切れ途切れで。でも強い剣幕に怯んでしまう翔太。
いつも一歩引いた位置で、なのはとアリサ、または翔太とアリサが喧嘩をした時も、仲裁役を買って出て一度も怒った顔を見せた事がないすずかが、泣きながら本気で怒って、そして悲しんでいた。
「私がっ、私がバケモノだから、ダメなの? バケモノとはもう、友達じゃ――」
「ちがうっ!」
今度は翔太がすずかの言葉を遮った。
「すずかはバケモノなんかじゃないっ! ていうかすずかがどんな存在だった所でそんなの関係ないくらいすずかのことが大切なんだよっ!」
「っ!?」
ほんの一瞬だけ表情に喜色を浮かべそうになったすずかだが、すぐにはっとして強い言葉を返す。
「それじゃなんで私から離れようとするのっ!?」
「俺がバカなせいですずかを……、すずかを殺したんだっ! そんな奴がすずかの隣でのうのうとしてるなんて俺が許せないっ!」
「そんなの翔太くんの自己満足だよっ! 私たち以外誰も覚えてない罪なんて気にしないで私のそばにいてよっ!」
「その俺たちしか覚えてないソレが一番問題なんだろっ! "痛い"とか"苦しい"とかそんな単純な言葉で言い表せない、あのおぞましい感覚を忘れられるはずがないだろうがっ! 無かった事にできるような生易しいもんじゃない事くらいすずかだってわかってんだろっ!?」
「っ、そうだけど、でもっ! それでも私はっ――」
『二人とも落ち着いてください』
どこまでもヒートアップしていきそうな二人の間に月の鍵が浮かび上がって割り込み、制止の言葉をかける。お互いにはっとして、一歩下がる。それで少しは熱がひいたのか、気まずげに目を逸らす二人。
ひとまずスピネルに促されるようにソファーに座り直す。一度気勢が削がれたせいか、双方口が重くなり、室内は沈黙に包まれる。
黙りこくった二人の様子を伺いながら、スピネルは先ほどまでの二人の言葉を吟味して整理してみた。
まずはスピネルにとって最優先たるマスターのすずか。
すずかの望みは"翔太が離れていかない事"と"今まで通りの対等な関係でありたい"というもの。
前者はできるかできないかで言えば一応可能。無論その状態で双方が心安らかであるかという問題は残る。そして後者。そちらは難しいと言わざるを得ない。
すずかと翔太の間には加害者と被害者という最悪の関係性ができあがってしまっている。それを無かった事にできないし、するべきではない。
例え仮に「私は気にしていないから」と全てなかった振りをして流したとしても、それはいずれ「あの時赦してあげたのに……」という暗い感情にすり替わってしまうかもしれない。それはもう、対等な関係とは言えるはずがない。
続いて翔太。
翔太は自分の犯した罪の重さを自覚し、"すずかのそばにいるべきではない"という思いと"償いたい"という思いがある。ただ、"そばにいるべきではない"と思ってはいるが、すずかの事を大事な存在だと思っているのは明白で、心の底では離れたくないと思っているのは予想できる。
(やりようによっては折衷できそうな気もしますが…… 私が言ったからそうする、ではなく、マスターの意思で事を決めるべきですね)
そう考えて何も口に出すことはなく思考を閉じるスピネル。己のマスターに対して冷たい気もするが、ここは他者の意見に流されず、自らが切り開くべき道を見つけることに価値があると判断した。結果、誰も発言することなく、部屋に時計の秒針が刻む小さな音だけが響いていく。
「……………………翔太くんは……」
「……?」
長針が60度ほど傾いた頃、ようやくすずかが声を発した。
スピネルはその小さな声量の中に、この数分の間で重ねた苦悩と決意が込められているのがわかった。
「……翔太くんは、私が、吸血殺しの効果が及ぶ存在だって、知ったんだよね?」
「あ、ああ、そういえば、そうだな……」
だがそのすずかの決意とは裏腹に、余りといえば余りの言い草に一瞬ぽかんとして、そして小さく吹き出した。
「くすっ」
「な、なんだよ」
さっきまでの重い空気はどこえやら、どこか気の抜けた雰囲気が漂う。
「だって、私がずっと悩んできたことを、"そういえばそうだな"レベルで言うなんてちょっとひどいなって思って」
「それは……、すまん」
「ううん。……ちょっと、嬉しかった」
小さく微笑んだ。先ほどまでの言い合いで翔太が言っていた通り、すずかがどういう存在であるかは翔太にとって問題にならないことがよくわかった。
そこから若干の間を置いて、すずかは意を決したように話し始めた。
「夜の一族、私たちはそう名乗ってるの」
臆すことなく、真っ直ぐと翔太を見つめて言った。
「夜の一族?」
「西ヨーロッパで発祥して、もうずっと古くから細々と続いている一族。元々は人間の突然変異って聞いてる」
「……厳密には吸血鬼じゃない?」
翔太の知る吸血鬼とは、TYPE-MOONの世界観に準じたものであり、星に生み出された精霊のような存在である。少なくとも、すずかの語る夜の一族は、そういった大いなる存在ではないようだと翔太は思った。
「ニンニクも大丈夫だし十字架も効かない。蝙蝠に変身できないし、血を吸った人が食屍鬼になることもない。ただちょっとだけ普通の人より筋力とか敏捷性が優れてるみたい」
「それだけ聞くとほとんど普通の人間のような気がするな」
翔太の言葉に、肯定するように小さく微笑む。
「……だけど、人の血を吸うのは本当なの」
少しだけその笑顔が陰る。
「ひとの血液を力の源に、いろんな事ができる。たとえば、腕がちぎれても再生能力を働かせれば元通りくっつけることもできるし、……人の、記憶を操作することもできる」
「記憶の操作……」
そこまで聞いて、翔太ははっとしてすずかの目を見つめる。すずかが今その話は始めた理由を悟ったからだ。
「翔太くんが、本当にもう私のそばにいたくないっていうのなら…… 記憶を消す、方法はあるの。元々夜の一族には、秘密を知られた場合の仕来りとして、"秘密を守る誓いを立てて一生そばにいる"か"記憶を消して関わらない"かどちらかの選択を迫らないといけないから。
……それと一緒に、"昨日"の記憶を消すことだって多分できる」
「……………………」
「選んで、翔太くん。共に在ると誓うか、忘れるか」
すずかの、迷いと怯えを無理やり抑えこんだように揺れる眼差しを翔太は正面から見つめ返した。
「……それは、自分の記憶を操作することも、できるのか?」
小さく首を振るすずか。
……ならば選べる答えなど一つしかない。
記憶も罪悪感も消して、一人だけ逃げることなど翔太に選べるはずがない。すずかが夜の一族の仕来りを話した時点で、翔太の選択肢は一つに絞られる。
それなりに長い付き合いで翔太の心根を知るすずかにとって、翔太がその結論に至ることは予想できた。逃げ道を取り払うような自分の行動に罪悪感を覚えてもいる。だが、それ以上に、すずかは翔太に離れて行って欲しくなかったのだ。
そして、翔太もそれを察せないほどすずかとの付き合いは短くない。すずかがそれほどの想いで共にいる事を望んでいる。それがわかった。
ならば、翔太も同じくらいに強い気持ちで応えたい。決してそれ以外に選択肢がないからじゃない。自らの意思で選ばなければ。
そもそも翔太がすずかから離れようと思ったのは、すずかを簡単に死に至らしめる能力を持っている自分自身を忌避しての事だ。だが、翔太がすずかのそばから離れれば、それだけで危険は消えるのか?
否、そうではない。
翔太がすずかから離れたところで、すずかは魔法に関わるのを止めないだろう。確かに翔太がすずかと関わらなければ、"翔太が"すずかを傷つける可能性は消える。だが、ジュエルシードやクロウカードと対峙する過程で、すずかが傷つくことは十分に考えられる。
"翔太が"すずかを傷つけなくなりさえすればいいのか?
そんなはずはない。
自分を含めて、すずかを傷つけるものすべてから、すずかのことを守りたい。それは消極的な選択じゃない。誰に言われたことでもなく、確かな自分の意思だ。
翔太は目を閉じ、大きく深呼吸をした。
そして、姿勢を正し、すずかの目の前で片膝をついて、迷いなく、ハッキリと言い切った。
「誓うよ、すずか。俺はこれからもすずかと共にあり続ける」
「っ、うん」
「秘密も守る。すずかも守る。二度とあんな目にあわせない」
「うん、うんっ」
これから先、すずかを大切に思う気持ちは大きくなっていくだろう。それが友情か、恋情かはまだわからない。でもその思いが育っていけばいくほど、そんな大切な人を自分は一度殺してしまったという事実が翔太自身を苦しめる。だが、それこそが罰と受け入れて進んでいこうと決意した。