「右手がいてぇ……」
月村邸に泊った日から開けて翌日。朝の教室で右手首をさする翔太。
昨日はあれ以降ずっと一人でひたすら禁書の欠落分と、二巻の残りを書き続けた。時折森の方から漏れ聞こえる和気あいあいとした声を聞きながら、一人寂しく万年筆を動かしていた。
「そのおかげで二巻は書き上げられたけど」
以前書いていた分も含めて、翔太が一頁書くごとに後追いで忍が読んでいったおかげで、既に使える状態にはなってる。ただ、読者の人数は途中まで読んでいたすずかと忍の二人だけなので効果時間はまだ短いので実戦には使えない。
ただ、やけに吸血殺しの頁に力がついてることが翔太は気になっている。
読んでる人の感情の振れ幅が大きければ大きいほど頁の持つ力は強くなるわけだが、翔太自身は吸血殺しに有用性を感じていない。ここがType-Moonの世界と混じっていたら問題だが、この世界に三咲町や冬木市が存在しないのは確認済みだ。
特に翔太が月村邸から帰る時に、忍が「吸血殺しって使う機会なんてないわよね?」と確認するように聞いてきたのが印象的だった。
(吸血鬼なんていうごくごく限定された相手にしか効果がないし、この世界に吸血鬼がいるかどうかもわからないから多分使わないとは思うけど、なんであんなに気にしてたんだろう?)
禁書本編の中でも姫神秋沙の記憶の中にしか登場していない吸血鬼。それ以降禁書本編では出てきてない。いろんな次元世界が存在するこの世界なら居ても別におかしくはないから一応不用意に使うのは止めておこう、と翔太はなんとなく考える。
「それにしてもアリサ達、と言うよりもスクールバス組が遅いな」
そろそろチャイムも鳴ろうかという時間。これでは遅刻になってしまう。
そう気をもんでいたら足音が聞こえたきた。
「ま、間に合った!」
ガラッと勢いよく扉を開いてアリサが飛び込んできた。その後ろから同じくスクールバス組の生徒たちも飛び込んでくる。
「はぁ、はぁ、朝から、疲れた、よ……」
「頑張ってなのはちゃん」
最後にすずかに手を引かれたなのはが教室に滑り込んだところで丁度チャイムが鳴り響いた。
「どうしたんだ?」
「ちょうど前を走っていた車が急にパンクして立ち往生したのよ。後ろからの車も詰まってたし、Uターンもできなくてちょっと時間がかかったみたい」
「そりゃまたお疲れ様なことで」
結局一時間目の終わりまで、なのはは完全にへたれていた。魔力はあっても体力はないなのはであった。
「さて翔太、心の準備はいいかしら?」
「いやいやいや! いくらなんでも三対一は勘弁して!」
「攻撃は全部避けて見せるって言ったよね?」
時間の流れは速いもので、今は放課後。場所は月村邸の森の中の開けた場所。アリサ、すずか、なのはの三人から数メートル離れた位置に翔太は一人立っていた。
ユーノは人の姿で我関せずとファリンと談笑してる。
「助けろよこの野郎!」
「無茶言わないで」
本当ならアリサとすずかには習い事があったはずだけど、今日はキャンセルしてここにいる。
こうなったのは昼の翔太の発言が原因だ。
やはりアリサ達の後ろで守ってもらうってのはどうしても納得がいかなくて、翔太はバリアジャケット生成魔法を習得するとか、攻撃は全部避けて見せるからとか愚痴のようにぼそぼそとこぼしてた。
そんな翔太の姿を、アリサ達は反省していないと取ったようで、「じゃあ見せてもらいましょうか」と黒い笑顔で言われて思わず頷いてしまったのが運の尽きだった。
「十分間私達三人の攻撃を避け切れたら、ちょっとだけ考えてあげるわ」
太陽の杖を突きつけてイイ笑顔で言い放つアリサ。すずかもそれにならって月の杖を翔太に向ける。
「それ"考える"だけで結局却下するとかないよな!?」
「……うるさいわね。いいから的になりなさい。昨日覚えた魔法を試し打ちしたいのよ」
「本音が漏れた!?」
「にゃはは。翔太くん、ごめんね?」
「悪いと思うなら杖を俺に向けるな!」
三人の持つ杖がそろって翔太に向けられる。
「くっそー! こうなったら本当に全部避けてやる! フィアフルフィン!」
飛行魔法を発動させてほんの少しだけ足が地上から離れる。バリアジャケット生成魔法を習得していない状態で空に逃げることはできない。今それをやったら無茶苦茶怒られるのは確実だ。
それでも普通に走るより魔法で飛んでた方が機敏に動けるから飛行魔法は手放せない。上空方向には落ちても大した怪我をしない地上二メートル程度が目を瞑ってくれる限界だろう。とにかく左右に動いて避けるしかない。
「はい、ユーノさんストップウォッチです」
「ありがとうございますファリンさん。それじゃ制限時間十分、的当てゲーム、開始! みんな魔力弾の出力には気をつけてねー」
「おいこらひどいぞユーノ! っておわ!?」
友達甲斐のないユーノに文句を言ってるそばから金色の光が翔太の真横を通り抜けた。
(アリサのやつ昨日一日でシュートバレットを習得したのか!? でもユーノが実演して見せてくれた奴よりもかなり速度がある気がする)
「アリサが習得したのはニードルバレット。本来は球体の魔力スフィアを細長い円錐状に変形させて、なおかつ螺旋状に回転させることで威力と速度を増した魔法だよ。翔太のプロテクションの強度なら突き抜けるぐらいの威力があるし、直線にしか飛ばない欠点はあるけど、速いから避けるのは難しいよ?」
一応罪悪感はあったのか、翔太に対して魔法の説明をするユーノ。
要するに翔太の防御力では盾を出すだけ無駄ということだ。まさに紙装甲。
「よっ! はっ! たあっ!」
「なんで! 当たらない! のよ!」
そんな中でもアリサが連発する金の針を、翔太は紙一重で避けまくる。アリサの今の制御能力では一度に撃てるのは四発が限界だ。揃えて撃ったり微妙にずらして撃ったり工夫をしているが、翔太は紙一重ではあるものの、危なげなく回避する事が出来ていた。
「アリサの照準がまだ未熟っていうのもあるけど、翔太の飛行速度も普通じゃないよね……」
「なのは! すずか! アイツの逃げ場を制限して!」
「わかった!」
「まかせて」
なのはの周囲に五つのピンクのスフィア、すずかの周囲には三つの銀色のスフィアが浮かび上がる。数の違いは魔法の才の違いか。
「ディバインシューター!」
「ワインドバレット!」
「なんか来た!」
ディバインシューターは思考制御の誘導弾。自動制御時でもある程度の自動追尾機能が備わっている。誘導弾はかなりの高等技術だが、それを一度に五つやってのけるなのはの非凡さが顕れていた。
すずかの方はくねくね曲がって飛び、射線がわかりにくいので翔太が避け辛そうにしている。
「ワインドバレットはその名の通り曲がる弾丸。これはそれ単体で攻撃することが目的じゃなくて、着弾点を読ませないことで相手を大きく避けさせて移動を制限する補助的な意味合いの方が強いんだ」
「実感してるよ!」
すずかのスフィアを避けた先にアリサがニードルバレットを放つというコンビネーションに、翔太はやや押され気味だ。ふたりだけではまだ十分隙があるが、それを補うように動くなのはの誘導弾が翔太の逃げ道を次々と塞いでいった。
「おわ!? 逃げ場が!」
ディバインシューターに後方を抑えられ、左前方と右前方からワインドバレットが迫ってきてる。避けるには前に出るしかないが、正面にはニードルバレットを発動待機状態にしたアリサが待ち構えてた。
アリサはもう完全に討ち取った気でいるのか、余裕の笑みだ。
だが翔太も魔法について何もしなかったわけではない。大人しくやられるつもりは毛頭なかった。
「観念しなさい! ニードルバレット!」
「フィンショット!」
「っな!?」
翔太は右手首に発生させていた羽を、アリサのニードルバレットに向けて撃ちだした。
威力重視のニードルバレットを相殺はできなかったが、僅かに反れた隙間を縫って包囲から抜け出した。
フィンショット。
翔太の飛行魔法、フィアフルフィンで発生させた手首、肘、肩、背中、側頭部、腰、膝、足首にそれぞれ生成している羽を撃ちだす魔法だ。
翔太はまだ魔力スフィアをうまく成形することができなくて、シュートバレットを習得できていない。だが既に生成しているフィンを撃ちだすことなら大して難しくないと気がついたのだ。
もともとそれほど強度がある羽ではないので威力は期待できないが、牽制として見るには十分だ。ただ、その羽は翔太の飛行魔法を担うものなので、全部解き放てば飛行できなくなるので注意が必要だ。
「なるほどね。アンタも色々考えてたってわけね」
「当たり前だろ。一筋縄でいくと思ったら大間違いだぜ!」
一旦攻撃の手を休めて、少し意外だったみたいに言うアリサに見得を切る。
「でーも」
「へぶっ!?」
「こっちの方が一枚上手だったみたいね!」
背中からのいきなりの衝撃に、翔太は目を白黒とさせる。
「えっ? なにが起きた!?」
後ろを見ても誰もいない。あるのは翔太自身の影だけ。
翔太の正面に三人とも揃っているうえ、なのはの誘導弾五つは全て翔太の視界に入ってる。
どういうことだと周囲を見回した翔太は、にやにやと笑うアリサの横で、額に汗を浮かべて少しだけ疲れた様子を見せるすずかの姿に違和感を感じた。
月の杖の尖端が地面に向けられている。そこにあるのはすずかの影。
「まさか影で影から影を伝わせて撃ったのか!?」
「正解! 私たちが撃った魔力弾は全部おとりでそれが本命よ!」
「ちょっと、疲れたけど、練習通りできたよ」
よくよく見てみると、すずかの影と翔太の影が、細い影でつなげられていることに気付く。
翔太が前後左右の魔力弾に気を取られている隙に繋いだものだった。
すずかの様子を見るに結構な負担がかかるようだが、それでもこんなことが出来るようになっていることに翔太は驚いた。
「これでわかったでしょ。大人しく観念して――」
「ふ、ふふふ、ふはははは!」
アリサの言葉を遮るように、翔太が高笑いを始める。
「翔太くん?」
「その笑い方なんか悪役っぽいよ?」
「頭おかしくなった?」
「うっさいわユーノ! そしていつも通り酷いなアリサ!」
覚えたての魔法、かつ連携もまだ稚拙な三人相手にやられてしまったということは、経験を積んだ魔導師であろうフェイトを相手にできるはずもない。
それを思い知った以上、アリサやすずかが言うように前に出るべきではないと一応納得した翔太だったが、それはそれ。
負けたまま引きさがるのは悔しかったので、一矢報いようと気合を入れる。
「もうこうなったらとことんやってやらぁ!俺の本気を見ろ!」
ばさっとアリサとなのはが未読のとある魔術の禁書目録の二巻を取り出した。
「ちょっと、何呼び出すつもりよ!?」
未読故に、アリサとなのははこの中にどんな能力者が書かれているのか知らない。仮に知ってたとしても竜王の殺息クラスのものが来た場合は防げない。当然そんな危険なものを翔太が使うはずもないが。
(まんまとやられたのが悔しかったから、ちょっと仕返ししてやろう!)
紙束の中から一頁だけ取り出し、強い口調で唱えた。
『召喚:姫神秋沙 能力:吸血殺し!』
翔太の目の前に、地面に達しそうなまでに伸ばされた綺麗な黒髪をなびかせた巫女服を着た少女を召喚する。
翔太が彼女を召喚したのは、彼女の能力が何の意味もないものだと思ったからである。わかるのは途中まで読んでいてその能力を知っているすずかだけだが、全く知らないアリサとなのははビクッと身構えることになる。すずかに注意しなければならないが、固まった二人ならば報復をするくらいの隙はできるだろうという思惑だった。
翔太の予測通りにアリサとなのは彼女へ視線が釘付けになっている間に、高速で背後に回り込む。
作戦を考えたであろうアリサがターゲットだった。
「くらえ! ひざかっくん!」
「きゃあ!?」
「また地味ないたずらですねぇ」
「うるさいな! 余計な茶々入れるなファリン!」
やり過ぎると後が怖いので、これが精一杯の仕返しだった。
「あ、あんたねぇ!!」
「やったもん勝ち! じゃあな!」
「こらぁ! 待ちなさーい!」
そのまま追いかけっこを始める翔太とアリサ。なのはやユーノはその光景を「相変わらず仲良いなぁ」と思いながら視線で追いかける。
そんな中、すずかはふらふらとおぼつかない足取りで翔太が召喚した姫神秋沙に歩み寄っていった。
「どうしましたすずかちゃん?」
「ん?」
ファリンの声に、様子がおかしい事に気付いた翔太とアリサもすずかの様子を伺う。
皆が見守る中で
すずかは軽く跳躍して姫神秋沙の胸に抱きつき
その首筋に鋭く伸びた犬歯を突き立てた
「え?」
「す、すずかちゃん!?」
『マスター……?』
理解できない行動に、翔太たちは一様に動きを止めた。
ファリンだけは焦ったように、すずかを見たり翔太たちを見たりと様子がおかしくなった。
ただ、次に起こった光景は、そんな周囲の様子を、一切忘れるくらいに、衝撃的な光景だった。
さらさら
さらさら
さらさら
さらさら
さらさら
さらさら
さらさら
さらさら
さらさら
さらさら
すずかの身体が灰に還る。
さらさらと、さらさらと。
『マスター……?』
最後に残ったのは、すずかが着ていた制服と鍵の状態に戻ったスピネルだけ。いつの間にかバリアジャケットも消えていた。
姫神秋沙も召喚限度が切れて消えていく。
すずかが消えた。
灰になった。
「あ、ああ」
吸血殺しは"甘い香りで誘い、その血を吸った吸血鬼を問答無用で灰に返す"能力。
「ああ、あぁ」
それはつまり、すずかが吸血鬼だったこと示している。
「ああああ、あああ」
それはつまり……、翔太がすずかを殺したことを示している。
それを自覚した翔太が自棄の絶叫を上げようとしたその時
「………『すずかちゃんへの攻撃』行為と認定…」
瞳から光をなくし、淡々と口にするファリン。
直前の受け入れがたい光景のせいで、その場の全員が硬直したまま視線だけをファリン向ける。
「リミッターを…解除します」
その言葉と共にファリンの姿がかき消え――
「ぐ、ぼっ……」
「ファ、ファリン!?」
――次に皆がファリンを目にした時には、その拳が翔太の腹部を貫いていた。
「スずかチゃん、を害す、ルモノはユルしま、セン」
「が、……ふ、ぁ――――― 」
「翔太ぁああ!!!!」
無表情で涙を流すファリンを瞳に映し、アリサの絶叫を聞きながら、誰にも聞きとれない言葉をそっとはいて、翔太はその意識を、そして生命活動を手放した。
「――――っっ!!?」
暗い部屋の中で、布団を放り投げるような勢いで起き上がる。瞳孔は大きく開き、全身が冷や汗に包まれ、心臓は暴れ出しそうなほどに鼓動を荒げている。顔の半分を手で覆い、もう半分から覗く表情は放心状態だ。
静かな空間に、荒い息だけが響く。
「っ!」
お腹に何度も手を当てて、穴が開いてない事を確認する。
「ゆ、め、だったのか……?」
痛みもなく、傷は一つもない。
時間は深夜零時を少し回った頃。ゆっくりと起き上がり、薄暗い部屋の中で勉強机の上に置かれていたスクール鞄を開く。その中にある二巻を一頁一頁めくり、姫神秋沙の登場シーンに一頁も欠落が無い事を確認した。毎朝捲っている日捲りカレンダーも、記憶の中のアノ日の日付より、一日前のものだった。
「そうか、夢か、夢だったんだ…… はは、そうだ、そんなはずない。俺がすずかを殺すだなんてそんなことありえるはずがない、ファリンが俺を殺すなんてことも、あるはずがない……」
虚ろに笑う
「はは、はは」
虚ろに笑う
「はは…………」
虚ろに―― 否、強く瞼を閉じてギリギリと歯を食いしばった。
「そんなはずがないだろ……!」
ダンっ!と壁を殴りつけた。
あんなリアルな夢があるはずがない。夢というのはどこかしら矛盾があるし、起きたそばから光景が零れ落ちていく。
でもそうではない。朝起きて日めくりカレンダーをめくった事も、朝食の席で兄がいつもの病気を発動させた事も、朝にスクールバス組が遅れたことも、授業の事も、放課後の事も覚えている。さすがに全ての詳細を記憶しているわけではないが、記憶に欠落はない。
ならばあれは本当に起きた事だ。
「時が、巻き戻ってる……」
そう考えるのが一番しっくりくる。前世の記憶を有する翔太にはその現象に心当たりがある。クロウカードの時による仕業だ。
まさか死者を含めて時を戻すほどの力があるとは思っていなかったが、そうなっている以上それだけの力があるということだろう。
時が戻ろうとも、すずかを殺したことも、ファリンに殺されたことも、本当に起きた事。
知っている。覚えている。『死』を、与えた事を。『死』を、経験した事を。あの冷たさを、暗さを、恐怖を。
「そうだっ、すずか!」
自分が覚えているというのなら、すずかもまた死を覚えているはずだと思い至った翔太は、今が深夜であろうとも構わず、すずかの下へ飛び出そうとした。
だが、それを引きとめる声と共に、襖が開かれた。
「……翔ちゃん?」
夜こそが活動時間の白鳥だった。物音を聞きつけて様子を見に来たのだろう。
「……こんな時間にどこにいくの?」
声に含まれる成分は疑問と困惑。
今まさに窓から飛び立とうとしていた翔太は、その姿勢のまま白鳥を振り返ることなく口にする。
「どこってすずかの所にだよっ! あんな事をしちまったんだ、すずかに謝らないと! ……いや、謝って済むような事じゃないけど、でも、行かないと。行って、あんなことする気はなかったって…… いや、俺の言い訳なんてどうでもいいんだっ! とにかく俺はもうすずかを害すようなことは絶対にしないって安心させてあげないと――」
「……ちょっと待って」
テンパって言いたいこともやりたいことも無茶苦茶な翔太を、僅かに焦った様子を浮かべて留める白鳥。その声はより動揺の色が濃くなっている。
「なんだよっ!? お説教なら後にしてくれよ!」
今は、すずかを殺めた事や能力の使い方を謝った事を責められている場合ではないと声を荒げる翔太。
だが、その翔太の言葉の熱を理解できない白鳥。
「……だから待って」
「なんだよっ!?」
二人の間でどこか決定的なすれ違いがあった。
「……一体何の話をしているの?」
「………………え?」
ここで初めて翔太は白鳥の顔を見る。その表情には困惑だけしか読みとれず、いつもの先読みした余裕気な雰囲気は一切感じられなかった。
「覚えて、ないの?」
「……ごめん、わからない」
翔太は魔力のある者なら時が戻っても記憶を保持できるものと思っていた。白鳥は月村邸にいた時にフェイトの念話を受け取っていたと後に話していた。つまりはリンカーコアの保有者だ。
だが姉の反応を見る限り、それは間違いだったようだ。
「……午前零時にほんの一瞬だけ妙なチカラを感じたけど、それが関係してる?」
「…………うん」
時は一日に一度、午前零時に一度だけ時を戻す力を持つ。白鳥が感じたのは時が戻ったその瞬間の僅かな余波だろう。この時点で翔太は時の仕業である事を確信する。あの時確かに翔太は死んだ。例えその場にいなかったからと言って、そこから時が能力を発動させる事が可能になる午前零時までの間に、その事を白鳥が知らずにいるはずがない。
しかし、白鳥が感じる事が出来たのはそれだけで、時が戻る前の出来事を一切記憶していない。
記憶保持の条件がわからない。まさか死んでいる事が条件だとでもいいのだろうか。
「ああっ、くそっ」
何が何だかわからなくなって翔太は頭を抱える。
「……急いでるのも焦ってるのも見てればわかる」
その様子に白鳥はそっと翔太に近づいて頭に手を置いた。
「……けど、今は落ち着こう? 話聞くから」
「ん……」
優しく撫でられていくうちに、乱れた思考は徐々に冷静さを取り戻していった。
コクンと頷きながら姉に向かって自分にとっての『昨日の記憶』を話し始めた。