「ふ~、すずか、ようやく寝ました」
翔太は少し疲れた様子で皆が集まるリビングの扉を開いた。
そこには普段通りのリラックスした様子で忍、恭也、白鳥、なのはがソファーにかけて、カップを傾けていた。
どこに座ろうか一瞬迷った翔太に、白鳥は目線で自分の隣に来るように示した。そういえばまだお説教がまだである。
「そのまま一緒に寝てくればよかったのに」
「男女七歳にして席を同じくせずってね」
「あら、白鳥ちゃんとは一緒にお風呂に入ってるって聞いたけど?」
「えと、……姉弟はいいんです」
とかいいつつ忍と目は合わせないままに白鳥の隣に座る。
どこに控えていたのか、すかさずノエルが翔太のカップを用意してホットミルクを注いでいた。
「それにしてもあんな風になったすずかは初めて見たわね」
「そうなんですか?」
「ええ。あなた達に出会う前のあの子は、何かと諦めがちな所や我慢しがちな所があってね。あそこまで強く自分の感情を誰かにぶつけるところは初めてだと思うわ」
聖祥に入学する前は、人付き合いをすること自体を諦めていた子だったのに、と誰にも聞こえない小さな声で忍は呟いた。
「確かに皆でいる時も控えめだよね」
「一歩引いてニコニコしてる気がするな」
テーブルの隅にちょこんと座っているユーノと一緒に、普段のすずかをイメージする翔太。
「それだけ翔太くんの事が大事だったんだね」
なのはは、強く翔太に縋りついて、手を決して離そうとしなかったすずかの様子を思い浮かべた。
「今回は相手がたまたま俺だっただけで、アリサでもなのはでもユーノでも同じくらい心配するとは思うけどな」
「……独断専行でバカな無茶をして心配かけるのは翔太だけ」
「うぐっ!?」
(すずかのアレは仲間意識とはまた違うと思うんだけどなー)
真横からの容赦のない言葉の棘に貫かれて凹む翔太を眺めながら、内心でニヤニヤ笑っている忍だった。
「あの、ところで……」
「ん?」
一息ついて、穏やかな沈黙が場を包んでいたところにユーノの声が響いた。その目は翔太の隣に座る白髪の少女に向けられている。
「白鳥さんって、翔太のお姉さんなんですよね?」
「……うん、翔ちゃんのお姉さん」
何気にお姉さんと呼ばれてどこかご機嫌な白鳥。きょうだいの多い雀宮家ではあるが、外で体を動かさないがための弊害か身体は同じ三つ子の燕や鶫より一回り小さく、妹扱いされる事が多い彼女にとって、姉と呼ばれることは結構嬉しい事なのである。
「白鳥さんは魔法の事を御存じなんですか?」
「あ、そういえば」
ユーノの素朴な疑問に忍も今気がついたと手をぽんと叩く。
フェイトから念話を受けてから翔太が戻ってくるまで、しれっと行動を共にしていたが、白鳥に対して誰も何も詳しい話しをしていなかった。なのに、なのはとすずかが空に浮かび上がってフェイト達と取引を始めた時も、その間に翔太が飛んで割り込んだ時も、特に驚いた様子を見せなかった。
「……多少知ってる」
「俺は実際に詳しく話したことはなかったはずだけど」
翔太は白鳥に対して"何かをやっている"ことは言外に伝えたが、"何をやっている"かは口外したことはない。
「……詳細は知らないけど、だいたいわかる」
ジュエルシードやクロウカードに関わる事件に巻き込まれた時の翔太は、家に帰ってきたときに僅かに魔力の残り香を纏っているため、そこから魔力的な何かを集めているんだろうとは予測していた。
「……それに魔法の事は翔太が巻き込まれる以前から知ってる」
「そうなのっ!?」
これには弟の翔太が一番驚いた。
「なんで?」
続く疑問も当然のものだった。
ユーノとしても同じ思いだ。地球は管理外世界。そうそう簡単に魔法の存在が知られるはずがないのだ。
軽い感じで訊いた翔太だったが、帰ってきた答えは想像以上の衝撃を伴った。
「……亡くなったおじいちゃんがミッドチルダ出身」
「「うそぉっっ!!?」」
翔太と忍の声がハモった。なのはやユーノも当然驚いているが、二人の驚きはその比ではなかった。
翔太は自分のルーツに異世界が混じっていた事を、忍は雀宮の事情を知っているからこその驚きだった。
「え、だって雀宮って少なくとも当主に関しては血統重んじてなかったっけ!?」
「……だからその反動でうちの両親があんな感じ」
「あー、そういう理由があったんだ…… 嫌じゃなかったのかしら」
「……嫌だったら七人も子供作らない」
「そういえば…… もしかして相思相愛?」
「……次代も多分そうなる」
「噂で聞いたことはあるけど、マジなんだ……」
忍一人は納得したようだが、傍で聞いている者は翔太を含めてその意味が理解できていなかった。
「えと、どういう事?」
「……そのうち教える」
つまり今言うつもりはないらしい。我が家の事なのに知らない事がいっぱいの翔太だった。
「……さて、忍ちゃん、お部屋貸して」
話がひと段落ついたと見なしたのか、白鳥が忍に顔を向ける。件のお説教をする為だろう。
「いーわよ。ノエル、適当な部屋に案内してあげて」
「はい。では白鳥様、どうぞこちらに」
「……ん、翔ちゃん、いくよ」
「うう、了解……」
無慈悲に引きづられて行く翔太を見届けながら、そろそろ遅い時間だということで忍達も解散することにした。
「ん……」
カーテンの切れ間から朝の日差しが差し込む部屋の中で、翔太はゆっくりとベッドに近づいている。
白いシルクのベッドシーツの上で、身体を丸めて未だ目を覚まさない眠り姫。ぴょこんとはねている寝癖に少しだけ触れてみる。
「お姫様、朝だぞー」
彼女が眠るベッドに腰掛けながら優しく声をかける翔太。小さく身じろぎしてゆっくりと目を開ける少女、アリサ。
「ん~?」
「おはよう、アリサ」
まだ半分夢の中らしく翔太の顔をぼーっと見つめながらしばらくは無反応。
が、でも次の瞬間
「っ!? 何乙女の寝室に忍び込んでるの、っよ!」
「ぼふっ!?」
フルスイングされた枕が会心の一撃!
翔太はベッドから転げ落ちた!
「って、翔太!?」
「いてて」
転げ落ちた体勢のまま床で頭をさする翔太を、ベッドの上から身を乗り出して驚いた顔でアリサはのぞきこむ。
「無事だったのね!?」
「今無事じゃなくなったけどな」
「ちゃかさないで!」
「おぉ!?」
両手で胸倉をグイッと掴まれてベッドの上に引き上げられる。何気に火事場の馬鹿力のようなものが働いているっぽい。小学生時分は女の子の方が比較的成長が速いとはいえ、女の子に持ちあげられてちょっぴり男の子としてのプライドが傷ついた翔太だった。
「怪我は?どこ行ってたの?いつ帰ってきたの?」
「ちょ、くすぐったいって!?」
矢継ぎ早に問いかけつつ翔太の全身をまさぐるアリサ。
「ほら、禁書の能力を使って治したからもう大丈夫だって!」
恥ずかしくてちょっと赤くなった翔太はアリサの腕を抑える。
「心配、したんだから……」
「あーその、わりぃ」
翔太の服の端をぎゅっと握りながら言うアリサ。急にシュントした様子に翔太はすこしいたたまれない気持ちがこみ上げる。だからとりあえず言わなければいけないと思った事を口にする。
「……ただいま、アリサ」
「……おかえり、翔太!」
目端に少しだけ涙を浮かべながらも、この太陽のような笑顔を曇らせるようなことは、もうしたくないなと翔太は強く思った。
「――それはそれとして、乙女の寝顔を勝手に見た落し前はつけてもらいましょうか?」
「しつれーしましたー!」
指をぽきぽき鳴らすふりをしながら、さっきとは全然違う黒い笑顔で迫るアリサから、脱兎のごとく逃げ出した翔太だった。
本気で怒ってるわけではなく、いつも通りのやりとりをして"日常"を演出しているだけだった。
「さてと、それじゃ詳しい話を聞きましょうか」
朝食を終え食後のティータイムも一息ついた頃、忍が翔太たちに向かっておもむろに切り出した。
広いリビングの上座に当たる部分に忍と恭也が腰掛け、少し離れたところにノエルが控えている。
テーブルを介して対面する位置のソファに座るのは、左からなのは、すずか、翔太、アリサの順で、ユーノはいつものごとくなのはの肩の上だ。こちらの後ろにはファリンが控えている。
朝だというのにカーテンが閉め切られているのは、アルビノである白鳥も同席しているからだ。白鳥はひとり外れて離れた位置にある別の丸椅子に座っている。昼夜逆転している白鳥にとって、既に寝ている時間なので、どこかうつらうつらとした様子だ。真面目に聞く気がそもそもないようにも見える。
詳しい話、というのはもちろん子供たちが魔法に関わるようになったきっかけのことだ。
簡単な事情は以前にすずかが話したことがあるが、ここで一旦情報整理という意味で忍達も交えて話そうということだ。
そうなると口火を切るのはユーノということになる。
なのはの肩からテーブルに飛び下り、口を開くユーノに皆の視線が集まった。
こほん、と咳払いをしてユーノがゆっくりと話し始めた。
「事の始まりは僕がジュエルシードを発掘してしまった事から始まります」
遺跡発掘を生業とするスクライア一族。
発掘したロストロギアや歴史的に価値のある物品を管理局や好事家に売ったり、はたまたロストロギアを一族内で研究してそこで得た技術を売るなどして生計を立てている。
それと同時に、多くの遺跡・古い文明に触れることが多いため、優秀な考古学者も多く輩出していて、中には有名な学院に籍を置く者もいる。
凶悪なトラップなどが仕掛けられている古代の遺跡を踏破する屈強で優秀な魔導師が多く揃い、それでいて貴重な遺跡を必要以上に傷つけることのない繊細で高度な発掘技術を持つスクライア一族は、魔法世界の中で一目を置かれる存在なのだ。
そんな中で幼いながらも非凡な才を認められ、一族全体から目をかけられていたのがユーノだ。
遺跡を求めて町から町、星から星、世界から世界を巡る流浪の民であるスクライア一族の子供たちは、通常は旅の中で親や周囲の大人たちに知識や魔法を学び、特定の世界に留まって教育機関に通うことはない。
しかし、ユーノの才を高く買った族長の判断によって、第一管理世界ミッドチルダにある全寮制の高名な魔法学校へ送られることとなった
一族の期待を一身に背負ったユーノは、期待に違わず並み居る学徒たちを追い抜きその学校を首席で卒業した。
スクライア一族の元へ戻ったユーノが初めて責任者を任されたのがクロウカードの発掘だった。
現在主流となっているミッドチルダ式魔法とも、過去に栄えたベルカ式魔法とも全く違う術式体系を持つそれは、考古学にも魔導学的にも非常に価値があるものとして、スクライア一族の中で長年探されていたものだった。
ユーノ主導の下、過去の文献を紐解き最後にクロウカードが現れた場所を特定し発掘に取り掛かった。その中で思わぬロストロギアに出会ってしまった。それが今回の災禍の種の一つ、ジュエルシードだった。
その後無事にクロウカードも発掘し、望外の成果に喜ぶユーノと一族の者たち。しかしジュエルシードは危険な伝承も伝わっている強い力を持ったロストロギア。一族で管理するのは危険と判断して時空管理局へ管理を依頼することとなった。
それと同時に、あまり危険度は高くないとされてはいるものの、ロストロギアに認定されているクロウカードの所持・研究許可を管理局から得るために、ジュエルシードが輸送される次元航行船に乗り込むユーノ。発掘責任者でもあるので、手から離れる最後まで責任を持ちたいという思いもあった。
そこで事故は起こる。偶然か必然か、荒れ狂った稲妻が次元航行船の格納部分を的確に貫いた。異常を察知したユーノが回収できたのは太陽の鍵と月の鍵だけで、次元に切り裂かれた穴にジュエルシードとクロウカードが落ちていき、それらは地球の海鳴市周辺へと降り注いだ。
すぐにも追いかけようとしたユーノを船員が押しとどめ、その場では管理局に通報するまでにとどまった。
本来の予定地であった時空管理局の本局に降り立ったユーノが真っ先に行ったのは、管理外世界への渡航許可だった。本来なら複雑な手続きを必要とするものの、管理局からも信用の厚いスクライア一族であることが幸いし、その日のうちに地球に降り立った。
しかし、そこで思わぬ事態に見舞われる。地球の魔力素に対してユーノのリンカーコアが適合不良を起こしたのだ。
実はユーノは、遺跡を求めて町から町、星から星、世界から世界を巡る流浪の民であるスクライア一族には珍しく、異世界の魔力素に対して適合率が低い。時間をかければ問題のないレベルまで回復するとはいっても、その回復するまでの期間ユーノはほとんど何もできなくなる。ユーノが優秀なのは事実だが、ミッドチルダの魔法学校に入学したのは、いろいろな世界を連れまわすには難しい体質だったという事情も重なっていたのだ。
そんな中でもジュエルシードを一つ回収する辺り優秀さが垣間見えるが、そこまでが限界だった。
二つ目のジュエルシードと相対した際に力尽き、スクライア一族の秘術である"減った体積の分だけ魔力に変える変身魔法"を使ってフェレットの姿になって助けを求めた。
その声を聞いて駆け付けたのが、高町なのは、アリサ・バニングス、月村すずか、そして雀宮翔太の4人だった。
「なるほどね~。そんなことになってたってたんだ」
「次元世界か……。文字通り世界は広いな」
「……」(こっくり、こっくり)
忍が笑顔で相槌をうち、恭也が顎に手を当てて感心するようにうなずいていた。興味がなかったのか白鳥は舟を漕いでいる。
翔太たちにしても始めて聞いた話もある。何故ユーノ一人で来たのかとか、疑問に思っていた部分もあったし、ユーノの評価が一族の中で高い事も知らなかった。
ただ、魔法を教えるときの分かりやすさや、結界やその他魔法の精度を身をもって知っている翔太達からすれば、ユーノの優秀さは納得のいくものだった。
「それにしても、事故の時は船員に止められなかったら絶対飛び出してたような口ぶりだったよな。俺と似たようなもんじゃん。結局地球に一人で来てるのも変わらんし」
「……だからって自分のやった事を正当化しない」
「う、ごめんなさい……」
そこだけは目を見開いて翔太を叱る。聞いていないようで聞いている白鳥だった。
そんな光景を横目に、すずかは話の中で気付いた事を口に出す。
「というか、ユーノくんって人間だったんだね」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「えっ!? そうなの?」
翔太達はみな、今までずっとフェレットだと思っていたが、どうやら真の姿は人間だったとのこと。なのはは全然気付いてなかったみたいでかなり驚いている。
確かにこれまでに聞いてきた話の中でも違和感は感じることは多々あったので、アリサやすずかなどはそれほど驚いていない。逆に魔法世界の全てが人語を解するフェレットとかだったら怖い。
「今なら元の姿に戻れるのか? 魔力素適合不良は結構解消されたって前言ってたけど」
「うん、戻れるよ。ただ、この世界の常識に照らし合わせると身よりのない子供の姿でいるよりも、飼いフェレットのままの方が行動し易いかと思って」
「そうね。異世界から来たって言うなら身元を証明できるパスポートみたいなのはもってないのよね?」
「はい、この世界で通じる証明書の類は持ってないです」
忍の確認に頷くユーノ。確かに地球で暮らしていくならフェレットの方が手続きとかいらないのは確かだ。
「それはそれとして、別に今なら人の姿に戻ってもいいんじゃないか? 俺たちお前の元の姿見たことないからな」
「そうだね。それじゃ……」
淡い若草色の光と共に、ユーノの姿が変わっていく。
光が消えると、そこには翔太たちと同じくらいの身長の男の子の姿があった。男の子としては少し長めのハニーブロンドの髪、薄い緑の半袖シャツと茶色のハーフパンツ姿だ。
「うーん、なかなかの女顔ね。女装させると面白いかも?」
「えぇ!?」
「忍……」
「冗談冗談♪」
「あ、あはは」
呆れた様子の恭也に窘められた忍が、舌を出して誤魔化す姿を見て、苦笑いしながらユーノがなのはの隣に座る。
その間に音を立てずに部屋を出るノエル。それとファリンが一足遅れて慌てたように追いすがっていった。おそらくユーノの分のお茶を用意しに行ったと思われる。
「平日昼間に一人で街を歩いたりしなけりゃ不審に思われたりしないだろうから、これからは俺たちと一緒にいる探索の時は人の姿でいてくれ。もしもフェイト達と対峙した時、目に見える人数が一人多いだけで相手にプレッシャーをかけられるからな」
前回の邂逅の際にフェイト達はユーノの存在には気付いてない様子だった。姿を見せるだけで相手に与える印象は違うだろう。
ユーノ自身がすごく強い魔導師というわけではないが、数は純粋な力だ。ただ居るだけでそれなりに意味がある。無論弱い魔導師でもないわけだが。
「待て、お前はこれからも探索を続けていくつもりなのか?」
言外に「あんな目にあったのに」と含めながら恭也が翔太に質問を投げかける。
それに対する翔太の答えは決まっていた。
「当たり前じゃないですか。ジュエルシードは放っておけるような代物じゃない。乗り掛かった船ですから最後まで探しますよ」
昨夜の白鳥のお説教の中でも、危ないから止めなさいと言われることはなかった。むしろ途中で止めたら許さないようなことも言われていた。
最初の頃は魔法という未知の物に対する好奇心とかが大きくて面白半分だった部分もあったが、すずかが溺れたプールの一件や、街を覆う大樹の事件以降は、"自分たちがやらなきゃ"という使命感の方が大きくなっていた。
今回の一件で痛い目を見た翔太だったが、フェイト達の黒幕が何の目的でジュエルシードを集めているのかわからない状況でこちらが引きさがれるはずもない。
「確かにそうね。私達にしかできないことでもあるし、こんな中途半端で投げ出すつもりはないわ。でも翔太はダメよ。これから先アンタは私たちより前に出ることは一切禁止するわ」
「「うんうん」」
「え?」
アリサから思いもよらない言葉が返ってきたことに驚く翔太。すずかとなのはも強く頷いている。
「今回の件で翔太の防御力のなさがどれだけ危ないかがわかったわ。本当ならもうこの件に関わらないでって言いたいところだけど……」
「そう言って止まるような翔太くんじゃないよね? だからせめて私たちより前に出るのだけは止めてほしいの。翔太くんのことは私たちが守るから」
「うん! もう危険な目に合わせないからね!」
アリサ達の中でいつの間にか話がついていたようで、口々に翔太を守るみたいなことを言ってくる。
「まてまてまて、空飛ぶことに関しては一番だし、攻撃力だって一番あるんだぞ!?」
それなのに女の子の後ろで守られるというのは男の子としてのプライドが許さない。だが、そういったところで納得するようなアリサ達ではなかった。
「飛んで落ちたら一巻の終わり! 今回のことで思い知ったでしょ!?」
「攻撃だって回数制限があるよね?」
「そう、だけ、ど……」
ものすごい剣幕のアリサと、口調は優しいものの目がまったく笑ってないすずかに反論されてたじたじになる翔太。左右から攻められるその迫力に圧倒されて思わず縮こまった。
翔太が思っている以上に今回の失踪はアリサ達の心に傷を残してしまっていた。
「ユ、ユーノぉ」
「僕もアリサ達と同意見だよ。翔太は大人しくしてて」
「あう」
助けを求めてユーノに視線を送ってみるも、こちらも取り付く島がない。
最後の砦と白鳥に目を向けると、我関せずと欠伸をしていた。白鳥も翔太を心配する気持ちは同じ。それと同じくらい信じているが、この場は一緒に行動しているアリサ達に判断をゆだねることにしたようだ。
少なくともこの場で覆すのが無理そうなことを察した翔太は、面と向かって女の子に"守る"と言われたショックで少し凹んだ。
「なのは達もここで降りるつもりはないんだな?」
「うん。今回のことで本当に"危ない事"をしてるのはわかったよ。だけど、これは私達にしかできない事なの」
「聞くだけ無駄よ恭也。この娘たちの目を見ればわかるでしょ?」
「確かに、な」
「忍さんの言う通りです。それにクロウカードの封印は基本的に私とすずかしかできません。私たちが止めても誰かがやってくれたりはしないんです」
「恭也さん、これからは無茶はしないって約束します。だから認めてくれませんか?」
「僕からもお願いします。なのは達の力が必要なんです」
「……ふう。わかった。ただこれだけは約束してくれ。皆一緒に行動すること。一人じゃ出来ない事でも皆がそろえば補えるはずだ。間違っても翔太みたいな独断専行はするなよ?」
「「「「はい!」」」」
翔太が一人凹んでいる間に恭也からこれからも魔法に関わっていい許可が出ていた。
精神年齢が比較的高いとはいえ小三の子供の自主性を認めるあたり恭也も忍も大概変な人だった。
「はーい……、ひとまず話がまとまったところで、女の子に守ってあげる宣言された情けない俺から情報共有しまーす……」
超ローテンションで、今日の本来の目的である情報整理の続きを始める翔太。
「何いじけた声出してんのよ」
「大丈夫! しっかり守ってあげるからね!」
「俺が気にしてるのはそこじゃないのよなのはさん……」
無邪気な言葉に更にダメージを受ける翔太。
「……はぁ、まあいいや。昨日ここに現れた魔導師について、俺が聞いたことを話しとく。あの娘の名前はフェイト。ファミリーネームはわからん。もう一人はアルフ。あっちはフェイトに尽き従ってる感じがしたな」
「多分あれは使い魔だと思うよ」
「使い魔?」
すずかの疑問にユーノが使い魔について簡単に説明する。
魔導師が作成し、使役する魔法生命体のことを総称して使い魔と言う。動物が死亡する直前または直後に、人造魂魄を憑依させる事で造り出すものだそうだ。契約の形態にもよるが、大抵は主第一主義で他のものに対しては興味がないらしい。
耳と尻尾を見る限り、素体はイヌ科。やり取りの様子を見るに、主はフェイトで間違いない。見るからにフェイト第一優先だった。
「そのフェイトちゃんは、なんでジュエルシードを集めてるの?」
「んー、その辺はよくわからん。ただ、本当にジュエルシードを必要としてるのはフェイトの母親、プレシアって人らしい。それに……」
「それに?」
翔太は聞き耳を立てて聞いた内容を思い出す。
――でもそうしないとフェイトがプレシアにまた――
――母さんを悪く言わないで――
ジュエルシードが手に入らないと、プレシアという人がフェイトに対して何かをするらしい。
"また"ってことは以前したことがあるということだ。それを口にしたアルフに対して"悪く言わないで"。
主を第一優先する使い魔が気にしてて、"悪く言う"に繋がるってことは、あまり良い事ではない気がするな、と翔太は考える。
「いや、なんでもない。ただ、フェイト個人はそんなに悪い奴じゃなさそうだったよ」
「……どういうことよ?」
「怪我した俺を看病するために薬を買ってきたんだけどさ、よほど慌ててたみたいで関係ない物とかもいろいろあってな? こっちは骨折してるのに絆創膏なんて買ってきてどうするんだよって話だよな。あたふたしてる様子も可愛かっ――っ!?」
「……へぇ~、結構お楽しみだったみたいねぇ?」
「私ならちゃんと看病できるよ? ……試しに骨折してみる?」
「ひぃっ!?」
翔太の両サイドに座る二人の笑顔が黒い。どす黒いオーラを纏っているようにユーノには見えた。
特にすずかさんの台詞がシャレになってない気がするんですけど気のせいでしょうか。
「ゆ、ゆーのくん、ありさちゃんとすずかちゃんがこわいよ!?」
「落ち着いてなのは!? 全部ひらがなになってるよ!?」
「あらあら♪」
なのはとユーノは頼りにならないと、白鳥や忍や恭也に目を向けて助けを求める翔太。面白そうににやにや笑っているだけで助ける様子はない三人だった。
何気に手の甲が二人によってギリギリとつねられていることには三人とも気付いていない。
「ん゛んっ。で、他にわかってることは?」
それでも一応恭也が助け船を出すように話の続きを促して、しぶしぶアリサとすずかが翔太から手を離した。
「拠点は隣の遠見市のマンションでした。でも拠点を移動してるかもしれないし、仮に移動してなくても向こうにだって月村邸のことはばれてるし、戦力的に見てもこっちから攻めることはできないと思います」
「奪われたジュエルシードを取り返すにしても、拠点攻めは最終手段ってことね」
とりあえず翔太から出せる情報はこんなところだった。
この間もアリサとすずかの視線が痛い翔太は、次の話題を必死で探した。
「ユーノ、フェイトの魔法って普通と違うのか?なんかくらったときビリビリしたんだけど」
最初の邂逅を思い出してユーノに聞いてみる。
(敵の戦力確認も必要だよね! 二人の視線から逃れたいからとかじゃないよ! ホントだよ!)
念話をしてないのにそんな心の声が聞こえてくるような気がして、ユーノはすこし苦笑いを浮かべながら推論を口に出す。
「あれはきっと雷の変換資質だね」
「変換資質?」
「例えば僕達が持つ魔力は通常は純粋なエネルギーなんだけど、それを炎に変換したり、電撃に変換したりすることもできるんだ。ただ、普通の魔導師だと100のエネルギーを元にして炎に変換しようと思ったら、生み出された炎はだいたい60くらいの威力になる。だけど変換資質を持っている魔導師だと100のエネルギーから100の炎が生み出せるんだ。というよりも、そもそもの魔力がその属性を帯びてリンカーコアから生成されてるらしいよ」
「へー」
差し詰めフェイトはこの世界の電撃使いと言うわけだ。
ガチで御坂美琴とやりあったらどっちが強いんだろう?と、バチバチと金色の光をぶつけあう二人の姿を想像しながら益体もないことを思い浮かべる翔太。
(あれ?、金色と言えば)
ふと昨日感じたかすかな疑問を思い出す。
「あとさユーノ。昨日フェイトを追いかけるとき俺の羽が金色だったんだけど、あれってどういうことだと思う? 俺の魔力光って無色のはずだよな?」
「確かにそれは僕も不思議に思ってた。だけど無色の魔力光については珍しいとか言う以前に、僕もまったく聞いたことがないんだ。確かなことは分からないよ。それに、今は元に戻ってるんだよね?」
「おう、ほら」
手首にフィンを生み出して色を確認する。それはいつも通りの無色で半透明な羽だった。
「何の話?」
アリサが翔太の手首を見ながら首をかしげていた。あの時アリサとなのはは気絶していたからその様子を見ていない。
「大した話じゃないんだけど昨日俺の魔力光が一時だけ金色になってさ。原因がわからないからなんでだろうなーって話」
言ったところでアリサにもわからない。翔太としてもただ口にしてみただけで解答が得られるとは思っていなかった。だが、それは思わぬところから得られることになった。
「……無色だから、染まりやすい、とか」
「へ?」
ぼそっと呟いたのは、さっきまで寝息を立てていた白鳥だった。
「えっと、どういうこと?」
「……実際にやってみればいい」
そう言ってユーノに視線を向ける白鳥。
「え、僕? 何をすれば」
「……翔太を撃って」
「「え゛っ?」」
撃つ方と撃たれる方両方とも嫌な声をだす。
「……さあさあ」
「えと、いいの?」
「まあ……、やってみるしかないだろ」
「わかった。……シュートバレット」
「あいたっ」
ユーノから放たれた翠色の魔力弾が飛んでいき、すこーんとでこピンレベルの衝撃が翔太の額を叩いた。
「いつつ……、これでなにがわかんのさ?」
「……さっきみたいに羽出して」
「わかった」
言われるままに先ほどと同じように手首にフィンを生む。
「おおっ!?」
「……おお」
「あ、ユーノくんと同じ色だ」
なのはの言葉の通り、翔太が生み出したフィンはユーノの魔力光と全く同じ色をしていた。
「これどういう仕組みなの?」
「いや、俺もわからん」
全身にフィンを出して少し浮いてみる。
「でも魔法を使ってる感じは別に変らないな。ユーノみたいに探索系とか結界魔法が使えるようになるわけじゃないし」
「じゃあ見た目が変わってるだけなの?」
「多分」
首をひねりながら飛行を解いて席につく。何気に着地点がユーノの左隣に移動しており、すずかとアリサに挟まれた状態から逃げ出した形になった。自然を装ってそうしたが、すずかとアリサからは不満げな視線が送られているのがわかった。
それはともかく、魔力光のことは翔太自身にもよくわからないようなので、皆の視線は自然と何か分かっている風だった白鳥に集まった。
「……私だってなんでもかんでもわかるわけじゃない」
「ああ、うん、なんかごめん」
実際のところ白鳥としても思いつきを言ってみただけだった。翔太の魔力光が翠になった時に、一緒に驚いていたのがその証左である。ただ、基本的に表情が読み取りにくいので、分かって言ってるのか思いつきで言っているのか分かりにくい。
「特に異常もないなら、今のところは気にしても仕方がないんじゃない?」
「それもそうだな」
ということでこの話題はここで終わった。
そこで一区切りついたと判断したアリサは、さっきからずっと気になっていたけど言い出せなかった事を口にする。
「あの、貴女は翔太のお姉さんってことでいいんですよね?」
白鳥に視線を向けてのその質問に、数秒空気が止まる。
「そ、そういえば夕べ白鳥ちゃんが来たときアリサちゃんは寝ちゃってたわね」
その事を今になってようやく気付く忍。
アリサとしてみれば、今朝気がついてみればいつの間にか人が増えていたので驚きたかったのだが、周りが平然と居る事を認めているので言いだせなかったのだ。
「……自己紹介してなかった」
「じゃあいい機会だから俺から紹介するよ。こちら、雀宮白鳥。俺の三つ上の姉さん。アリサたちは燕姉や鶫姉とは会った事あるよな?」
「ええ」
燕と鶫も白鳥と同じく、翔太の三つ上の姉だ。同じ聖祥大付属初等科の六年に所属しており、時折休み時間に翔太を訪ねてクラスに顔を出す事があるのでアリサ達も面識がある。
「白鳥姉はその二人を含めて三つ子なんだ。肌とか髪が白いのは先天的な遺伝子疾患で一般にはアルビノって呼ばれてる。紫外線に極端に弱くて日中は寝て過ごしてるから学校には通ってない」
「……よろしく」
白鳥は翔太の紹介に合わせてぺこりと頭を下げる。
「始めまして。アリサ・バニングスです。翔太とは、えっと、一年生の終わりくらいからだったかしら? 友達やってます」
「高町なのはです。よろしくおねがいします!」
「月村すずかです。私は一年生の夏休みからだったと思います」
「ユーノ・スクライアです」
各々白鳥に向かって頭を下げる。
「……翔ちゃんに良い友達ができて嬉しい」
「はは、そりゃどうも」
姉の所管に少し頬を染める翔太だった。
「さて、私達とは別のジュエルシード探索者も出てきたことだし、私達も負けていられないわ! 本格的に魔法の特訓を始めましょう! ユーノ、お願いできる?」
「出来る限りのことはするよ」
アリサがさっと立ち上がり、翔太たちの方を向いて宣言する。
「よし、じゃあ俺も――」
「アンタはここで大人しく小説書いてなさい」
「なんでさ!?」
すずかやなのはと一緒に立ちあがろうとした翔太を、アリサが押しとどめた。
「翔太くんは自分の身を守る手段を揃えるのが優先だよ。治療の魔術は昨日使っちゃったんだから早く書きなおさないとだめだよ。万が一怪我しても大丈夫なように」
「ついでに二巻も今日中に書き上げちゃいなさい。手札は多い方がいいでしょ?」
「えぇー……」
「なんか文句あるの? 昨日私達にあれだけ心配をかけた翔太がなんか文句あるの?」
「言うこと聞いてくれないと、私でも怒っちゃうよ?」
とってもイイ笑顔を翔太に向けるふたり。その背後に見える黒いオーラが見える。
「了解しました! 本日、雀宮翔太は執筆活動に集中いたします事を約束します!!」
「「わかればいい」」
どうにも今朝から二人に圧され気味の翔太だった。
そんなわけで月村家の森で魔法の特訓をするというアリサ達(と、それを見学する恭也)を見送り、翔太はノエルが用意してくれた高品質の紙に向かって、ただひたすら文字を書いていく作業にとりかかることになった。