クリスマス・オーダー
まさにクリスマスの世界であった。
世界各地にはサンタクロースを称える鮮血の塔であふれかえり、今年も彼らが命を狩り取ろうと暴力と金、血と硝煙の臭いがあたりに蔓延している。生きとし生ける者がその存在意義を賭けて破壊者を退けようとする夜の幕開けでもあった。
1.二回目のクリスマス
いつごろよりサンタがその存在を変えたのか、とバリィ・宮本は思った。至る所に対空砲が待ち構え、地上には墜落した人類の敵を屠るために戦車や機関銃陣地が多々備えられている。その景色を見ていると、そのような考えが頭をよぎるのだ。
子供達にプレゼントを渡していた半世紀前までの幸せの象徴は、今や人類の文明を破壊する存在へと進化を遂げている。彼らが現在侵入するのは煙突でなければ各国の軍事コンピューター。そしてばらまくのは一撃で頭を粉砕する45口径の銃弾か一帯を焼き尽くすナパーム弾。
「救いのない世界だ」
一言、車の行き交う音や対空砲の照準調整の機械音が響く中に消えていった。
人類が血を守る戦争。各国の首脳は一年に一度起こる死の襲来をそう名付けた。しかし今までの半世紀に及ぶ闘いで地球人類としての士気は限りなく落ちてきていると言ってよい。ひ弱な考古学者であるバリィさえもが招集されたのがその例であった。今や戦士と呼べる存在は人類側には残っていないはずだ。武器・装備等も絶えず開発されてきたが、資源は底を尽きかけようとしている。絶望であった。
バリィは威嚇するようにそびえ立つ対空砲をふと見た。座席には何かが飛び散ったようなシミが見える。血によって錆びた跡だろうと推測できた。
クリスマスムードの街を歩く。周囲には軍服を着た人間であふれ、半世紀前まではクリスマス・ツリーと名付けられ飾られていたそれは全て赤く塗られたサーチライトに代わられていた。ふざけた人間がいたのか、星型の飾りがサーチライトに掛けられている。
さらに街を進んでいくと、一人、他とは違う軍服を着た男を発見する。バリィを呼んだ救命軍中佐エフォンズだ。荘厳な髭を纏ったエフォンズはバリィより二世代程度老いた人間でその歳は70に届くだろうと推測される。
「エフォンズ大佐、バリィ一等兵であります」
バリィの年齢は30を迎えていたが、軍に召集されたのは昨年からで階級は年齢にあまりそぐわないものと自覚していたため、一等兵という発音はしっかりと伝えた。
「なるほど。バリィ君か。聖夜を経験したのはいつからだ?」
「はい。軍事行動は昨年より。襲来(クリスマスディ)を経験したのは生まれてずっとであります大佐殿」
バリィはエフォンズの問いに軍隊的に正しく応え、敬礼を持って終了する。
「対空砲陣地の効果はあるかね」
数秒してからの言葉であった。大佐の求める言葉はいくらか理解できる。それは対空砲を用いて今夜より多数のサンタ撃墜をなすというもの、しかし現状においてそれはお伽話に近い。
「残念ながら対空砲の効果はほとんど得られないかと思われます。奴等――死を運ぶサンタクロースは今や戦車砲の直撃でも落ちません」
バリィの言葉にエフォンズは頷いた。彼自身も理解していた、サンタの強さに。奴等――サンタは人間を圧倒的に上回る進化速度を持った、いわば新地球人類だ。人類側が用いた武器は年を追うごとに無効化され、今やサンタは素手で戦闘機を撃墜し、一回の投石でトーチカ陣地を複数破壊する。そういう意味でも人類は今年が最後と言えた。
「そう心配せんでも良い。人類にも意地が……、希望が……ある」
バリィの不安な顔を読みとってかエフォンズ大佐は言った。
希望……言うなればクリスマスであれば一人寂しく死にゆく事がないという事だろうか、バリィはそう考える。
「実は私の指揮する隊の中で一番若い人間が君だったんだ。一応声をかけておこうと思ってな。君より若い兵は昨年の夜で死んでいてな。君は運が良い、今日の夜も銃弾と奴らが腕、それに投石が避けて通るだろう。ナパームは知らん」
なんともユニークな激励の言葉である。願わくばナパームで生焼けにされるのは勘弁、と思いながらバリィは敬礼して自分の陣地に戻った。
2.ASU
「全くサンタなんて俺がぶっ殺してやるぜ」
部隊員が集まる中、最年少メンバーである小林雄一(16)が言葉を発した。それが恐怖心を抑える発言なのか、心の底から思っている事なのか周囲に人間には分らなかっただろうが、小隊長を怒らせた事は誰にでも分った。
「ふざけているのか! 我々は遊びで戦っているわけじゃない!」
ASU(対サンタクロース部隊)の小隊長――朱雀院影義は傍目に見て激怒していた。任期14年目の聖夜を幾度も経験したベテランだからこそだろう。
「あぁ? 俺のスキルがあれば奴等なんて――」
雄一の言葉と共に閃光が走る。雄一の顔が切れていた。
「昨年の聖夜に単独でサンタを三体殺ったのは評価しよう。だがな、ここにはお前以上の実力者なんていくらでもいるんだ。スキル持ちだからって油断するんじゃない」
サンタが襲来するようになって人類の中に超能力者が現れ始めた。最初から居たのか、それともサンタが現れて発現したのか……しかしそれはサンタの敵であり、人類の敵ではない。利用するほかない通称――スキル持ちと呼ばれる彼らを集めた部隊がASUであった。
雄一自身、昨年の夜に単独でサンタを3体仕留めるなどしたことで自身が最強だと勘違いしているフシがあった。しかし突然小隊長より与えられたその攻撃に雄一は全く動けず、自信は一瞬で打ち壊された。
「サンタは進化する……それも我々の予測をはるかに上回るスピードで……。それを忘れるな!」
小隊長の言葉がブリーフィングルームに響き渡る。雄一含む小隊メンバーの気が一瞬のうちに引き締められた。
「戦場ならばお前は死んでいた」
雄一にあてられた一言が、冷たく部屋に充満した。
3.Other
廃墟と化した世界において人々の躍動を感じる。
襲来によって見捨てられた都市に未だ住む人間がいた。それは一人ではない。
単独で住む事は赤の化け物とタイマンで勝負する事にもなれば、下手をすると数十人の化け物に囲まれる事にもなる。それでもその地を捨てない者たちが少しではあるが残っていたのだ。
彼らは場所を変えればスキル持ちと呼ばれたのだろうか、人類の一つの進化の形、または大自然に対する抵抗者であった。
孤独で生きる者、都市において平平凡凡な生活を行う者、異界より呼び出された者。
彼らは世界に呟いた。
『今年もこの季節がやってきたか……』
『ふ、お前だけに良い格好させないぜ』
『俺、実はこの戦争が終わったら彼女にプロポーズしようと思っててな』
『フォ、フォ、フォ、まだ若いもんには負けんわい』
『斬る』
『お前の背中は俺が預かっててやるから、俺の背中はお前に貸してやる』
『パーティーといこうじゃないか』
今夜、世界を二分し、人類を三分した闘いが始まろうとしている。
そう今日は24日、クリスマスイブであった。