≪前書き≫
ジャンルとしては異世界ロボット物?になるかと思います。
ロボットよりも登場人物だとか世界観の方を掘り下げる事を重視して進めていくので、実のところパイルバンカーはちょこっとしか登場しなかったりします。
一言で良いので、感想を貰えると嬉しいです。
また、誤字指摘や質問などがあれば、必要に応じて感想返しなどを行っていきます。
では、よろしくお願いします。
連絡
3/11
別の長編を書き上げるのに夢中でしばらく放置していました;;
すみません。久しぶりに書き始めるに当たって序盤を読み直したのですが、直したほうが良いかと思われる部分が多々ありましたので一部書き直しました。
三月中完結を目標に進めていこうと思いますので、皆さんまたよろしくお願いします。
『黄金のパイルバンカー』
《プロローグ》
青空の一番高いところから地上を見下ろす太陽。
荒野に寝転んでいた少年は、喉の渇きを感じて目を覚ました。
寝ぼけ眼の彼は、周囲を見渡し、あることに気付いた。
「記憶がない、僕は、誰だ?」
なぜ、どうして、ここにいるのか。
こんなところにいるのか。
記憶のない彼は、自分が何者であるかを忘れてしまっていた。
「誰なんだ、自分は……」
気づけば記憶がなくて、荒野にいた。
そして、周囲を見渡すと誰にもいない。
しかし、それでも、彼はそこが彼にとっての常識が通用しないセカイであると理解できた。
「なんだ……あれ」
視線の向こう、距離にして百メートル先の位置に黒々とした巨大な壁が見えたからだ。
高さは……目算では判断がはっきりつくわけではないが、五十メートルは容易に超えているだろう。
「…………」
気持ち悪い光景だ。
その壁が、黒々とした壁が、セカイを切り取ってしまったかのような錯覚に、少年の背は震えた。
蜃気楼が黒壁をまるで生き物のようにゆらゆらと揺らし、太陽の熱に焼かれた大地はひび割れているのだ。
その壁は、途切れることなく、どこまでもどこまでも少年を取り囲んでいた。
三百六十度、どの方向にも黒い壁が視界にこびり付いていて、離れない。
頭が痛い。
少年は、脳の中身が熱をもったように重くなっているのにもかかわらず、それでも、また信じられないものを見つけて僅かな唾を飲み込んだ。
それは彼を安堵させるような暖かさを抱いていた。
銀白色のボディと、船底から吹き出される発光粒子。
まるで銀色の海を航行する、宇宙船のような飛翔物。
飛翔物はこちらに向かって直進しているようであった。
「だんだん大きくなっている気が……」
ゆっくりとした変化だが、少年は状況を理解した。
目前にまで迫ってきた船を前にして、少年の、熱で赤くなっていた頬は急速に青白いそれに変わる。
全力疾走。
「う、うわあああああああっ!!」
少年は走る。
船は追いかける。
なぜ、どうして、ここにいるのか。
こんなところにいるのか。
記憶のない彼は、自分が何者であるかを忘れてしまっていた少年は、自分の身に降りかかった不幸に哀しむ間もなく、走った。
《エンゲルベルトの船》
分厚い鉄板の冷やかな感触が、薄手のスカートには生々しく伝わる。
少女が屯所に詰められてから二時間が経っている。
隻眼の彼女は、自分を閉じ込めた警備ドローンを恨めしく思いつつ、なんとかして脱出を試みようと、牢屋の隅っこで親指を噛んで思考を巡らしていた。
「まったく、言いがかりにもほどがあるってのッ」
彼女の犯した失態。
それは、銀白色の世界一美しい船『エンゲルベルト』を一目見ようと興味本位で船の進路を変えたことだった。
エンゲルベルトに到着するなりいきなりの厳重な荷物審査、そして、見つけられる大量の爆発物と銃器その他諸々。
そのくらい、今のご時世では貿易船ですら積んでいるだろうものを、あたかもテロリストだから所持しているのだ、と言われて拘束されたのだ。
「馬鹿ね、阿呆なのねッ!この船の船長はとんでもない変態野郎なのねッ!」
少女がその恨み言の音量を大きくしたおかげで、向かいの牢屋で眠っていた大男は、気持ちの良さそうな眠りから、強制的に現実へと連れ戻された。
「うるせーぞ、テメエ。あーあ、良い夢見てたってのに、ウザったらしい文句垂れて人の睡眠邪魔してんじゃねー」
「夢ですって?どうせロクな夢じゃないでしょ?」
「世界征服する夢を見た」
「子供でもそんな夢みないわよ!あんた歳いくつよ!」
「二十歳……くらい?」
「自分の歳くらいハッキリ覚えてなさいよ……」
「ふん、ほっとけ」
大男は、一度持ち上げた上体を再度、寝苦しい鉄の床に落とした。
「さみぃ、どんどん冷えてきやがる」
「そろそろ夜なのね、昨日の出航は、やっぱり早朝にすべきだったのよ。でなけりゃ、もっと船速を出していればよかった」
「朝起きるのが辛いからって、出航を遅れさせたのは誰だったっけなー。ま、俺は寝直すからな、また独り言で起こしてくれるなよ?」
「あっそ、そのまま凍死しているといいわ」
大男が壁の方へと身体を転がすと、牢屋の中は、また静まりを取り戻した。
この部屋には二人の他に誰もいない。
牢屋自体は、十から二十もの数があるが、普段はあまり使われていないのだろう。
塵や埃が積もっていて快適な環境とは言い難い。
しかし、耳を澄ましても僅かに船の反重力装置の駆動音が聞こえるだけの室内。
大男にとっては、それだけが唯一の救いだった。
(まったく、イカれた船長の船とはいえ、さすがは名高きエンゲルベルト。並の船なら、反重力装置の駆動音だけで眠ることもままならない。さらに、船の風切り音もしないのだというのだから、この船を設計、造船し、さらに船名の由来にもなったバルツァー・エンゲルベルトなる人物は、紛れもない天才だったということだろう)
大男は心の中でバルツァー・エンゲルベルトの造船技術を称賛する。
しかし、彼が生きたていたのも五百年も前の話だ。
このセカイが黒い壁に囲まれて以来、文明の進化と進歩は、その進捗を大幅に遅らせてしまっている。
あの黒い壁は大地を少しずつ浸食し、やがて、全てを埋め尽くす。
人類は、その浸食から逃れつつも生きていくしかない。
その壁が生まれたのが三百年前。
そして、その壁を分解する石、ヘルブラウ鉱石が発見されたのが百年前だ。
ヘルブラウ鉱石が発見されるまでの間に、地球上の生物のほとんどが絶滅した。
しかし、完全に絶滅したわけではなく、幸いにも黒い壁の浸食から逃れた土地で、数百人の人類と、いくつかの種の生物が生き延びていたのである。
それが、少女と大男の祖先にあたるらしい。
らしい、と曖昧な表現になるのは、それが本当のことなのか、間違った伝承なのか、未だに人々が議論の種にしている事象だからだ。
ガタンッ
突然の物音に、少女は顔を上げる。
通路のドアが荒々しく開けられ、警備兵の持つEUVライトの清潔とも感じられる白色の光が、牢獄へと我がもの顔でふり注いだ。
「チッ、眩しいっての」
大男は、直接目蓋に差してきた光に舌打ちをし、ドアの方へと目を向けた。
「ちゃんと歩け!ちんたらするな!」
軍用の小銃と特殊警棒をベルトにぶら下げた警備兵が二人、彼らに追従する警備ドローンが三台。
三台は全て人型であり、両手で大型の機関銃を抱えていた。
ドローンの装甲は内部構造が透けて見えるように透明になっており、故障を起こしてもすぐに修理ができるように設計されているのが分かる。
(素材は透過ステンレス、傷一つない新品のような美しさね)
少女は無言のまま衛兵とドローンの装備を値踏みしながら確認する。
それらのドローンと警備兵に追い立てられ、跪く形で一人の少年が二人の前へと姿を現した。
「起き上がれ!くそ、なんつー重さだ」
警備兵は、二人がかりで少年を引き起こし、ドアから一番近い牢獄の鉄格子を警備ドローンに開けさせた。
「せーのっ」
ドスン
牢屋に投げ入れられた少年は、ものすごい地響きを立てて寝転ばさせられた。
「ねぇ、フーゴ。あの子、ちょっとおかしくない?」
「あァ?」
フーゴと呼ばれた大男は、言われてから少年を一瞥し、興味ない、とだけ言い捨てて、また眠りだしてしまった。
「ちょっと、他に何かあるでしょーッ」
少女が、ひそひそ声で呼びかけても、大男は返事をしない。
(まったく、これだから脳筋はダメなのだ)
と少女は内心で毒づきつつ、警備兵と警備ドローンが部屋から出ていき、ドアを閉めるのを確認すると、牢獄に連れて来られた少年に声をかけた。
「おーい、起きてる?起きてたら、何か言ってよ、聞いてる――――――っ!」
途中まで言って、少女の右目はあるものを捉えた。
「まさか、あの子………」
「ん、お前の目でも見れたか?」
ニヤりと、したり顔で、フーゴは起き上がった。
「あの足から出てるのって、血じゃ、ないよね……?」
「ああ、間違いない。ありゃオイルだな。鼻につくあのニオイは、好きじゃない」
あんたの好き嫌いはどうでもいいわ、と少女は返し、まじまじと少年を凝視した。
(ここからでははっきりとした事は分からないけれど、身体の所々が機械で構成されているみたい)
血のようにジクジクと染み出すオイルと、人間の皮膚を模した革のようなものがえぐり返り、その奥にシルバーのベアリングや集積回路の断面が見え、数秒おきに回線がショートすることによって起こっているのか、電流がスパークし、黄色の光を発していた。
「あそこまで精巧なドローン、見たことないわ。ああいうのをアンドロイドっていうのかしら」
「んー……以前俺が見たアンドロイドは、もっと人間っぽくなくて、カチコチの骨格で違和感バリバリだったんだがな。あれは見た感じ、ニオイ以外は人間そのものだぜ」
動物的な感覚の鋭さを持つフーゴが言うのだ、その推察はおそらく正しいのだろう、と少女は確信する。
「それにしても、なんでこんなトコに連れて来られたんだろ……」
「んなこと考えても仕方ないんじゃねーか?」
フーゴの馬鹿にしたような口調に、少女は気に入らないといった表情をする。
「ま、そうなんだけどね。言ってみただけよ、で、そろそろじゃない?」
そろそろ、と少女は言葉にするところで、何かを企む表情をフーゴに見せた。
「おいおい、ちっとばかし早すぎやしないか。まだ、日も暮れてないぜ?」
フーゴはついさっきの日差しを思い出す。
「いえ、大丈夫よ。あと数十分で雨が降るから」
「雨?そりゃ二カ月ぶりじゃないか」
「そう。だから、その騒ぎの間にこっそりとこの牢屋を脱出して、ついでに船の倉庫からいくらかの戦利品を頂いて黒壁の向こうへと退散させてもらいましょ?」
戦利品というところで、少女は機械仕掛けの少年を指さす。
「はァ?あんなクソ重そうなもん、誰が運ぶんだよ」
「フーゴ、あんたに決まってるじゃない」
「はは、無理無理、あんなの運びながら走れないぜ?」
「従って頂戴、それ、契約違反よ」
「く……っ」
契約、と一段強い口調で言われたフーゴは、何か文句を言おうとして、そのままそれを飲み込んだ。
「あー、くそ、しゃあねぇな。ったく、あんなことさえなければこんなことには……」
ぶつぶつとフーゴは文句を口にしつつ、バキボキと肩を鳴らし、指を鳴らし、最後に首をガキンッ、と力強く回して扉に向かって構えた。
「ちょっ!ちょっと待ってよ、それやると、連中が……っ!!」
あまりにも一瞬に過ぎたフーゴの動作に、少女は口を挟むことができなかった。
「いいいいいいィィィヤヤァあああああああっっっ!」
けたたましい金属の破砕音が響く。
通路の天井に設置されていた警報灯が青い光を放ち、続いて金属が擦れ合うような耳障りな警報音が鳴り響いた。
脳の中枢に直接響くような轟音に、少女は両手で耳を塞いで対抗した。
「あーッ!だから言ったのにィ!」
できるかぎりの大声を出す。
少女はフーゴに叫びつつ、しかし、目の前のフーゴが自分の牢屋の前でまたさっきと同じ構えをしていることに気付いた。
「いいいいいィィィヤヤヤァああああああっっっ!」
「イイイイイイヤヤヤヤヤヤヤヤあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
その叫び声は、大男のものをはるかに超えていた。