けがした勇者さま
エミリア・ユスティーナは勇者である。
突如、魔界より聖十字大陸エンテ・イスラへと攻めて来た魔王サタン率いる魔王軍と戦い、これを撃破した。
暴虐の限りを尽くしたように見えた魔王軍だったが、人類皆殺しをするつもりが無かったのか、それとも単に時間と労力がなかったのか、かなりの人が魔王軍襲来という災厄を乗り切ることが出来た。
これは喜ばしいことである。
後一歩でサタンの首を刎ねることが出来るところまで、追い詰めることも出来た。
実際に、魔王サタンの頭に生えていた、二本の角の片方は砕くことが出来たのだ。
だが、相手はやはり魔王だった。
後一歩というところで亜空間ゲートを開かれ、そこに逃げ込まれてしまった。
これは非常に拙い出来事である。
相手は暴虐なだけでは無く、悪辣な悪巧みに長けた魔王なのだ。
放置しておけば、必ずやエンテ・イスラに再び災いをもたらす。
そう。災厄を生き延びた人達に、再び絶望を与えに戻ってくるはずだ。
そんな事をさせてはならないと、勇者エミリア・ユスティーナもゲートを通り魔王達の後を追ったのだった。
異世界エンテ・イスラで勇者だった遊佐 恵美は、現在入院中である。
魔王サタンを追ってゲートを抜けた世界は、エミリアの常識を尽く打ち砕くという快挙をやってのけただけではなく、魔王軍との戦いでは決して負うことの無かったほどの重傷を恵美の身体に刻みつけたのだ。
ここは日本の東京、新宿区にある病院である。
右足にギブスを巻いた姿でベッドに横たわりつつ、原因は何だったのだろうかと考える。
ドコデモお客様相談センターでの仕事が原因だと、そう言うことは出来るだろう。
上司に頼まれた雑用を片付けようとして、気楽に倉庫に入ってしまったのが運の尽きだった。
エンテ・イスラで戦っていた時だったら、暗い部屋に即座に入ることなど絶対にしなかった。
だが、安全の大安売りをしているとしか思えない日本の環境が、勇者である恵美の警戒心をかなり緩くしてしまったのは間違いない。
そう。床に放り出されていたパイプを踏んで派手に転倒して、尚かつ受け身を取ることも出来ずに足関節脱臼などと言う無様な怪我をしてしまったのは、全て安全な日本がいけないのだ。
いや。日本が安全であることは喜ばしいことだ。
安全な世界だからこそ、福祉が充実しているのだ。
勤務中に怪我をした恵美の治療費は、殆どが労災で補填されるし、給料だって、治療のために休んだ日数に応じてこの間入ったばかりの保険会社が保証してくれるのだ。
若干のタイムラグがあるとは言え、故郷とは偉い違いである。
もし、これがエンテ・イスラだったのならば、公的な支援など全く存在せずに、生きて行くことさえままならなかったかも知れないのだ。
安全で豊かな日本に感謝こそすれ、恨むなどお門違いである。
では、原因は何だったのだろうか?
先日やって来た、エンテ・イスラからの刺客かも知れない。
オルバと、ルシフェルが共謀して襲ってくると言う、日本にとっても恵美にとっても、ある意味において魔王サタンにとっても考えられない事態が起こった。
そのせいで、多くの人を巻き込んで首都高速の一部が崩落した。
幸い死者は出なかったが、それは絶望の力を吸収したサタンのお陰である。
断じて認めたくないが、事実としてそこにある以上、仕方なしに認めることにする。
そして驚いたことに、全くもって魔王らしくないことに、崩落した首都高は魔王サタンが修復したし、その時の記憶もやはりサタンが消した。
だが、それはあくまでも無関係な日本の人に限ったことである。
間違いなく恵美は当事者だし、巻き込まれて色々と知ってしまった佐々木 千穂の記憶も消せていないらしい。
となると、やはりオルバがこの怪我の原因かも知れない。
いや。これは全くもって関係のない話だ。
オルバがパイプを床に転がしておくなどと言うことは、現在警察に掴まっている以上出来ないはずなのだ。
ならば、勇者である恵美にこんな屈辱を味合わせた原因は何かとなれば。
「斬る」
それはもう、魔王サタン以外には考えられない。
そもそも、サタンがエンテ・イスラでエミリアに討ち滅ぼされていれば、異世界にやってきてカルチャーショックを受けることもなかったし、こんな無様な怪我をすることもなかったのだ。
更に、遊佐 恵美という偽名を使うこともなかっただろうし、年齢を誤魔化して働くなどと言う屈辱的な行為さえせずに済んだはずなのだ。
全ては、魔王城から逃げ出したサタンのせいである。
「あ。でもカレーは美味しかったわね」
そう思った次の瞬間、やはり少し弛みすぎているのかも知れないと、自己嫌悪に陥ったりもした。
だが、勇者である以上魔王を倒すのはもはや義務である。
色々と面倒なことになってしまっているために、未だに決着を付けることが出来ないが、それでも必ずや魔王を倒してエンテ・イスラに平穏をもたらす。
そう決意を固めた勇者さまであった。
聖十字大陸エンテ・イスラを恐怖のどん底に叩き落とし、後一歩で人間界を手中に収めるところまで行った魔王サタンは、現在病院にやってきている。
日本の東京という都市に来てから、約一年。
真奥 貞夫と名乗り、マグロナルド幡ヶ谷店のクルーとしてそれなり以上の実績を上げている現在だが、ここではない世界では今も、いつ帰るかも分からない魔王サタンに忠誠を誓って、必死に魔界を守っている者達がいるのだ。
一日たりとも忘れたことはないが、それでも、まだ人間界を手中に収める方法は完成していない。
中途半端なところで帰っても、また失敗して、多くの犠牲を生むことだけは分かりきっている。
だからこそ、生活費を稼ぐと共に、必死に働いているのだ。
そして、そんな真奥を支えてくれる忠信もいるのだ。
決して立ち止まることも、諦めることも許されない。
それを理解しているからこそ、真奥 貞夫は人一倍の努力でのし上がって行かなければならない。
ならないのだが。
「よぅ! 恵美!! 元気に怪我してるか!!」
「斬るわよ」
宿敵である勇者が、些細な出来事で怪我をして入院したとあっては、命がけで見舞いしない訳には行かないではないか。
当然、嫌がらせである。
だが、きちんと打算も働いているのも事実。
打算もはたらく魔王さまなのである。
そして、その打算の複線たる紙袋を、宿敵である勇者の横たわるベッドへとそっと置く。
恵美が入院している病室は、東向きであり、今はやや薄暗い感じを受ける四人部屋だった。
当然、無関係な入院患者には出来るだけ迷惑をかけないように細心の注意を払いつつも、命がけで勇者に嫌がらせをするのだ。
気遣いまで出来る魔王さまなのである。
そして、宿敵である勇者はと見れば、当然の事ながら猛烈に不機嫌な表情をしていたが、ふと凄まじい不機嫌顔になるのが分かった。
その不機嫌の何割かは、こんな無様な失態を犯し、入院してしまった自分へ対する怒りなのだろう事は間違いないが、それでも、宿敵である魔王から見舞いの品を受け取るという屈辱の前では、全ての不の感情が真奥に向くのは当然のことである。
計画通りである。
「なによこれ?」
「マグロバーガーセット」
「・・・・・? は?」
無様に惚ける勇者をとっくりと堪能することが出来た。
命を賭けて挑んだ甲斐が有ったという物だ。
出来るならば、故郷で帰りを待っている魔族建ちの元へと、今のエミリアの顔を届けたいくらいである。
こっそり携帯電話で写真を撮っているが、向こうで再生できるかどうかかなり疑問である。
まあ、それは置いておいて。
「病院の飯ってのは、健康に気を遣っているせいで味気ないって聞いたからな、こってりした物が食いたくなってるんじゃないかと思って持ってきてやった」
「・・・・・・」
「くくくく。この俺の思いやりと慈悲深さに感謝しながら、涙と共にマグロバーガーセットのありがたみを噛みしめるが良い」
「・・・・・・・・・・・」
無反応である。
当然である。
魔王であるサタンの施しを受けて、あまりの喜びに打ち震えているのである。
もはや声も出せないほどに感謝の心で一杯であり、身動き一つ出来ないに違いない。
などと言うことは、断じてあり得ない。
相手は勇者である。
魔王サタンを追い詰め、後一歩のところで首を取ろうとした、エンテ・イスラ最強の勇者である。
敵に情けをかけられるほどに、情けない自分に対する怒りで、我を忘れてしまっているのかも知れない。
「莫迦じゃないの?」
「あ?」
何か、予測と違う反応をされてしまって、一瞬どう対応した物かと悩んでしまった。
まさか、勇者エミリアがツンデレなどと言う事はないだろうし、これはもしかして、本当に真奥が莫迦だと思っているのかも知れない。
その結論に達した頃合いを見計らったかのように、恵美の口が開かれた。
そしてそれは、短い時間を使用して、恐るべき速度で予測した中で最もエミリアらしい回答であり、恵美としてはあってはならない反応であった。
「あんたの施しである、マグロバーガーセットを食べて不健康な一生を送るくらいなら、名も知らない病院食を食べて餓死する道を選ぶわ!!」
「お、おい」
丁度その瞬間、病室の扉が開き、昼食を乗せたワゴンを押した看護師が、入って来た。
軽く振り返って、その看護師を確認する。
当然であるが、今の恵美の発言はきちんとその耳に入っているようで、何とも言えない表情をしていることを確認する。
嫌な空気を、病室が支配する。
い、いや。病室を、嫌な空気が支配する。
その空気を何とか払拭すべく、真奥は言葉を発する。
宿敵である勇者は、自分の発言があまりにも的外れなために、硬直していて何も出来ないようだし。
「いやお前。病院食食って餓死しないだろう。むしろ健康になるだろう」
「ぐぬ!!」
どれほど真奥の言う事が正しいのか理解したのだろう、恵美の表情が屈辱に歪む。
これもこっそりと携帯カメラで撮っておく。
その間にも、看護師は自らの精神を立て直したのか、食事を入院患者へと配り始めた。
だが、その動作は著しくぎこちなく、立て直しがまだ不完全であることを伺わせた。
当然である。
だが、真奥の余裕もここまでだった。
「・・・・・」
「・・・・・・」
恵美のベッドに置かれた食事は、素人目から見ても栄養をきちんと計算され、食べやすさまで考慮されたかなり素晴らしい物に見えた。
硬直しているのは真奥だけではない。
食べる本人である恵美でさえも、自らの前に置かれた食事に対して、怖じ気づいている節がある。
そこでふと考える。
一人暮らしをしている恵美に、満足な食事を作ってくれる人などいるはずがない。
レトルトのカレーを、大量に確保しているという情報を得ているから、満足行く食事などと言う物とは無縁だろう事は間違いない。
ならば、今、目の前に置かれた食事は、ある意味エンテ・イスラから東京に来て、始めて目の辺りにするまともな食べ物と言う事となる。
いや。日本の食文化の豊富さを考えれば、生まれて始めて食べる真っ当な食事と断言することさえ出来るかも知れない。
実は、真奥もあまり違わない。
エンテ・イスラにいる時には、食事の心配はなかったがそれとこれは、話が別なのである。
地球に来てからこちらで考えても、食事を作ってくれる腹心の芦屋 四郎ことアルシエルはいるが、それとても、資金的な都合であまり満足行く内容でないことは、作っている本人が時々口にしているほどだ。
更に、今の魔王城には歩く不良債権となりつつある漆原 半蔵こと、ルシフェルがいるのだ。
この先、食生活は更に貧しい物となることが容易に想像できる。
つまり、真奥にとっても、目の前の病院食は割と羨ましいのである。
もちろん、マグロナルドのクルーとして、マグロバーガーセットが偉大であることに疑いを持っている訳ではない。
むしろ崇拝していると言っても過言ではない。
過言ではないのだが、それでも、真奥がさっき置いた紙袋の中身と、恵美の前に置かれたトレーの上を比べてしまう。
話の種という大義名分を掲げ、勇者エミリアの食事を略奪するという、魔王としての誇りを満足させつつ、貴重な栄養源を確保できるのではないかと考える。
ならば、やる事はただ一つ。
欲しい物があるならば、奪ってしまう悪魔の本領を発揮するだけである。
「病院食を食って餓死するのは、あまりにも不憫でならない。俺を倒すことも出来ずに死ぬのはさぞかし心残りだろう。と言う事で、俺がそれを食ってやる。有難く思うが良い」
「誰があんたなんかに渡す物ですか!! これは! 私! この私のために用意された聖なる供物なのよ!! あんたみたいな悪魔に渡してなる物ですか!!」
はっきり言って、他の入院患者に迷惑なほどの大音量で、そう叫んだ恵美の手が伸び、マグロバーガーセットの入った紙袋を真奥に向かって放り投げる。
だが、その行為でさえも、食べ物に対する敬いの心がこもっているように思えるのは、気のせいではないだろう。
全力で投げてきたのではなく、中身が散乱しないように回転運動を避け、尚かつ適度な力加減で放り投げられ、真奥の手にすっぽりと収まった。
無駄とも思える技量を詰め込み、送り主へと返却されたマグロバーガーセットの重さを感じていると、更に恵美の台詞が続く。
「その不健康な食べ物を持って、とっとと帰りなさい! そして、高脂血症と高血圧と、そして高血糖症に悩まされて惨めに死になさい。私は健康になって、貴男の死に様を嘲笑ってあげるわ!!」
「へいへい」
何処までも偉そうではあるが、この展開はそれ程悪いものでは無い。
無様な姿を曝す勇者を堪能できたし、本当の襲撃はこの後にやってくるから、今回はここまでとして退散することとした。
いい加減、他の入院患者の視線がきつくなってきたことだし。
佐々木 千穂は、真奥から聞かされた病院の一室へ、恐る恐ると足を踏み入れた。
午後の早い時間、学校が終わり部活もなく、何よりもアルバイトが入っていないので、少し暇になるかと思ったのだが、そんな事は全く無くとても忙しい日を送っている自分に、かなりの満足感を覚えてしまっていた。
現在、この地球上でおそらくただ一人、エンテ・イスラという世界が存在していて、その異世界で悪魔と人間が戦い、天使がなにやら暗躍していることを知っているのだ。
事の発端は、割と気軽に始めたアルバイト先のマグロナルドで、真奥 貞夫と遭遇してしまったことにある。
そして、気が付けば真奥に思いを寄せている自分に驚きつつも、異世界の戦いに巻き込まれてしまっていた。
真奥が魔王だと言うことを知ったのはつい最近だったし、恵美が勇者だと知ったのも同じ時だった。
更に、堕天使に誘拐されて不の感情を吸収されてみたりと、本当に色々あった。
その時のごたごたのツケで、今、真奥と少しぎくしゃくしている状況だが、それを無視しても恵美の入院というのは放っておけない。
なんだかんだ言っても、頼れる者のいない異世界にやってきた、同世代で同性の友達なのだ。
「こんにちは」
「ち、ちほちゃん」
だが、今回に限って言えば、少々事情があって恵美に合いづらいことも事実。
もちろん、お見舞いという気持ちは確かに有るのだが、それと違う物が背後で蠢いているのも事実なのだ。
なので、恐る恐ると病室へとやって来たのだが、迎えてくれた恵美の表情が満面の笑みのまま、いきなり大粒の涙をこぼし始めたところで、時間が一瞬完全に停止。
何かしただろうかと、一瞬前の自分の行動を振り返る。
挨拶をしただけのはずだ。
四人部屋の一角を占領した恵美は、まさに天使の笑顔のまま、歓喜の涙を流しつつ千穂を見詰め続けている。
さっぱり訳が分からない。
「あ、あの! 遊佐さん?」
「ああ。あの悪鬼羅刹、魑魅魍魎、悪魔の総大将の後に貴女が来てくれるなんて、これほど心が癒やされた事は初めてだわ」
「そ、そんなおおげさな!!」
慌てて顔の前で手を振って、それが過大評価である事を伝える。
そもそも、真奥は確かに悪魔だが、そんなに悪い人ではないと思うのだ。
いや。悪魔だから悪い人でなければいけないのだろうか?
そんな事を頭の隅で考えつつ、千穂は恵美の側に近付き、そして、恐る恐ると小さな白い箱をその膝の上に置く。
お見舞いの品である。
「大変でしたね。これ、お見舞いのチョコレートです」
「ああ。千穂ちゃんが天使にしか見えないわ」
「う、うわ!」
何故か、とても感激されている。
それはもう、女神を崇め奉るような視線で。
一体、真奥は何をしたのか非常に疑問なのだが、それを確かめる術は今のところ存在していない。
まあ、その内得意げに真奥自身の口から語られるかも知れないので、その時を楽しみにしておこうと心にそっと誓った。
問題は、今も泣き続けている異世界から来た少女を、どうやって落ち着かせるかと言う事なのだ。
取り敢えず、頭を撫でてみる。
「あう」
「う、うわ」
更に激しく涙を流されてしまった。
もしかしたら、エンテ・イスラの人はとても涙もろいのかも知れない。
そんな事を考えている間にも、何とか宥める。
話が前に進まないのも困りものだが、同室の入院患者達から奇異の目で見られてしまっているのが、かなり痛いのだ。
「落ち着きましたか?」
「うん。有り難う千穂ちゃん。あの悪魔のせいでとんだ入院生活になっていたから」
「は、ははははは」
渇いた笑いしか出てこない。
いや。笑いが出てきているだけ、千穂は自分を褒めてやりたい気分だ。
そう。何しろ今、恵美が大事そうに抱えているお見舞いは、真奥からの物なのだ。
流れはこうだ。
恵美が入院したという情報を、何処からともなく真奥が入手した。
入手先は非常に気になるが、そこは何時か分かるだろうから気にしない事としよう。
問題は、ただ見舞いに行くだけでは少々気が引けてしまうらしい真奥が、ふと思いついたのだ。
千穂に見舞いの品を持って行ってもらえば、頑固な恵美でも受け取るだろうと。
それはそうだろうと千穂も思う。
ある意味、宿敵である魔王と勇者なのである。
魔王からの見舞いの品を、平然と受け取る勇者なんかいるはずがないのだ。
いたら合ってみたいと思うが、それも今は置いておく。
まあ、ここまでだったら二人の関係を考慮した、なかなかに素晴らしい提案だったと思い、千穂も喜び勇んでここにやってきただろう。
だが、だがである。
やはり真奥と恵美は宿敵なのだと、そう実感させられた。
ただ千穂が持って行くだけではつまらないと、何処かで考えている節があった真奥が、先に恵美の見舞いに来てしまっていたのだ。
それを知ったのは、実はつい先ほど。
携帯電話のメールで、一度恵美の病室へ行き、そして少しちょっかいを出してきたと知らされた。
思わずその場に座り込み、頭を抱えてしまいたくなるような展開だったが、立ち止まる事は何となく出来なかった。
と言う事で、今病室にやってきていて、恵美の歓迎を受けている訳である。
そして、更に恵美を追い詰める手立てを真奥は用意しているのだ。
そう。千穂を経由したとは言え、真奥からの見舞いの品を喜んで食べた勇者を、後からネチネチと虐めるとメールに書いてあった。
これはかなり危険な行為だ。
そうでなくても、恵美は真奥と決着を付けたくて仕方が無い様子だというのに、激昂させるような爆弾を平然と投げつけているのだ。
一触即発なんてものでは無い。
とは言え、今、恵美が大事そうに抱えているチョコレートの、小さな箱が、実は真奥からの見舞いの品だと言う事を話すとは思っていない。
明らかになった時の、恵美の表情を想像して優越感に浸りたいだけなのだろうとそう確信している。
かなり暗い思考だが、元々が悪魔である以上このくらいは仕方が無いのだろうとも思う。
と言うか、半分呆れているのだが。
「早く治ると良いですね」
「うん。とっとと治さないと、あの悪魔がまたぞろ何かやらないとも限らないし」
「えっと。揉め事を起こしているのは、どちらかと言うと天使だったり聖職者だったりしているんですが」
そうなのである。
悪魔である真奥が、真面目にマグロナルドで働いているというのに、堕天使とは言え、漆原は日がな一日ネットを眺めてだらだらしているという事実一つとっても、エンテ・イスラに地球の常識は通用しないのではないかと、そんな疑問を感じてしまうのだ。
前回巻き込まれた騒動にしても、主に暴れていたのは堕天使と聖職者だった事を考えると、千穂のこの感想はあながち間違った事ではないと思うのだ。
まあ、難しい事は抜きにして、異世界から来た友人との会話を楽しもう。
そう決意した千穂は、色々な感情を心の奥底に封じ込めたのであった。
だが、この少し後千穂は、異世界から来た大天使であるサルエルに誘拐され、危なく異世界に連れて行かれて、生体解剖まがいの事をされかける事となった。
やはり、異世界エンテ・イスラでは、天使を名乗っている連中こそが悪の権化なのではないかと、そう確信するに至る事となる。
後書きに代えて。
はい。初めまして、あるいはこんにちは粒子案です。
えっと、他の二次制作で猛威を振るっているんですが、今回は少し指向を変えてみました。
13年にアニメ化される、電撃文庫の、はたらく魔王さま! の短編をお送りしました。
前作で、今年最後の更新になるとか言いつつ、こんな話を書いている俺はかなりの駄目人間だと思う。
しかし! 流石にこの後何か書いて公開できる余裕はないので、本当にこれが今年最後の投稿です。
今年は、二十話しか投稿できなかった。
去年の三分の二に届かない。
来年はどうにか二週に一度以上のペースを維持したいですね。
では、皆さん、今度こそ良いお年をお迎え下さい。