俺の手にある剣が閃いて、一番近くに居た腐ったゾンビの頭を胴体から綺麗に切り離す。
少し右にブレた視界でおっかないグールが二匹見えたためそちらへ刃を向けると、左の一つ目サイクロップスが隙を見つけたとばかりに棍棒を振り下ろしてきた。
俺が二歩分体勢をズラすと、そこへ飛び込んでくる暴風。背中越しでも分かる、棍棒とは違った太い太刀先。
「こっちを忘れるな!」
ドワーフ戦士のユーギンと人間戦士のクモン守備隊隊長が、サイクロップスを牽制してくれたんだ。
おかげでグールへ斬りかかれた俺の周囲には、やつら以外はもう脅威となるようなモンスターは残っていない。
これで勝てるぞ!
そう喜んだ俺だが、まだ中ボスに相当する当のサイクロップスは健在だ。
今は二人がかりで押さえ込んでいるけど、力強い肉体はたとえ一匹でも、しかも片腕で構えていてもその棍棒で容易に俺たちの頭を粉砕することだろう。
いくらキノコでバーサーク状態になっているとは言え、俺のひ弱なサラリーマンな肉体と精神じゃ剣が通るか怪しいものだ。
あれ? そもそも、バーサーク状態ってこんな思考が出来る状態だったっけか?
ゲームじゃコマンドを受け付けないだけだったはずだが、自分の身に変わると違うのかな?
余計な思考で俺の動きが少し鈍る。
「うおっと!」
サイクロップスほどではないが、グールもずいぶんと強敵だ。
馬鹿なことに眼前の敵に集中してなかったせいで、その青黒い腕が少しジャケットに当たったが、俺はなんとか体勢を崩すことなく一匹を屠るのに成功する。
「おらぁ!」
俺がそうこうしている間、サイクロップスへとユーギンの剣が下から伸びていった。
太い腕をざっくりと切断する彼の腕前は、俺とは違い、ずいぶんと洗練されていてうらやましい限りだ。
ポーン! と音を立てそうな勢いで敵の持っていた棍棒が腕ごと吹っ飛んでいく。
ちょうどもう一匹のグールの頭へ飛んできたため、それで出来た隙を生かして切り込んでいくと、そう時間を置かず二匹目も倒すことに成功した。
残った隊長も負けちゃいない。さりげなくサイクロップスの後ろに回って脚を切りつけている。
うまくかわされていはいたが、グールを片付けた俺までもが向かってきたことで注意がそれ、とうとう血しぶきが飛んだ。
がくんと膝がゆらぎ、俺の方向に頭が落ちてくる。
赤い目玉がぎょろりと俺を睨むと、ドーピングされているはずの俺の心にも動揺が走った。
キノコの効果が切れたか!?
しかし、今キノコを服用し直す暇は無い。
俺は、心の奥底で殺せ! と命令する何かに突き動かされて刃を振り下ろした。
ざくっと硬い感触。
ギヤォッとでかい叫び声がはじけ飛び、一瞬だけ俺の鼓膜を満たすと、すっとそれも消えていった。
倒れたサイクロップスは少し体を震わせていたが、ユーギンが心臓にとどめをさすと、すぐに静かになる。
と同時に、やべぇ日本人じゃ殺すなんておっかねーよと胴体にざわめきが走った。
ああ、終わったんだ。
俺は今度こそキノコの効果が切れたことを実感し、戦いの終わりを知った。
もう、敵は残っていないはずだ。念のため周囲を見回したが、俺の感覚よりドーピング効果のほうがよほど頼りになるって理不尽な気もするなぁ。
さっきの動揺は、まだ俺の腕が未熟だからだろう。
少なくともゲームでは、一回の戦いが完全に終わるまでは効果が続いていたはずだからだ。
それでもちくしょう、終わった今は脚がなんかガクガクする。
キノコは俺をバーサーク状態にし戦いの専門家へと変えてくれるが、それ以外では俺はサラリーマンのままだ。
この世界に来てからちょっとだけ体力はついたけど、俺はただのゲーマーでサラリーマンなんだよ!
ごろりと転がっていたサイクロップスの体から不意にチャリンと金貨の音が鳴り響くと、もうやつの体は消えてしまっていた。
さっき殺したゾンビやグールの体があった場所も、金貨が転がっているだけだろう。
スプラッタにならないから殺しに対する罪悪感が少なくてすむのはありがたいが、リアルの殺しは普通の日本人には体験しえないものだ。
もやもやとした不満と言うか、相手がモンスターなのに関わらず、申し訳ないとの思いが忍び寄る。
「大丈夫か、リュージ」
俺の顔が曇って見えたんだろう。
隊長がそう気遣ってくれるけど、俺が答えるより早くユーギンは俺を笑い飛ばした。
「ははっ、勇者たるものが、これくらいでまいるもんか。さあ、姫様を助け出すぞ!」
いつ聞いても豪快だなぁ。
でも、俺のことを勇者と信じてやまないその心が、俺に勇気をくれる。
間違った勇者感だけどな!
「みなさーん、あいつが隠していたと思われる彫像がありましたよ。これ何でしょうかね? 魔力を感じますけどー」
戦いの間、治癒魔法を飛ばすため後ろに控えていたシーの女性、テランナがにこやかに笑った。
盗賊のスキルは持ってないはずだが、激戦を予定していたにもかかわらずこの戦闘中は暇だったこともあってか、ずいぶんと手の早い仕事をしたようだ。
「ああ、間違いない。それだ! それがシルヴィア王女を助けるカギのはずだ」
俺は、へとへとで座り込みそうになりながらもそう答える。
途端に隊長とユーギンから低く感嘆の声が聞こえた。
「ほう、そんなことも分かるのか」
「勇者だからな」
おいユーギン。いくら俺を勇者と信じていても、それで全部片付けようとするのは間違ってないか?
お前の言う勇者は、物知りの意味じゃねーだろうが!
抗議の声を俺は上げ掛けたものの、結局、それを押し込めて水筒から水を飲むだけに留めた。
俺が勇者なのは――ユーギンの意味では無いんだが――ほぼ間違いないことだからだ。
しかもこのエルダーアイン世界で唯一の、だ。
他の世界には先輩勇者たちが居るはずだけど……彼らに俺は会うことがあるんだろうか?
そんなことも思考の片隅に浮かんだものの、実現するにせよ、それはずっと後での話となることだろう。
今は純粋に、中ボスを倒した喜びにひたりたい。
これでやっと前へ進める、と。
俺たちは少し休んだ後、四人そろってこのアーケディア砦の地下へと足取りを軽くするのであった。
空を見上げる。木々に覆われながら、あちこち途切れた空間。水の音はしないが、ざわめきだけが聞こえる。
変わりはない。
無いんだけど、やっぱり違和感は消えない。と言うか、違和感だらけだろ、ここは。
だって、さっきまで俺のいた場所は、電車のど真ん中だったんだからさ。こんな森の中じゃないんだよね。
俺、小野竜司はただのサラリーマンで、少しだけゲームオタクで、未だ独身の三十路。
今日も朝から通勤電車のただ中で溜め息を吐いていただけの健康な――少しひ弱だけどさ――男なのに、ガタンという電車の揺れにしては少し大きめの揺れがあったなと思ったら、次の瞬間、森の地面に放り出されいたってわけだ。
未だスーツを着ている実感が、これが本当の話なのを俺に教えてくれている。
「つっ!」
不意に根っこにつまづいた。やっぱり革靴は森を歩くツールじゃないよなぁ。
どこを歩いているのかさっぱり分からないまま、おおよそ二時間くらいかな。
俺は少しだけ見える太陽を目印に、とりあえず東の方へ歩いていた。ちょっとだけ歩きやすいなと思ったからなので、あんまり方向に意味は無い。
あ、時計は持ってないです。
携帯電話があるし、街中だとあちこちで時計あるしなーなんて思っていたからなんだけど、驚いたことに現在画面はブラックアウト中。
昨夜充電したばっかりだったはずなのに、何でこんなことに……なんて思っていた時だった。
ざわめきが大きくなってきて、なんかヤバい気配が近づいてくる。
格闘技の漫画とかで見たりする気配ってやつが、素人の俺にも何故か感じられる。
熊か? いや、なんだろう、動物園で見たことのあるそれより、多分だけどもっと大きな感じが……うえ!?
唖然とする俺の頭上遙かに、一つの影。
あ、あれは……まさかっ……ドラゴン!!
ゲームや映画とかでしか見たことのない、まさにドラゴンとしか言えないものが飛んでいる。本当に翼のあるトカゲだ。
大きさはどれくらいか良く分からないけど、でかいってことだけは良く分かる。
いやー、現実は小説よりも奇なりって本当だったわーって、そんな場合じゃねー!
ありえないだろと呟く暇もなく俺は地面に伏せ、どうか見つからないようにと祈り続けるのだった。
足早に先ほどの遭遇地点を後にして何時間だっただろう。
水が無いままなのに喉の渇きもそんなに無く、しかもひ弱だったはずの体力もなぜか尽きることなく、俺は街だろうと思われる場所にたどり着いていた。
川を挟んで建っているのは、なんつーか、お城。
ありえねーだろ、ここ、異世界なの? 俺は勇者とかじゃねーぞ。
勇者だったら、あの城の中でお姫様に傅かれながらうやうやしく王様の薫陶受けているのが正解じゃないのか?
でも俺は、まっとうなサラリーマンです。びしっ!
ジャパニーズサラリーマンは、弱体化したとはいえ――昔は二十四時間働けたらしい――世界中どこへいっても頑張れる人間です!
言葉が通じないだろうとか、そもそもあそこにいるのが人間とは限らないだろうとか、そんな恐れをここ数年間の社畜生活で身につけた営業用接遇思考で押さえ込み、俺は街へ向かったのだった。
……だって人間よりさっきのドラゴンのほうが怖いしなー。
「ようこそ自由都市ナガッセへ!」
俺を見とがめた門番らしき人が声を発する。
この人、髪の毛は黒いけど着ているものは金属鎧みたいなんだから、日本人じゃないんだろうなぁ。
「用件をどうぞ」
とは言われても俺はただの迷子なんだから、用事っつーか、ここどこよ、ほんと。
「言葉……つうじます?」
なに聞いているんだよ、俺。今日本語きいたじゃねーか。あほ。
つうかなんで異世界で日本語なのよ。
えっ、俺どっきりに巻き込まれてる!? でもでも、さっき見たドラゴンってば、あんなの日本じゃ居ねーだろう?
風船とか飛行船とかあの図体を飛ばす技術はあるにせよ、あの雰囲気はそんなもんじゃないしなー。
気がつくと、門番さんがじっと俺を見ている。
こんな時は、そう、あれだ。
「初めまして。私は小野竜司と申します。よろしくお願いします!」
よし、完璧だ。叩き込まれた接遇マニュアルは、ここでも俺を救ってくれる。ありがとう会社の人事の人。
突然自己紹介した俺を、門番さんは少しだけ怪訝そうな顔をして見ていたけど、不意に彼は溜息を吐いた。
「ああ、キミもそうなのか……大丈夫。力にはなれないが、状況は話せる。あっちの赤いドアの向こうへ行ってくれ。専門員が居るから」
「あ、あの、俺、小野って言いますが、あの……」
「すまんが、それもあっちで聞くから。なに、心配はいらない。拷問とか無いから」
え、なに。挨拶が基本って嘘だったの? 拷問ってなに? いやそれ、全然安心じゃねーから!
交渉に失敗したことを悟って後ずさりした俺の腕を、後ろから近寄ってきたもう一人の門番ががっしりと掴む。
やべえ。これってヤクザ事務所へ入ってしまった場合のマニュアルにあったようなシチュエーションじゃね?
さすがに門番さんだけあって、俺のようなひ弱なサラリーマンはあっけなくドアの向こうへ押しやられるのだった。
「……つまり、ここは異世界だと?」
「キミたちの世界じゃないことは確かだね」
強制的に座らされた椅子。もう一つの椅子にはローブ姿の男。名前はスールとか。
最近増えてきた俺のような人間への説明役なんだそうだ。
そう! ここへ来ているのは、俺だけじゃなかったのだっ!!
どおりで俺の服にも驚かなかったはずだよなぁ。
言葉はなんでか分からないけど日本語なのが、本当に意味不明だけどさ。
「この世界の名前はエルダーアイン。創造神によって創られた、十五世界の一つだ。残念ながら、君たちの世界は入っていないようだが」
ん? なんか聞き覚えのあるような名前……
何だろう、このもやもやする感じ。俺は確かに聞いたことがあるはずだ。どこかで。
「で、この都市はナガッセ。ほかにダルアンとかあるけど、そこまでたどり着けるかは、今の情勢だと……残念ながらキミには難しいかもしれない。なに、ここで賦役に従事すれば食べていけるだけの金貨は手に入る。我らが王は寛容だからな」
「あの、ナガッセとかエルダーアインとか、妙に聞き覚えのある単語なんですけど、地球とは縁がない世界なんですよね?」
俺の疑問に、彼はあっさり答える。
「今までの者はこの世界のことを聞いたことがないと言っていたな。ああ、そうそう、この都市はナガッセ。『ゆき』でも『ときお』でもないからな」
っぶぅーーー! 茶ぁ吹くぞ、こら!!
なんだよ、なんなんだよ、まさか異世界に来てまでギャグ聞かされるとは思ってなかったぞ、こら。
それってテレビのあれだろ?
呆れた俺を、男はああやっぱり、という感じで見た。
「どうだい、チカラ抜けたかな? 魔物反応がないんで大丈夫だとは思ったんだけど、『ちきう』から来た人間を確かめるにはこう言うと間違いないそうだからね」
どこがどう間違いなのか突っ込むのは、なんと言うか、悔しい。
俺は、正しいとも間違っているとも言えず、手を上にあげる。
とたんにスールは、どや顔で証明終わりとばかりに後ろへ何かサインを出した。
カシャと変な音がする。
ぎくりとして音の方向を向くと、チラリとだけど武器らしきものが光っているのが見えた。
どうやら俺は見張られていたらしい。
当たり前だ。異世界からの人間と聞いて、用心しないはずが無い。
むしろこうやって武器を持って監視するのが本来の対応じゃないのかな。侵略されている世界だって言ってたし。
それに、過去に来た日本人の中には信じ切れずに暴れる人だって居ただろうと思う。
とは言え、武装前面じゃなくて友好的態度だったからには、これまでの人に感謝しないとな。日本人さまさまだ。
異世界に来ても風習は変えられないのかと少し苦く笑った俺を、スールは少し真剣な目で見た。
「さっきも言ったとおり、この世界は脅かされている。なので、キミがこの都市に無傷で来られたのは運が良かったからだと自分は考えている。これまでのちきう人はオークやリザードマンには無力だった。比較的慣れている我々でさえ数の暴力に怯えているのだから、武器を持ったことのない人が生き抜くのは困難だろう」
はぁ。どこぞのファンタジーが始まりましたか。あ、この流れでオークってことはもしや……
「これまでのちきう人同様、キミの服を代価に金貨百枚と食料、この世界の服などをやろう。パン一日分で金貨一枚だ。それでしばらくは食える。あとはどうにかして生きていくのだな」
「ええ!? 職業斡旋とかしてくれないんですか? だってあなた、専門に雇われているんでしょう?」
少し嫌な考えがよぎったこともあり、声が大きくなった俺の疑問にスールは不満そうに答えた。
「我々にも余裕が無いのだ。畑仕事ならいくらでも斡旋できるがキミらは嫌がるし、そも魔法があるとか言ったら、居着かないじゃないか。金貨も服の代価としては破格だぞ? コレクター相手だからな」
魔法! やっぱりあるんだ。さすがファンタジー!
「ちきう人に扱えた記録はないけどな」
俺の興奮は、一瞬にして冷まされた。こんちきしょう……
「まあ、興味と幸運があるなら魔法都市エクセリオに行ってみるがいい。たどり着けたなら、あるいは転職出来るやもしれんぞ?」
この世界には選ばれた人間だけが就ける職業があって、その人たちじゃないとまともにモンスターへは対抗出来ないんだそうだ。
日本人なら一度はあこがれるだろう魔法使い。逆になじみの薄い僧侶。あとはファンタジー定番の戦士に盗賊だってよ。
あとは組み合わせで色々変化するらしい。
面倒なことに転職にはアイテムが必要らしいけど、さすがにサラリーマンのままじゃ生きていけないだろうなー。
これまでのちきう人は魔法使いを目指してエクセリオへ行き、消息を絶ったそうだ。
何でそっちへ行こうとしたかは、よく分かる。
俺たち非力な普通の日本人には――サラリーマンなら特に――戦士は向いていないし、犯罪者じゃ無いとはいえ盗賊も抵抗がある。
多神教なら僧侶もありだろうが、この世界は創造神のみしか認めていないときた。
消去法的に魔法使いしか選択肢が残ってないんだ。
でも日本人には魔力が感じられないそうで、転職しない限り魔法使いにはなれないだろうとのこと。
だから魔法都市へ行ったんだろうけど、そもそも転職する前に殺されるかもしれないことを考慮しなかったんだろうか。アイテムも必要だってのにね。
まあ、異世界の実感なかったのかも。
言葉は通じるし、モンスターだって強いやつはあんまり見かけないらしい。
そんな状態じゃ、ドッキリなんじゃないかって、そう思ってもやむを得まい。
その分、モンスターに出会った時の恐怖心はとんでもないことになっただろうなぁ。
なんて悠長なことを考えられるのも、俺が既にモンスターを見ているからだ。
森でドラゴンを見ていなければ、殺されることがあるなどとは考えなかったかもしれない。
しかもあの時はずいぶんと遠くに見ただけだったし、俺はずいぶんと運が良かったことになる。殺されずにすんだしな。
しかし、どうやってこの世界で生きていけばいいんだろう。
俺は、説明は終わりとばかりに手際よく準備するスールにせかされながら、ぼんやりと考えていた。
解放され街に出た俺は、モンスターが居るならと取りあえず武器屋へ向かった。
やっぱり俺に畑仕事が勤まるとは思ってなかったからだ。
さすがに色々ある。剣やナイフ、弓などもあるが、一番高価なのは大型の剣だった。マジックウエポンとかは、ファンタジー世界のくせに売って無いらしい。
ちなみに防具で最高級なのは、重甲冑だった。そんなもん着たら動けねーよ。あと、盾は無かった。まあ、盾と片手剣なんて器用なことは出来ないから気にしない。
ほかにも何かあるかとブラブラしていたら薬屋があった。モンスターと戦うなら傷薬くらいは準備したほうがいいかと思い、店主へ尋ねる。
「どれくらい効くんだ?」
口調がぶっきらぼうだって?
ああ、サラリーマンの口調ではすぐに強盗に襲われるぞとスールに脅かされたからだ。
なんだよ、ジャパニーズサラリーマンは最強じゃなかったのかよ……
まあ、そんなこんなで、俺はいっぱしの冒険者らしく口調を変えていたって訳なんだ。
学生時代に戻ったと思えば、そう難しいことじゃない。考えるときはこんな口調だったしな。べつに寂しくなんかないやい。
俺の質問に、店主は変なことでも聞いているかのように眉を少しひそめてから答えた。
「人によるとしか言いようがないね」
まて、それじゃ傷薬じゃないじゃないか。
俺の不審の目を、店主は受け流す。
「安いなり、ってわけだよ。金貨二枚しかしないしね」
高級ポーションとかはないらしい。不便だ……
なんか塩とか置いてあるし、本当にここは薬屋なのか?
そんな感想を抱いたときだった。ふいに一つのアイテムが目に止まる。
「キノコ……?」
「おや、お客さんは知らないので? 興奮剤でさ」
「何に使うんだ?」
「もちろん、戦いの時でさ」
へぇ、もしかして臆さないようにかな?
これがあれば、ケンカさえ碌にしたことの無い俺でもビビらず戦えるかもしれない。
俺は小さく拳を握った。
値段も安い、一個で金貨五枚だ。いくつか買っておけば十分に役立つだろう。
ほくほく顔でやり取りをしていた俺だったが、ファンタジー世界でキノコが役立つと聞いて何かを思い出しかけた。
なんだろう、すごく懐かしい何かを……
あ。
ああ、もしか、もしかして……
俺は、ゆっくりとキノコの名と思われるものを口にした。
「もしかして、これってバーサークのキノコ……か?」
「なんだ、お客さん知っているじゃないですか。もちろん仲間を襲ったりしない純正品ですから、ご心配なく」
待て、キノコに純正品ってどう言うことだ。バーサークなのに仲間は除外ってどう言うことだ。
色々突っ込みたいことはあるが、これが本物なら俺はここを、この世界を知っていることになる。
少し貧血気味になったのだろう。顔が白くなったらしく店主に心配されたけど、俺は大丈夫と言って外へ出た。
街の名前、キノコの存在、モンスターの名前、これらが一つにまとまる存在を、俺はあれしか知らない。
知っていることは、幸運なのだろうか。
もし本当にそれならば、俺は魔法使いにはなれない。それどころか、モンスターと肉弾戦で戦うしかないことになる。
確かめるには、この街なら、あそこを探せば良いんだろうか。
俺は、深呼吸をしてから、運命の場所を探して街の堀を越えた。
街を守るためなのだろう。外と隔てるために堀があるんだが、外と堀の境をギリギリに歩いていく。
記憶が確かなら、あるはずだ。
周る方向を間違えたのか三十分くらい掛かったけど、果たしてそれはあった。
世捨て人の家。ただの作業小屋かもしれないが、そこに彼が居る。
俺は、ちょうど外に出ていた彼に、思い切って尋ねた。
「こんにちは。角笛の音色が綺麗ですね」
「はあ?」
彼は少し怪訝な顔をしたが、すぐに思い当たったことがあったのか、ああと声を漏らした。
「エクセリオのあれのことか? あれは綺麗じゃなくて、不気味と言うべきだな……お前もあれを聞いたのか」
彼の顔は、感性の違うものを見る目となっている。
しかし俺は、ショックで大声を出していた。
「やっぱり角笛なんですか!?」
「自分で聞いたんじゃないのか? 何で知っているのか知らんが、さあ帰った。俺は忙しいんだ」
手で追い払われて、俺は街の中へと戻って行く。
頭は今確かめたことでいっぱいいっぱいだ。
なんで今更こんなことになるんだ。この世界がただの異世界なんかじゃないと知って、絶望と安堵が交互にぐるぐると回っている。
絶望とは、俺は絶対にモンスターと戦わなければならないと知ったからだ。
さっきの角笛の話で確信した。いずれ必要となるアイテムの一つになる。
そしてもう一つの安堵とは、それらを集めていけば、元の世界へ返れるかもしれないこと――だ。
無意識のうちに、アイテム袋をギュッと握る。そして、こわばった拳を開くと、空けた広間でどっかと腰を下ろした。
知ってるはずだ、聞いたことがあるはずだ。
だってここは、俺がゲームオタクになった切っ掛けの、とあるゲームの世界なのかもしれないのだから――