カルネ村の一件で俺の抱いていた気持ち悪さの根源に気がついたおかげで、自身の問題が明確に浮かび上がった。
それは俺が今まで発言してきたことと、実際の行動との乖離である。
そもそも俺はカルネ村でモモンガさんの空気の読めなさを心の中でツッコんでいたが、今になって振り返ると明らかにこっちの方が間違っている。
なぜならモモンガさんは死の支配者として徹頭徹尾ロールしていただけで、退かぬ媚びぬ省みぬの方針に手の平を返したのは俺の方だったからだ。
ナザリック地下大墳墓を隠すかどうかの話し合いの時には、悪として倒されるならそれでいいと単純に考えていた。
だが考慮すべきはそこではなかったことを先日の一件で理解した。
俺には悪として相手を殺す覚悟こそが必要だったのだ。
笑いながら村人を襲っていた騎士達を殲滅する――これは全く問題ない。
しかし村人を助けに来た善玉であるガゼフ達と敵対するというのは、抵抗感が半端ではなかった。
もちろん不当に領土を占拠している俺達なのだから、国を敵に回すことは拠点を隠さなかった時点で分かりきっていたことである。
つまり罪のない兵士達を殺戮する側に回ってしまうというのは不可避であるのだ。
だからモモンガさんも拠点バレ程度で今更オタオタしていなかったし、これは俺の想像力が足りていなかったとしか言いようがない。
こちらが仕掛けてしまった侵略行為自体の是非については、ひとまず脇に置いておこう。
一番の問題は、俺自身の腰の定まっていないっぷりが酷いということだ。
借り物の力、スライムの本質、人間の残滓。
それらを消化して己の身の丈を知ることこそ、今の俺にとって最も重要な課題といえよう。
このままでは栄えあるアインズ・ウール・ゴウンの名に泥を塗るだけである。
「本当に行かれてしまうのですか、ヘロヘロさん」
「はい。今のままではモモンガさんの足を引っ張るだけの存在になってしまいますし」
あれから俺は、モモンガさんと何度も話し合った。
俺自身のことも、モモンガさんのことも。
俺がカルネ村の一件で感じた気持ち。
モモンガさんの行動に対する思い。
自分自身を振り返って考えたこと。
何日にも渡って色々と相談した。
そうして出した結論は、俺がナザリックを一時出奔するということだった。
これは俺だけのためではなく、モモンガさんのためでもある。
「確かに私も、ヘロヘロさんがいるということで浮かれ過ぎてしまった場面もありましたが……」
「少し間を空けて互いの距離感を確認する意味でも、俺の旅立ちの意思は変わりません」
「本当に戻ってきて下さるのですよね?」
「もちろんですよ、モモンガさん。俺の帰る場所はここ以外にありません。それにナザリックがピンチの時にはいつでも駆けつけますよ!」
実際問題、王国がナザリック地下大墳墓に攻め込んで来る可能性は高いと思う。
そうした事態になった場合は、ことの善悪はおいてもとにかく参戦するつもりである。
なぜなら傍観してモモンガさん1人に責任を負わせるような腐った行為だけは絶対にしてはならないからだ。
「これ以上の引き止めは野暮になりますね……。ヘロヘロさん、どうかご壮健で。道中の無事を祈っています」
「ありがとうございます。必ず一回り成長して帰ってきますから。その時には、また一緒に冒険に行きましょう!」
モモンガさんと拳を打ち合わせ、俺は背中を向ける。
歩き出す俺は、モモンガさん達の方へは決して振り返らない。
なぜならこれは、別れではなく旅立ちなのだから。
「……え?」
ナザリックを出立して半日余り。
俺は心底びっくりしていた。
「なんでロボ子がここにいるの?」
「マスターが心配」
なぜかシズが付いてきていたことに、今の今まで俺はまったく気づかなかった。
一度も後ろを振り返らなかったことが、まさかこんな結果に繋がるとは……。
「いやいや、これは1人旅だから。付いてきちゃ駄目だって」
「マスターは1人旅とは言っていなかった」
「だからって、勝手に抜け出してきちゃ駄目だろ」
「誰からも止められなかった」
言われてみれば、ナザリックの面々には自分探しの旅としか言っていない。
あまりにもシズが自然に付いてきたので、誰もが元々そういう予定だったのかと誤解したのだろう。
もう結構な距離を歩いてきているが、拠点へ戻るだけならリターンの魔法を使えば一瞬だ。
帰るように命令してリターンのスクロールを渡すと、なんと基本的に無表情なシズが表情を歪めて泣き出した。
「そんなギミック、いつの間に搭載してたんだよ!」
「か、感情の、ヒッ、閾値が、一定を超えると、ヒゥッ、ウアアアァァァン!」
「ちょ、待て。本当に待って! 分かったから、俺が悪かったから!」
「ウゥッ、もう帰れって言わない?」
子供かっ!
と思ったが、多分そういうAIを組み込んだ犯人は俺なので文句も言えない。
あれほど格好をつけて出発した当日に連絡を取るのはかなり恥ずかしいが、背に腹は変えられない。
俺はスクロールを使って、モモンガさんにメッセージを飛ばした。
「すみません、モモンガさん。今大丈夫ですか?」
『えー、あれだけ感動的に別れたのに……。まぁそれもヘロヘロさんらしいですけれどもね。一体どうしたんですか?』
「ロボ子が付いてきてしまったのですが、そちらは問題ないですかね?」
『あれ、もしかして1人旅の予定だったのですか?』
やっぱりモモンガさんも誤解していたらしく、ソリュシャンには別件の任務を与えていたのでシズを連れて行くと思っていたそうだ。
というか1人旅のつもりだと知っていたら、モモンガさんは断固反対だったようである。
そう言われると、ただでさえピーキーな性能のアバターであるのだから確かに1人では危険度が高い。
俺と同じガンナーであるシズとのコンビでは相性がさほど良くないが、純粋に複数人いるだけでも色々なフォローが効くだろう。
『それにオートマトンは簡易ポタの設定でしたよね。それならちょっと顔を見せに戻って来ることも出来るじゃないですか』
「確かに行きはシズに飛ばしてもらって、帰りはモモンガさんに頼ればいいですからね」
オートマトンであるシズの持つギミックの1つに、ポータル機能というものがある。
ポータルとは簡単に言えば拠点に戻るためのアイテムであり、また拠点から設定した場所へワープの魔法で移動するためのものでもある。
ゲーム中では第10階層から動かないシズには全く不要なギミックであったが、この状況ならば役に立つ機能ではある。
「しかし家出した子供じゃないんですから、そう簡単に戻るわけにもいかないですよ」
『そんなことをおっしゃらずに、どうかお願いします。やはりこちらも寂しいですし……』
まぁ今までのように毎日べったり一緒にいるという状況に戻るわけでもない。
ゲートも使わず徒歩で移動するくらい旅という形式に拘っていたのだが、モモンガさんの気持ちを考えると無碍には断れない。
「……別に旅を止めるわけでもないですし、モモンガさんがそこまで言うならちょくちょく戻ってもいいかも知れないですね」
『そうですよ! では早速今から――』
「いやいや、早いですって! それにロボ子が1人で野宿になってしまいますし、もう少し落ち着いたらそちらに顔を出しますから」
『……わかりました、ではお待ちしていますので。また何かありましたら、いつでもメッセージを入れて下さいね』
挨拶を交わしてメッセージを切る。
モモンガさんの愛情というか執着心に少しヤンデレの匂いを感じたが、まぁこちらを思ってのことだと無理やり納得してシズに向き合う。
「一応モモンガさんの了解は得たから、付いてきて問題ないよ」
「サーイエッサー、マスター」
「そろそろ夜営の準備でもするか」
「サーイエッサー、マスター」
さっきまで大泣きしていた子とは思えないシズのロボロボしい態度に、それはそれでアリだなと思う旅立ち初日の感想であった。
カルネ村の一件から、俺はこの期に及んでまでロールをする気持ちはなくなっていた。
だが一方で素の己を曝け出すのも、このアバターに対する冒涜だと考えている自分もいる。
これは遊びがどうとかの問題ではなく、ロールプレイヤーとしての矜持である。
妥協点としては、シズのような無口キャラを目指すというのがベストではないかと思う。
口数を減らせば外見に合った中身に見えるし、無理に中身を外見に合わせようとする必要もない。
それに無口主従というのもなんだか格好良いような感じがする。
だから俺はどんな場面でも、出来るだけベラベラと口を開かないようにしようと決めた。
「ひょう、見たこともねぇような上玉じゃねぇか!」
「こいつぁ高く売れそうだぜ!」
「ちっと待てよ、そりゃ俺達が楽しんだ後の話だ!」
「そうだそうだ。こんな上玉、今を逃したら一生味わえねぇからな!」
たとえこういう風に、お約束な感じの盗賊が登場した場合でもだ。
人間が同種とは思えないという考えは、モモンガさんも俺も共通だ。
しかし数日の話し合いの中で分かったことがある。
モモンガさん的に人間は、アリを見るような感じなのだそうだ。
だが俺にとって彼等は、犬と相対しているような感覚なのである。
野良犬が保健所で処分されたと聞いても、別に心は痛まない。
飼い主の言うことをよく聞く忠犬が殺されるのは、可哀想だと思う。
たとえ外道な狩猟犬でも自分が殺さなくてはならない場合、不快な気持ちになる。
「おら、おめぇはさっさと死ね!」
「ぎゃはは、このクズ野郎が!」
だが狂犬を殺処分するのに、なんら躊躇いは覚えない。
盗賊達は俺に剣を突き立て、すぐにその異常性に気が付いた。
「なっ! け、剣がっ!」
「馬鹿な、溶けてやがる!」
溶けて壊れた剣を取り落とし、尻込みをする盗賊達。
俺は一番近くにいた男の口の中に漆黒の銃を捻じ込み、ゆっくりと引き金を引く。
「っぷがぁ……」
「ひ、ひいぃ!」
一瞬で頭の中身が弾け飛んだ仲間の姿に、盗賊達は恐慌状態に陥る。
そんな奴らの1人を背中から踏みつけ、別の男に向けて再度発砲する。
「ぎゃあ!」
「なんなんだ、こいつ!」
「逃げろっ!」
胴体に大穴が開き、ドロドロに焼け爛れた内臓が零れ落ちる。
しかし誰も男を助けようとするどころか、もはや一瞥すらしない。
俺が足でキープしている男を除き、全ての盗賊達が一斉に背を向けた。
それを見て、俺はシズに向けていた左手を下ろす。
ガガガガガッ!
その瞬間、地響きのような音が砂煙を巻き起こす。
しばらくして静まり返ったその場には、肉片が撒き散らされているのみだった。
「た、助け、助けてくれ! もう盗賊から足を洗う、だからっ!」
足の下から、そんな叫び声が聞こえてくる。
だがこの男には、大事な役目があるのだ。
「やめて、やめてくれ、助けて、いぎいぃ!」
手の平から出した酸の触手を、男の側頭部に突き立てる。
溶かすというよりも、啜るという表現の方がこの状況に即しているだろう。
スライム種のアビリティの1つ、吸収である。
ビクビクと蠢いていた男の抵抗が弱くなるのと反比例して、俺の中にどんどん知識が流れ込んで来る。
その首から上が消滅した時点で、俺は吸収を止めて男から手を離した。
「ふう、法国の工作員ほどじゃないけど、帝国の情報をそこそこ持ってたな」
「お疲れさま、マスター」
「少し情報を整理しながら歩くから、周囲の警戒は頼んだ」
「サーイエッサー、マスター」
東に向かって歩いてきたが、どうやらこの辺は既にバハルス帝国領であるらしい。
その帝国の裏情報を中心とした、如何にも盗賊らしい知識を持っている。
なかなか食べ応えのある情報で嬉しくなった。
特に素晴らしいのは、この男が心底下種であると確信できたことだ。
以前吸収した工作員の男は外道ではあったが本人なりの信念もあり、かなり気が咎めてじっくりと知識を咀嚼することが出来なかった。
その点を考えるとこの男は俺の餌にピッタリであり、全てを強奪しても知識欲を満たした喜びの感情しか湧かない。
「しかし知識の収奪は、やってみるとかなり楽しいな」
「マスターはスライムなのに吸収は初めて?」
しまった、シズが一緒だとめったなことを口走れない。
知識の吸収はゲーム内の設定であり、実際にはプレイヤーを吸収した際の一時的な相手スキル使用権や身体能力UP効果だった。
俺は適当に誤魔化しながらシズとの会話を続ける。
「今まではヨルムンガンドを吸収するくらいだったからな」
「そう」
「しかしこれだけ便利なら、盗賊だけじゃなくて貴族や王族なんかも吸収したいもんだけど……」
「持ってくる?」
シズの提案は魅力的だ。
俺とシズの能力を考えれば、どんな相手でも簡単に人攫いして吸収出来るだろう。
スライムの本性らしく知識を持った餌として人を認識しつつある今ならば、前よりも抵抗感なく喰えるかもしれない。
「いや、止めておこう」
「了解」
しかし俺はアインズ・ウール・ゴウンの一員、PK野郎と墓荒し以外への手出しはご法度である。
個人的にも自分の都合だけで殺人を犯そうとは思わない。
スライムらしさに引き摺られるだけでなく、こういう気持ちも大事にするべきだろう。
これらの感情を全て己のものとして統合し自覚するのが、この旅の目的であるのだから。
(どこぞに知識のあるクズは落ちていないものか……)
そんなことを考えながら、俺とシズはとりあえずの目的地である帝都アーウィンタールを目指すのであった。