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No.35810の一覧
[0] 【短編】それぞれの部屋[独逸語で8の人](2012/11/14 01:47)
[1] 後書き的な何か[独逸語で8の人](2012/11/13 20:42)
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[35810] 【短編】それぞれの部屋
Name: 独逸語で8の人◆f6b985b3 ID:6b29d342 次を表示する
Date: 2012/11/14 01:47

「ただいまー」

いつものように仕事を終えて、自室に戻って来たその日。高町なのははふと言いようのない虚しさを感じた。
当然ながら、自身の呼びかけに応える声は無い。それもそのはずだ。なのはがこうして一人暮らしをするようになってからもう二年ほどになる。



なのはは時空管理局への就職を決め、中学校卒業後には単身管理世界へとやってきていた。
勤め始めた頃はまだ学生との二足のわらじだったため、なのはは本局武装隊に進路を定めていた。
出身が管理外世界であるなのはにとっては、任地との関わりが強く、現地に常駐する陸士というわけにもいかず、
方々の世界を飛び回る次元航行隊で本格的に業務に携わるのもまた無理があったためだ。

本局武装隊であれば、ある程度期間を区切った勤務が可能だった。専ら在学中は、地上部隊では対処しきれない事態への増援としてピンポイントで出動しており、
卒業して管理世界を生活の場とした後もそのまま航空武装隊員として勤めていくことになる。

武装隊として配属される前に受けた陸士校での促成教育の後、士官候補生とされたものの、管理外世界出身者向けのカリキュラムが時空管理局には存在しなかったため
――そもそも時空管理局は原則的には管理外世界に干渉しないことになっているので当然である――暫定的に空士として現場に配属されて以来、なのはは八面六臂の活躍を見せた。

だが順調に現場で仕事をこなしつつ昇進し、士官学校へのを入校も視野に入った頃、なのははとある任務中に撃墜されてしまう。
その後遺症を癒す過程で士官教育を受けるものの、戦傷とそれを受けた原因であるオーバーワークを理由に前線配置から外されることとなった。
そうして選んだ職場が現在の時空管理局本局武装隊戦技教導隊である。



後ろ手で戸締りをして靴を脱いで、少し曲がって置かれていたスリッパにデスクワークで疲れた足を滑り込ませる。
技術を教え、鍛える実践面が大きい戦技教導隊と言えども書類仕事とは無縁ではない。
特になのはは二等空尉、つまりは士官であり、教導チームでも重要な位置にいる一般企業で言う管理職である。
許可を必要とする書類が多いのは責任の重さでもあり、現場でただ目の前の事件を追っていた頃とは違う感覚であると言えよう。
もっとも、階級が上がればそれはどの部署にいようとも同じことではあるのだが。

もちろん、よく考えた末に選んだ現在の職場ではあるが、ふとした拍子に武装隊時代の記憶が蘇ることがある。
魔法と出合った頃ほど純粋な気持ちではなかったものの、高く、遠くへ、飛んでいく。辛いこともあったけれども、楽しいこともあった。そんな思い出だ。
教導隊で教え子の未来に想いを馳せるのは当時には無かった素敵な瞬間ではあるが、あの頃の感覚を懐かしく思ってしまう自分がいるのもまた事実である。



いけないな、と頭を軽く振ってなのはは肩掛けの鞄を机の上に放り出し、やや乱暴に制服の上着を脱いでクローゼットに仕舞う。
レイジングハートを机の上の小さな籠――レイジングハートが入るには大きめの、実はフェレット姿のユーノがその昔、寝床にしていた籠である――にそっと置く。

そう、こんな暗い考えはよろしくない。
若さが手の平から抜け落ちて仕事だけが残った女性みたいに昔を懐かしむのは17歳の女の子がすることではないはずである。
ふとそんな姿になった十数年後の自分を想像して流石に苦笑を浮かべるなのは。いやいや、流石にそれはないだろう。いくらなんでも。
全力全開、仕事一筋一直線にアラサーまで突っ走るなんて、そんな夢のない魔法少女がどこにいるのか。
いや、これは小さい頃に見ていたアニメではなく現実なのだから油断はできないのかもしれないが。


< Good night, master > (お疲れ様です、マスター)

「ありがとね、レイジングハート」


レイジングハートに気遣われるほど疲れた顔をしていたのだろうか、となのはは顔をぺたぺたと触りつつ考える。
ああいや、もしかすると妙なことを考えていて変な顔をしていたので心配されただけなのかもしれない。
鞄から手鏡を取り出して見てみると、少し疲れた顔をした自分が、少し困ったように眉をハの字に曲げてこちらを見つめていた。
どうやら面白おかしな顔をしていて、貴女、疲れているのよ、と呆れ混じりに言われたわけではなさそうである。
体の疲れは確かにあるけれど、この全身のだるさはなんだろう、となのはは手鏡を仕舞いつつ、ため息をついた。

とりあえず、日記をつけてシャワーでも浴びてさっさと寝てしまおう。そう思って椅子に腰掛けた。
机の上はここ最近のなのはの心の中を象徴するように、少し物が多く、雑然とした感じになってしまっていた。



正面の壁に飾られているのは離れてしまったけれど、いつでも心は一緒、家族との集合写真。アリサやすずか、級友達との思い出の記録。
そこにユーノやフェイトが加わり、クロノやアースラのクルー、そして八神一家と、魔法との出会いの後に増えた人々が現れる。
中学時代も少し顔触れが変わった程度で大差はない。

机の上に置かれているのは陸士校での教官の一人から餞別にと渡された空のカートリッジだ。
まだ当時はカートリッジデバイスは普及が始まったばかり、そんな中でそれを使いこなすなのはたち先駆者への期待の表れだったのかもしれない。
そしてその隣の写真立てで思い思いのてんでばらばらな表情を浮かべているのは武装隊の元同僚達である。
本当に経歴も様々で、何一つ同じな人などいなかったけれど、常駐していなかったなのはですら何とも言えない一体感を持つことが出来たどこか不思議な職場だった。

隅のレターボックスにまとめて入れられているのは負傷して療養していた頃に届いた友人や同僚たちからの手紙だ。
どこで聞きつけたのか、地球の、それも日本独自の習慣である千羽鶴も贈られてきたのを思い出した。
そちらは流石に部屋に飾っておくわけにもいかず、海鳴の実家に大事に保管されているはずである。
中には海鳴ゆかりの人々からのものもある。勉強面での遅れが致命的にならなかったのがノートをとってくれていた同級生たちのお陰なのは間違いない。



卓上ライトに立てかけるようにされている額に入れてあるのは士官教育課程の修了証である。
療養中はリハビリ以外ではどうしても暇も持て余してしまい、学校の授業のノートを見るだけでは飽き足らず、結局元々受けるつもりだった士官教育課程の座学部分を勉強していた。
そんな様子を見た主治医が気を利かせて、自らの知人であった士官学校の教官にこれを伝え、車椅子で授業参加することになったのは嬉しい誤算である。
もっとも、結局なのは自身は前線に士官として戻ることはなく、あまり階級に意味のない教導官になってしまったのは皮肉ではあるが。
その結果が現在の山のよぉな書類である。ちょっとだけ、ほんのちょこっとだけ主治医を恨めしく思うなのはであった。

レターボックスの上の方には教導を受けた教え子からの手紙がいくつかある。
そもそもなのはが主に担当しているのは部隊配属から数年を経て“実力不相応に”自信がついている連中である。
それをまずアグレッサーとして翻弄してその鼻っ面をへし折り、後に基礎をこれでもかと叩き込み直してその程度もできないのか? と発奮を促すのがなのはの役目である。
なのは自身も本来は教導官になった頃がそういう時期なのだが、撃墜されたことでいい具合に矯正されてしまっていた。
とはいえ明らかに年上が多かったのでやりにくいことこの上なく、まだまだ教導官としては新米だったなのはにとってそれらの手紙は非常にありがたいものであった。

そして准空尉を経て士官となり、職場が変わったのもあって色々と勉強することも増えた。
机の上にはカラーペンで傍線が引かれた箇所が目立つ魔導空戦理論の論文や、戦闘指揮論など、純粋な戦闘に関するものから部隊全体に関わる指揮心得の書籍まで、
それらには士官教育で詰め込まれた知識を掘り起こしながら丹念に気になった点を書き留めていった付箋が例外なくつけられており、挙句手書きのへたったノートがそれに加わっている。
どうやら机の上の散らかりようは主にこれらが原因のようであり、既に半分近くの面積がこの連合軍によって制圧下にあるとみえる。



片付けなくてはいけないな、と思いつつも体は言うことを聞いてくれず、なのはは吸い込まれるようにベッドに倒れ込んだ。
あぁ、シャワーを浴びて着替えてからじゃないと、と思いつつも起き上がることができない。どうしてこんなに自分は疲れているのだろう。

ふと、今日職場で見た光景が頭に浮かぶ。何故それを今思い出したのだろう、と自問しているうちにそのままなのはは睡魔に飲みこまれていった。















「あぁ、ちょっといいかな」

「は、自分ですか?」


なのはがその現場に居合わせたのは上層部にあげるための書類をしたためて上司を訪ねようとした時であった。
その上司が教導隊に入ってきたばかりのチーム内の隊員を呼び止めていた。彼は士官学校から直で教導隊にやってきた、少し風変わりな人物である。
ちょうどなのはは廊下の角に差し掛かったところであり、死角になる場所にいた。
出直そうかと踵を返そうとしたが、なんとなく後ろ髪引かれる思いがして脚が動かなかった。

上司であるこの三等空佐は様々な経歴の持ち主がいる教導隊内でも珍しい、民間大学を卒業後、社会人として管理局とは何の関係もない一般企業に勤めていたという人物である。
初めての教導を前に一抹の不安を感じていたなのはに「なんだか不安そうな顔だね。恋をしなさい、恋を。人生、何事も経験だよ」と豪快に笑いながら話しかけてきたのを思い出した。
まぁ、それだけならセクハラ上司なのかもしれないが、その後急に真面目な顔をして教導も恋も変わらないよ、と付け加えたのには思わず笑ってしまった。
なんだか悩むのが馬鹿馬鹿しくなって、気持ちが楽になったものである。当時一尉であった彼女が今やチームリーダーだ。時が経つのはなんとやら、ということか。

つまるところ、あの豪快なのか気遣いができる繊細さがあるのかよく分からない彼女がなのはと同じような新米を前にどんな言葉をかけるのかが気になってしまったのだろう。
当時とは違う悩みではあるものの、なのはがいまいち仕事に打ち込めず、何とも言えない疲れを日々感じていたのも原因の一つかもしれない。
立ち聞きという行為に若干の後ろめたさを感じつつも、なのははその場を離れることが出来ず、廊下の角から聞き耳を立ててしまっていた。


「君はさ、外の世界を知らないよね」

「……はい。自分は管理局しか知りませんから、世間を」


経歴の歪さではなのはも引けをとらないが、彼の経歴は真っ直ぐで、まっさらなのに世間一般からすれば歪である。
もっとも、これは管理世界では程度の差こそあれ、幼いながらも優秀な魔導師にはよくあることではある。
実力主義の名の下に、社会から引き離されるように狭いコミュニティに飛び込んでいくというのは。誰かさんのように。


「私は逆に管理局みたいな閉鎖的な特殊なコミュニティというのはよく分からなかったな」


そう感慨深げに呟く彼女は既に30の半ばを過ぎている。航空魔導師としての実力は並みであり、教導隊の中での実力ははっきり言ってぶっちぎりの最下位である。
では何故彼女は管理局に入局し、三等空佐という地位にあるのか。それはなのはも興味のあるところであった。
実際、デスクワークでは彼女は非常に優秀であるが、実地で杖を手に教導をする光景は一度たりとも目にしたことがないからだ。
教導隊というのは人を教え、導く仕事をする部署である。では彼女は何を教え導いているのだろうか。
しばしば教導を受けに来た隊員たちと飲みに出かけたり、話をしているのは目にしていたが、何を教えていたのだろうか。
いや、そもそも教えるという雰囲気ではなかったような気がしないでもない。特に飲みに行く時の輝いた笑顔は。


「だいたいさ、最初にスカウトが来た時は今頃何でだろうと思ったね。もう27だったんだよ、私」


彼女は苦笑しつつ続ける。管理世界の魔導師であれは誰もが一度は管理局員という将来を思い描くものである。
この上司もその例に漏れず、それを考えていた時期もあったようだ。
けれども、戦闘魔導師としては平凡である自分を認識し、局員としてやっていくのに不安を覚えた彼女はきっぱりと局員の道を諦め、
魔法とは関係のない一般企業に就職し、実生活でもほとんどと言ってもいいくらい魔法を行使することはなかったという。

生活そのものにおいて魔法の占める割合が低いというのは市井の魔導師にはさほど珍しいことではない。
魔導技術は過去の戦乱によって発展した技術であり、本来民間転用が可能な術式はそう多くなかった。
今でもミッド式魔導技術体系は戦闘に傾倒していると言われる。ベルカ系統のそれよりは遥かにマシなのかもしれないが。
そして、平和な時代に銃剣を包丁代わりにキッチンで使うことがないのと同じように、「武器」である魔導技術もまた家庭には入り込んではこなかったのである。
もっともその傾向は戦乱の記憶とともに薄まって来ており、連絡用の魔導ウィンドウやストライクアーツの人気の広がりなどの形で生活に溶け込みつつあるのだが。
だいたいエネルギー源としては魔導変換炉の形でとっくに社会に根を下ろしているので当然と言えば当然なのかもしれない。


「で、スカウトに来た当時のこのチームのリーダーの三佐殿が、チームには違う空気を持った人間が、外での豊富な経験を持った人間が必要なんだとおっしゃってね」


魔法とは無縁の生活を送っているそれなりの実力を持った魔導師の噂を聞いて出向いてきたのだという。
それなりの実力を持っていて、かつ“全く魔法と無縁”というのはある意味珍しかったのかもしれない。
才能を腐らせるのはもったいないと魔導技術関連の企業に就職する魔導師はやはり多い上に、そうした職種は概ね一般職よりも高待遇であるからだ。
それを蹴っていたという彼女はたしかに間違いなく世間一般から見ても変わり者の部類だろう。


「折りしも会社が傾いていてね。考えておきます、と返事した翌日に社長が言うんだ。泥舟に構わず行きなさいって」


かくして彼女は一度諦めた夢の舞台に飛び上がり……紆余曲折、なんやかんやあって引き入れた人物と同じ階級にまで上り詰めた、ということらしい。
彼女は戦闘魔法訓練自体は小さい頃に受けており、また一般大学を卒業しているので士官学校での半年のカリキュラムを経て三尉任官したそうだ。
これが学歴の差である。

すごいサクセスストーリーじゃないですか、と拍手するべきなのか迷うところである。
なにしろ一度夢破れている上に、そうまでして勤めていた会社も傾いていましたというオチ付きである。
ちなみに彼女を放出したのを含めて支出を圧縮したその会社はなんとか持ち直したらしい。ますますコメントに困る。
もちろん、そんな話をされた新人隊員も困っている。


「ま、私が何を言いたいかというとさ。経験は視野を、世界を広くしてくれるということだよ」


魔導師としての経験。非魔導師としての経験。彼女は両方の世界を自分の中に持っていて、両方の視点から世の中を見ることができる数少ない人物である。
特に管理局内で言えばほとんど存在しないタイプの人間であるのは間違いない。
今までの人生を清算して、一から管理局の中でやっていくのは並大抵のことではなかったはずだ。
逆に言えば、それらを失っても管理局にとって彼女には価値があったということになる。それゆえの今の地位である。


「結局さ。企業も管理局も変わらないんだな。彼らは経験を買う。学生でも同じだね。学歴なんてものはどうでもいいのさ。経験だね、経験」


より経験を積んでいるのは年長者である、ということなのだろう。「ただ長く生きているだけでも敬うに値する。それが敬老である」とは誰の言葉だったか。
それから彼女は一方で若いのを雇うのは経験の青田買いみたいなものだ、と表現した。これから積むであろう経験込みで引き込んだということだろう。
それがなのはや彼のような若くして入局した人たちへの管理局の考え方なのだ。そう、だからこの上司は言うのだろう。
経験を積め、いろいろなことを知れ、視野を広くして、もっと多くの世界を見なさいと。
それは教導を受ける側にもそのまま伝えられていっているのだろう。技術そのものではない、その裏にある経験の意味を彼女は伝えているのだ。

果たして高町なのはという人間はその期待に応えられているのだろうか。広くなるどころか、狭くなる一方に思えてくる自分の世界を思うと、気が重くなり、そのまま立ち去った。















だんだんと意識が覚醒していく。七分ほど閉められたカーテンから入ってきた陽光が寝起きの目にしみる。
あぁ、朝か、と思ったところで一気に帰宅してからのことが頭を過ぎる。あ゛ー、と声にならないうめきが口から漏れ出でる。
しまった、結局寝てしまった。体の節々が痛む。


< Ah... G, Good morning, master > (あー、その、おはようございます、マスター)

「これはひどい」


思わず呟いてしまった。

とてもではないが17歳の女の子のしていい思考と行動ではなかった。きっとこんなだからあの上司に言われるのである。
恋をしなさい、恋を、と。お前の人生枯れていると言われている気分になる。嗚呼、最悪の目覚めとはこのことか。
レイジングハートの気遣いが心に痛い。呟いてしまった一言に何か思うところがあったのか、触らぬ神に祟りなしの精神なのか、それっきり彼女は沈黙した。
雄弁は銀、沈黙は金である。我が相棒ながら賢い。空気を読めるインテリジェントデバイスは素敵だと思う。

そしてさまよう視線が――多分、かなり据わった目つきになってしまっている――卓上の時計を捉え、思わず二度見してしまう。
それが間違いでないことを十分に確認した上でがっくりと、肩を落とす高町なのは17歳。既に短針は1の文字を回っていた。現在午後一時十二分。
幸い今日は休日である。だからこそ気が抜けてあのような醜態を晒してしまったのではあるが、いくらなんでもこれはないだろう。乙女として。

レイジングハートの気遣いが心を抉る。そもそもミッド語のgood morningは日本語のおはようとは意味が異なる。
相手が起きたばかりだからといって午後にはあまり使わない。おそようございます。さくやは、おたのしみでしたね。ばくはつしろ。
妙な単語が頭を過ぎるのは間違いなくあの変人上司のせいである。何か間違った経験ばかり受け取っている気がする。
そのせいで思い出してしまった。こんな時間に起き出した相手をからかって「やあお寝坊さん」というニュアンスでgood morningと呼びかけることもある。
ジト目でなのははレイジングハートを見つめるが、どうやらだんまりを決め込んでいるようである。追求するのは難しそうだ。

机の上に放り出した鞄は書籍の山を一部崩してしまっているし――そもそも机の上に物が積まれている時点でおかしいのだが――開いたままのクローゼットからは
少し曲がってハンガーにかけられている制服の上着。ああ、少しよれてきてしまっている。そろそろクリーニングに出さねばなるまい。
着たままの制服についてはあまり深く考えたくはないが同様だろう。なにはともあれ、とりあえず熱いシャワーでも浴びて頭を冷やそう。
熱いのに冷やすとはこれ如何に。ますます思考の袋小路、地獄の三丁目状態である。



やはり皺になってしまっていた制服を脱ぎ捨て、熱いシャワーを浴びる。寝起きの体にはびっくりだろうが、覚醒の儀式としては格別であろう。
はっきりとしてきた頭で考えるに、なのはは心が疲れ、頭が参って、そして体も疲れていたのだろう。
何でもかんでもとにかく全力全開で打ち込んでしまうのが高町なのはという人間である。仕事に一直線、教導に全力全開、脇目もふらずに一気一気。
机の上の惨状を思い出せば、いかに目の前の仕事に集中していたかが分かるというもの。折角の休みに気分転換をするでもなく、惰眠を貪り気付いたら昼でした。
そういえば先週も、そのまた前の週も、というか先月も、ずっとこの調子だったのを思い出してしまった。


「う゛ぁ゛ー」


若さの欠片もない――いや、ある意味で仕事に一直線なのは若さの表れなのかもしれないが――17歳の生活である。どこのくたびれたサラリーマンだ。
いや、スーツが戦闘服の彼らだって、もう少しマシな生活だろう。金曜の夜には飲みに繰り出して仕事の文句をぶーたれて、翌日昼過ぎに起きてシャワーを浴びるのである。
あれ、行動そのものは今の自分と変わらない。飲みにも行かず、直帰してベッドに飛び込んだのでもっと悪いかもしれない。なのはの年齢では飲みに行くわけにはいかないが。

これは駄目だ。本気で仕事一筋で気付いたらアラサー確定である。というか、あまりに全力全開過ぎてそのままアラフォーまですっとんでしまいそうである。
リンディ提督とレティ提督があらあらうふふ、こっちにいらっしゃいと手を振っている光景をなのはは幻視したが、頭を振って妙な妄想を追い出す。
ごめんなさい、貴女達ほど実生活が充実していません。この調子だと子供はおろか旦那さんすらもらえそうにありません。
世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかりだよ、クロノくん。



シャワーを浴び終えて、身支度を整えたなのはは小さく溜息をついた。世界を広げるなんていう大それたことはそうそうできることではない。
人間一人の交友関係というものは真面目に考えると案外両手で足りるぐらいのものである。
ともだちひゃくにんできるかな、は子供の夢であって、現実を知る大人は微妙な顔をして「できるといいねー」と頭を撫でるしかない。
さて、では社会の現実を知ってしまったなのははどうするべきか。そう、両手で足りてしまう交友関係と気晴らしに出かけるのが常道というものである。















「ごめんねーなのはー」


まぁなんというか、こちらは予想はしていた。執務官というのは激務である。
ちょうどフェイトは追っていた事件の詰めを迎えており、休日返上で捜査関係書類を仕上げているところだったらしい。
そも、この手の書類というのは非常に手間がかかる。例えば逮捕状の請求には捜査官が数人かかりっきりでも半日以上かかってしまうという。
ある人間を犯罪者として確定して拘束し、自由を奪うための手続きなのだから当然のことなのかもしれないが、現場の人間からするといくらなんでもやりすぎだと言いたくなるのも分からないでもない。
もっとも、フェイトの表情からは仕事を疎んでいる様子は読み取れず、充実しているのだなとなのはは思った。

そして自分も人のことは言えないのにあれこれとなのはのことを気にするフェイト。仕事大変じゃないの、顔がなんだか疲れているよ、ちょっと休んだ方がいいんじゃない?
彼女はそういう人間なのである。とにもかくにも、自分のことよりも他人を優先する。ある意味、出合った頃から変わらないフェイトらしさがそこにはあった。
それを成長していないと見る向きもあるのかもしれないが、外面はともかく、人間芯の部分などそう変わるものではないだろう。
もっとも、9歳にして芯が整っていたなのは自身とその周囲が異質であるというのは事実なのかもしれない。

気が付くと仕事の関係で保護した子供たちの話に切り替わっていた。エリオとか、キャロとか。
前に彼女が見せてくれた写真の中では戸惑いながらもぎこちない笑みを浮かべる彼らと、満面の笑みを浮かべるフェイトのそれぞれのツーショットが印象的だった。
心底楽しそうに語るフェイトを見て、他人の幸せを感じて笑みを浮かべるのも、本人がそれで幸せであると思えるのなら問題ないのではと思えた。
幸せなどというものは、人それぞれなのだ。

そうこうしているうちに長く話し込み過ぎてしまってどうやら休憩時間が過ぎていたらしい。
慌てた表情を見せてごめんねと言うフェイトにわたしはいいよと首を振って答えた。どうやらなのは自身もフェイトの幸せそうな顔を見て元気をもらったようである。





「遠慮することなんかないのに。なのはちゃん」


なのはは手を軽く横に振って、不満顔の夜天の主を押しとどめた。
ヴォルケンリッターにもそれぞれの職務があるため、八神一家も常に一緒というわけではなく、お互い連絡を取り合って休暇を合わせていることをなのはは知っている。
それに、なのはがぽつんと八神ファミリーの中に放り込まれるというのは、なんというか、その、アウェー感がひどい。
はやてを筆頭に彼らがそういうことを気にしない人たちであることは重々承知しているが、久々の一家団欒に飛び入りでお邪魔するほどなのはは無粋ではない。

フェイトが他人の幸せを見て笑みを浮かべる人間であるならば、はやてという人物は周りに笑顔を振りまいて幸せにしてしまう存在だろう。
いつも表で笑みを浮かべて、その裏ではどうしたらみんなが幸せになれるのかと苦悩して、そしてその結果、周囲に自然と笑みを広げていく。
生きているだけでも幸せなんだと語るはやての短いながらも壮絶な人生はどこか生き急いでいるとすら人によっては感じるだろう。
はやてもまた、なのはとは違った意味で全力全開なのであり、ある意味似た者同士である。
どこかとぼけた様子でそれを誤魔化して、あるいは“本気で気を抜くことが出来る”人間性の持ち主であるという最大の違いはあるのだが。


「んー、なにか悩んでいる顔やな?」


いたずらっぽく笑う彼女曰く、なのはは見ていると周りが幸せになってしまうタイプの人間らしい。
考えすぎたらあかんよー、とけらけらと笑う彼女を見ていると、どこまで本気なのかがいまいち分からない。
悩みごとがあっても砲撃のごとくぶち抜いて走り抜けるのがなのはちゃんやないか、と余計な一言を付け足すあたりが実にいい性格をしている。
なのはにしても思うところはあるので怒るに怒れない。はやてはその辺りを見極めるのが非常にうまい。
これが偉くなる人間の会話術というものなのだろうか、と思ったら恐らく思うつぼである。同い年とは思えないこの懐の深さがこの親友の頼もしさだ。


「まぁそうやねぇ。ユーノ君とデートでもしたらええんちゃう?」


前言撤回。うっとうしく思うことも、ままある。的確に相手の弱点を見つけて、尾を引かない程度に弄り倒すのがこの女性の悪癖である。
もっとも、どこか疲れた様子で浮かない表情を浮かべて連絡をしてきた親友の気持ちを晴らそうとしたのではないか、と思うと憎めないわけだが、
彼女の場合、こちらがそう考えることも計算した上で自分も楽しんでいる節があるのが問題ではある。だが不思議と嫌われない、本当に困った人間だ。





「あーもう……」


ベッドに身を投げて天井を見上げる。困ったことに片や素で、片や計算した上で気を遣ってくるのである。この友人達は。
そしてその好意に甘えて気分を晴らすことが出来ない、9歳の頃から全く変わらない“いい子”のままである自分に気が滅入る。

さてどうしたものか、軽く昼食もとったため時刻は既に3時を回ってしまっている。昼食じゃなくて間食じゃないですかという突っ込みは黙殺する。
というかそもそも順番としてはなのはがとったのは朝食である。
天井の染みがあの上司の顔に変化した。恋をしなさい、恋を。思わず枕を投げつけそうになったのを責められる人間はいるだろうか。

駄目だ、いっそ仕事一筋でもいいから何かに打ち込んでこのマイナス思考を断ち切ろう。なのはは起き上がって机に目をやる。
とはいえ、仕事について正直、迷路の袋小路状態である。それこそはやての言の通りそれを気にせず突っ走るくらいしか今のなのはには考えられない。
上司や同僚に相談するのもいいのだろうが、休日に連絡をとるのも気が引ける。フェイトとはやては偶然休暇がかぶっていたが、彼らは今日も出勤しているはずである。
どの道、迷いがなのは自身の真っ直ぐなひたむきさを歪めている今、手をつけてもあまりいい結果にはならないだろう。

視界には海鳴の人々の写真も入るが、今から管理外世界の家族や友人に連絡をというのも無理がある。
なのはの出身世界ということもあり、多少は融通は利かせてくれるものの、連絡ひとつにも手続きが結構面倒なのだ。
一方で仕事が関わると嘘のようにトントン拍子で連絡どころか行き来すらできてしまったりする。管理局もやっぱりお役所なのだなぁと感じる瞬間である。
そういえばあの新人さんも凄く仕事は出来る人なのだけど、私生活はなのは以上に壊滅的という噂である。お役所を人間にたとえたら彼のような感じなのかもしれない。

そんなことを考えていると、レイジングハートが意味ありげに明滅した。それでなのはは、はたと気がついた。一部始終を見ていた相棒の気遣いに感謝する。
彼女が納まっているのは、魔法に関わる最初の友達にゆかりのあるあの籠ではないか。上司の顔とかはやての顔とかが浮かぶがとりあえず脳内で砲撃をぶち込んで黙らせておく。



「あ、ユーノくん? こんな時間からで悪いんだけど、ちょっといいかな?」















高町なのはとユーノ・スクライアという二人の関係は他人から見るとやや複雑である。
ユーノはなのはが魔法の世界に足を踏み入れたきっかけに関わる人物であり、魔法の教師と弟子の関係であり、無限書庫司書長と管理局員という現在である。
しかし、当人達にとってみれば非常に簡潔な関係であった。

友達である。

ただ、そう臆面もなく両者が周囲に告げていたのは二年くらい前までのことだ。
ユーノがエイミィに対してそう言って、あーまだ二人にはちょっと早いかなと返答があったのはそのエイミィが結婚を控えていた頃の話。
まだ仕事が楽しい時期だものね、と彼女は言ったが、後によくよく考えてみると当時15歳の二人に対して使う言葉ではない……
というのはなのはの世界の常識であって管理局や魔導師たちの間ではそこまでずれた話でもないらしい。

魔導師は身一つの丸腰でも強力な武器を持っている存在である。
一般校と魔法校の違いは魔導教育もさることながら、情操教育が実は一番重要視されていることなのだ。
子供のかんしゃくで魔法を使われれば冗談では済まされないのだから。

なのはも「友達に、なりたいんだ」で砲撃をぶちかまされて始まる友人関係というのは正直、ないだろうと今は思う。
彼女とは違う意味で世間ずれしているフェイトが特に気にしていないようなのが救いだろう。
よく考えれば海鳴の親友達とも平手打ちから始まった友人関係である。あまり深く考えると頭が痛くなりそうだと思ってなのはは考えるのをやめた。

頭を振って考えを頭から追い出して、ふと気付くと隣を歩いていたユーノが何か言いたげな顔でこちらを見つめている。
どうかしたの、という問いになのはは少し肩を竦めてなんでもないよ、と答えた。
このユーノ・スクライアという少年はある意味なのはの交友関係の中では
真っ当な付き合いで親友とまで呼べる深い関係になった初めての人物だと言っても過言ではないのかもしれない。

ちなみにユーノが魔法の先生であるという話がなのはが自らの友人関係に言及する時の最初の話題である。
流石に強敵と書いてともと呼ぶようになりました、というような説明をする胆力はなのはにもない。そもそもそんなことを言われたら相手はどん引きである。
一方フェイトは嬉しそうに真っ先に話し出しそうになるのでなのはとしては非常に頭が痛い問題であった。
なのはにしても悪い思い出というわけではないのだが、今となっては率先して他人に話したいとは思えない話題なのだから。

そうしたなのはの態度自体が、尚更周囲に困惑を与えているのには彼女自身は気付いていない。
そんな話を聞かされればユーノと何か特別な関係になっているのではと相手が思うのも、無理はない。
困ったことにユーノも内心どう思っているかは分からないが、なのはは友達だよ、と曇りのない笑顔で語るので周囲はますます悩んでしまうのである。


「今日は急にごめんねユーノくん」

「大丈夫、こっちも論文がどうにもうまくいかなくてね」


軽く肩をすくめて苦笑するユーノに、なのはは勝てないなぁ、と内心ため息をついていた。
“こっちも”ということは、結局一切話すことがなかった今のなのはの状態をそれとなく察したということだろう。
仕事なり、私生活なり、なんらかの形でうまくいかず、悩んでいるということをなのはの様子から見抜いたに違いない。
しかし、それをストレートに聞くことはなく、なのはが口にするまで待っている。
だが悲しいかな、高町なのはという女性はこういう時になかなか周囲に弱音を吐くことが出来ない性質なのである。


「その、ありがとう。今日は付き合ってくれて。じゃぁ、またね」

「うん、また」


柔らかな笑みを浮かべてそっと手を振るユーノの視線から逃げるように、なのはは心の中で謝罪しながら立ち去った。

その姿が見えなくなってから、ユーノは腕時計を見て小さく息を吐いた。
なのはが言い出せないことが分かっていながら、問題を抱えていることを察していながら、踏み込む勇気がない自分への嘆息だ。
空を見上げ、ウェストポーチから折り畳み傘を取り出す。

人工居住施設である本局では自然に雨が降ることなどない。住む人間の精神面への影響を考えてわざわざ定期的に雨を降らせている。
本来必要ない緑があちこちに配置されているのと同じ理由だ。長期間、多数の人間が住む閉鎖空間にはこういったものがどうしても必要なのだ。
もちろんこの雨は勝手に降るのではなく、天気予定としてそのスケジュールが公表されている。

時間が時間ということもあり、なのはとユーノは喫茶店で軽く談笑して過ごしただけであり、軽装だった。
なのはは鞄すら持っておらず、ユーノは二人分を払おうとしたほどである。
ポケットから出したカードでさっさと自分の分の勘定を済ませた連れを見て、ユーノが微妙な表情になったのは余談だろう。


「あれ、そういえばなのは、傘、持っているのかな……?」


予定通り、そのすぐ後に降り始めた雨とともに入った念話でユーノの疑問の答えは出た。















突然の“予定通りの”雨に降られてなのはは雨宿りを余儀なくされていた。
さほど多くないとはいえ、傘を手にした道行く人の視線が痛い。周囲にすぐ駆け込める場所が見当たらず、しばらく歩いたせいでそれなりに濡れてしまっている。
このままでは風邪をひいてしまうかもしれないが、多くの管理世界において外出時の魔法行使は軽犯罪法違反にあたる。本局内でもそれは変わらない。

たとえば飛行魔法がそれにあたるし、もちろん寒さをしのぐための結界魔法の類なども同じである。これらはいわゆる“戦闘魔法”の範疇にあたるからだ。
例外とされている念話もたしかにそういう側面はあるのだが、魔導師の間で携帯電話同然の扱いを受けているのもあって
個人間の会話であれば特に規制されていない。少なくとも直接的に相手に害を与えるものではないというのがもっとも大きな理由だろう。

一般人なら情けないものであるとはいえ事情があるのだから、この程度なら笑って許してもらえるかもしれない。
だがよりにもよってなのは自身がそれを取り締まる側である。
高町なのははこの日、とことんついていないようだ。もっとも、どれもこれも自業自得に近い部分があるという自覚が本人にはある。
それがどうした、と開き直ることができる性格でもなく、いつものように正面突破するほどの元気はない。主に精神的な意味で。


「もしかしてと思ったのだけれど、傘、持ってなかったんだね」

「ごめんねユーノくん」


流石に昼起きで頭のネジがどこかに飛んでいってしまっていて天気予定を忘れていましたという真の理由を告げるわけにもいかず、
なのはは迎えに来てくれたユーノに謝罪する。ユーノは元々この後は無限書庫にこもるつもりだったから気にしないようにと苦笑しながら答えた。
ユーノにとって歴史の記録が大量に眠っている無限書庫は、仕事を抜きにすれば趣味の空間である。
なのはに誘われなければ気分転換のつもりで向かっていたのかもしれない。


「結構濡れてしまっているね。早く着替えないと風邪をひいてしまうよ」

「んー、ユーノくんの部屋、すぐ近くだったよね?」


なのはの問いにユーノはやや狼狽しつつ首を縦に振る。なのははどうしたのだろうと疑問に思ったが、特に追求しなかった。二人とも既に17歳である。
大方、自室に女性を招くという意味を考えて、ユーノが照れたのだろうとなのはは勝手に納得していた。
ユーノはあーとかうーとかいう不明瞭な呻き声の末に、かなり困った顔をしながら、
自室はちらかっているからと、断りの言葉を口にしたが、代案があるわけでもない。
すぐ近くにユーノの部屋があるのに宿泊施設を利用するというのもばかばかしい話であるし、なのはの部屋よりもユーノの自室の方が近い。
そして雨自体はあと一時間は降る予定なのだ。

もっとも、なのは自身にしても思うところがないわけではない。
ユーノの自室に行くこと自体は初めてのことであるし、そもそも男性の部屋というもの自体、家族のそれ以外は知らない。
それなりの年齢に達した男性の部屋に女性が行くということが意味する社会常識も、当然ある。

雨に降られて友達の部屋で服が乾くまでお世話になる。それ自体には気にするようなことは何も無い。
が、ユーノの態度でなのはも少し意識してしまっていた。ユーノとなのはは“それなりの年齢の男女”である。
ユーノが断ろうとしたのも、きっと同じことを意識してしまったからに違いない。

二人が入るにはやや狭い傘の中を微妙な沈黙が支配したのは仕方の無いことだろう。
少し俯いて僅かに頬を赤らめている女性と、やや居心地悪そうに時折頬をかいて明後日の方を見ている男性の相合傘。
あら微笑ましい、というすれ違う恰幅のいい女性の呟きが耳に入ったのか、更に俯く女性と、凄く微妙な表情になる男性。



もっとも、二人の心が同じとは限らないのが、男女に限らず人間関係というものの難しさではあるのだが。




ユーノの自室は彼の言葉の通り、散らかっていた。いや、それは正確ではない。
彼の言葉を遥かに超える惨状がそこには広がっていた。

部屋を埋め尽くす、物、物、物。
なのはから連絡があるまで居たと思しき机までの“道”は一応確保されている。
逆に言えば入り口とそことトイレ以外にははっきり言って物を動かさずに移動することは不可能である。
むしろ、その“道”ですら気をつけないと何かに引っ掛けて雪崩が起きそうな状態だった。


「ごめんよなのは。最近忙しくてこの有様なんだ」


“かなり困った顔”でユーノは言いながらその道を歩いていく。そこでなのはは理解した。ああ、この人はこの惨状を見られることに困っていたのか、と。
言い訳を口にする辺り、部屋主自身、この状態がまずいと思っている、あるいは社会的に見て問題があるという自覚はあるようだ。
少なくとも、少し片付けをサボった程度で説明がつくような散らかり様ではない。そもそも、散らかっているというより、山積みになっているという方が適切だ。
散らかしたというより、私物をまとめて送ってもらってそのまま放置したという方がしっくりとくる状態である。


「一応、どこに何があるのかは検索魔法の応用で分かるからどうもなかなか片付けようという気が起きなくて」


なのははそばにあった山の上に伏せられていた写真立てを手にした。
日付はPT事件より前、どうやらスクライア一族の集合写真らしい。
それはいい。
だが何故小動物の一群がそれに混じっているのだろう。

ユーノの姿がないところを見るに、どうやら彼もこの小動物の群れの一員らしい。
おそらく、この小動物たちはすべて変身魔法によって姿を変えたスクライア一族の面々なのだろう。
流石にどれがユーノなのかを探す気は起きなかった。というか、分からない。この写真を撮った意味もよく分からない。
おそらく、それはこの部屋の主人にとっても同じなのだろう。だからこんなところに放置されているのだ。


「そもそもあまり部屋に戻らないからほとんど物置なんだけれどね、ここ」


頭痛を感じてなのはが顔を上げると、壁にピンで留められたこれまた写真が目に入る。これはなのはの部屋にもあるものだ。
たしか闇の書事件の解決の後で関係者全員で撮った集合写真だ。まだ9歳の頃の自分と、ユーノが僅かに笑みを浮かべている。
事件の結末を考えれば、満面の笑みというわけにもいかなかったのだろう。
今のなのはは当時を懐かしむ笑みではない微妙な表情になっているが。


「まさか誰かをここに招くことになるとは思っていなかったから……」


机とベッドの周辺には一応足の踏み場はきちんと確保されている。
そういえばユーノは無限書庫に泊り込むことが多いと聞く。仕事が忙しいのかとなのはは思っていたのだが……つまり、そういうことなのだろう。
机の上を見れば、なのはやフェイト、はやてなどと一緒に遊びに行ったときの写真や思い出の品がきちんと整理されて並べられている。
おそらく、ユーノにとってこの空間は今の彼自身の生活を映し出す特別な場所なのだろう。
逆に言えば、放置されている品々は今までの自分、変わる前の自分の写し身なのかもしれない。

論文を書いていた、という言葉通り、なにかの資料などが少し乱雑に放置されている。
そういえば自分の部屋の机の上も片付けないと、となのはは半ば現実逃避しながら思った。
埃がたまっていたりとか、ゴミが散乱しているということもなく、ここだけを見たならば、
「ちょっと散らかっているんだけど」「あら結構きれいじゃない」という掛け合いがあっても不思議ではないだろう。


「ほんとは、そろそろ片付けようと思ってたんだよ」


少し待っていてねという言葉とともに洗面所までの道を切り拓くユーノ。といっても、山を右へ左へと寄せて、山の上に山を重ねているだけである。
そのやり方自体、典型的な片付けられない人間の所業のような気がするのはおそらくなのはの気のせいではあるまい。
にこやかな笑みでどうぞ、と通された洗面所に入っていったなのはが表情を消していることに、幸か不幸か部屋の主は気付かなかった。















さて、とユーノ・スクライアは現在の状況を整理する。
雨に降られて濡れた友人、なのはを洗面所に案内する任務を完遂。
現在、17歳の男女が、一つ屋根の下である。


「いやいやいや」


ユーノは着替えの無いなのはのためにとりあえずと、たまに帰るときのために仕舞いこんであるYシャツやらを取り出す。
これもまた健全な青少年にとっては赤面必須のシチュエーションである。頭を振ってピンク色の妄想を追い出す。ユーノとて、年頃の男の子である。
エイミィやクロノに散々からかわれて――もっとも、クロノは度々自爆していたが――表面上、なんともないように見せるだけの耐性を得たに過ぎない。

そのクロノは、一足先に人生の墓場にゴールイン、エイミィは自らの相方を見事にシュートインしたのである。
職務の中で培った息の合ったコンビネーションが見事に裏目に出た私生活を営んでいると亭主からは聞く。
嫁と姑がべったり仲が良くて、うれしはずかしの新婚生活のはずがアースラで二人にからかわれていた頃と変わらない状態におかれている彼には同情する。

もっともクロノとて、いつも愚痴ばかり吐いているわけではない。たまに頬が緩んでいるときはノロケ始める兆候だ。
そしてその話の締めは決まって、なのはとはどうなんだ、という問いである。
ユーノの答えもいつも通りで、それに対するクロノの返事も同じである。曰く、いつまで初等部気分なんだ、このバカップルは。
白い目で見られつつ、いつも苦笑するユーノにしても、前ほど純粋な気持ちでなのはを友達と言っているわけではないのだが。


「この状況になっても表面上はお互い友達というスタンスのままなんだから、そう言われても仕方ないか」


独り、呟いてユーノははたと気付く。もっぱら本局内の厚生施設で風呂は済ませているユーノである。
濡れた体を拭くためのタオルすら洗面所には常備されていない。というか、本来の用途でその部屋を使ったのはいつのことだったか。
無限書庫のロッカーに生活のための物がほとんど全て収納されているのは、司書たちの間ではわりと有名な事実である。
たぶん、片付けようと思えば片付けられる人なんだけど面倒くさがりなだけなんじゃないかな、とある司書は語ったという。
スクライア一族の発掘隊員に聞けば違う意見が聞けることだろう。旅装と収納は違う、と。

しまったな、と思いタオルを手に腰を上げると、同時に洗面所の扉が開いていく。


「ごめんよなのは、タオr」

「ねぇユーノくん、どうしてこうなっちゃうのかな」


なんとなく、ヴィータの気持ちが分かったと後に彼は語る。


「片付けようと思ってたって、片付けられない人の台詞だよね? ユーノくん、お話しようよ」


そこにはバリアジャケットに身を包み、レイジングハートを手にした教導官、高町なのは二等空尉が立っていた。















「ゴミの日、いつだったかな」


時既に明け方。もちろん今日は絶賛出勤日である。明日ではない、今日である。
もっとも、やった価値はあるのかもしれない。ユーノの自室を占領していた物の山は綺麗に整理、分類され片付けられていた。
検索魔法を使わなければ本人にもどこに何があるか分からないという状況は改善されたのである。
ちなみに片付けの際は魔法禁止であった。無限書庫勤務と論文という屋内格闘戦に従事していたユーノにはやや重労働である。正直、肩や腰が痛い。
気分転換を兼ねて今度まとまった休暇がとれたらフィールドワークにでも出かけようかと思いつつ、欠伸をかみ殺す。

はて、そういえば監督者としてあれこれと指示を飛ばしていた我らが教導官殿はどうしたのだろうか。
というより、そもそも随分前からその声は途切れていたような気がする。集中すると周りが見えなくなるのは研究者タイプの人間の悪癖の一つである。


「寂しくなんか、ない、もの……すぅ」


ユーノのYシャツを着たなのははタオルケットにくるまってベッドでお休み中だった。
手の中のレイジングハートも待機状態で、こちらに気付いたのか、軽く明滅する。
女性特有の成長期の早さというやつで、なのはにフェイト、そしてはやてとも背が変わらないか、
あるいは少し負けてしまうという状況に焦ったのは少し前までのこと。
幸いユーノは三人よりも成長しているため、なのはの姿がいろいろとまずいことになっているということはないだろう、多分。


「寂しい、か」


ユーノはなのはを起こさないようにそっとベッドに腰掛けて、ずり落ちかけていたタオルケットを元に戻す。
フェイトやはやてを筆頭にユーノも含めてみんななのはのことを心配していた。ユーノの場合は、彼自身もそういう扱いではあるが。

なのはの出身地では9歳という年齢は少なくともあと6年は親の庇護下におかれ、勉学に励み、友達と遊んで人生を学ぶのが普通だ。
管理世界でも制度上の違いはあれど、大きな違いは無い。たとえ魔導師であったとしても、すぐに社会に一人で放り出されるなんてことはないのだ。
若年の局員は陸士として家族の近くにいることが多い。特殊なケースだが、クロノはリンディ提督やその縁者の手元に常にいたという。
現在のフェイトにはハラオウンという家族が、そしてはやてにはヴォルケンリッターがいる。

だがなのはにはすぐ近くに家族がいないのだ。子供にとって絶対の安息の世界である家族がいないのだ。
出身世界であるため多少の優遇はあるとはいえ、管理外世界への自由な行き来を管理局法は許していない。

たった一人で環境のまったく違う世界に、社会に飛び込むということがどういうことか。
ユーノは経験したことがある。自分の意思で飛び込んだという点では、なのはと同じだ。
だが一方で、心のどこかでそのうち管理局が来る、などという楽観論もまた同居していたユーノとなのはの心の持ち様は全く異なる。
たった一人で家族と別れて社会に飛び込んで、終わらない戦いに挑んだ。それが高町なのはである。

一度、ユーノは無礼を承知で高町夫妻に疑問をぶつけたことがある。何故、なのはを送り出したのですか、と。
彼らは言った。なのはなら出来ると信じている、と。挫折や絶望にぶち当たることもあるだろう。それでも、なのはなら出来ると思っていると。
子供がやる、と言ったことを尊重したいと彼らは言った。

時には止めることも親の役目なのではないか。
彼らは言った。きっと、ユーノ君の“家族”も同じ気持ちで君を送り出したのだと思う、と。
それもまた、家族のあり方なのだろう。どちらにせよ、家族というものは無条件に自分をさらけ出せ、信じることが出来る相手なのだろう。
家族になるというのはそういうことなのかもしれない。クロノが愚痴りながらも幸せそうな顔をしているのもそういうことなのだろう。

ユーノの“家族”は、なのはの家族と同じようにユーノの意思を尊重してくれた。そして、世界を自分の目で見て、感じて来い、そう言って送り出した。
そしてユーノはその通りに行動し、自分の世界を広げた。凄く充実していると思っているし、自分を送り出してくれた彼らに感謝している。

なのはは、どう、思っているんだろうか。





ユーノが時計を見るのは、もう少し後のことである。















「お、遅れました! すみません!」


職場に駆け込んで上司の顔も見ずに高町なのはは速攻で頭を下げた。
処世術その一。自分に非があるときは怒られる前に先に頭を下げてしまえ。
だがよく考えるとそれを伝授したのはこの上司である。効果のほどは微妙だろう。


「いや、今日も休みだろ、お前さん」

「えっ」


貴女、疲れてるのよ、と言わんばかりの生暖かい視線を目の前の上司と、
この茶番を見せ付けられた同僚たちから一斉に向けられて流石のエースオブエースもひるんだ。
だからいつも言っているだろう、いつでも全力全開ではなく、たまには肩の力を抜けと、といつも通りの上司のためになるのかならないのか
いまいち分からないお小言……というより半ば独り言が始まる。そのうち矛先はなのはでなく他の人物に波及していく。
曰く、同期のフェイトやはやてもそうである。そんなんじゃつまらない人間になるぞ。もっと遊べ。


「特に高町、お前は家族を残してこちらに来ているから気を抜く場がないぞ」


飲みに行くわけにはいかんが、誰か愚痴を言えるやつはいないのか? ん? と覗き込まれてなのはは思案顔で視線を上に逸らす。
頭に浮かぶのはユーノ、そしてフェイトとはやて。弱音を吐くのは難しいけれど、みんなとお話をするのは楽しい時間だ。
次いで今の同僚や、前の職場の人たちも浮かぶけれど、ちょっと先に思い浮かべた人たちと比べると遠慮が出てしまうだろう。
そういえば真っ先に思いついたのがユーノなのは、はて、昨日の影響だろうか。
そして思い出す。ああ、そういえばあんな格好でユーノくんのベッドで寝入ってしまった。


「ほほぅ……その顔は、男か」

「~~~~~~~~~~ッ」


赤面するなのは。そうかいるのか男が、若いっていいな、と上司はしたり顔で頷き、いつかのアドバイスのおかげか、と呟く。
なんですかアドバイスって、という問いに上司が答えると、同僚達が一斉にどっと笑った。
真っ赤になってそんなのじゃないですから! と叫びつつ、そういえば武装隊でも似たようなやりとりがあったっけ、となのはは思い出していた。
きっと、彼らもがちがちになって前しか見えていない子供を見て、緊張をほぐそうとしてくれたのだろう。


「で、誰なんだ? さては噂の無限しょk」

「いい加減怒りますよ」


教え子たちから圧倒的な威圧感と評される微笑を浮かべてなのはは上司を黙らせた。
やっぱり、この人たちといい、武装隊の人たちといい、からかって楽しんでいるだけなんじゃないだろうか。















少し余裕のなくなっていた真っ直ぐな少女と、彼女は強いと思っていたが故に配慮が足りなかった少年。
そんな二人がいつかの魔法との出会いの時のように、再び出会った日。
友達から、ちょっと気になる相手へと、お互いがステップアップしたのだと二人が気付くのは、もう少し先の未来の話。







「へっくち」

「大丈夫ですか? 高町教導官」







「へっくし」

「最近風邪がはやっているらしいですよ、気をつけてくださいねユーノ司書長」







「何故だろう、誰かに噂されているような気がするの/んだ」







To be continued..........?








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