「ここは……道場?」
うっすらと覚えているこの場所。きょろきょろと見回す。
その俺を、嫁である美少女たちが見つめていた。
「久しぶりね」
声をかけてきてくれた超絶美少女は、唯一完全には思い出せていない俺の嫁。
「うん。元気だった?」
「……それなりにね。皇一の方は……」
最後まで言わずに口を噤む華琳ちゃん。
言わないでもわかる。俺はずいぶんとやつれてしまって……あれ? ここにいる時の姿って死んだ時の姿なのかな?
そういえば俺、やっぱりあのまま死んじゃったのか。
そんなに重い病状だったのか。あの華佗ですら助けられないほどの。
「俺の死因とか教えてほしい」
「はい。ですが、その前に引継ぎをご確認下さい」
愛紗の指摘で気づく。道場にいるのが嫁の全員でなかったことに。
「ごめん、そうだった」
頭をかきながらメニューを呼び出し、引継ぎを確認。
うん。ほとんどの???が解放されているね。
メニューを閉じたら、新たに嫁になってくれた娘たちが道場に出現した。
「……またずいぶんと増やしたものだな」
春蘭が一人一人指差しながら数えていく。
桃香、恋、霞、朱里ちゃん、焔耶、猪々子、美以ちゃん、ミケちゃん、トラちゃん、シャムちゃん、雪蓮、麗羽、七乃。
十三人か。不吉な……。
全員合計だと四十七人。四十七士か。むう、あれも末路を考えたら不吉かもしれん。
「ご主人様!? え? それじゃここって……わたしたちも死んじゃったの?」
驚いた顔で俺や道場を見回す桃香たち。
「ええと……説明できる人、説明してあげて」
俺もあんまり上手く説明できる気がしないので丸投げ。まあ、軍師さんたちなら大丈夫でしょ。
「雪蓮には説明したはずだ」
「朱里ちゃんにも説明したよね」
冥琳と雛里ちゃんはそれぞれの相棒に事前に説明してたみたい。
「はわわわ……」
朱里ちゃんはこくこく頷いているけど、雪蓮は首を捻る。
「うーん、やっぱ思い出せないんだけどなー」
道場主だった頃の記憶は思い出せないのか。
そういえば今の道場主は?
「やれやれ」
大きなため息とともに文台さんが現われた。
現われた、というか、いつの間にかそこにいた。
「こやつはもうほとんど思い出しているのに、情けない」
ぽんと俺の頭に手を置きながら、ちらりと娘を見る。
「げっ」
死んだ母親との感動の再会のはずなのに、蓮華やシャオちゃんの時と違ってあまり嬉しそうじゃない雪蓮。どちらかといえば腰が引けている。
「鍛え直す必要があるかもしれんぞ、冥琳」
文台さんの方も娘ではなく、冥琳の方向いてるし。
「そ、そんなことより、祭が妊娠したの!」
あの雪蓮がびびって誤魔化すなんて……。
「知っている。祭と会うのはもう暫く先になりそうだな」
「孫の顔は誰が見せてくれるのやら」
文台さんもこんなこと言うんだ。
俺の記憶だと、蓮華の娘の孫登になるんだろうけど。
……いい加減俺の頭から手をどけてほしい。もしかして娘三人に手を出してしまったことを怒っているのだろうか。
娘さんを俺に下さい、とか言っといた方がいいのかな?
「孫(の顔って言われても、ここに連れてくるのは……まさか皇一さん!?」
蓮華、そんな顔で驚かないでって。
「近親相姦とかは嫌だってば」
弟だけでリアル妹はいなかったけど、いても対象外だったはず。姪っ子ですら苦悩したんだしさ。
「ふん。連れてこなくても向こうのことくらいわかる」
そういえばさっき、祭さんの妊娠を知ってるって言ってた。
「妊娠か」
ふと、倒れる前のことを思い出してお腹に触れる。
今は痛くない。
「なあ、俺ってなんで死んじゃったの? 麗羽と七乃に襲われたあたりまでは覚えているんだけど……」
当事者の七乃の方を見たら、美羽ちゃんと抱き合ってた。
美羽ちゃんの方はわんわん泣いてる。そんなに再会が嬉しいのか。無理やりだったけど七乃も嫁になってよかった、と思うことにしよう。
「皇一さんはあれからずっと寝込んでしまったんですのよ」
猪々子に殴られた時みたいに死んでないけど、起きないって状況だったのかな。
教えてくれたのはもう一人の加害者。
隣で華琳ちゃんが疲れた顔をしている。俺の能力や道場のことを説明してくれたのだろう。相手はあの麗羽だ。苦労するのもわかる。
「麗羽に狙われていることも忘れるなんて、油断しすぎよ」
怒ってるのかな。
「面目ない。まさか身分も怪しい俺のことを、なんて思いもしなくて」
素直に頭を下げる。
「身分など皇一さんには関係ありませんわ!」
「どうせ顔目当てでしょう」
「美しい方をお慕いするのは当然でしょう。華琳さんは違いますの?」
麗羽は顔目当てだったのか。……嫁になった娘に言われると辛いなあ。
「違うわ」
華琳ちゃんがそう断言する。
えっ?
そんな顔で数名が驚いていた。
「確かに皇一の顔は気に入っているけど、それが理由ではない」
うわ! 凄い嬉しい!
華琳ちゃんは顔だけで俺と結婚してくれたんじゃなかったんだ。
「皇一には利用価値がある」
えっ?
今度は俺がそんな顔をしてるのだろう。
「天の知識。他の男には無い双頭竜。そして、何度もやり直せるこの能力」
……そんな。
愛の無い結婚だったの?
「華琳殿!」
愛紗が華琳ちゃんを睨んでいた。
「よもやそのような理由でご主人様を好いている、などとは申されまいな」
「もちろん違うわ」
えっ?
ほとんどの者がそんな顔。
「その程度で私は結婚などしない」
「その程度……ってめっちゃ凄いやん!」
たまらずに霞がつっこんだ。
「使えるだけなら、部下か、そうでなければ敵とするだけ」
「けど、嫁でなければこいつの双頭竜は使えないわよ」
詠、どこを指差してる?
「ふん。そもそも華琳さまや私たちが結婚した時は二本なかった。もしそうだったら、初夜の思いでも違っていたわ!」
だから桂花までどこを指差してるのさ?
「……皇一に対しての最初の感情は、殺す。それだけだったわ」
数名が俺の股間を指差していたり、凝視してたりしたけど、華琳ちゃんの話で道場は静まりかえった。
「そして、殺した」
殺した?
俺を?
「私が初めて皇一と会ったのは、私が道士干吉の術によって意識を奪われ、人形同然にされていた時」
一周目の時に白装束の連中と戦った記憶はある。その時かな?
「皇一は私を敵の手から奪って、術を解いたわ」
「恩人じゃない。それを殺したの?」
うん。なんで俺がその流れで殺されるのかな。
「私が意識を取り戻して、初めて見た皇一は、私を犯していたわ」
えっ?
「私は、初めてを奪った男をすぐに殺した」
気まずい沈黙が道場に充満する。
そして俺に突き刺さる視線。
背筋が凍るどころではない冷たい視線。
「それから、不可思議なことがおこった。気づけば、殺したはずの男がまた自分の上で腰を振っていた。だから、また殺した」
「はわわ……ご主人様、ろおどして再会してもまた華琳さんに手を出していたのですか……」
うう。十年後の俺、動けない華琳ちゃんを前に我慢できなかったのか。
がっくりと膝をつく俺。
「そして、また再び気づけば、私を犯している男」
「ご主人様……」
そ、そんな目で見ないで。
「犯されて、殺して、犯されて、殺して。そしてまた犯されて。いつ終わるともしれぬ繰り返し。その男に対する憎しみは増大していく一方」
「ご、ご主人様にはきっとなにか理由が……」
ありがとう、力なく俺をかばってくれる愛紗。
でも、俺は……。桂花が時々俺のことを強姦魔って呼ぶのは、本当にそうだったからだなんて。
くっ。
どうやって華琳ちゃんに償えばいいというんだ。
「そう。理由はあったわ。皇一が私を犯していたのは、道士にかけられた術を解くため」
「そんな方法で術って解けるもんなのか? うし! 今度斗詩が術をかけられたら試してみよう!」
空気を読んでないのか、それとも俺への非難の視線を誤魔化すためかよくわからない猪々子。
「皇一はそう確信していたのかしらね。だからこそ何度も殺されたのに、私を抱き続けた」
どうなんだろ?
目の前の欲望に負け続けたのかも知れない。
……でも、殺されるのって辛そうだしなあ。
「二十六度目でやっと、道場主から引継ぎのことを聞いた皇一が私を道場に呼び出して、それが終わったわ」
二十六度って数えていたの?
そこまで十年後の俺、他の方法とか考えなかったの?
「もっと早く教えてくれればね」
「ええっ? ちょっと、私のせいだって言うわけ!?」
「道場でのあなたは、主としてあまり役には立っていなかったように見えたわね」
雪蓮の横で冥琳もうんうんと頷いている。
「姉様……」
困ったような表情を見せる蓮華。
「待ちなさい。華琳が皇一のどこがよかったのか、まだ聞いてないわ。今の話だとただ憎かっただけじゃない!」
非難の矛先が自分に向かいそうだったので、慌てて軌道修正をはかる元道場主。
「憎くて、誰だかわからなくて、なんのために私を苦しめてるのかもわからなくて。意識が戻ってもすぐには殺さずに観察したりもした。すごく痛くて、苦しかったわ」
そりゃ何度も処女喪失してるのに身体の方は慣れないんだから。男の俺にはちょっと想像できないほど辛かったんだろうな。
「その男は曹操ちゃん、曹操ちゃんと何度も私の名を呼んでいた。私のことが憎くてしているのではなさそうだったわ。ならば私が欲しくて? その時は、迷惑な、そう思ってまた殺した」
……ストーカー認定されていたの?
「それなのに、引継ぎして事情を知り、皇一が私のことを好きだとそう言った時、何故だか嬉しかったわ」
嬉しい?
「皇一以外の男に抱かれるなとそう言われた時は、男など必要ないと言いわけしてそれを認めてしまった」
「へえ。負けを認めたわけね。あの曹操が」
得心いったと頷く雪蓮。
「逃げられぬ相手ならば惚れてしまうのも手ではあるかもしれぬな」
冥琳も同意してるのかな? ……そんな顔じゃなさそうだけど。
「ええっ!? 自分のために何度も命をかけてくれたご主人様のことが好きになっちゃったんだよね! 絶対そうだよ!!」
桃香がそれにかみついている。
「ふふっ。勝手に想像なさい。恋愛感情に深い理由付けなど必要ないかもしれないけれど」
楽しそうに華琳ちゃんが笑う。
可愛い。
やっぱり華琳ちゃんは笑ってる方がいい。
「よかった。恋愛感情はあったんだね」
うん! 本当によかった!!
なのに、華琳ちゃんは気まずそうに俺から顔を背けてしまった。
「私は皇一に好きだと言ってないの。……一度も」
ああ、そんな理由か。
「だからきっと、私のことだけ思い出せない」
「じゃあさ、今言っちゃえばいいんだよ♪」
ぽん、と手を打ったのは天和。
……道場でみんなに見られながら? 無理ですそんなの。俺の方も耐えられません!
「……私が言いたいのはこの皇一にではないわ」
「華琳さんておじさんの方がいいの!?」
いや桃香、なんでそんなに驚くかな。
「私が告げたい相手は、いつも情けないけれど私のために自分の器以上のことをしてしまう男」
「同じ皇一さんだよう」
ご主人様、ではなく名前で呼ぶ桃香。そこになにかの想いが籠められているのはたしかだろう。
「皇一なら、私をここまで待たせない」
失望させちゃったんだろうか?
……なんで、もっと早く思い出せなかったんだ、俺。
「もしかしたら、華琳さまは失ったご主人様を美化しているのでは?」
「思いで補正ってやつか」
雛里ちゃんの推察はありえるのかも。
「華琳さま、天井が未だに華琳さまを思い出さないから、大陸を離れるのですか?」
春蘭、いきなりなに言い出すの?
「ど、どういうこと?」
「華琳さまは、これ以上戦いを続けて民を巻き込むのをよしとしなかったのよ」
桂花の説明でだんだん状況がわかってきた。
……もしかして、もう赤壁終わっちゃってる?
「お、俺が寝込んでる間に戦いはどうなったの?」
「勝ったよー♪」
ブイサインを見せる桃香。
「苦肉の策できなかったよね? それとも黄蓋以外の誰かが?」
「いいえ。しかし苦肉の策は使えませんでしたが、連環の計と火計が上手くいきました」
そうか。やっぱり呉ルートだとあっさり連環の計が効いちゃったりするのか。
うん。思い出してきた。
「あんたが寝込んで起きなくなってなんているから、華琳さまが心配してそんな策に引っ掛かっちゃったのよ!」
俺を指差す桂花。俺の体調とか、知ってたんだ。
「たぶんこちらの動揺を誘うために意図的に情報を流したのでしょうねー。お兄さんの話題が中心になって、連環を調べることができませんでした。えげつない手なのですよ。さすがは伏竜」
風の指摘に朱里ちゃんがはわわわって慌てていた。図星みたい。まあ、俺が少しでも役に立ったんなら……。華琳ちゃんたちを心配させたのは少し複雑だけどさ。
「って、ちょっと待って!」
「ご主人様?」
「華琳ちゃんたちは、俺を置いていっちゃうつもりだったの? 俺を……捨でるの?」
ううっ。涙で鼻声になってる。
呉ルート通りなら、華琳ちゃんたちは戻ってこない。
卑弥呼ってヒゲ筋肉に連れられて……新たな外史とか言ってたはずだから、別の外史に連れてかれちゃったのかもしれない。
そんなことになったら……。
「皇一の元へ行きたい者は、そうしなさいとは命じたわ」
「え゛?」
「だがな、一人たりとも華琳さまから離れたいという者はいなかったのだ」
秋蘭の言うことはわかる。
俺と華琳ちゃんだったら、華琳ちゃんを選ぶだろう。
俺だってそうする。
……けど、やっぱり俺は魏のみんなに捨てられちゃったのか……。
「だって兄ちゃんなら、絶対に華琳さまのとこにくるもん!」
俺好みのぺたんこな胸を張って自信満々に言い放つ季衣ちゃん。
「それどころか兄様は、お化けのような人から私たちを助けてくれてます!」
「お化げ?」
「私たちを先導すると主張する卑弥呼と名乗る怪人です。怪しすぎたので春蘭さまが斬りかかったのですが」
ああ。やっぱり出てきたんだ卑弥呼。
「あやつ、かなりの使い手だぞ」
腕組みして唸る春蘭。斬れなかったんだろうな。
「バケモノですよあれ、怖かったあ」
季衣ちゃんが震えている。
思わず抱きしめてしまった。
季衣ちゃんの震えは収まったけど、周りの視線で今度は俺が震えそうになった。
「そのタイミングで、俺が死んじゃったわけか」
「曹操を逃がすのが嫌だったんじゃない?」
「……その可能性はあるかもしれません。眠るご主人様に勝利を報告したら、症状が急変。苦しみ出してそのまま……」
雪蓮の勘か。当たってるのかも。
「赤壁勝利の影で死ぬ……呉ルート冥琳の役割っぽいなあ」
俺の嫁の冥琳は華佗の治療で無事だけどね。
「冥琳が死ぬってどういうことよ!」
「ええと……俺の知ってる歴史だとそうなってたってだけ。大丈夫、俺の嫁は死なせないから」
それを聞いて、俺に掴みかかってきた雪蓮が力を緩める。緩めただけで離してくれないのは、俺の嫁発言のせい?
「けど……雪蓮、冥琳、祭が生き延びて赤壁に勝ったとなると、蜀ルートの流れも出てくるかもしれないのか」
「……皇一、あなた記憶が」
「うん。みんな以外の記憶も戻ってきている。……寝込んでいたせいかな?」
恋姫†無双のだけじゃない。失ったはずの十年分の記憶が戻り始めているっぽい。
戻ってきた理由は考えてもたぶんわからないので後回し。後で情報集めよう。
「それで、華琳ちゃん、やっぱり大陸は離れないでほしい」
「思い出してもいないのに、私を離さないつもり?」
やっと雪蓮から解放された俺を睨む華琳ちゃん。
攻撃的な鋭い視線。なのに可愛い! 抱きしめたい!
「ごめん。もちろんそれもあるけど、五胡が出てくる可能性がある」
「五胡が……三国が戦いで疲弊している時を狙う。ありえるわね」
華琳ちゃんの判断に軍師たちも頷く。
「だからさ、三国が連携して五胡に備えた方がいいんだってば」
「……ふむ」
考える華琳ちゃん。
大陸を去ると格好をつけた手前、すぐには納得し辛いのかもしれない。
「あの」
朱里ちゃんが華琳ちゃんに近づいていく。
「ご主人様の記憶のことで、お話が」
俺の?
「華琳ちゃんのことを思い出せるようになるの!?」
「はわわわ……ご、ご主人様はちょっと離れていて下さい。ご主人様には聞かせられない話だと思います」
「春蘭」
華琳ちゃんが道場の隅を指差した。
「はっ」
俺は春蘭に首根っこを掴まれて猫の子のように隅っこへ運ばれた。
「なに話してるんだろ?」
「さあな」
「難しそうだからきっとわかんないよ。兄ちゃん、ボクたちと話しよう」
俺は諦めて、季衣ちゃんや朱里の話が気にならない嫁たちと話をすることにした。
それにしても……セーブ上手くできてるのかな?
何番にセーブできたのかさえ、思い出せないんだけど。
もしセーブできてるとして、赤壁のどのあたりなんだろうか?