決戦の地、赤壁に到着しても俺の体調は芳しくなかった。
よりいっそう、酷くなっていた。
もう胃液しか出てないんじゃないかという状況でも、こみ上げ続ける吐き気。
鋭い腹痛を伴う異物感と鈍い頭痛。
「もしかしたら、一周目、二周目ではもう妊娠していたはずの俺の子が、今回はまだ妊娠してなくて、俺の身体に……」
あまりの辛さにそんな馬鹿なことを口走っていた。
口に出したら、なんか余計にそんな気がしてきた。
「華琳ちゃんとの子かな?」
可能性が一番高いのは、唯一未だに思い出せない俺の嫁。
他の嫁が言うには、俺のナンバーワンな娘。
その最愛らしい超絶美少女の姿を思い浮かべようとする。
「ああ、悲しそうな顔しか浮かんでこないや……」
理由はわかっている。
悲しそうな顔ばかり見ていたからだ。
でも、他の娘の記憶が戻ってきた時は喜んだ表情も見せてくれたし、別れる前には凛々しい顔も見せてくれた。
なのに、その顔が浮かんでこないのは俺の方に原因があるんだろう。
華琳ちゃんを悲しませているという自覚が。
記憶が復活したら笑顔を見せてくれるのだろうか?
「早く産まれたいって、怒っているのかな?」
不甲斐無い父親でゴメン。
腹をさすりながら、生まれてくるはずだった子に心の中で詫びる。
「ただの船酔いでは?」
心配そうに愛紗が覗き込む。いや、もう船から降りてるからね。
「二周目の俺、どうだった?」
二周目の記憶を引継いでいる嫁たちに聞いてみた。
「二周目では魏の水軍の訓練にも参加していましたが、船酔いはないようでした」
連絡のためにきて、俺の顔色に驚いていた明命が教えてくれる。
うん。戻ってきた記憶にも二日酔いはあっても船酔いってのはない。
……でも、聞きたいのはそうじゃない。
「じゃあ誰か、俺の赤ちゃん、妊娠してくれてなかった?」
俺の記憶にはないとこで誰か妊娠していたかもしれない。
「……いえ。私の知る限りでは誰もご主人様の子を授かってはいませんでした」
愛紗の報告に明命や、他の娘たちも頷く。
そうか。やっぱり華琳ちゃんとの子なのかな。
それとも一周目で結婚式したっていう魏の嫁たちの誰かの子か。新婚旅行の思いでがエッチしかないっぽいしありえるな。
……結局、華琳ちゃんの子の可能性が一番高そう。
「ご主人様もしかして祭さんのおめでたを聞いて、赤ちゃん欲しくなっちゃった?」
桃香はたしかに俺の嫁にはなったけれど、俺の能力の話はしてないんで二周目とかは知らない。
だから嬉しそうにそう判断したのだろう。
うん。かなり嬉しそうだ。
……桃香に赤ちゃんができるのは嫌じゃないけど、一番先にできちゃうのはなんかマズイ気がする。
かといって呉ってわけにもなあ。天の御遣いの胤が両方呉に、ってことになっちゃうし。
やっぱり華琳ちゃんに産んでもらいたいなあ、俺の赤ちゃん。
それにロリ妊婦も見たいし……。
早く華琳ちゃんに会いたい。会えればこの症状も少しはよくなる気がする。
明命が一旦戻り、今度は名医と噂の華佗を連れてきてくれた。
若い男だ。こんな男が診察と称して冥琳の身体を隅々まで……場違いな嫉妬してるな、俺。
だいたい、雪蓮がいっしょだったんなら、おかしな事してたら今頃この男はここにはいないだろうし。
「はわわ! ご主人様と華佗さん……」
「う、うん」
華佗に診てもらってる俺を見て、朱里ちゃんと雛里ちゃんが何ごとかを話し合ってる。
……腐ノリじゃなきゃいいなあ。二人とも赤面してるから余計不安になる。
「煩い針ってこういうことだったよね……」
やかましい針のおかげで華佗の記憶も入手できたが、その針でさえ吐き気が治まったにすぎなかった。
「針で病魔を退治しても、皇一の心がすぐに新たな病魔を呼んでしまっている」
当然のように悪阻ではなかったが、精神的なものらしい。
「心因的なものか。胃に穴が開きそうとかそんななのかな? 華琳ちゃんと戦うのが嫌……なんだろうな、やっぱり」
大きくため息をつきながら、ふと思い出したことを聞く。
「華佗はまだ、曹操の頭痛診てないよね?」
「ああ。まだ曹操には会ったことはない」
よかった。華佗には華琳ちゃんの裸は見られてないらしい。
あれ?
漢ルートの華琳ちゃんの姿の記憶、ぼやけてないな。どうなってるんだろう?
……ルート?
もしかしたら、システム的な記憶も戻ってきてるのかな。
江陵でシャオちゃんたちが戦い、策通りに撤退したそうだけど無事みたい。
舌戦で華琳ちゃんとどんなことを話したか、後で聞こう。
舌戦……華琳ちゃんとシャオちゃんが、舌で戦ったのか。なんか別の意味っぽくて興奮するよね。じっくり聞かないと。
華琳ちゃんは攻め落とした江陵に留まり、近くの軍港に多数の船を用意しているらしい。
「船戦か。二周目の時はたしか、陸戦でかたをつけちゃったんだよな」
「……あの時はどうかしてたわ」
悔しそうに蓮華が目を伏せる。
「神速の驍将、白馬長史、錦馬超。この三人と騎馬を多数用意できていた華琳ちゃんは船戦なんてしたくなかったからね」
さらに恋や愛紗も魏にいたし、勝てるわけないよね。
「皇一殿、記憶が?」
「うん。完全にはほど遠いけど、みんな以外の記憶も少しずつ戻ってきてる。……この子の記憶かもね?」
言いつつ、愛しげにお腹をさする。
妊娠ではなかったけれど、この腹痛や頭痛と記憶の復活は関係があるかもしれないと思ってる。
「そうか」
たぶんわかってないのだろう。冷たくはないけれど、暗い目で俺を見る冥琳。可哀相な子を見る感じだ。
もう少し説明したかったのだが、俺自身に休憩が必要だと要求されてしまった。
「皇一殿は疲れているのだ」
「そうだよ。ご主人様はゆっくり休んで。赤ちゃんはその後で、ね♪」
「と、桃香様?」
みんなの心配そうな顔を見て、休むことを渋々納得した。
戦闘にならなければ今夜あたり数人来そうだしね。今のうちに体力回復に努めた方がいいんだろう。
でもさ、この子は華琳ちゃんとしないと駄目かもしれないんだけど……。
「寝る前にせめてこれを飲むがよろしいですわ」
いまだメイドをしてる麗羽から湯気の立っている湯のみを受け取る。
胃袋空っぽよりはいいかと、それを飲もうとして湯気にたじろぎ、ふうふうと冷ましながらすすった。
うん。俺って猫舌だからね。
「……甘い。ハチミツ湯?」
「ええ。お茶では眠れなくなってしまいますもの」
一応、気を使ってくれているのか。
こないだは張勲とグルになってなに企んでいたんだろう。おかげで雪蓮も嫁にできたけどさ。
……おや?
雪蓮に嫁になってくれるか聞いたっけ?
後で確認しないと。
嫌だって言われたら土下座かなあ。いいお酒用意した方が早いかもしれない。冥琳、大喬ちゃんにも根回ししておこう。
「染みるなあ」
ハチミツ湯の甘さが疲れた身体に染み渡る。
華佗の針も効いているらしく、まだ吐き気はない。
「ハチミツかあ、美羽ちゃん元気かな?」
このハチミツなら美羽ちゃんも喜ぶかな。そう思いながら湯飲みのハチミツ湯を飲み干した時、ふとある疑問が浮かんだ。
「……麗羽、このハチミツの出所は?」
「七乃さんですわ。お気にいったのでしたら入手先を聞いておきますわ!」
俺の返事を聞く前に、麗羽は張勲に聞きに行ってしまった。
「まさか……いくらなんでも……」
不安で震えてしまう俺。
今の体調不良のことや、華琳ちゃんとの戦いのことではない。
別の意味でヤバい不安。
その不安は、麗羽に連れられて張勲が部屋に戻ってくるまで続いた。
「あのハチミツですかぁ? たまたま見つけた珍しいハチミツですので、もう手に入りませんよぉ」
「そうなんですの?」
「その貴重な品を麗羽さまが無理矢理持ってちゃったんじゃないですかぁ。お嬢様に贈ろうと思っていたのに」
半分以上泣きそうな張勲を見ると、もう残りはないらしい。
「美羽さんよりも皇一さんに差し上げたのですから、私、間違っておりませんわ。おーほっほっほ!」
麗羽の高笑いは頭痛に響く。
「やっぱりか」
この股間のムズムズは間違いないようだ。二人がいることも忘れて、自分の股間を確認してしまう。それぐらい焦っていた。
「なんてこった……」
恐れていた事態。不安が的中してしまった。
「どうしたんですの?」
「……あのハチミツはもうないんだな?」
「は、はい」
俺の様子に驚いたのか、素直に張勲が頷いた。
いや、あの張勲だ。もしかしたらどこかにまだ残りがあるかもしれない。俺の記憶だと張勲に油断してはいけない。
……美羽ちゃんの記憶復活時にも不完全だった張勲の記憶も入手できたみたいだな。
「もしまだ残っていたら、二度と美羽ちゃんには会わせないよ」
「ほ、ホントにないんですよぅ」
本当かな? ……まあいいか。
後で明命に頼んで調べてもらおう。もし残っていたら全て廃棄してもらわないと。
「あのハチミツは毒だから……」
「ど、毒?」
ガタガタと震えるほどに怯えている麗羽。
「もしかして、飲んじゃった?」
「い、いえ、私は飲んでませんが、皇一さん……す、すぐに吐き出すんですのよ!」
俺のことを心配してくれてたの?
俺の口に手を突っ込もうとする麗羽をなんとか退けて説明する。
「……もう遅いよ、ほら」
やっぱり俺はどこかおかしかったのかもしれない。
つい、麗羽と張勲に見せてしまっていた。
最近やっと慣れた双子が、三つ子になっている姿を。
「そ、それは?」
「あのハチミツのせい。こういう事態に慣れてる俺だからこの程度で済んでいるけど、女性が口にしていたらどうなっていたかわからない」
女の子にも生えちゃうんだけどね。
それを知られちゃ非常にマズい。一部の俺の嫁が、俺を必要としなくなるかもしれない。
だから、あのハチミツが残っていてはいけない。
「美羽ちゃんが飲まなくてよかった」
ロリっ娘にこんなモノがあっていいはずがない!
「元に戻るんですの?」
三つ子から目を離さない麗羽。
「さあ? ……なにも泣かなくても」
「わ、私のせいで……」
「華佗を呼べば大丈夫だから!」
「それならすぐに呼んで来ますわ!」
また部屋を飛び出そうとした麗羽を張勲が止める。
「そんなに慌てることないですよー。双頭竜が三頭竜になっただけじゃないですか」
三頭竜……怪獣王の宿敵っぽいなあ。翼とか生えてきたらどうしよう。
「人事だと思ってのん気だね」
元凶は君でしょうに。
まあ、君が飲んで生やして奪うはずだった美羽ちゃんの処女は俺が貰っちゃったから、許してあげるけどね。
「たぶん、たっぷり出せば消えるはず」
イベントではそうだった。
「麗羽、張勲」
「な、なんですの!?」
「一人にしてくれ」
手の開いてる俺の嫁さん呼んできてもらうのも考えたけど、やっぱり三つ子は見られたくないし。
愛紗あたりならともかく、星だと後々までからかわれそう。
気持ち悪いって嫌われるのも嫌だ。
自分で処理するしかなさそうだ。
「ふむ。自分で出すつもりですか」
「そんなっ!? それならば私たちが出させて差し上げますわ!!」
「えっ?」
麗羽と張勲がにじり寄ってくる。
「い、意味わかって言ってる?」
「この前、猪々子さんと斗詩さんが出させているのを散々拝見させていただきましたわ!」
あー、そういやそうだっけ。
「ちょ、張勲、止めてやってくれ」
「七乃、でいいですよー」
「……なんで真名くれるの?」
「だって他人じゃなくなるんですから」
にっこりと笑う七乃の背後に黒い影が見える気がする。
「で、どれが可愛いお嬢様を女にした鬼畜棒ですか?」
「おや? 治っちゃったみたいですねー」
俺の股間を確認する七乃。
「この私に相応しい黄金三つ首竜でしたのに」
なにそのますますアレっぽい呼び方は? 黄金どっからきた?
「しくしくしく……」
結局、体調不良でふらついていた俺は、二人がかりの連携に逃げることも関わらず、貞操を奪われてしまった。
……やっぱり三本使い辛い。二本が限界。元に戻ってよかったー!
バージョンアップするとしたら触手へ、だろうなあ。俺にそっちの趣味はないけど。
「どれかわからないのなら、この際、全部使うしかないですねー」
三本とも試す七乃に美羽ちゃんへの歪んだ愛情を感じて怖くなったけど、ハチミツの影響か、萎えることはなかったし。
「処女喪失は好きな人とじゃなきゃ駄目でしょ!」
泣きながら抗議する俺。
「まだわかりませんの?」
怒った顔で麗羽が俺の眼鏡と、唇を奪う。
「一目見た時からお慕いしてましてよ、皇一さん」
「お、俺を?」
「随分とわかりやすかったと思いますけどねー。あの麗羽さまが侍女になってまでついてきたんですから」
そ、そうだったのか?
記憶にある麗羽にはそんな感じのイベントはまったくなかったんだけど……。
「な、七乃は?」
「そりゃ、少しでもお嬢様を感じたいに決まってるじゃないですかー」
ある意味ブレないな、この娘は。
でも……無理矢理とはいえ、やっちゃったもんは仕方ない……かなあ?
「二人とも……俺の嫁……か」
搾り出すようになんとか声に出す。
「もちろんですわ!」
「ホントにメンドくさい人ですねー」
な!?
七乃はヤリ逃げするつもりか?
「まあ、お嬢様といっしょですからいいですけど」
ふう。……七乃には苦労させられそうだ。
本当に嫁にしてよかったんだろうか。
ともあれ、これで嫁にしてない恋姫†無双の処女なヒロインは鈴々ちゃんだけか。
全体の記憶が微妙に戻り始めているせいか、そんなことまでわかるようになった。
……別にフルコンプ狙ってるわけじゃないけどさ。
「いや待て」
「どうなさったんですの?」
メイド服を着なおしていた麗羽が振り向く。
「華雄はどっちなんだろう?」
ヒロインじゃなかったけれど華雄は処女だったのだろうか?
「かゆうま……ああ、華なんとかさんですかー。魏軍にいるみたいですよ」
俺が聞きたかったのはそうじゃなかったんだけど。
七乃の呼び方で華雄の記憶も復活した。エロイベントどころか拠点イベントすらないんで、処女かどうかはわからなかったけど。
「魏軍に?」
「はい。江陵での戦いにもいたみたいですよ」
そうか。華琳ちゃんも馬騰ちゃんだけじゃなくて、華雄まで味方にしていたか。
……むむ、なんで俺、馬騰のことを馬騰ちゃんって?
いかん。
また頭痛が酷くなってきた。
腹痛も激しさを増す。異物感も増大中だ。
ジュニアを元に戻すためとはいえ、華琳ちゃん以外に出してる場合じゃないって怒ってるんだろうか……。
「やば……」
「大丈夫ですかあ? 顔色酷いですよー」
あんまり心配してなさそうな七乃の声。
「……か、だを、呼んで、きて……」
途切れ途切れに言いながら、セーブを念じる。
なぜだか、ここでセーブしておかなければいけない。そんな気がする。
セーブ、セーブ……。
痛みと戦いながらそれだけをなんとか考える。
……セーブ……セー……。
次に気づいた時には、道場だった。
俺、死んじゃったみたい。
そんなに重い病状だったのか。あの華佗ですら助けられないほどの。
そして、赤壁の戦いはもう、終わっていた。
<あとがき>
タイトルの三郎はキングギ○ラの首識別名から