「泰山のどこに本拠地があるかわからないのに、もう出発するの?」
「斥候が戻ってくるまで待ってられない。あと十日しかないし」
「場所ならわかるよ。きっと頂上。その付近を重点的に調査させて」
たしかそうだったはず。
「じゃあすぐに出発しよう!」
だが結局、一刀君の願いもむなしく出発は翌日ということになる。
晩飯は豪華だったはずだけどなにを食べたか覚えてない。だって次は、待ちに待ってた新婚初夜!
つい、今までずっと保存しておいたセーブ3に上書きしてしまったぐらい楽しみにしている。
腹上死でのロード以降、華琳ちゃんとしかシてなかったから、季衣ちゃんとか今度こそ優しくしてあげないとね。
……優しくとか無理でした。
優しくされなかったのは俺だけどね。
もう、なんていうの。
拷問。
縛られた。
なんで?
どうやら華琳ちゃんは俺が隠し事してるって気付いてたみたい。
干吉たちを倒しても無駄だって、鏡を確保しても世界が終わるっていう事を俺は黙ってようと思った。
みんなが落ち込むの見たくなかったから。
拷問されても言うつもりなかったんだ。
無理でした。
だって溜まってたもん。
新婚初夜のために自家発電すら我慢してたし。
ちょこっと足で触られただけでもう喋っちゃいそうになりましたよ、はい。
したのは暴露じゃなくて暴発だったけど。
その他色々されてあっさりと白状。
おっさんの後ろを責めるのは勘弁して下さい。マジで。
「おっちゃんて眼鏡してなかったら格好よかったのに、今は残念だよねえ」
「式ん時は背伸びしてたの! 言うなれば戦いのメイク! 無理しまくりだったの!」
久しぶりに眼鏡外して人と会ったからテンション変だったワケで。思い出したら転がるっつの。
「結局、この世界は終わるのね」
「……うん」
「世界が終わるとか言われても全くわからん!」
春蘭だけじゃなくて隣で季衣ちゃんも首を捻っている。ええと、どう説明すればいいんだろう。
「みんな死ぬ……でもないな。なにもかもが無くなるって方があってるのか?」
「例えばわたしたちが本の登場人物だとしたら、本ごと無くなるってこと?」
桂花はさすがに俺より説明が上手いな。
「ふむ。とにかく大変なのだな」
ああ、わかってないな、これは。説明するのメンドイんでほっておくけど。
「どうすればいい」
「たぶんどうしようもない。希望があるとすれば一刀君……北郷一刀が鏡を手に入れること」
「北郷?」
「そう。彼が新たな世界の起点となればみんなは、その世界の住人となれるはず」
それこそがこの世界の終点なんだろうけど。
「新たな世界。そんなことができるの?」
「できる。そのために俺も準備してきた」
「準備?」
「北郷一刀が新しい世界で、たった一人の女性だけを選ばないようにすること」
「だからこその結婚式ね」
華琳ちゃんは理解が早くて助かる。
「あんたの策はなったってワケ?」
言ってみたいなぁ。「我が策成れり!」って。でも今はまだ。
「それは最後になってみないとわからない」
「ならば世界の終わりまでに干吉を殺さなければいけないわね」
いつのまにか大鎌を出してるよ。
「華琳さま?」
「私を辱めたあの男を許すつもりはないわ」
「……なんか新婚初夜に他の男を熱く語られると悔しいな」
たとえ殺す相手だとしてもさ。
「忘れさせてみなさい。この曹孟徳、あなただけで満たせてみれるものなら」
「……俺一人じゃ無理かな」
「私の夫ともあろう者が随分と弱気ね」
俺が弱気なのはいつものことですから。
「俺一人じゃ無理だけど春蘭や秋蘭、桂花と季衣ちゃんの助けがあれば」
「?」
「ふむ」
「な!? なんでわたしがあんたみたいな泣き虫強姦魔の手伝いなんて!」
「にゃ?」
理解してない春蘭、季衣ちゃん。乗り気そうな秋蘭。取りあえず反発してくる桂花。
呆けた顔を見せる華琳ちゃん。だがそれも一瞬。
「面白い。かかってきなさい」
言ったね。
くくく。さっきと立場逆転ですよ。華琳ちゃん総受けですよ。泣かしちゃる!
「ということだから桂花。協力お願い」
「くっ」
「嫌なら無理には言わないけど」
渋々桂花は納得しました。表面上だけはね。
結果。
華琳ちゃんを泣かせました。目的達成!
春蘭に殺されました。道場直行!
桂花といっしょに調子に乗って攻めてたくせに。俺や秋蘭が止めたのに気付かなかったのに。
悪いの全部俺のせいにされました。
初夜前にセーブしといて良かった。
してなきゃまた朝のセーブ、つまり結婚式もう一回。眼鏡なしの羞恥プレイですよ。転がるーっ。
やり直しの初夜を前にほっとしてたら華琳ちゃんに眼鏡を奪われました。
「初夜の間は眼鏡禁止」
なんてこったい。
別に第二人格ってワケじゃないから無理しなきゃなんないのに。
……イケメン人格覚醒しないかなぁ。
翌日、さっさと出発。蜀呉の武将、軍師たちのスッキリした顔と一刀君のやつれ方が対照的だった。俺も似たような感じなんだろうか?
馬車を引く絶影。
戦車みたいのじゃなくて屋根付きの密閉型。
見た目は普通の馬車っぽいけど引くのが巨馬。サイズも巨大。キャンピングカーとかそういうレベル?
御者なんて前見えないんじゃと思ったら、そんなものいませんでした。
自動操縦? 絶影賢すぎ。
そんなチート巨馬の馬車にせっかくだからと短く切った竹をたくさんつけてみた。
カラカラと微妙な音を立てている。
「これは?」
「たしか弟が結婚する時に魔除けだって言ってた。うるさい音を嫌う悪魔が新郎新婦に近づかないらしい」
オープンカーに空き缶つけるアレ。当時はもうそんなサービスやってくれるとこなくて弟は諦めたけど。
「適当なとこで切り離せばいいんじゃない?」
「まあ、声が外に漏れなくていいかもしれないわね」
「……もしかして明るい内から?」
華琳ちゃんニヤリ。美少女なのに男前すぎる。
行軍中、ずっと嫁の誰かといっしょにいた。新婚なのだから当然と言えば当然なんだけど。
「いい加減辛いんですが」
「大丈夫よ。どれくらいで死ぬかはわかっているから」
泣かしたこと根に持ってるみたい。
腹上死ん時と違ってちゃんと食事や休憩もらえてたけどさ。なんか種馬になった気分。
新婚旅行の思い出がエロしかないってどうなの?
泰山に到着。
「山の麓に基地を作るのは正義の研究所なのに」
麓に城塞があった。バリヤーとかないだろうな?
「この数ならなんとかなる、かな?」
既に三国の兵は布陣済み。絶影も馬車を外されて俺と華琳ちゃんがタンデム。
「神殿と思わしき建物が頂上付近にあるらしいです。そこがやつらの本拠地かと」
斥候からの情報を報告する桂花。
「城塞を落とせばいいのだな!」
今にも突撃しそうな春蘭。
「残念ながらこの猪の言う通りです。泰山頂上部に繋がる道は城塞の向こうにしかありません」
「ようこそ。北郷一刀殿」
城塞側から于吉の声が響く。
一刀君の名しか呼ばないのは狙ってかな。
「ふん。私は眼中にないってワケ」
華琳ちゃんの呟きが聞こえてしまった。フォローしとこう。
「だって干吉って女には興味ないみたいだから」
「最後はやはり我らとの戦い。ふふっ……これが無いと物語は終わらない。そういうことでしょうな」
え? この戦いも終わりの条件?
「終わらせてたまるかよっ!」
吼える一刀君。でも終わらせるのって君なんだよね。
絶影の上で立ち上がる華琳ちゃん。
「そんなに終わりがほしいのならくれてやろう。貴様の死という終わりを。この曹孟徳の大鎌によって!」
大鎌を城塞に向ける。
うん。格好いい。
特筆すべきことは華琳ちゃんが背負ってるもの。
魏の民とか誇りとかそういうのじゃなくて物理的に背負ってる物。
真っ赤なランドセル。
季衣ちゃんのを作ってもらう時に華琳ちゃんたちのも頼んでおいた。前に季衣ちゃんだけにプレゼントをあげるの、って言われてたしね。
で、完成したのをプレゼントしたワケなんだけど。
それまでつけたの見せてくれなかったのに、まさかこの最終決戦でお目にかかることができようとは!
なんというサプライズ。とてもよくお似合いです。
見渡せば季衣ちゃんに桂花、春蘭や秋蘭までもがランドセル装備。矢筒つっこんでる秋蘭はともかく、戦いの邪魔にならないのかな。
一刀君がランドセルに動揺してるのが遠目にもわかる。関羽たちのランドセルは間に合わなかったのか。残念。
「おやおや。天井皇一という異物の役割はそういうことですか」
干吉もランドセルに気付いたようだ。
「ふふっ……終幕を飾るに相応しい茶番」
ランドセルが終幕を飾るに相応しい……うんうん。わかってるじゃないか。敵じゃなければ同志になれたかもしれないな。
「敵軍突出!」
桂花の言葉に頷く華琳ちゃん。
「春蘭! 秋蘭! 魏武の誇り、今こそ見せる時よ!」
怒号とともに剣を掲げて突撃する春蘭隊。
赤いランドセルは春蘭の衣装に合うけど鎧と干渉しないのかな。……中になに入ってるんだろう?
ランドセルから矢を取り出す秋蘭。縦笛のように矢筒を差し込んでるので開けずに出せるようだ。
うーん。青服に赤ランドセルか。色変えるか悩んだけど意外に悪くないかな。
秋蘭の号令で一斉に敵兵目掛けて矢が放たれた。ほぼ同じタイミングで蜀呉の陣からも矢が放たれている。むこうも攻撃開始したらしい。
季衣ちゃんと桂花に本隊を指揮するように指示する華琳ちゃん。
うん。二人ともランドセル違和感ないな。桂花のは色合い的に黄色いカバーを付けたのが大正解かもしれん。
兵士たちを勇者と鼓舞する華琳ちゃんの大号令が響き渡る。
ランドセル装備で大号令とは眩しすぎる。神々しささえ感じてしまう。
勇者か。ランドセル華琳ちゃんを達成できた俺も間違いなく勇者だよね、うん。真エンド計画が上手くいってもしも俺までもがあっちいけても、ランドセルの正体知った華琳ちゃんに殺されそうなぐらい勇者だ。
多勢に無勢。戦いは数。その言葉通りだった。
無印恋姫ラストのように小出しにくる援軍ではなく、最初っから三国揃っての攻撃。対抗するために干吉も大軍を用意しなければいけない。
召喚、でいいのかな? 白装束の大軍を呼び出すもそれが連続しない。一度に大軍の召喚で疲れてるのかもしれない。
さらにいかに大軍を召喚しようと、こちらには無印で味方出撃しなかったはずの呂布が数をひっくり返してしまう。他の武将も揃ってるし時間稼ぎすら許さない。
「もう終わり?」
え、もう? 干吉さんMP切れ?
「儀式とやらに集中してるのでは?」
桂花の予想に華琳ちゃんが動く。
「春蘭、秋蘭、季衣。ついてきなさい。突入するわ」
「はっ」
「はーいっ!」
春蘭と秋蘭の声が重なり、季衣ちゃんが元気良くお返事。
一刀君たちも同じ判断をしたのだろう。武将たちを引き連れて関内に突入していく。
俺たちもそれに続いて頂上を目指す。
泰山頂上の神殿の奥、玉座のような場所に銅鏡が置いてある。
そこに干吉と左慈が待ち構えていた。
あれ? 配下の白装束とかいないの? もしかして楽勝?
二人に向かって一刀君が叫ぶ。
「世界を終わらせなどさせないっ!」
いやだから終わらせるのは一刀君なんだよね。教えないけど。
一刀君と干吉や左慈、そして今乱入してきた貂蝉が問答している。
俺は華琳ちゃんと相談。
「今の内にあの銅鏡、とっちゃだめなのかな?」
こっちあんまり気にしてないみたいだし。
「無粋な気もするけど、私を無視しているのはたしかに気にくわないわね。春蘭」
「はっ!」
鏡へと春蘭が飛び出す。
「死ねっ!」
それに焦ったか、左慈が一刀君を襲う。
「構うな一刀君、鏡の方が先だ!」
一刀君を趙雲たちがかばったのを確認し、そう声をかける。
趙雲と張飛ちゃんにも促され、一刀君は銅鏡を目指し駆け出した。
俺もそれを追う。貂蝉もついてきた。俺たちなんて簡単に追い抜けるだろうに、そうしないのは……一刀君の尻を眺めるため?
「野暮ですねえ。我らの会話の途中だったというのに」
立ち塞がる干吉。
「なにを言ってるかわからんものを聞く気はない!」
キッパリと言い切った春蘭。その馬鹿さ加減が今は格好いい。
「貴様の首を華琳さまに捧げる!」
ああ、干吉が華琳ちゃんを操ったっての思い出したんだな春蘭。で、鏡のことが頭から抜けちゃった、と。
結構走ったんだけど鏡はまだ遠いな。あそこまで走るのか。……メンドい。
逃げる干吉を追い掛け始めた春蘭を尻目に一刀君に告げる。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……一刀君、銅鏡に触れたらみんなのことを思い浮かべるんだ」
「はぁ、はぁ、はぁ……みんなの、こと?」
俺と一刀君は息があがってる。息があがってない貂蝉は無言で俺を見ていた。
「ぶっちゃけた話、新しい外史」
「なっ!?」
「やっぱり気付いて……いえ、知っていたのね?」
やっと俺に声をかけた貂蝉。
「話すのは初めてかな。ずっと俺を避けていただろ?」
いろいろ聞きたいこともあったのにさ。
「さあ? なんのことかしらぁん?」
この期に及んでとぼけるつもりか。
「まあいいや。どうせもう終わるし」
俺はその場に座り込む。
「ちょ、ちょっと! 新しい外史って?」
「詳しい説明は貂蝉に聞いてくれ。……一つだけ言えるのは、魏のみんなのことも忘れないでおいて、ってこと。貂蝉、後はまかせた」
「いいオトコのお願いなら聞いてあげるんだけどぉ」
ううっ、嫌だなぁ。……眼鏡を外して前髪をかき上げる。
「お願い、できないかい?」
げっ、自然にウインクまでしてしまった。やばいな。ノー眼鏡時にテンション変わるの癖になってきてるのか?
「まっかせてぇん!」
一刀君と貂蝉が走っていくのを眺めながら眼鏡を掛けなおして、ボケットに手を突っ込む。
とっておいた最後一粒のガムを口に放り込んだ。
「どうなるかな?」
ガムを噛みながら最後の時を待つ。
銅鏡に辿り着いた一刀君、慌ててるみたいだな。
あ、銅鏡が光り出した。
この揺れも地震とかじゃないよな。いよいよか。
あれ? 貂蝉も慌ててるみたい?
「どうなるんだろ?」
意識が真っ白の中に溶けていくのだった。