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No.35651の一覧
[0] PERSONA4 THE TRANSLATION(ペルソナ4再構成)[些事風](2014/11/03 16:25)
[1] 序章 PERSONA FERREA[些事風](2014/11/03 16:25)
[2] 一章 REM TALEM MINIME COGITO[些事風](2012/10/27 23:54)
[3] 国を去り家を離れて白雲を見る[些事風](2012/10/27 23:57)
[4] マヨナカテレビって知ってる?[些事風](2012/10/28 00:00)
[5] ピエルナデボラシーボラ![些事風](2012/10/28 00:03)
[6] 出れそうなトコ、ない? ひょっとして[些事風](2012/10/28 00:07)
[8] 死体が載ってた……っぽい[些事風](2012/10/28 00:27)
[9] ペルソナなんぞない[些事風](2013/03/05 00:17)
[10] でも可能性あるだろ?[些事風](2012/10/28 00:34)
[11] バカにつける薬[些事風](2012/10/28 00:36)
[12] シャドウじゃなさそうクマ[些事風](2012/10/28 00:41)
[13] 吾、は、汝[些事風](2012/10/28 00:46)
[14] 俺はお前だ。ぜんぶ知ってる[些事風](2012/10/28 00:53)
[15] ノープランってわけだ[些事風](2012/10/28 00:56)
[16] 旅は始まっております[些事風](2012/10/28 01:05)
[19] 二章 NULLUS VALUS HABEO[些事風](2014/11/03 16:26)
[20] あたしも行く[些事風](2013/01/15 10:26)
[21] それ、ウソでしょ[些事風](2013/03/05 21:51)
[22] 映像倫理完っ全ムシ![些事風](2013/05/12 23:51)
[23] 命名、ポスギル城[些事風](2013/05/12 23:56)
[24] あたしは影か[些事風](2013/06/23 11:12)
[25] シャドウ里中だから、シャドナカ?[些事風](2013/07/24 00:02)
[26] 脱がしてみればはっきりすんだろ[些事風](2013/10/07 10:58)
[27] 鳴上くんて結構めんどくさいひと?[些事風](2013/10/14 17:36)
[28] セクハラクマー[些事風](2013/12/01 15:10)
[30] アギィーッ![些事風](2014/01/31 21:58)
[31] かかってこい、あたしが相手だ![些事風](2014/03/04 21:58)
[32] クソクラエ[些事風](2014/04/16 20:30)
[33] あなたは、わたしだね[些事風](2014/06/15 15:36)
[34] とくに言動が十八禁[些事風](2014/07/26 21:59)
[35] コードレスサイクロンユキコ[些事風](2014/09/13 19:52)
[36] 自称特別捜査隊カッコ笑い[些事風](2014/09/24 19:31)
[37] ッス[些事風](2014/11/03 16:29)
[38] oneirus_0d01[些事風](2014/12/14 18:47)
[39] 三章 QUID EST VIRILITAS?[些事風](2015/03/01 16:16)
[40] ええお控えなすって[些事風](2015/05/17 00:33)
[41] キュアムーミンだっけ[些事風](2015/10/18 13:01)
[42] おれ、弱くなった[些事風](2015/11/20 10:00)
[43] 中東かっ[些事風](2016/03/02 00:50)
[44] バカおやじだよ俺ァ[些事風](2016/05/15 16:02)
[45] ここがしもねた?[些事風](2016/08/16 15:11)
[46] 腕時計でしょうね[些事風](2016/11/15 13:03)
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[35651] ペルソナなんぞない
Name: 些事風◆8507efb8 ID:f9bea2dd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/03/05 00:17


 クマの後を追うことほんの数分にして、悠たちは最初に落ちてきたスタジオのような広間へ戻ってきた。帰りは驚くほどあっけない道のりである。
「うっそ、あたしたちすんごい歩いたよね……」
「実際には大したことなかったのか? まあ、そのへん行ったり来たりしてたけど」
「おまけにほとんどなにも見えないんだから。クマは違うみたいだけど」
「とーちゃくー、クマ」クマの目的地はここだったようだ。「ここは安全クマ。それにしてもあぶないとこだったクマよ、あんなとこウロウロして! クマが間に合わなかったらまた――」
「つか、えーとクマ?」陽介がちょっと険を見せた。「助けに来たんならなんでもっと早く声かけなかったんだよ。ずっとつけてきてたんだろ?」
「え? えーと、えーと」
「あ、そーだよ! なにが追いかけて来てんだろって、みんなメチャクチャ怖がってたんだから!」
「いやメチャクチャ怖がってたのはお前だけ」
「いーやあんたらも怖がってた、絶対!」
「おれたちが怖がるのを見て、ひょっとして楽しんでた?」
「そんなことないクマ! ただ……」
「ただ、なんだよ」
「……こないだひとが来たとき、声かけてみたんだけど、でもそのひと驚いて逃げちゃったクマ」クマは悄然としている。「キミたちも逃げちゃうかもしれないって、思ったクマ、だから」
「ちょっと待った」と、陽介。「こないだひとが……って、俺ら以外にひととか来んのか?」
「さいきん来るようになったクマー……でも団体さんは初めてクマね」
「鳴上」
「……クマ、このあいだ来たひとって、男? 女?」
「たぶん女のひとクマ――キミたちちょっとここで待ってるクマ」
 クマはそう言い置くと、霧の向こうへ歩いて行ってしまった。
「行っちゃった……けど」
「茶でも淹れに行ったんじゃね」
「包丁とりに行ったのかもな」
「ヘンなこと言わんでよ。ね、あたしたち、帰れるのかな」
「これで帰れなきゃどうにも……なあ、鳴上、さっきのピアスって」
「言いたいことはわかる、その可能性はある。けどそれ以前に、どういう経路でここにひとが来たんだろう」
「やっぱテレビから?」
「んん……でも、そんな人間が何人も出てきたら話題になりそうなもんだけど」
「……何人もいる必要はないんじゃない?」千枝が小首を傾げた。「とりあえずひとりいれば。鳴上くんみたいに」
「そうしてツアーよろしく一緒に入るわけか、その鳴上くんみたいに」この場合は漂流だろうか。「クマは団体が初めてだって言ってけど」
「えーと、そうじゃなくてさ、一緒に入るんじゃなくて、その入れるひとだけ入らないでさ、そうじゃないひとだけ入ってもらうっていうか、入れるっていうか……できるよね、たぶん」
 三人の間に冷たい沈黙が訪れた。千枝も言い終わる前に「その」可能性に思い当たったようだ。
「つまり、鳴上みたいなやつがもうひとりいて、そいつが誰かをテレビの中に押し込んでる……ってことか?」
(まさかあの巨人が?)
 おおいにあり得る。じっさいに押し込まれかけたのだから。
(でも、もしそうなら、あいつは外に出られるってことになる。いや、中に入れる、になるのか? ダメだ、情報が曖昧すぎる)
「あのー、そんなマジにならんでね……思いつきだからね……当てにならんからね……」
 三人の黙りがちになったところで、クマがなにか台車に乗った大きなものをゴロゴロ押しながら戻ってきた。
「……テレビ? あれ」
「重かったクマー」
 クマの持ってきた、というより搬送してきたそれは、一瞥したかぎりテレビのようではあった。
 古式ゆかしいなどというレベルをはるかに超越した、まさに博物館級の「電波受像機」といったレトロな外観で、大人が三、四人も入ってしまえるほどの大きさがある。一辺が三メートル弱もある、ほぼ正方形の頑丈そうなフレーム、天板に置かれた長大なV字型アンテナ、そして画面下に表記された冗談のような「SHARP」の文字――シャープがこれほど巨大かつ僅少なニーズをも漏らさない企業だったとは。
「なんつーベタすぎるデザイン……いまどき売ってねーだろこんなの」
「大きさには突っ込まんのね。にしてもなんなのコレ、何インチあんのかな」
「お前もって帰れば? でかいの欲しかったんだろ」
「でかすぎだっつの。座るとこなくなるし」
「いくらなんでも大きすぎる……クマ」
「これで帰れるクマよ、たぶん」
「クマ、これ、どこで手に入れた?」
「んー知らんクマ。もともとここにあった、と、思うクマ、たぶん」
「……歯切れ悪いな」
「まあいいじゃん、今はとにかく帰って――クマ、これどーやって使うんだ?」
「画面から入るクマ」
「……ちょ、入れねーんだけど」
「あたしもだ……」
 どうやら向こうから入れなかった人間は、こちらからも入れないらしい。やはり来たときと同様「ツアー」の必要があるのだ。陽介も千枝もじき気付いたようで、気の済むまでブラウン管をペタペタ触ったあとは、騒ぐでもなく大人しく戻ってきた。
「ヘンクマね。なんで入れんクマ?」
「じゃ鳴上先生、お願いしまーす」
「ささ、センセー、ズバッとやっちゃってください」
 現金なふたりである。
「……あのさ、ふたりとも」
「え?」
「たとえばパリとかローマとかベルリンとか、まあ場所はどこでもいいんだけどさ」
「うん」
「そういう外国の、右も左もわからないようなところで、忽然と添乗員が消えたらさ……ツアー客ってどうするんだろう」
「……鳴上くん?」
「急に興味が湧いてきてさ、ちょっと実験してみようかなって、いまふっと思ったんだ……」
「く、黒い! なに笑ってんの黒いってお前! バカなこと考えてんじゃ……!」
「センセー! 見捨てないでくだせえましー!」
「冗談だよ――じゃあ、クマ、行くよ。助けてくれてありがとう」
「さいならクマ、もう来ちゃダメクマよ」
 こんな科白とは裏腹に、クマはあきらかに名残惜しげに見えた。着ぐるみの上からでもそうとわかるほど寂しそうにしている。
(もちろん、もう来ないよ。このふたりを連れては)
 クマはまず確実にふつうの人間ではない。いっぽうで、どうやら危険ではなく、それどころか協力的ですらある。案内人としてうってつけであるし、この世界からの帰り道も確保できた今、こちらの世界への興味を諦める理由がどこにあるだろうか? もちろん悠は近いうちにまた来るつもりだった。この着ぐるみならあるいは、あの巨人についてなにか知っているかもしれない。
「じゃあ、まずはおれが――」
「あっ、待った鳴上」陽介が割り込んだ。「これ誰かに見られるかもしれないんだよな、向こう側でたとき」
「あ、そうか。客がいるかもしれないのか」
「売場ガラガラだったじゃん、大丈夫でしょ」
「家電売場に繋がってるって保証はねーんだぞ。そもそもジュネスですらないかもしれんし、家電売場でたって葛西さん戻って来てっかもしれんし」
「……じゃ、こうしてみようか」
 昨夜家でやったように、ブラウン管の表面に指でちょっと触れると、果たして微かな波紋が起こった。これでこの画面は指が接触している限り「フリーパス」のはずである。
「この状態で携帯のカメラをこうやって」
 悠は携帯を撮影モードにして、バックパネルのカメラレンズを慎重に画面に当てた。
「おおー……」
「鳴上くんあったまいー」
「うまくいった。ものは使いようだな」
 狙いどおり、携帯の画面にはジュネスの店内が映し出された。おそらく向こう側からカメラのレンズと周辺部が見えてしまうのだろうが、偶然そこを注視されでもしなければまず気付かれまい。とつぜん人間の顔が浮かび上がるよりよほど穏当だろう。
「家電売場だな、ここ。テレビあるし」と、陽介。「はは、葛西さんまだいねーっぽいな。タバコ何メートル吸ってんだあのひと」
「じゃ、まずはおれが向こうへ行って、大丈夫なようなら手を突っ込むから」
「鳴上、妙なこと考えんなよ」
「妙って」
「ほら、さっきツアーがどうとか言ってたじゃん」
「……ただの冗談だよ、さっきのは」悠は不快気に眉を顰めた。「そう言ったろ」
「いや、あれ? えーと悪かった……聞かなかったことにして」
「あー鳴上くん怒らせた」
「うっせ」
 もう一度むこうの様子を確かめたあと、悠はテレビの天板に手をかけて、フレームを跨ぐようにして画面に足を突っ込んだ。向こうのテレビ台を踏まないよう回避しながら、つま先で床面を探す。ちょっと辛い姿勢である。
(これ、里中は難しいかも)
 悠とそう変わらない陽介はともかく、背の低い千枝などは相対的に脚も短いからして、手助けなしに跨ごうとすればかなりの骨だろう。
「……あのさ、ふたりとも」
 画面をくぐる間際、悠は満面の笑顔で切り出した。
「人間って飲まず食わずでどのくらい生きてられるんだろう? 急に興味が湧いてきてさ――」






 玄関の沓脱石にくたびれた革靴が置いてある。脇に脱ぎ散らかされた小さな靴とは対照的な、差し金で測ったような、主人の気質を思わせる脱ぎ方だ。
 遼太郎が帰ってきているのである。
(叔父さん、今日は早いんだ)
 早く仕事が終わったのだろうか。
「ただいま」
 茶の間にはすでに堂島父娘が向かい合って座っていた。昨日の晩の残りをふたりで食べていたようだ。
「おかえいなはい!」なにかむしゃむしゃ遣りながら菜々子が言った。
「菜々子たべてから喋りなさい」遼太郎が缶ビールを振り上げた。「おうお帰り。昨日のこれ食っちまったが、悪かったか?」
「それは叔父さんのだよ、もちろん食べてくれなきゃ」トマトはパスタかなにかに使おう。「六時過ぎか……」
「今日は遅いんだな。どっか行って来たのか」
「んん、まあね」
(ちょっといろいろあってテレビの中にね――なんて言ったらどんな顔するかな、叔父さん。どうせ冗談だと思われるだろうけど)どう話したところで信じまいし、こんな与太話を話し方次第で信じなどするなら、それこそ叔父の精神のために憂慮すべき事態である。(ひょっとしたら晴れて十七歳認定してもらえるかも……いやいや、七歳に格下げされて明日から菜々子ちゃんと同じクラスって可能性もある!)
「なんだニヤニヤして。デートか」
「食品売場の試食コーナーでね」両手のレジ袋を示して、「やっぱりふたり相手は疲れるな。歳かな」
「あははお前いくつだよ! 俺の立つ瀬ねえぞったく」
 遼太郎は機嫌がよさそうだ。酒が入るとこうなるのだろうか。
「メシ買ってきたのか?」
「んん。叔父さん今日は早いね」
「まあな……まあ、毎度まいど残業はたまらねえよ。たまには早く帰してくれや」
「お父さんプリンたべていい?」
「ぜんぶ食べたんなら、いいぞ」
 冷蔵庫の中には高そうなプリンが三つ、缶ビールを従えて鎮座していた。
 東京のアパートのものと比べて、堂島家の冷蔵庫はかなり大きい部類に入ったが、この父娘は豊富な容量をほとんど生かせていない。湿気た調味料、飲料、若干の冷凍食品と間食
が間借りしているほかはがらんとしている。大家は気にならないらしい、よくよく入居者に恵まれないマンションである。
(ま、あれこれ買ってきてもぜんぶ入るんだからいいか)前のアパートでは出し入れのたびに幾何学的考察を強いられたものだ。(父さんいないからってケチり過ぎなんだようちは……)
「菜々子ちゃん、プリン取る?」
「うん」菜々子が駆けてきた。「なにかってきたの? やさい? プリンみっつあるよ。スプーンはこっち」
「いろいろね、あしたあさってのごはん。ヨーグルト買ってきたよ」プリンを手渡しながら、「プリンはあとで貰うから」
「お父さんたべるー?」
「お父さんはあとでいい」と、遼太郎。「悠、買ってきたもんの代金、ちゃんと――」
「請求するよ、二割増しで」
「おお、二割増しでいいぞ」
「冗談だよ、面白くなかった?」棚からパスタパンを引き摺り出しながら、「スープ全部たべた? おれのぶんはいいから」
「たべた!」
「……お前、この調子でちょくちょくメシ作ってくれるつもりなのか?」
 茶の間から遼太郎のちょっと改まった声が飛んできた。
「マズくて食べられないって、菜々子ちゃんが言わない限りは」
「いわないよ、菜々子そんなこと」
「だがそりゃ……あんまり悪い。お前は高校生なんだし、家事やらせたせいで成績おとすようなことがあったら姉貴に顔向けできん」
「叔父さんの姉貴なら、やれることをやれるだけやれって言うよ、息子にはね。おさんどんとして使ってやってくれって言うかも」
「おさんどん。おさんどんってなあに?」
「給食のおばさんみたいなもんだよ」
「初めて聞いたぞ。お前むずかしい言葉しってんだなァ」
「難しくなんか」
「菜々子もおばさんどんできる?」
「なあ悠。メシ作ってくれるのは、正直ありがたい」
 言いながら立ち上がって、遼太郎は話ありげにダイニングまでやって来た。悠は乾麺を握ったまま料理を中断した。 
「その、な……ほんとは、俺がやらにゃならんことだ、そういうのは。保護者として」遼太郎はため息をついた。「だが俺は生来やりつけないし、いや、こんなのはただの言い訳だが……あれがやってたようにはできん。それに実際、なかなか決まった時間の取れん仕事だ、刑事ってのは。特にいまみたいに、事件の真っ最中は」
「うん」 
 遼太郎の言った「あれ」を危うく聞き逃すところだった。この場合つまり、「あれ」とは彼の亡き妻を指すのだろう。
「悠、もしお前にそのつもりがあるなら、頼めるか、メシのこと」遼太郎は菜々子のあたまに手を置いた。「もちろんお前の都合のつく日だけでいい。無理はしないで欲しい、自分のためにこんな、甥をあごで使うような無精は言わん。が、これのためだ」
 なかなか複雑な心境だろう、遼太郎の言葉は切実と逃避の綯い交ぜになったものだ。むろんいまの彼の仕事が料理を勉強するような余裕を許さないのは明白だし、じっさい今までもそうだったのだろう。が、たとえ比率として前者にウエイトの大きい事情だとしても、仮に余暇があったとして彼がただちに努力を始めるかと言えば、
(そんなことはないだろうな、きっと叔父さんはやらない。それよりはほかの、もっと率直で、じかに触れ合えるような範囲で娘と接する手段を探すだろう――でも)
 なにも悠自身、居候の義務からこんなことを始めたわけではないのだ。彼のほうでも好きでやっていることなのだし、たまさか利害が一致しただけの話である。依頼されるつもりもその必要もない。父親になったことのない悠にはむしろ、今までのままでいいと思っていなかっただけでも、遼太郎の「父親としての義務」への姿勢にある程度の理解と感心を抱いたほどだ。
 悠は菜々子の頬をかるく抓んだ。
「あーに?」
「おれも同じ気持ちなんだ、叔父さん。おれも、これのため、なんだ。叔父さんのためじゃない、ってわけじゃないけど」
「昨日今日あったばかりの従姉妹のためってのか」
「窮極的には、やっぱり自分のため、かな。菜々子ちゃんはダシ」
「だし? だしってなあに?」
 しばらく悠をじっと見つめたあと、遼太郎は「お前、本当に十七か?」と呟いた。
「さいきん知り合った親戚が言ってたんだけど、実はおれ二十七歳らしい」
「……ほんとに二十七歳かもな。いや、俺より上って可能性もある」遼太郎は笑って、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。「菜々子、悠がお前をナベでグツグツ煮るって言ってるぞ」
「ええ? そんなことしないよ、ウソだよ」菜々子はたちまち不安げになった。「しないよね?」
「叔父さん内緒に! 菜々子ちゃん逃げちゃうじゃないか」パンを火にかけながら、「そんなことしないよ。ところで菜々子ちゃん、台所でお風呂に入りたくない?」
「はいりたくない」菜々子は父親の腰に齧り付いた。
「あはは、悠きらわれたな。お前ビール飲むか?」
「……叔父さん警官じゃなかったっけ?」
「冗談だよ、面白くなかったか?――おら菜々子」娘を抱え上げながら、遼太郎は茶の間へ戻っていった。「菜々子、あとで風呂はいるか」
「はいる!」
(そういえば、おれも一緒に入ってたっけ、このくらいのころ)
  父のまだ日本にいたころ、なかんずく悠の小さかったころは毎日、こんな感じで父親にへばり付いていたものだった。というより、父が悠を手放さなかったというほうが正しいが。 
 手早くトマトスパゲッティを拵えて、悠も茶の間の団欒に合流した。
「……ものの数分しか経ってねえぞ、もうできたのか」
「反則したから。パスタ半分に折って茹でて、トマトピューレとガーリックチリオリーブオイルで和えて塩胡椒すれば、鳴上家流即席アラビアータのできあがり。五分でできる」
「すげえな……」
「いただきます」
「…………」
 菜々子がカラになったプリンの容器を握って、物欲しげに皿を見つめている。
「……菜々子ちゃん、ちょっと食べる?」
「いいの?」
「いいよ、どうぞ」
「菜々子ハラ壊すぞ」
 父親の注意もどこ吹く風で、菜々子は嬉々としてスパゲッティを食べ出した。ふたりで分けては残り物も足りなかったのだろう。
「すごくおいしい! ちょっとからい!」
「そう? よかった」悠にとってはこの言葉も「食事」のうちだ。「菜々子ちゃん食べるんなら、なにか具いれればよかったかな」
「あー……悠」
「ん、叔父さんも食べる?」
「いや、メシじゃないんだが、ちょっと聞いていいか」
「なに、改まって」
「あのな、まあ、知らんとは思うが」と、歯切れ悪く続ける。「お前の学校にな、三年生で、小西早紀って生徒がいるはずなんだが……なんでもいい、なにか聞いてないか?」
「小西……」
 昨夜のニュース映像と、放課後の遣り取りが思い出される。例のアナウンサー逆さ吊り殺人の、第一発見者だと言われていたが、
(なにか関係が?)
「知らんよな。学年違うし――」
「知ってるよ」遼太郎を遮って、「こう、ソバージュふうの、背の高い、スラッとした三年生、だよね。確か昨日テレビに出てた」
「お前、知り合いなのか」
「昨日知り合った。クラスに親しいやつがいて、その伝で」
「そうか……」
「あの、逆さ吊り事件の第一発見者だったとか」
「ああ、まあな」
「なにかあったの?」
「実は……行方がわからなくなったって、連絡があってな。うちの連中で捜してるんだが、まだ見つからない」遼太郎は重いため息をついた。「……仕事が増えるいっぽうでな。その逆さ吊りの件も収まってねえし、そこにこれだ。明日以降、勤務がかなり不規則になる。今日みたいな定時帰りはほとんどなくなるだろう」
 なるほど、先にあんな話を切り出したのも、あるいはこういう事情が手伝ったのかもしれない。娘に構ってやれなくなることのフォローを甥に頼みたかったのだろう。
「今日は学校に来てなかったみたいだけど」
「ああ、そもそも昨日、家に帰ってないらしい。どうも署から出たあと行方が」と、言ったあと、遼太郎は自嘲気味に嗤って俯いた。「……ちっと酔ったな、部外者のお前にこんなことペラペラ喋っちまって、足立みてえだ」
「仕事の……同僚のひと?」
「本庁から飛ばされてきた気の毒な若造さ。いったい切れるんだか抜けてんだかわからねえ奴でな……ま、まずお前よりは確実に歳下だな、ありゃ」
「本庁?」
「県警本部。ま、立場上、俺みてえな場末の刑事よりゃアタマ一個上だ。それが稲羽署なんかに転属されんだから左遷もいいとこ……」
「?」
「いや、なんでもない――菜々子、そんなに食っちまってよかったのか?」
 急に父親に指摘されて、今まで夢中でフォークを操っていた菜々子がハッと面を上げた。スパゲッティの皿はすでに半ばを尽いている。
「あー……」
 菜々子は痛恨の面持ちで皿を返却してきた。
「ぜんぶ食べる? いいよ」
「でも……」
「お前メシどうするんだ」
「こんなのすぐ作れるから。菜々子ちゃんも気にしなくていいよ、食べて」
 言われて、菜々子は気まずげに、それでもふたたび皿を引き寄せてもそもそ食べ始めた。
 この眺めこそなによりの珍味佳肴と言えよう。見ているだけで満たされる、というのは、じっさい誇張ではない。この愛くるしい従姉妹にふたり分の食事を与え続ければ、本当に悠自身の身をも養えるのではと本気で信じてしまいそうなほどだ。
「よかったなあ菜々子、優しいお兄ちゃんが来て」
 菜々子が食事の手を止めて、ふと面を上げた。
「…………」
「おいしい? 菜々子ちゃん」
「……またちゃんっていった」 
 菜々子はちょっと黙ったあと、気難しげにぽつんと言った。





「諸岡先生」
 諸岡教諭はすぐに反応せず、少し歩いたあと訝しげに振り返った。その面に驚きの過ぎるのが見える。
 いつもの通学路、鮫川河川敷の月桂樹並木に特徴的な後ろ姿を見つけたとき、悠は声をかけるのを少しくためらった。登校初日に非礼を働いているという負い目、というより、悠と同じに登校する生徒たちから悉く無視されているという、その異様さのせいである。誰も挨拶せず、彼のほうでもそれが当たり前のように平然としているのだ。
「おはようございます」
「おはよう」諸岡教諭は少し迷惑そうに見えた。
「……いつもここを通るんですか?」
「いや、ふだん通る道は警察が封鎖してたんだ。またなんかあったんだろう」
「そうですか」
「…………」
「…………」
 あらかじめ切り出す科白を用意してから話しかければよかったものを、あとに続ける言葉を探しあぐねて悠は黙ってしまった。いったい話しかけられてうまく切り返すことにはちょっとした自信を持つ彼なのだが、ひとに話しかけるほうは得手でないのだった。
「その、先生、先日は失礼しました」悠は結局、いちばん単純なやり方を選んだ。「少しやり過ぎました。もっと早く謝るつもりだったんですが」
「べつに構わんよ」諸岡教諭はとくに気にしたふうを見せなかった。「ただ今後はやめてくれ、ワシも困るんだ、ああいうことをされると」
「申し訳ありませんでした」
「お前は変な奴だな」言って、諸岡教諭が笑顔を見せた。「周りを見てみろ、みんなお前を見てる。誤解されるからワシに話しかけんほうがいいぞ」
「されるのは構いませんが」
「せんが?」
「なんというか、したくないもので」
「なにを」
「先生は、その、もし答えたくないなら構わないんですが」ちょっと声を落として、「演じているんですか?」
「演じる?」
「暴君を、です」
 諸岡教諭は答えずに、黙ったまま悠を従えて歩き続けた。
(地雷踏んだ、かな)
「鳴上」
 かなり経ったあと、彼はようやく口を開いた。登校初日に陽介に轢かれかけた交差点の辺りまで、彼は黙りこくってじっと考え込んでいたのだった。
「モロキンはアポステリオリな人格的側面だ、と、言ってもわからんだろうな」
 諸岡教諭の面に苦笑が浮かんだ。我ながらバカなことを――顔にそう書いてある。
「…………」
「いい、忘れろ」
「つまり」
「つまり?」
「諸岡金四郎教諭はアプリオリな人格である、ということでしょうか」
「……というと?」
「演じている、というのはニュアンスが違ったようです」
 諸岡教諭はちょっとおどけたように片眉を上げた。
「モロキンは、諸岡先生の接してきた外界が要求したもうひとつの顔、ということでしょうか」
「人間に顔がふたつもみっつもあるものか」諸岡教諭の面に好意的な笑みが浮かぶ。「本当に変な奴だ、お前は」
「十回留年してますから」
「十回で利くのか? なんにせよ変な高校生だ。なんだ、哲学でも囓ってるのか」
「東京の高校生は留年すると哲学をやるんですよ」
「高校生がアプリオリなんぞとこざかしい、変わった奴だ」
「よく言われます」
「ほれ、もう学校が近い。ワシから離れろ。モテなくなるぞ」
「はい――先生」
「ふん?」
「話しかけてよかったですよ、先生」悠は笑って、諸岡教諭の顔を指さした。「先生の仮面ペルソナの、その下の人格を確認できた。半ばは思ってた通りでした」
「鳴上」
 そのまま追い抜いていこうとすると、諸岡教諭に鋭く呼び止められた。なんとなく聞き捨てならんといった雰囲気である。
「はい」
「人間の人格だの精神だのに仮面ペルソナなんぞない。側面とは言ったが、ワシはそういうつもりで言ったんじゃない」
「はい」
「ワシはぶん殴られたんだ、右の頬っ面を。その傷は痛むが、必要なのさ。腹立たしいが」
「…………」
「チャイム鳴るぞ、もう行け。ワシよりあとに教室に入ったらお前に絡まにゃならん。それは御免だ」
「はい、では」
 悠はかるくあたまを下げて辞去した。
(ぶん殴られた……か)
 まさか直接的な意味ではあるまい。とすれば、悠の推測は当たらずといえども遠からず、といったところか。もっとも推測できたところで、あえて努めて二面性を発揮しようとする彼の、あの奇矯なふるまいに説明をつけるのは難しかったが。
(あれが先生の哲学だとしたらずいぶん変わってる、というより、歪んでる)
 ――校門の門碑の前には陽介が立っていた。
「よっ、おはよ! あんまり遅いから休みかと思ったぜ」
 人待ち顔が悠を見つけて手を上げる。彼を待っていたのだろう、もちろん、昨日のあの話をするために。
「ちょっと先生と話してた」
「へえ、誰」
「あのひと」悠は坂の下を指さした。「諸岡先生」
「うげ、物好き過ぎんだろお前、モロって……」
「もうチャイム鳴るぞ、先いくから」
「あっと、まあ待てってゆっくり行こうぜ、まだ十分ちょいある」と、陽介。「いや昨日はなかなか眠れなかったわ、そんで例のテレビの話だけど――」
「花村、その話は学校おわってからにしよう」陽介を遮って、「誰に聞かれるかわからないし、突っ込まれても話し辛くなる」
「誰も信じねーってこんな話」
「……おれ以外に最低ひとりはいるらしい、例のテレビに入れるやつが、この学校にいるかも知れないんだぞ」
「あー……」
「わかったら駆け足。諸岡先生に絡まれるぞ」
「お前さ、ちなみに昨日マヨナカテレビって――」
「その手には乗らない。学校終わってからゆっくり話せるだろ」
「へーへーわかりましたよ……あーあこれじゃ気になって勉強なんかできねーよ」
「不思議だな、気にならなかったらできるみたいに聞こえる」 




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