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No.35651の一覧
[0] PERSONA4 THE TRANSLATION(ペルソナ4再構成)[些事風](2014/11/03 16:25)
[1] 序章 PERSONA FERREA[些事風](2014/11/03 16:25)
[2] 一章 REM TALEM MINIME COGITO[些事風](2012/10/27 23:54)
[3] 国を去り家を離れて白雲を見る[些事風](2012/10/27 23:57)
[4] マヨナカテレビって知ってる?[些事風](2012/10/28 00:00)
[5] ピエルナデボラシーボラ![些事風](2012/10/28 00:03)
[6] 出れそうなトコ、ない? ひょっとして[些事風](2012/10/28 00:07)
[8] 死体が載ってた……っぽい[些事風](2012/10/28 00:27)
[9] ペルソナなんぞない[些事風](2013/03/05 00:17)
[10] でも可能性あるだろ?[些事風](2012/10/28 00:34)
[11] バカにつける薬[些事風](2012/10/28 00:36)
[12] シャドウじゃなさそうクマ[些事風](2012/10/28 00:41)
[13] 吾、は、汝[些事風](2012/10/28 00:46)
[14] 俺はお前だ。ぜんぶ知ってる[些事風](2012/10/28 00:53)
[15] ノープランってわけだ[些事風](2012/10/28 00:56)
[16] 旅は始まっております[些事風](2012/10/28 01:05)
[19] 二章 NULLUS VALUS HABEO[些事風](2014/11/03 16:26)
[20] あたしも行く[些事風](2013/01/15 10:26)
[21] それ、ウソでしょ[些事風](2013/03/05 21:51)
[22] 映像倫理完っ全ムシ![些事風](2013/05/12 23:51)
[23] 命名、ポスギル城[些事風](2013/05/12 23:56)
[24] あたしは影か[些事風](2013/06/23 11:12)
[25] シャドウ里中だから、シャドナカ?[些事風](2013/07/24 00:02)
[26] 脱がしてみればはっきりすんだろ[些事風](2013/10/07 10:58)
[27] 鳴上くんて結構めんどくさいひと?[些事風](2013/10/14 17:36)
[28] セクハラクマー[些事風](2013/12/01 15:10)
[30] アギィーッ![些事風](2014/01/31 21:58)
[31] かかってこい、あたしが相手だ![些事風](2014/03/04 21:58)
[32] クソクラエ[些事風](2014/04/16 20:30)
[33] あなたは、わたしだね[些事風](2014/06/15 15:36)
[34] とくに言動が十八禁[些事風](2014/07/26 21:59)
[35] コードレスサイクロンユキコ[些事風](2014/09/13 19:52)
[36] 自称特別捜査隊カッコ笑い[些事風](2014/09/24 19:31)
[37] ッス[些事風](2014/11/03 16:29)
[38] oneirus_0d01[些事風](2014/12/14 18:47)
[39] 三章 QUID EST VIRILITAS?[些事風](2015/03/01 16:16)
[40] ええお控えなすって[些事風](2015/05/17 00:33)
[41] キュアムーミンだっけ[些事風](2015/10/18 13:01)
[42] おれ、弱くなった[些事風](2015/11/20 10:00)
[43] 中東かっ[些事風](2016/03/02 00:50)
[44] バカおやじだよ俺ァ[些事風](2016/05/15 16:02)
[45] ここがしもねた?[些事風](2016/08/16 15:11)
[46] 腕時計でしょうね[些事風](2016/11/15 13:03)
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[35651] ここがしもねた?
Name: 些事風◆8507efb8 ID:e221cf27 前を表示する / 次を表示する
Date: 2016/08/16 15:11



 ともあれ、千枝がひとりで自分を誘いに来たという事実は、悠を大いに悩ませるのだった。
 もちろんジュネスへの道中はふたりきりではない。菜々子をも伴うものである。が、千枝が彼女の存在をあてにしていたと考えるのは、いくらなんでも邪推に過ぎる。それに、この人選も顧みていかにも不自然なのだ。悠を訪ねるとしたらまず陽介が自らもって任じるはずではないか? いや、このごろではクラス内でも呆れられつつあるなかよし四人組のことだ、そのうちのひとりを誘うのなら、残りの三人全員で来るのがもっとも自然ななりゆきというものだろう。
 それをあえてしなかったということは、おそらく自ら名乗りを上げて、その上で他者の同行を制した人間がいたのだ。千枝がそれだ。つまり、彼女には単独で悠と会わなければならないような、ある種のデリケートな事情があって、それが先にその口を噤ませたのに違いない。
 ではその事情とは? 誰が首を傾げても悠にだけは心当たりがある。これだと指をさして断じうるものではないが、あの「悪夢の六限目数学」に関係しているであろうことはほぼ確実だ。問題はそのためになにをしにひとりでやって来たのか、そのことなのだが……
 千枝はジュネスへの道中、しごく陽気であった。以前にもそうしていたように、歩きながら菜々子と他愛のない児戯に打ち興じ、折に触れては彼女の愛らしさ、性のよさを口を極めて誉めあげて、自分もこのような妹が欲しいものだと悠の果報を羨むのである。
「菜々子ちゃんは妹じゃないよ、従姉妹。おれ一人っ子だもん」
 悠は以前に立てた対策に基づいて、明るく感じよく答えた。腹中なにを含んでいるにせよ、彼女はとりあえず機嫌がよさそうだ。ひとまずこれを維持しなければ。
「あそっか。でもなんかきょうだいっぽいよね――菜々子ちゃんもイトコってよりお兄ちゃんだよねー、鳴上くんのこと」
 菜々子はにこにこしながら、悠はイトコというより「おばさんどん」であって、彼のこしらえる嘉肴を自分はいつも楽しみにしているのだ、と言って千枝を困惑させた。
「そっかァ……へえ……おばさんどん……?」
「おさんどんのこと」と、悠が説明を入れる。「菜々子ちゃんはおばさんどんって言う」
「そのオサンドンがまずわかんないんですけど――てか、お兄ちゃん菜々子ちゃんにゴハンつくってくれたりとかするんだ? なにつくってくれるの? カレーとか?」
 菜々子は目を輝かせて、わけてもここ最近はフーレゼークの佳味に軍配を上げたいところだが、しかし自分としては過日に餐したピエロマシーボラの味が忘れられぬ、と言って千枝をよりいっそう困惑させた。
「そっ……かァ……うーんお姉ちゃんわかんないや……えっとなにフレーク? ピエロなに……?」
「フーレゼークじゃなくてフーゼレーク、ハンガリー料理、なんかスープみたいなシチューみたいなやつ」と、悠が説明を入れる。「ピエロなんとかはピエルナスデポッロアッラシードラっていって鶏肉の――」
「つぎヨコモジが出てきたらスネ蹴る、マジ蹴る」千枝が大仰な仕草で下段蹴りのシャドーを始める。
「……そうそう、今日の夕飯はカーシャヴァーニシュケスにしようかなって」
 彼女は悠のスネを狙って二十メートルほども追いかけてきた。むろん戯れであろう、その面には最前からずっと心安げな、親しみのこもった笑みが浮かんでいる。
どんな狂気がおまえを捕らえたのかクァエ・テー・デーメンティア・ケーピト? 見よ鳴上悠、この笑顔を!)彼はこの降って湧いた明るい判断材料に大喜びした。(おまえの被害妄想ときたらほんとうに始末に負えない。これがおまえを忌み嫌うものの顔だと言うのか?)
 千枝が自分を忌避していたなどとは、とんでもない勘違いだった。自分の思い過ごしに過ぎなかったのだ。いまや彼女の好意に疑いはない……と、これで確信できればよかったのだが、
「菜々子ちゃーん、お兄ちゃんがバカにするー」と、千枝が悠を指さして菜々子に助けを求めた。「あたしいじめられてるんだよォー、なんとか言ってやってよコイツにー」
 菜々子は短いコンパスで懸命に追いすがりながら、それが事実ならくすぐり刑を科さずにはおかぬと従兄弟の許へ突撃していく。彼女を待っていたのは逆襲と返り討ちである。
(さっきからなんか、あんまりこっち見ないんだよな……)
 いとこ同士骨肉相食むの死闘を、千枝はおかしげに眺めている。その視線の先に果たして悠はいるのだろうか? 
 彼女は堂島家を発ってからというもの、悠と話すときだけは終始うつむきがちで、顔を上げても目を合わせなかった。よく喋るには喋ってもほとんどは菜々子へのもので、悠はむしろ菜々子との会話の枕にされているような按配なのだ。なんだか本当は話しかけたくないのだが、礼儀上無視するわけにもいかないので形ばかりそうしている、とでもいうような……
めくらが色について判断するなカエクス・ノーン・ユーディカート・デー・コローレ! 今までのが気のせいであるはずないだろう! 本当になんとも思ってないならこんな不自然な態度は取らないはずだ。完全な悪意ではないにせよ、里中はやっぱりなにかおれに意趣を持ってる……さっきはきっとそれを言いかけたんだ……)
 こんな彼女の様子に気付くと、いまほどあれだけ浮かれ上がっていた気分もたちまち萎びてしまうのだった。そうだ、テレビの向こうへ行けなくなることを承知で菜々子を誘ったのも、やはり悠とふたりきりの道中などごめんだと思い直したからなのかもしれない。
 これも身から出た錆か――悠はひっそりとため息をついた。






 案の定、陽介たちが悠を呼んだのは親睦を深めるためなどではなかった。
 それは雪子の顔に大書してあった。ジュネスはフードコートの露天で陽介とともに飲み物を啜っていた彼女は、三人の姿を見つけるや否や眉をひそめて、その切れ長の目を瞠って、悠と千枝との面をすばやく見回したのである。
(ええっ? 連れて来ちゃったの?)
 とでも言わんばかりだ。
「よーおはよ悠、菜々子ちゃんもいらっしゃい!」
「おはよ鳴上くん、菜々子ちゃんも」
 陽介と雪子が席を立って三人を迎える。いずれも表面上、本日の予定を御破算にされたことへの不満は窺えない。
「おはようゆきちゃん、と、えっと……」
 菜々子は陽介へ返事をしようとして果たさず、困って無言で悠を見上げた。先に陽介の「なまえわすれた」と言っていたのは彼女である。
「こいつは陽介でいいよ、ヨースケ」
 と、悠は勝手に請け合った。
 親友への気安さが言わせたとっさの冗談だったのだが、これは案外いい提案かもしれないと彼は思い直した。陽介が抱いているであろう悠への友情に鑑みれば――うぬぼれと言わば言え!――きっと、その縁者から親しく接せられることだって満更ではないはずだ。
 ふと、自分の家族がこぞって陽介を名前で呼び捨てにするさまを想像して、悠はちょっと気をよくした。それはまるできょうだいのようではないか?
「ヨースケくん?」
「ううん、クンはいらない。ヨースケ」
 少なくとも彼の人物なら、これを侮りとは受け取るまい。が、いっぽうの菜々子は宜なるかな、弱り切って悠と陽介とを交互に見遣っている。
「でもわるいから……」
 彼女は本当に困っている様子である。罪悪感が胸を刺す。自分は自己満足のために幼い従姉妹をダシにしようとしているのでは? 悠があわてて前言撤回しようとすると、それに先んじて陽介が、
「いいよいいよ、ぜんっぜん! クンはいらない!」
 と追認した。菜々子への配慮がそうさせたか、あるいはあんがい図星を指したのかもしれない。
「むしろクンづけよりそっちのほうがいいくらいだからさ。いいよヨースケで。ヨースケって呼んでよ」
「うんうん、花村にクンはいらないよね。つける必要なーし」と、千枝の茶々が入る。
「……菜々子ちゃん、このひとのこともちゃんはいらないからさ」陽介が千枝を指さす。「ニクエって呼び捨てでいいから」
 スネを狙って飛んだ千枝の下段蹴りを、陽介はすばやく足を引いて事もなげに去なした。この攻撃のあるのを予測していたと思しい。
「そういつもいつも食らってばっかと思うなよテメー……」陽介が見よう見まねで拳法らしい構えを取る。
「ほかのトコ蹴ってほしいってことですかそーですか……」千枝は食らったらただでは済みそうもないコンビネーションのシャドーを始めた。
「菜々子ちゃん、菜々子ちゃんが呼びやすいほうでいいよ」と、雪子が助け船を出した。「ほら座ろ座ろ、このひとたちはほっとこ。となり座る? ここおいでここ」
「ウン、すわる」
 菜々子が雪子の隣に納まると、それを汐に陽介たちも対峙するのをやめて、各々の席に落ち着いた。ふと、なんだか示し合わせたようにして、彼らの視線が立ったままの悠の面に注がれる。うち二名のものになんとはない非難の色を感じるのは、彼の旺盛な被害妄想のなせるわざなのだろうか。
(で? どうすんの? 今日)
 とでも言わんばかりだ。おれのせいなのか? 悠は陽介と雪子の白眼を避けつつ菜々子の隣に腰かけた。
「いきなり呼びに来るから驚いた。前もって言ってくれればよかったのに」
「最優先事項になるって誰かさんが言ってたから、連休中なんかとうぜん予定あけてると思ってたけど」陽介はむしろ不思議そうである。「つかむしろお前、なんかべつの用事とか入れてたのか? ひょっとして」
「実は入れてた。けどもう入ってない。明日から家族旅行の予定だったんだけど、うちの叔父さんが仕事はいっちゃって、行けなくなってさ――ね、菜々子ちゃん」
 菜々子がウンと頷いて、控えめにその胸中の無念を述べる。結びの言葉はしかし「お父さんオシゴトだからしかたないよ」と父への理解を示すものだ。
「若いヤツがゴールデンウィーク休みたさに仮病つかいやがってさ」と、悠は事情通ぶって決めつけた。「で、うちの叔父さんにお鉢が回ってきたってわけ。仕方ないは仕方ないけど」
「お前の叔父さんって、いま忙しいの?」陽介の言葉には含みがある。
「忙しいよ、昨日から帰ってきてないし」
「マジかよ……そこまで忙しいのか。じゃあなんか手がかりとかあったってことなんかな」
「なにも今に始まったことじゃない。例の事件以後はわりとあるんだ、うち帰ってこないで署で寝泊まりするっていうの。叔父さんがそんなだからさ、おれには菜々子ちゃんしか頼る親戚がいないってわけ」
 彼女を連れて来ざるを得なかったわけを婉曲に伝えたつもりだったが、陽介に理解したふうはない。どころか、少しく怪訝そうにしてさえいる。
「もともと今日はさ、中止になった旅行の代わりってわけじゃないけど」悠は話題を変えた。「菜々子ちゃんといっしょにここへ来ようとは思ってたんだ。そしたらその矢先に里中が来てさァ」
「ああ……まあ、俺はいいんだけどさ、その、行けなくても」陽介は千枝と雪子の顔を見回して苦笑した。「でもせっかくのゴールデンウィークだってのに、こんなショボイ店が旅行の代わりなんて、なんか菜々子ちゃんかわいそうだな」
「だってほかないじゃん。じゃあだいだらでも行く?」
 と、千枝が口を尖らせる。誘った手前、彼女もたしょう咎めるものがあるらしい。
「なんでこことあそこの二択だよ――菜々子ちゃんごめんね」陽介はむしろ悠に言って聞かせるようにして、「菜々子ちゃん来るのわかってたら、またこないだの御康とか行ってもよかったね。悠がまたウナギおごってくれただろうし」
「菜々子ジュネスすきだよ。ウナギよりジュネスのほうがいい!」
 ウナギごときに比してジュネスのどれほど優れているかということを、菜々子はその乏しい語彙と表現とを総動員して高校生たちに訴えた。こればかりは彼女一流の気遣いの範疇ではあるまい。菜々子のジュネス愛たるや筋金入りである。
「ジュネスにご執心だから、うちの菜々子ちゃんは」と、悠が補足を入れた。「CM流れると絶対マネして歌うし」
「お前マジでうらやましいよ……俺もこんな妹ほしいよ……」陽介は感無量といった様子。
「旅行とどっちがよかった? ひょっとしてジュネスのほうがよかったり?」
 と千枝が訊くと、しかしさしものジュネス信者もゆうべの一件を思い出したか、「りょこういきたかった」と意気消沈するのだった。
「おべんとうもたべたかった。ハラヘルもたべたかった」
「へえ、お弁当、菜々子ちゃん作れるの?」と、雪子が話題を逸らした。「ハラヘルってなあに? おかし? なんかお腹すきそうだねそれ」
「それファラフェルのこと。おかしじゃなくて」悠が補足を入れる。「イスラエル料理でヒヨコマメの――」
「菜々子ちゃーん、あたしの代わりにお兄ちゃんにしっぺしてー」千枝が両手をメガホンにして茶々を入れた。「ヨコモジやめろお兄ちゃーん、和食つくれニホンジーン」
「もちろん作れるよ和食、板前の息子なめてもらっちゃ困るぜ」千枝にはとくに愛想よくしなければ。
「へえ、お兄ちゃん料理とかできんだ。たしかに器用そうなカンジあっけどさ」陽介はニヤニヤしている。「つかイスラエルって言った? お兄ちゃんイスラエルってどこにあんの?」
「中東かっ」千枝が隣の陽介のあたまを平手で叩いた。
「なんで俺だよ、お兄ちゃん叩けよ。もしくはカンダハル」
「あれ、イスラエルって中東だよね? どーだったっけお兄ちゃん」千枝もニヤニヤしている。
「お兄ちゃん料理できるんだ? すごいねえお兄ちゃん」雪子もニヤニヤしている。
(こいつら……)
「お兄ちゃんなんでもつくれるんだよ。ミソシルもお母さんとおんなじあじだってお父さんゆってた」
 陽介たちが悠をからかうのに、菜々子まで満面の笑みで便乗し始めた。
「すげーじゃんお兄ちゃん、女子かたなしじゃね? こん中じゃ」と、陽介。「あ、でも天城はなんか作れそうなフンイキあっけど」
「おいなんであたし除外した」と、千枝。「いやあたし料理できるって! チョーうまいよ。たぶん」
「その『たぶん』がすべてを物語ってるよね」と、雪子。「千枝が料理するなんて聞いたことないなァーわたしィー。つきあい長いのにおかしいなァー」
「料理オンチのあんたに言われたくないっつの。中学んとき調理実習であんたが作った味噌汁なんて、中庭の花壇に捨てたら花とかぜんぶ枯れて砂漠化してたし」千枝の反撃。「そだっ、菜々子ちゃんこんどお弁当つくってあげよっか? お兄ちゃんほどじゃないけどあたしも作れるよ。たぶん」
「菜々子ちゃん、そのときはまずわたしに連絡してねえ」雪子はにこにこしながら菜々子のあたまを撫でている。「あぶないから保健所もってかなきゃ。わたし千枝の作った卵焼きでお腹こわしたことあるんだよ」
「卵焼きじゃなくてオムレツですうー、ちなみにあんたのはただの食べすぎですうー!」
「そうそう思い出したァ! グリーンオムレツだったよねたしか! ホウレンソウ入れる前にもう緑色だったんだよね!」
「菜々子ちゃん、このひとらがご飯つくっても食べちゃダメだからね」と、陽介がテーブルに身を乗り出して言った。「お母さんと悠のご飯だけ食べな。命に関わるから」
「お母さんいないよ。ジコでしんだ」
 ことさら悲しむでもない、菜々子のこのなにげない言葉に、陽介へ食ってかかろうとしていた千枝と雪子がそろって凍り付く。襲われかけていた陽介もまた同様である。
 重苦しい沈黙が座を占める。
(ああそうか、そりゃ知らないよな。だからへんな顔してたのか……)
 おそらく陽介は――そして雪子も――堂島家に菜々子を預けてしかるべき保護者たる、母親がいるものとばかり考えていたのだ。彼からすれば悠は、いくらでもそれを防ぎ得たであろうに、あえて幼い従姉妹を同伴して今日の予定を台なしにした恣意的な人間と映っていたのだろう。
「ちょっ、花村……!」
「いやっ、だってさっき味噌汁がどうとかって……!」
 陽介はしばらく千枝とひそひそ問答していたが、じき弁解の余地はないと悟ったようで、申し訳なさげに菜々子に向き直ると「ごめん、知らなかった」とあたまを下げた。
「無神経なこと言った。ほんとにごめん……」
 十も年上の男が首を垂れて許しを乞うのに、菜々子は仰天した様子である。大あわてで「菜々子へいきだよ! お母さんいないけどお父さんいるし!」と笑顔でまくし立てる。
「お兄ちゃんもいるし、ジュネスこれたし、きょうはすごいたのしいよ!」
「そっか……ごめん」
 陽介は形ばかり笑顔を取り繕っている。こんな小さな子どもが自分を慰めようとしている、ということに思い及んでは、この情の塊のような男は救われるどころかよりいっそう拉がれるのである。ここは自分が助け船を出さねばなるまい――悠は菜々子に耳打ちをするような恰好で、
「菜々子ちゃん、陽介にジュースおごってって、言ってごらん」
 と、陽介に聞えよがしに言った。
「ええ?」
「今ならぜったい喜んでおごってくれるから。ほら、ヨースケジュース飲みたいーって、ほら」
 菜々子は遠慮しいしい、従兄弟に言われたとおりにした。陽介の目に感謝の色が広がった。
「おっ、いいよいいよ! なにがいい?」
「じゃあ、リボンシロトンがいい」
「リボンシロトンねー……シロトン? あれ売ってたかなここ」陽介は腰を浮かせて、ふと思いついたように菜々子を見た。「菜々子ちゃん、ジュースだけでいいの?」
 言われた彼女は困ったような嬉しいような顔で、先にそうしたように判断を求めて悠の顔を見上げる。
「なにか食べたい? なら遠慮しなくていいよ」と、悠は請け合った。「いーっちばん高いヤツ注文していいよ。あいつチョウ金持ちだから」
「いいよいいよ……じゃあ菜々子ちゃんいっしょに行こうか」陽介は改めて席を立った。「それとあとでお兄ちゃん殴っていい?」
 菜々子もまた大喜びで席を立って、そのときは自分もヨースケを手伝うと調子を合わせる。
「おおし、悠覚悟しとけよ――で、菜々子ちゃんなに食べたい?」
「菜々子たこやきがいい!」彼女の要求はしごくつましい。
「陽介おれはやきそばね。朝メシ食ってなくてさァ」と、悠も便乗した。
「陽介ステーキおごってー、フィレ三百グラムのミディアムウェルでライス大盛りおねがーい」と、千枝も便乗した。
「陽介わたし自転車ほしい!」と、雪子が挙手する。「フルカーボンのロードバイク。三十万円くらいするやつ。あとヘルメットも持ってないからそれも」
「菜々子ちゃん以外ふざけんな」陽介の面に感謝の笑みが広がる。「とくに天城はちょっとマジでふざけんな」
 吝嗇をなじる三者のブーイングを背に、彼は菜々子を伴ってファストフードのブースへ向かった。
「……小さいのにえらいね」と、彼らの背を見送りながら雪子が呟く。
「ホント。意外とうちらのほうがガキんちょだったりして」と、千枝も同意する。
「まだいっしょに暮らしてそんなに経ってないけど、しょっちゅう驚かされるよ、うちの菜々子ちゃんには」悠は誇りに満たされた。「なんていうか、老成してるんだ。気の配りかたとか、理解のしかたとか、そういうのがもう七歳のレベルを遙かに超越してる。十七歳でもああはいかない」
「自慢の妹……ってかんじ?」雪子はちょっとからかうような口調である。
「菜々子ちゃんは――」
 先に千枝にそうしたように、妹ではなく従姉妹だ、と訂正しようとして、悠ははたと口を噤んだ。
 彼の視線の先には自販機の前に立つ陽介と、その傍らで商品を選っている菜々子とがいる。もともとそれほど人見知りする質でもないが、彼女は実に屈託なげに見える。先ほどまでは名前も覚えていなかった相手に、しかしいまはよく懐いている様子だった。初めて見るものの目にふたりはきょうだいのように映るかもしれない。
 悠はややあって口を開いて「誰だって自慢したくもなるよ、あんな妹がいればさ」と言った。うぬぼれと言わば言え! あれほどのきょうだいを持ってそれを誇りに思わない人間がどこにいる? いかにも、鳴上悠にとって彼らは自慢のきょうだいである。
「うらやましいよ、わたし一人っ子だから」と、雪子は寂しげに笑った。「きょうだいもそうだけど、いとこもいないし……帰りに浚って行ってもいい? 菜々子ちゃん」
「雪子、菜々子ちゃんのお父さん刑事だからね、あんたもそーとー覚悟いるよ」千枝が椅子を鳴らして立ち上がった。「よしっ、あたしも菜々子ちゃんになんかおごってあげよっと」
「え、いいよいいよ! 気持ちはうれしいけど」と、悠は慌てて制止する。「陽介のもあとでおれが立て替えるつもりだしさ、いいよ」
「あたしがおごりたいんですよ」
「いや、だって里中あんまり――」
 この馬鹿、いいかげん学習しろ! また繰り返すつもりかおまえは! 悠は言葉後を呑み込むと、テーブルの下で自分の腿を思いっきりつねった。またぞろ奢る奢らないの言い合いを始めて、今度は誰を呆れさせるつもりなのだ!
「あんまり?」
「いや、なんでもない、うん、ありがと」と、悠は辛うじて笑って糊塗した。「そう、あんまり高いものは止してよって、こと、ホント」
「だいじょぶだって、そんな持ってないからあたし」
「わたしのぶんもお願いね千枝」と、雪子。「五千円ぶんくらいおごってあげてね」
「あんたのはちゃんと徴収するからね」と捨て科白して、千枝もまた陽介たちの許へ向かった。雪子が親友に同調することなく席に留まったのはおそらく、それを悠があまり喜んでいないのを悟ったからだろう。
「菜々子ちゃん太っちゃうよ、あんなに奢られたら。昼飯もあるのに」
 悠はいかにも困ったふうを装ってこう言った。あるいは自分だけ菜々子になにか奢らないのを、雪子が不義理に思いはしないかと気を回したのだが、彼女の返事はない。なんとなく心ここにあらずといった様子で、遠目に菜々子たちを眺めたままである。
「……そう、天城、ちょっといい?」
「え?」
 雪子の目が戻ってきた。
「天城に報せておくことがあった。実は昨日さ、稲羽署の足立さんっていう刑事とここでいっしょになったんだけど」
「ん、だいじょうぶ、それ。捜査情報の交換って話だよね」雪子は陽介の背へちらと目を遣りながら、「さっき待ってるあいだ花村くんが話してくれたから」
「あ、そう……いちおう、謝っておこうかなって思って。天城の名前だしちゃったし」
「いいよいいよォ、どんどん使ってよ。なんにも請求しないし」
「最初はみんなそう言うんだ。次はぜったいハンコ持ってこいって言うね」
「拇印でもいいよ」
 おたがいに一笑を得て、ふたりきりのテーブルに和やかな雰囲気が訪れた。が、笑いの収まったあとは両者ともなにを言うでもなく、会話は途切れる。悠は沈黙の気まずさから逃れるために、遠目に菜々子たちを眺めて、「わたしはこの穏やかな沈黙によって満ち足りています。気まずさなど毛ほども感じていません」とでもいうふうにして、なんとも思っていないのに眼を細めるなどしてその場を取り繕っていた。
 雪子と話す話題がないのではない。むしろある。おたがい顔を合わせれば真っ先に考えるような、その筆頭格があるくらいなのだが、悠の場合はそれを意識しすぎてかえって口を噤むのだった。たとえ肉が欲しくてそうするのであっても、肉屋ののれんを潜ってただ肉が欲しいとだけ言う人間は、彼の自意識においては野暮の評価を免れ得ぬ。理想としてはまず野菜や果物の話などもすべきなのだ。
 悠がキュウリとメロンの相違についての深遠な哲学的考察に耽っていると、彼の視線の先で和気藹々としていた菜々子たちが、なにを思ったかふとフードコートから離れて店舗の中へ入ってしまった。行きしなにこちらへ向かって手を振る三人に、雪子が手を振り返しながら呆けたように「中はいっちゃった」と呟く。
「おかしでも買いに行ったのかな……」
「かな……」
 逃げ道を断たれたようだ。やむを得ぬ。悠はキュウリとメロンを叩き割って豚バラ肉を取り出した。



「……天城、最近、旅館はどう? 忙しい?」
 と水を向ければ、愚痴や苦労話のひとつふたつ、喜んで話すだろうと思われたのだが、意外にも雪子は「え? うん、まあ」などと気乗りしない様子。それどころか菜々子たちがいなくなったとたん、彼女は少しく落ち着きをなくして、それとなく周囲を見回すなどし始める。
(気まずいのかな……気まずいんだな……まいったな)
 悠にしても非常に気まずい。最有力の話題をあっさり去なされてしまったばかりか、逃避の対象たる菜々子もおかしを求めて消えてしまった。なお悪いことに、彼が雪子と相席しているテーブルの回りにはふた組ほど、いつのまに来たものかカップルらしき男女が座っているのだった。五人で話している間にフードコートにもいくらか客足が増えてきたようだが、その数も一絡げに背景としてしまうには少ない。ましていちおう字義の上では三組目に該当する悠のこと、彼らを無視しようにもどうしても意識してしまう。
 こんなシチュエーションへの対策は当然、彼の「対友人マニュアル」には目次さえ載っていなかった。仕方ない、とりあえずなにか注文しに席を立つか? 馬鹿な! こんな不自然な沈黙のあとにいきなりそんなことをしてみろ、彼は話すことがなくて逃げたのだと雪子に誤解されるではないか!
(くそ、なんでこういうときにどっか行くんだよあいつら! 菜々子も菜々子だ、ひどいぞ、食べ物に釣られるなんて……)
 おおかた千枝あたりが「おかし買ったげる」とでも誘ったに違いないが、それに唯々諾々と従って兄を窮地に追いやるとはなにごとであろう。帰宅したらきっと彼女の柿の種にわさび味を混入する重罰を科さずにはおかぬ……
「あの、さ」
 にわかに雪子が口を開いた。悠は菜々子の不実を呪うのを中断して「え? はいっ」と背筋を伸ばした。先に菜々子たちの去っていった店舗の出入口をなおも窺いながら、彼女はテーブルの下からそっと、ゴム手袋に覆われた左手を持ち上げて、
「このさ、ケガのことなんだけど」
 と切り出す。なんだか尋常ならざる気配である。以前に「皮膚移植はしなくてもいい」などと言っていたが、やはり必要になった、とでもいうのだろうか。
「火傷? ぐあい悪いの? ひょっとして」
「ううん、ヤケドじゃないんだけど――」
 雪子はじきなにか見咎めたように口を噤んで、すぐさま左手をテーブルの下に引っ込めてしまう。その視線を追うまでもない、菜々子たちが戻ってきたのだ。買い物に行ったにしては早すぎるようだが。
(なにか隠しておきたい相談事があったんだな。たぶん、里中に)
 先刻からなんだか様子がおかしかったのはおそらく、それを持ち出す機会を窺っていたためだ。しかし火傷した手を示して「ヤケドじゃないんだけど」とはいったいなにを意味するのだろう。
「ごめん、またこんど話す」雪子は諦め顔で呟いた。
「ひと言では言えないような話?」
「うん、まあ、そんなとこ」
「ちなみにそれ、陽介にはもう話した? ならあとでこっそり訊いておくけど」
 ひょっとすると悠と千枝を待つ間、すでに陽介へ話してあるのかもしれないと考えたのだが、雪子はとんでもないとばかりに手を振って否む。
「言ってない言ってない。言えないよ、花村くんってちょっと口かるそうだし……」
 この評は少しく悠を驚かせた。彼の中の花村陽介とは――多少の理想化は自覚しているにせよ――他人の秘密に接しては、腕を切り落とされても口を割らぬような硬骨漢だったので。
 彼は確かに見てくれだけなら軽薄のきらいもある。それは悠自身、初対面のときに受けた印象でもあったが、雪子だってもはや顔を合わせるだけという仲ではないのだ。まんざら彼と話したことのないでもなかろうに、それにしてはまたずいぶんと皮相的に判じるではないか? それともこう言うことで間接的に「でもあなたは違う。だから話すのだ」とでも匂わせて、もって悠の機嫌を取りたかったというに過ぎないのだろうか。
「へえ? おれだって信用できるかどうか」天城はちょっと見る目ないかも――悠はひそかに機嫌を損ねた。
「できるできる、するする。っていうより、鳴上くんには報せておかなきゃ、いけないことかなって」
 なにゆえ雪子の怪我の具合を悠が関知していなければならぬのか。それは知りたいか知りたくないかで言えば大いに知りたくはあるが、悠がその理由を質そうとしたところで、菜々子たち三人が賑々しくテーブルへ帰ってきた。フードコートに戻ってからなにか注文していたと思しい。
「なに、なんの話してた?」陽介の面には軽薄そうな笑みが浮かんでいる。
「新婚旅行どこに行こうかって話」
 雪子が笑って、なにか大きめのお守り袋のようなものを悠に投げ付けた。綸子かなにかの地を透いて青白く輝くそれは、先に彼女が近所の染物屋で買ったと言っていた、例のタロットカード入れである。
「……天城、言い忘れてたけど、これちょっと薄すぎる。光が漏れてるだろ? 服の下からもちょっと透けて見えてたけど」
 悠は袋を返却しがてら、自身の財布からタロットを取り出して見せた。
「ほら、こんなふうに、財布とかもっと厚いものに挟まないと」
「その光が犯人に見えるかもしれない……ってのがこいつの言い分なんだけどさ」と、陽介が補足を入れる。「俺的にはそんな気にするほどのことじゃねーと思うんだけど」
「この光って、犯人にも見えるの?」と、雪子。「犯人もタロットを持ってるの? ペルソナも?」
「それってまだわかんないんでしょ? どーでもいいじゃん。それよりゴハンゴハン!」
 千枝が早くしまえとばかりに手を振る。その視線は他のペルソナつかいたち三人を射竦めながら、必死に菜々子の存在を示している。この話題を避けろと注意しているのだ。すでに菜々子は最前から、雪子の示すタロットカード入れを不思議そうに見つめているのである。
「それより鳴上くんなんかたべるっ? あたしおごるし!」
「あ、いや、ごめん……じゃなくて、いいよ。おれハラ減ってないし」
「えーウソだあ。鳴上くんさっき朝たべてないってゆってたじゃん」
「……朝食ってないっていうのと、いまハラ減ってないっていうのは、必ずしも矛盾しない」
「あいかわらず理屈っぽいのねお前――あ、そうだ菜々子ちゃん、お兄ちゃんってなにが好きなの?」と陽介が訊いたのは、多分に菜々子の気を逸らすためだろう。「つか好きなものってあるの? コイツ」
(いまのはまずかったな……気をつけないと……)
 千枝と陽介とに救われたかたちだ。いつもなら率先してこういったことに気を回すはずの自分がこれではいけない。菜々子が理解力や洞察力の点において老成しているとは、誰が言いだしたことだったのか? 隣で猛省する従兄弟をよそに、問われた菜々子は思案げにしていたが、ほどなくパッと顔を輝かせると、
「お兄ちゃんしもねたがすきだよ!」
 と大音声で叫んだ。どっとイヤな汗が噴き出した。余計まずくなった。悠以外の高校生三人の面は果たして、ガイ・フォークスの仮面じみたいわくありげな笑みに彩られた。
「へえー、下ネタすきなんですかーそうですかー」と、千枝。
「それ菜々子ちゃんに言っちゃうんだねえフーン」と、雪子。
「鳴上先輩にはかなわねっすわ。マジパねえっす」と、陽介。
「あのさ菜々子は間違えて覚えてるだけだから。おれが好きなのはシモニタ――」ネギだと言ったところで下手くそな嘘だと思われるのがオチだ!「じゃなくてシモッ……シモネッタ・カッターネオ・ヴェスプッチっていう十五世紀の女性で美人でボッティチェッリのヴィーナスの誕生のモデルになったひとで」
「鳴上くんなんでそんな早口になってんですかァー?」千枝はニヤニヤしている。
「鳴上くん汗すごいしカオ真っ赤だけどどうしたの?」雪子もニヤニヤしている。
「マジでウソ臭いんだけどそれごまかしてるつもり?」陽介など言うにおよばず。
「はは……ていうか常識で考えてっておれが菜々子にそんなことホントに言うとでも思ってんのかおまえら」
「お兄ちゃんしもねたすきってゆった」菜々子が大まじめに太鼓判を捺す。
「あはは菜々子うるさいよ……!」悠は従姉妹の頬をわし掴みにした。
「オニイチョンシュモネトシュキットユット」彼女は諦めない。
 彼を陰惨な晒し刑から救ったのは、注文の番号を告げる声である。千枝がそれに反応して「お、あたし持ってくるよ」と席を立った。
「雪子もなんか頼んだら?」
「うん――鳴上くんもなにか頼む?」雪子もまた席を立ちながら、「言ってくれれば注文してくるよ。でもブフッ……下ネタは売ってないかなァー……」
 怒れる悠の投げつけた五円玉を、雪子はキャアキャア大喜びしながらヒラリと躱した。彼の反応を面白がるのは千枝にしても同じである。彼女らはふたりして屋台の側へ逃れつつ、なにごとかひそひそ囁き合っては黄色い声を上げて笑いさざめくのだった。
(畜生……ぜったいおれのこと話してるぞ……!)
 などと顔を赤くすればするほど彼女らは喜ぶのだ。鳴上悠、冷静になれ! こういう場合はなんであれ発端となった事件自体はなにほどのことでもない。周囲の人間の興味を引くのは常に、そしてまったく事件のその後の当事者の反応なのだ! おまえが涼しい顔をしていれば、たとえおまえが憶えていて欲しいと願ってさえ、彼女らはさっさと忘れ去るのである……
 悠はそっと深呼吸すると「おれもなんか頼んでこようかな」と、辛くもうわべだけ平静を装って言った。
「お前なに言ってこうなったんだか知らねーけど、あのふたりしばらく言い続けるぞ」陽介は苦笑している。「にしても下ネタねー……なに、お前マジで好きなの? ひょっとして」
「……そういえばおまえ、やけに早かったな、戻ってくるの」悠は強引に話題を変えた。
「トイレいってたんだ」菜々子が代わりに答えた。「ちえちゃんもいってた」
「俺はつきそい」と、陽介。
「なんでおまえがつきそう必要あるんだよ」
「気ィ回してやったんじゃん。で、なんか進展あった? それとも天城峠で滑落死?」
「菜々子こいつ殴っていいよ。ぶっとばして」
 と、悠は従姉妹に命じた。こんな余計な気を回されたばかりにどれほど気まずい思いをしたことか。
「おっとォ、菜々子ちゃんは俺の言うこと聞くぜ――菜々子ちゃん助けて! 悠がいじめる! そいつくすぐって!」
「ヨースケいじめちゃダメ!」
 あにはからんや、菜々子は悠の命を黙殺したばかりか、その彼に向かって嬉々として襲いかかってきた。
「うわっ、この裏切りもの!」
「残念だったなあお兄ちゃん。菜々子ちゃんはたこ焼きとメロンソーダフロートとたけのこの山でもう買収済みなんだよ。合掌」
「このヤロッ! 後悔するぞ菜々子、おれに逆らうとは!」
 しかし卑劣な不意打ちも体格の壁を超えるには及ばず。先制攻撃の利を失った菜々子は一転、金切り声を上げつつのたうち回るだけの機械へと変ずる。
「あーっ、お兄ちゃん菜々子ちゃんいじめてる!」千枝がトレイ両手に早足で戻ってくる。「ひどーいお兄ちゃんサイテー、ジドーギャクターイ、ネグレクトー」
「鳴上くん注文してきたよ、わたしのおごり」雪子も緑色の番号札を振りふり彼女に続く。「下ネタ大盛り。すきでしょ?」
「……覚悟しろよ天城、次は天城の番だからな」
 ようよう菜々子を解放した悠が席を立つだけで、雪子はキャアと脱兎のごとく逃れ去る。そうして露天席の境界に設えられた植え込みを挟んで彼を窺って、その麗貌に満面のニヤニヤ笑いを貼り付けるのだった。いかにも「追いかけてこい。つかまえてみろ」とでも言わんばかりだ。
「警察呼ぶよー、おじさん呼ぶよー鳴上くんの」
「…………」
 こんな挑発に乗る悠ではない。彼は無言で雪子の座っていた椅子を持ち上げて席に戻って、それを自分の椅子に重ねてなにごともなかったように腰を下ろした。
「あっ、ひどーい、椅子かえしてよォー」雪子がにこにこしながら戻ってくる。
「下ネタ大盛り、楽しみだな。下ネタは青のりが決め手なんだ」悠は無視する。
「ねえほら菜々子ちゃん、お兄ちゃんがイジワルするんだよ。おねがいなんとかして、やっつけて!」
 さて雪子にはどのような報酬を約束されたものか、菜々子は懇願されるや否やまたしても従兄弟へ不意打ちを敢行する。が、同じ手を二度食うほど悠もぼんやりしていない。奇襲はすんでのところで防がれ、しこうして彼女はふたたび捕囚と責苦の窮境へと舞い戻った。
「学習しないヤツだよ菜々子……!」
「あははヨースケたすけてー! ちえちゃんたすけてェー!」
 向かいで椅子を蹴る音がする。陽介と千枝が同時に席を立ったのである。
「菜々子ちゃんの頼みだ、悠わりいな!」
「悠わりいな!」
 ふたり揃って見せつけるようにして両の手指をうごめかしながら、陽介と千枝はそろそろとテーブルを迂回してくる。無論、このあからさまな示威行為の意図するところはひとつ。菜々子を援ずるための越境侵略にあるのは明らかだった。
「ちょっ、おい――!」
 果たして悠は後背を襲われて二正面作戦を強いられ……るどころではない。見よ、その隙に乗じて忍び寄った第三の勢力が、今し彼の無防備な横腹を衝かんとするところを!
「ウフフ悠わりいな!」
 雪子である。彼女らの救援で菜々子も大いに士気を回復、悠は完全に包囲される。
「テメッこの……や、やめっ! バカ冗談じゃ――!」
「里中オメ左! 俺が右おさえっから!」
「うへへ鳴上くうん、ここすかあ? ここが凝ってるんすかあ?」
「ほら菜々子ちゃん、お兄ちゃんここが好きだってここ。わたし右やるから菜々子ちゃんは左ね」
「ここがしもねた?」
「やめろってウオォーッ!」
 そして包囲のあとには蹂躙が待っている。悠は四人がかりのくすぐり刑を受けて椅子をガタゴト鳴らしながらのたうった。






 短くまとめると、
「そもそも中間テストなどというものは日々の授業をまじめに受けてきたかどうかの確認に過ぎずこれのためだけにあわてて参考書を引っかき回すような輩はたとえ高得点を取ったところで有名無実であり智力への反映などないし自分はそういうその場しのぎで長期的展望のない愚か者をきびしく見張っているのだからして各人次の期末テストへの取り組みについてはくれぐれも手段と目的をはき違えることのないように」
 ほどの内容の演説をひとくさり終えて、諸岡教諭がチャイムと共に退室すると、二年二組教室には朝ぼらけのような平和が訪れた。
 ついに夜が明けたのである。つまり、心を悩ますテスト期間が終わったのである。
「終わったー……つがれだ……」
 隣の千枝は放心している。
「終わったー……いろいろ……」
 背後の陽介も同様らしい。周囲でさざ波のように聞かれるのも、こんな気の抜けた安堵の声ばかりだ。
「鳴上くんどーだったー? 燃えつきた?」
「下着は焼け残った……ってとこ?」
 悠にしても転校後はじめてのものだし、またいろいろあってお世辞にも準備万端とは言いがたい状態で迎えてしまったので、今回の中間テストに臨んでは不安や緊張もないではなかった。しかし終わってみれば「まあこんなもんか」くらいの印象である。千枝をはばかって控えめに申告したものの、正直に言えば下着はおろか上着の袖が少し焦げたといった程度だろうか。
「俺たぶん全身炭化してる。赤不可避。マジで死んだかもしれん」陽介が席を立って悠の傍らに来た。「つかさァ、向こうの世界がらみのいろいろがあんのにテストとかさァ、はっきり言って捨てるっきゃねーだろっての。初めっから勝ち目なんかねーし」
「陽介声でかい」
「誰も聞いてねって。でかくもなるって」
「まあそうだよね……あたしらハンデ大きいよねえ、へこむわー」口ほどにもなく千枝は救われた様子である。「そだ、雪子はどーだった? あっ、アレなににした? 文中の『それ』が指す単語ってやつ」
 最前から上体を捻って後ろを向いて、こちらに聞き耳を立てていた雪子が、主人に呼ばれた犬のように喜色を露わにする。彼女もまた席を立って千枝の机の隣に納まれば、教室の真ん中にはこのごろ名物になりつつあるとも聞く、おなじみのなかよし四人組の一丁上がりである。
「んっ? それって?」
「えー、問七? だっけ?」
「問七の文中……悲しげな後ろ姿? にした」
「ちょ、あたし机の上の餅にしたんですけど」千枝は呆然たるものだ。
「下着は焼け残っててほしいなあ。個人的に」悠はニヤニヤしている。
「いや里中も炭化コースだろ。つか炭化しろ」陽介も愉快そうである。
「うっさいあんたひとりでスミになってろっての。赤はなにがなんでも回避する、祈るっ」
「ここんとこ祈ってばっかだね千枝。テスト前も祈ってたよね……勉強見るって言ってるのに」雪子は呆れ顔である。
「あたしにもプライドがあんだっつの。雪子きびしいし」
「へえ、おれも見てもらえばよかったなー」と、悠。
「へえ、じゃ俺も見てもらやよかったなー」と、陽介。
 雪子は両手を差し出しておごそかに「一時間五千円になります」と宣った。男子は料金制らしい。
「高! せめて友達価格とかねーのかよ!」陽介の抗議。
「友達じゃなかったら消費税もとってるよ」艶然と雪子。
「それより花村ー、プレステ3待ってんですけどー」千枝まで手を差し出す。「いつ貸してくれんのー? 成龍伝説みれないんですけどー」
「あーいや……いま新作買ったばっかなんで……エルシャダイやってるんで……」
(このバカ、ゲームやってたのかよ……)
 案の定、自称特別捜査隊の活動以前の問題だったようだ。彼は自ら火中に躍り込んだも同然である。
「知らんし。うちドラクエ8とペルソラ4現役だし。ジコナギ全ステ99つくったし」
「お、カンダハル」
 と、陽介が言うのと同時に、悠はいきなり両肩を誰かに掴まれた。
「ちゅ――じゃないカンダハルゆうな」声の主は春美である。「テスト終わって早々にゲームの話とかそーとー余裕あんなーオメーら」
 振り返って見ると、春美はひとりではなかった。なんとなく恐るおそるといったふうな女子がひとり、その後ろに控えている。千枝ほどの小柄な身体に濃茶のベリーショートを戴いた、ちょっと華奢な少年が女装したような雰囲気のある少女である。彼女は確か女子B……
「カンダハルと……鈴木、だっけ」
「よし鳴上くんぜってーまちがえると思った」春美は悠の肩を揉みながら、「これは遠藤です。遠藤環。通称タマチン」
 タマチンと呼ばれた女子が「バカじゃないのっ?」と血相を変えて春美に掴み掛かった。もっとも当の春美はヘラヘラ笑って意に介さない。
「タマチンは禁句だろって……」千枝は呆れている。「マキはどーだった? テスト。ちなみに花村は炭化」
 タマチン改めマキと呼ばれた環は、春美の衿をしぼり上げながら「うまくいった、と思うんだけど」と笑ったあと、
「でも、天城さんにはたぶん、勝てない、かな?」
 雪子へ水を向けた。自ら話題を振っておきながら、それはなんだか遠慮ぎみな、腫れ物にさわるような言葉である。皮肉や嫉妬のたぐいではないようだが。
(へえ、天城さんって呼ばれてるんだ、天城)
 雪子が千枝以外の女子に呼びかけられる、というのは、悠の耳にはちょっとした珍事だった。
 常日頃のべつに聞き耳を立てているというわけではないが、彼女の席は悠の斜め前隣である。この近さでいまさら珍しく聞こえるのだから、普段よほど話しかけられることが少ないか、あってもごく事務的なやりとりに留まっていたのだろう。雪子が千枝以外の友人といっしょにいるところを見たことがない、というのも傍証になろうか、彼女は友人を作ることに甚だ不熱心らしい。
「そんなことないよ、そこそこ」
「天城さん、五位以上からなかなか下りてきてくれないから、わたしぜんぜん手ェ届かないんだよねー……」
「たまたまだって」
 雪子の返答はごく平板である。決して礼を欠くというわけではないものの、さりとて次の話の接穂を用意するというのでもない。彼女の性格を知る悠からすると、傍で聞いていて壁を感じる言葉だ。そうといえば、去る初登校の日のホームルームのあと、山野アナの所在を訊いてきた男子に対して、きわめて冷淡な返事をしていたことが思い出される。そして彼らもまたちょうど今ほどの環のように、雪子に話しかけるにあたって妙に及び腰であったことも。
「そういや天城さんってさ、二年のとき三学期末の学年一位とってたよね」春美が環のあとを継いだ。「後光がすごすぎっすよ、もう眩しくて目ェあげらんないっすよ……!」
「おおげさっ」雪子はにこにこ笑っている。
 こんな口数の少なさにも懸隔を感じてしまう。猫をかぶっているとでも言えばいいのだろうか。いかにも、彼女はその深窓の佳人然とした見た目とは裏腹に、騒がしくてユーモアがあって、もっと人なつっこい質のはずなのだ。
 その雪子がまたどうして、千枝以外の友人を作ろうとせず、自ら周囲を遠ざけるようなことをするのだろう? 悠はゲーム談義を始めた面々からちょっと身を引いて、ひそかに彼女の様子を窺っていた。
「ドラクエ8って何年前のゲームだっつの。千枝ものもちいいなー」と、春美。「またなんか貸そっか? プレステ2もあっから」
「あーいいです。カンダハルの持ってるのキモくてグロくておっかないのばっかだし」と、千枝。「あのクソゲーなんてったっけ、なんとかヒル」
「サイレントヒル3はクソゲーじゃねえ」
「ルミはクソゲーコレクターだから。それに静岡はひと選ぶしィ……やっぱバイオには勝てないしィ?」環の口調は挑発的である。「そうそう4が今度ピーエス3で出るんだよね。わたしはぜったい買う」
「バイオ4とかホラーじゃねえし、タダのゾンビシューターだし。あーゾンビもう出てないんだっけ?」春美の口調も挑発的である。
「バイオも静岡もいける俺に隙はなかった。まーカンダハルがクソゲー好きなのは認めっけど」と、陽介。「こないだ借りたのなんつったっけ? なんとかソウル。初見殺しと即死トラップだらけだし敵強すぎるし攻略させる気ねーだろあれ。おまけに死んだら経験と金ぜんぶなくしてHP半減とか作ったヤツあたまおかしい」
「デモンズはクソゲーじゃねえ」と、春美。「花村がヘッタクソなだけ」
「デモンズはクソゲーじゃない」と、環。「花村がヌルゲーマーなだけ」
「ヌルゲーマーはエルシャダイとか買わねーし」と、陽介。「カンダハルと遠藤がマゾゲーマーなだけだから」
「なにデモンズって? あたしやったことない?」と、千枝。
「里中アクション駄目な時点でムリゲーじゃね? ちなみにプレステ3だからお前できない」
 彼らがなにについてこんなに熱心に話しているのか、悠にはほとんどわからない。それは視線の先の雪子にしてもどうやら同じらしい。ただ、彼女の面には悠のそれにおそらくは浮かんでいないはずの、ある色が垣間見られるのだった。
 どことなく寂しげな、憂わしげな面持ちで、その目だけがキョロキョロと千枝たちを見回している。折々顔を伏せるのはきっと、目が合って話を振られても答える術を持たないからだ。しかもそれでいて伏せたままにしないのは、思うにきっと話しかけて欲しいからなのだろう。
 かねがねスクールカーストというものを唾棄すべき囚獄として一匹狼を気取ってきた悠も、こんな光景はまま見たことがある。それはカーストにおける力のあるグループにいない、あるいは孤立した人間が、自分より上位のグループの輝かしい団居へ向ける、あの実に卑屈な顔であった。雪子は仲間に入れて欲しいのである。
 いったいその汀立った容姿だけを見ても、彼女が教室内において非常にユニークな存在であることは論を俟たない。それは雪子のほうでも理解しているはずだ。ちょっと微笑んだならどんなグループだって三顧の礼を尽くして迎え入れるだろうに、彼女はそうしないどころかむしろ遠ざける。にもかかわらず、自分の遠ざけた人間に近づきたがっている……
 熱心に見つめられるのに気付いたか、ふと雪子と目が合った。その面からたちまち憂愁の色の吹き消えるのがわかった。彼女は今ほどの打ち沈んだ様子もどこへやら、いかにもおかしげに「なに話してるんだろうね? さっぱりわかんない」とでもいうふうにして、悠にだけ見えるように小さく肩を竦めてみせた。
 その目。見知らぬ異郷にたまさか同胞を見出したような、不安を癒された喜びを湛える目。慰めを手に入れたものの安堵の目。おお、天城はおれを同類と思っているのだ! こんなときたいていの場合、彼がとっさに感じてきたような「おれをおまえと一緒にするな!」という反発は、しかしその胸に生じることはなかった。ひとを遠ざけながらかつ近づきたく思う――この手の矛盾に、鳴上悠、おまえは覚えがなかったか?
 誰かがおまえに指摘しはしなかったか? 孤独を愛しながら団欒を羨み、荒地を平和と呼んだ矛盾を。雑木衆俗に伍しては陽も当たらぬと嘯きながら、選んだ孤独の軒下がついに日陰であったことを、かつて寂しさがおまえをして鉄だと思わしめたものに降ろした冷たい霜を、もう忘れたのか? 悠は「同類」へ向けて彼女がしたように、肩を竦めて微笑んでみせた。
(きっと天城の対友人マニュアルもペラペラなんだろうな……)
 などと考えるのは、雪子には相済まぬことだが大いに悠を慰めるのだった。
「――天城さんちは聞こえなかった? あの音」
 呼ばれた雪子が視線を切って、「えっ?」と春美のほうを向いた。
「ごめんなさい、聞いてなかった」
「ボーソーゾクの話」千枝が補足を入れる。「ほら、さいきんまた来るようになったじゃん? ウォンウォンうっさいやつ。あれ新しいヤツなんかな」
「うちなんか道路沿いだからスゲーよ。窓ガラス割れるっつの」と、陽介。「そういや前のヤツって集団で事故ったんだっけ? 急にぱったり来なくなったんだよな」
「そうそれっ。で、その前の暴走族なんだけど」環は妙にソワソワしている。
「ヤクザにつぶされたってウワサは聞いた」春美が割り込む。「なんか銃声みたいな音が聞こえたって証言もあってさァ……でもショージキろくに訓練できない日本のヤクザが中国とか東南アジア製の拳銃で走ってるバイク狙い撃てるかってゆうとまずムリなハナシで拳銃ってシロートが撃つと十メートル先の――」
「ルミうっさい」
 ゲームの話はいつの間にか終わっていたようだ。もっともゾンビだの死ぬだの話していたのと同じくらいには続きも物騒だったが。
「知らなかった。うち聞こえないのかな」雪子は素直に驚いている。
「まーあんたんち山だしね……あ、そーだ」千枝が手を打った。「天城屋に騒音被害でればケーサツ動いてくれんじゃない?」
「ちょっと聞いてってちょっと」環が割り込む。「でね、その花村の言った前の暴走族つぶしたっての、実はヤクザじゃないんだって。しかもひとりでやったとゆう! その当時中学生で、いまは高校生で、なんとウチの一年にいる……らしい。見たことないけどね!」
「なんか去年までそーとー凄かったってヤツが一年にいる、ってのはたまに聞くな。それなの?」陽介はきな臭げにしている。「中学んときに伝説つくったとかウチの店員が言ってたけど」
「葛西さんだろ、その店員って」悠もなんとか会話に混じろうとする。
「そ。仕事しねんだあのひと……そうそう、ホントかどうか知らんけど見たことあるって言ってたな。身長二メートル以上で顔中ピアスだらけの体中タトゥーだらけでアタマ真っ白で……」
 このいささか現実味に欠ける「伝説の中学生」像は女性陣に「そんなコッテコテの不良いるかっつの」と一笑に付されたが、悠は思うところあって机の木目を見つめていた。いくつか記憶に引っかかる特徴がある。だいぶ誇張されているようだが、それは過日にだいだらで会った巽完二のことではないのか?
 顔を上げると果たして、雪子だけは笑っていない。その細面が悠の心当たりを肯定するかのように小さく頤を引いた。





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