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No.35651の一覧
[0] PERSONA4 THE TRANSLATION(ペルソナ4再構成)[些事風](2014/11/03 16:25)
[1] 序章 PERSONA FERREA[些事風](2014/11/03 16:25)
[2] 一章 REM TALEM MINIME COGITO[些事風](2012/10/27 23:54)
[3] 国を去り家を離れて白雲を見る[些事風](2012/10/27 23:57)
[4] マヨナカテレビって知ってる?[些事風](2012/10/28 00:00)
[5] ピエルナデボラシーボラ![些事風](2012/10/28 00:03)
[6] 出れそうなトコ、ない? ひょっとして[些事風](2012/10/28 00:07)
[8] 死体が載ってた……っぽい[些事風](2012/10/28 00:27)
[9] ペルソナなんぞない[些事風](2013/03/05 00:17)
[10] でも可能性あるだろ?[些事風](2012/10/28 00:34)
[11] バカにつける薬[些事風](2012/10/28 00:36)
[12] シャドウじゃなさそうクマ[些事風](2012/10/28 00:41)
[13] 吾、は、汝[些事風](2012/10/28 00:46)
[14] 俺はお前だ。ぜんぶ知ってる[些事風](2012/10/28 00:53)
[15] ノープランってわけだ[些事風](2012/10/28 00:56)
[16] 旅は始まっております[些事風](2012/10/28 01:05)
[19] 二章 NULLUS VALUS HABEO[些事風](2014/11/03 16:26)
[20] あたしも行く[些事風](2013/01/15 10:26)
[21] それ、ウソでしょ[些事風](2013/03/05 21:51)
[22] 映像倫理完っ全ムシ![些事風](2013/05/12 23:51)
[23] 命名、ポスギル城[些事風](2013/05/12 23:56)
[24] あたしは影か[些事風](2013/06/23 11:12)
[25] シャドウ里中だから、シャドナカ?[些事風](2013/07/24 00:02)
[26] 脱がしてみればはっきりすんだろ[些事風](2013/10/07 10:58)
[27] 鳴上くんて結構めんどくさいひと?[些事風](2013/10/14 17:36)
[28] セクハラクマー[些事風](2013/12/01 15:10)
[30] アギィーッ![些事風](2014/01/31 21:58)
[31] かかってこい、あたしが相手だ![些事風](2014/03/04 21:58)
[32] クソクラエ[些事風](2014/04/16 20:30)
[33] あなたは、わたしだね[些事風](2014/06/15 15:36)
[34] とくに言動が十八禁[些事風](2014/07/26 21:59)
[35] コードレスサイクロンユキコ[些事風](2014/09/13 19:52)
[36] 自称特別捜査隊カッコ笑い[些事風](2014/09/24 19:31)
[37] ッス[些事風](2014/11/03 16:29)
[38] oneirus_0d01[些事風](2014/12/14 18:47)
[39] 三章 QUID EST VIRILITAS?[些事風](2015/03/01 16:16)
[40] ええお控えなすって[些事風](2015/05/17 00:33)
[41] キュアムーミンだっけ[些事風](2015/10/18 13:01)
[42] おれ、弱くなった[些事風](2015/11/20 10:00)
[43] 中東かっ[些事風](2016/03/02 00:50)
[44] バカおやじだよ俺ァ[些事風](2016/05/15 16:02)
[45] ここがしもねた?[些事風](2016/08/16 15:11)
[46] 腕時計でしょうね[些事風](2016/11/15 13:03)
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[35651] キュアムーミンだっけ
Name: 些事風◆8507efb8 ID:b702ab77 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/10/18 13:01



 そこは工房というより、ちょっと工場の趣があった。広さはもはや地上階の「ディスプレイ用の部屋」の比ではない。おそらくは住家や店の敷地に跨っていることだろう。
(ミノタウロスはいないな……まあ、じき来るんだろうけど)
 悠は入ってすぐのところに立ったまま、天上の両端に設けられたランウェイを移動する小型のクレーンを見上げていた。そこからぶら下がった箱状のコントローラーを完二が握っている。彼とクレーン、主従いっしょになってゆっくりと部屋の隅へ歩いていく姿は、ちょっとリードを保持する飼い主と犬のようにも眺められた。
「やべえやべえ。オジさんに見っかったらまたギャーギャー言われるトコだった。すんませんね」
 悠はここへ来てすぐ、完二に「あぶねえからここいて下さい、ちっとホイストかたしてくるんで」と言い含められていたのである。もっとも彼が危惧するほど「犬」ははしゃいだりしなかったのだが、操作次第ではひとに巻き付けたり締め上げたりできるのかもしれない。なにせ飼い主はあのダイダロスなのだ。
「ぜんぜん構わないけど……すごいな、クレーンとか使えるんだ」と、悠は素直に驚きを表明した。「ああいうのって免許とかいるもんだと思ってた」
「免許ォ、は、どうなんスかねえ、ホントはいんのかもしれねえけど」完二はどこ吹く風といった様子。「とりあえず使うのァ誰だってできますよ、あんなの」
 と言って、今ほど隅に追いやったクレーンをあごで指す。なるほど、あの犬くらいならあるいは悠でもなんとか手なずけられるかもしれない。が、
「じゃあ、この周りのやつは……?」
 相手がライオンやトラではもはや挑む気さえ起きない。ざっと眺め回した先には、悠の知識ではなにとも判じかねる大型の「きかい」が設置してあった。もの言わぬ鉄の大型獣はぜんぶで四匹。緑色に塗装された床におごそかに鎮座ましまし、凶器を満載したスチールワゴンやらガスボンベやら石のドーナツやら糸ノコの化物やらを引き従えて、無言のうちに彼を威圧している。いまこそ生贄に送り込まれたアテナイ人たちの心細さが偲ばれようというもの。
 機械はいずれもひと一人が腰を屈めて中に入れるくらいの大きさで、実際に窓がついているものもあった。ひょっとすると中には椅子が設けられていて、間仕切りを隔てて反対側に聴悔師が座っているのかもしれない。もしくは正面のパネルを操作すると中の椅子に向けてマスタードガスが発射される? この方面に別してうとい悠では、それらが小型の告解室なのかガス室なのか即座には判断しかねるのだった。
「ああ、アレはさすがにムリっス」と完二が笑って否むのを見て、悠はからくも自尊心を保ち得た。「シーエヌシー使いこなせる高校生とかなかなかいねえっスよ。マニュアルな旋盤とかフライス盤なら使えっけど、マシニングセンタはプログラミングだのキャドキャムだのの知識いるし……ま、オジさんとオジさんの知り合い専用ってカンジっスね、あっちは」
「……ああ、へえ、そうなんだ」はて、彼は歳下のはずではなかったか?「なんか、工房って聞いてたからさ、こういうメカみたいなのがあるのって、ちょっと意外だったというか……」
 言いながら、悠はあらためて周囲を見渡してみた。その顔に似合わずダイダロスは几帳面な質のようで、広々とした地下室はいたって整然としている。先に完二がこぼしていた「とにかくモノ置くスペースがない」ような様子はまったく見受けられない。大小とりまぜて使い方もわからぬ機械や工具のたぐいが散見されるわりに、それらを使って造られた製品らしきものがほとんど見当たらないので、なんとなくモデルルームめいた人気の希薄な雰囲気すらあるのだ。こことはべつに倉庫のような建物があるのだろうか。
「工房っていうより、工場? ここで店の商品とか作ったりしてるの?」
「いやァ、あのヨロイだとかヤリだとかはあんまり……ここは使ってねえんじゃねえかな。たぶんあっちメインっス」
 と言って、完二は部屋の奥の扉を指さした。この地下室にはまだ続きがあるらしい。
「ここはまあ工場っつーか、工房の一部ではあるんスけど、部品作ったり機械だけ貸したり、ちっとデケーもん作ったりするトコかな。ちなみに向かいのあのシャッターは搬出入口で、あっから外でられるんスよ」
「へえ……え、じゃあ、いま降りてきたそれらしい階段って」
「フンイキないっしょ、シャッターから入って来たって……てのがオジさんの言い分スけど」
「それはまあ、わかるような……」
「スよねえ。あ、向こうも見ます? メカメカしいのはここだけっスよ、奥のほうはもっといろんなモンあるし、まあメカっぽいのもあっけど小せえし」
 完二はいよいよ愛想もよく、はや悠の返事も待たずに「奥のほう」へと歩き出している。つまるところこの工房を案内したいのだろう、彼はちょっと宝物を自慢したがる子どものようにも見えた。
「あ、いやいいよ、もうじきおじさんも来るだろうしさ」なんだか自分がバカみたいに思えてくるし。「それにしても、巽はすごいんだな。さっきも言ったけど」
 完二のきれいに剃り上げられた眉がちらと上がった。
「なにがスか?」
「いや、なんか、ずいぶん色んなこと知ってるみたいだしさ。ええと、この工房? 機械とかおれにはもうさっぱりだけど、かなり詳しいみたいだし」
 完二のきれいに剃り上げられた眉がにわかに顰められた。その面に漲っていた愛想がみるみる薄まって、彼はありていに言って悲しそうな顔になった。このように褒めればはにかみもするかと思いきや、予想外の反応である。
「べつにそんなの、大したことじゃねっス」
「そう? おれはその歳でクレーン使える人間って初めて見たな」そもそもクレーンを使う人間じたい見るのは初めてだけど。「この周りの……ええと、ティーエヌティーだっけ、こんなもの見たことも聞いたこともなかったし。でも巽は知識を持ってる」
「シーエヌシーっス。知識あるったってそれほど詳しいワケじゃねんスよ、使えるワケでもねえし」
 完二の面にはじき笑顔が戻ってきたが、それは多分に自嘲の混じる苦いものである。謙遜しているふうはない。
「でもマニュアルのは使えるって言ってたじゃないか」
「あんなのァ小学生だって使えますよ。スゲーのはオジさんたちなんスよ、マジで。オレなんか……」
 完二はその長身を撓めて鬱々としている。こんな不良然としたいでたちさえしていなければ、まるで「なやめる少年」という題で彫られた彫像のよう。
(なんか……上でも思ったけど、ずいぶん見た目とギャップのあるやつなんだなァ)
 巽完二という少年はまったく、その姿形こそ暴力的かつ典型的な「不良」なのだった。その口調も仕草も洗練からはかけ離れた、かなり粗野な部類に入るだろう。彼のスタイルははっきり言って反社会的との誹りを免れ得まいし、おそらくそれは自らも認めるところのはずである。
 そのごつごつした巌のような外殻の内包する中身の、しかしなんと感じやすく柔らかであることか! こうして憂鬱に顔を曇らせている様子、落ち込みやすそうなところなどはいっそ他人とは思えないほどである。悠はなんと返していいものか困るいっぽうで、たとえその内容に逕庭こそあれ、同年代の人間が目の前で数時間前のわれと等しく思い悩むさまに、気の毒ながらも小さからぬ慰藉を見出すのだった。おおなんじ相憐れむべし、アテナイの同胞よ! いったい「なやめる少年」というのはどこにでもいるものらしい。
「おいおいイヤミな後輩だなァ、おれの立つ瀬がないよ」と、悠は親身に声をかけた。「巽の言う『そんなの』をひとつ上のおれはまったく知らないんだからさ」
「知ってたってなんのイミがあるんスか。大したモン作れるワケでもねえし……」
「巽には大したモンでなくたって、おれには大したモンかもしれない。巽以外の多くのひとにとってもね。ついでに言えば、巽のおじさんが巽みたいに考えてないってどうして言える?」なんだか弟ができたみたいに感じて、悠はひとしお親身になった。「巽がおじさんをスゲーって思うのと、おれが巽をスゲーって思うのとに、違いらしい違いなんてないよ。そう思ってないのは当人だけだ」
 さして親しくもない、ついさっき知り合ったばかりの先輩がこのように言い募るのに、完二は少しく驚いた様子だった。が、じきその言葉に慰めを得ると、彼は彫りのふかい面に羞じらい含みの感謝の色を浮かべて――などということにはならず、
「……先輩、オジさんからなんか聞いたんスか?」
 打って変わって猜疑の色を濃くする。
(おや、なんだか裏がありそうな……)
 どうやらいま完二の抱えている悩みは、あるていど具体的な形を持つらしい。悠は疑問よりも多く好奇心から「なんかって、なにを?」と質問で返した。
「おじさんから巽のことはなにも聞いてないよ。そもそも直前まで紹介してもらってもない。さっき『甥っ子に案内させる』なんて言われるまで、てっきりおじさんの子どもだと思ってたくらいだし……で、なんのことなの?」
「……いや、なんでもねっス」
 じき悠が事情を知っていそうにないことを悟ったようで、完二は傍目にもわかりやすく後悔の色を見せた。こういう様子からも彼の正直なたちが垣間見えるようだ。
「気になるけど、訊いて欲しくなさそうだから訊かないでおこう」言外に詮索する気はない、と伝えるつもりで、悠はにやっと笑って見せた。「そうそう、話は変わるけど、さっき上でもの置くスペースがないなんて言ってたけど――」
 ふと、完二が顔を上げて悠の背後へ目を放った。なにごとかと振り返る間にも、重い足音が上から降りてきて、じき工房の扉が開いた。上枠を潜るようにしてのっそりと入ってきたのは、
「いやあすまねえ、すっかり待たせちまって」
 ミノタウロスでなければダイダロスである。
「どうでえ坊ちゃん、この工房はよォ。ちょっとしたモンだろうがい」
 と悠に挨拶がてら、ダイダロスは左手に提げていたビニール袋から親指の先ほどの小瓶を摘み出して、
「ほれ完二、パウダー。頼んでたヤツ来たぜ」
 それを甥に向かって示して見せた。
(パウダーって、なんの?)
 パウダーというからには、あの小瓶の中身は粉なのだろうか。彼が持っているだけでもう悠の脳内には末端価格だの禁断症状だのダルクだのといった不穏な言葉が浮かんでくる。それをいったいどのような必要に駆られて完二が「頼んでた」というのだろう……ややもすれば目の色を変えて息を荒らげはすまいかと、悠は後輩の顔色を恐るおそる窺っていたが、
「オジさん、オレうち帰っから」
 彼の懸念に反して完二の返事はそっけない。
「え、おい、おめえパウダー」となおもダイダロスが言うのを、
「そのへん置いといて」
 いいかげんに去なして、すれ違いざま悠に「ッス」と会釈すると、完二はおじと入れ違いに工房からそそくさと出て行ってしまう。
「……なあんだってんだ完二のヤロウ。しょぼくれちまって」
 呆然と甥の背を見送ったあと、ダイダロスはぽつんと呟いた。
「いや、なんか、まわりの機械の話してたら急にふさぎ込んでさ……どうしたんだろう」
 悠は訊かれない先からこう弁解した。完二に訊かないでおこうと言った手前、先の会話をこまごま報告してダイダロスの心当たりを引き出すというのもなんとなく憚られる。ここはなにか訊かれる前にこちらから先制して追求を避けておいたほうがよかろう。
「巽って、いつもああなの?」
 と、悠はせいぜい不思議そうに尋ねた。
「いやァ、んなこたねえはずだがな。まあ見た目に寄らねえ繊細なとこァあっけどよォ……俺みてえによォ……」
(同意してほしいのかな……)
「ところでおじさん、そのパウダーって、なんのパウダー?」悠は無慈悲に聞き流した。「ひょっとしてその、手が後ろに回るたぐいのパウダーとかじゃあ、ねえよな……」
「手が後ろに――あははコレがヤクだってかい、笑えねえ冗談だ!」
「おじさん笑ってる」
「へえ、こりゃ一本とられたな」ダイダロスは苦笑しながら、「俺ァあとにもさきにもまっとうな稼業しかしたこたねえよ。こいつァダイヤモンドだ。クスリじゃねえ」
「ダイヤモンドって、宝石の?」そういう名前のついた犯罪的粉末という可能性も捨てきれないが。「そんなもの買えるの? っていうか、そんな硬いものを粉になんかできるの? ダイヤって世界でいちばん硬いんだろ」
「基本的にァ硬えモンほど簡単に砕けるんだぜ坊ちゃん。まあ例外はねえでもねえけど……なんだきょうびの学校じゃそういうことァ教えねえのかい」
 彼に悠を小馬鹿にしているふうはない。単純に不思議そうにしている。硬いものほど簡単に砕ける――ダイダロスの口から聞いたというのは引っかかるが、ちょっと含蓄に富んだ言葉ではないか?
「それにダイヤは高えったって、こういうのァみんな合成だ。値が張るのァ天然モンさ。しかも宝石質でピッカピカの、それこそ指輪の台座に載るようなやつだぜ。いってえ石ァみんなそうだ。鉱物的特製だけを求めるんならまあ、そんなにァしねえのさ。これなら一万もしねえよ」
「へえー……で、なにに使うの、そんなもの」
「こりゃ研磨剤だ。坊ちゃんの言うとおり、ダイヤは世界最硬だろ? まあ厳密に言やあ違うんだが……とにかく硬えは硬えわけだ。そのコナでゴシゴシ擦ればよ、ダイヤより柔らかいモンはよく磨けるってえ寸法よ」
 ダイヤモンドの研磨材。悠がふだん立ち入るような店には間違いなく売ってなさそうなしろものだ――それこそ防弾チョッキと同じくらいに。
「巽がそれでなにを磨くか気になるところだけど」と言って、悠はそっと右手を差し出した。「もちろんこっちァそれどころじゃねえ。おじさん、カネ、もう持ってきた?」
「ほら」ダイダロスは持っていたビニール袋をそのまま悠に差し出した。「カンジに見られんのもうまくねえと思ってよ。とりあえず百万だ」
 受け取ったビニール袋の中には量感のある、茶色い紙で包まれた長方形のなにかが入っている。
(これが百万円の札束……)
 袋の中にあたまを突っ込むような形で、悠はしばらくその頼もしい塊を見つめていた。涎でも垂らしそうな貌をしていたのだろうか、ダイダロスが「坊ちゃん、中身はウチ帰ってから検めなよ」と小さい声で彼を窘めた。
「え? ああ、うん、そうする」
「どうでえ、当座はそれで足りるかい」
「もちろん。助かった。これがぜんぶ自分のために使えりゃ言うことァねえんだけど……」悠はせいぜい深刻そうな表情を作った。「ところでおじさん、さっき上でさ」
「ん?」
「そんじょそこらじゃ売ってねえモンを、なんでも揃えてくれる、なんて言ってたよね」
「おお、言ったぜ」ダイダロスの口の端が上がる。
「それなら」
 と言って、悠は受け取ったばかりの袋を突き返すと、困惑顔のダイダロスへ含みのある笑みを見せた。
「貰ったばっかりだけど返す。こいつを使ってくれ。用意して欲しいモンがある。それと」
「それと?」
「……タバコ、売ってくれない?」






 茶の間へ戻ってくるとすぐ、もの問いたげな菜々子の面に迎えられた。彼女はスプーンを休めてじっと悠を見つめている。彼が夕食を中座して玄関まで出て、電話で両親と話しているあいだ中、ずっとそうしていたような気配がある。
「おいしくない?」
 悠は席につくと笑って言った。
 むろん答えはわかりきっている。彼の手になる晩餐の鶏肉入りフーゼレークはすでに、大絶賛をもって従姉妹に容れられていた。こうと問われてまさかまずいとは言うまい。
「おいしくなくないよ! フーレゼーク」
 と言って、菜々子はこれが証拠だとでもいうふうにして握っていたスプーンのあたまをしゃぶった。期待どおりの反応だ。
 いやしくも板前の息子である。そのレパートリーこそ後塵を拝すといえども、齢十七の若輩ながら包丁において生半の主婦のそれには決して引けを取るまじ、との自負はあった。従姉妹が毎度まいどスプーンを食わんばかりにしてわが手料理を貪るのを見るにつけ、悠の自信はひっそりとかついや増しに膨れあがるのだったが、
(味のよしあしって、いまひとつわかってないみたいなんだよな、この子。子どもなんだから仕方ないのかもしれないけど……)
 どうも菜々子は「ナベからよそわれた手づくりの温かいなにか」でさえあるならその質はさておき、おおむね天上の食い物として平らげてしまえるようなのだ。たとえそれが市販のガーリックバター付きパリジャンを添えた、キャベツとベーコンとコンソメキューブででっち上げたあやしい時短スープであっても、レシピ本と首っ引きで精だしてこしらえた自家製ナンとチキンティッカマサラとベッジャルフレージーとに優るとも劣らぬ満足を得られるのである。電子レンジに由来しない、コンロ上のナベやフライパンから運ばれた湯気立つ膳が食卓に上されれば、彼女はもうそれだけで欣喜雀躍、吸い込むようにしてそれらを食った。
 家庭料理が好きなのだ。いったいこういう性質は従姉妹の間柄ながら、悠に強く血のつながりを感じさせた。彼もまたひとの手にかからぬ出来合の料理は、それがどれほどの美味であっても味気なく感じられるのである。以前はささやかな食卓の満足よりなにより、読書と思索との時間をこそ惜しんだものだったが……
「かなりうまくいったと思うんだ。自分でも」と、悠は自画自賛した。
「菜々子もうまくいったとおもう」菜々子もしかつめらしく同意する。
「うまいね。われながら!」
「うん! チョウうまい!」
「そう超うまい……いいこと言うよね……ホント店で出せるよコレ……」
「菜々子いいことゆった……チョウおみせでだせるね……チョウね……」
 悠が改めて食事に取りかかると、菜々子もまた思い出したようにスプーンを縦横し始める。思えば以前はこれがなかった。それは読書などを優先しもするはずだ、以前の悠の膳には「主菜」が欠けていたのだ。自分の作ったものをうまそうに平らげる愛すべき大食らい――これなくしてはもはや「フーレゼーク」も「ベッチャリフレンチ」も「ピエルナなんとか」もまこと味気ない、萎びたサラダのひと皿に等しい……
 ふと、菜々子が皿から顔を上げて、なにか聞きつけたふうにして茶の間のテレビのほうを向いた。おなじみのジュネスのコマーシャルではないようだが。
(そういやあのテレビ、いつ買い換えるんだろうな。というより買い換えるつもりあるのかな)
 件のテレビ、昨今ではもはや珍しい箱のようなブラウン管で、パソコンやラジオの類のない堂島家においてはほぼ唯一の情報伝達媒体である。いまだに引退を許されないのだが、どうやらそういつまでも第一線に留めておくことはできそうにない。しばしば画面がモノトーンになったりする不憫な老兵なのだ。
 菜々子は目を細めて茶の間を凝視している。二十一型の「老兵」は現代の若者と比べていささか小柄で、隣接するダイニングルームからは見えづらい。まして悠の位置からでは角度が悪くて音声しか聞こえなかった。内容はどうやらニュースのようで、さいきん巷で人気の「千伊奈なんとか」なるアイドル歌手が、昨日突然の無期限引退を宣した、そのことを繰り返すものらしい。カメラのシャッター音が引きも切らぬ中、記者の声がその真意を繰り返し質すのだが、返ってくるのはほんの二、三シラブルの、無愛想な女の生返事だけである。
 たしか十代の、悠とそれほど変わらない年ごろであったと思ったが。
(やめようがやめまいが知ったことじゃないけど。心底どうでもいいな)悠はひっそりと鼻で嗤った。(アイドル! くだらない虚業だ。ま、一刻も早くやめればそれだけ後悔も小さいだろう。いかがわしいファンどもは大泣きするんだろうけど、すぐ代わりを見つけるさ)
「……菜々子、りせちゃんみたいなアイドルになりたいんだ。なれるかな」
 菜々子がテレビのほうを見たままボソッと呟いた。悠はぎょっとして幼い従姉妹を見つめた。
「菜々子ちゃん、あんなのになりたいの?」
 さすがにこの科白に含まれる毒と非難とには、幼い菜々子も感づいたらしい。彼女はちょっと驚いたようにして悠に向き直った。
「いや、ほらっ、菜々子ちゃんこないだ、プリキュアになりたいって言ってたじゃないか」と、悠はあわてて弁解する。「プリキュアのほうがアイドルより強いし有名だし、かっこいいよ。菜々子ちゃんはヒビキちゃんみたいになるんだろ?」
 菜々子は毎週日曜あさ八時三十分に放映している「スイートプリキュア」をことのほか愛好していた。面白いので悠もぜひ見なければならぬと勧められてからこちら、彼も従姉妹の横に膝をそろえてかしこまって、このストレートとストライクと場外ホームランしか出ない野球みたいな女児向け極彩色アニメを視聴しているのである。もっともそのプリミティブかつドラスティックな内容にかたや目を輝かせ、こなた目を伏せという違いはあったが。
「りせちゃんもおんなじカミガタしてる」
「まあ、髪型はね。でもその、りせちゃんはキュアメロディに変身できないよ」
 こう諭されると、菜々子は難しげな貌でフーゼレークをかき混ぜながら、自分はおそらくプリキュアにはなれぬとその苦衷を縷々述べ始めるのだった。自分は小さすぎる上にミラクルベルティエも持ってない、ハミィもいない、なにより一緒に変身してくれる「カナデちゃん」がいない――
「ミラクルベルティエならジュネスに売ってるよ、きっと」
「あれはホンモノじゃないよ」
 ハミィならペットショップに売ってるよ、と言わなくてよかった――悠は幼い従姉妹が意外に現実的であるのにちょっと驚いた。それともいまどきは小学一年生ともなれば、みなこれくらいには達観するのだろうか? 自分が小学一年生の時分はNHKのアニメを見て本気で忍者になろうと決意したものだったが……
「ミラクルベルティエもハミィも、そりゃ同じものはあのふたりが持ってるから無理だろうけど、似たようなちゃんとしたやつがきっと見つかるよ……色は違うかもしれないけど」
 菜々子は沈んだままウンと頷いた。
「そういえばほら、きのう出てきてたよね、謎のプリキュアが。ええとキュアムーミンだっけ」
「キュアミューズ」
「そうそれ。あっちはふたり組じゃなかったよ。ってことはさ、ひとりでも変身できるミラクルベルティエが別にあるってことだ」
 菜々子は冷静に「ヘンシンにはキュアモジューレをつかうんだよ」と訂正した。
「それに、プリキュアはアニメだから」
「え?」
「アニメのなかのオハナシだから、菜々子たぶんなれないよ。プリキュア」
「ああ、そっか、そうかな……」
 どうやら菜々子を子供あつかいしすぎていたようだ。ここまで達観しているのならもはや欺きようもあるまい。が、
「でもさ、ヒビキちゃんはピアノ弾けるけど、りせちゃんは弾けないよ」
 と切り出したのには、菜々子もさすがに幻想だと一蹴しかねたようである。先に聞いたところによれば、彼女が「カナデちゃん」より「ヒビキちゃん」のほうを好むのは、その性格や見た目からではなく「ピアノが弾けるから」なのだという。
「たしかにプリキュアにはなれないかもしれないけど、ヒビキちゃんみたいにはなれる。だろ?」
「でも菜々子、ピアノひけない……」
「本物のミラクルベルティエは売ってなくても、ピアノなら売ってる。ピアノがあればすぐ弾けるようになる」
「そうなの?」
「そうだよ。お父さんにお願いしてみようよ、買ってほしいってさ。ね?」
 娘が性風俗まがいのイコンに憧れるのを阻止できるなら、遼太郎とてピアノのひとつやふたつ喜んで買い与えるに違いないのだ。ものになろうとなるまいと情操教育の一環にもなる。これで娘にアカデミックな趣味が備われば父として鼻も高かろう。いいことずくめではないか!
「よし決まり! じゃあほら、ゴハン食べよう!」これは是非とも叔父に勧めなければ――悠は自分の思いつきにすっかり気をよくした。「冷めちゃうよ、フーゼレーク」
 菜々子は朗らかに頷くと、さっそく「フーレゼーク」のおかわりを要求した。






 夕食もその過半を終えたころ、家族との電話のあと菜々子がもの問いたげにしていたのを、悠はぼんやりと思い出した。
「そういえば菜々子ちゃん、なんかおれに言いかけたっけ? さっき」
「え?」
「ほら、ゴハン食べ始めたばっかりのとき、電話がきて、それでおれが戻ってきたとき」
 菜々子はなんとも掴みどころのない、呆けたような面を悠に向けた。意味がわからなかったものかと言い直そうとすると、
「お父さん?」
 と問い返してきた。
「え?」
「お父さんから? デンワ、さっき」
「いや、うちの両親から――ああ、おれのお父さんからかってこと? そう、お父さんから。と、お母さんから」
 菜々子はいっけん気のないふうで、その場ではフウンと相づちを打つに留まった。が、目下悠は夕飯の残りを片付けるので忙しくしていて、どうやら進んで「デンワ」の内容に言及してくれる気がないらしいと見当をつけたようで、
「なんてゆってたの?」
 じき焦れて訊いてきた。
「あ、電話? ごめん、ええとね……向こうはイナカでなんにもないんだって、言ってたな」
「むこうって?」
「アメリカの、カリフォルニアの、サンノゼってところ」
 菜々子は口を半開きにして微動だにしない。ここへ越してきて一ヶ月に満たぬ悠にも、これが彼女の「なに言ってるかわからないけど聞き流そう」と考えているときのジェスチュアらしいということは理解していた。
「わかんないよね。外国の遠いところなんだけど」
「アメリカはメキシコのうえ」
「そう! へえ、よく知ってるね。おれのお父さんとお母さんがそこに住んでるんだ。お母さんはこないだ行ったばかりなんだけど、初めてのアメリカだからさ、はりきって観光とかしたいわけ。でも見るものがあんまりなくてつまらないんだって」
「…………」
「観光って、わかる?」
「わかんない」
「……菜々子ちゃんもさ、このへんにジュネスなかったらさ、つまんないだろ? そんな感じ。おれのお母さんもつまんないんだって」
 この喩えには得心がいったようで、菜々子は眉根を寄せて誓子の境涯にいたく同情した様子である。
 かのポスギル城で雪子のシャドウがつらつら並べ立てていたのは、あれはサンノゼの名所であったのだろうか。それらを見て回った上での言かどうかはわからないが、誓子は電話口においてサンノゼの印象を「イナカ」のひと言で切って捨てたのだった。
「なんかちょっと買い物いこうにも店なんか近くにないから車いるし、見所ったって二、三日もあれば回れちゃうし……まあ住むにはいいとこなんじゃない? こういうイナカって。やっぱシスコだねシスコ。こんどシスコ行ってくるわ。シスコってネットの会社のほうじゃくてサンフランのほう」
 ナルカミユウゾウ親分に会ったらよろしく――悠は適当に相づちを打って去なした。
「あとは特にこれといって……元気にやってるかーとか、八十稲羽はどうーとか、学校うまくいってるかーとか……それぐらいかな」
 悠のぽつぽつ言うのを聞きながら、菜々子はタクアンをパリパリやって考え深げにしている。
 実のところ、両親との会話はほとんど「それぐらい」以外の話で費やされていた。電話をかけてきたのは父母の側であったが、彼らが息子の消息を知りたがるのを早々に去なして、これ幸いと例の千枝との一件について感想と見解とを要求したのは悠である。われながら小僧じみたことをしているという自覚があったればこそ、それは小学一年生相手にさえ漏らすのは憚られたのだが。
(まったく、大人ってやつはなんで……)
 いったい、彼らの「感想と見解」が息子を喜ばせることはなかった。誓子は言下に「あんたが悪い」と決めつけ、輔もまた彼の妻よりは中立を守ったものの、
「現場を見たわけじゃないからなんとも言えないけど、こういうのはさあ謝ったもん勝ちだと思うんだお父さん。いさぎよく謝れば男も上がるしさ、ほんとに向こうが悪いことしたんならさ、そういう悠くんを見てきっと自分を恥ずかしく思うよ。ほらお父さん前にも言ってたじゃない? 敵が飢えていたなら食べさせて、渇いていたなら飲ませなさい。そうすることであなたは彼のあたまの上に燃えさかる炭火を――」
 と、こうである。キリスト教はもうたくさんだ――悠はいいかげんに相づちを打って電話を切ったのだった。
(筋の通らない謝罪は相手をつけ上がらせるだけだ。なんでこんな簡単なことがわからないんだろう)悠は憤懣まじりの鼻息を吐いた。(おれがあたまを下げなんかしたらどうなる? きっと里中はおれを侮ってますます言うことを聞かなくなるぞ。今でさえ注意なんかろくすっぽ聞きゃしないんだから……)
 安易な道は選ぶまじ、これは里中のためでもあるのだ――菜々子に倣ってタクアンをボリボリやりながら、灰中に埋もれかかった怒りの熾火をつつき回していると、
「いいなあ」
 ややあって菜々子がぽつんと呟いた。悠は薄暗い妄想をやめてふと顔を上げた。
「え、なにが?」
「デンワ」
「…………」
 頬に血の昇るのを感じる。彼はとっさになんと応えていいかわからず、俯きがちに漬け物をほおばる従姉妹の、その黒目の勝った円い目から慌てて視線を逸らした。――図体だけでかくなったガキめ! おまえはこんな小さな子に何度いらぬ気を遣わせるつもりだ?
 今にして気付いてももう遅い。先の菜々子の「お父さん?」はおそらく言葉どおりの、電話が遼太郎からのものかどうかを質す言葉だったのだろう。彼女は悠の勘違いを聞き流してくれたのだ。
「……お父さん、忙しいんだよ」
 とは口にしている悠自身にも苦しい科白である。そんなことは菜々子にもわかりきったことではあろうが、彼女はただ黙ってウンと呟いた。
「うちの父親なんかさ、おじさんに比べればずっとヒマなんだろうし、母親なんか半分以上――」悠は自分の腿を思いっきりつねった。「母親なんかどうでもいい! でも刑事のお父さんってカッコいいよホント。うちの父親はゴハンつくるのが仕事なんだけどさ、とてもひとに自慢できるようなもんじゃ……」
 菜々子が面を上げて、驚いたように「お父さん、ゴハンつくるの?」と訊いた。
「え? うん、そうなんだ。あんまりカッコいい仕事じゃないよ、給食のおばさんみたいなもんだよ。性格も叔父さんとはぜんぜん違ってなんかなよなよってしてるし、けっこう泣くし、ホント」
 菜々子はふたたび俯いて「菜々子もお父さんはおばさんどんがよかった」と呟いた。悠はやるかたなく墓穴を掘る手を止めた。
「ごめん……寂しいよね、おじさんも少しは連絡くらいくれればいいのに」
「ううん。菜々子なれてるから」
「……そう」
 ――しばし気まずい沈黙を過ごした後、ふたりはどちらからともなく夕食の後片付けを始めた。まったく菜々子に聞こえないようにため息をつくのも一苦労だ。主菜が成功でもこんな苦いデザートを食わせたとあっては夕食も台無しであろう。このうえ彼女に面倒なことはさせられまいと、
「菜々子ちゃんお風呂はいってきな。おれ洗っとくから」
 悠は菜々子の運んできた食器をやんわり奪った。といって、彼女も可なりとやすやす肯ったりはしない。
「菜々子ふくよ、おさら」
「まあまあ、おれが拭いとくからさ」
「じゃあたなにいれる」
「ああ残念……今日はおれ棚に皿を入れなきゃいけない日なんだ」
 菜々子はおかしげに「なあに、それえ」と笑った。
「棚に皿を入れないと熱が出て寝込んじゃうんだ。もう大変」悠はスポンジを揉みもみ、無理に笑顔を取り繕った。「珍しい病気でさ、お父さんが帰ってきたら訊いてみるといいよ。ちなみにお父さんはトイレのスリッパを揃えないと手足が震えるんだけど、ひょっとして知らなかった?」
「へえー!」
 感心しているのか、それともこんな与太話を滑稽に感じたか、ともかくも幼い従姉妹にようやく笑顔が戻ってきたのには、悠も少しは慰められる思いである。その面には折に触れて彼女の見せることがある、歳不相応な、母が幼い子を見るかのような慈愛の眼差しが光っている。
「お父さん、アメリカにいるんだもんね」
 と、出しぬけに菜々子が言った。悠は話の脈絡の掴めないまま「え、うん」と生返事を返す。
「じゃあ、菜々子のほうがいいね」
「え?」
「菜々子のお父さんは、おそいけど、ウチにかえってくるから、お父さんよりはいいね」
(……きみ、本当に七つ?)
 悠は二の句が継げなかった。
 彼女はときどき七歳児とは思えぬ細やかな配慮を見せることがあったが、こんなふうに傷心を押し隠して、しかもその原因となった人間をかえって慰めるなどは初めてである。けだしこれに胸を打たれないなら人非人の誹りをば免れぬというもの。
「そうだ、菜々子ちゃん、お父さんに電話してみようか。こっちから!」
 悠はこの感動の恩返しがしたい一心で、勢い込んで菜々子にこう言った。
「何時ごろ帰ってくるんだって、早く帰ってこいってさ」
「でもお父さん、だいじなようがないときはかけちゃダメだって」
「前にも言ってたね。でも、おれは言われてないよ」
「菜々子、ゆったよ?」菜々子は不思議そうな貌をしている。
「菜々子ちゃんからは聞いた。でもおじさんはそれを知らない。だろ?」悠は慌ただしく手を拭いて、ポケットから携帯を取り出した。「菜々子ちゃんがお父さんに、悠に言ったぞーって告げ口しなきゃ、大丈夫なわけだ。どう?」
 菜々子からゴーサインが出るのに長い時間はかからなかった。悠はさっそく遼太郎の番号をコールした。
「……ピアノのことも訊いてみよう。案外いいぞって言うかもよ」
 呼び出し音を幾たびか経て、おなじみの低い声が自らの名字を告げた。彼はそれが誰からの電話か知っていても、常に「はい、堂島」と告げるのを忘れないのである。
 遼太郎は甥から来意を聞き終えるや否や開口一番、
「すまん。仕事中は大事な用があるとき以外は電話せんでくれ」
 とのみ述べると電話を切った。
 彼は娘と甥が布団に収まったあともずっと「仕事中」であった。






 教室の真ん中で千枝が泣いている。床に膝をついて顔を覆って、身をよじって嘆いている。
 そこは二年二組の教室らしい。机も椅子もすべて撤去されている。幾年も生徒の靴底で研磨され続けた、古くて艶やかな飴色の板床に、漫画じみた涙の水たまりができている。その真ん中に千枝が跪いているのである。
 彼女がどうして泣いているのか、ということがすでに、悠にはなぜか自明である。彼女は自分のしでかしたことを、悠への仕打ちを悔いて慟哭しているのである。
(里中もういいんだ、やめてくれよ! ぜんぶおれが悪かったんだから……)
 と彼が最前から言うのも、千枝にはいっこう聞こえていない様子。
 悠は彼女の改悛に感動している。その慚悔の情を大いに憫れみ、ひとに許しを与える歓喜に打ち震えている。千枝の口から不明瞭にも漏れる、尽きせぬ謝罪の言葉が彼をいよいよ有頂天にさせる。走っていって肩を叩いて慰めてやりたいのだが、なぜか身体はいっさい動かない。なので悠はただ彼女の慰めになれかしとひたむきに、持てる知識と語彙とを総動員してその性のすばらしさと好ましさ、そして自らの至らなさと愚かしさとを論って飽かない。
「里中には聞こえなくても構わない。だろ?」
 突然、耳のすぐ後で声がする。誰かが悠の背後で耳打ちをしているような。
「許すのは気分がいいな」
 このひと言で今までのよい気分はたちどころに消し飛んでしまう。背後の声に気を取られている隙に、千枝は忽然とその姿を消している。残っているのは涙の水たまりだけ。
「許せたらよかったのに」
 千枝に抱いていた不快な感情がふつふつと甦ってくる。いや、違う、これは千枝に抱いていたものではない。
(おれの声だ、これ)
「なんで許してやれないんだろ。おれって、小さい。男らしくないよ」
(そんなことはない!)
「憎い……許してやれない……」
 内容とは裏腹に、悠の耳朶を打つ言葉には嘲りの色が濃い。いかにも――悠は半ば開きなおって認めた。
 いかにも、これは千枝に抱いていたものではなかった!
(シャドウなのか……おまえ、シャドウなんだろう)
「鳴上くんメメしーい、オトコらしくなーい」
 悠はぎょっとして竦んだ。千枝のからかうような声だ。
「臆病風に吹かれたみてえに縮こまってる。男らしくねえって」
 完二のおかしげな声。
「許してやれんか、男らしくさ」
 諸岡教諭の優しい声。
(先生、許せます。もちろん、おれは許せます!)
「おい」
 そして悠自身の憎々しげな、恫喝するような声。






 へんな夢を見た。
 それがために、おなじみの鮫川河川敷へ出てくるまでの間、悠はほぼなにも言葉を発し得なかった。陰気に「おはよう」と言ったきり無言で味噌汁を煮沸し、トマトとブロッコリーとグレープフルーツとを青じそドレッシングの海に沈め、フレンチトーストを焦がしがてら学生服の膝に大量の牛乳をこぼしていっこう意に介さぬ、この年嵩の従兄弟の狂態を見るに見かねたのであろう。菜々子の気遣いたるや昨夜のそれにもまさるほどであった。
「どうしたの? だいじょうぶっ?」
「まあ」
「マアじゃないよ、だいじょうぶないよ! きょう休む?」
「いや」
「菜々子デンワするよ、ガッコウ」
「いい」
「よくないよ、きょうおかしいよ!」
「うん」
 玄関を出るとすでに、外床の縁を雨の飛沫が黒々と侵していた。ゆうべから降り始めた雨は止む気配もない。ポーチの庇の雨どいから蛇口をひねったみたいにして水が流れている。が、その事実と傘をさす必要性とを、悠のハングアップ寸前の脳みそはどうしても連結しない。
「まって! ちょっとまって! カサささなきゃダメー!」
 沛然たる中へ構わず出て行く彼に、菜々子は必死で追い縋って傘をさしかけた。そしてその乏しい語彙と金切り声でもって悠の正常でないこと、父を呼ぶので家で安静にしていなければならないことをわめき立てたが、奮闘むなしくその甲斐のないことを悟ると、
「菜々子もういくからね! つらかったらデンワしなきゃダメだよ! お父さんにいっとくからね!」
 従兄弟の首と肩の間になんとか傘を安置して、とぼとぼ歩き去る彼を心細げに見送ったのだった。傘をさすというよりあたまに被せたような恰好である。
 菜々子にはまったく悪いことをしたが、今日はなんとしても学校へ行かなければならぬ。悠にはなんとしてもしなければならないことがあった。
「謝ろう……」
 彼はようよう、それだけ独りごちた。とにかくそうしなければ。
 いまだに千枝への含みはある。きっと今後のためにもなるまい。それでも自身の憎しみが実は誰に向けられていたかを理解する段になっては、もはや理非の那辺にあらんやとふて腐れている場合ではなかった。
 あの夢の中の声はあるいは、今の悠のそれであったのだろうか。省みれば千枝はただ怒りを仮託されていたに過ぎなかった。彼女を許してやれない自らの矮小たるをこそ、彼は「轢き殺してやりた」かったのである。その年ごろとしては異例なほどに理性と自制心とを備えるはずの、諸岡教諭をして変な奴よと感嘆させしむ「高校生とは思えないほど抜きん出た奴」たる「おれ」が、なんとあんな些細な一件をすら笑って許してやれない!
 いっそう腹立たしいのは、もはや謝罪するのが必須で、唯一の道なのだと理解できた今でさえ、悠はなお加害者に垂首屈膝するの汚辱をなんとしても潔しとはできぬ、ということである。彼の中では依然としてその非を正されねばならないのは千枝であり、彼自身はどこまでも被害者であった。あわれ千枝を許せぬがために傷つく悠の自尊心は、それを癒さんがために彼女を許せばやはり損なわれるのだった。
 矛盾に引き裂かれそうになった経験は過去にないでもなかったが、それは少なくとももう少し高尚な問題によってであったはず。しかるにこの子どもじみた、それこそ菜々子くらいの子どもが案じて然るような、こんな幼稚な「ちえのわ」を解けずに煩悶させられるとは……
「謝ろう」
 悠は繰り返した。
 とにかくそうするのだ。さだめて指も痛かろうが、さしあたって「ちえのわ」は引きちぎればよい。とにかくこんな女々しさ極まる、小学生の女児の「だってあたしわるくないもん!」的な態度は自分にはまったくふさわしくないし、そのせいで悩んでいるように見られるなど考えただけでゾッとする。わが自尊心よせいぜい叫べ、千枝はせいぜいつけ上がるがいい! とにかくどこをどれだけ切り刻まれようとも、自らの轢殺刑だけはなにがなんでも回避せねばならなかった。それは冤罪であったのだと自らに証明し、彼は釈放されなければならない。この判決にはもれなく千枝の免罪をも含んでしまうが、心臓に一撃くらうよりはあたまを一撃されたほうがまだマシだ。
(せめて男らしく耐えよう。そうだ、父さんの言うとおり、里中だってこっちがあたまを下げれば恥じ入るかもしれないじゃないか)などと楽観してみても、脳裡に浮かぶのは彼女の勝ち誇った、得意げな顔だけである。(まあそうなるよな、アイツなら。いや、そうなったらそうなっただ、冷静に受け止めて涼しい顔をしてるんだ。そのあとで里中のあたまの上に炭火を積む夢でも見りゃあいい……)
 折からの雨で鮫川の水かさが増しているらしく、土手のほうから低くドーという音が聞こえている。傘越しに二、三のクラスメイトの挨拶するのが聞こえる。が、いまの彼には傘布を打って撥ねる雨滴と変わるところはない。悠はようやくあたまで傘を支えているいまの自分の姿の滑稽さに思い及んで、股間のあたりで揺れていた傘の柄を取った。かくなすべしと決めれば少しは気力も湧いてくるものである。
 当日のことで昨日はたしょう不機嫌だった。しかし一晩たてば寛容な「鳴上くん」はもはやなんとも思っていない。笑ってあたまを下げるなどいくらでもできる――さしあたってはこれで通すしかない。しかし思うだに昨日の態度はまずかった。いや、千枝を泣かせたのは仕方ないにしても、その後の陽介へ不機嫌を露骨にしてしまったのは頂けない。あれをどう糊塗するかだが……
(そうだ、昨日はだいだらに行ってたんだ! あれを口実にすればいい。おれは放課後いそいでたんだ……取引の約束があって……)
 こんなふうにクラスメイトの挨拶を黙殺しながら、できるだけ自尊心を損ねずに済むプランをいそがしく練っていると、
「おはよーっす!」
 明るい挨拶とともに突然、複数人に体当たりを食ったような猛烈な衝撃が悠の背中を襲った。体当たりされたというより飛びかかられたと言ったほうが正しい。
「うおっ!」と危うくつんのめる彼の両肩を、掴んで保持するものがふたり。
「油断してんなー悠。で、今日は誰をつけ狙ってんの?」
「おはよーす鳴上くーん。今日はいい天気だねーホント」
 陽介と千枝である。おのおの傘を片手に、もう一方の手で悠の肩を掴んでにこにこしている。
「ちょっ、なに――」
「おはよーっす!」
 不意打ちから立ち直るまえに第二波が襲来した。これは肩胛骨の間のあたりを狙ったより鋭いもので、彼の息を詰まらせるには十分な一撃であった。
「ウフフ決まった……ここ数年来でいちばんの頭突きだった……」
 声の主はなんと雪子である。肩にかかる手がひとつ増えた。悠はいつかポスギル城でやられたように、三人に三方からギューギュー押し込められる形になった。
(な、なんだっ? なにが起きた? これどういう状況?)
「今日こそは行くんだろジュネス。もう里中と天城が連れてけ連れてけってうっさくてさー」と、陽介。
「あ、ええと」
「なんか変身ポーズ? 花村に考えてこいとか言われたんだけど、マジでいるんですかァ?」千枝はイヤそうにしている。
「まあ、あれば」
「なるほうに要るんだよね。よぶほうはどうなの? わたしいちおうふたつ考えてきたけど」雪子は意外に乗り気であるらしい。
「いや、そっちはべつに……」
 これはどうしたことだろう。自分は夢を見ているのか? 昨日の一件を踏まえれば彼らがこのような態度に出るはずはないのに――悠は生返事を繰り返しながら、まったく困惑の極みにあった。陽介ら三人は彼が訝しむのなど知らぬげにワイワイ話し合っている。べつだん悠に含みを見せるでもなく、じつに明朗に話しかけてくる。
(なんか、よくわからないけど……助かった?)
 困惑が徐々に収まるにつれ、代わって大いなる安堵が彼の心を満たした。けさ布団を這い出てからというもの、どれほど重いストレスに身を苛まれていたかを改めて思い知らされる。なんだかわけがわからないが、先日の一件はうやむやになってしまったらしい。
(……ああ、そうか、そういうことか)
 校門前の坂を上り始めるころには、この三人の妙な態度にもおおよその見当がついた。おそらく先の喧嘩を引きずるのは四人の今後のためにならぬと踏んで、かつ当事者双方の顔が立つよう、件の一件をなかったことにしようというのだろう。少なくともその判断を悠に委ねるつもりなのだ。
(これが三人の落し所ってわけか。陽介の入れ知恵かな?)
 彼らは明るかった。それこそこんな大雨の朝には不自然なくらいに。この克己的快活さにはそれとなく悠に、
「ことを荒立てるなよ。我々の意を酌んで穏便に済ませるのが吉だぞ」
 とでも示唆しているふうがあった。
 ここまでお膳立てされてなお「それで昨日の件だけど」などとはまさか言うまい。むしろよくぞ気を遣ってくれたと発案者にキスの雨を降らせたいくらいだ。いまや彼の手汗まみれの「ちえのわ」は退けられた。千枝にあたまを下げて冤罪をこうむる苦痛に比べれば、先日のささいな仕打ちをなかったことにするなどなんでもない。
 いや、それどころか、陽介ないし雪子が事前に悠へ電話するなどせず、ただ「察してもらおう」とのみしていることからして、これはこちらに落ち度はなかったと暗に認めているようなものではないか? げんに彼は「決める側」であり、つまり「許す側」なのだ……
「あのさ、陽介、昨日はなんか悪かったな」
 悠は意を決すると、校門を過ぎたあたりを見計らってすれすれの話題を振ってみた。これは三人の「提案」への婉曲な「返事」のつもりである。
「放課後ちょっと急いでてさ、実はまただいだらに行ってたんだ。ちょっと取引の約束があって」
 陽介は「悪かった」と言われたときに微かな狼狽を見せたものの、そのあとの話には大いに安心した様子であった。彼にしても例の一件をなかったことにするために、あのときの悠の態度にもっともらしい説明をつけたかったのだろう。たとえそれが真実でないと解りきっていたとしても。
「うっわ、取引ってなに? ひょっとしてこういう系の……」陽介は自分の腕に注射するような仕草をした。
「バカちがう。こういう系の……」悠は自分の手の甲に鼻を近づけると、片側を塞いでズッと吸って見せた。
「どっちもやばい系でしょ! つかなんか手慣れてるっぽいしこのひと!」千枝は最前から必死に見えるほど明るく振る舞っている。
「取引って、なんの?」雪子は同じ明るいにしても、わりあい冷静な部類だ。
「ま、それはのちほど。ここじゃひとが多くて言えない」
 四人はめいめい正面玄関の庇に入って、傘の滴を払った。驚いたことに登校する生徒の中には、傘もなしに鞄を雨よけにして走って来るものもある。傘のひとつやふたつ用意できないでもなかろうに、彼らは当然の帰結としてすっかり濡れ鼠の態で、級友の二、三がそんなありさまを見て称讃まじりの罵声を浴びせかけていた。
(悪いことしたな、本当に……)
 改めて先の菜々子のことが脳裡に浮かぶ。顧みても彼女が悠を追いかけるあいだ、自分のぶんの傘をさしていたかどうか思い出せないのである。もしずぶ濡れになってまでそうしていたのならまったくあたまの上がらぬことだ。どうせ今日はジュネスに寄るのだろうし、帰りがけに彼女の気に入りそうな菓子のひとつも買って帰らねばなるまい。
「……そういえばさ、ちょっと話は変わるけど」悠は靴を脱ぎながら、ふとだいだらで会った少年のことを思い出した。「みんな、巽完二ってやつ、知ってる? 一年の」
「タツミカンジくんって、きのう行っただいだらの巽さんの、甥っ子だよね」
 彼の問いに真っ先に応えたのは雪子である。
「天城、知ってるんだ?」
「うん。完二くん、実家が染物屋さんなの。巽屋っていう……」
 雪子は下駄箱を開けるなり、なにか見つけたふうにしてちょっと動きを止めた。
「これはこひぶみでござろうな」千枝はウンウンと頷いている。
「天城先輩すげー、動じねー」陽介はわざとらしく驚いている。
「千枝と花村くんうるさい――鳴上くん会ったの? 完二くんに」
「え? んん……ちょっと話したくらいなんだけど」ラブレターには触れないでおこう。「なんかもの凄く目立つやつだったからさ、知ってるかなって」
「聞いたことねーな。つか一年は顔も名前もあんまりわからん」と、陽介。
「目立つって、どんなカッコしてるの?」と、千枝。
「髪の毛真っ白に脱色してて、眉毛剃ってて、耳と鼻にピアスしてて、二の腕にタトゥーがある。こめかみにキズもあったな」
 千枝が「うへえ」と呻いた。
「いまどきいんのかよ、んなコッテコテの希少種」陽介もあきれた様子。「なんか辞典の挿絵に載ってそうだな。不良って項目にさ」
「いや、それが見た目に反してなんか凄く礼儀正しくてさ。優しげで、人懐っこいんだ」
「想像不能」
 陽介と千枝は異口同音にこう言って吹き出すと、おたがいの間の悪さをさも嬉しげに気味悪がり始めた。
 その声にHRの予鈴が被さった。ふと見回せば、あれほどざわめいていた正面玄関はすでに閑散としている。いつもよりだいぶ遅い登校になってしまっていたらしい。悠はとっさに左手首を持ち上げたが、そこに愛用の時計はない。苦笑が漏れる。そうだ、あの時計は数百万円で売れてしまったのだった……
(あれの値段を聞いたらこの三人、どんな顔するかな)
「八時二十五分だよ、急ごう」雪子の号令一下、四人は急ぎ足で階段へと向かう。「ちょっと遅くなったね。はやく行かないと諸岡先生に捕まっちゃう」
 もし教室へ着く前に諸岡教諭とはち合わせたら――悠は想像してみた。彼は四人を呼び止めて咎めるだろうか? いや、おそらくそうはすまい。黙って行かせるだろう。陽介たちだけならいざ知らず、自分がいるのだから……
「悠、今日はマジで行くんだろ? ジュネス」と、陽介が肩越しに振り返った。「それともまただいだら行くのか?」
「いや、今日は行くよ、向こうに。みんなはどう? 天城は都合つきそう?」
「行ける! きょうはペルソナマスターする!」雪子は意気軒昂たるものだ。
 四人は階段を上り始めたあたりから、なんとなく二列縦隊になっていた。前列が陽介と雪子で、後列が悠と千枝である。ほどなく前列組が一段飛ばしで駆け上がり始めたのを見て、後列組もそれに倣おうとしたのが、足を踏み外しでもしたか千枝が「おわっ!」と倒れてしまった。
「里中、大丈夫?」
 どうやら彼女に怪我をした様子はない。それでも悠が心配して階段を下りて来ると、
「あ、だっ大丈夫、大丈夫でしゅ、です」
 千枝はなんの故か、傍目にも明らかに落ち着きを失った。そのまま彼に目配せするでもなく、逃げるように階段を駆け上がって行ってしまう。
 悠はつかのま彼女を追いかけるのを忘れて、階段の中途で突っ立っていた。
(……あれ、ひょっとして)
「悠いそげよー!」
 上から陽介の声が降ってきた。





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