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No.35651の一覧
[0] PERSONA4 THE TRANSLATION(ペルソナ4再構成)[些事風](2014/11/03 16:25)
[1] 序章 PERSONA FERREA[些事風](2014/11/03 16:25)
[2] 一章 REM TALEM MINIME COGITO[些事風](2012/10/27 23:54)
[3] 国を去り家を離れて白雲を見る[些事風](2012/10/27 23:57)
[4] マヨナカテレビって知ってる?[些事風](2012/10/28 00:00)
[5] ピエルナデボラシーボラ![些事風](2012/10/28 00:03)
[6] 出れそうなトコ、ない? ひょっとして[些事風](2012/10/28 00:07)
[8] 死体が載ってた……っぽい[些事風](2012/10/28 00:27)
[9] ペルソナなんぞない[些事風](2013/03/05 00:17)
[10] でも可能性あるだろ?[些事風](2012/10/28 00:34)
[11] バカにつける薬[些事風](2012/10/28 00:36)
[12] シャドウじゃなさそうクマ[些事風](2012/10/28 00:41)
[13] 吾、は、汝[些事風](2012/10/28 00:46)
[14] 俺はお前だ。ぜんぶ知ってる[些事風](2012/10/28 00:53)
[15] ノープランってわけだ[些事風](2012/10/28 00:56)
[16] 旅は始まっております[些事風](2012/10/28 01:05)
[19] 二章 NULLUS VALUS HABEO[些事風](2014/11/03 16:26)
[20] あたしも行く[些事風](2013/01/15 10:26)
[21] それ、ウソでしょ[些事風](2013/03/05 21:51)
[22] 映像倫理完っ全ムシ![些事風](2013/05/12 23:51)
[23] 命名、ポスギル城[些事風](2013/05/12 23:56)
[24] あたしは影か[些事風](2013/06/23 11:12)
[25] シャドウ里中だから、シャドナカ?[些事風](2013/07/24 00:02)
[26] 脱がしてみればはっきりすんだろ[些事風](2013/10/07 10:58)
[27] 鳴上くんて結構めんどくさいひと?[些事風](2013/10/14 17:36)
[28] セクハラクマー[些事風](2013/12/01 15:10)
[30] アギィーッ![些事風](2014/01/31 21:58)
[31] かかってこい、あたしが相手だ![些事風](2014/03/04 21:58)
[32] クソクラエ[些事風](2014/04/16 20:30)
[33] あなたは、わたしだね[些事風](2014/06/15 15:36)
[34] とくに言動が十八禁[些事風](2014/07/26 21:59)
[35] コードレスサイクロンユキコ[些事風](2014/09/13 19:52)
[36] 自称特別捜査隊カッコ笑い[些事風](2014/09/24 19:31)
[37] ッス[些事風](2014/11/03 16:29)
[38] oneirus_0d01[些事風](2014/12/14 18:47)
[39] 三章 QUID EST VIRILITAS?[些事風](2015/03/01 16:16)
[40] ええお控えなすって[些事風](2015/05/17 00:33)
[41] キュアムーミンだっけ[些事風](2015/10/18 13:01)
[42] おれ、弱くなった[些事風](2015/11/20 10:00)
[43] 中東かっ[些事風](2016/03/02 00:50)
[44] バカおやじだよ俺ァ[些事風](2016/05/15 16:02)
[45] ここがしもねた?[些事風](2016/08/16 15:11)
[46] 腕時計でしょうね[些事風](2016/11/15 13:03)
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[35651] マヨナカテレビって知ってる?
Name: 些事風◆8507efb8 ID:f9bea2dd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/28 00:00



 悠はぎょっとして脇に飛び退った。危うく横合いを自転車が追い抜いていったのだ。
(ここのところ自転車運に見放されてるな、おれ)
 住宅地から河川敷に入る辺り、例の事件現場にほど近い通学路でのことである。悠を轢きかけた黄色いマウンテンバイクはかなりの勢いで、ゴミ集積スペースのコンクリートブロックに衝突、粗忽な主人をはげしく投げ出しながら横転した。
「だ、誰か……ゴッホ……助けて……うえ、くっせ……!」
 一歩まちがえば大事故になりかねないほどの速度だったが、この危険な不注意運転の報いとしてドライバーが支払った罰金は格安といっていいだろう。彼をやさしく受け止めた大型の樹脂製生ゴミ入れは、少なくともアポイントのない不意の入居者を、彼のその嗅覚に訴えるよりも深刻な怪我からは守りおおせたのだから。
 あいにく昨日と違って、路上にほかの学生の姿はない。
(放っといたら窒息するかもしれないな……)
 悠は仕方なく、自分を轢きかけた傷害未遂犯を助けることにした。彼は神の配剤によって絶妙に屈伸したまま、あたまを下にして容器に収まっており、さっきからしきりに自己申告し続けているように、おそらく自力では出られない様子だったので。
「おい、足、掴むぞ。動かすな!」
「ウォ……助けてくれ!」
「そうしてる……じっとしてろ!」
 こうして悠と見知らぬゴミ箱入居者は、そのまま十五分ほどゴミ集積所の中を転げ回りながら、記録されることのない戦いを静かに戦ったのだった。何人か学生の通りすがるのが見えたが、うらめしいことに彼らは物珍しげに眺める以上のことはしてくれそうにない。田舎はいいひとばかり、というのはどうやら、悠のあたまの中にしかない幻想らしい。
 ややあって、悠はゴミ箱から少年を引きずり出すことに成功した。
「ゲッホ! いや……助かったわ、ペッ! マジ感謝、ペッペッ! やっべ服くせえし!」
 こんなところから出てきたのでなければ殴られても仕方のないような、それはすばらしい感謝だった。悠は人助けの喜びに打たれてちょっと震えた。
(おまけに再犯ときた……こいつ、花村だっけ)
「ありがとな、えっと、そうだ、転校生だ。たしか、鳴上悠」
(おまえはディオゲネス? 次からはちゃんとした樽を探せよ)
「あー俺、花村陽介。よろしくな――あっ、ヘッドフォン」
 茶髪の学生はへらっと笑って、今でてきたばかりのゴミ箱にふたたびあたまを突っ込んだ。痩身で丈は悠より少し低いくらい、ちょっと目尻の垂れた優しげな面立ちは、ひとによっては美しいと表現するものもいるだろう。おそらく哲学者ではない、昨日みたときにも感じたが、ちょっと軽薄な印象のつきまとう少年だった。
「あーくっそ、ヒビはいった……!」
「怪我は? そうとうなスピードだったけど」
「へーきへーき……うん、なんともない。ヘッドフォン壊れたけど」
「運がよかった、これに入らないで」陽介の旧居をつま先で突きながら、「そのままコンクリにぶつかってたら、変死体ずきの主婦連はきっと大喜びしただろうな。また警察がこの辺りに戻ってくるところだった」
「あはは……あ、そうそれ、昨日の事件、知ってんだろ」
「女性の死体がアンテナに引っ掛かってた……ってやつ?」
「おお。あれ、なんかの見せしめとかかな? 事故なわけないよな、あんなの」
「故意なら違うし、そうでなきゃ事故だろ。で、さっきのはどっちなんだろうな」
「あー……悪い、なんか自転車、調子わるくてさ」
 転がっていた愛車を引き起こすと、陽介はそれに跨って苦笑いした。
「へへ、実は昨日も轢きかけてたりして」
「……実は昨日も轢かれかけてたりして」
「……え、マジ?」
「DVDだけでよかったな、花村。金で買えないものが潰れなくて」
「ほんっと、マジで、すまん! ごめんなさい! まさかお前だったとは……!」
「……いいよ」悠はようやく機嫌を直した。「怪我がなければべつにさ」
「や、悪いし、なんなら放課後――」言いかけて、陽介はハッと腕時計に目を落とした。「やっべ遅刻!」
 救出に時間がかかり過ぎたらしい、腕時計は八時十五分過ぎを示している。徒歩では確実に遅刻する時間だ。
「後ろ、乗ってくか? ちょっとギコギコいってるけど」
「……じゃあ、頼む」
 命を預けるには人馬とも心許ないけど――悠は陽介の肩を掴んで、後輪のハブの辺りに危うく足を引っかけた。この状態で転倒してもドライバーがクッションになってくれるだろう。
「ワンメーターいくら?」
「あん?」
 自転車は力強く走り出した。おそらく悠たちと同じような境遇なのだろう、河川敷の並木道をひた走る二、三の学生をすいすい抜いていく。
「今日は二十パーセントオフで一万二千円!」
「慰謝料から引いといてくれ!」
「へーへー……」
 その後、陽介の力走のおかげで、ふたりはなんとか遅刻せずに二年二組の教室に辿り着くことができたのだった。――ちょうど遅れて出勤してきた諸岡教諭を、校門前で車輪のサビにしかけるという壮挙を手みやげに。





 六時間目の終業を報せるチャイムが鳴るとすぐ、悠は後ろの陽介に背中を突かれた。
「今朝は悪かったな、ホントに」
「いいよ、気にしてない」
「……どうよ、この町もう慣れた?」
「慣れないよ、通学中に命を狙われるのは」
「あはは悪かったって! しばらく自転車はやめるわ、モロキン殺しかけたし」
「みんなは喜びそうだけど。表彰されるかもな」
「手錠付きでな。で、どう? 東京から直じゃ戸惑うだろ」
「……そうだな、慣れないな、まだ」
「まあ、来たばっかりだしな。ここって、東京に比べりゃなにもないけどさ、逆に『なにもない』がある……っての? 空気とか結構ウマいし」
「あ、それはよくわかる。臭いがないというか……というより、なんとなくいい匂いがするというか」
「だろっ? いやすげーよくわかるそれ!」陽介はたちまち破顔した。「俺もそう思ったもん、最初来たとき」
「じゃあ、花村も?」
「おう。実は俺も、半年くらい前に越してきたんだよ。同郷だぜ一応」
「東京?」
「そ」
 にわかに親近感が湧いてきた。周囲がみな異邦人のようなこの学校では、同じ産というだけでなにか心を許せるような気がしてきてしまう。
「お前どこ住んでた?」
「柴又、新柴又駅の近く」
「あー……わからんわ。俺、三軒茶屋だったから」
「あ、柴又の前はその近くだった。駅の近く」
「マジ! え、三軒茶屋のどこ?」
「三軒茶屋じゃないけど、太子堂。ええと、サンクスとすき屋の近く」
「駅の北口? 南口?」
「北」
「……そこ近くにラーメン屋ない?」
「あ……った、あった」
「セブンも近いだろ」
「近い」
「何年かまえ強盗に遭った?」
「遭った!」
「うおー行ってた行ってたそのへん! ちっとうちから離れてっけど」
「へえ……じゃ、ひょっとしたら会ってたかもしれないんだな」
「だな、何回か顔くらい見てたんじゃねーの? それがこんなド田舎で再会するんだから、わかんねーよなあ」
「三軒茶屋かあ……」
 引っ越したのはそれほど前ではなかったが、まだ父が新橋で働いていた頃に住んでいたところだ。懐かしさはひとしおである。
「懐かしいな、本当に」
「どう、これからどっか行かね? 同郷のよしみってやつで、なんかおごるぜ。今朝のワビも兼ねてさ」
「高くつくぞ、鰻なんかいいな」さすがにこの申し出はちょっと断り難かった。「でなきゃステーキとか」
「おっけー、ステーキね」
「いや冗談だよ、そんな――」
「それがここの名物だったりすんだよ、ビフテキ! どうよこの野暮ったい響き! 俺やすいとこ知ってっからさ」
「にしたって」
「おっと鳴上くん、向こうとド田舎の物価を一緒にしちゃいかんよ。――ま、東京と違ってわりと値段やすいからさ。安くてウマい」
「……じゃ、ごちそうになろうかな。どこ?」
「ジュネスの近く」
「ジュネスって、そんなに離れてないんだよな」たぶんローマからガリアくらいだろう。「歩いて行ける距離?」
「こっから……十分くらい? 歩いて」
 十分。ジュネスから家までを四十分と仮定して総計五十分。現在三時十五分。ジュネスで一時間ほど費やす。ついでに買い物して家に帰れば、夕飯を作るには十分な時間だろう。
(義理も大切さ、少なくとも最初は)われながら言い訳じみてきているのを否定できないが。(好印象を持ってもらわなきゃ。突っ慳貪にしたって得るものはない……)
「お前すぐ行ける? なんなら――」
「あたしにはお詫びとか、そーゆーのないわけ?」急に隣の千枝がぐるっと体を捻って、陽介の机に握り拳をついた。「成龍伝説、やっぱり再生できないんですけどー?」
「う……メシの話になると来るなお前……」
「ド田舎の生まれですから? オジョーヒンなトーキョーの方とは違って!」
「悪かったって、いまオクで探してっから……てか、俺きょう謝ってばっかだな……」
「雪子もどう? いっしょにオゴってもらお」
「ちょ――!」
「いいよ、太っちゃうし」雪子はすこし不機嫌そうだった。「それにうちの手伝いあるから」
「そういや天城って、もう女将修行とかやってんの?」
 この陽介のひと言が、雪子の秀眉に深い縦皺を刻んだ。彼の言葉のなにがそうさせたのか、彼女の態度は目に見えて硬化したように思われた。
「忙しいとき、少し手伝ってるだけ」
 硬い声である。本人もそれを自覚したらしく、慌てて取り繕うように明るく「それじゃ、わたし行くね」と言って、雪子は足早に教室を後にした。
「えーっと、俺、なんかまずいこと言った?」
「雪子さいきん残業つづきなんだ、たぶん」千枝はため息をついた。「どっか誘ってもたいてい行けないし、登校してすぐとか眠そうだし……疲れてるんだと思う」
「残業って……ひっでーな、それ」陽介は本当に憤慨しているようだ。「まだ高校生だろうに、とんでもねー旅館だな。そんなにこき使われてんの? 天城」
「うん……お母さん体調不良とかで、その代わりやってるらしい」
「うあ、朝ドラの世界だな、ひでーもんだ」
(例の事件に関係あるのかな)
 先日の男子Aの話とテレビ報道から察するに、まず雪子の旅館は例の事件からの波及を免れないだろう。あの若さ、あの細腕で旅館の看板を支えながら、来たる警察や報道の詮索の矢面に立たされなければならないとしたら、
(可哀想な話だ、歳は同じでも肩に背負ってる荷の重さは桁違いだな。ああいう家に生まれなかっただけ運がよかったのかも)
「仕方ないか……じゃ、あたしたちも行こ」
「え、マジふたり分おごる流れ……?」
「あたしロースでいいよ」
「譲歩がささやか過ぎんだよ……」
「じゃゴハンなしでもいいや」
「つけるつもりだったのかよ! あーもう……ない袖は振れないからな」
「ケーチ」
「言ってろ。鳴上行けるか? うち寄る必要あんなら――」
「いいよ、行ける」
「そーいえば、花村さ、朝から気になってたんだけど……」千枝はちょっと言いにくそうに切り出した。
「なに」
「花村、なんか臭うんだけど。生ゴミ臭いっていうか、洲臣とかかなり参ってたよ」
「ほら、俺、オジョーヒンなトーキョーの生まれだからさ。な、鳴上」
「おれ、柴又だから。三軒茶屋と一緒にしないで」





「安い店ってここかよ……」
 呪わしげに呟いたのは千枝である。油したたる牛ロースステーキの代わりに焼きそばを宛がわれた彼女は、ありていに言ってかなり不機嫌だった。
 初めて来るジュネス八十稲羽店の屋上、露天のフードコートは時間柄、平日にも拘わらずかなりの賑わいを見せていた。学生の姿も珍しくないどころか、客だけに止まらず、売り子として働いている人間にもかなりの割合で含まれているようだ。店員が気安く知り合いらしい学生に買えだの食ってけだのと声をかける様子は、ちょっと学園祭の出店みたような雰囲気すらある。
(バイトが多い……スタンドのひとが言ってたな、そういえば。みんなここに来るんだっけ)
「ここビフテキなんかないじゃんよ」
「そりゃねーよ、ステーキハウス向こうだもん」
「こんなん肉じゃないよ、こんなん……」千枝は申し訳ていど、焼きそばに混ざった豚バラ肉を割り箸で突いている。「ビフテキたべれるっていうから胃酸でまくりだったのに……あたしいまホント失望してんだけど」
「はいはい自分の胃でも消化しててください。肉好きならミノ食えんだろ」悠の分のトレイを運びながら陽介がぼやいた。「つか、飛び入りで勝手に夢見られてあげくに失望とか、俺どんだけ可哀想なんだよ……」
「はーはー……DVD潰されたあたしは可哀想じゃないと?」
「だから金がないんです。ない袖は振れないんです。だからお前にはおごれないんです、ステーキは!」
「だからって自分ち連れてくることないでしょーが」
「べつに、俺んちってわけじゃねーって」
「……俺んち?」
「あーえと、お前にはまだ言ってなかったよな」千枝と同じ焼きそばとコーラを差し出しながら、「俺の親父、ここの店長なんだ……っつっても、ただの雇われ店長だからな。どっかの誰かさんみたく社長みたいに思ってるやついるけど」
「ああ、そうなんだ」ディオゲネスの父親はウェルキンゲトリクスらしい。「ひょっとしてここ、新しい?」
「できて半年ってとこかな、俺くるちょっと前くらいにオープンしたから。つーかそれ関係で転校してきたんだけど」
「繁盛してるみたいだな。他の階もかなりひといたし」
 平日でこの繁華ぶりなのだ。休日の殷賑は推して知るべし、である。
 おしなべて建造物の背の低い八十稲羽において、ジュネスはもはやランドマークと言ってしまっても過言ではないだろうほどの存在感を放っていた。どこかここではない異郷のモニュメントのようにも見える。まるでここだけ都会の空間を切り取ってきてコラージュしたかのような、あの八十稲羽駅における自動改札のような強烈な異物感があるのだ。
 もっとも、かと言って住民が不快に思っているかと思えば、どうやらそうでもないらしい。なんといっても零細の専門店にはなかなか醸しえない新鮮さがあるし、資本から桁が違うのだから品揃えも便利もサービスもいいのだろう。自分の若いときにこんなものが立っていたなら、などと、母が見たらきっと嘆いたに違いない。
「はは、まあな。嬉しいのか悲しいのか……ま、いいや、食ってくれよ。歓迎の印、兼、慰謝料ってことで」
「じゃ、ありがたく」
「里中のもおごりだぞ」
「うんひっへる」千枝はすでに焼きそばを食い始めていた。
「花村はここでバイトを?」
「え、ああ。言ったっけ?」
「昨日ちらっと聞こえた」
「特別待遇なんでしょ?」
「そーだよ、うらやましいか? 俺だけ時給は最低賃金据え置きだからな。そのくせ仕事の内容だけハードだけど」
「ホントかなァ……」
「それで、ときどき残業する?」
「あー、まあ、することもあっけど。え? これも言った?」
「天城のことで、花村、怒ってたからさ。自分に準えてるのかなって」
「いやまあ……でも天城はレベル違うだろ。自分ち手伝ってんだから金なんて出ないだろうし」
「バイト代くらいの額は出てるっしょ、いくらなんでも」
「お前、そういうことは訊かないんだ」
「訊けるかっつの……焼きそばおかわり」
「……その、お前さ」
「ん?」
「よく放課後カップ麺とか食ってっけど」にわかに心配そうな貌で、「お前んちって、その、ひょっとして晩メシとか、出なかったりする?」
「出るよ」即答もいいところだった。
「あーくそっ……心の底からいらん心配したぞ今……!」
「これはァ、おやつ。だからおかわり」
「なにがだからだよ。自分の指でもむしって食ってろ」
「うわー野蛮。花村ホントに東京出身なの? 鳴上くんはなんかそんな感じだけど」
「おれが?」
「どの辺で判断してんだか……それ以前にお前、東京いったことあんの?」
「……ないけど」
「あ、ないんだ」
「ド田舎人、ですから?」
「鳴上、いま、ちっと不思議に思ったろ」
「そんな――いや、ごめん、少し思った。どうして」
「最初きたとき、俺もさ、無意識に思ってたんだ。冷静に考えりゃそんなことあるわけねーんだけど、こう、決めつけちまってるっつーの? フツー一回くらい行ってるはずだろ、日本の首都なんだから……ってさ」
「……反省する、花村の言うとおりだ。ごめん里中」
「いいってちょっとそんなマジになんないでって! は、花村ほら、おかわり!」
「その科白の前と後はどう考えても繋がらんだろ!」
「そうだ里中、おれ、おごろうか? 昨日のお礼」
「へえっ?」千枝は素っ頓狂な声を上げた。「あ……あたしなんかしたっけ?」
「家までついてきてくれたじゃないか。菜々子ちゃんも喜んでた」
「あ、そういやお前ら、昨日いっしょに帰ったんだっけ」
「まあ、ね。ちょっといろいろあってさ」
「で……いま言ったナナコちゃんって?」
「従姉妹。いまお世話になってる家の子」
「ああ、そういや昨日そんなこと言ってたな。十歳下なんだっけ」
「菜々子ちゃん、ジュネスが大好きなんだって。ほらあれ、エヴリデイ・ヤングライフってやつ、歌いまくってた」
「きっといい子だな、間違いない……」
「こういうとこって子供は好きになるよねー、うちらだって溜まってるわけだし。そりゃ売れるわけだ」
「まあな。こういうデパートの雰囲気ってこの辺じゃほかに味わえないし。こんなとこに建てようなんて考えるからには、ジュネスグループもちゃんと調査してんだよな」
(本当に思い込んでたんだな、おれ)こういう思い込みには特に気をつけているつもりだったが、どこで教えられるか本当にわからないものだ。(こういうショッピングモールがまず、当たり前じゃないんだな、菜々子ちゃんには。多少無理してでも連れてきてあげるべきだったかな……)
「ここ来ればとりあえずなんでも揃ってるもんね。まだできて半年くらいだけど、ここじゃないと揃わないモンとか、あたし半年前どーやって買ってたかときどき忘れかけるもん」
「商店街にあったろ。ねーの?」
「あははないない。前だってそうだったのにさ、今じゃ店とかどんどん潰れちゃって、文房具屋とかもう一軒もないし」
「…………」
「……ごめん」
「別に、ここのせいだけってことないだろ」
(そして繁盛の裏ではこういう事情もある、と)
 少なくとも平日の今日に限って言えば、いまジュネスの店内にいる客はほぼ地元住民と見て間違いないだろう。とすれば、この大きな建屋の中で買い物しているひとたち全てが、半年前は商店街でそうしていたはずなのだ。これだけの客数を吸い上げられて無事なはずはない、「店とかどんどん潰れ」るのも道理である。
 襟にあごを埋めるようにして考え込む、陽介の胸中を埋めるものはなんであろう。親の因果な商売への呪いか、それとも良心の呵責か。――ややあって、彼はふいになにか気づいたように脇見すると、急に席を立った。
「わり、ちょっと」
 陽介はおざなりに断って、そのまま離れた位置にある丸テーブルに歩いて行ってしまった。学生のアルバイトと思しい、エプロン姿の女子がひとり、そこに肩を落として座っているのが見える。
「……花村の友達?」
「んー、友達、じゃあないね」千枝はちょっと首をかしげた。「小西早紀先輩。家は商店街の酒屋さん」
「商店街」ということは、彼女はジュネス・コンクェストの被害者なのだろうか。「なのにバイトしてるんだ、ジュネスで」
「だ……ね、エプロンしてるね。ちょくちょく来てんのに知らなかった」
 陽介と早紀は親しげに話している。
「里中、なにか注文する?」
「えっ? えー……ホントにいいの?」
「お礼しないと菜々子ちゃんに蹴られる」
「んー、じゃあ、ごちになります――菜々子ちゃんそんなことすんの?」
「朝はよく蹴り起こされる」悠は財布から五千円札を取り出して、千枝に手渡した。「好きなもの注文して、遠慮なしで」
「うおー……なんか、お父さんって感じ」
「なんでも千枝の好きなもの食べてきなさい」
「わーいありがとおとーさん……でも、五千円はちょっと多くない?」
「実はそう考えるのを見越してる。使って三百円くらいかな、里中なら」
「あっ、あたしあのヨコヅナハンバーグ千三百円にしよーっと」
「あはは大誤算」この小さな身体にまだそんな重たいものが入るとは!「どうぞ、遠慮なく」
 冗談ではなかったようで、千枝はさっそく洋食のブースへ飛んでいった。カウンター上の写真のひとつ――悠には巨大なたわしにしか見えない――を嬉しげに指さしている。彼女にとっては夕飯まえのおやつに過ぎないらしい。先に貪り食った焼きそばでさえ決して少量というわけではなく、悠のほうでは夕飯を視野に箸を休めがちなくらいだったのだが。
 千枝と入れ替わりに、今ほど話していた早紀を従えて陽介が戻って来た。
「わりーわりー……里中は?」
「あそこ。おやつ注文しに」
「ハンバーグ屋だろあれ……」席に着きしな、陽介は隣の早紀を手で示した。「鳴上、このひと、小西先輩」
「キミが転校生?」
「初めまして、先輩」
「はいどうも、小西先輩です」早紀はエプロンを外して陽介の背後に回ると、彼の肩に手を置いた。「花ちゃん以来じゃない? ハチコーに転校生って」 
 色のうすいソバージュの、秀でた額から流れて肩にかかる、早紀はすらりと背の高い大人びた風貌の女子だった。モデル体型と言っても言い過ぎではないだろう、陽介との対比から見るに身長は百七十ほどもあろうか。スクエアネックの長袖とジーンズにストラップシューズという飾り気のないいでたちだったが、パンツスーツにローヒールのパンプスでも合わせれば、大卒の社会人一年生くらいで通用してしまうかもしれない。
「そーっすね。あんま転校生とか来ないっぽいし」
「あっ、バカにしてんなこんのやろ!」そのまま力いっぱい肩を揉み出す。陽介は嬉しげに笑うだけだったが。「ま、田舎だしね、わたしそこで育ったんだけどねー――やっぱり都会っ子どうしは気が合う?」
「そうですね……登校中ゴミ捨て場でいっしょに転げ回るくらいには」
「へえー……え、どういう意味?」
「いやあ、まあ、いろいろあったっつーか」
「二回くらい命を狙われてるし。おれたち気が合うな、花村」
「……そーね。二回で済めばいいけどな」
「そうそううまくいくと思うなよ」
「そういやお前、焼きそば残ってんじゃん」
「ああ、うん」
「食ってくれよ。あんま強い毒じゃないからさ、ぜんぶ食わないと致死量いかないんだ」
「……参った」
「おれたち気が合うな、鳴上」
「あはは、なに、なんの話? よくわかんないけど……そういえば花ちゃんが男友達つれてるなんて、珍しいよね」
「べ、別にそんなことないよ」
「こいつ友達すくないからさ、仲良くしてやってね」言って、早紀は陽介のあたまをわしわし掻き回した。「やっぱ田舎の子とは話あわない?」
「んなこと――何人か連れて来たことあるし、見てんでしょ先輩!」
「いっつも顔ぶれ違うだろー? だから言ってんの」
「いいこと聞いたな。花村は男友達が少ないと」
「そーだよ、女友達ばっかりだからな」
「うそつけっ、そっちはもっといないでしょ!」早紀は笑って、陽介のあたまを平手で軽く叩いた。「花ちゃんお節介でいいやつだけど、ウザかったらウザいっていいなね?」
「いえそんな……花村は親切で男気のあるすばらしいやつです。花村、女友達、何人か紹介してくれるんだろう?」
「できしだい紹介してやるよ。ま、そんときはお前東京帰ってるだろうけど」
「……小西先輩、花村は不誠実でウザいやつです」
「あははっ、仲良さそうでなにより! 花ちゃんよかったねー気の合う友達ができて」
「せ、先輩……変な心配しないでよ」
「さーて、こっちはもう休憩おわり。やれやれっと」
「あ、先輩……」
 それじゃね、と手を振って、早紀はフードコートを去って行った。ここの担当ではないようだ。陽介は少し腰を浮かせて、名残惜しげにその背中を見送っている。
「はは……ひとのことお節介でウザいとかって、小西先輩のほうがお節介じゃんな?」
「親しそうだったな」
「あのひと、弟いるもんだから、俺のことも割とそんな扱いっていうか……」
「はーん……弟あつかい、不満ってこと?」
「……なにしてんだお前、そんなとこで」
 悠たちの座っている丸テーブルの傍らの植え込みに、千枝の首から上だけが覗いている。本人は隠れているつもりらしい。
「むふーん、わかった、やっぱそういうことねー」千枝は立ち上がって、緑色の番号札を抱きしめて身体をくねらせ始めた。「地元の老舗酒屋の娘と、デパート店長の息子。燃え上がる禁断の恋――的な?」
「バッ……! アホか、そんなんじゃねーよ!」
「おお花ちゃん、あなたはどうして花ちゃんなのー?」
「んのやろ――!」
「おおっ、やるかー? あたしのヨンチュンスタイル見せたる!」
「番号札九番のお客様ー、カウンターまでお越しくださーい」
「あっ、きたきた」千枝の興味はたちまちハンバーグに移った。「はーい、いま行きまーす!」
「あのやろ……」
「あれだけ親しげにしてれば、そりゃ誤解するだろう」
「……俺なんか眼中にねーよ、あのひとは」
「いいひとだ、おれも好きになりそう」
「も、っつったな? そーだよ……でも俺、嫌われてっから」
「? どういう――」
「ハンバーグ到着ー、鳴上くんありがとねー」千枝が戻ってきた。ちょっと縮尺のおかしいハンバーグの皿を携えて。「んーんまそー、ごちになりまーす!」
「うわ、ヨコヅナハンバーグ……それ二人前以上あんだぞ。晩メシまえに食うとかどんだけ……」
「いただきまーす――ふまーい!」
「こいつみたいに生きられたら楽だろな……」陽介はふたたびため息をついた。
「里中には里中の悩みがあるだろう」
「そーだよ、自分だけ悩んでるってポーズすんなっての……すごいうまいよコレ」
「そりゃよござんした……はーあ……」
「そうだ、悩める花村に、イイコト教えたげる」ナイフとフォークの手を休めて、「マヨナカテレビって知ってる?」
「なに、番組? 昼はやってないんだろーな、それ」
「いーから聞けっての――雨の夜の午前零時に、消えてるテレビをひとりで見るんだって。で、画面に映る自分の顔を見つめてると、別の人間がそこに映ってる……ってヤツ」
「あんまり不細工だから自分だとは信じられなかったってオチ?」
「違うって、だって性別ちがうんだもん。で、それに映ってるのが運命の相手なんだってよ」
「はあそうですか……ったくなに言い出すかと思えば……」
「オカルティックというか、都市伝説的というか」
 こういう話はどこにでもあるものだけど――さすがに悠も陽介と同じ感想だった。こういう怪談めいた話は菜々子くらいの子が信じるもので、高校生が大まじめに語るようなものではないのではなかろうか。これも田舎ならでは、なのだろうか?
「なんというか、その、夢があるな」
「お前さ、よくそんな幼稚なネタでいちいち盛り上がれんな」 
「よ、幼稚って言った? 何人も見てるんだってば! 一組の男子なんか山野アナが映ったとか騒いでたし!」
「信じられっかっての、なあ?」
「自分の眼で見てみないと、なんともな」
「うぐぐ東京人めー……だったらさ! ちょうど今晩雨だし、みんなでやってみようよ!」
「それはちょっと……そう、里中はどうだった?」
「え?」
「マヨナカテレビ。誰が映った?」
「……見たことないけど」
「オメ自分も見たことねーのかよ! 久しぶりにアホくさい話を聞いたぞ……」 
「だったら一組の人間に聞いてみれば――!」
「まあまあ! おれは信じてるよ」三分の一くらいは、だけど。「花村の言うこともわからないでもない、見たことないんだから」
「なによォ……悩んでるっぽいから言ったげてんのに……んまいねコレ」
「そうそう、横綱だもんな……」
「そういや、さっき里中が言った、山野アナ? あれってやっぱり殺人なのかね」
「事故じゃなさそうだ」
「事故なわけねーって。わざわざ屋根の上にぶら下げるとか、マトモじゃないよな……つか殺してる時点でマトモじゃないか」
「殺人にしてもかなりおかしいけど、いずれにせよひとりじゃないだろうな、犯人は」
「へえ、そんな異常者が五人も十人もいるって? んならその辺にひとりくらいいたりしてな、ひひひ……」
「そういうの面白がんなっての。幼稚はどっちだよ……とにかく、今晩ちゃんと試してみてよね!」
「冗談じゃ――」
「やらないと教室で花ちゃん呼ばわりの刑だかんね」
「おま、ふっざ――!」
「まあまあ! どうせ起きてるんだろう? いいじゃないか一度くらい――夜中の零時だったっけ?」
「うんそう。とーぜん鳴上くんもやるよね?」
「まあ、ものは試しだ、やるよ」絶対にやらないだろうなと悠は思った。「おれは里中が映るんじゃないかって思ってる」
「う……またこんなこと言い出すしこのひとは!」
「いいシュミしてるよ鳴上……」
「なによ花村までェ……褒めたってなんにも出ないよ。コレちょっと食べる?」
「ノーセンキュー……」
(マヨナカテレビね……菜々子ちゃんは知ってるかな。勧めてみようか)




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