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No.35651の一覧
[0] PERSONA4 THE TRANSLATION(ペルソナ4再構成)[些事風](2014/11/03 16:25)
[1] 序章 PERSONA FERREA[些事風](2014/11/03 16:25)
[2] 一章 REM TALEM MINIME COGITO[些事風](2012/10/27 23:54)
[3] 国を去り家を離れて白雲を見る[些事風](2012/10/27 23:57)
[4] マヨナカテレビって知ってる?[些事風](2012/10/28 00:00)
[5] ピエルナデボラシーボラ![些事風](2012/10/28 00:03)
[6] 出れそうなトコ、ない? ひょっとして[些事風](2012/10/28 00:07)
[8] 死体が載ってた……っぽい[些事風](2012/10/28 00:27)
[9] ペルソナなんぞない[些事風](2013/03/05 00:17)
[10] でも可能性あるだろ?[些事風](2012/10/28 00:34)
[11] バカにつける薬[些事風](2012/10/28 00:36)
[12] シャドウじゃなさそうクマ[些事風](2012/10/28 00:41)
[13] 吾、は、汝[些事風](2012/10/28 00:46)
[14] 俺はお前だ。ぜんぶ知ってる[些事風](2012/10/28 00:53)
[15] ノープランってわけだ[些事風](2012/10/28 00:56)
[16] 旅は始まっております[些事風](2012/10/28 01:05)
[19] 二章 NULLUS VALUS HABEO[些事風](2014/11/03 16:26)
[20] あたしも行く[些事風](2013/01/15 10:26)
[21] それ、ウソでしょ[些事風](2013/03/05 21:51)
[22] 映像倫理完っ全ムシ![些事風](2013/05/12 23:51)
[23] 命名、ポスギル城[些事風](2013/05/12 23:56)
[24] あたしは影か[些事風](2013/06/23 11:12)
[25] シャドウ里中だから、シャドナカ?[些事風](2013/07/24 00:02)
[26] 脱がしてみればはっきりすんだろ[些事風](2013/10/07 10:58)
[27] 鳴上くんて結構めんどくさいひと?[些事風](2013/10/14 17:36)
[28] セクハラクマー[些事風](2013/12/01 15:10)
[30] アギィーッ![些事風](2014/01/31 21:58)
[31] かかってこい、あたしが相手だ![些事風](2014/03/04 21:58)
[32] クソクラエ[些事風](2014/04/16 20:30)
[33] あなたは、わたしだね[些事風](2014/06/15 15:36)
[34] とくに言動が十八禁[些事風](2014/07/26 21:59)
[35] コードレスサイクロンユキコ[些事風](2014/09/13 19:52)
[36] 自称特別捜査隊カッコ笑い[些事風](2014/09/24 19:31)
[37] ッス[些事風](2014/11/03 16:29)
[38] oneirus_0d01[些事風](2014/12/14 18:47)
[39] 三章 QUID EST VIRILITAS?[些事風](2015/03/01 16:16)
[40] ええお控えなすって[些事風](2015/05/17 00:33)
[41] キュアムーミンだっけ[些事風](2015/10/18 13:01)
[42] おれ、弱くなった[些事風](2015/11/20 10:00)
[43] 中東かっ[些事風](2016/03/02 00:50)
[44] バカおやじだよ俺ァ[些事風](2016/05/15 16:02)
[45] ここがしもねた?[些事風](2016/08/16 15:11)
[46] 腕時計でしょうね[些事風](2016/11/15 13:03)
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[35651] 自称特別捜査隊カッコ笑い
Name: 些事風◆8507efb8 ID:4c7ae296 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/09/24 19:31



 悠と陽介が「テレビの中の世界」に纏わる顛末をすべて話し終えるまで、三、四十分もかかっただろうか。店員は三度もお茶のおかわりを質しに来た。
 ひょっとすると「食べ終わったのなら早く会計してください」との婉曲な抗議だったのかもしれない。悠の心配も杞憂だったようで、店内はすでに満席である。おそらくは店の外に順番待ちの人間もいることだろう。悠たち四人はともすれば周りを憚って、おのおの顔をテーブルの上に突き出してよからぬ謀議をこらすといったふうになるのだった。
 雪子はもちろんのこと、これまでにおおよその話を聞かされていた千枝もまた湯呑みを撫でながら、彼らが交互に語るのに黙って聞き入っていた。彼女らにはよほど不可思議な話に違いない、その顔色は容易にころころ変わった。
「鳴上くんは、じゃあ、自分のシャドウには遭ってないの?」
 悠たちの話が終わったあと、開口一番でこう訊いたのは雪子である。この質問をぶつけるのを待っていたようなタイミングだった。
「いや、でもさ、あたしも聞いてて気になってたんだけど」と、千枝が口を挟む。「鳴上くんて遭ったんでしょ? シャドウに。前にそう言ってたよね」
「おれは遭ってないんだ、ホントに。なんでかわからないけど」
「あれ? 確かに遭ったって……あたし覚えてるんだけどなァ。ものすごく遭いたくなかったとかなんとかって」
「おれそんなこと――あ、いや待って、言ったかも」悠は内心ではたと手を打った。「心当たりある。確か言ったような気がする、たぶん」
 たしか千枝のシャドウに訊かれて、彼女の共感を得るための隠喩としてそう言った覚えがある。が、千枝には間違いなく話していない。してみると、シャドウの見聞きした事柄は結局、本人の記憶に帰せられる、ということになるのだろうか。
(じゃあ、なんだ、二度と会えないってわけじゃないのか……)
 これは嬉しい発見だった。「彼ら」と築いた信頼関係は決して無にはなっていないのだ。
「悠お前、なに笑ってんの?」と、陽介が怪訝そうに呟いた。
「嬉しいから笑ってるんだよ」湯呑みで笑みを隠しながら、「とにかく、実際は遭ってないんだ、少なくとも面と向かっては。どうしておれだけ最初から使えたのかは、正直よくわからない」
 もちろん悠にはよくわかっている。夢のイゴールとマーガレットの仕業であることは――彼らは否認するものの――論を俟たないのだが、彼はそれを皆に話していなかった。どうせ余計な混乱の種になるだけなのだろうし、
「鳴上くんだけ特別ってわけ? えーいいなあ」
 などと千枝が言うのも聞いていてなかなか気分のいいものだ。おれだけは特別――それでいいではないか。
「ひとそれぞれってだけだと思うよ。条件によっては陽介だっておれみたいになったかもしれないし、その逆もまたしかり」悠はいちおう謙遜しておいた。「とにかく、おれたちの話は終わったから、次は天城の番だけど――陽介、菜々子ちゃんは」
 陽介は通路に身を乗り出して「まだ見てる。つか話してる」と言った。
 菜々子は食事を終えるとじきに、ふたたび例の生け簀に舞い戻っていた。その頃には増えつつあった客足の中に級友がいるのを見つけた彼女は、自分によくわからない話ばかりしようとする四人を見限って「かなちゃん」と意気投合。現在はともに生け簀のところにしゃがみ込んで、鰻の生態について無闇な議論を戦わせているのである。
「まだ来ないだろ。それに来てもワケわからんだろ、テレビの中とかなんとか言われたってさ」
「菜々子ちゃんがわからなくても、その話の断片がうちの叔父さんの耳に入って、万が一なにか理解されでもしたらおれが殺される」
「お前だけだろ。ならいいじゃん」
「ならいいじゃん」と、千枝。
「ならいいじゃん」と、雪子。
「ならよくねーんだよ」と、悠。「それより天城、警察でさんざん聞かれたとは思うんだけど」
「……捕まったときのこと、だよね。犯人に」
「うん。思い出せる?」
 雪子は俯いて残念そうに「ほとんど覚えてないの」と言った。
「あの世界で気がついたとき、なんかすごく朦朧としてて、記憶が……でも、あのあと少し思い出したことがあるの」
「というと」
「チャイム。玄関の」雪子の声は微かに震えている。「チャイムが鳴ったの。わたし、うちにいて、たぶん玄関に出て行って、それで」
「……それ、警察には?」
「言った。これだけでもあるていど犯人像を絞れるからって、励ましてくれたけど」
「じゃあ、堂々と天城んちに入ってきたってことなのか? その犯人って――」
「犯人のことは警察に任せよう。少なくともこっちの世界では」
 悠にこう遮られると、陽介はいかにも不服そうに「まずそっちをなんとかしねーと犠牲者じたいなくならねーんだぞ」と声を高くした。彼の目的はやはり被害者救出というより、どこまでも犯人の捕縛にあるのだろう。さらに言えば、捕縛したそのあとに。
「陽介、声を小さく」
「元を断たなきゃだろ。俺ら永遠に助けに行き続けることになんだぞ、犯人が飽きるまで根比べするつもりなのかお前」
「腕が鳴るだろ」
「マジメな話してんだけど」
「……もしうちの叔父さんが犯人の捜索をやめて、盗難自転車でも探し始めたら、あるいはね」悠はひとつため息をついた。「しろうとには荷が勝ちすぎるんだ。分業だよ、こっちの難事件はこっちのプロの仕事だろ」
「警察がアテになんのかよ! なにが起きてるかもわかってねーのに――悪い、お前の叔父さんの悪口じゃねーんだけど」
「菜々子ちゃんがいたらおまえ今ごろ血まみれだな」
「でも実際そうだろ? テレビの中に入れるんじゃ尻尾の掴みようがない。まず殺人犯あつかいされねーんだ。それでどうやって捕まえられるってんだよ」
「犯人だってテレビの中に入れてしまうまでは、世間一般の犯罪者と条件は同じだ。いまの天城の話でたとえるなら」雪子をちらと窺いながら、「犯人は玄関まで入ってきて、天城になにかしたはずだろ。それから天城の身体をどうやってか運んで、首尾よくテレビの中へ入れるまでには多くのリスクがあったはず。先方でそれを最小限に抑えようとしていたって、これからも必ず発生する。それはおれたちには嗅ぎ分けられないかもしれない。でも猫が嗅ぎ分けられないからって、犬もそうできないって考えるのは短絡的すぎる」
「そりゃそうだけどさ……」
 陽介はこの辺りで追求を止めたものの、もう少し先へ進めば悠とて黙らざるを得なくなる事実に直面する。仮に遼太郎犬が困難な追跡の果てに犯人の腕に食らいついたとしても、それの成したことどもを立証できなければ、じき放してしまわなくてはならないのだ。犯人は当然とぼけるであろうし、彼が突然なにかの拍子に人間の正義と誠実とに目覚めたとしても事態は変わらない。いや刑事さん、このさいぜんぶ話しちまうんですけど、おれは被害者をテレビの中に突き落としてシャドウに殺させてたんですよ――もし犯人が正直にこう言ったら、遼太郎はどうするだろう。よし自白しやがったなと躍り上がる? 悠は高校生のみそらで叔父を精神病院にぶち込んで、母からの仕送りを頼りに姪を養わなければならない? いずれにせよ絶対にそんなことにはならないだろう。陽介の言うとおり、犯人は決して殺人犯あつかいされ得ない。
 ただ、ひとつだけその道がないでもなかった。警察関係者にテレビの中の世界を見せることだ。悠たち自称特別捜査隊の面々がツアーを企画して、非常に柔軟でものわかりのよい本物の特別捜査隊の警官たちをはりきってご招待。しゃべる着ぐるみと協力して向こうの世界のことを「いでまことのことをぞ教えまつらむ」と説明して差し上げたら、あるいは彼らも「あな世にあやしきこともありにけりな」とその目から大量の鱗を落としてくれるかもしれない。
(バカな! 絶対にやっちゃいけないことだ。こんなことをするくらいなら犯人を放置して、彼が飽きるまで殺人を黙認するほうがまだマシだ)
 もちろんこれは考えうる限りでの最たる悪手であった。彼らは高校生コンダクターに引率されてゾロゾロとテレビの中へ入ったあと、やがて向こうからゾロゾロとやってくる自分たちのシャドウとはち合わせるだろう。もしふつうの怪物シャドウどもが彼らの歓迎のための、生肉食べ放題パーティーを思いついていなかったとしたら、だが。
「考える方向を変えよう。おれたちは向こうの世界のプロだろ?」と、悠は明るく切り出した。「おれたちの仕事は向こうの世界にあって……いますべきなのは、そのために必要な人材と、道具についての話だ」
 千枝と雪子が揃って眉をひそめた。陽介は一転、俄然と気負い立った。
「里中、天城、もったいぶって大仰な前置きをしてもいいけど、とりあえずは簡潔に説明する。その前に――」
「ふたりはペルソナを使える。俺らみたいに」
 悠を遮って、陽介がいきなり核心部分をすっぱ抜いた。
「陽――!」
「おれと悠が出したみたいな巨人を、ふたりとも出せるんだ。マジメな話だ」
(このバカ……!)
 千枝と雪子は五秒ほど呆けたあと「え? ウソ」と異口同音に呟いた。
「マジッすか? つかマジでペルソナってなんなんですかっ?」
「わたしも知りたい! ていうか使えるって、なんでわかるの? ほんとうに使えるの?」
「やっぱりウソとか言ったら全力で蹴るよ。ホントに使えるの? アレ」
 ふたりの面に閃くのは困惑ばかりではない。驚愕と歓喜と期待と、ついでにそれを裏切られはすまいかという非難の色も見られる。前もって陽介に確認しておくべきだったか――悠は小さく舌打ちした。
 まさか自身と新しい友人とだけに許されたかの特権を、陽介がこうも積極的に他者へ分け与えようとするとは! 彼はむしろそれを勿体つけて、表向きは渋るそぶりさえみせるのではと悠は考えていたのだった。なんとなれば陽介はこの一週間というもの、千枝にペルソナのことをあれこれ訊かれても生返事でやり過ごしていて、そのつどひそかに悠の意向を質すということを怠らなかったのだから。いったい彼は雪子の同席を待ちでもしていたのだろうか。
 いずれにせよこうなっては「いまのは冗談だから」などと弁解したところで、ふたりはもはや聞く耳など持つまい。そして陽介もただちにそれを否定するはず。悠のほうでタロットカードを渡すまいとしてもおそらくは無駄だろう。陽介にも千枝たちのタロットの光が見えている以上、それを悠がやったみたいにしてポケットから抜き出すこともできるのだろうから。
(くそ、なんのためにあの日ふたりにタロットを与えずにおいたんだ……詰めが甘すぎた)
 これで彼女らにペルソナを与えることを、少なくともそれが容易に得られるものであるということを、ほとんど前提として話さずにはいられなくなってしまった。おそらくふたりはこの燦爛たる報酬にすっかり目が眩んで、悠のこれから持ち出す「危険なボランティア」を大した覚悟もないまま、むしろ多く喜びをもって引き受けようとするだろう。
「……陽介、順序が逆だろ。というか割り込むなよおまえ」
「なんでだよ。なんかマズいこと言ったか俺」
「そんなこと言えば絶対やるって言うだろ、考えなしに」
「え? やる?」
 もういい、と不機嫌に結んで、悠は対面の女子ふたりを「ふたりともこっち寄って」と招いた。気は進まないが彼がやらなければ陽介がやると言い出しかねない。そして彼にその重責を負わせるわけにはいかない。
「ペルソナがなんなのかについては、実際に出してみればわかる。というより、口頭では説明できない」
「なあ、ちなみに俺も見えてるってことはさ」と、陽介が悠の肩をつつく。彼の言う「見えてる」とはむろん、例の燐光を指すのだろう。「ひょっとして俺でも取り出せんのかな。タロット」
「かもしれないけど、おれがやる」
「……役得?」
「そう、役得」
 悠は千枝に動くなと言いつけると、テーブルに身を乗り出して腕を伸ばして、彼女のジャケットの腰ポケットに手を突っ込んだ。
「わっ、なにちょっと、なにすんのなにすんの」
「なにかしてほしい? 里中って大胆だな」
 やはりある。指先に当たったその薄い何かをつまんで、悠はポケットから手を引き抜いた。果たしてそこから出てきたのはトランプ大のカードである。
「おお……手品?」千枝は呆けている。「つか、それなに? 光ってるけど」
「タロットカード。里中のものだ」
 カードには二頭立ての戦車を駆って槍を振り上げる、古代ギリシャの重装歩兵のような戦士が描かれている。頭上に星を頂き、今し馬首を返そうと手綱をぐいと引っ張る躍動的な勇姿の、その下に踊るスクロールには「THE CHARIOT」とある。
(チャリオット……恰好いいな……)
 やはりその意匠は誓子の買ったタロットカードのそれに準拠している。とすると、もし陽介が取り出したとしたらどうなったのだろう。まったく別の意匠になる? そもそも陽介がタロットカードを所有していなかったとしたら? 花札でも出てくるのだろうか。
 代わりに自分の「THE FOOL」を渡そうかとちょっと迷ったものの、けっきょく悠はチャリオットのカードを千枝に返還した。のちほど駄目もとで交換を持ちかけてみるのもいいだろう。
「えーと、これマジで貰っちゃっていいの? あとで返せとか言わない?」
「どうぞ。それはおれのじゃなくて里中のだから――次は天城だけど」
 雪子は最前から悠と千枝のやりとりを怪訝そうに眺めている。彼女にはまだ見えないのだから当然である。
「天城、いま里中がタロットカード持ってんだけど、見えねーだろ」と、陽介が笑って言った。
「タロットカード?」
「うん。ほらほら、見えない?」
 千枝はいまほど手に入れたタロットを雪子の目の前でひらひらさせている。
「見えないけど」
「おおー……雪子マジで見えないんだ。コレあんときのあたしと同じってこと?」
「……なんか、騙そうとしてる? わたしのこと」
「最初は誰だってそう思うよ」と言って、悠は雪子を手招いた。「じゃあ天城、ちょっとこっち寄って。こっちに乗り出して」
 雪子は言われたとおり、両手をテーブルについて悠の側へ身を乗り出した。彼女の着ている服に外見上ポケットはついていないのだが、タロットの在処を示すのであろう燐光は左胸のすぐ下から発せられている。おそらくは内側に隠しポケットかなにかがついているものと思しい。
「天城、その服って、胸の辺りに隠しポケットとかついてる?」
 と、質してみると、あんのじょう彼女は「え、ついてるけど、なんでわかるの?」と首を傾げた。
(これ、どうしたもんかな……)
「天城、その服って、脱げる?」
「なん……脱ぐゥ?」あんのじょう彼女は眉を「ル」の字にした。「これワンピースだし、ムリだよ……ていうかどうして?」
「鳴上くん、あたしやってみようか? もうあたしにも見えるし」と、横から千枝が提案した。「この青く光ってるトコにあるんでしょ? タロット」
「いや、おれがやる、里中にやらせるわけにはいかない」
 と、努めて平静を装いつつも、悠は腹の底でおおいに迷っていた。
(なにもいますぐしなきゃいけないってわけじゃないんだよな……)
 日を改めて穏当な位置にポケットのついている服を着てきてもらうこともできる。このような公衆の真っ只中で、女子の服の中に手を突っ込むおのれの姿などは想像するだに恐ろしくもあるし、さだめて陽介や千枝の白眼にも晒されよう。しかしこのまたとない機を逃がすのはあまりにも惜しいのでは……
 悠はけっきょく「天城のタロットはまた後日にしよう」と引き下がった。彼のあたまの中で展開された「天城のワンピースに手を突っ込むおれ」の絵面は、彼の自尊心の高楼を揺るがすにはじゅうぶんすぎるほど犯罪的だった。さなきだにいやしくも警官を叔父に持つ身として、それはまったくもって心に許すべからざるの妄想である。それに、
(都合もいいんだ。考えてみればそうだ、天城はこっちに引き込んでしかるような人間じゃないんだ。里中はともかくとしても)
「……要は、わたしの服にここしかポケットがついてないから、取れないってこと? タロットを」雪子は思案げにしている。「そのタロットって、ポケットに入ってるものなの? どうして?」
「おれにもわからない。なんでタロットカードなのかも、それでどうしてペルソナが喚べるのかも」
「わたしじゃ取れないの? というか、どうしてこの服なの?」
「カードを持ってる人間にしか見えないし、さわれない。服じたいは関係ないみたいだ。天城が別の服を着てきても、たぶんそのどれかのポケットが光ってる――ええと、ポケットが光るんだ、タロットが入ってると」
「……光ってるの? わたしのここ?」雪子は自身の胸のあたりを検め始めた。
「だからさ、あたしがやるって」と、千枝が食い下がる。「あたしもたいがいハズいけど、男子がやるよりいいでしょ?」
「わたしはべつにいいけど、どっちでも」
 つごう三人分の視線が雪子の面に突き刺さった。
「……いいって?」
「ポケットからタロット? 取り出すんでしょ? どうぞ。いいよわたしは」
「いや、よくねーだろ絵的に……」陽介は呆れている。「だってそれワンピースならさ、衿んとこからか、さもなきゃスカートからってことになるだろ。ヤベーだろいくらなんでも」
「花村エロス」千枝がボソッと呟いた。
「なんでエロスだよっ! すんなって言ってんの俺だろーが!」
「べつにこの下なにも着けてないってわけじゃないし、そのタロットって、もし手に入るなら早く欲しいし」
「天城って大胆だな……まあ、タロットのことはとりあえず置いといてよ」悠は腹の中であたまを抱えて叫んだ。「あと里中、天城のタロットはおれが取るまでそのままにしておいて」
「だからなんでってば」
「なんでも。その理由もこれから話す」
 と言って、悠はすっかりぬるくなったお茶を呷った。
「じゃあ、さっき言った向こうの世界とおれたちの仕事について、そろそろ本題に入ろう――まず陽介」
「はい隊長!」
「……隊長って、天城救出隊はもう解散しただろ」
「違う違う。えーとアレだよ、この一連の事件の犯人を取っ捕まえるための、特別捜査隊のさ」陽介は皆を見回しながら、「四人に増えたんだからさ、もう結成してもいんじゃね? そーいうの」
(もう数に入れてるのか……というかコイツ、ひょっとしてこのために人数が欲しかったなんて言うんじゃないだろうな)先の特権の大安売りはこのためなのでは――悠はひそかに呆れた。(クラブ活動じゃないんだぞ。命がかかるんだぞ。それをあんなエサで釣るような真似で……)
「特別捜査隊って、じゃあ、ここは特別捜査本部?」千枝も乗り気である。「トクベツソーサホンブ……いい響きですなー。ジケンは会議室でおきてるんじゃなーい、だったっけ?」
「テナント料たかすぎだよここ」と苦笑しながら、雪子もまた乗り気である様子。「でも、なんかいいね、特別捜査隊」
「うちの叔父さんいわく、特捜本部はもう稲羽署に設置されてるって話だけど。というか犯人の捜索は警察に――」
「お、リアル警察情報? まあいいじゃん自称なんだからさ、自称自称。自称特別捜査本部」
「自称特別捜査隊カッコ笑い、みたいな?」
「で、鳴上くんはその隊長?」
 陽介たちはすっかりその気になって盛り上がっている。千枝も雪子もまるでその可否を云々いうことさえしないうちから、すでに彼らの言う「自称特別捜査隊」の一員であるかのようだ。
 彼女らがこんなふうにして、あの異世界に関わり続ける特権を固持したがるであろうというのは、容易に想像できたことだった。立場が逆であったなら悠や陽介さえそうしたことだろう。それは「前人未踏の異世界」というだけで、じゅうぶんすぎるほど少年たちを魅せるのである。ましてその世界において、わが力よりなる巨人をもって怪物どもを打ち平らげ、あらゆる大人たちの力の全的に及ばぬ犠牲者の命を救い出し、自身とその多からぬ友人と、なにより決して自分たちを理解し得ないであろう「特権なき元の世界の人々」すべてに、自らの能力と功業とを誇ることができる。わたしたちしか知らない世界、わたしたちしか使えない力、わたしたちしかできない仕事、選ばれたわたしたち――おお、いったい誰がこれほどの権利を手放そうというのか!
 少女たちの目は輝いていた。
「……おれが隊長でいいの? みんな。陽介のほうが適任だと思うけど」
「俺は参謀だって。つかなんで俺が適任だよ」陽介がしかめ面を見せた。
「楽観的だから。参謀はおれ向きだと思う、悲観的だから」
「でも花村が隊長って、なんかなあ」と、千枝。
「鳴上くんが参謀って、なんかなあ」と、雪子。
「なんかなあってなんだよ。あ、ちなみに女子隊員は全員お茶くみだから」
 陽介のセクシズム発言に女性陣のブーイングが上がる。
「まあまあ。じゃあ、いいよおれが隊長で」千枝たちを宥めながら、悠は不敵に笑った。「ただし、みんな後悔するなよ」
「俺が隊長になったほうが後悔するっつの――で、さっきなんか言いかけた?」
「そう、陽介、ちょっとおまえのタロット貸して」
 陽介はそうと言われて、怪訝そうに「タロットって、なんで?」と応えた。
「いいから、隊長命令だぞ。それと里中も」
「あたし貰ったばっかりなんですけど……」
 陽介と千枝はそれぞれ、自分のタロットカードを悠の湯呑みの横に置いた。彼はそれらをジャケットの懐に収めながら、
「よし。じゃあノリよくいこう。捜査隊らしく隊長からみんなに指令を出すぞ」
 と言った。隊員三人はわざとらしく背筋を逸らして胸を張って、隊長の言葉を待った。
「隊員諸君、傾聴。隊長から最初で最後の指令である」悠は威厳たっぷりに腕を組んだ。「各員、向こうの世界のことはすべて忘れること。二度とこの事件に関わらないこと。そして今まで見聞きしてきたことは絶対に口外しないこと。隊長から以上」
 四人の間に白けた雰囲気が満ちた。
「……え? 冗談?」と、千枝がぽつんと漏らした。
「冗談じゃないよ。タロットは返さない」
 雪子はさすがに座ったままだったが、欺かれてタロットカードを接収されたふたりといえば勢いよく立ち上がって、
「イミわかんねーよ! つか返せよお前のもんじゃねーんだぞ!」
「なんでんなコト鳴上くんが決めんのっ? あんたナニサマよ!」
 むべなるかな、大いに憤り始めた。
「だから後悔するなって言ったのに……おれなんかを隊長にするからこういうことになる」
「そういう問題じゃ――あ、なに冗談なの? オメ質わるすぎだって」
「冗談じゃないって。少なくとも今のままなら冗談じゃない。絶対に返さない」
「……いや、どういうことだって。お前ちっともったいぶりすぎ」陽介はあきれ顔で腰を下ろした。「言いたいことあんならさっさと言えよ」
「じゃあ、参謀どのの要請もあったことだから、本題の本題に入ろう」悠は苦笑して、懐から先ほど奪ったタロットカードを取り出した。「里中隊員、席につきたまえ」
「それ返してってば」
「里中のこのあとの返答いかんによっては」
 千枝は雪子に促されてしぶしぶ腰を下ろした。
「じゃあまず、この自称特別捜査隊? の目的だけど、山野アナの変死から続く一連の事件の解決と、被害者の救出ってことでいいのかな。みんな異存はない?」
 三人は黙って頷いた。ついでに陽介はしつこく「犯人を捕まえるってのも入れろよ」とつけ加えた。
「よし。じゃあ――陽介、試用期間は終わりだぞ。明確に約束してもらう」
「え?」
「わがブラック企業に就職したんだろ、キミは」悠は笑って続ける。「以後は本採用になる。もうどんな言い訳もできないぞ、たとえどれだけバイトのシフトが詰まってたって、その必要があればぜんぶサボってもらう。――里中も」
「へ?」
 千枝はきょとんとして、いまひとつ状況を掴めていない様子。
「里中、もしこの自称特別捜査隊に入隊して、その設立目的に準ずるっていうんなら、そのために必要なタロットカードはもちろん返す。ただし、以後の生活のすべてのウェイトはこの活動に傾くってことを、是が非でも承知してもらう。必要があれば学校もサボってもらう」
「うぇ……ええ……?」
「早朝だろうと夜中だろうと、ハラ減ってても眠くても、疲れてようが病気だろうが、その必要があれば問答無用でテレビの中に入って、シャドウどもを向こうに回して、命を的にしてもらう。そのために必要なペルソナの扱いの訓練も、捜査隊の話し合いも、場合によっては犯人の捜索も、ぜんぶ最優先事項になる。勉強する時間も趣味に回す時間も、遊ぶ時間も眠る時間も、すべて捧げてもらう。文句はいっさい受け付けない。なぜか? ひとの命がかかるからだ。おれたちはひとの命を背負う。重い労苦と責任とを背負う。それを家族にも友達にも口外できない、悟られてもいけない。そして報酬はスリルと生傷と、場合によってはあの世行きの片道切符が一枚だけ」
「…………」
「割に合う? 里中」
 こんなふうに明け透けに並べ立てられると、千枝はみるみる怖じけたようになっていった。本来ならペルソナという報酬を見せないままこのきつい条件を――かなり誇張してはあるが――呈示して、それでも可なりと決意した場合のみ「じつは里中はおれたちみたいに」と続けるつもりだったのだ。それでもいい、荷物持ちでも使い走りでもなんでもする、自らの責任においてわたしはわたしのできうるかぎりを無報酬で行う! 悠の欲しかったのはこんな言葉だった。が、
「……もちろん、やるよ。あったりまえでしょ。やらいでか!」
 千枝はにわかに発奮した様子だったが、その視線はしばしば悠の持つタロットに注がれるのだった。これではどれだけの覚悟を決めてこう言っているかわからないのだ。
「里中、ひょっとしてこのカード欲しさに言ってない?」と、訊いたところで無駄であろうが。
「んなワケないでしょ。鳴上くん疑ってんの?」千枝は心外そうにしている。「それにどっちみち、それって向こうの世界であれこれするのに要るんでしょ? あたしが欲しくないとか言い出すほうがマズいんじゃないの?」
(もちろんその通りだ)
 少なくとも短期的には――悠はしばらく黙り込んだあと、ふたたび「里中、実は」と切り出した。
「ヘンな話だけど、聞いて。もし里中がこんなの欲しくない、もうあの世界はこりごりだって言い始めたとしたら」
「たら?」
「説得するつもりだった、どうかこのカードを取ってくれって。世のため人のため、被害者のため、おれたちのために、ひとつ勇気を出してこの仕事を助けて欲しいって」
 千枝の面にたちまち笑顔が戻った。
「里中、来るなら本当に覚悟してほしいんだ。このタロットカードを、ペルソナを使ってみたいってだけの軽い気持ちで来るなら、来ないほうがいい……なんて言いやしない。少なくとも里中の心が醒めたり折れたりするまでは、おれたちも助かるんだから。重要なのはそのあとだ。里中、いつか里中が自分の覚悟と現実とのギャップを思い知らされて、こんなとこ来るんじゃなかった、自分はこんな無益なことにどれだけの時間を浪費したんだろうって、後悔する日が来るかもしれないってことが一番の問題なんだ。なぜって、それは必ずおれたちにも伝染するから」
「…………」
「里中――陽介も聞いてくれ。この仕事は誰に話して聞かせるわけにもいかないから、いっさい報われない。これは純然たるボランティアだ。そしておれたちには一応、世のため人のために殺人を未然に防いで、犯人に裁きを受けさせるっていう動機があるけど、実際、これはおれたち自身にとってそれほど切実に感じられるものじゃないはずだ。こんなのはお題目だ。だからおれたちのやる気を支えるのは、けっきょくはおれたちの、お互いのやる気だけだ。おれたちはお互いを杖にして歩くんだ、お互いをお互いの支えにするんだ。だから一本でもそれが折れれば、いつか必ずみんな転ぶ」
 ふたりは黙って悠の言葉に耳を傾けている。
「ふたりとも、おれたちは兵士とか戦士とか、そういう命を張るたぐいの仕事なんかしたことはないし、その訓練を受けたこともない。その適正もたぶんない。陽介は初めてシャドウに遭遇したときのこと、覚えてるか」
 陽介は唸るように「んん」と言った。
「おれたちは逃げるにせよ立ち向かうにせよ、お互いの存在がなきゃどちらも選択できなかった。もしひとりだったらきっと混乱して竦んで、震えて、その場に座り込んでた。おれたちはただの高校生だから、おれたちは弱いから、おれたち単独じゃ立ってられない、そういう仕事に従事するならおれたちには、自分の身体を支えるのに三本目の、あるいは四本目の足が要る。仲間が要る。隣に誰かが、助けたり助けられたりする誰かのいることが必要なんだ。できればひとりでも多く。そしてなにより結束が、いちど肩を組んだ相手のいなくならない保証が、少なくともやる気を失って去ってしまわない保証が必要になるんだ。――里中、保証できる?」
 千枝は二つ返事で「ぜえったい保証する!」と気を吐いた。
「もーめり込むくらい肩くむよ。あんたらが逃げようとしたってぜったい放さんから。肩の肉とかむしりとるから」
 悠はひとつ頷いた。ひとまずはこの言葉を信じるしかあるまい。それに千枝は少なくともその性格上、一度は負うた荷を負い切れぬというただそれだけの理由で、悠たちに押し付けて逃げ去ってしまえるほど卑怯になれるとは思われないし、実のところそうできるほどの度胸を持ち合わせもしない。こんな仕事の仲間に誘ってしかるべき人間として、彼女の持つ誠実さと小心さとのバランスはあんがい適しているのかもしれない。
 そしてなにより、十分な余暇を有するであろう、ということも。
「じゃあ、里中隊員には返すとして――陽介はどうだ」
 陽介はこうと問われてむしろ嘲るように「お前こそ初めてシャドウに遭ったときのこと覚えてねーの?」と言った。
「俺はすごい、んじゃあなかったっけ? 誰かさんは二回くらいんなこと言ってたけど」
「……もちろん冗談だよ、わかってる」
「約束もなにも、最初っからシフトのことなんか眼中にねーんだよ俺は。生活のウェイトがどうとか、んなのは当たり前のハナシだっつの。誰になに言われたって俺はやる、ひとりでもやる、俺だってお前の言う適正とかねーかもしれんけど、俺にはお前にない動機があるんだ。テレビの中に入れられた人間は全員助けて、犯人は捜し出してぜってーにブッ殺す」
「捕まえる」
「捕まえてブッ殺す……死なねー程度に」
「よく言った。じゃあ、これは隊員諸君に返そう」
 悠は陽介と千枝にタロットカードを返却した。
「あれ、これ違くない? なんかさっきと絵が違うんですけど……」千枝は返されたタロットを矯めつ眇めつしている。「これ花村のでしょ……フォールって読むの? つかこの絵ってひとりひとり違うの?」
「……悠?」
「あれ、間違えたかな」どうやら失敗のようだ。悠は改めてチャリオットのカードを彼女に手渡した。「花村ほら、里中が持ってるのお前のだってさ。そっち返せよ」
「里中、それ悠のだから。俺のはマジシャン」自分のカードを示しながら、「悠のはフール。訳すとバカ」
「……なんで鳴上くんがバカ? どっちかっていうと」
「うっせーな、いいんだよ俺はマジシャンなんだから。それより悠、さっきから天城が蚊帳の外でちっとかわいそうなんだけど」
 陽介に話を振られると、雪子はわざとらしくテーブルにのの字など書きながら「いいんだよ、わたしなんか空気みたいなもんだから」などといじけ始めた。
「あーあ、雪子いじけちゃったよ」
「いじけてないよォー……」雪子は頬杖をついてそっぽを向いている。「いいよいいよ、三人でたのしく話してたらいいんだよォ。おかまいなくゥ」
「天城ってなんか、意外にノリいいんだな、マジで」と、陽介は感心した様子である。「悠ほら、四本目の足が折れちまうぞ。勧誘勧誘」
「じゃあ、天城だけ無視するわけにもいかないから、面接だけはしとこうか」
 雪子はたちまち身を起こして「はいっ」と背筋を伸ばした。
「天城、今まで話したことは聞いてたと思うけど」
「うん。ばっちり」
「じゃあ二度は繰り返さない」そして言いたくはないが、どうやら口にせずにおけることでもないらしい。「さっき里中に要求したもろもろの事情を考え合わせると、天城は自称特別捜査隊には入れられない」
 四人の間にふたたび白けた雰囲気が満ちた。






「え?」
「天城、天城がそういう服を着てきてくれて、むしろよかったんだ。天城にタロットは渡せない」
「どうしてっ!」
 と、雪子はもの凄い剣幕で立ち上がった。通路を挟んだテーブル席の客がなにごとかとこちらを窺っている。
「天城、座って」
「ヤだ。どうして? 理由を言って」
 間髪入れずにこう言い募る。無事な左の拳を握りしめる。その麗貌は怒りに彩られている。とうぜん自らに帰せられてしかるべき巨大な権利を、不当に奪われたものの憤怒が漲っている。さだめて彼女の目にはクラスメイトならぬ、不実で恥知らずな強奪者が映っているのだろう。
「天城、その理由を一番よく知ってるのはおれじゃないよ。天城は聞く相手を間違ってる」
「なにを――!」
 ここで陽介と千枝とがめいめいの相方に取り付いて、周りにひとがいるんだから落ち着くようにと両者を宥め始めた。
「悠お前さァ、もうちっとコトバ選べって」と言って、陽介はちょっと怒りさえ見せた。「つか正直なんで天城をのけ者にすんだかわかんねーけど、理由があるならちゃんと言えよ。聞く相手まちがってるとか言わんでさァ」
「そうだよ。鳴上くんってときどきひとの気持ち考えないでもの言うよね」
 千枝もまた陽介と同じに、雪子の入隊を疑わなかったのだろう。そして彼らに悠の味方をするつもりはないらしい。自称特別捜査隊は結成後まもなく隊長が孤立するという危機に見舞われた。
「天城、じゃあ、それほどよく知らないおれから説明するけど」
「それほど? なにも知らないくせに」と、雪子が呪わしげに呟いた。
「……天城、それとも雪子って呼んだほうがいい?」今度は悠が機嫌を損ねる番である。「シャドウの記憶はまだ鮮明に残ってるはずだ。おれとあの燃える旅館でなにを話したか、雪子はもう忘れたのか」
 雪子の返事はない。
「雪子、あのときおれのした話がまったくの見当違いだったって言うんなら」むろんそんなことはあり得ないが、「それならおれを解任して、新しく隊長になって、この仕事を引き継げばいい。あのとき黙って聞いてくれてありがとうって言うよ。でももしそうでないなら、雪子はこんな危険なだけのボランティア以前に、打ち込むべきもっと大事な仕事が、考えなきゃならない大事なことがあるはずだって、わかりそうなもんじゃないか」
「…………」
「……なあ天城、もしこの捜査隊に参加したとしたら、天城の生活は間違いなく破綻するよ」悠は真実、誠意を込めてこう言った。「それは天城が一番よくわかってるはずだ。さっきおれが里中に要求したようなものを支払う力が、いまの天城にはないはずだ」
 雪子は悄然と腰を下ろした。
 目下、彼女には捜査隊の活動に割きうる余暇が絶対的に足りないはずだった。世の女の羨まずにはいないだろう数々の宝を持つ雪子も、こと自分の自由になる時間という財産に限って言えば、この年ごろとしては異例なほど貧しい部類である。その万年手元不如意の貧女が悠たちのような閑暇大尽と同じ額を支払おうと張り切ったところで、結局は「わたし多めに持ってきたつもりだったんだけど足りてない」などと嘆息せしめることになるのは明白であった。そして雪子が払えるだけのわずかな月賦ではローンは組めない。組んだとしても彼女はふだんほとんど顔を見せない、肝心なときにあてにならない、員数外の人間とせざるを得まい。あるいは旅館での疲労を、あるいはテレビの世界での疲労をそれぞれの職場間に持ち込んだあげく、倒れでもしないとも限らないのだ。
「うちのお母さん、仕事に復帰したの。だから少しは楽になるから」雪子はそれでも食い下がる。「少しだけ、少しだけみんなより及ばないとは思う。でもぜったい失望させない。わたしにもやらせて。お願い、お願いします!」
 と、悠に向かって手を合わせる。問題は雪子側の環境にあるのであって、べつに彼の腹ひとつというわけではないというのに。
「天城、意地悪してるわけじゃないんだよ……おれを拝んだってなんにも」
「なんかハナシ見えないんだけど、なんで雪子はダメなの?」千枝は聞くだけは聞いてやろうといった態度である。「雪子だけ仲間外れにするイミがわかんないんですけど」
「おれはヒマ。陽介もヒマ。里中もヒマ。天城は?」
「あたしべつにヒマじゃないし」
「俺もべつにヒマじゃねんだぞ」陽介も口を挟む。「こう見えてけっこう忙しいんだぞ。ただでさえ色々やらされるっつーのになんでバイトのシフト割とかめんどくせーこと――」
「ヒマって言うのはやることがないっていう意味じゃなくて」と、陽介をうるさげに遮って、「生活に支障の出ない範囲で、ある目的のために他から融通できる時間があるってこと。陽介はバイトしなくたって小遣いが減るだけで、普通に暮らしていくことはできるだろ? 里中だって……里中がふだんなにしてるかわからないけど」
「あたし? あたしはDVD見たり……トーロ練ったりとかしてるかな」
「そのトロを練らなくたって普通に食べていけるだろ。いや、そのトロは食べられなくなるかもしれないけど」
「トーロは食べ物じゃないよ。トーロっていうのは――」
「とにかく! 天城はふたりとは条件がぜんぜん違うんだ。天城は実家の旅館経営に深く関わってる。生活に関わってるんだ。高校生にそんなもの背負わせるなんて、しょうじき個人的には向っ腹も立つけど、天城のうちには天城のうちの都合がある。今までそれを免れなかったからには、天城屋旅館には天城の自由を束縛するだけの、なにか切実な理由がきっとあるんだろう。それはもうどうしようもないことだ、おれを拝んだって変えてやりようがないよ。そうしてあげたいけど」
 雪子はなおも手を合わせたままである。
「雪子かわいそうだよ。いいじゃんヒマなくてもさあ」と、千枝が唇を尖らす。
「かわいそうだから、天城のわずかな休憩時間を奪って、代わりに走ったりケガしたりしろって言うのか里中は」
「休憩時間を奪うなんて言ってないでしょ」
 話のわからんヤツだ――悠はだんだんイライラしてきた。
「それはあくまで喩え。仲間外れはかわいそうって里中は言うけど、そういう状態の天城を捜査隊へ無理に引き入れれば、結局はもっとかわいそうなことになるんだぞ」
「鳴上くん、どっちもかわいそうなら」雪子がおずおずと口を開いた。「どっちのかわいそうを選ぶかくらい、わたしにさせて欲しいよ。それはわたしが決めることだと思う」
「おれも天城の意志を尊重する。そうして旅館と捜査隊を行き来して、神経をすり減らして、ある日シャドウに包囲された踏ん張りどころでいきなり泣き出されでもしない限りは」可哀想とは思いつつも、悠は心を鬼にする。「そういうリスクを背負い続けるなら、それはもう天城だけの問題じゃなくなる。おれたちに共通の、自称特別捜査隊みんなに関わる問題になる。おれはそこの隊長としてそれを看過できない。天城だけの問題でないなら、天城だけに決めさせるわけにはいかない」
 このように無慈悲に言い放たれると、雪子はすっかり力を落として俯いてしまった。その様子を見ていた陽介があわれを催したか、いかにも悠を嘲るようにして、
「天城も里中もさ、コイツと言い合っても勝ち目なんかねーぞ」
 などと言い始めた。悠はムッとして彼を睨んだ。
「なんかおれが不正な手段で、天城の訴えを退けてるみたいに聞こえるんだけど」
「天城、べつに来たっていいよ」
「陽介!」
 陽介は悠を無視して、あっさりと彼女の入隊を了承してしまった。
「つか、むしろ来て欲しい。戦力はひとりでも多いほうがいいもんな」
「……おれがいまなにを言いたがってるか、おまえ当てられるか」
「ホントに言いたかったことを言ってくれてありがとう大好き?」
「おまえが隊長になるべきだったって言いたかったんだ」陽介を睨め付けながら、「おれは投票し直してもいいよ。天城も里中も隊長の決定には不満みたいだし」
「なんで、も、だよ。俺は別に不満じゃねーよ、基本的にはお前に賛成。やっぱお前が隊長でよかった」
「じゃあ、隊長に忠実な参謀どの、さっき天城に来てもいいなんて言ったことについてなにか釈明は?」
 陽介はしばらく腕を組んでテーブルを見つめたあと、「ちっと、いくつか聞きたいんだけどさ」と呟いた。
「天城は特別捜査隊の活動に必要な時間を用意できないから、入れてやれない……って、お前は言いたいんだよな」
「ヘンだな。ちゃんと伝わってる」
「……そもそもオメーはなんで、俺とか里中とかならちゃんと用意できるって考えてんだ」
 と、不思議そうに訊かれて、悠ははたと答えに窮した。
「確かに天城よりはヒマだろーけど、それで足りるってなんでわかる」
「わかりはしない。もちろんわからないよ」
「なら、俺らだって足りないかもしれねーんだよな」
「……可能性はある」
「じゃあ、俺らも捜査隊に入れないってことになるんじゃねーの?」
「それは詭弁だ陽介、負担の大小を言ってるんだおれは」
「だろ。だから俺らが大きく負担して、天城が小さく負担する。なんでこれじゃダメなんだ」陽介の面はしごく真面目である。「お前の言う負担ってのは営業のノルマみたいに、個人個人に振り分けられなきゃダメなもんなのか? 俺らもう仲間じゃん。天城隊員が用意できないぶんは、ほかの隊員で埋めれば済むこったろ」
「公平でなくなるし、ペルソナの練度や経験に差が出てくる。肝心なときにあてにならないかもしれない。もし夜中の出動に天城が来られなかったら? 役に立たないなら天城だって、せっかく余暇を割いて捜査隊の活動に協力する意味がない」
「公平でなくてもいいし、ペルソナの色々に差が出てもいいし、肝心なときあてにならなくてもいいじゃん別に。来られないなら三人で行って、次に期待しようぜ。それでいいだろ」
 陽介はサラリと返した。悠は絶句した。
「それじゃおまえ、規律もなにもあったもんじゃ……」
「それだよ」と言って、陽介は悠を指さした。「なんかさァ……さっきから聞いてると、お前の作ろうとしてる捜査隊ってなんつーか、軍隊みたいに感じんだよ。適正審査があって、入団テストがあって、入ったら一ヶ月はブートキャンプでセンパーファイみたいなさ」
「……入団の儀式も追加しようか」
「必要がありゃ問答無用で来いとか、自由時間はぜんぶ捧げろとか、文句はいっさい受け付けないとか……もう明らかにムチャだろそんなの。俺たちは兵士でも戦士でもない、その適正もないただの弱い高校生だとか言っといて、そいつらを集めて作ろうとしてるのがけっきょく軍隊って、お前ちっと矛盾してねーか」
 悠はぐうの音も出なかった。千枝と雪子が「おおー」と感嘆の声を上げて、小さく拍手などし始める。まさか陽介にこれほどズバリと説き伏せられるとは……
「もちろん軍隊なんかじゃない。そんなもの作るつもりはない」悠はなんとか反撃を試みる。「でもひとの命がかかるんだ、それくらいの覚悟は必要だ」
「覚悟ね――天城、覚悟ある?」
 雪子は少しきょとんとしたあと、勢い込んで自分の覚悟の確固たることをさかんに表明した。隣の千枝も大わらわで親友の後押しをして、いまや雪子の覚悟は溢れかえっていて自分はそれに溺れそうでさえあるのだと熱弁を振るう。
「だってさ。これで解決じゃん」
(コイツ……!)
 いまや悠は完全に三人の向こうに回って、しかも徐々に追い詰められつつあった。陽介の言うのはつまるところただの根性論に過ぎないのだが、千枝も雪子もやすやすと丸め込まれてしまっている。
「天城も里中も口車に乗るな」と、悠は釘を刺した。「行動の伴わない覚悟は覚悟じゃない。天城の覚悟は強固でも、それに見合うだけの行動が伴い得ないことはわかってるんだ。どれだけ熱心に返済を保証したってその目処もつかない、担保もないじゃあ金は出せない」
「なんでおカネのハナシになるんよ」千枝が眉をひそめる。
「だから比喩なんだって――!」
「悠、悠の言いたいことはわかるんだって」まあまあと陽介が割って入る。「お前ってつまり、アレなんだよ、ゼロか百かってカンジなんだ」
「どういう意味だよ」
「天城が三十しか用意できなさそうだからダメだってんだろ。百に達しないから、だからゼロとして切り捨てる」
「天城はその三十で引き算や割り算をしないとも限らないんだぞ」
「いまのが比喩?」
「……そうだけど」
「だってよ里中――でだ、お前は百だけを採用しようとするわけだけど、その百って実際はいねーんだろ? 俺も里中も用意できるとは限らねーんだからさ」
 悠は用心しいしい頷いた。
「ついでに言やあ、そもそも数字を用意できる人間じたい、この四人しかいねーわけだ。なのに隊長はひとの命がかかるから超覚悟しろって言う。あるものぜんぶ捧げろとか言う」
「それは言葉のあやで……」
「いやいいんだよ、そうしようぜ。俺も賛成っつったろ」と陽介は言って、ひとつ手を打った。「つまり、俺らは持ち寄れるだけを持ち寄る。やれることをやれるだけやるんだ。だから百に満たないのは切り捨てなんてことはしてられねー。天城が三十しか用意できなくても、それも利用する」
「だから天城は仕事が!」
「悠、さっきのお前のセリフ、ノシつけて返すぜ――ひとの命がかかるんだ、それくらいの覚悟は必要だ!」
 悠はふたたび絶句した。
「だろ? 天城」
 雪子はコクコクと頷いた。その面は安堵と喜びに満ちている。隣の千枝も同様である。
「……なあ悠、実際、お前のゼロか百か論で言ったらさ」陽介は一転、打ち沈んだ調子で続ける。「俺らには選択肢なんかふたつしかないと思うんだ。全員でやるか、さもなきゃ全員あのテレビの世界のこと忘れてさ、なるようになれって、放っとくしかないんじゃないかって」
「…………」
「悠、天城は子供じゃないっつか、むしろこの中じゃたぶん一番オトナだぜ。自分でムリだと思ったら控えるだけのフンベツはあるって。もしそうでなくても、天城がどこまでも突っ走って潰れるような人間でもさ、もう利用できるものはなんでも利用しねーと。やるならやるで、徹底すべきだって俺は思う」
 悠は不機嫌ぶって腕を組んで、窓のほうを向きながら陽介の話を聞いていた。ほかならぬ彼に説き諭されるというこの状況、悠にとっては非常に面白くないものだったが、その主張には一理がある。
(確かに一理だけはある)
 そして一理があるというだけで動かしてよいのは、思うに陽介や千枝のような「ヒマな人間」だけだ。先の燃える天城屋旅館において悠はそれこそ、舌の赴くままに一理と言わず二理も三理も並べ立てたはずではなかったか? ここでやすやすと陽介の説諭に頷いてやるわけにはいかなかった。雪子はすでに理で動かせるほど身軽ではないのである。
「ひとつ言っとく」ややあって、悠は窓を見たまま呟いた。「全員忘れるっていう選択肢はない。みんながもうたくさんって言って去っても、おれだけはやるつもりだった」
「ひとりじゃ立つこともできねーって言ってたのにか?」
「這ってでもね」
「悠、俺もそうだけど、天城だってそう思ってるかもしれない。酌んでやれよ」
「おれにもおまえや天城にはない動機があるんだ。おれにはおまえと里中をあの世界に引き摺り込んだ責任がある」
 悠はようやく視線を戻して、向かいの千枝をじっと見詰めた。
「……ちょ、そんなに見ないでよお、恥ずかしいじゃあん」と、冗談めかしても、彼女は居心地悪そうにしている。「えーと、でも引き摺り込んだってちょっと違くない? つかむしろ落としたのあたしだし」
「比喩。さっき里中のポケットからタロットカードを抜き出しただろ。陽介のもおれが抜き出したんだ」
「へえ……まあ、そりゃそっか。ほかいないもんね」
「そうなんだ。それで、そうしない限り、ふたりはこっちと向こうを行き来できなかった。一週間前、テレビの中から出てくる時、あのブラウン管に触ってもらっただろ?」
「うん」
「里中は通れなかった。でも実はそのときもう、里中も天城もポケットが光ってたんだ」
「え、そなの?」
 千枝も雪子もテレビを通過できなかった。もしや、と思っていた懸念はそのとき的中した。あのタロットカードはポケットの中に収まっている限り、その効力を発揮しはしないのである。そうある限り、彼らはふつうの、一般人となんら変わりはしないのだ。
 そしてつまり、悠はそうと知らずに、すでに陽介を普通でなくしてしまっていたのだった。
「里中聞いて。仮に里中がいまこの場で、もうたくさんだ、二度とあんな危険な世界に入れるかって言って、この席を立ったとする。おれがどれだけ引き留めても聞き入れることはしないで、怒って家へ帰ったとする。どうなるか。おれは予言する。里中はたとえここでどんなことを口にしていたとしても、必ずまたあの世界に入りたくなる。陽介も、もし天城もタロットを、向こうの世界へのパスポートを手に入れていたとしたら、そうなる。それくらい、ああいう非日常の世界は魅力的だ。危険で、命がかかるってことさえ、魅力のひとつだ」
 千枝はいまひとつ要領を得ない様子。
「あの世界に縛られるんだ、好奇心を。呪われると言ってもいい。そんなのはおれだけだってみんな言うかもしれないけど、現にタロットを取り上げたとき、ふたりは目を剥いて怒った。天城もタロットを渡せないって言われて、ひどく怒った。こうしてあの世界に関わる権利を巡っていろいろ紛糾した以上、多かれ少なかれそういう感情はみんなにあるんだ。だから里中、天城のタロットカードは絶対に抜き出しちゃいけないって、おれは言うんだ。それは親友を呪詛にかけるってことだ。この呪詛は悪質で、かけるほうもかけられるほうも祝福としか思えなくて、その害悪がほとんど認知されない。でもそれはほんとうに、かかった人間を破滅させかねない呪いなんだ」
「だから、お前がやるっての?」と、陽介が口を挟んだ。
「もうひとりやってしまってたし、さっきふたりめにもやった。それに隊長に任命されたんなら適任だろ」悠はひとつため息をついた。「だから、おれはどうにかしてこの事件を収めて、おれたちがテレビに触ってももう向こうの世界に行けないようにしなきゃいけない。おれが呪詛にかけたひとが、おれの知らないうちにテレビの向こうに入って、やがてどこかの電柱の上に吊り下げられたりしないように、すべてを元に戻さなきゃいけない責任がある。動機がある――里中、しつこいようだけど、あとで天城に懇願されたとしても絶対にタロットを渡すなよ。居丈高に聞こえると思うけど、これは、マジで、守ってもらう。もし自称特別捜査隊の隊長に、隊員に命令する権限があるとするなら、そう命令する」
 千枝はこんなふうに威圧されると、「わかりましたけど、そこまで言うんならしませんけど」とすっかり縮こまった。
「頼む。要は動機なんだ。カッコつけるわけじゃないけど、おれにはいま話したような責任があるから、そのために生活に支障が出るとしてもこの仕事を続けるつもりだ。たとえおれが天城並みに忙しくても、そうしなきゃいけないからそうするつもりだ――天城」
 と、呼ばれて雪子が面を上げた。
「このあいだ知ったばかりの向こうの世界に、天城は強力な動機なんか持たないはずだ。それともなにか忽せにできない動機が、天城にはある? ペルソナを使ってみたいとか、向こうの世界を冒険してみたいとか、世のため人のためとかなんてぼんやりしたものじゃない、これから先ちゃんと天城を支え続けてくれるような、筋金の入った堅固な動機が」
 四人の座る座敷席はみたび白けた雰囲気に満ちた。雪子は黙したままだった。
「……それでいいんだ。天城は天城屋旅館に纏わる動機だけで手一杯のはずなんだ、こっちはおれたちに任せて、天城は天城の戦いを戦って欲しい」悠はようやく腕組みを解いた。「ごめん、偉そうなことばっかり言って。すっかり長くなったけど、そろそろお開きにしよう。会計は済ませとくから」
 悠が請求書を取って立ち上がろうとすると、矢庭に雪子が手を挙げて「待って、わたしにもある!」などと言い始めた。
「あるって、なにが」
「動機。座って、まだ終わってない」
「天城もう――」
「座って。いいから座って」
 雪子は頑なに言い張る。悠、と横から陽介も口を添える。
「エラソーなこと長々話したんだから、次はお前が聞く番だろ。ほら」
 と言われては、さて彼にも自覚はある。などかはと無下にもしかねる。悠はしぶしぶ元の位置に収まった。
「じゃあ、聞くだけは聞く。どうぞ」
「わたしにも動機はある。鳴上くんにも花村くんにもない動機が」
「それは?」
「命を狙われた」
 悠はもう少しで舌打ちを漏らすところだった。
「……だから?」
「わたし、そんなことされる覚えなんかない。でも……もし自分が殺したいほど誰かに恨まれてるなら、知らなきゃいけないと思う」
「知ってどうなる。これは陽介にも言ったことだけど、いったいなにか納得できそうな理由を天城は思いつけるのか」と、悠は苛立たしげに続ける。「ああ、それなら仕方ない、わたしは殺されて当然だった――バカげた話だ。そんなこと知ってどうなるって言うんだ」
「なるよ。知らなきゃ、納得しない理由にならない」
「……納得、しない理由?」
「納得しない理由。もちろん鳴上くんの言うとおりだよ、どんな理由があったって、あんなことひとに対してしていいわけない、納得するわけない。でもどんなに切実な理由があったって、バカバカしい、勝手な理由があったって、それがわからないうちは待ってあげなきゃ。いちおうは聞いてあげなきゃ」
「聞いてどうするんだ」
「ぶっとばす。死なない程度に」雪子は不敵な笑みを浮かべた。「どんな理由があったってぶん殴ってやる。でも理由によっては、少しは加減してあげなきゃいけないかもでしょ?」
 悠は唖然として二の句を継げなかった。なぜか陽介と千枝がこの不穏な宣言を聞いて「おおー」と小さく拍手をする。
「天城よく言った。マジで惚れそう」
「雪子よく言った。マジで惚れそう」
「天城は復讐のために、あの世界に入ろうって言うのか」
「鳴上くん、わたしも喩えてみるけど、犯人は高いもの食べたんだよ。すっごく高いもの」店の品書きをゴム手袋の指でつつきながら、「そうして、お金はらわないで逃げてるの。踏み倒して、追いかけて来られないだろうって、笑ってるの。わたしはぜったい許さない。ぜったいこの手で捕まえて、耳揃えて全額支払わせる。びた一文だって負けてあげない。そしてそれを代わりの誰かにやってもらうことなんてできないの。なぜって、食い逃げされたのはほかの誰でもない、わたしだから!」
 雪子は昂然と言い放った。それは確かに動機であった。まず確実に陽介と千枝とには動機として聞こえただろう。そして悪いことに、どうやら悠にも。これは命を狙われて生き延びた被害者だけが主張しうる、いかにも強力な動機だった。
「悠、天城も動機持ってるってさ」陽介はすっかり勝ち誇っている。「お前さっき動機があればいいって言ってたよなー?」
「動機があればいいなんて言ってない」
「鳴上くんメメしーい。オトコらしくなーい」千枝もすっかり勝ち誇っている。「もう決まったようなもんじゃん。いいかげん諦めなってェ! ここはドリョーを見せるトコぞよ」
 動機だなんだなどと言い出したのは間違いだったか――悠はやるせなく鼻息を吐いた。
「……天城」
「はい」
「次はもっと際どいところにポケットのついてる服、着てきて」理と動機とは揃ってしまった。もうなるようになれ、である。「天城、苦しい戦いになるぞ。おれがさっき言ったようなリスクも背負い続けることになるんだ。覚悟はできてるんだろうな」
「もちろん、鳴上くんが力になってくれるんでしょ?」雪子は「なに言ってるの?」とでも言わんばかりである。「力になるよって、言ってたよね、あの燃える旅館で。言質とってるからね、ぜったい力になってもらうからね――悠くん」
「…………」
 悠の完敗である。彼は力なく請求書を取った。まったくこの会食は高くついたものだ。この事件の犯人もいつしか雪子の瞋拳を前にして、こんなふうに考えるのだろうか。
「悠くん、返事がないよォ?」雪子はニヤニヤしている。
「じゃあ話も終わったし、お開きにしようか……」悠は無視した。
「そうだな、ごっそさんでした悠くん」と、陽介。
「だね。このあとみんなでお茶でも飲み行く? 悠くん」と、千枝。
「……悠くんって言うのやめろ」と呻いて、悠は重い腰を上げた。「まだ話さなきゃいけないことがあったけど、それはまた今度にしよう。ちょっと長くなりすぎた」
「お前まだなんか話すことあったの? よくもまあ次から次へと……」陽介はわざとらしくうんざりしてみせた。「まあよく喋るよオメーは。江戸っ子ってみんなそうなの?」
「チリ人のクォーターにはわかんねーよ」靴を履きながら続けて、「みんなのケガのことっていうか、それを防ぐ道具についてさ。向こうでシャドウと戦うとき、破片とかいろいろ飛んで来ただろ? そういうのを防ぐ、なんていうか、防弾チョッキみたいなのをどこかで調達できないかなって、相談したかったんだけど……」
 そんなものがおいそれと見つかるはずもないけど――なかば諦め気味で漏らした言葉だったが、先に靴を掃き終えて菜々子を呼びに行こうとしていた千枝がひとこと、
「あるよ。そういう店」
 振り返ってしれっとこう宣ったのには、悠も驚かずにはいられなかった。





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