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No.35651の一覧
[0] PERSONA4 THE TRANSLATION(ペルソナ4再構成)[些事風](2014/11/03 16:25)
[1] 序章 PERSONA FERREA[些事風](2014/11/03 16:25)
[2] 一章 REM TALEM MINIME COGITO[些事風](2012/10/27 23:54)
[3] 国を去り家を離れて白雲を見る[些事風](2012/10/27 23:57)
[4] マヨナカテレビって知ってる?[些事風](2012/10/28 00:00)
[5] ピエルナデボラシーボラ![些事風](2012/10/28 00:03)
[6] 出れそうなトコ、ない? ひょっとして[些事風](2012/10/28 00:07)
[8] 死体が載ってた……っぽい[些事風](2012/10/28 00:27)
[9] ペルソナなんぞない[些事風](2013/03/05 00:17)
[10] でも可能性あるだろ?[些事風](2012/10/28 00:34)
[11] バカにつける薬[些事風](2012/10/28 00:36)
[12] シャドウじゃなさそうクマ[些事風](2012/10/28 00:41)
[13] 吾、は、汝[些事風](2012/10/28 00:46)
[14] 俺はお前だ。ぜんぶ知ってる[些事風](2012/10/28 00:53)
[15] ノープランってわけだ[些事風](2012/10/28 00:56)
[16] 旅は始まっております[些事風](2012/10/28 01:05)
[19] 二章 NULLUS VALUS HABEO[些事風](2014/11/03 16:26)
[20] あたしも行く[些事風](2013/01/15 10:26)
[21] それ、ウソでしょ[些事風](2013/03/05 21:51)
[22] 映像倫理完っ全ムシ![些事風](2013/05/12 23:51)
[23] 命名、ポスギル城[些事風](2013/05/12 23:56)
[24] あたしは影か[些事風](2013/06/23 11:12)
[25] シャドウ里中だから、シャドナカ?[些事風](2013/07/24 00:02)
[26] 脱がしてみればはっきりすんだろ[些事風](2013/10/07 10:58)
[27] 鳴上くんて結構めんどくさいひと?[些事風](2013/10/14 17:36)
[28] セクハラクマー[些事風](2013/12/01 15:10)
[30] アギィーッ![些事風](2014/01/31 21:58)
[31] かかってこい、あたしが相手だ![些事風](2014/03/04 21:58)
[32] クソクラエ[些事風](2014/04/16 20:30)
[33] あなたは、わたしだね[些事風](2014/06/15 15:36)
[34] とくに言動が十八禁[些事風](2014/07/26 21:59)
[35] コードレスサイクロンユキコ[些事風](2014/09/13 19:52)
[36] 自称特別捜査隊カッコ笑い[些事風](2014/09/24 19:31)
[37] ッス[些事風](2014/11/03 16:29)
[38] oneirus_0d01[些事風](2014/12/14 18:47)
[39] 三章 QUID EST VIRILITAS?[些事風](2015/03/01 16:16)
[40] ええお控えなすって[些事風](2015/05/17 00:33)
[41] キュアムーミンだっけ[些事風](2015/10/18 13:01)
[42] おれ、弱くなった[些事風](2015/11/20 10:00)
[43] 中東かっ[些事風](2016/03/02 00:50)
[44] バカおやじだよ俺ァ[些事風](2016/05/15 16:02)
[45] ここがしもねた?[些事風](2016/08/16 15:11)
[46] 腕時計でしょうね[些事風](2016/11/15 13:03)
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[35651] クソクラエ
Name: 些事風◆8507efb8 ID:e296928f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/04/16 20:30


「チエッ!」
「こうすれば、あんたは火を出さない。でしょ?」
 千枝はぎりぎり、自らが焼けずに済むくらいまで悠のペルソナに近づくと、怪鳥を振り返ってそう言った。
「チエアブナイ! アブナイカラコッチキテ!」
「近づかないで雪子! 近づいたら」彼女は半歩さがって、背後で燻る悠のペルソナを肩越しに見た。「それに飛び込むよ。マジだからね」
「ナニイッテルノ、アブナイ! ハナレテ! ヤケドシチャウ!」
 怪鳥はまったく落ち着きを失った様子。千枝に駆け寄ろうとして止めたり、長い首を振ったり翼をバタバタさせたりと忙しない。さながらネコの足許に落ちた雛を見る親鳥のよう。
「チエオネガイダカラ、コッチキテ……」
「行ったらまたあの火だすんでしょ。やだっつの」
 と否んで、結果的に並んで立つことになった自身のペルソナを、千枝はちらと見上げた。ペルソナもまた最前から黙したまま、珍しいものでも見るようにして彼女を見下ろしている。
「あんた……じゃあ、チエ」と、千枝がペルソナを指さした。「いいよ、あたしサトナカで。あっちお願い、あの騎士っぽいやつ。こっちはあたしがなんとかする」
 千枝のペルソナはなおもじっと彼女を見詰めていたが、結局なにも言わずに跛を曳いて、戻ってくる騎士を迎え撃つために悠のペルソナから離れて行った。
「ごめん天城、肩かして」今だ、今こそ行動しなければ! 悠は言うだけ言って返事を待たずに、雪子の細い肩に体重を預けた。「頼む、里中のところまで連れて行って――クマもごめん、こっちきて支えて」
「……わかった、けど」
「大丈夫、里中の近くにいれば」
 焼かれることはあるまい。彼は慌てふためく怪鳥を見て確信を覚えていた。怒りに燃えてシャドウに取り込まれて、醜い化物に変身してしまっても、彼女はついにどこまでも雪子であった! であれば、この内庭において最も安全なのは千枝の隣であろう。悠は雪子とクマに支えられながら、アイギスの盾めざしてよたよたと歩き出した。
(いいぞ里中、よくやった!)今や事態は膠着した。これこそ悠が作ろうとしてそうできないでいた状態である。(ここが先途だ、なんとしてもここから話し合いへ持っていかなきゃ)
 今をおいてシャドウを説諭する機会はふたたび巡っては来まい、そしてそれを成功させるには第三者たる悠の仲介と、なによりもう一方の当事者たる雪子の存在が不可欠だ。今こそ彼女らを和解させなければ。
「雪子、こんなことやめて。あのバケモノ呼んだのあんたなんでしょ?」
「チエ、コッチキテハナソウ? ソコアツイデショ?」
「あんたの近くでみんなが焼けるの見てるほうがよっぽど熱いっつの!」と、千枝は怒鳴った。「なんでこんなことすんの? や、ちょっとハナシする前にあのバケモノどっかやって、花村たいへんなんだから。早く!」
「チエ……チエ……」
 悠たちは燃え燻るペルソナを大きく迂回して――彼を消してしまったら怪鳥は強引にでも千枝を捕らえようとするかもしれない――千枝の許を目指した。かなり距離を取っても横たわる巨人から発せられる熱の輻射は壁のように彼らに迫る。熱い。辺りはまさしく焦熱地獄で、それはむろん千枝の立っているところも同様だった。
「里中、ちょっと」雪子とともに熱さに喘ぎながら、悠はようよう千枝の許へ辿り着いた。「もうちょっと離れよう、焼け死ぬ」
「だめ、それじゃ脅しになんない」眦を決する彼女の面に玉の汗が光る。「ガマンして、男でしょ」
 悠は仕方なく、同意を得ないままクマをペルソナ側に置いて衝立とした。
「……センセイ、なんか背中がチリチリするクマけど」
「里中、あの化物のシャドウは」クマを黙殺しながら、「雪子が呼んでるんじゃないんだ。あれは誰にも止めようがない」
 と言って、悠はすでにフィルタ手前まで吸い切ってしまっていた煙草を、クマのあたま越しに横たわるペルソナへ投げてみた。たちまち煙を上げ始める。ここにそう長くは立っていられまい――特にクマは。
「じゃどうすればいいの」
「いまからそれを――」
「チエ、コッチキテ、オネガイ」怪鳥が長い首を伏せるようにして、そろそろと二、三歩もこちらへ近づいた。「モウスコシダケソバニイテ、コレガサイゴダカラ。ネ?」
「雪子、それいじょう近づいたらホントに」
「コレガオワッタラ、モウチカヅカナイカラ、モウメイワクカケナイカラ」
「……迷惑って」
「スグオワルカラ。チエ、アトモウスコシ、コレガサイゴ、サイゴダカラ、イマダケハイッショニイテ」と、怪鳥は哀願するような口調で続ける。「ソシタラモウタヨラナイ、モウウンザリサセナイ、モウアナタノオモニニナラナイ」
「うんざりって……なに言ってんの? 重荷?」
「ワタシ、イツモチエニヒッパッテモラッテタカラ」
 千枝の面に驚愕の色が広がった。いつも引っ張ってもらってる――先に公園で聞いた雪子の言葉だ。
「なに言って――」
「ヒトリジャナンニモデキナイ、オニモツダカラ、ワタシ」
「なに言ってんのなに言ってんの重荷はあたしのほうじゃん! 引っ張ってもらってたのあたしのほうじゃん!」と怒鳴って、千枝が一歩前に出た。「なに言ってんのバカじゃないのっ? あんたそんなふうに――!」
「ワタシ、バカヨ。バカデ、クラクテ、オクビョウデ、コウドウリョクナクテ、コマルトイツモジーットシテ、チエガタスケテクレルノマッテル」
 悠たちから少し離れたところでかん高い喊声が上がって、立て続けに二、三、錚然と刃の噛み合う物音が響いた。千枝のペルソナと騎士型のシャドウがふたたび干戈を交えたのである。
「ヤサシイチエ……チッチャイコロトモダチニナッタッテダケデ、オサナナジミッテダケデ、ドコマデモヨクシテクレル。ヤサシイチエ。ワタシ、ソンナカチナイノニ」
 千枝はまったく驚きに目を瞠って、怪鳥と雪子とを忙しなく見遣って「どういうことなの? マジなの?」とでも言わんばかり。いっぽう雪子の面は苦しげだった。千枝をまともに見られない様子で、長い首を振って吐露を続ける怪鳥を、彼女はただ辛そうに見詰めている。
「ワタシ、ナンノカチモナイノニ――ネエ、モウヒトリノワ、タ、シ」一転、怪鳥の口調に揶揄が滲む。「ワタシハ、アナタハタテナンダカラ。ソレモモウトックノムカシニヨウズミニナッテル」
(……タテ? タテってなんだ?)
 雪子はひと言の反論もなく唇を嚙んだまま、怪鳥の言葉に耳を傾けている。両脇に力なく垂れた拳がゆるく握られている。「タテ」と言われたとき、彼女は明らかにその気配を変えていた。不当な中傷に黙って耐えているといったふうはない。むしろ脱力して、観念した様子で、悠には審判の席で判決主文を読み聞かせられる罪人のようにも見られるのだった。先に怪鳥の口に上した「タテ」がなんであるにせよ、それはおそらく彼女の根幹を揺るがしかねない、「耳に痛い話」などという言葉では片付けきれない重大な言葉だったのだろう。雪子と彼女のシャドウに共通の、その核心に迫るターム。
 これは鍵か? いや、たとえそうでなくても、少なくともその呼び水にはなるはず!
(いいぞ、その調子で話せ……天城がんばれよ!)
 悠は雪子の首に預けていた腕を解くと、それを背に回して彼女の肩を掴んで、萎え摧けようとする足を懸命に踏ん張った。いまや倒れそうなのは雪子のほうだ、今度はこちらが支えなければ。
「アナタガウマレテ、ココニキテ、オカアサンガアソコニ」怪鳥が翼で燃える天城屋を示す。「ウケイレラレタトキ、アナタノカチハナクナッタノ。アナタニツケラレタナマエモモウムイミ。アトハオマケ。カザリ。ドウグ。ヤスクコキツカエルドレイ。ソウデショ? モウヒトリノワタシ」
 雪子が蚊の鳴くような声で「奴隷」と呟いた。
「ドウヤッテツカワレテ、ドウヤッテホシュウシテ、スリキレルマデツカッタラドウイウフウニシテショブンスルカ、ゼーンブキメラレテル、アナタハアマギヤノビヒン。フルクナッタラポイ。ウラニワニアナヲホッテ、ソコデモヤサレル……マッチヒトハコマルマルツカッテネエ!」
「…………」
「シカタナインダモンネー? ワ、タ、シ。アナタニハナーンニモナインダカラ。ナニモカモゼーンブフマンデモ、ナニカイッタリヤッタリスルユウキナンカナイ。ソノチカラモナイ。デテイキタクタッテ、イクアテモナイ、ナニヨリ、ソウシタラドンナニヒドイクロウガマッテルカ! ネエ、オカアサンミタイニ」
 雪子はひと言も応えない。
「ナニモカモイヤ。デモナニカイウノハコワイシ、クロウモシタクナイカラ、ダカラジットダマッテ、シカタナインダ、ウンメイナンダッテ、ナガサレルダケ。デモ」
 雪子が小さく呻いた。
「コレダケツライメニアッテキタンダモノ、キット、イツカダレカガサッソウトアラワレテ、ワタシヲスクッテクレル……ヨル、フトンノナカデコンナコトカンガエルヨウニナッタノッテ、イツカラダッタッケ。ネエ、ワタシ?」
 雪子の返事はない。
(……天城、どうした、反論しないのか?)
 いつ口を挟むべきかと、悠は最前からジリジリしていた。依然として雪子になにかしら言い返そうとするような気配はない。眉ひとつ動かさないで、ただ悲しげに、諦めたようにして突っ立っているだけ。先にシャドウがなまめいた態度を取っていたときはあれほど怒りに燃えていた彼女が、今それよりよほど酷いことを言われているであろうにも拘わらず、陽介や千枝がかつてそうしたような、たとえ虚勢でもうわべだけでも、否定したり激したりといった挙に出ないのである。
 おとなしくて話のわかるやつだ、などと安堵するどころではなかった。もしこの話が雪子の根幹を揺るがすとしたら、どこかに彼女の「鍵」が埋没しているのだとしたら、彼女には耐えがたい苦痛に違いなくとも「揺るがすところ」までは話してもらわなければならない。鍵は入ったあと回って、中身を暴くものなのだから、その上で話し合うのでなければ相互理解もなにもあったものではないだろう。妙なところで割って入ってそれ以上の話を引き出せなくなるのはなんとしても避けたいところだ。が、いま怪鳥が憎々しげに語った話の中にそれがあったのかなかったのか、雪子の反応からそれを読み取ることが悠にはできないのだった。
 このまま話を続けさせてよいのだろうか。いままでのは前座のようなもので、雪子はこれからいよいよ揺らぐのか? それともいまほど怪鳥が評したように、彼女は胸中に鍵の刺さる苦痛を「ジットダマッテ、シカタナインダ、ウンメイナンダ」と耐えていて、その段階は今し密やかに過ぎ去りつつあるのか? このまま怪鳥が黙るまで好き勝手に喋らせて、そのあとさて雪子の言い分はとようやく水を向けたとき、彼女はとうに心を鎖してしまっているのでは? 陽介や千枝のように感情的にならない、レスポンスがないというのは、それはそれで別種の不都合があるのだった。
「イツカキットハクバノオウジサマガアラワレテ、アルヒウチニアガリコンデキテ、オカアサンニガツントイッテクレル。コノコニナンノツミガアル、イマスグユキコヲジユウニシロ! ソノアトワタシノテヲトッテ、ツレサッテクレル。ワタシヲタスケテクレル――」怪鳥が歯を食いしばって怨嗟の呻きを上げた。「ナーンテネエ? オエー! クッソミタイナオンナ! チエニハサイナンヨ、ホントニ。アナタミタイニジメジメシタカンチガイオンナガ、チイサイコロカラズットツキマトッテ、ウデヲツカンデアシヲヒッパッテ、ジブンノテモトニヒキトメツヅケテキタ!」
「テメーふっざけんなコラァーッ!」と、千枝がとうとう堪忍袋の緒を切った。「あんた……あんた雪子じゃない、やっぱり雪子なんかじゃない! バケモノ! あんた――!」
「里中やめろ!」悠は慌てて千枝の肩を掴んだ。ここで話が終わってしまっては元も子もない。「あれは雪子だ、雪子だから天城にあんなことを言うんだ! 里中だって同じだったんだからわかるだろう! 里中は千枝に、自分のシャドウにどんなこと言われたか忘れたのか!」
「でもあんなのあんまり、バカげてる、メチャクチャ、ぜんっぜん正しくない、正反対、間違ってる!」
 千枝は歯軋りして親友のために憤慨している。その眼に浮かぶのは悔し涙であろうか。彼女にとって雪子を痛罵されるのは畢竟、自らの誇りを足蹴にされるのに等しいのだ。
「里中もう少しだけ黙って、まだ雪子には話してもら――」
「黙ってられるかっての!」引き留める悠の手を振り払って、千枝はまた一歩怪鳥に近づいた。「雪子、あんた、あんたがホントに雪子だってんなら、いいよ、そういうことにしといてあげる。ただこれだけは言っとく――あんたが考えてることは百パーセントまちがってる!」
 雪子がふいにあらぬほうを向いて、小さく「千枝」と呟いた。彼女の視線の先には苦戦しつつあるのか、左脚を庇いながらじわじわと後退する千枝のペルソナと、悠のペルソナの武器を得て二刀流を振るう騎士とが見える。先の投矛によってその動きはだいぶ鈍くなってはいるものの、それは膝を痛めた千枝のペルソナ側のほうがより顕著なようで、ありていに言って彼女の旗色は悪い。陽介にもういちど無理を言うべきか――悠は小さく舌打ちをした。
「ウン、チエナラソウイッテクレルヨネ、ワカッテル。デモチガウノ」
「ちがくない」
「チガウノヨ、ワタシ」
「ちがくない!」
「ワタシ、ソイツハ」怪鳥が雪子を翼で指した。「アナタガオモッテクレテルヨウナニンゲンジャナイノ」
「ちがくないんだっつの! 小さい頃からずっとつきまとって、腕をつかんで足を引っ張って、あんたを自分の手元に引き留め続けたのはあたしなの!」
「チエ、アリガト、デモ――」
「あたしね、雪子、あんたのことが羨ましかった」
 と、怪鳥に言うと、今度は雪子を振り返って、
「あんたのことがずっと妬ましかった、あたし」
 千枝は泣き笑いのような貌でそう言った。
 言われた当の雪子は怪訝そうに、なにを言い出したんだとばかりに秀眉を寄せている。怪鳥が彼女の胸中を代弁するように「チエ、ナニイッテルノ?」と訊いた。
「ワタシノタメニソンナコトイワナクテイイノ。チエハソンナコトデキルコジャ――」
「あんたがキレイなのが羨ましかった! スタイルいいのが羨ましかった! 男子にチヤホヤされるのが妬ましかった! あんたに嫉妬してたの、あたしは!」
 怪鳥は絶句した。
「あんたがアタマいいのが妬ましかった! あんたにわかるわけない、あんたは、雪子はそんなこと考えもしない子だから!」と怒鳴り終えると、千枝はうなだれてさめざめと泣き始めた。「あんで、あんであんだばっがりモデで、ウヂが有名なの? なんで、そんなにせいがぐいいの? あんでそんなにやざじいの? あたし、そんらの、ひとづもない、チビで、ブスで、バガで、ガサツで、なんも取り柄なんがないもん、なんにもない、あたじ、あんにももっでないもん!」
 怪鳥も雪子も、ついでに悠もクマも絶句してひと言もない。千枝は右腕で涙と洟とを乱暴にぬぐった。
「あんたがいなきゃ、あんたが照らしてくんなきゃ、だれもあたしがいることなんか気付かない、だからあたしはあんたのそばから離れないの! あんたが頼ってくれたときだけ、あたしは無価値な自分を忘れられた! あんたが縮こまって縋ってくれるだけで、それだけであたしは有頂天になれた! あんたはぜんぶ持ってる、なんの価値もないのはあんたじゃない、あたしなの! あたしなんだよコンチクショーッ!」
 重い金属音とともに千枝のペルソナの薙刀が飛んできて、クマのとなり十センチほどのところを抉って突き立った。あわやまっぷたつになるところだった彼は立ったまま激しく痙攣している。
(まずい、千枝!)
 千枝のペルソナがついにその武器を失ったのだ。が、それを汐に後退るのをやめて、彼女は腰を落として両腕を脇に引きつけると、なにかの拳法らしい構えを取った。そうして右手を突きだして余裕を見せつけるように、シャドウを挑発するように指先で差し招いて見せる。
「それでも……あんたのこと好きなの、尊敬してるの、雪子」
 雪子と怪鳥が異口同音に「千枝」と呟いた。
 シャドウの長剣が千枝のペルソナの胸元に迫る。
「サトナカチエ!」
 と、千枝のペルソナが怒鳴った。窮地に立たされたものの声ではない、勇ましく熱っぽい声。彼女の腕が上下に交差したかと思うと、シャドウの身体ごと突き込んできた長剣が澄んだ音をたてて三つに折れ飛んだ。悠の矛を持ち上げる暇も、そうしようと考える暇さえなかっただろう、彼は次の瞬間には肘をひとつ、頭突きをひとつ、ついでに蹴りをふたつ食って、柄だけになった剣を放り出して猛然と吹っ飛んでいく。
「サトナカチエ、たしかに聞いたよ!」
 言い終わるか否かに、長い黒髪が覆うばかりだった千枝のペルソナの頭部が、フルフェイスのヘルメットのようなものですっぽりと覆われてしまった。頭頂部が角のように大きく突き出た、特徴的なそのヘルメットのバイザー越しに、爛々たる金色の耀いが透けて出る。
「雪子、ええと、なんかトリっぽくなったほうの雪子!」と言って、千枝のペルソナが怪鳥を指さした。「いまの聞いたでしょ? さっきあんたが言ったこと、そのまま返すよ。あんたは、天城雪子は、あたしの大、大、大っ親友はねェ、あんたが思ってるみたいな人間じゃあないんだっ!」
 と、こう鮮やかに啖呵を切られて、しかし怪鳥もさもありなんなどと黙ってはいない。
「チエ、アリガト、ウレシイ、デモジブンヲソンナフウニオトシテ、ムリシテワタシヲモチアゲナイデ」彼女の言葉にやさしい嘲りが滲む。「ヤッパリ、チエハチエダネ、ジブンノイイトコロミンナ、ヒトニワケアタエテ、フリマイテ、ジブンハジブンノカチナンカチットモワカッテナイ。モドカシイクライケンキョ。イツモソウ、ダカライツデモニンキモノ、ミンナニスカレル。ワタシモソウヨ、ワタシモアナタガスキ、ソンケイシテル、ダカラワカッテモラワナキャイケナイ。コレイジョウアナタヲダマシテ、メイワクカケツヅケルノハツライノ!」
「あんたって……なんでそんな真反対なこと考えれんのっ? 言ってることがメッチャクチャだって!」千枝が声をひっくり返してわめいた。「マジでバカなんじゃないの! いやバカじゃないけど! バカじゃないってこと理解できないってとこがバカ!」
「バカダモン、ワタシ。バカデ、カゲウスクテ、ムキリョクデ、ミジメダモン。ソレヲワカラナイチエハバカジャナイケド、イイコダケド、ショウジキイウトチョットガンコ!」
「ガンコはどっちだっつの! あんたがバカならなんであんなに成績いいの! あんたが影うすいとか言う? 学校上の憧れの的のくせに! あんたが無気力なら天城屋なんてとうに潰れてるよ! ガンコなのはあんたのほう、少しは周り見ろっての!」
「アマギヤ、アマギヤ!」最前から翳りを見せ始めていた怪鳥の眼が、この千枝の喝破によってふたたび輝き始めた。「ウフフ……ワタシガムキリョクナラ? チエ、カンチガイシテル。ワタシガムキリョクダカラ、アマギヤハツブレナカッタノヨ。アナタガ――」
 と言って、立ち竦む雪子を睨めつけるその眼、その面。憎悪に歪むあまりに、残った人間の面影さえもれなく吹き消してしまった、怪鳥の顔はまさしく「化物」のそれである。彼女は蛇が威嚇するみたいにもたげた首を振りふり、こちらへ二、三歩も近づいた。悠の掌の下で雪子の二の腕が震えている。次にどんなことを言われるのか、彼女はわかっているのだろう。
「――アナタガオクビョウデ、タイダデ、ヒキョウダカラ、イマノアマギヤガアルノ。ゼーンブアナタノセイ。ソウシテ、イマダッテイヤデイヤデタマラナイクセニ、マイニチヤリタクモナイコトニセイダシテル。ジブンデタテタジブンノオハカヲ、マイニチイッショウケンメイソウジシテル」
 雪子はふたたび貝になった。
「ジョウキョウガンネンソウギョウ、サンビャクネンイジョウマエカラツヅク、ユイショアルシニセ……」
 ふいに千枝のペルソナがくぐもった呻きを上げて、左の鎖骨の辺りを押さえてうつむいた。見ると手指の間から短剣の柄が生えている。彼女が怪鳥の言葉に気を取られている隙をついて投擲されたのだろう。
(あの死に損ない……!)
 むろん例のシャドウの仕業だった。悠の矛を杖に、彼はもう一振り、同じものを今にも振りかぶろうとしている。あるいはフィクションであればこの執拗な闘争心を天晴れなと褒めてやりもしようが、現実はさにあらず。彼には悠も千枝のペルソナも痛い目に遭わされ通しで、こうまでしつこく食い下がられては募るのは腹立たしさばかりである。
「……ここ頼んだ。あいつブッ殺してくる」
 まして今ほど刃物を投げ付けられた千枝のペルソナにはひとしおであろう。彼女は誰にともなくぽつんと言うと、存外しっかりした足取りでシャドウの迎撃に向かった。
「トクガワヨシムネトオナイドシ、アマギヤリョカン、デントウアルマチノホコリ――ウワー、ウッザー!」怪鳥が足許に唾を吐いた。「ンナモンシッタコッチャナイノヨ! ワタシニナンノカンケイガアルノ? タマタマオヤガソコニウマレタッテダケデ、ナンデワタシマデマキコマレナキャナンナイノ?」
 雪子がハッと息を呑んだ。このまま言わせておくつもりか? 言い返してやれ、なんとか言ってやれ! 悠はうながすように彼女の肩を掴む手に力を込めた。
「クソクラエヨ! アマギヤモオカアサンモ、カサイサンモツジサンモ、バカナジュウギョウインモオウサマキドリノキャクモヤカマシイシュザイモハジシラズナシンコウクミアイノレンチュウモミンナミンナクソックラエー! シネ! ミンナヤケシネッ!」
「なんてことを!」
 怪鳥の呪詛に満ちた言葉に、雪子はとうとうはっきりした反応を見せた。ついに来たか、と悠は内心で腰を浮かせたが、
「クソクラエ――コレガアナタノホンネ、ソウヨネ、モウヒトリノワタシ。ソウデナキャホウカナンテシナイモンネエ? ナンテコトヲッテイッタ? ソレ、アナタガイッテイイセリフダトデモオモッテンノ?」
 それに続く抗弁はない。こうと言われた雪子はもはや貝にさえなれず、声を押し殺して顔を覆って、肩を震わせて泣き始めてしまった。
 雪子はついに折れてしまった。
(……こうなる前になんとかして弁護してやるべきだったんだろうか)
 打ち拉がれて丸くなって、嗚咽を漏らす彼女の華奢な肩を、せめて慰めともなれよかしとばかりクマが懸命に撫でさする。失敗だ、自分は見誤ったのだ。食いしばった歯の隙間から呻きが漏れた。
 口を出す好機がなかった、弁護すべきひと言の反駁さえ雪子からなかったと釈明すれば、それは決して間違いではなかろう。が、実際のところ悠に容喙をためらわせた要因は別にあった。雪子一人の事情だけではない、彼女の家族と家業の事情――それも傍で聞くかぎりどうやらかなり重い――が、彼をして一高校生に過ぎぬわが舌鋒に、けだしこれは負うに負いきれぬのではと、要は怖じ気づかせたのである。愚かな上にも臆病者であるとは――瞑目して内省の虜へと堕ちようとする悠の耳を、そのとき千枝のペルソナの苛立たしげな声が打った。
(アイツ……まだ生きてたのか)
 しぶといことに件のシャドウはいまだ倒れていなかった。馬手に悠の矛、弓手にいつ拾ったものか天城屋の看板を盾がわりに構えて、隙あらば飛びかかろうとする千枝のペルソナを必死に牽制している。もっとも、その動きはもはや現れたばかりの時に見せた精彩をすっかり欠いていた。手負いの調教師が死にもの狂いで鞭を振るって、牙を剥き涎を垂らす獅子をからくも寄せ付けずに済んでいるといった様子。今まで悠と千枝のペルソナによって受けた数々の傷が、ようやく彼を死地に誘おうとしていた。早晩かの雌獅子のえさとなるのは避けられないだろう、このぶんなら悠や陽介の加勢は必要あるまい。
 反省はあとだ――悠はひとつ舌打ちをして自省自戒の泥沼から身を翻した。そうとも、先に千枝をして「めんどくさい」と呆れさせたばかりではないか! 今はそんなことをしている場合ではない、他人の心配をしている時でもない。次の策は? 雪子の体重を懸命に支えながら、彼はなんとかして現状を覆す方法を考えている。今からでも遅くはない、一矢つがえるべきか? どうやって? 矢は今しがた折れてしまったというのに。なにか彼女のために言ってやりたくても矢の一筋さえなければ、できるのはせいぜいこけおどかしの、魔除けの弦打くらいだ。どれほど巧みに鳴らしたところでいもしない架空の妖怪ならいざしらず、この本物は逃げ去ってなどくれない……
(バカめ、やらないうちに結論づけてどうする!)悠はクマに言い含めて、雪子の身柄を彼に預けた。(せめてそれだけでもするんだ。屁理屈でもなんでもいい、口を開け、声を上げろ、このまま黙ってたら終わりだ! 喋るのと考えるのとはお前の仕事じゃないか、鳴上悠!)
 もうなんでもいい、とにかく話しかけてこちらのペースに引き込むのだ! なかば自棄糞で悠が口を開こうとすると、
「ユークン、オウジサマ」
 にわかに怪鳥がその口調を変えて、先制して彼に話しかけてきた。
「な、なに?」
「ワタシ、キレイ?」
 と、こう問われて、悠はちょっと言葉に詰まった。即答しづらい質問である。これが人間の雪子のことであれば論を俟たないが、かの怪鳥の面を美しいと評する人間などおそらくこの世界にはいまい。しかしもし彼女が元よりそれを承知のうえで言っているとしたら、ここで安易に「キレイだ」などと迎合してしまうのは危険かもしれない。
「……好みだよ、おれにはね」悠はさりげなく論点をずらした。
「キレイ? キレイジャナイ? ユークンハドウオモウ?」
 どうやらイエスかノーかを聞きたいらしい。彼はふたたび返事に窮したが、否むよりはと結局「綺麗だと思う」と控えめに述べた。
「……ヨカッタ、ナラ、ツレテッテクレルヨネ」
「連れてくって……」
「ワタシ、ウルサクシナイシ、モンクモイワナイシ、アナタノイウコトナンデモキク。ナンニモデキナイケド、ワタシ、キレイナノダケハタブン、ユイイツノトリエダカラ。ソレデモツレテッテクレル?」
「唯一だなんてあんまり自虐しすぎだ、里中が気を悪くするぞ。おれだって――」
「ユイイツノ、トリエナノ」怪鳥は悠の言葉など耳に入っていない様子。「ミンナイッテクレルノ。キレイダネッテ、ビジンダネッテ。カワイイカラツキアッテクダサイ、ヒトメボレデスッテ、ラブレターナンカモイッパイモラッタノ。ワタシ、キレイデショ? ビジンデショウ?」
 怪鳥の大きな目が潤んだかと思うと、たちまち滂沱と涙を流し始めた。
「ウフフ……コンナ、ダレニニタカモワカラナイカオ!」
 先ほどの決意が嘘のよう。悠は先刻と同様に、返事もできないまま押し黙ってしまった。彼の耳にはあまりにも重い言葉。彼にだけではない、千枝もクマも最前から押し黙って固唾を呑んで、呆然と怪鳥の言葉に耳を傾けることしかできない。雪子がなおも泣きながら耳を塞いで、額ずくようにしてクマの足許に突っ伏した。俗世塵界のならいにうとい一高校生たる悠にも、今の科白が単に家族に似ないわが顔を恥じるなどという意味合いでないことくらいはおぼろげに掴めるのだった。いったいこの鉛のような言葉にどのようにして返事をすることができる? こういった話題に対しては悠のあたまも舌も悉皆無力だった。魔除けの弦打どころではない、こんな弓はいまだかつて触ったことさえない、彼の今まで読んできた本の中にこういったことへの対処法は書いていなかったのだ。
「デモ、イイデショ? ユークンニハカンケイナイモン」なおも涙を流しながら、口だけは平然と続ける。「オウジサマ、ツレテッテクレルデショ? ワタシギョウギヨクシテマスカラ」
「連れてくって……その、サンノゼに?」と、悠は言わでものことを訊いた。
「ドコデモ」怪鳥は即答した。「ドコデモイイ。ココジャナケレバドコデモイイ。ココハイヤ、イヤダ。アツイ、クルシイ、イキモデキナイ、モウウンザリ! イチビョウダッテコンナトコロ――」
「まだわたしを縛るの? まだ苦しみ足りないの?」
 と、雪子が俯いたまま涙声で呟いたのに、怪鳥は機敏に反応した。その長い首がぐっと持ち上がって彼女を睨め下ろす。
「シバル? シバルウ……?」怪鳥の顔がぶるぶる震えだした。「ワタシヲシバリツケタノハアナタジャナイ! アナタノ――オマエノセイダッ!」
 雪子が泣き濡れた顔をはたと上げた。
「オマエガワタシヲトジコメタノ! アソコニ、アノシロニ! オマエハジブンヒトリニゲタサニ、ワタシヲトジコメテ、カギヲカケテ、ヒヲツケタ!」
 怪鳥の剣幕たるや火を吹かんばかり。
「アツカッタ。クルシカッタ。シチネンカン、ワタシハズットアノホノオトケムリノナカニイタ! デモ――」怪鳥の顔が悠を向いた。「――ソレモモウオワリ。ヤット、ヤットオウジサマガキテクレタ! シカモトウキョウシュッシンデ、セガタカクテ、ケッコウハンサムデ、ナンタッテリョウシンガカイガイニイル! ホントニウンメイヲカンジル……ネエ、オウジサマ!」
(そりゃ、そうだよな)悠はありていに言って、この言葉を聞いてひどくがっかりした。(そりゃそうだ、会って何日も経ってないし、ろくすっぽ話もしないんだぞ。好きですって、そんな、だれも真に受けやしないって……)
 無論、真に受けていたからこその落胆だった。雪子の愛したのはもちろん悠ではなかった。彼女のお気に召したのは都会から来た、背が高くて、見目醜からぬ、なにより「遠く」へ行く恰好の伝となりうる、アメリカ在住の両親を持つ転校生であるというに過ぎなかった。もしこの好条件を呈示できたならおそらく、雪子は陽介であっても同様の好意を寄せたに違いない。彼女の架空の伴侶は鳴上悠でなくてもよかった、要は誰でもよかったのである。
「ワタシハココヲデテイク、ユークントイッショニネ。デモソノマエニフクシュウスル。コンドハオマエノバン、オマエハココデ――!」
 と、言葉の途中でふいに、怪鳥が驚いたようにギャッと声を上げた。悠の不審に思う間もなく彼女は大急ぎで飛び上がって、なにを思ったかその時にはだいぶ悠たちに近づきつつあった、千枝のペルソナへ猛然と殺到する。すわ奇襲か! うつぶせていた悠のペルソナが立ち上がる。が、
「雪子、なんで」
 千枝がぽつんと困惑の声を漏らした。怪鳥は千枝のペルソナではなく、彼女を追い払うようにしてじりじり押していた騎士型のシャドウに掴み掛かったのである。さすがに味方が襲いかかってくるとは思いもしなかっただろう、シャドウは自分めがけて降ってくる巨体を避けることもできず、文字どおり胴を鷲掴みにされて宙へと拉し去られた。それほど飛ばないうちに怪鳥の凶悪な鉤爪が、もがく彼の頭部をあっさりとむしり取る。
 悠のペルソナの矛と天城屋の看板とが、シャドウの腕から落ちて甃を打った。
(どうして、なんでアイツを消した?)
 なぜいまこの時に突然、思い出したようにして味方を葬り去るのか。彼がいなくなれば自身の立場が悪くなることくらい先刻承知のはずなのに。この不可解な行動の解を探して悠たち全員の視線が怪鳥に集まる。彼女はシャドウの亡骸を放ると、旋回して千枝のペルソナのいる辺りに降り立った。
(……天城、なにを見てる?)
 悠はふと視線を切って、地べたに座り込む雪子を注視した。全員ではない、彼女だけは怪鳥を見ていない、その視線は今しがた空から降ってきた天城屋の看板へと注がれている。
(看板……)
「雪子、ひょっとして助けてくれ――」
 思いがけぬ救援に警戒を解いたものか、千枝のペルソナはそう言って怪鳥へ歩み寄った。が、科白の終わらないうちに慌てて横に飛んだ。例の炎が間一髪、彼女の立っていたところを焼いたのである。
「ちょっ、あつかい違いすぎじゃんかバカヤロー! あたしも里中千枝なんだっつーの!」
「チエハモットチッチャイ!」依然として怪鳥は千枝のペルソナを敵と見なしている様子。
「ちっちゃくねーよそっちがでかいんだよ!」千枝が抗議の声を上げる。
 ひょっとして雪子は――悠は目を見開いたまま忙しく考え始めた。雪子は、怪鳥はあの看板を守ろうとしたのではないか? その故にあれを盾に使おうとしたシャドウを排除したのでは?
 そうだ、先にポスギル城から逃れてきたとき雪子が半狂乱になって「消さなきゃ」と言っていたのは、あの看板についてだったのでは? 命の危険も顧慮せずにそれを拾いに行って、悠の捨てろと言うのを否んで「ヤだ」と反発していたのはその証左になろう。そうと言えば彼女のシャドウもまた、変身する前にあの看板を拾って、ポスギル城を焼く猛火から遠ざけていた……
(看板……天城屋? 天城屋が鍵なのか?)
 それを象徴するがゆえの、あの看板への執着なのではないか? 怪鳥にどのように罵られてもじっと貝を決め込んだ雪子が、天城屋に関してだけは決然と非難の声を上げていたのは、まさしくその故では?
(確かに、雪子は天城屋のことをメチャクチャに貶してた、けど)
 いかにも、雪子の胸中にはそういった感情も存在するのだろう、そうでなくては怪鳥が、雪子のシャドウがあれほどまでに言い募ったりはしない。しかし少なくとも天城屋について、かの怪鳥はおそらく一面についてだけしか語ってはいない。ほかならぬ彼女自身と、彼女の言う「モウヒトリノワタシ」たる雪子の行動が一致してそれを証している。わが一身の弁護をさえ顧みなかった雪子をしてひと言、そのために「なんてことを!」と抗議させた、同じ感情を彼女のシャドウもおそらく胸に秘めている。怪鳥の言うところの「クソクラエ!」を雪子も共有しているのと同じに、まさしく雪子のシャドウもまた「なんてことを!」を共有している――鍵は天城屋だったのだ!
 ではどうする?
「雪子もうやめよう。雪子らしくないよ、自虐すんのはともかく、天城屋のことあんなに悪く言うなんて」と、千枝のペルソナが説得を始めた。「毎日いそがしくて辛そうだってことは、あたしもわかってたよ、ここ最近はとくにね。でもあんた今まで愚痴なんてひとことも言わなかったじゃん」
「そうだよ、天城屋はわたしがいなきゃダメだからって、わたしが支えるんだっていつも言ってたじゃん」と、千枝も同じ声でペルソナに続く。「ほら、高校はいったばっかのときだっけ? さいきん仕事が面白くなってきたとか、性に合ってるかもしれないとか言ってたの、あたし覚えてるよ」
「ゼンブウソ、ウソヨ。ソウデモイワナキャアンマリミジメダッタ」怪鳥はかぶりを振った。「ジッサイハソノギャク、アノトキハサイテイダッタ、オモイダセルカギリデイチバンツライジキダッタ」
(これだ。お前もほんとうは天城屋が大事なんだろう、なんて言ったところで)おそらくいかさまその通りなどと得心したりはしないだろう。(こんなふうに躍起になって否定し続けるだろう、たぶん。陽介も里中もそうだったんだから)
 先のシャドウへの攻撃について追求してもおそらく、その理由を正直に話したりはすまい。この「不可解な同士討ち」のみをもって怪鳥に天城屋への愛惜を気付かせるにはいささかインパクトに欠けるきらいがある。馬鹿正直に「鍵」を見せた結果――実際、千枝たちは今ほどそれに類することをしたのだが――警戒されてしまう恐れもあった。錠を開けられまいとするのは本人もシャドウも変わりはないのだから、うかつに「天城屋」の名前を出したあげく過剰に反応されるようになるのも困る。
(雪子はわかってないんじゃない、ただほんのいっとき忘れているだけなんだ。それを自分自身にも天城にも言い逃れできないくらい、はっきりと示すには……)
 悠は少し離れたところでシャドウ狩りに精を出す、陽介のペルソナをちらと見た。やはり試すしかあるまい。彼のときと同じに。
「チエ、ドイテ。ケガサセナイデワキニドイテモラウコトモデキルンダヨ」雪子の前に立ちふさがる千枝たちへ、怪鳥はそう言って静かに警告した。「デモデキレバアラッポイコトハシタクナイノ」
「おっしゃ、やってみ。あ、つかみ合いのケンカとかすんのって小六んとき以来だっけ?」と、千枝の代わりに彼女のペルソナが応える。「そーそー、久しぶりにアレやる? チーサオ。あんた羽だからやりづらいだろうけど」
「……ソッチノボディーガードサンニハヨウシャシナイ」
「うっわ、サトナカ聞いた?」と、千枝のペルソナ。「あたしどこまでもサトナカチエあつかいされないっぽいんだけど」
「あんたデカイし、カオ隠れてるし」と、千枝。「つかサトナカって言われるとあたしのほうがニセモノっぽいんだけど」
「あたしニセモノじゃないし」
「あたしだってホンモノだし」
「じゃあアレだ、あたしチエであんたはチビね。はい決まった」
「あんた背ェ低いの気にしてんの知ってんでしょ。蹴んぞコラ」
 かたや相手を見下ろし、かたや相手を見上げて、ふたりの千枝は以前に抱き合っていたわだかまりなど嘘のように、ちょっと悪友同士がするようにして和やかに会話している。少しく遅れはしたものの、いまや彼女らは無事和解を果たしたのだ。そして、
(今度は天城の番だ……天城雪子、悪いけど試すぞ!)
 悠は自身のペルソナを介して、陽介のペルソナに『おい、いま話せる?』と話しかけた。
『……なに!』
『余裕ある?』
 陽介はしばらく黙ったあと『作れば』と短く応えた。目下、彼はシャドウ駆除に忙しいらしい。
『是が非でも作って』
『……用件言え用件』陽介はうるさげにしている。『集中、してっから、短く!』
『陽介、まず、いま出しまくってるその風って、その位置からおれを吹っ飛ばしたりとかってできる?』
 陽介は感情を抑えた声で『試してやろーか』と言った。
『できるのかできないのか』
『楽勝』
『よし。で、用件だけど……あのシャドウの大ボスの近く、城側のとこ、床に看板が落ちてるの、おまえ見えるか』
『見えねーよ』
『あるんだ。それをおまえの風であそこまで』
 悠の人差し指が燃える天城屋のある一隅を示した。そこには大穴が開いている。先に陽介のペルソナが「ガルッ!」で、シャドウを吹っ飛ばしたときにできたものだった。
『あそこに開いてる穴まで飛ばせるか?』
 陽介のペルソナが遅ればせながら、両腕を縦横するさなかに悠の示した辺りをちらちらと盗み見た。
『カンバンって、あの天城屋のやつ? さっきシャドウが持ってた』
『そう』
『平べったいよな、結構でかかったし』
『地面に伏せてある。飛ばしにくいかもしれない。やれそうか?』
『……できねーこともねーと思うけど。それよりなに、あん中に入れろってこと? カンバンを』
『最悪、あの辺りまで飛ばせればそれでいい。火の勢いの強いところなら』
『なんで』
『なんでも』
『なんでもってなんで。カンバン燃えね? つかそんなことしてる場合なのかお前、さっきなんかかなり――』
『いいから。必要なことなんだ』と、悠はうるさげに遮った。『おれの合図を待って、あの看板を天城屋まで吹っ飛ばす。できれば中に入れる。いいな』
『わかったけど。やるけど……』
『頼む』
 要は先ほどの「天城屋の看板の危機」を再現しようというのである。しかも程度においてはよほど甚だしい。あの看板がそれほど大事なのであれば、怪鳥はそれこそ真っ先に、なにを置いても救い出しに飛んでいくに違いない。皆の前で、なかんずく雪子の目の前で、なんぴとにもそれ以外の理由を挙げて自らの行動の説明などできないくらいに、天城屋への愛惜の念に命じられるまま、先のシャドウを速やかに排除したとき以上の性急さでもって、彼女は飛び出していくはず……
(たぶん。いや、少なくともかなりの動揺を見せるはずだ、眉ひとつ動かさないなんてことには絶対ならない!)
 重要なのは怪鳥自身がその動揺を、さらにはその動揺を呼び起こした原因を自らのうちに「発見」すること、そしてなにより彼女のそういう様子が雪子に共感を呼び起こすことなのだ。いちど切り込みが入りさえすればこちらのもの、そこからどのようにでも広げて行ける自信が悠にはあった。
 彼は雪子の傍らにしゃがんで、千枝たちと問答――退け退かぬの押し問答のかたわら、雪子への嘲罵と擁護が入り交じる――する怪鳥の様子を覗った。例の看板は彼女から見て右手の、やや後ろ寄りのところに落ちている。位置関係からいってこのまま陽介のペルソナが看板を吹っ飛ばした場合、彼女の背後を通過して飛んでいくことになりそうである。ひょっとすると怪鳥は気付かないかもしれない。
(せめてもう二、三歩、後ろに退がってくれれば……)
 それとなく千枝たちに頼んでみようか。あるいは千枝のペルソナは悠の「ペルソナの声」を聞き分けはしないのだろうか? 試しに『千枝、聞こえる?』とやってはみたものの、彼女の返事の代わりに返ってきたのは、
『俺は聞こえっけど』
 との陽介の声である。
『……返事しなくていい。シャドウに集中して』
『してるし』
 どうやらじかに話すしかなさそうだ。かといって単刀直入に「雪子を五メートルくらいバックさせて」などと依頼しても、おそらく彼女らは理由を質さないまま従いなどすまい。誘導する必要がある――悠がひとりあくせくしていると、
「ユキチャンを焼くならまずクマを焼くクマー!」と、ふいにクマが千枝たちの前へよちよちと駆け出して行った。「もー堪忍袋の緒がブチ切れたクマよ……そこのトリのユキチャン、ちょっとそこに座んなさい!」
 クマは最前から雪子を慰めるのに忙しくしていた。先ほどからたけなわになっていた彼女への痛罵を聞くに聞きかねたのだろう、着ぐるみには表情こそなかったが、その声には初めて見せる強い怒りが滲んでいる。
「トリのユキチャン、キミはずーっとユキチャンの悪口ばっかり言ってるけど、それはぜんぶキミ自身にもカンケーあることじゃないクマっ?」クマはぴこぴこ地団駄を踏んで憤怒を表明する。「それをなんだねキミはじぶんはぜんぜんカンケーなーいみたいな態度して言いたいことだけ言って! ユキチャンがあんまりかわいそうクマ! トリのユキチャンも泣きなさいクマー!」
「おおっ、クマきちよく言った!」と、千枝もがぜん勢いづく。「そーだよ、天城屋があーだとか雪子がどーだとかってあんたギャーギャーゆうけど、それってそもそもあんたもやってきたことじゃん!」
 千枝とクマとが一致団結、怪鳥を指弾してずんずん距離を詰めると、
「チガウ、チガウノ、ワタシジャナイ、ワタシハソンナコトシタクナカッタ!」
 などと彼女は釈明こそすれ、その脚は一歩、二歩と押されるようにして後退るのだった。
『陽介おい!』悠はがぜん勢いづいた。すでに看板は怪鳥の視界に入っているはず。『今だ今、やれ!』
『……え、あ、いいの?』陽介はぼんやりしている。
『早くしろバカッ!』
『バカってオメ――!』
『いいから早くしてくれ頼む!』
「それ、どーしてこっちの雪子はそう思ってなかったってわかるわけ?」と、千枝のペルソナも続く。「同じだよ、こっちもそっちも。ふたりとも雪子なんだから」
「……アナタニソンナコトイワレルスジアイナイ」
「あるよ。あたしはあんたの親友だもん」
 怪鳥の返事は言葉ではなかった。千枝のペルソナの上半身が突如として発火する。近くにいる生身の千枝を慮ったのだろう、その火力は悠のペルソナを焼いたそれと比べてだいぶ抑えられてはいたが、千枝のペルソナに苦悶の声を上げさせるには十分である。
「もっと来な、それで終わり?」彼女はこの炎を避ける素振りさえ見せず、仁王立ちのまま焼かれるに任せていた。「雪子、それ、好きなだけやりなよ。ぜんぶ受け止めたげるから」
「コンナモノデスムト――!」
 陽介の「ガルッ!」が来たのはこのタイミングだった。獅子の咆哮に次いで空気の爆発する音が内庭をとよもす。天城屋の看板を狙って放たれたのであろう突風は、しかし看板はおろか、近くにいた怪鳥をも転倒させるほどの猛烈なものだった。
(あ、あのバカ……!)
 悠の胸中は陽介への呪いで満たされた。が、これは言ってしまえばただの八つ当たりである。彼のいるところから二十メートルほども離れた位置にある、空気抵抗に乏しい、重い木の看板を舞い上がらせるほどの圧力を発揮するとすれば、それは確かにあれほどの大風にはなるはずなのだ。が、その「はず」を読み誤ったせいで、
「……ナニモシテコナイナラホットイテアゲヨウトオモッテタケド」怪鳥は自身の足許にあった看板が消し飛んでいったことに気付いていない。「アナタモモヤサレタイノネ。マッテナサイ、ツギハアナタノバンヨ!」 
『陽介おまえなんてことを!』
『はあっ? なんで怒ってんだよドンピシャだろ!』陽介はさもあろう、心外このうえないといった様子。『カンバン穴ん中はいったし! 言われたとおりやっただろーが!』
 いかにも、看板は針の孔を通すようにして炎の中に消えていった。まったく素晴らしいコントロールである。せめて天城屋の外に落ちてくれていたならあるいは怪鳥にそれを見せることもできたものを、これで万が一にもその可能性はなくなった。
『くそっ、もういい! おまえに頼んだのが間違いだった! そっちでシャドウとよろしくやってろ!』
『ちょ、オメマジで吹っ飛ばすぞ! マジだぞ、オメーも天城屋にぶち込んで――!』
 しまった、と思ったときにはもう遅い。悠の伸ばした手は彼女の後ろ髪の先を撫でるに留まった。追いかけようと駆け出してすぐ、彼は自分の右脚に左脚を引っ掛けて転倒した。出したままにしていたペルソナが枷になったのである。
「天城まてっ! 天城ー!」
 雪子ははや千枝たちの横を走り抜けて、彼女らに不審がる暇も与えず、「なんぴとにもそれ以外の理由を挙げて自らの行動の説明などできないくらいに、天城屋への愛惜の念に命じられるまま」猛火に揺らめく天城屋へと駆けて行く。
 彼女は看板が天城屋の中へ飛び込むのを見ていたのだった。




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