<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.35651の一覧
[0] PERSONA4 THE TRANSLATION(ペルソナ4再構成)[些事風](2014/11/03 16:25)
[1] 序章 PERSONA FERREA[些事風](2014/11/03 16:25)
[2] 一章 REM TALEM MINIME COGITO[些事風](2012/10/27 23:54)
[3] 国を去り家を離れて白雲を見る[些事風](2012/10/27 23:57)
[4] マヨナカテレビって知ってる?[些事風](2012/10/28 00:00)
[5] ピエルナデボラシーボラ![些事風](2012/10/28 00:03)
[6] 出れそうなトコ、ない? ひょっとして[些事風](2012/10/28 00:07)
[8] 死体が載ってた……っぽい[些事風](2012/10/28 00:27)
[9] ペルソナなんぞない[些事風](2013/03/05 00:17)
[10] でも可能性あるだろ?[些事風](2012/10/28 00:34)
[11] バカにつける薬[些事風](2012/10/28 00:36)
[12] シャドウじゃなさそうクマ[些事風](2012/10/28 00:41)
[13] 吾、は、汝[些事風](2012/10/28 00:46)
[14] 俺はお前だ。ぜんぶ知ってる[些事風](2012/10/28 00:53)
[15] ノープランってわけだ[些事風](2012/10/28 00:56)
[16] 旅は始まっております[些事風](2012/10/28 01:05)
[19] 二章 NULLUS VALUS HABEO[些事風](2014/11/03 16:26)
[20] あたしも行く[些事風](2013/01/15 10:26)
[21] それ、ウソでしょ[些事風](2013/03/05 21:51)
[22] 映像倫理完っ全ムシ![些事風](2013/05/12 23:51)
[23] 命名、ポスギル城[些事風](2013/05/12 23:56)
[24] あたしは影か[些事風](2013/06/23 11:12)
[25] シャドウ里中だから、シャドナカ?[些事風](2013/07/24 00:02)
[26] 脱がしてみればはっきりすんだろ[些事風](2013/10/07 10:58)
[27] 鳴上くんて結構めんどくさいひと?[些事風](2013/10/14 17:36)
[28] セクハラクマー[些事風](2013/12/01 15:10)
[30] アギィーッ![些事風](2014/01/31 21:58)
[31] かかってこい、あたしが相手だ![些事風](2014/03/04 21:58)
[32] クソクラエ[些事風](2014/04/16 20:30)
[33] あなたは、わたしだね[些事風](2014/06/15 15:36)
[34] とくに言動が十八禁[些事風](2014/07/26 21:59)
[35] コードレスサイクロンユキコ[些事風](2014/09/13 19:52)
[36] 自称特別捜査隊カッコ笑い[些事風](2014/09/24 19:31)
[37] ッス[些事風](2014/11/03 16:29)
[38] oneirus_0d01[些事風](2014/12/14 18:47)
[39] 三章 QUID EST VIRILITAS?[些事風](2015/03/01 16:16)
[40] ええお控えなすって[些事風](2015/05/17 00:33)
[41] キュアムーミンだっけ[些事風](2015/10/18 13:01)
[42] おれ、弱くなった[些事風](2015/11/20 10:00)
[43] 中東かっ[些事風](2016/03/02 00:50)
[44] バカおやじだよ俺ァ[些事風](2016/05/15 16:02)
[45] ここがしもねた?[些事風](2016/08/16 15:11)
[46] 腕時計でしょうね[些事風](2016/11/15 13:03)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[35651] 国を去り家を離れて白雲を見る
Name: 些事風◆8507efb8 ID:f9bea2dd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/27 23:57



 千枝の怒りはあんがい長続きせず、正面玄関で靴を履き替えるころには、宝物を破壊された恨みなど彼女はきれいさっぱり忘れてしまったように見えた。初対面の人間に愚痴を聞かせるのを避けたか、そもそも根に持たないタイプなのか――いずれにせよ彼女は陽気で話しやすい、好ましい性格の持ち主だった。
「蒸し返すようでなんだけど」同じ痛みを共有できる者同士の義理から、悠はささやかながら花村の弁護を試みた。「さっきのDVDのこと」
「へ? あー、ホントむかつく!」千枝はさっそく再燃した。「貸すんじゃなかったよもう!」
「実は登校するとき、花村と行き会ったんだ」
「あ、そなの?」
「おれ、道がよくわからなくて、あちこちうろうろしてたんだ。それでつい花村の自転車の前に出ちゃって……それを避けようとして、花村、電柱にぶつかった」
「あー……」千枝はなんとなく話の流れを読んだようだ。
「その拍子にさ、転んで、手提げ鞄を下敷きにするのが見えたんだ。――そのせいかどうかはわからないけど、そのDVD、おれのせいかもしれないなって」
 たしょう脚色も加えて、悠は今朝の出来事を語った。千枝の性格上こうと言えばたぶん、以後花村を表立って責めることはすまい。彼もこどもたちの心配をしなくて済むだろう。
「やっちゃったもんはしょーがないけどさあ……あーあ、一学期早々ついてないよホント」
「ごめん」
「や、いいって! 鳴上くんのせいじゃないかもしんないし――雪子どしたの?」
 下駄箱を開けた直後、雪子がちょっと固まったのを、千枝は目ざとく見咎めたようだ。 
「えっ? 別に。なにが?」
「……ははーん、また、ですな」千枝が含みありげに笑った。「で、何十枚?」
「そんなに入ってないよ!」雪子は右手に握っていたなにかをポケットに突っ込んだ。
「あっ、じゃ入ってたのは認めるんだ。やー今日はどちらさまからでございますかなあ」
「千枝おいてくよ」
 ひとりでさっさと靴を履いて、雪子は小走りに正面玄関を出て行った。歩きながらポケットの中身を取り出して一瞥して、また素早く突っ込んだ。あれは、
「ラブレターか」
「さよう、こひぶみでござる」まるでわがことのように、千枝は満面の笑みを浮かべている。「でもマジで通算何十通ってもらってるんだ、雪子。まーぜんぶお断りしちゃうんだけど……すごいっしょ?」
「へえ」
「うぉ、感動うすいな――ひょっとしてあれ、鳴上くんのだったりして?」
「あ、バレた?」
 千枝は外履きを取り落として「うえ……マジっすか?」と驚愕した。
「ホントに?」
「……もし会ったこともない女子の顔と性格を吟味できて、名前がわかって、下駄箱の位置がわかって、ついでに彼女の友達がそれを喜ぶことを知っていたなら――ひょっとしたらしたかも」
「えーっと、嘘?」
「嘘でなくそうか、里中うれしいみたいだし」
「ええ? い、いいよ……っていうか、えと、なんつっていいかわかんないんですけど」
 返答に困って、千枝は視線を泳がせた。それがほどなく、正面玄関の先、戸外のなにかに釘付けになって止まる。
「――なに、アイツ」
 彼女の視線の先には、校門の辺りに佇む雪子と、それに話しかける見知らぬ少年の姿があった。八十神高校の学ランではない、ブレザーにネクタイといういでたちの、まぎれもない他校の生徒である。――千枝は外履きを突っかけるのもそこそこに、雪子たちめざしてすっ飛んでいった。黙って様子を見ようという気はないようだ。
(まるっきり変質者あつかいだな)
 近づいて他人のふりをしながら聞き耳をたてたかぎり、かの勇気あるアウトサイダーの目的は――近づく前からそうであろうとは思われたが――雪子を連れ出すことらしい。彼はひじょうに熱心に彼女を誘うのだが、彼女のほうでは困ってズレたあいづちを打つばかりである。千枝も押っ取り刀で駆けつけたはいいものの、自分の出る幕はないと判断したようで、なにも言わずに雪子の背後に控えていた。
「――だからさ、時間、ないの? 用事は夕方なんだろ」
「うん……」
「じゃ、行けるだろ」
「準備、あるし」
「それってどのくらいかかるの?」
「その時々にもよるよ」
「少しくらいいいだろ?」
「少し……って?」
「一時間くらい」
「いま何時?」
「……十時二十分」
「あなた、誰?」
「え、久保美津雄」
「会ったこと、あったっけ」
「いやないけど」
「きょうツアー来るの、中国の団体さん」
「……いや、そんなのどうでもいいよ」
「わたしは、その、よくないんだけど」
「とにかく、一時間くらいいいだろ」
「その、準備あるし」
「だからそれどのくらいかかるの」
「その時々にもよるよ」
(中国人と日本人が自分の言葉だけで会話したら、こんな感じになるのかな)
 やがて悠のように遠巻きにして、事態を眺めるギャラリーがぽつぽつと現れだしたが、ふたりの話は依然として盛り上がりも盛り下がりもしない。久保という男子はだんだんいらいらしてくるし、雪子のほうではまったく困惑一色、自分が一緒にどこかへ行くか行かないかという事柄について、なぜ初対面の彼がこのような積極性の発露を見せるのか皆目検討がつかぬといったふうで、傍目にはどこまでもかみ合いそうにない会話だった。
 彼はほぼ間違いなく「通算何十通」の最新の凡例となりそうだ。
「あのさ、行くの? 行かないの? どっち!」ついに業を煮やしたようで、久保が傲然と決を迫った。「はっきりしろよ、中国とかどうでもいいよ!」
「い、行かない……」
「……ならいい!」
 久保は腹を立てて走り去ってしまった。
「あのひと、なんの用だったんだろ……」
 デートに誘うために来た男を評して言うに、あまりといえばあまりな台詞である。雪子はついに彼の用件を解さず、かつ彼女のわからない理由で立腹されたためにちょっと膨れていた。
「中国きらいなのかな。よくないよね、そういうの。れっきとしたお客さんなのに」
「いや、国がどうとかってんじゃないと思う」千枝が控えめに訂正を入れた。「あれ、デートのお誘いでしょ、どう見たって」
「え、そうなの……?」
「そうなの……って、あーあ、かわいそーに」
「かわいそうって……かわいそうなのは中国だよ、あとわたしも。どうでもいいだなんて」
「中国から離れなさいっての。――まあけど、あれはないよねー。初対面でいきなり『雪子』って怖すぎ」
「観光客に国籍なんて関係ないよ、差別するのは間違ってると思う」
「だから国はもういいってのに……」
「よう天城、また悩める男子フッたのか?」
 ギャラリーの囲いを割って、花村が自転車を引いてやってきた。どうやら峠は越えたようで、先にあれほど苦しんでいたのが嘘のように快活である。
「見てたぞ、まったく罪作りだな……俺も去年、バッサリ斬られたもんなあ、古傷が疼くっての」
 きっと由々しい人種差別発言があったのだろう。
「別に、そんなことしてないよ」雪子が口を尖らせる。
「え、マジで? じゃあ今度いっしょにどっか出かける?」
「……それはイヤだけど」
「僅かでも期待した俺がバカだったよ……つーかお前ら」露骨に傷ついたフリを見せて、花村は自転車に跨った。「あんま転校生イジメんなよ。鳴上、一年たったら東京帰るらしいし、ここのこと向こうで悪く言われないようにしろよな」
「はなし聞くだけだってば!」
 捨て台詞して、花村の自転車は校門前の坂を下っていった。相変わらず蛇行しながら、周りの生徒を脅かしながら。
「さっきの、他校の生徒みたいだったけど」
「うん、どこの子だろ」
「あれ宇宿商業のブレザーだよね、盾っぽい校章のやつ。東稲羽の」千枝は胡散臭そうな顔をしている。「つか、雪子の名前って向こうまで広まってるんだ……」
「有名人なんだな」
「そんなことないけど……あの、ごめんね、いきなり……」
「いや、すごく参考になった」
「参考って」
「あ、ほら、もう行こ。なんか注目されてるし」
 挑戦者が敗走して騒ぎが収まるかと思いきや、一部始終を見ていた生徒が今ほどの椿事を遅れてやってきたものに説明しているせいで、ギャラリーは減るどころかじわじわ増えてさえいる。三人は人目に押し出されるようにして校門を後にした。
「そういえば」ややあって千枝が思い出したように言った。「さっき言ってた、参考になったって、なにが?」
「いや、手紙かくときは中国ずきをアピールしようかなってね」
「あー……そういう参考ね」
「へえ、中国すきなの?」と、雪子。「誰に出すの?」
「…………」
 千枝が眉根を押さえつつ、口だけで「ね?」と言った。





「――そうそう、校門でるとき花村が言ってたんだけど」
「一年たったら、ってやつ?」
「そそ。そうなの?」
「ここの親戚に預けられただけだから、一年だけ」
「う、えーと……この先って、訊かないほうが、よかったり?」
「べつに構わないけど」
「や、ほら、なんかトクベツなカテーのジジョーってやつとかだったり、するかもだし……」
「そうそれ」
「いや、軽っ」
「重くないから。両親とも海外に行ってるだけ、母親のほうが一年間限定で」
「ご両親がいっしょに、海外に行ってるの?」
「父親が六年前にカリフォルニアに行ってそれっきり。で、単身赴任はもうイヤだって言うんで、このあいだ母親もあっちへ行った。地理的に一番ちかいのが母方の叔父がいる八十稲羽だった。だからここに来た」
「カリフォルニア……アメリカ」
「あ、アメリカだったよね、そうだよねー……」
「カリフォルニアの、サンノゼってところ」
「おおー……遊び行ったりとか?」
「ないよ、一度も」
「ご両親は向こうでなにを?」
「仕事? 父親は板前。母親は……たぶん観光」
「あ、板前さんなんだ」
「そっか、親の仕事の都合なんだ。もっとシンドい理由なのかと思っちゃった、はは」
「留年もしんどい理由に入る?」
「留ね――留年っ?」千枝が大きな眼を瞠った。「し、したの? 留年」
「十回して、実は二十七歳」
「……え、あー、嘘でしょ?」
「どう思う?」
「どう……と言われましても」
「童顔だよね、鳴上くんって」
「え、そう?」
「うん。これなら十七歳で通るよ、だいじょうぶ」
「いや雪子、冗談だから」
「冗談なの?」
「……面白くなかった?」
「そんなに……ありそうだし」
「…………」
「ね、東京と比べて、ここって、どう?」
 河川敷を外れて住宅地に差し掛かった辺りで、千枝は右手の広大な田園を手で示した。
(馬鹿正直にド田舎だね、とは言えないか)
「どう……と言われましても、だな」
 きのう車窓から見た稲田は、さながら荒涼とした泥の湖のようだったが、車のスピードに暈かされない畔は案外に装飾的だった。金鳳花や土筆の黴のように点綴するのが、セメントの側溝を跨いで悠の足下ちかくまで侵攻してきている。悠が立ち止まると、女子ふたりもそれに付き合って足を止めた。
 雨は朝方に降ったきりで、今はよく晴れている。
(天は長く地は闊くして嶺頭分れ、国を去り家を離れて白雲を見る……だな、おれの場合、まさに)
 田舎をただそれだけで愛好しはしない悠の眼にも、この牧歌的な眺めはなかなか好ましいもののように思われた。誓子はどうだっただろう? 母は概して田舎的なものを疎んじがちであったが、このきれいな自然もその例には漏れなかったのだろうか。
(目の前に田、向こうに山なら、青空と雲のコントラストはさしずめ海と砂浜だ。田園趣味の詩人に霊感を与えるのって、きっとこういう風景なんだろう)
 田舎は静か、という先入観が悠にはあったが、東京とは音の出所が違うだけであまり変わらないようだ。それでもこんな閑かな午前中に道端へ投げ出されてみると、まるで自分自身が音になってしまったような静けさがある。じっと耳を澄ませば頭上の海原から潮騒すら聞こえてきそうではないか。それは豊かな静寂だった。
「ここ、ほんっと、なーんもないでしょ?」
 言葉の内容とは裏腹に、千枝の口調には明らかな誇りがある。きっと彼女は「ここ」などというぞんざいな指示代名詞を使って、なにかしらの難点を示そうとしたのではない。ただ彼女にはありきたりで慣れすぎたために少しく褪せた宝の光が、この得体の知れない東京人に反射してどのように明々と輝くのか見てみたいのだろう。
「そこがいいトコでもあるんだけど、余所のひとに言えるようなモンは全然……」
「……おれ、柴又に住んでたんだ、葛飾区の、新柴又駅の近く」
「へえ、うん」
「とりあえず、柴又にないものは全部あるよ、八十稲羽には」少なくとも柴又には海も山もなかった。
「んーん、うまいこと言うね……なんかはぐらかされたような気がしないでもないけど」この答えに満足したのかしないのか、千枝はちょっと物足りない様子である。「なんかあったかな……あ、八十神山から採れる……なんだっけ、染め物とか焼き物とか、ちょっと有名かな」
「水名羽染ね、ムラサキキャベツ染めなんて言われたりするけど」雪子の注釈が入った。
「そそ、それ」
「あと水名羽縮緬、は、小千谷縮の分派みたいなもんだから、名産じゃないかな。焼き物は城根焼かな、無釉の赤っぽいやつ。でもあんまり有名じゃないかも……うん、ぜんぜん有名じゃない」
「うおー……よく覚えてるね雪子」
「お土産用に仕入れてるから。水名羽染の帯もってるし」
「おっと、そーそー忘れちゃいけない天城屋旅館! ここは普通に自慢の名所! いま雪子が言ったやつぜんぶお土産で売ってるよ」
「アマギヤ……アマギ?」
「そ。さーてェ、雪子の名字はなんでしょう」
「ひょっとして、天城の?」
「うん、うち」
雪子の面に血が昇った。照れているというより、なんとなく恥を感じているような印象である。
「名所なんかじゃないよ、古いだけ」
「隠れ家温泉とかって、雑誌とかにもよく載ってんじゃん。ほら、誰だったか芸能人が毎年きてるとか」
「来たことはあるけど」
「この町でいちばん立派な老舗旅館でね、雪子はそこの次期女将なんだ」
「まだなるって決まったわけじゃ」
(そういえばヤマノナントカが泊まってるらしい旅館とか言ってたっけ。なるほど、それで十時コース、春休みなし、中国人ツアー、なのか)
「雪子んち目当ての観光客とかも来るし、この町それで保ってるよね実際」
「そんなことないけど……」
「ね、ところでさ」千枝がこころもち身を乗り出してきた。「雪子って美人だと思わない?」
「またそういうことを、千枝!」
(つまり、里中にとっての誇りなんだ、天城は)
 また、と言うからには、こういった問いかけはたびたびなされてきたのだろう。先のラブレターの件といい、今ほどの旅館の話といい、千枝は美しい親友を賞揚するとき、自分の宝物を自慢するように誇らしげになるのだった。
「なあによホントのことじゃん。で、どう?」
 少し大げさに注視すると、案の定、雪子は不快気に眉を顰めた。――なるほど自慢したくなるだけのことはある、彼女は容姿端麗だった。純和風の、小細工のない、言ってみれば正眼の美しさだ。
 すらりと長い脚が柳腰を支える、緩くS字を描く均整のとれた体つきに、女子にしてはやや高めの身長は、小柄な千枝と並んでいると余計に際立って見える。それらの戴く顔と言えば、色の白い卵なりの輪郭に、二重瞼の下の切れ長の眼、ふっくらした桜桃の唇、これだけが純和風を少しく乱す、高めのすっきりと通った鼻梁、濃く細くたなびく眉は憂わしげに顰められていて、この希有なパーツの集約した美貌に、いささか歳不相応の艶を与えていた。美の裁定基準は時として無責任である、彼女は悲しげにしていたほうが美しいのだ。
 雪子はついにそっぽを向いてしまった。
(美人は顔を褒めると不機嫌になるって言うけど……)
 彼女も例には漏れないようだ。美しい人間にままあるように、彼女にとって見目の良さに注目されることはおそらく、それ以外の要素を軽視されたように感じられるのだろう。美しさを褒められ飽いている美人の気難しさである。
「思うことは思う、けど」
「けど?」
「どのくらいか、と言われると、ちょっと難しい」
「おっとォ、レベル高すぎた?」
「千枝ェ……」
「正確に吟味するなら、改めてひとりのところを狙うかな」
「……ん? うん」
「いまは隣に同じくらい綺麗な花が咲いてるから、目移りして気が散って判断できない。岸傍の桃李誰が為にか春なるってね」
「はあ、ふーん……はな?」
 もっぱら千枝への礼儀が言わせた言葉だったが、これははからずも雪子を喜ばせたらしい。彼女の愁眉が解けて、頬にかすかな、好意的な笑みの刷かれるのが見えた。このふたりは案外似ているのかもしれない。つまるところ、自分自身が褒められるよりも、親友のそうされるほうがずっと嬉しいのだ。
 何秒か呆けたあと、千枝はようやく意味を悟って赤くなった。
「……つか、口、達者だよね、鳴上くん」
「自分でも損してると思う。嘘つけないから」
「正直なのはいいことだよ、わたしも千枝は、美人だと思うし」
「はあっ? なはーに言ってんだか……」
「おまけに話しやすいし、明るいし」悠も今度は雪子の肩を持った。
「そうそう、友達おおいし、気さくだし、運動神経いいし、器用だし」
「ちょっとあんたらねェ……」
 千枝は真っ赤になって気色ばんだ。褒められ飽いている雪子とは正反対で、こちらは褒められ慣れていない様子。言われていることを額面通りに受け取れない、ということだけが共通している。
(そろそろ寝返っておこうか)
「ところで天城、さっきの手紙は誰から?」
「おおっ、そーそー訊くの忘れてた!」千枝は得たりと元気を取り戻した。
「手紙、って、なんのこと?」たちまち非難がましい視線が飛んで来る。「もらった覚えないけど」
「まーたまたァ、下駄箱に入ってたじゃん――雪子って学校でもすごいモテんのにさ、彼氏ゼロなんだ。おかしくない?」
「ちょ、やめてよいきなり……ぜ、全部ウソだからね、モテるとか、彼氏ゼロとか!」せっかくの親友の賛辞を、雪子はしゃにむに否定してかかった。「あっ違った、えっと違うから、彼氏とかいらっ、いらないし!」
「これだもん、もったいないったら」
「転校生の鳴上には言わないでやって……きっと落ち込むから」
「気にしなさんなって。ささ遠慮はいらぬぞよ、どんどんアタックすべし」
「もう……千枝ェ……!」
 どうやら本当に気分を害したようで、雪子は不快感を露わにしていた。
「あはは、ごーめんごめん……だってせっかくなのにノリ悪いんだもん」
「…………」
「……雪子、怒った?」
「あれ、なんだろ」
 戸惑いがちに立ち止まって、雪子が前方を指し示した。
 住宅の密集する、ちょうど車がすれ違える程度のせまい交差点に、ちょっとした人だかりができている。反射チョッキを着込んだ警察官がふたり、誘導灯と警笛を武器に野次馬をやんわりと威嚇していた。
「あれって……例の、えと、アレかな」
「ひょっとして」
「ひょっとするかも……迂回する?」
「行ってみよ……っていうか、フツーに通り道じゃん。わざわざ回り道することないよ。通ろ通ろ」
 教室ではなんの気もないような態度を取っていても、いざ現場に出くわせば好奇心の沸き上がるのを押さえがたいようで、千枝も雪子も眼を爛々と輝かせている。もっとも悠自身の眼もたぶん、彼女らと選ぶところはないのだろうが。
(よりによって探すつもりのなかった人間が行き会うとは……愛屋組もここに来たのかな)
「ええここから先に用のある方は申し出てください、この先に家があるなどの、理由のある方は申し出てください。この先は通行止めです、通り抜けできません」
 警察官の後ろのほうから、拡声器を介した注意が飛んできた。かなり横柄で押し付けがましい、いかにもいい加減にしろと言わんばかりの声である。きっとこういう口調になるまで何度も同じ文句をがなったのだろう。
(あれ、この声、ひょっとして)
「ええ迂回路を提示してあります、この道を通る場合はそちらをご覧のうえ、回り道をお願いします。ここから先は通行止めです。捜査へのご協力を願います、用のない方は近づかないように!」
 意訳すれば「さっさとどこかへ行け野次馬ども」にでもなろうか。当の野次馬も強かなもので、あからさまに当てつけられても申し訳ていど離れるだけだ。警察が拡声器を下ろせばすぐ、この距離は元に戻るに違いない。
 交差点は一方の道をパトカー二台、カラーコーン数本で拵えたバリケードで塞がれていた。一瞥してふつうの交通整備でないことが窺える。パトカーの向こうのアスファルトをブルーシートで養生してあるのだが、それがなぜか道路脇の家の、屋根の上にまで敷設されているのだ。遠目にはちょっと雨漏りの修理めいて眺められる。その下にはレモン色の防護服とゴム長靴を着けた作業員が数人、ガスマスクのようなものを片手に顔を扇いでいた。服装こそちぐはぐだが、警察官の数はかなり多い。パトカーに遮られた視界からでも、この火星探査員を含めて十二、三人は見えるのである。
「ねえ、あれ」千枝がかすかに、怯えたような声で呟いた。「担架、かな。毛布かかってるやつ」
「どれ」
「あの、ツナギ着てるひとたちの向こっかわ、片っぽだけ見えてる」
(担架はひとを載せるもの、だよな、普通)
 手庇を作る傍らで、野次馬の主な構成員である主婦連の会話が漏れ聞こえてくる。高校生。早退。アンテナ。引っかかる。ぜひ見たかった。警察と消防団。下ろした。怖い。死体。
「今なんて……死体?」
「ええ! もうすぐ救急車が到着します、通行の邪魔になるので道を空けてください! 空けなさい!」
(あ、ひょっとした)
 果たして、拡声器片手に怒気を堪えかねていたのは遼太郎であった。向こうもこちらに気づいたようで、訝しげな顔で小走りに駆けてくる。背の高い、ちょっと怖そうな私服警官が自分たち目がけて走ってくるのを見て――まったく当然の反応だが――千枝と雪子はそろってなかよく怖じ気づいた。
「ちょっ行こ! やばい!」
「戻ったほうが……!」
「おい」
 逃げる間もない。遼太郎はバリケードを跨いで近づいてきた。女子ふたりが絶望の呻きを上げる。彼の声は甥に向けられるものとは思えないほど硬質で、突き放したものだった。
「ここでなにしてる」
「下校中だよ、通りすがりだけど」叔父の神経を逆なでしない程度に、悠はにこやかにいらえた。
「ああ……まあ、そうだろうな」たちまち遼太郎の声からトゲが失せた。「そういや通ったよ、何人も、お前の仲間が」
(で、そのたびにちぎって投げたわけだ)
「ったく、ここは通すなっつってんだろうに……」
「……知り合い?」
「うん、叔父さん」
「コイツの保護者の堂島だ。あー……まあその、仲良くしてやってくれ」
「どうも」
「あ、ども」
「とにかく三人とも、ウロウロしてないでさっさと帰りなさい」
「叔父さん、事件みたいだけど――」
「お前には関係ない、はやく帰れ」
「菜々子ちゃんは、もう?」
 高校の放送では保護者随伴の下校を勧めていた。小学校、なかんずく低学年なら尚更であろう。学校から遼太郎に連絡があってもおかしくないはずだが、彼は目の前で勤務中である。とすれば、彼女はひとりで帰ったのだろうか。
「ああしまった――くっそ!」遼太郎がにわかにキレた。次いで狼狽し始める。「忘れてた、まずい……!」
「いい、いいよ、おれが迎えに行く」
「ああ、すまん、本当に……ったくなにやってんだかな俺ァ」
「こんなことがあったんだから――そう、小学校ってどの辺り?」
「あー、そこまっすぐ行って左みながら――ダメだパト出させる、お前のってけ」
「それはさすがに、いいよその辺の――」
「あの、わたし、案内しますから」雪子が小さく挙手した。「そんなに離れてないし」
「悪いな……いや、ダメだ。お前らみたいな子供を」
「叔父さん、おれも子供」
「そうだった、そうだが」
「二十七歳の、ね」
「……そうだったな」遼太郎の口角がちょっと上がった。「お前らを頼るしかなさそうだ、悪いが、頼まれてくれるか」
「まっかせてください!」と、千枝。「警察への協力は稲羽市民のギムですから!」
「すまん、頼む。あと……あいつのメシ、なんとかなりそうか」
「任せてよ、叔父さんは仕事に専念して」
「悪い、助かる……」
 遼太郎はこころなし肩を落として、バリケードの向こうへ戻っていった。 
「じゃ、案内するね」
(こういう借りを作りたくなかったな。道でも訊けばひとりで見つけられたのに、余計なことを)
 と、悠はこう考えて、次の瞬間にはそれを慌ただしく打ち払った。いつもとは状況が違うのだ、こんなつまらない流儀などいちいち遵守している暇はない。
(ありがたい申し出じゃないか、傲慢な考え方をするな。少なくともこれは最短の道だ、お前のことなんかどうでもいい、今は菜々子ちゃんが最優先だ)
「ごめん、こんなこと頼める義理じゃないけど」
「やや、みなまで申すな、お隣さんの義理ではござらぬか」千枝はにこにこしている。「今日うちらが声かけてよかったじゃん」
(義理、義理か。これからどれくらいの期間で、この二文字の届かないところまで逃げ切れるか……端からこれじゃ先が思いやられる)
 いっそ隣の席がこういう、善良な人間でなかったなら――悠はため息をついた。きっとふたりは悠とは別の意味に受け取ったのではあろうが。
「――足立! おめえはいつまで新米気分だ! 今すぐ本庁かえるか? ああっ?」
 誰かを怒鳴りつける遼太郎の、八つ当たり気味の声が背後から追いかけてきた。





「お父さん、きょうもかえってこないのかな」
 昼前に帰ってきてからというもの、ずっと言葉少なであった菜々子の、自発的に問いかけるようなこういう台詞は珍しかった。悠はトレイ――昨日の残り物が入っていた――を洗う手を休めて、菜々子の向かいに座った。
 腕時計は六時過ぎを示している。
「少なくとも一区切りはついたと思うから、きっと帰ってくるよ」
 あの担架の毛布の中身が、昨夜の緊急出勤と繋がっているのなら、ひょっとしたら。あの事件に異常性がなく、行方不明者の自殺かなにかなら、あるいは。警察の仕事についてなにも知らない、高校生の山勘が偶然にでも当たったなら、たぶん。
「デンワもこない」
「かけてみようか、こっちから」
「だいじなようじがないときは、かけちゃダメって」
「……そう」
 たしょう無理をしてでもジュネスへ行くべきだったかな――悠は少し後悔し始めていた。
 雪子と千枝には小さからぬ借りができてしまった。
 雪子は小学校へ案内する途中で家から呼び出しを受けたが、着くまではと途中で切り上げることはしなかったし、千枝に至ってはこの家まで随伴して、ジュネス行きを断念されたショックで茹でたホウレンソウみたいになっていた菜々子を、ずっと慰め続けてくれていたのだった。これも田舎のひとのよさなのだろうか。
(いや、いくら同じ産でも、叔父さんは許さない)
 午前に会ったときの彼の焦燥はただごとではなかった。もちろん遼太郎は許さないだろう。食事をするというただそれだけの理由で、事件の真っ最中、真っ先に保護すべき幼い娘を、犯人を含むかも知れない不特定多数の人間が集まる大型商店に連れて行くなどということは。
 ――ニュースは時事報道に移っている。
『ではまず、きょう最初のニュース。静かな郊外の町で、不気味な事件です。本日正午ごろ、稲羽市八十稲羽の鮫川付近の民家で、女性の遺体が発見されました』
(ああ、あれだ。じゃ、あの毛布の下はやっぱり死体……)今ごろ千枝は青くなっているのだろうか。
『遺体で見つかったのは、地元テレビ局のアナウンサー、山野真由美さん、二十七歳です』死者の肖像が映し出される。ベリーショートの童顔で、溌剌とした印象の美人だった。『稲羽警察署の調べによりますと、山野さんは今月の八日から事件現場ちかくの旅館に滞在中で、九日の夕方六時ごろ同旅館の従業員に目撃されたのを最後に、行方がわからなくなっていました。なお、山野さんの荷物は部屋に残されたままとなっており――』
(ああ、山野アナ、だったのか。ならこの旅館は天城の……)
「お父さんにあったの、ここ?」
 彼女にはおなじみであろう、画面には鮫川の河川敷が映っていた。
「ん、このもうちょっと先」
「…………」
「元気そうだったよ。野次馬を怒鳴りつけててさ、おれまで追い払われるところだった」
 菜々子がかすかに微笑んだ、ような気がした。
『――遺体は民家の屋根の大型のテレビアンテナに、引っかかったような状態で発見されました』
 なるほど、それで「見たかった」のか。非日常に飢えているということにかけては、主婦連も高校生に劣らないようだ。
『なぜこのような異常な状態になったのかは、現在のところわかっていないということです。死因も今のところ不明で、警察では、事件と事故の両面から捜査を進めることにしています。ただ周辺には、地域特有の濃い霧が出ており、本格的な現場検証は明日となる見込みです』
(事故ってことはないだろうな、とすれば、自殺か他殺……あんなところで自殺?)
「やねのうえでみつかったの? なんか、こわいね」
「わざわざ屋根まで抱えて上がったのかな。こわいっていうより、まぬけだよ」
 少しでも菜々子の恐怖を減じようと、悠は笑いながら続けた。
「きっと犯人は自分のしたことを大きく見せたかったんだ、どうだすごいだろうって、威張り散らしたいんだよ。想像してごらん、すぐ逃げればいいのに、わざわざ可哀想なひとを背中に縛り付けて、大汗かきながら一生懸命屋根に上るんだ。そのおかげでこんな大げさなニュースになって、逃げにくくなってるんだから、とんでもないまぬけだ。ちっともこわくなんかない、まぬけで、ばかなだけだよ」
「……うん」
「そんなばかは、すぐお父さんが捕まえてくれる。牢屋の中できっと悔しがるよ、こんなことしたばっかりにすぐ捕まったってね」
「うん」
 菜々子が少し笑った、ような気がした。
 ――テレビはコマーシャルを流している。おなじみのジュネスのCMが入るとじき、菜々子の眉間のシワはきれいに消えてしまった。
「あっ、ジュネスだ!」
『――ジュネスは毎日がお客様感謝デー、来て、見て、触れてください』
「エヴリデイ・ヤングライフ! ジュネス!」
 ひとくさりやり終えたあと、菜々子はなにか期待するような貌でじっとこちらを見つめてきた。
「…………」
「…………」
「……エヴリデイ・ヤングライフ、ジュネス」振り付けは省略させてもらった。
「おぼえた? 菜々子ね、いちばんうまいんだよ!」
「……もっと練習しなきゃ、菜々子ちゃんには敵いそうにないな」
「エヴリデイ・ヤングライフ! ジュネス! ジュネス、行きたかったなあ」
「これからいくらでも行けるよ」
「うん。――ねえ、ちえちゃんって」
「え?」
「おともだち?」
「ううん」悠は首を振って否んだ。「隣の席の子なんだ、それだけ」
「テンコーしたばっかりだから、ともだちいないね」
「うん、まあ、いずれできるよ」そんなものは「テンコー」する前からひとりもいなかったし、今後できるはずもないのだが。「始まったばかりだしね、全部これからだ」
「さみしい?」
「菜々子ちゃんがいるじゃないか。あとお父さんも」
「またちゃんって言った」
「ごめん」
「……菜々子もね」しばらく俯いたあと、菜々子は面を上げてにこっと微笑んだ。「いまはね、ひとりじゃないからね、さみしくない」
 ――その夜、けっきょく遼太郎は帰ってこなかった。




前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.057092905044556