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No.35651の一覧
[0] PERSONA4 THE TRANSLATION(ペルソナ4再構成)[些事風](2014/11/03 16:25)
[1] 序章 PERSONA FERREA[些事風](2014/11/03 16:25)
[2] 一章 REM TALEM MINIME COGITO[些事風](2012/10/27 23:54)
[3] 国を去り家を離れて白雲を見る[些事風](2012/10/27 23:57)
[4] マヨナカテレビって知ってる?[些事風](2012/10/28 00:00)
[5] ピエルナデボラシーボラ![些事風](2012/10/28 00:03)
[6] 出れそうなトコ、ない? ひょっとして[些事風](2012/10/28 00:07)
[8] 死体が載ってた……っぽい[些事風](2012/10/28 00:27)
[9] ペルソナなんぞない[些事風](2013/03/05 00:17)
[10] でも可能性あるだろ?[些事風](2012/10/28 00:34)
[11] バカにつける薬[些事風](2012/10/28 00:36)
[12] シャドウじゃなさそうクマ[些事風](2012/10/28 00:41)
[13] 吾、は、汝[些事風](2012/10/28 00:46)
[14] 俺はお前だ。ぜんぶ知ってる[些事風](2012/10/28 00:53)
[15] ノープランってわけだ[些事風](2012/10/28 00:56)
[16] 旅は始まっております[些事風](2012/10/28 01:05)
[19] 二章 NULLUS VALUS HABEO[些事風](2014/11/03 16:26)
[20] あたしも行く[些事風](2013/01/15 10:26)
[21] それ、ウソでしょ[些事風](2013/03/05 21:51)
[22] 映像倫理完っ全ムシ![些事風](2013/05/12 23:51)
[23] 命名、ポスギル城[些事風](2013/05/12 23:56)
[24] あたしは影か[些事風](2013/06/23 11:12)
[25] シャドウ里中だから、シャドナカ?[些事風](2013/07/24 00:02)
[26] 脱がしてみればはっきりすんだろ[些事風](2013/10/07 10:58)
[27] 鳴上くんて結構めんどくさいひと?[些事風](2013/10/14 17:36)
[28] セクハラクマー[些事風](2013/12/01 15:10)
[30] アギィーッ![些事風](2014/01/31 21:58)
[31] かかってこい、あたしが相手だ![些事風](2014/03/04 21:58)
[32] クソクラエ[些事風](2014/04/16 20:30)
[33] あなたは、わたしだね[些事風](2014/06/15 15:36)
[34] とくに言動が十八禁[些事風](2014/07/26 21:59)
[35] コードレスサイクロンユキコ[些事風](2014/09/13 19:52)
[36] 自称特別捜査隊カッコ笑い[些事風](2014/09/24 19:31)
[37] ッス[些事風](2014/11/03 16:29)
[38] oneirus_0d01[些事風](2014/12/14 18:47)
[39] 三章 QUID EST VIRILITAS?[些事風](2015/03/01 16:16)
[40] ええお控えなすって[些事風](2015/05/17 00:33)
[41] キュアムーミンだっけ[些事風](2015/10/18 13:01)
[42] おれ、弱くなった[些事風](2015/11/20 10:00)
[43] 中東かっ[些事風](2016/03/02 00:50)
[44] バカおやじだよ俺ァ[些事風](2016/05/15 16:02)
[45] ここがしもねた?[些事風](2016/08/16 15:11)
[46] 腕時計でしょうね[些事風](2016/11/15 13:03)
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[35651] シャドウじゃなさそうクマ
Name: 些事風◆8507efb8 ID:f9bea2dd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/28 00:41



「シャドウじゃなさそうクマ」
 話を聞き終えたクマの、第一声がこれである。
「なんか、詳しく聞けば聞くほど……なにもんなんだ、その巨人って」陽介が眉根を寄せた。「シャドウよりやばいんじゃねーの、そいつ」
 最初の夢の話から順を追って説明したのを、いま初めて聞いたもので、陽介もどうやらクマに賛成らしい。
(満場一致だな。あれはやっぱりシャドウじゃなさそうだ)
 まったくのところ、件の巨人、整理すればするほどわけがわからなくなってくる。
「シャドウは向こうに出られないはずだから、シャドウじゃないクマね」
「ほんとうに出られない?」
「シャドウは人間を襲うクマ、少なくともクマの知ってるかぎり、ここに入ってきた人間はみんなシャドウに襲われてるクマ。人間だけ襲うかどうかはわからんけど、もし出られるならこんなトコいないで、人間をさがして一匹のこらず出ていくクマよ」
「……襲われるところを、見たの?」
 クマはちょっと黙ったあと、ぽつんと「無事に帰れたのはキミたちが初めてクマ」と宣った。
「…………」
「こん中だけならまだマシだぜ、クマには悪いけど。で、そのシャドウよりやばい巨人ってどうよ」と、陽介。「夢ん中に入って来たり、ひとをテレビの中に押し込んで殺したり……バケモンだな」
「花村、そいつが先輩を殺したかどうかなんてわからない」
「だってこんな一緒くたにいろいろ起こって、明らかに怪しい奴がいるってのに、ぜんぜん関係ないなんてありえねーだろ!」続けて、悠の口の開こうとするのを遮って、「わかってる。詭弁ってんだろ、シロじゃなきゃクロってのはそりゃおかしいけど……あーっ、言いたいことわかんだろ鳴上」
「言いたいことはわかる」
(わかる。現状、確証がなくたって、この一連の事件をあいつに結びつけてはいけない理由なんて考えられない)
 ただ、不審な点もないではない。こうして思い返すだにあの夜、テレビに押し込まれそうになったとき、かの巨人が悠を殺そうとしてそうできなかったとはどうしても思えない。悠を縛める腕を解いたのは少なくとも、彼自身の努力ではなかった。巨人があの矛で自らそうするにせよ、テレビに落としてシャドウに襲わせるにせよ、これが不可解ではある。
(かといって、なにか他の理由があったなんてとてもじゃないけど……)
 友好を求めるにあれほど理に適わないやりかたもあるまい。おまけに陽介の言を採用するなら、先方は最低でも殺人の前科が二犯、未遂も含めれば三犯の凶悪犯である。であれば、殺すより先にしなければならない、なにか特別な目的があったということなのだろうか。
「なんで先輩とか、山野アナが狙われたんだろうな……無差別なんかな、やっぱり」陽介がぽつんと言った。「山野アナは知らんけど、先輩、そんなことされるようなひとじゃなかった」
(そうだ、なんであのふたりが選ばれたんだろう。なにか共通点が――いや、ふたりじゃない。おれも含まれるかもしれないんだ!)
 この陽介の言葉が、悠にある可能性を突きつけた。手段はさておくとして、あの巨人は「テレビに入る能力を持つ人間」を始末するために現れたのではないか? 山野アナも早紀もひょっとして、悠と同じにテレビの中に入ることができたのでは?
(もしそうだとしたら、そしてあいつがテレビの外に出てこられるなら)あの冷たい巨人の手の感触が甦る。(安全な場所はない、ってことだ。ほかにそんな珍しいことのできる人間が、もういないとしたら、次は……)
「鳴上?」
「それで、キミたちはどーしたいんだクマ? その鉄仮面の巨人をやっつけたいクマ?」
「……やっつけられるものならやっつけたいよ」
 なにしろ命に関わるらしいことなのだ。ここまで知ってしまえばもはや、これをちょっと危険な好奇心などという浮ついた言葉で片付けることはできない。危なそうだからとここで引き返したところで、早晩いきつく先は百舌の速贄である。それがイヤなら、とにかく行動しなければ。
「でも、そうできないまでも、なんとか調べて、止める方法を探したい、と思う」
「できるかどうかわかんねーけど、つか、かなり無理っぽそうだけど、俺も協力する」陽介にあんがい怯えたふうはない。「そいつが先輩を殺したってんならぜったい許せねえ」
「花村――」
「わかってるって。でもひとりよりマシだろ」
「ふたりのほうがマシだな。おれとクマとで」
「おま――!」
「クマ」と、陽介を遮って、「おれはこの世界のこと、ほとんど知らない。だからクマに案内役をやって欲しいって、思ってる。協力してくれないかな」
 少し考えるふうを見せたあと、クマは改まって話し始めた。
「……シャドウは人間を襲うクマ」
「うん」
「この世界に人間が入ってくると、シャドウは活発になるクマ。現にいまもそう、ふたりを探しまわってるやつがいるクマ」
「え、お前、んなことわかんの?」
「匂いと気配でわかるクマ。――いままで人間が入って来たことはあったけど、こんなに頻繁に、みじかい期間でたくさん入ってきたこと、なかったクマ。もしキミの言う、その巨人のせいでそうなってるなら、クマもなんとかしてほしいって思うクマ。シャドウは霧が晴れたとき以外は、それほど暴れ回ったりしなかったし……もしその巨人を止めることでこの世界が静かになるなら」
 と、言って、クマは樽型の身体を折り曲げるようにしてお辞儀をした。
「お願いするのはこっちのほうクマ、そいつを捜し出して、こんなこと止めさせて欲しい。頼めるの、キミたちしかいないクマ!」
「断る理由なんかないよ、もちろん引き受ける」悠はクマの手を取って握手した。「よろしくね、クマ」
「約束、してくれるクマ?」
「約束するクマ」悠は笑顔で肯った。
「あ、ありがとう! よかったクマ!」クマは嬉しげに握手した手を振り回した。「ふたりがいてくれるなら心強いクマ!」
「あ、クマ、コレは数に入らないから」悠は陽介を示して言った。
「なんでだよ! 俺も――」
「理由は外で話しただろ。今回は無理矢理ついてきたから仕方ないけど、きょう解決できないなら花村を員数に入れることはできない」
「来ないクマ?」クマはやや寂しげに陽介を眺めている。「たくさんいたほうが楽しいクマ……キミ、ハナムラクマ?」
「いや行きたいんだって――え、名前? 俺は花村陽介。こっちは」
「こっちのひとは知ってるクマ。えーとナルカミセンセイクマ、たしか」
「先生?」
「こないだキミたち三人でやってきたとき、ヨースケと女の子がそう呼んでたクマ。センセイクマ?」
「……花村、そんなこと言った?」
「や、里中じゃね? 覚えてねーけど。つか呼び捨てなんだ……」
「よく覚えてるな、クマは。おれの名前は鳴上悠、先生なんて呼ばれるほど偉くないよ」
「センセイって、えらいクマ?」
「んん、まあ、そんな感じ」
「ふーん。じゃ、ユーとヨースケ、よろしくクマ!」
 自分で訂正しておきながら、悠はなんとはない居心地の悪さを感じた。自分の名前を気に入っていない彼にとって、この「ユー」呼ばわりはあまり耳よいものではなかった。
(家族にされるんならともかく……やっぱり、なんか違う)
「クマ、ユーじゃなくてナルカミがいいな」悠は控えめに提案してみた。
「ナルカミって、みょうじクマ? なまえじゃないクマ」
「お前、名前とか名字とか知ってんだ」
「え、ヨースケ知らないクマ?」
「知ってるっつの……お前って、そういうのどこで習ったわけ?」
(そうだ。このクマって、いったい何者なんだろう……)
 以前にも調味料だのパンツだの、この世界ではおそらく識り難いたぐいの概念を口に上していた。いや、そうと言えば日本語を喋る時点で奇妙なのだ。長い年月をここで過ごしたと言うが、それより前はどうだったのだろう。そもそもこの着ぐるみの中身は日本人? なにもそうであればおかしい、ということにはならないが……
「ところで、クマって、人間なの?」
「おま……ズバッと訊くのな」
「クマはクマクマ」
(話にならないな)
「……クマ、ちょっとじっとしてて貰える?」
 と言って、悠はクマの背後へ回った。
「なにクマ?」
「うん、いや、ユーじゃなくてさ、ナルカミって呼んで欲しいなあって……」
 ずんぐりした着ぐるみの胴体と頭部をつなぐぐるりを、太いファスナーが廻っているのが見える。何気ないふうを装いつつ引き手を掴むなり、悠はそれを一気呵成に引き回した。たちまちドーム状の頭部がこぼれ落ちる。
 悠と陽介はなかよく叫んで飛び退った。
「な、なんで……!」
「うっそだろ、これ無人なんかよ!」陽介は派手に尻餅をついている。「つかお前やるならやるって言えよっ! ショック死すんだろが!」
「悪い、でもこんなの予想できないだろ!」 
 驚くべきことに、着ぐるみの中には誰も入っていなかった。ほの暗い空洞を恐るおそる覗き込んでみても、小人一匹さえ見つからない。クマ――と言うより、手足の生えた容れ物――といえば慌てた様子で、足下に転がった頭部を手探りに探している。
(いよいよわからなくなってきた……わかったことと言えば、クマが人間じゃないってことくらいだ!)
 多少の恐れを抱きつつ、悠はクマの頭部を胴体へ接合してあげた。
「いきなりなにするクマァー!」クマは例によってぴこぴこ地団駄を踏みだした。
「ごめん、でも、どうしても確認しておきたかったんだ」クマという存在の近しきが、果たしてこちら側か、あちら側か。「もうしないよ、約束する」
「ユーだってあたま取れたら気分わるいクマ? やめて欲しいクマ!」
「うん……そうとう悪いと思う。ごめん」
「お前ってさ、いったいぜんたい何者なんだ?」
「クマはクマクマ」
「って言うと思った。まー……いっか、害はなさそうだし」
「いいんだ花村……」
「で、お互い協力するのはいいとしてだ、具体的にどうすりゃいいんだろ」
「それはクマにもわからんクマ。でも、この前の人間が入り込んだ場所ならわかるクマよ」
「この前って」陽介が勢い込んで尋ねた。「それ、いつだ。昨日か?」
「きのうって、いつクマ?」
「何時間くらい前? ええと時間って、わかる?」
「む、そのくらいわかるクマ。えーと」
 クマは胴体の側面についているポケットをまさぐって、小さな懐中時計を取り出した。
「……うーん、二十時間、も経ってないくらい? クマ、たぶん」
「小西先輩だ、鳴上!」にわかに陽介がいきり立つ。「つか、クマ、お前それわかってて助けに行かなかったのか?」
「もちろん行ったクマ、だから場所がわかるんでしょーが」
「間に合わなかった?」
「うーん……シャドウはふつう、そのあたりをウロウロしてたり、地面の中に潜んでたりするんだけど」
「だけど?」陽介が相づちを打つ。
「人間が入ってきたときだけ、なんとゆーか、ちょっと変わった動きをするクマ」
「というと?」悠が相づちを打つ。
「いきなり現れるクマ、人間のところに。たぶんそういうことなんだと思うクマ」
「……たぶん、思う? 見てないの?」
「見れるほど近づいたらただじゃすまないクマよ!」クマがぴこぴこ地団駄を踏み出す。「でも気配と匂いからコーサツすると、クマ的にはそうとしか考えられないクマ。とくに霧が晴れてるとそういうことになりやすいから、クマが近くにいたとしても間に合わないことがほとんどクマ」
「おい、ちょっと待てよ……じゃあ俺たち、いまもかなり危ないってことか?」
「だーからクマはァ、ここはあぶないってェ、ずっとずーっと言ってるクマァ?」クマがふんぞり返る。「でもここはダイジョーブ! シャドウはここのほかにもいくつか、入りたがらないところがあるクマ」
 この世界は危険だと言いながら、自分と話しに来たという人間をあんがいあっさり招き入れたのは、こういう事情によるらしい。
「でもどのみち、あの時はちょうど霧が晴れてたし、クマが合流できてたとしても、たぶん逃げ切れなかったと思うクマ。キミたちももう少し入ってくるのが遅かったら、きっとダメだったと思うクマ」
「……俺らってひょっとして、かなり運がよかった?」
「その運がまだ尽きていないことを祈ろう。――じゃあクマ、さっき言ってた、人間の入り込んだっていう場所」
「行くクマ?」
「手がかりがあるとしたらそこくらいだろうし、頼める?」
「わかったクマ」
 図らずも学校で話した通り、これで「小西先輩の不幸のあったらしい現場にどうやってかたどり着くための、算段がついた」ようだ。陽介の優しげな面にある種の覚悟が閃く。まんざら命の危険に対してのものだけではあるまい、あのアパートで見たようなものが――あるいはもっと酷いものが――これから行くところにあるかもしれないのだ。早紀とさして縁の深からぬ悠にしても、平然としてはいられない。
「それと、行く前にふたりに渡しておくものがあるクマ」
 と言って、先ほど取り出した時計をしまいがてら、クマは入れ違いに眼鏡のようなものを取り出した。
「はいコレ。かけるクマ、きっと似合うクマ」
「なんだよ、この眼鏡」
「度入り?」
 言われたとおりかけてみると――思わず感嘆の声が漏れる。伸ばした手のうっすらと霞むほどの濃霧が、レンズ越しの視界からたちどころに掻き消えたのである。
「うお、すっげ……」陽介は眼鏡をかけたり外したりしている。「ええ? どういう原理……?」
「この世界を歩くのに役立つクマ」
「クマ、これ、どこで手に入れた?」と、悠。「クマが使うためのものじゃないよな、サイズ的に」
「え? えーと、えーと」
「あ、そーだよ、お前なんでこんなもん持ってんだ」
「……クマが作った、クマ」言いにくそう、というより、クマは恥ずかしがっているように見える。「こないだ、三人が来て、クマと話して、そんで向こうに帰ったあと、思ったクマ。ひょっとして、ひょっとしたらまた、こっちに来てくれるかもしれないって。そのときなにかあげたら、喜んでもらえるかもって、思ったクマ。だから……」
「…………」
「あの女の子のぶんもあるクマ」
「クマの思った通りになったわけだ」悠はにこやかに続けた。「ここでこれいじょう素晴らしいプレゼントって、ちょっと思いつかないよ。素直に嬉しい。だろ、花村」
「え? おお、フツーに嬉しいよ!」陽介は朗らかに続けた。「なんせこれなきゃほとんどなんにも見えねーんだから。ありがとな、クマ」
「どういたしましてクマー!」
「あ、ついでにさ、ちっと訊いて見んだけど――」
 と言って、陽介がなにか気にするようにして辺りを見回し始めた。ほどなく目的のものを見つけたようで、テレビの影にしゃがみ込んでなにか細長いものを拾い上げる。
「花村?」
「あー、あったあった。あのさ」陽介の持って来たのは、先に家電売場で見かけたゴルフクラブだった。「いちおう武器とか、まー雰囲気出しっつか、護身用で持ってきたんだけど……お前、なんかよさそうなの持ってない? 光線銃的なものとか」
「ブキィ? そんなものお取り扱いしてませんクマー」クマはにべもない。「言っとくけど、クマにできるのは道案内だけだから、自分の身は自分で守って欲しいクマ。クマはごらんのとおりのテンダーフレーム、アラゴトはノーセンキューベリマッチクマ」
「うえ……お前、なんかできねーの? 中身ねーんだろ? 人間じゃねーんだろ?」
「中身いっぱい詰まってるクマよ。愛とかー勇気とかー」
「クマ、シャドウって、殴りかかってなんとかなるものなの? そのゴルフクラブとか」愛とか、勇気とか、「役に立つのかな……」
「んーまあダメでしょーね」クマはにべもない。「シャドウはほとんどぜんぶ、人間なんかぜんぜん敵わないほど強いクマ」
「じゃシャドウに遭ったらどーすんだよ!」
「遭わないようにするクマ」
「遭ったらって言ってんの!」
「逃げるクマ」
「逃げられなかったら!」
「覚悟するクマ」
「マジかよ……!」
「準備は万端、善後策も完璧、これで後顧の憂いなし、だな……」悠は明日の夕刊の三面記事に想いをはせた。「花村、帰るならいまのうちだけど」
「い、行くよ。行くって。行かさしていただきますって……!」
「……じゃ、花村がやる気に逸ってるみたいだし、そろそろ移動しよう」
「んじゃ、こっちクマ」クマが先導して歩き出す。「ちょっとだけ離れてついてくるクマ。あんまり近くにいられると鼻が利かなくなっちゃうクマ」
「了解。――そう言えば、花村、それ」
「へ、あ、これ?」
 悠の指し示したのは、陽介の腰から垂れて下がる縄である。
「さっき気付いたんだけど、それ、なに?」
「あー……ダメだったか」陽介の面に苦笑が浮かぶ。「いや、これテレビの中から戻ってくるときの命綱のつもりで、結んできたんだけど、切れちまったみたいだな」
「……切れなかったら問題だったぞ。テレビパネルから伸びた荒縄なんて見逃してくれるの、葛西さんくらいだろう」
「お前の中の葛西さん株ってどんだけ低いのよ……もちろん、そこらへん考えてたよ。向こうの端っこ、里中が持ってるから」
 あわれな千枝はいまごろ、プラズマテレビの前で縄の切れ端を握ったまま立ち竦んでいるのだろうか。いや、もう付き合い切れないなどと言っていたからには、愛想を尽かして帰ったのかもしれない。
「なにしてるクマふたりともー。置いてくクマよー?」
 ふたりとも話がちになって脚を止めたのを、クマが焦れて急かし始めた。
「花村、急ごう」
「おお。――そうだ、鳴上ほら、昨日ここ来たとき」
「え?」
「なんかおまじないっぽいこと言ってたじゃん。なんかねーの? せめてこう、縁起のいいやつ」
「縁起のいいやつ、ねえ……」
 あればこっちが教えて欲しいくらいだ――もっともこんな状況でどれほど勇ましいことを言ったところで、悪質な皮肉にしか聞こえまいが。  
「……クォー・モリトゥーレ・ルイス」悠は陽介を追い抜いて足を速めた。「マイオラークェ・ウイリーブス・アウデス」
「待ってくれよ。で、なんて意味なんだ?」
「死にゆくものよ、いずこへ急ぐ。その力の及ばぬ難事にあえて挑むとは」陽介を振り返って、悠は薄い笑みを浮かべた。「……いまのおれたちにはぴったりだろ」





「なんだよここ……」
 それは件のスタジオを出て二十分も歩いたころ、忽然と視界の端に現れた。
(八十稲羽商店街……?)
 悠自身、商店街を見たのは越してきた日だけであったが、今し通り過ぎたガソリンスタンドのレイアウトには確実に見覚えがある。おまけに遼太郎の言っていた本屋まで見つかったのだから、おそらく間違いないだろう。古いガス灯ふうの街灯。やや色合いに乏しい渋い風情。おしなべて背の低い、棟を一様に鉋でならしたような家々。広い車道。黄昏をうたがう薄闇と、赤黒に明滅する不気味な空を除けば、そこは記憶にあるとおりの八十稲羽商店街であった。
「ここ、商店街だよな、八十稲羽の」と、困惑気に陽介が言った。「そっくりだ、いや、まんまだろこれ。どうなってんだ……」
 ふたりと一匹はつい先ほどまで、建造物はおろか樹木の一本とてないタイルの上を、シャドウに怯えながらこそこそ歩いていたのだ。さながら映画撮影所の屋外セットに迷い込んだような形である。
「もう近いクマ」クマの声に緊張が漲る。「シャドウも近くにいるクマ、ふたりとも大きなこえ出しちゃダメクマよ」
「クマ、いったいどうなってんだ」陽介は声を潜めようとしない。「ここは俺らの世界にある町なんだ。どうしてこんなところに」
「もっと声を小さく、クマ!」クマが大声で注意を促した。「クマにもわからんクマよ、さいきんおかしな場所が増えてるクマ。ここもそうだし、ヨースケたちに初めて会ったあそこもそうクマ」
 クマは続けて、どうやらこの世界は広がっているらしい、と言う。
「ここも以前は、ただ大きな穴が開いてただけの場所だったクマ。それが、人間が入ってきたときに、なんでかわからんけど、こんなものができたみたいなんだクマ」
 穴といえば、悠も先日この世界に入って彷徨った折にいくつか見ている。それと壁とがこの世界において移動を阻む「外郭」のような印象を与えていた。
「おい、鳴上、クマ、ちょっと」
 陽介が歩道へ逸れて、手近な店舗の庇に入ってふたりを手招いている。
「どうした」
「ここ、よく見てみろ」陽介の示したのは店の入口の引戸である。「中みてみようと思ったんだけど……わかるか? これ、開くようになってない」
(……嵌め殺しになってる、というより)
「なんだこれは……」
 嵌め殺し、というより、その引戸は外壁を含めた大きな「一枚板」の一部なのだった。よくよく見れば戸に張られたガラスも、この薄闇を考慮してさえ不自然なほど店内を透かさない。
「鳴上、携帯」
「…………」
 バックライトで照らしても、ガラス戸は黒色を白く反射するだけである。
「……これ、地だ、もともと黒いんだ。中なんてない」
「この店じたい恰好だけの作り物ってことか。にしちゃよく出来過ぎてるけど」
「どしたんだクマ?」元々の町を知らないクマはあっけらかんとしている。「まだ先クマよ」
「うん、ちょっとね」
 その後、いくつかの店舗を手分けして調べてみるも、結果は同じであった。つまりこの町は表面だけが恐ろしく精巧にできたハリボテのようなものらしい。
(こんなものが忽然と、穴をふさいで現れたっていうのか……?)
 人気の全くない、物音ひとつしない、この偽物の町の只中にあって、悠は気味の悪い寒気を覚えていた。見れば陽介も例外ではないらしい。――背中に猛烈なタックルを食らったのも、いま思えばありがたいくらいであった。この不気味きわまる道行きを耐えるに、ひとりよりふたりのほうがはるかにいい。
「終わったクマ? もうすぐそこだから、あんまりウロウロするとあぶないクマ」
(あと、一匹も、か)
「花村いこう。もう見るものはない」
「ああ、本命を除いてな」陽介の面に苦いものが奔る。「これから行くところにはもう、見当がついてる」
「どこ」
「……小西先輩の家、たぶん」クマの立ち止まったのを見て、陽介はため息をついた。「そこだ、コニシ酒店」
「とーちゃく、クマ」
 果たしてクマの指したのは、年季に煙る酒店の看板だった。「春鶯囀」との墨痕も鮮やかな行灯看板がひとつ、薄闇に翳る軒先をぼんやりと照らし出している。この「偽八十稲羽商店街」に入ってから初めて見る明かりだった。その下に乱雑に積まれた空のビールケース、特売か新発売か、いくつかの銘柄がポップ体で書かれた広告、そしてなにより見せかけでない、半分ひらいたままの引戸――
(ここは少なくとも、見せかけだけじゃないな。明らかにほかとは様子が違う)
「先輩、ここで消えたってことなのか? 自分の家で……」
「い、いるクマ、ユー、シャドウがかなり近くにいるクマ……」
「具体的にどの辺りに――」
 言いかけて、悠は言葉後を呑み込んだ。
「いま、音、したよな」陽介は凍り付いている。「誰かいるのか? 中」
「ヨ、ヨースケ、下がるクマ、はやく……!」クマがじりじりと後退る。「そこ、そこにいるクマ、潜んでたんだクマ!」
「いるってなにが――」
「花村!」
 とっさに駆け寄って、陽介の腕をつかんで引き倒すのが精一杯だった。もろとも倒れ込んだふたりの背に、粉砕したガラス戸の破片が盛大に降りかかる。
「あわわ……シャドウクマァ……」
 コニシ酒店から飛び出してきたのは、人間大ほどもある、ほとんど口だけの身体に、黄いろい乱杭歯と布団みたいな舌を備えた怪物であった。
「なっ、なんなんだよあれ……」
(あれがシャドウ……!)
 シャドウは同じ態のものが二匹いた。そのうちの一匹がどうやってか低く浮遊しながら、立ち上がろうとするふたりの許へゆっくり近づいてくる。見知らぬ人間に餌を与えられた野生の犬猫が、警戒心と空腹とを秤にかけながら臆面たらしくそうするように、見えないなにかを迂回するかのように躙り寄ってくる。
「花村、逃げないと――クマ! どうすればいい!」
「どうしようもないクマ、ここまで近づかれたら逃げたってもう……」クマの声に絶望が滲む。「か、覚悟するクマ……!」
「ふっ、ざけんなよ、覚悟しろ、だァ? そんな、潔く、ねーんだよ、俺は」
 どうにかこうにか立ち上がっても、陽介はすでに恐怖に押し拉がれていた。脚も腕も、一縷の望みとばかり相手に向けて構えられたゴルフクラブも、声すら病を疑うほどに戦いている。
「馬鹿! そんなもの役に――!」
「わかんねーだろっ! やっ、やってやる、来い!」
「冷静になれって! クマの話きいてただろ!」
「……鳴上、クマ連れて逃げろ、行けっ」
 いまにも泣き出しそうな顔で、震え上がりながら、陽介はこんなことを言う。
「なにを――!」
「聞いてたよっ! 聞いてたから、こっ、こうしてんじゃねーか……!」
「おまえ……」
「誰かが引きつけなきゃ――早く! 行けってのにっ!」
 そうと言われたところで動きようなどない。この「友人」を捨ておいて逃げる覚悟などというものは、こんな緊急時にとっさに探すものとしては、現状を打開する手だてと同じくらい見つかりそうにない代物である。――逡巡していると早く行けとばかり、陽介の鋭い蹴りが飛んできた。
(わからない、どうすればいい、どこか逃げ道は……!)
 尻餅をついたまま左見右見する。いくつかの小路が目に留まる。悠はしめたとばかり腰を浮かせる。が、このジオラマのような町ではどこへ逃げ込んだところで回り込まれるのがオチだ。それでも殴りかかるよりは……
「花村、とりあえず――!」
 悠はそのとき、自分の胸ポケットからなにか滑り落ちたような感覚を覚えた。足下で硬いもののぶつかる、かつんという音が聞こえる。携帯を落としたと咄嗟に思ったのは、足下にぼんやりした光を感じたからだった。
「……なんでここに」
(おかしい、これは段ボール箱の中にしまったはずだ、持ってきた覚えはない)
 悠の足下に落ちていたのは携帯電話ではなく、金色の帯で封をされたカードケースであった。それが薄い燐光を放っているのである。
 すぐ横で陽介が気を吐いた。持っていたゴルフクラブをバットさながらに振りかぶって、すでに触れる位置にまで近づいていたシャドウにフルスイングを見舞う。
「クマー! 逃げろー!」
 もろに一撃されたシャドウは横ざまに転がった。が、被害らしい被害を蒙った様子もなくふたたび浮き上がる。悪意に満ちた赤子の泣き声、とでも形容できそうな、身の毛もよだつ唸り声を上げながら。どうひいき目に見ても友達を欲しがっているようには見えない。もちろん、いまの一撃を愛情表現の一種と誤解してくれてなどいないことは明らかだった。
「おい逃げろって! お前も早くっ!」
 陽介はひん曲がったゴルフクラブを勇敢に構えて、あくまで立ち向かうつもりであるらしい。彼の必死の勧告もろくろく耳に入らない。なにをどうしようという意図もなく、悠の手は自然とカードケースに伸びる。
 つかんだ、と思った瞬間、悠の足下に暗い、広い影が落ちた。




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