「 ……というわけなんですが、教えていただけませんか? 」
取調室に徳田を呼び出し、杉下とカイトは事件そっちのけといった具合に立食師について質問している。質問の大半は事件とは関係のない立食師の生活についてであり、隣の部屋ではマジックミラー越しに米沢は鼻息荒く、三人のやり取りを真剣なまなざしで見つめている。
「あのさ」と徳田がめんどくさそうに口を開いた。
「マジシャンがマジックの種を素人に教えると思う? 」
「いえ、思いません」
「イカサマ師がイカサマのタネを教えないよね? 」
「無理ですか……」
杉下が残念そうに席を離れた。
杉下に代わり今度はカイトが座る。
「で、これだけ事件に関係ないことを聞いてくるって事は俺の疑いは晴れたのかな? 」
「さあ、それはどうでしょうか? 」
徳田は目の前のカイトを無視して、怪訝な顔で杉下の顔を見上げると杉下は黙って頷いた。
「オレは蚊帳の外かよ」とカイトは舌打ちする。
「あなたは事件前にマッハ定で山崎さんと夜遅くまで飲んでいたそうですが? 」
「ああ、そういえばそうだったっけかな」
「なぜそのことを隠していたんですか? 」
「いや」と一呼吸置いて「忘れてたから」と徳田は悪びれる様子も無くあっけらかんと言い切った。
「ちなみに何時まで飲んでいたんでしょうか? 」
「さあ、何時までと言われてもね……」
いつまでも要領の得ない会話、平行線で決定打がない。
徳田が犯人である可能性は低い。
にもかかわらず徳田は無罪なら無罪ではっきりと言わないのはなぜだ ?
ぐるぐると終わりの無い疑問がカイトの頭の中で反芻する。
カイトの考えを無視して二人は会話を続けている。
「でも食べた魚なら覚えてるよ 」
「それはなんの魚ですか? 」
いつまでこんな会話を続けるんだ?
カタカタと小さい耳障りな音が取調室に響く。
「杉下さん、ダツって知ってる? 」
「おや、それは珍しい魚ですね! 」
カイトはいつの間にか始まった自分の貧乏ゆすりに驚いた。
「まあいいか」と頷くとわざと今度はその貧乏ゆすりの音が明らかに二人に聞こえるようにする。
カイトは杉下の顔をチラリと覗き見ると、杉下は無反応を装っているように見えた。
「どのような味だったのでしょうか? 」
「いや、意外と淡白でうまかったよ」
杉下が黙ってカイトの椅子を軽く蹴る。
カイトは小さく頷くと、大きく息を吸い込んだ。
「刺身で食ったけど、ありゃから揚げも……」
「一体事件に何の関係があるんだ! 」
徳田はいきなりの怒気に驚いて、軽口をやめた。
カイトは畳み掛けるように言葉を続ける。
「お前が犯人なんだろ!! 」
「いやあ」と徳田は困ったように頭をかいた。
「杉下さん。コイツが犯人ですよ、さっさとあの証拠を突きつけたくださいよ! 」
徳田は杉下とカイトの真意を探るように黙って二人の顔を見比べている。
杉下がおもむろにスーツの内ポケットに手を入れた。
「徳田さん、あなたはマッハ定で夜遅くまで店主の山崎さんと飲んでいた。それは間違いないですね? 」
徳田は黙って頷く。
「あなたは山崎さんに勘定を払い、そこでアイスピックを手に入れ長門さんを呼び込み犯行に及んだ」
「ちょっと待って」徳田が杉下を止める。
「俺は立食師だよ、金なんて払うわけないでしょ? 」
「ええ、知ってますよ」
カイトは杉下に向かってウインクをしてから、満面の笑みを顔に貼り付けて徳田を見ると徳田は「しまった」という顔をした。
杉下は内ポケットに入れていた手を出してマッハ定でもらったレシートを見せると、徳田は苦笑いをしながら「そういうことか……」とつぶやいて降参したと言わんばかりに両手を挙げて万歳をした。
隣の部屋ではマジックミラー越しに米沢が小さくガッツポーズを決めていた。