時は過ぎ去りあれから随分と時間が流れた。一週間、二週間と、つつがなく何かが起きるでもなく時間は経過し、俺もここの生活にはすっかりなれて、順風満帆といった感じだ。
まぁ、恥ずかしい話、その一番の理由は彼の存在が大きいのだが。
愛の力は人を劇的に変えるという。今の俺はまさにそれというか、なんというか。
はっきり言えば浮かれていた。
「……」
といっても表情はそのままなので、代わりに素振りをして喜びを露にする。一閃ごとに願いを込めて、早く君が終わってくれと願うのは、やはりはしたない行為なのだろう。
うん。あまりはしたないのはよくないだろう。稽古用の木刀を、よどみなく振るいながら、そんな俗な願いを抱きながら刃を振るうのは、刀に対しても、君に対しても失礼だ。
でもなぁ。
仕方ないよなぁ。
「……」
なんとなしに取り出して、草場に置いておいた十一代目を掴むと、堪らず刃を抜き払った。
昼下がりの太陽の光を切り裂く鋼の煌き、その輝きにうっとりとしたのも束の間、目の前の大木に君の姿を思い描いた。
「……ッ!」
刹那、思うよりも早く刃が翻った。
反射的だった。思うだけで、見るだけで、たったそれだけで斬りたいと思ってしまう。
当然、大木は君ではないので、斬った直後、頭の妄想は元の木になって、俺の斬るという意思を叩きつけられた木は、斬られたことにも気付かないまま、左右に分かれて大地に沈んだ。
あー。
しまった。
自制というのが出来ないから、この様。
情けない。
恥ずかしい。
浮かれすぎだろと自粛する。
「……ハァ」
こんなのでは、隠れて彼の成長を見守るというのが出来ないではないか。せめて斬りたいという気持ちを押さえつけることから始めないと大変だ。
でないとまた彼女を驚かせてしまう。
ごめんなさいと、修行している彼女のいる方角を見て頭を下げる、情けない俺であった。
住居、変えたほうがいいかなぁ……
─
警護をするに当たって、重要なことはなんだろう。
まぁ、素人考えではあるが、可能な限り俺という存在を知られないようにという前提ではあるが、脅威の優先度こそが重要なのではないかと思う。
というのは言い訳で。
とどのつまり俺は、ぎりぎりまでネギ君を窮地に浸すことで、その成長を促進しようと思ったわけである。
さて。
何でこんなことを話しているのかというと。
現在、ネギ君は満月のときに活動するあのしょっぱい妖魔、名簿に載っていたネギ君の生徒の一人と激戦を繰り広げていた。そして俺はその戦いから彼を守るでもなく、どんな戦いをするのだろうとワクワクしながら様子を伺っていた。
にしても。
いやはや。
正直言って、驚きである。
まさか。
まさかここまで弱いとは。
「……ハァ」
暗がりからネギ君としょっぱいのとの激戦を観戦しながら、俺はため息を吐き出した。
弱い。
弱すぎる。
あまりにも、勿体ない。
いやでも、初めて彼の魔法行使を見たときにそれはわかっていたことなんだけど。未来の彼を見てしまった俺からすると。
その戦いぶりはあまりにも情けなく。
見るに耐えないとは、このことであろう。
西洋の魔法には詳しくない俺でも、そののろまな動きや、一々隙の多すぎる詠唱をしている姿が駄目なことくらいわかる。彼の肉体からすればありえないくらいお粗末だ。
違う違う。君の肉体なら、そんなちまちましたことはしなくても──
あぁ、もどかしい。
今すぐ彼の元に行って、俺の持つありとあらゆる全ての技術を教えたい。
だが、そんなことをしたら、多分途中で斬ってしまうので、それは出来ないけれど。
「……」
モップを持つ手に力を込めて、俺はことの成り行きを静かに見守った。
どうやらしょっぱいほうは、予想以上には強く、稚拙な魔力を道具で補いながら善戦していた。というか、上手く誘導している様を見れば、しょっぱいほうがネギ君を押していると言ってもいい。
全く。
こう、せめてしょっぱいほうの戦いぶりの半分でもネギ君が習得していればいいものを。
残念だ。
本当に残念である。
落胆しながら見ていると、上手く誘導を果たしたしょっぱいのが、仲間の下に到着したところで、ネギ君の魔法によってその身体に纏っていたマントが吹き飛んだ。
というか、脱げている。
脱げ脱げだ。
残念なことに、相手は幼女だが。
「……あぁ」
眼も当てられぬ光景に肩をがっくしと落とした。
話を聞く限りだと、どうやらあのしょっぱいのは封印されていた真祖の吸血鬼とのこと。なるほど、だから戦い方が上手かったのかと納得。
同時に、この戦いはこれまでだと判断した。
ネギ君は新手に捕まって、身動きが出来ず、やられるがまま後は血を吸われるしかない。ちょっと特殊な気の流れを感じる一般人が近づいているが、一般人ではどうにも出来ないだろう。
なら、もう仕方ない。
万が一血を吸われて殺されでもしたら、最悪だ。
それに、斬るのは俺だ。
止めろよ。それ以上は。
─
絡繰茶々丸の視界に、それは突然現れた。
一瞬前まで、マスターであるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと自分、そしてマスターに血を吸われそうになっている担任の教師であるネギ・スプリングフィールド。
この三人しか居なかった場所に、それは初めから存在していたようにポツンと、ネギに牙を突き立てようとしているエヴァンジェリンと、暴れないようにネギを掴んでいる茶々丸の前に立っていた。
清掃員の制服を着た男は、茶々丸が反応するよりも早く、モップから手を離して、ネギの腕を掴んでいた茶々丸の指に手を這わせて、強引に引き剥がして投げ飛ばす。何が起きたのか理解できないまま虚空に飛ぶ茶々丸には興味ないのか。男はエヴァンジェリンとネギを上から見下ろしながら、その頭を優しく掴んだ。
「な!?」
「ぅえ?」
二人が困惑の声をあげたのも刹那、一瞬で頭を左右に振る。最弱にまで落ちたエヴァンジェリンとネギからすれば、何かが目の前を遮った瞬間、頭が揺さぶられたようにしか思えないだろう。
強制的に脳震盪を起こされた二人は、意識を失ってその場に倒れこんだ。突然すぎる状況に、機械の処理すら追いつかない。虚空を舞う茶々丸は、そこまでされてようやく状況を理解した。新たな敵、しかも、タカミチクラスの化け物だ。
「マスター!」
「ネギ!」
茶々丸が動き出すのと、混沌としたその場に新たな乱入者が現れるのは同時だった。
だが誰よりも早く動き出したのは男からだ。ネギの首根っこを掴むと、ボールを扱うように軽く、新たな乱入者、神楽坂明日菜に向かって放り投げる。
「めぽ!?」
反応する暇もなく、飛来したネギの頭と衝突した勢いで、明日菜は謎の奇声をあげながらそのまま意識を失った。そのとき、虚空でバーニアを最大出力で噴射した茶々丸が、目にも留まらぬ速さで背を向けた男の元に踏み込みを果たす。
ネギに行ったデコピンなど比べ物にならない。踏み込みの熾烈は屋根に小さなクレーターを発生させた。それほどの勢いを宿した足先から発生した力を余すことなく拳へ。当たれば肋骨が砕け、内臓すら潰す一撃は、しかし男を捉えることなく空を切る。
それどころか、茶々丸の視界から男の姿は消え去っていた。
何処に消えた。完全に姿を逃した男の姿を探るが、茶々丸のセンサーにはまるで反応はなく。
「斬り……すまない」
いつの間にか屋根から落ちそうになった明日菜とネギを支え、そっと降ろした男の呟きに茶々丸が気付いたのも束の間、その姿は再び消えた。
そしてそれとほぼ同時に茶々丸の腹部に許容限界を超えた衝撃が走る。最早、荒波にもまれる木の葉の如く、茶々丸には成す術など存在しなかった。
「……?」
茶々丸の反応速度を容易く超えてその腹部に拳を突きたてた男は、肉を叩くのとは違う違和感に首を傾げた。
茶々丸は男の拳を受けても踏み止まるものの、瞬きもしないうちにその身体から力が失われ、力なく膝をついた。
全身の駆動に必要な部品が、男の拳から浸透してきた気の塊によって耐久限界を超えてしまったため、強制的に機能を停止させたのだ。
だがそれでもメインシステムは生きている。せめてその顔だけでも見ようと、唯一動く首を動かそうとして、茶々丸はその顔を踏みつけられた。
「……」
男からすれば不思議そのものだった。人間かと思ったら、その実、人間ではなかった。この子も名簿に載っているため、殺すわけにはいかないが、些か興味は沸いた。
茶々丸からは見えなかったが、男の手に持っていたモップが何かを払うように振るわれる。
直後、並大抵の刃であれば、斬りつけたところで逆にへし折ることも出来る茶々丸の左腕が、何の抵抗もなく切断されて虚空に舞った。どういう理屈なのか、空に舞った左腕は、木のモップの先端に、焼き鳥の串に刺された肉の如く容易く突き刺さる。
見るものが見れば唖然とするような技を見せた男は、そんな技を行使したというのに、特に表情を変えることなく、しげしげと突き刺した腕の中身を見た。
「……」
弾ける電流と、中に詰まった機械部品の数々を見て、男はやはり不思議そうに首を傾げた。
機械だった。人間の魂を宿した機械人間とでもいうのか。凄いなぁと感心しつつ、男、青山は茶々丸の頭を踏みつけたまま、そのまましゃがみこんだ。
懐から布を取り出して茶々丸の眼を覆う。機械だとしたら気絶は不可能ではないかと思った青山なりのやり方だった。
本当は斬り裂いてしまえば楽なのだが、近右衛門との契約がある。
「動くな」
耳元で呟く言葉に、茶々丸は応じることも出来ない。そもそも、最初の一撃で全身の駆動系を完全にやられた。抵抗は不可能で、全ては正体もわからない男の手のひらの上だ。
だがそれでも、何とか動く口を必至に動かして、茶々丸はノイズの走る声音で男に懇願した。
「マスターは」
「……」
「マスターだけは、助けてください」
今、茶々丸に出来る抵抗といえば、エヴァンジェリンの命乞いだけだった。
青山は沈黙したままだ。何か語るでもなく、茶々丸から足を退かせると、足音もなくエヴァンジェリンのほうに向かう。
そしてその首根っこを摘むと、再び茶々丸のほうに戻り、同じよう首を掴み、明日菜が動く気配を察知して、瞬動でその場を後にした。
「うーん……」
それから少しして、明日菜が再び意識を取り戻す頃には、最早そこには誰もいなくなっていた。
「……一体、何が起きたっていうのよ」
明日菜が見つけたのは、僅かに残った争いの跡だけで、一般人である彼女には何が起きたのかさっぱりであった。
後書き
ギャグ補正を加えつつシリアスシーンって難しい。