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No.35430の一覧
[0] SWORD WORLD RPG CAMPAIGN 異郷への帰還[すいか](2012/10/08 23:38)
[1] PRE-PLAY[すいか](2012/10/08 22:31)
[2] シナリオ1 『異郷への旅立ち』 シーン1[すいか](2012/10/08 22:32)
[3] シナリオ1 『異郷への旅立ち』 シーン2[すいか](2012/10/08 22:33)
[4] シナリオ1 『異郷への旅立ち』 シーン3[すいか](2012/10/08 22:34)
[5] シナリオ1 『異郷への旅立ち』 シーン4[すいか](2012/10/08 22:35)
[6] インターミッション1 ライオットの場合[すいか](2012/10/08 22:40)
[7] インターミッション1 ルージュ・エッペンドルフの場合[すいか](2012/10/08 22:41)
[8] インターミッション1 シン・イスマイールの場合[すいか](2012/10/08 22:42)
[9] キャラクターシート(シナリオ1終了後)[すいか](2012/10/08 22:43)
[10] シナリオ2 『魂の檻』 シーン1[すいか](2012/10/08 22:44)
[11] シナリオ2 『魂の檻』 シーン2[すいか](2012/10/08 22:45)
[12] シナリオ2 『魂の檻』 シーン3[すいか](2012/10/08 22:46)
[13] シナリオ2 『魂の檻』 シーン4[すいか](2012/10/08 22:46)
[14] シナリオ2 『魂の檻』 シーン5[すいか](2012/10/08 22:47)
[15] シナリオ2 『魂の檻』 シーン6[すいか](2012/10/08 22:48)
[16] シナリオ2 『魂の檻』 シーン7[すいか](2012/10/08 22:49)
[17] シナリオ2 『魂の檻』 シーン8[すいか](2012/10/08 22:50)
[18] インターミッション2 ルーィエの場合[すいか](2012/10/08 22:51)
[19] インターミッション2 ルージュ・エッペンドルフの場合[すいか](2012/10/08 22:51)
[20] インターミッション2 シン・イスマイールの場合[すいか](2012/10/08 22:52)
[21] インターミッション2 ライオットの場合[すいか](2012/10/08 22:53)
[22] キャラクターシート(シナリオ2終了後)[すいか](2012/10/08 22:54)
[23] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン1[すいか](2012/10/08 22:55)
[24] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン2[すいか](2012/10/08 22:56)
[25] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン3[すいか](2012/10/08 22:57)
[26] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン4[すいか](2012/10/08 22:57)
[27] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン5[すいか](2012/10/08 22:58)
[28] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン6[すいか](2012/10/08 22:59)
[29] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン7[すいか](2012/10/08 23:00)
[30] シナリオ3 『鳥籠で見る夢』 シーン8[すいか](2012/10/08 23:01)
[31] インターミッション3 ルージュ・エッペンドルフの場合[すいか](2012/10/08 23:02)
[32] インターミッション3 ライオットの場合[すいか](2012/10/08 23:02)
[33] インターミッション3 シン・イスマイールの場合[すいか](2012/10/08 23:03)
[34] キャラクターシート(シナリオ3終了後)[すいか](2012/10/08 23:04)
[35] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン1[すいか](2012/10/08 23:05)
[36] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン2[すいか](2012/10/08 23:06)
[37] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン3[すいか](2012/10/08 23:07)
[38] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン4[すいか](2012/10/08 23:07)
[39] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン5[すいか](2012/10/08 23:08)
[40] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン6[すいか](2012/10/08 23:09)
[41] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン7[すいか](2012/10/08 23:10)
[42] シナリオ4 『守るべきもの』 シーン8[すいか](2012/10/08 23:11)
[43] インターミッション4 ライオットの場合[すいか](2012/10/08 23:12)
[44] インターミッション4 シン・イスマイールの場合[すいか](2012/10/08 23:14)
[45] インターミッション4 ルージュ・エッペンドルフの場合[すいか](2012/10/08 23:14)
[46] キャラクターシート(シナリオ4終了後)[すいか](2012/10/08 23:15)
[47] シナリオ5 『決断』 シーン1[すいか](2013/12/21 17:59)
[48] シナリオ5 『決断』 シーン2[すいか](2013/12/21 20:32)
[49] シナリオ5 『決断』 シーン3[すいか](2013/12/22 22:01)
[50] シナリオ5 『決断』 シーン4[すいか](2013/12/22 22:02)
[51] シナリオ5 『決断』 シーン5[すいか](2013/12/22 22:03)
[52] シナリオ5 『決断』 シーン6[すいか](2013/12/22 22:03)
[53] シナリオ5 『決断』 シーン7[すいか](2013/12/22 22:04)
[54] シナリオ5 『決断』 シーン8[すいか](2013/12/22 22:04)
[55] シナリオ5 『決断』 シーン9[すいか](2014/01/02 23:12)
[56] シナリオ5 『決断』 シーン10[すいか](2014/01/19 18:01)
[57] インターミッション5 ライオットの場合[すいか](2014/02/19 22:19)
[58] インターミッション5 シン・イスマイールの場合[すいか](2014/02/19 22:13)
[59] インターミッション5 ルージュの場合[すいか](2014/04/26 00:49)
[60] キャラクターシート(シナリオ5終了後)[すいか](2015/02/02 23:46)
[61] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン1[すいか](2019/07/08 00:02)
[62] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン2[すいか](2019/07/11 22:05)
[63] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン3[すいか](2019/07/16 00:38)
[64] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン4[すいか](2019/07/19 15:29)
[65] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン5[すいか](2019/07/24 21:07)
[66] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン6[すいか](2019/08/12 00:00)
[67] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン7[すいか](2019/08/24 23:54)
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[35430] シナリオ6 『魔女の天秤』 シーン4
Name: すいか◆1bcafb2e ID:e6cbffdd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2019/07/19 15:29
マスターシーン 〈栄光の始まり〉亭

「女将、戻ったぜ! とりあえず酒だ!」
 旅塵で汚れたマントを脱ぎながら、数名の冒険者たちが入ってきた。
 年季は入っているが、よく手入れされた装備の数々。
 陽気だが鋭い眼光。
 彼らが漂わせる雰囲気には、他の冒険者たちとは一線を画す存在感があった。
 厨房から顔を出した女将は、春先以来姿を見なかったベテラン冒険者に目を丸くした。
「あんたたちか。ずいぶんと遠出をしたみたいだけど、どこ行ってたんだい?」
「ちょっと王都までな。それより聞いたぜ。“砂漠の黒獅子”だったか? 二つ名持ちとは、どうやら一流どころを掴まえたみたいじゃねえか」
 リーダー格の戦士が、にやりと笑って話しかける。
 革鎧を着た戦士に、初老の戦神マイリーの司祭。額に赤いバンダナを巻いた盗賊。まだ10代半ばの、顔に幼さを残した女性魔術師。
 彼らは〈栄光の始まり〉亭で何年も経験を積み、エース格に成長したパーティーだ。
 戦士に続いてカウンター近くの丸テーブルを占拠すると、どさりと背負い袋をテーブルに投げ出した。
 中で銀貨がくずれる鈍い音が響く。
 給仕の女の子が人数分のジョッキを運んでくると、盗賊は悪びれた様子もなく腰に手を伸ばした。
「新しい娘を入れたんだな。どうだ、今夜オレに付き合わねえか? 金ならあるぜ?」
「もう、昼間からそういうのはやめて下さいって言ってるじゃないですか」
 女魔術師が頬を膨らませて文句を言う。
 盗賊はひらひらと手を振っておどけてみせた。
「仕方ねえだろ。道中は野営と田舎村の宿屋ばっかりで、娼婦のひとりもいやしねえ。お前みてえなお子ちゃまと違ってな、オトナの男は溜まるもんが溜まるんだよ」
「私はもう子供じゃありません!」
「へーへー、そうかい。じゃあ何か、お前がオレの相手をしてくれんのか? お前じゃ金は出せねえぞ」
「ふざけないで下さい!」
「こちとら大真面目なんだがね」
 いつものようにじゃれ合いを始めたふたりを、マイリーの司祭が窘めた。
「今はそれくらいでよかろう。リーダーが待っておる。ぬるくなってしまってはエールに失礼というものだぞ」
 女魔術師が盗賊に淡い好意を持っているのは、司祭も気づいている。
 だが世の中の酸いも甘いも知り尽くした盗賊には、それを受け入れる気がないらしい。
 無理もないだろう。女魔術師は盗賊の半分ほどしか生きていないのだ。放っておけば病気のような初恋は冷め、いずれ自分に見合った相手を見つけ出すに違いない。
 ふたりがおとなしくなると、戦士は気にしたそぶりも無く、高らかにジョッキを掲げた。
「それじゃあ乾杯だ。俺たちの冒険の大成功を祝って!」
 無精ひげの生えた頬に満面の笑みが浮かぶ。
 当然だ。手に入れた銀貨の山は、豪遊に豪遊を重ねても当分はなくなるまい。
「乾杯!」
 そこから先は、思い出話に花が咲いた。
 王都アランでは、炎の精霊王イフリートに怯える貴族から、かつてない好待遇で屋敷の警備を請け負った。
 王都からの帰り道では、途中の村で保存食が手に入らず、戦士が狩りで食料を仕留めるという、まるで駆け出しの頃のような生活をした。
 ザクソンではゴブリンの群れと上位魔神が暴れ回ったとかで、恵みの森のはぐれ妖魔退治に付き合い、報酬代わりにタダで宿と酒にありつくことができた。
「そういや、あの薬草師の嬢ちゃんもなかなかだったな。あと3年ありゃ、ちょっとした美人になる。その頃もう一回行ってみようぜ」
「バカですか? あの人あなたに怯えてたじゃないですか。相手してほしかったら、とりあえず顔と性格を取り替えた方がいいですよ」
「やれやれ、小娘の嫉妬は見苦しいねぇ。だからお前には男ができねえんだよ」
「……ッ!」
 言葉の勝負では、盗賊の方に分がありそうだった。
 魔術師が二の句を継げずに顔を真っ赤にすると、空気を読まない戦士がとどめを刺す。
「気にするな。お前だってあと3年あれば、きっと美人になるよ」
「今は? ねえ今は?」
 笑いの輪がはじけて、戦士が愉快そうにジョッキをあおる。
 すると、そこに声をかける若者があった。
「あの、すみません。僕たちにも今の話を聞かせてもらえませんか?」
「ああ?」
 盗賊が振り向くと、そこにはふたりの少年がいた。
 年は女魔術師とそう変わらないだろう。
 真新しい革鎧に、どこか幼さや甘さを感じさせる、そばかすの浮いた顔。
 一目で理解できる。
 まだ一度も修羅場をくぐったことのない、駆け出しの冒険者たちだ。
「何だおめえたちは? 見世物じゃねえぞ」
「だから毎回毎回、初対面の相手に凄むのやめて下さいよ。しつけのなってない駄犬みたいで、こっちが恥ずかしいです」
「お前はいちいち口うるさいんだよ。嫁いびりが趣味の意地悪ババアかっての」
「何ですって!」
 じゃれ合うふたりに肩をすくめて、戦士が声をかけた。
「それで? 何の用だ?」
「本当に邪魔して済みません。僕たち“砂漠の黒獅子”のパーティーから依頼を受けたんです。王都方面から旅人が来たら、道中の話を聞いて、どんなことでもいいから教えてくれって」
 戦士と司祭が顔を見合わせる。
「噂の英雄サマは、よく分からんことをするんだな」
「駆け出しの救済でしょうか?」
 成功した冒険者が、日々の生活にも事欠く後輩たちのために、どうでもいい依頼を出して支援する話は聞いたことがある。
「それにしたって、もう少し意味のあることをすればいいと思うが」
 首をひねっている間も、駆け出しのふたりは緊張に体を硬くして、直立不動で返事を待っている。
 それに気づいて、戦士は苦笑した。
「まあいいだろ、減るもんじゃないし。ただしお前らも冒険者だ。情報には代価を払わなきゃいけねえ。おい、俺たちの情報いくらで売る?」
 戦士に水を向けられた盗賊は、駆け出したちを頭から足下までじろりと眺めて、財布の中身を予測する。
 この後輩たちの生活が破綻しない程度にふっかけてもいいのだが。
「オレたちにエールをもう1杯ずつ、ってとこでいいんじゃねえの?」
 3年前の自分たちを思い出せば、このあたりが妥当だろう。
 戦士は満足そうに肯くと、駆け出したちに笑いかけた。
「そういうことだ。払えるなら、その辺から椅子を持ってきてここに座れ。一緒に一杯やろうぜ」
 安堵で肩の力が抜けたか、駆け出したちがようやく表情を緩める。
 給仕が新しいジョッキを運んでくると、戦士はまた高らかに掲げた。
「じゃあもう一回乾杯だ。今度は、この出会いを祝って!」
 道中の苦労話もそうだが、他にも野営の心構えや怪しい依頼の見分け方など、この未熟な若者たちには教えたいことが山ほどある。
 たまにはいいだろう、と戦士は思った。
 今回の成功で、銀貨にはかなりの余裕がある。この駆け出したちに一晩おごる程度の無駄遣いは、女魔術師も許してくれるだろうから。


シーン4 ターバ神殿

「狭いという点を除けば、それなりの部屋でございますね」
 案内された客間を見渡して、ランシュは無表情に論評した。
 十歩四方ほどの部屋には、応接用のテーブルとソファ。間仕切り代わりのクローゼットや観葉植物を挟んで、向こう側に寝台が2つ並んでいる。
 置いてある家具はドワーフ職人独特の繊細な装飾が施された逸品で、床には青草を干して編んだらしい涼しげな敷物。
 開け放たれた窓からは涼やかな風が吹き込み、窓辺で手編みらしきレースのカーテンが揺れている。
 決して華美ではないが、ふんだんに金のかかった、居心地のよい部屋だった。
 黒のロングワンピースにフリルのついたエプロン、髪にはホワイトブリムという由緒正しい宮廷メイド装束のランシュは、両手で運んできた大きな旅行鞄を床に下ろすと、不機嫌を隠そうともしない主人に一礼する。
「それではラフィット様、お召し替えを」
「ねえランシュ、今からでも遅くはないわ。あなた離宮に帰りなさい。予定外の来客が増えて、ニース様たちも大混乱だったじゃないの」
 ラフィット・ロートシルト男爵夫人は、宮廷魔術師リュイナールの魔術で《転移》してきた時のことを思い出し、わざとらしくため息をついた。
 事前の打ち合わせでは、ラフィットがひとりで神殿に来るはずだったのだ。
 ごく普通の神官として偽装生活を送る、という約束だったので、滞在中はずっとレイリアの私室に同居できる手はずになっていた。
 なっていたのに。
「無茶をおっしゃらないで下さい。どうしてこのような僻地で、ラフィット様をおひとりにできましょうか」
 この侍女は転移当日になって宮廷魔術師にねじ込み、「ロートシルト男爵夫人たるお方が、侍女の1人もつけないで2週間も過ごせるとお考えですか」と正論を振りかざして、強引に同行を承諾させてしまったのだ。
 ラフィットの典雅な挨拶にニースがそつなく応対している間、護衛に当たる神官戦士長と冒険者たちの表情は引きつっていたし、レイリアは経緯が飲み込めずに曖昧な微笑を浮かべるばかりだった。
 おかげで、2週間も楽しめるはずだったレイリアと一緒の夜も、感動の再会にかこつけて抱きつく計画も、すべてがお流れ。
 何の準備もしていなかったと丸わかりの簡素な客間に通され、一緒にいるのはこの侍女だけだ。
「妾をバカにしているの? 着替えもお化粧もひとりで大丈夫よ。あなたがいなくても問題なくやっていけるわ」
「左様でございますか。安心いたしました。ではご自分でお召し替えを」
 主人の勘気をさらりと受け流し、ランシュは完璧な所作で頭を下げる。
 差し出すのはマーファ教団の神官衣だ。白い亜麻布の貫頭衣と、同じ生地で作られたケープ。着替えに手間取るようなものではない。
「ひとりで着替えたら帰ってくれる?」
「お断りいたします」
「……そう。じゃあ脱がせて」
「かしこまりました」
 空色の薄絹を何枚も重ねた夏用のドレス。ラフィットの所有物の中では上品でおとなしく、露出も控えめな品だが、あくまでもこれは国王が脱がせることを想定した衣装だ。着用者が自分ひとりで脱げるような代物ではない。
 華奢な首のうしろで結ばれた紐をほどくと、黒髪のメイドは慣れた手つきでドレスの背中を開いていった。
 徐々に白い肌が露わになっていく光景は、もし男性が見たら昂ぶりを押さえられないだろう。
 睫を伏せてうつむく表情、ほんのわずかに肩を丸めるしぐさなど、ラフィットは無意識でも凄絶な色香を発散してしまう。
 薄絹のドレスは、ラフィットの体からするりと解けると、まるで花が開くように床に広がった。
 国王が脱がせた後、無粋な布の山として残るようではムードが台無しだ。ラフィットが着用するドレスはすべて、脱いだ後も寝室を飾る装飾として機能するように作られている。
 身にまとう衣装を失い、純白の下着姿になったラフィットは、マーファの神官衣を手に取って動きを止めた。
 これはラフィットが奉じる終末の女神カーディスの宿敵、大地母神マーファの神官衣。着ているレイリアに抱きつくのに抵抗はないが、自分が身につけるとなると話は違う。
 カーディスを滅ぼし、彼女が姉と慕う女王ナニールを封印した憎むべき敵の象徴。
 それがこの神官衣ではないか。
 終末の女神がこの光景を見たら、何と言うか。
「心中お察しいたします。ですが、神罰は不肖ランシュがお引き受けいたします」
 ランシュはラフィットの前に跪くと、恭しく、主人の手の中にある神官衣に口づけた。
 ラフィットと同じくカーディスの使徒である彼女にとって、敵に体を開くのと同じ屈辱であるはずなのに。
「ランシュ……」
「ラフィット様。こんな物は、ただの布きれでございます。お召し替えを」
 常と変わらぬ無表情でうながす侍女の、その握られた拳が細かく震えているのに気づいて、ラフィットは薄く笑った。
「あなたの忠義、受け取りました」
 言って、神官衣に身を通す。
 肌触りは粗く、質感は普段着ているドレスとは比べものにならない。
 それでも鏡の前には、清楚で可憐なマーファの女性神官が立っていた。
 緩やかに波打つ黄金の髪、六分丈の袖から伸びるたおやかな腕。表情さえ取り繕ってしまえば、完璧な神官としてターバのどこでも歩けるだろう。
「どう?」
 くるりと回れば、純白のケープと神官衣の裾がふわりと揺れる。
 意識して小娘のように微笑むと、メイドの仮面をかぶり直したランシュは難しい表情で顎に手を当てた。
「失礼ながらラフィット様、首元が開いております」
「仕方ないでしょ。そういう服なんだから」
「いえ。そのお姿で外を歩けば、不心得を起こす殿方が続出するでしょう」
 マーファの神官衣は決して扇情的な衣装ではないが、だからこそ、控えめに開いた首元にラフィットの色香が集中してしまう。
 ランシュは旅行鞄から裁縫道具を取り出すと、着替えとして提供された2着目の神官衣からケープだけを抜き取り、糸をほどいて作業を始めた。
 とたんに手持ち無沙汰になり、ラフィットはちょこんとベッドに腰掛け、侍女の針運びを眺める。
「ラフィット様。そちらのケープもお借りしてよろしいですか?」
「いいわよ。縫ってくっつけるの?」
「詰め襟に仕立てる時間はありませんので、肩で留めるマントのように仕立てようかと考えております。ブローチを持ってきて正解でございました」
 話しながらもランシュの手は止まらなかった。
 持参した主人の宝石箱から金で縁取られた青玉のブローチを選び出すと、1着目のケープの肩に縫い止めていく。
 その針捌きは熟達した職人も顔負けで、ほんのわずかな着替えの時間だけで、ちょっとした上着が一着できあがろうとしていた。
「ランシュは美人だし、料理も上手だし、掃除も洗濯も裁縫も得意なのに、どうして男どもは放っておくのかしらね?」
「間もなく30歳になろうかという女に、殿方の話題は禁物でございますよ」
 最後の一針を入れて糸を切る。
 ぱん、と音を立てて亜麻布を引っ張り、縫い目のしわを広げると、ランシュは目を細めて隅々まで検分した。
 これを着るのはロートシルト男爵夫人なのだ。急ごしらえとは言え、無様を晒すようなことは許されない。
 やがてランシュは、小さく頷くと主人に向き直った。
「お待たせいたしました。こちらをどうぞ」
 少女の華奢な肩に、仕上げたばかりのケープを羽織らせる。
 ほどいて縫い足した部分はマフラーのように首元を一周し、ラフィットの喉元をふわりと覆い隠していた。
「何だかちょっと暑いわ」
「我ながら会心の出来でございます。無理を言って付いてきた甲斐がありました」
 うっすらとした微笑を浮かべ、ランシュが満足そうに頷く。
 客間の扉がノックされたのはその時だった。
 主従は瞬時に雰囲気を作り直し、気の置けない仲間同士から、国王の愛妾とその侍女へと変身する。
「分かっていますね? 嘘は厳禁です。必ず見破られると思いなさい」
「かしこまりました」
「皆様には本心からの敬意と感謝を捧げなさい。それができないなら、ここに残ることは許しません」
「心得ております」
 ここはマーファ教団の総本山、敵地のど真ん中だ。
 くだらないプライドや好悪の情に囚われて、正体が露見する愚を犯してはならない。
 ましてや、ランシュが失敗すれば、その累が主人に及ぶのだから。
 完璧に感情を制御してロートシルト男爵夫人の侍女になりきると、ランシュは侍女にふさわしい控えめな微笑を張り付かせた。
「お待たせいたしました」
 そう言って扉を開き、姿勢正しく礼を施し、視線を床に落としたまま客人を部屋へ招き入れる。
 そこに立っていたのは、“亡者の女王”の転生体レイリア、冒険者の魔術師ルージュ、それに使い魔の猫一匹。
 高貴な女性の部屋へは男を向けないという配慮らしい。
「レイリア様、ルージュ様、このたびは突然のご迷惑、申し訳ございません」
 数ある仮面の中から『愛妾にされた少女の、私的でややくだけた態度』を選んだラフィットが、申し訳なさそうに目尻を下げる。
「こちらこそ、至らなくてごめんなさい。色々と用意はしたんですけど、この部屋には置いてないんです。これから少しずつ運び込みますから。ランシュさんも、必要な物があれば遠慮なくおっしゃって下さいね」
「お心遣い痛み入ります、レイリア様」
 本来ならば、ここでは気配を消して茶の用意をするのが侍女の役目なのだが。
 もてなすこともできず棒立ちになったまま、逆に主人の客に気遣われるという屈辱に、ランシュは目もくらむ思いだった。
「それより、よく似合っていますね、ラフィット」
 どことなくぎこちない空気を追い払おうと、レイリアはにこりと笑って名を呼ぶ。
「ケープはすこし飾り付けられているようですけど。これはランシュさんが?」
「はい、レイリアお姉様。私は最初のままでいいと言ったのですが、ランシュが駄目だって言うんです」
 ラフィットは少しすねた口調で甘えてみせる。
 レイリアは曖昧な微笑に困惑を浮かべてランシュを見た。
 目立たないように、普通の神官に偽装するというのが趣旨なのだから、神官衣を改造するとはどういうことか。考えているのはそんな所だろう。
 しかし、こればかりは譲れない。
「ご覧になれば、お分かりいただけるかと愚考いたします。ラフィット様、失礼いたします」
 ランシュは主人の肩を留めるブローチのピンを外し、喉元を隠していた襟巻きを取り去ってみせる。
 たったそれだけのことで、部屋の空気が一変した。
 ほっそりしたうなじと、喉元にかけての肌。
 そこから匂い立つような何かが発散されて目が離せなくなる。
 レイリアは顔を赤らめて立ち尽くし、ルージュは口に手を当てて息を飲んだ。
「いや……レイリアさん、これはダメだよ」
「私のと同じ服なのに、どうしてこんなに違うのでしょうか?」
 純白の、清楚な神官衣。
 それをきっちりと着ているだけで、衣装はどこも乱れていないのに、わずかにのぞくラフィットの肌が、どうしてこんなに劣情をかき立てるのか。
 この格好で外を歩かせるなどとんでもない。目立たないどころか注目の的だ。
「お姉様?」
 無邪気な表情で、ラフィットが首をかしげる。
 たったそれだけの仕草で、表現しようのない息苦しさが倍増した。
 レイリアはもう限界だった。
 これは隠さなくてはならない。絶対にシンには見せられない。
「ごめんなさい、もういいです」
「かしこまりました」
 忠実な侍女が主人の肌をふわりと隠すと、レイリアとルージュはようやく一息つくことができた。
 以前、王都の離宮で味わったのと同じ魔法。国王でさえ虜にしてしまうラフィットの性的魅力は、凶暴としか言いようがなかった。
「ランシュさん。あなたの仕事ぶりは完璧です。あなたがいなければ大変なことになっていました。ありがとうございます」
 レイリアの賛辞は本心からのものだ。
 傷ついていた侍女としてのプライドを大きく満足させられ、ランシュは上品に微笑んで頭を下げた。
「もったいないお言葉、恐縮でございます」
 そして、これ幸いとルージュに話しかける。
「ルージュ様、当家の執事からルーィエ様に言付かっておりますので、お話を許可いただけましょうか?」
「もちろんです。ルーィエ、ご挨拶して」
 それまで黙って茶番を見学していた銀毛の猫王は、侍女が自分の名前を知っていたことに驚いた様子だが、様付けで呼ばれて自尊心を満足させたらしい。
 ひらりとテーブルに跳び乗ると、胸を張って侍女を見上げた。
「お前は見覚えがあるぞ。王都の道端で暗殺者に襲われた時、そこの小娘をかばって戦った忠義者だな。天と地と精霊に祝福されし銀月の王、ルーィエだ。以後見知りおけ」
「ランシュと申します。その節は命を助けていただき、誠にありがとうございました。当家の執事からも、ラフィット様の大恩あるお方ゆえ、くれぐれも失礼のないようにと申しつけられております」
 猫を相手に深々と頭を垂れ、丁寧な礼を施す。
 そして頭を上げると、ランシュは旅行鞄の中から茶色の小瓶を取り出した。
「こちらはルーィエ様に、当家からのお礼でございます。ホニングブリュー農園の最高級蜂蜜を用意いたしました。ミルクとの相性は絶品と、料理長の保証付きでございます」
 まるでちょっとした絵画のような、ホニングブリューのラベル。
 シャトー・ロートシルトの葡萄酒には及ばないが、これも王室御用達の超高級品だ。1瓶で銀貨100枚は下らない。
「ミルク割りの秘伝レシピも学んで参りました。ルーィエ様、どうか無聊の慰めにお運び下さい。精一杯おもてなしさせていただきます」
 かつて、ルーィエを王としてこれほど適切に処遇した人物がいただろうか。
 ルーィエは満足を隠そうともせずに髭をふるわせた。
「さすがは男爵夫人の侍女だ。お前は道理も礼儀もよくわきまえている。男爵夫人がこの部屋にいる間は、俺様が直接護衛する手はずになるから、朝夕の食事にそれを饗することを許してやろう」
 さりげなくラフィットが“小娘”から“男爵夫人”に格上げされているあたり、相当嬉しかったらしい。
『物に釣られるって、どれだけ単純なのよ』
『やかましい。悔しかったらお前らも俺様をもてなしてみせろ』
 念話を交わしながら、ルージュも男爵夫人に話しかける。
「うるさいのが一緒だと気も休まらないと思うんですが、護衛なしはさすがにまずいということになりました。申し訳ないんですが、部屋の隅っこにルーィエを置いていただけませんか?」
 本当ならレイリアが同室で護衛する予定だったのだが、そこにはあえて触れない。
 その気遣いはラフィットも正確に受け取って、花開くような明るい笑顔を浮かべると、両手を胸の前で合わせた。
「ルージュ様、願ってもないことですわ。ルーィエ様は毛並みもお美しくて、猫族の王として品格もおありになって、そんな方と御一緒できるなんて素晴らしいことですもの。ルーィエ様、今宵は妾にお体を撫でる栄誉をお与え下さいましね?」
「ラフィット様、国王陛下が嫉妬なさるような言い方はお慎み下さい」
 冷静に指摘するランシュの言葉に笑いがはじけた。
 どうやら猫の護衛を受け入れてもらえそうだと知って、レイリアの顔にも安堵が広がる。
「ラフィット、一休みしたら神殿の中を案内します。また後で来ますね」
「はい、お姉様」
 レイリアとルージュに続いて背を向けたルーィエは、ふと足を止めると、扉口からランシュを見上げた。
「おい侍女。すぐに茶器と湯、それにミルクを運ばせる。他に必要なものはあるか?」
「ありがとうございます、ルーィエ様。差し支えなければ水盆と手拭いをお願いいたします」
「分かった。それから、この神殿には侍女を伴うような貴人はいないことになってる。間違えてもその格好で扉の外に出るなよ。出たいならお前も神官衣を着ろ」
 紫水晶の瞳が侍女を射貫く。
 ランシュは反射的に頭を下げ、表情を隠した。
「かしこまりました」
 ルーィエが音もなく去り、扉が閉まっても、しばらく室内には沈黙が残る。
 ランシュは耳を澄ませ、2人分の足音が遠ざかっていくのを確認したが、さすがに猫の足音までは聞き取れない。
 やっかいな相手が護衛についたものだ。
「ランシュ。ルーィエ様はよく見てるわね」
「はい。ラフィット様、4日間下さいませ。準備いたします」
 どこに耳があるか分からない。
 具体的な指示は一言も言葉に載せず、それだけのやりとりで問題を共有する。
「お願いね」
 対策を信頼する侍女に任せると、ラフィットは部屋の窓から外を眺めた。
 そこに広がっているのは、白竜山脈の霊峰と、どこまでも続く針葉樹の森。
 巡礼者や司祭たちが大勢いる聖堂とは反対側の景色だ。どうやら、徹底して彼らの目から隠蔽するつもりらしい。
「もっとも、妾たちにとっても好都合ですけれど」
 敵の本拠地に乗り込んで行う、乾坤一擲の賭け。
 ターバ神殿が血と炎で染まる未来を幻視して、ラフィットの唇が冷たい笑みを浮かべた。


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