1.
世界が現代から近未来に変わって今年がちょうど三十年の節目らしい。
昭和八十七年の夏、そんな三十年目という言葉を売り文句にした新製品の数々に、暇な夏休みの学生であるボクらは次々と踊らされた。
日電と藤のどちらのミニマイコンが良いかとか、空間テレビの普及でアナログ放送はすでにアナクロ放送だとか、今年のオリンピックは月面都市なので肉眼で見に行きたいだとか、一夏の思い出に性変換をしてみようだとか、そんなお小遣いがすっからかんになりそうな馬鹿話を友人達と黒電話で交わした。
古い道具と新しい製品を分け隔てなく受け入れるボクらのような子供を、大人達は近未来世代なんて呼ぶ。
第二次産業革命前の『未来予想図』は古い道具が全て新しい製品に入れ替わった夢の工業化社会だったらしい。だけれど訪れた近未来は、古い道具をそのまま便利に変える第五粒子技術の登場で、日本の古い生活様式がそのまんま残ったのだとか。
小学生から中学生に上がってから、新しく社会科から分かれた教科である近未来史で習った知識だ。
古いものと新しいものが入り乱れるそんな日本。だけれど子供のボクらにとってはものの新旧などどうでもいいことで。
何よりも考えなければならないのは、少ないお小遣いをいかに楽しいことに消費するかだ。
二ヶ月の夏休みは長い。遊び放題だ。
でもお小遣いの額はいつもと変わらない。困ったもんだ。
お金のかからない遊びというのはあまり面白くない。ボクらのような子供をターゲットに発売された遊び道具の数々の方がずっと面白い。大人の手によってアナクロな遊びは廃れたっていうのに、遊ぶのにお金がかかるということを大人である親達は理解していない。
小学生の頃は家事の手伝いをして臨時のお小遣いを貰ったりもしたのだけれど、お父さんがボーナスで買った家政婦ロボットのせいでその手はもう使えない。せちがらい世の中だ。
いつも通りの夏休みならお母さんゆずりのやりくり上手な資金運用で乗り切れる。
だけれども今年の夏はそうはいっていられない。財布のひもを固くしばってもゆるゆるになってしまう新商品がボクを待っているんだ。
バーチャルリアルアーケードゲーム、『サイコダイブ』。来週ゲームセンターに新しく登場する大型タイトルだ。
バーチャルリアリティ。仮想現実。
割と日常で耳にする言葉だ。目の前にないものがあたかも目の前にあるように錯覚してしまう、そんな不思議な空間。
代表的なのが空間投写型のテレビで、ボクはこの空間テレビにネオファミを繋げて毎日のようにゲームをしている。
他にも、専用のヘッドセットをかぶって、光と音で催眠状態になり夢の世界を冒険するドリームリアリティゲームなんてものもある。
しかし、この『サイコダイブ』はそんな今までの仮想現実ゲームとは一線を画したもの。脳とゲーム機を第五粒子技術でつないで脳の中で直接ゲームをする、世界初の本格派バーチャルリアリティゲームなわけだ。
元々は軍事用途で使われていたとかそんな噂が流れているけどボクには関係ない。電脳世界でゲームをできるというのがゲーマーとして何よりも重要だ。
近所のゲームセンターにその『サイコダイブ』がやってくると、馴染みの店員さんから聞いてからというもの、ボクはずっと財布と貯金箱を相手ににらめっこをする日々だった。
『サイコダイブ』一プレイ五百円。とんでもない値段である。
ネオファミの新品ゲームが一つ二千円。『三十一周年』を売りにしている夏にはかかせない当たり付きソーダアイスが一つ五十円だ。
困ったもんだ。断言できる。ボクはこのゲームにはまる。
初めて見た空間テレビでの『サイコダイブ』CMに完全に魅せられ、PV放送でボクの心は捕らわれた。バーチャルリアリティなんて関係なしに、この『サイコダイブ』のゲーム風景はボクをとりこにした。
中身がどんなクソゲーでもボクはきっとゲームセンターに通い続けてしまうんだろう。
名作だったときは大変だ。お母さんにジャンピング五体投地をしてお小遣い獲得のチャンスをねだらなければならなくなる。
2.
ゲームセンターに入荷された『サイコダイブ』の筐体は四台。
ボクは開店三十分前にゲームセンターに来たというのに、順番待ちで開店後一時間もお預けになった。
一プレイ十五~二十五分。筐体の第五粒子洗浄一分。コンテニューはなし。よくもまあ一プレイ五百円のゲームにこれだけ人が集まったもんだ。平日なのにスーツを着たサラリーマン風のおっさんもいた。
ともあれ、とうとうボクの番だ。
目の前にはゲームセンターの一角にでーんと構える巨大な筐体。人一人がすっぽりとおさまる密閉型のカプセルだ。
アーケード用のバーチャルリアリティゲームは、このような密閉タイプのものがほとんどだ。空間投射型はスペースがいるし、催眠型は夢の世界にいるので無防備だ。『サイコダイブ』は催眠型と同じでゲーム中が無防備になるもの。“今のボク”は中学生の女の子扱いなので、筐体がボックス型なのはうれしい。
カプセルの扉を開け、中に入る。中にはふかふかの一人用ソファーがあり、ボクはそこに身体を沈めた。
扉が開くと、空間に第五粒子の青いモニターが浮かび上がった。
第五粒子のモニターにはゲーム内容の説明が書かれており、画面の下にはコインの投入口がある。ボクはそこに開店前からずっと握ったままだった五百円玉を投入する。
≪GAME START≫
そんな簡素な文字が画面に浮かび上がり、筐体の壁に第五粒子が吸い込まれていく。
『楽な姿勢で座って目を閉じて下さい』
案内音声の声に従い、ボクはそっと目を閉じた。
◆
...........[Psycho DIVE]
>キャラクターセレクト
>>性別:男
>>年齢:少年
>>タイプ:ソーサラー
>>難易度:イージー
>>名前:KOR
≪精神ダイブを開始します≫
-depth>>1
ゲームが始まる。
ボクはシステムアシストを受けて目を開いた。
視界に映るのは他のゲームで見たような西洋風の町。でもその建物はどこか丸みを帯びていて、サイズも人が住むには少し小さすぎるサイズだ。
おとぎ話の世界とでもいうんだろうか。メルヘンチックな風景だ。
『サイコダイブ』の世界は、一人の女の子の夢の世界だ。そういうゲーム設定がある。空間テレビのPVで見た。
このゲームの設定はこうだ。
小さな女の子がエネミーに捕らわれ、自分の夢の世界に閉じ込められてしまった。
プレイヤーはその夢の世界に進入してエネミーを倒し、夢の世界の奥底にいる女の子を助け出すのだ!
選べる職業は三つ。ソーサラー、アーチャー、ガンナー。いずれも攻撃方法は遠距離攻撃のみ。
敵のモンスターも基本的に遠距離攻撃しかしてこないが、例外として大型のボスモンスターのみ体当たりを行ってくる。
ジャンルはバーチャルリアルシューティングゲーム。
世界初の電脳型ゲームということで、アクションに縛りを加えているんだろう。仮想現実でリアルに身体を動かせても、“当たり判定”が設定されていないといくら殴っても蹴っても物を壊すことはできない。
ボクはその場で身体を動かしてみる。“現実”と同じ感覚で身体が動く。
視線を下げて自分の身体を見てみると、いかにもソーラサ―という感じのローブを着た少年の身体がそこにはあった。
現実のボクよりも少し大きな身体。しかし、それに違和感は感じない。ゲームによるシステムアシストを受けているというぽやっとした感覚があった。
ボクはその自分のものではない手を動かす。ローブの上から身体をぺたぺたと触ると、リアルな触感が返ってくる。
ぺたぺた。おまたぺたぺた。うん、ついてない。当然だ。全年齢ゲームだぞ。
でもこのゲーム、今はゲームセンターでもないと入荷できないおどろきの高価格筐体だけど、もし電脳型仮想現実ゲームが個人用に広まるとしたらエロいジャンルからだと思う。
性変換技術の登場で、人間は生き物として男女の垣根をしっちゃかめっちゃかにしてしまっている。でもそんな今でもエロは強し。
≪GO!≫
と、スタート地点でぺたぺたしていたら、空中に「こっちへいけ」と指示するように矢印が浮かんだ。そしてなんとなくこっちにいかなければならないような気分になる。システムアシストによるゲーム進行補助だ。さすが電脳世界。
ボクはいつもより少し高い視線で走り出す。本当に自分の手足を動かしているような感覚がある。面白い。催眠型仮想現実のあいまいな感覚とは違う不思議な実感がある。
≪ENEMY!≫
メルヘンチックな町を進むと、システムアシストの『感覚』が警告を出してきた。
周囲へ注意を向けると、並ぶ丸みを帯びた家の脇道からエネミーが飛び出して来た。コミカルなキノコのお化けだ。
キノコは体をゆすると、こちらに向けて胞子の弾を飛ばしてきた。
KOR>>うわっと
飛んできた弾を飛び退いて避ける。そうだ、現実感にひたって感動していたが、これはゲームだ。遊ばないと。
ボクはぐっと拳を握る。すると、手から光があふれ出し手の中に魔法の杖がPOPした。
そしてボクは頭の中にあるゲームシステムを確認し、アタックを開始する。魔法の矢がキノコに向けて勢いよく放たれた。
-depth>>3
初プレイでボクは三面まで辿り着くことができた。
まあイージーモードなのでそれほど難易度が高いというわけではない。しかし残機は0。ライフも残り少ない。
難しくないのにここまで追い詰められているのは、システムに慣れていないせいだろうか。一面の途中。そしてこの三面。妙に周囲に違和感があってゲームに集中できないんだ。
何だろう。デジャブだ。
一度クリアしたことがあるゲームがマイナーチェンジをして敵配置が変わったような、そんな不思議な感覚がある。
木の間隔が妙に広いすかすかの森で、ブリキの銃士隊エネミーを相手に魔法を飛ばす今もデジャブがボクの頭をよぎる。
KOR>>なんだろうなぁこれ
プレイが終わったら、他にプレイした人にどうだったか聞いてみようか。
イージーモードは全五面のうち三面までしかプレイできない。ここで死ぬにしろボスを倒すにしろもう終わりだ。
ブリキの銃士隊を撃ち抜き、システムの指示する道を進む。
すると森の木が切り開かれた広間/『公園』が目の前に広がる。広間の奥には巨大なブリキ製のチャリオットが待ち構えていた。
……ン? 待て、今ボクは何を考えた――
≪GAME OVER≫
[Psycho DIVE]...........
◆
3.
「ぷわ、なに? 凡ミス!?」
筐体から精神を切り離され、ボクはソファーの上から立ち上がった。
身を乗り出しすぎて、もふ、と頭が筐体のカプセルの壁に当たった。安心の衝撃吸収設定である。
『忘れ物にご注意下さい』
そんな遠回しな退室の指示を受け、ボクはカプセルの扉を開ける。
筐体の外で順番を待っている人達と目が合う。その視線は「どうだ? 面白かったか?」と問いかけているかのようだ。
その問いには答えられない。なんだかすごい腑に落ちない最後だった。余計な思考に捕らわれて、ボスの開幕射撃を真っ正面から受けてしまった。
むふー、と鼻から息を吐きながら筐体の扉を閉める。扉の向こうではあらゆる粒子の形態を模倣する第五粒子の粒が洗浄剤となって光を散らしながら舞っていた。
『サイコダイブ』にコンティニューはない。
ボクはそっと扉から手を離し、ゲームセンターの店内を見渡す。大小様々な筐体が音と光を出しながら並んでいる。そして『サイコダイブ』の人待ちの列が開店時よりも長く伸びている。
もう一度やるとなると、これに並ぶのか。
ううむと悩みながら列の横を歩いていく。
「カオリー」
と、ボクの名前を呼ぶ声が聞こえた。
声の方を向くと、そこにはこのゲームセンターの店員のお兄さんが、列の最後尾に私服姿で並んでいた。
「おはようございますサトコさん」
「おはよう。でも今はサトシね」
そう爽やかに答えるお兄さん。サトコさん、ではなくサトシさんだ。この前会ったとき女性だったので、つい前の名前で呼んでしまった。この人は性変換が趣味らしく、頻繁に性別が入れ替わっている。性変換は一回二万円くらいするはずだけど、なんとも変わった人だ。
「どう、面白かった?」
「んー、凄かったですけど、楽しむ前に終わってしまいました。なんだか感覚が完全に繋がっていなくて気が散ったというか……」
「これの精神同調率は相当高いって聞くけどねぇ。現実の体より自在に動かせる体、なんて記者のレビューがあったよ」
「自在に動かせる……うん、そうですね。その点はまさしくそうでした」
「でも気になるところがあったと」
その通りだ。仮想現実ゲームとしての出来は悪くない。
でも、没入を邪魔するような何かがあるのだ。
「もっかいやってく?」
サトシさんがくい、とサムズアップした親指を自分の背後へと向けた。
並べば一時間以上待つことになる。まるでゲームセンターではなく遊園地のアトラクションだ。ううん、内容としては遊園地となんら変わりないのかな。
ボクはしばし考えた後、サトシさんの後ろに並ぶことにした。一人で待つならノーセンキューだが、話し相手がいるなら大丈夫だ。
「じゃあ、プレイの感想でも聞こうかな」
「いやいや、これから初プレイの人がいるんですからそれは」
ゲームのネタバレなんてされたらボクもぶち切れるぞ。いくらアーケードが下見上等なゲームばかりだからって、こんな体感系ビッグタイトルのネタバレはよろしくない。
「んーじゃあ俺から店員として他のゲームの話をしようか。『サイコダイブ』ばかり注目されてるけど、面白いの入荷してるよ。音ゲーの『マリオネット』は第五粒子で作った本物そっくりの楽器を使って、補助アームでプレイヤーに無理矢理演奏させるってものでねー」
彼の話に耳を傾けながら、ボクはあの世界に再び足を踏み入れる時を待った。
◆
...........[Psycho DIVE]
-depth>>3
イージーモードで来ること二回目。三面のボスの広場が近づいている。残機は2。ボスはほぼ初見になるが余裕はある。
そしてボクはこのプレイで一つの確信を持った。このデジャブは、感覚とゲーム筐体との繋がりの悪さが原因で起きているのではない。
むしろ、精神同調率は高すぎるかもしれない。高い同調のおかげで風景に気を取られている最中に、システムアシストという余計な要素が絡むことで精神の集中が乱されているくらいだ。やはり、CMやPVを見たときに感じたあの感動は間違っていなかった。ボクはこの世界に魅せられている。
デジャブの正体はわからない。
同じMAP構造のゲームをやったことがあったかな? でもそれならここまで惹かれるこの世界に類似したゲームを覚えていないのはちょっとおかしい。
そんな不思議な状況で迎えたボス戦。ブリキの馬に引かれるかぼちゃの馬車のような形をしたチャリオットが、大砲を飛ばす。
ボクはそれを避けてお返しに魔法を撃ち込む。
このゲームは要は敵の攻撃を避けられるガンシューティングだ。
いくら飛び跳ねても疲労はないし、魔法もトリガーを引くような気軽さで使える。この分だと未経験のアーチャーとガンナーもなんとなくどういうものか予想がつく。
広間を走り回り体当たりをしてくるチャリオットを避けて、魔法を繰り返す。装甲に亀裂が入ってくると、遠くの木々から銃士隊が飛び出してくる。エネミーの追加射撃にライフを削られつつも、やがてチャリオットの装甲を破壊することに成功した。
割れるかぼちゃの荷車。残骸からは光の粒が舞い、神秘的な光景を見せる。
やがてチャリオットの欠片は全て光となって消え去って、荷車の中から姿を現わした六、七歳ほどの女の子が一人後に残った。
子供用の軍服を着た小さな黒髪の女の子。
軍服からチャリオットや銃士隊の仲間かと一瞬思ったが、始めて登場する人間キャラクターだ。もしかして、この子がゲーム目的の捕らわれた子なのだろうか。
KOR>>ミキちゃん……
あれ? なんだ今の台詞は。ボクが言ったのか?
このゲーム、PCが勝手に喋る演出なんてあったのかな。
そんなことを思っていたら、突然女の子の足元が爆砕した。
KOR>>っ!?
土を吹き飛ばし地面から飛び出したのは、茨。緑の茨は地を割り勢いよく天に向けて伸びた。
女の子の周りを囲むように次々と生え出た茨は、まるで生きているかのようにうごめき、複雑にからみあう。
ボクが驚きに身をすくめている間に、茨は女の子を閉じ込める檻となった。
KOR>>あ……
茨の檻に向けて手を伸ばす。しかし、それをあざ笑うかのように、茨の檻は割れた地面の中に吸い込まれていった。
後に残ったのは、地面の大穴と掘り返された土の山のみだ。
≪depth 3 complete!≫
≪next play - select NORMAL≫
ボクの気持ちを置いてゲームが勝手に進行していく。
そうだ。イージーだ。三面で終わるんだ。ああ。なんだこれ。女の子を目の前で攫われて終了なのか。
≪GAME OVER≫
[Psycho DIVE]...........
◆
4.
気になって仕方がない。
何かというと、『サイコダイブ』とあの女の子だ。
ボクはあの女の子を知っていた。どこかで見たことがある。デジャブなんてレベルではない確信だ。
道中のデジャブも気になる。何故ボクはあの一面と三面の風景に心を惹かれるのか。
もやもやっとした気分を抱えながら、ボクは毎日のようにゲームセンターに足を運んだ。
軍資金は限られているので、攻略法を他のゲーマーや店員さんと交換しながらのプレイだ。その中で、ボクは四面のステージにも心を奪われた。メルヘンな西洋風のお城を進むステージ。ボクは風景を楽しむようにじっくりとステージの隅から隅まで攻略していった。
そんな慎重なプレイをしていたら、ノーマルのクリアを予想よりも少ない金額で達成できた。計三五〇〇円消費時点でのクリアである。新作ゲームが二本も買えるとは言う無かれ。出たばかりの電脳世界ゲームはお金がかかって当然なのだ。先行投資。
ゲームクリアのときの光景は次のような感じだ。
周囲を茨に囲まれた最後のステージ。そのボスの巨大な薔薇を倒すと、薔薇の花の中からあの軍服を着た女の子が出てくる。女の子はこちらに向かって笑みを作る。そしてボクはシステムアシストの自動操作で空に向かって魔法を飛ばす。空に大きな穴が空く。その穴に向かってボクは飛び、女の子の夢の世界から脱出する。
ずいぶんとあっさりしたエンディングだけれど、アーケードゲームというのはどれもこんな短いエンディングばかりだ。プレイ時間以外の演出お客さんを台に座らせると、筐体の回転率が悪くなってしまう。何でこの終わり方には納得している。
「リピート客が意外と少ないんだよね」
四千円目のプレイを終えたボクの元に、店員の制服を着たサトコさん――今は女である――が暇そうにやってきてそんなことを言った。
「やはり五百円だからですか」
「うーん、そっちじゃなくて世界観の問題かな」
人の居ない格闘ゲーム筐体の椅子に座りながら、サトコさんが言う。
ボク達学生は夏休みだけど、世間では今日は平日。それほど人の入りが良いわけではないみたいだ。
「メルヘンなんだよねぇ。シューティングって題材とマッチしてないよ。他のタイプのVRはみんな演出過多だからどうしても比べちゃうんだろうね」
確かに、『サイコダイブ』は派手ではない。メルヘンファンタジー世界で、地味に遠距離弾を撃ち合うもの。
ただステージ構成はすごくて、やっていて退屈になったり理不尽さだと思ったりすることがない。五百円という価格設定さえなければ何周もしたくなる。
「ま、電脳系の未来に期待かな」
「うーん……」
続編なり新作なりを待つ。はたしてそれでいいのか。
クリアしたからボクは満足? 本当に? 何かやりのこしたことがないか?
◆
...........[Psycho DIVE]
-depth>>3
チャリオットを粉砕する。もう慣れたもので、ノーダメージで倒せるようになっている。
チャリオットの残骸から女の子が現れる。それに遅れて、地面から茨が飛び出してくる。
ガンナーのボクは、そんな茨に向かって手を伸ばした。掴む。掴んだ。うごめく茨に身体が持ち上がる。それを無視して、茨の檻をこじ開けようと腕に力を入れた。が、びくともしない。“当たり判定”が腕にないんだ。
ならば、とボクは地面に飛び降り、拳を握りしめて手に銃を作り出した。トリガーを引く。三点バーストの弾丸が銃の先から火薬の閃光を放ちながら飛び出していく。
弾丸が弾かれる金属音が響いた。これは建物などの破壊不可オブジェクトに攻撃が命中したときの音だ。
駄目だ。これでは助けられない。
≪depth 3 complete!≫
[Psycho DIVE]...........
◆
5.
自分でも何がしたいのかよくわからない。残り少ないお小遣いを使って、ボクは女の子を“助けよう”としていた。
ゲームクリアをすれば軍服の女の子はエネミーから解放される。
だけれども、その終わり方にボクは納得できなかった。エンディングがあっさりなのはアーケードゲームとして当然だとは思っている。でもボクは、女の子が捕らわれていた自分の精神世界から結局脱出していない最後にもやもやとしたものを感じていた。
ゲームクリアした後のボクは、ゲームシステムによって自由に身体を動かせなくなる。女の子の手をとって一緒にこの夢の世界から抜け出すことはできない。
だからボクは、まるで隠しルートを探すかのように三面で出てくる女の子にアプローチをしていた。いくら本物の人間そっくりで見覚えがあるからといって、ゲームのNPC相手にこんなにやっきになっているのか。自分でも何がしたいのかよくわからない。
◆
...........[Psycho DIVE]
-depth>>3
アーチャーの弓は一度に矢を一本しか飛ばせない。さらに次の矢を構えるまでに時間がかかる。しかしガンナーの三点バーストやソーサラーの魔法弾よりも威力が高い。強く弦を引き絞れば、貫通の追加効果を持った矢を飛ばせる。的確に攻撃を命中させられるならアーチャーが一番強い。
亀裂が入ったチャリオットにボクは肉薄する。このゲームは自分の攻撃が早く、敵の攻撃が遅いのでゼロ距離攻撃はさほど利点がない。命中率が高くなる程度か。ただしシステムアシストがあるので、このゲームは素早い敵相手以外で攻撃を外すことはない。素早い敵はそもそも接近が難しい。
チャリオットは直線の移動速度が速いエネミーだ。それでもボクはチャリオットにゼロ距離射撃をしかける。
チャリオットを粉砕する。チャリオットの残骸から女の子が現れる。
そしてボクは、女の子に向けて腕を伸ばした。女の子の服に触れる。人の体温がその服越しに伝わってくる。エネミーやオブジェクトとは違う感覚。それをボクは頭の隅に追いやり、女の子を抱き寄せる。そして、女の子を抱えて思いっきり前方に跳躍した。
背後で地面が弾ける音が響いた。茨の檻。それから逃れるようにボクは広間の端へと女の子を抱えたまま走り込んだ。
背後を振り返る。
≪system error≫
世界が、弾けた。
視界いっぱいにブロックノイズが走り、森の広間がノイズに書き換えられていく。
ぐっちゃぐちゃに世界が塗りつぶされる。
KOR>>……バグ?
そう独りごちる間にも視界の風景は変わる。ノイズが晴れ、新しい世界が目の前に広がった。
森と広間のステージではない。噴水が中央に置かれた、近未来風の広場だ。地面には第五粒子の半透明な視覚障害者誘導用パネルが敷かれている。そして噴水の横には、装甲が穴だらけになった多脚戦車が煙を上げながら鎮座していた。
なんなの、これは。
ボクは呆然とその光景を眺める。腕の中の女の子はじっと動かずに――
≪DEPTH 3 complete!≫
-DEPTH>>4
KOR>>はっ……!?
視界が急に切り替わった。あのバグだらけの光景を経ても、ステージクリアはなされ、新たなステージが始まった。
新たに視界に映ったのは、木造のおんぼろな建物。学校の校舎だった。
KOR>>ははっ なんだこりゃ
思わず笑ってしまった。四面の舞台は本来ならメルヘンな城で、城を占拠する悪魔系エネミーを相手にするはずだ。
それがこんな年代物のおんぼろ校舎。しかもそれが、一昨年までボクが通っていた地元の小学校だなんて。
見覚えのありすぎる新たなステージに笑うしかなかった。
もしかしてあれだろうか。バグって筐体と繋がっているボクの脳の記憶がゲームに反映されてしまっているのだろうか。
MIK>>ん……
KOR>>わっ
と、突然腕の中に抱えたままだった女の子がじたばたと暴れ、腕からすり抜けていった。
軍服の女の子は、ボクの方を見ずに校舎の玄関へと走っていく。
KOR>>あ ちょっと
後を追う。すると。
≪ENEMY!≫
エネミーの出現警告。こんな状況でもシステムアシストの恩恵はあるらしい。
玄関に足を踏み入れたボクと軍服の女の子。視界の奥では、エネミーが玄関奥の廊下からこちらに近づいてくる。。
エネミーは骸骨の杖を持った悪魔、ではなく、薄いパワードスーツを着た近未来の兵隊だった。手には自動小銃。
なんだこの世界観は。
状況についていけないボクの前方では、軍服の女の子がいつまに手にしたのか、武器を兵隊達に向けていた。
軍用のレーザーガン。銃口からまばゆい光が次々と飛び出し、兵隊達の胸を穿った。
パワードスーツに大きな穴を開けた兵隊は、傷口からガラスの欠片のようなものを大量に吹き出しながら倒れた。
今までのエネミーにはない新しい演出だ。
玄関に踏み込んできた兵隊は一人残らずガラスの欠片をばらまいて倒れる。
その光景を作りだした女の子は、レーザーガンを構えたまま廊下に向けて走り出した。
KOR>>あ
このままでは置いて行かれる。そう思ったボクは急いで女の子の後を追う。
歩幅の狭い女の子と、ゲームキャラとして性能の高い今のボクでは走る速度に大きな差があるようで、すぐにその背に追いついた。
女の子の後をついて倒れた兵隊の横を通り過ぎる。
おかしい。このゲームでは死んだエネミーは光になって消えてなくなるはずだ。それがこの兵隊の場合、ガラスの欠片をまき散らしたまま死体が残ったままだ。
本当にこれはバグなのかな? 実は最初からゲームに組み込まれているシステムなんじゃないか。
思い至るのは一つ。裏ステージ。
このゲームの説明文には、女の子の精神世界に入るとだけあって、メルヘンな中世ファンタジーの世界が舞台とは一言も書いていない。つまり、今の状況もゲームに最初から組み込まれたものなのではないか。
パワードスーツを着た兵隊や軍用レーザーガンはボクの記憶から再現されたにしてはリアリティがありすぎる。
しかしそうなると、そんな戦争物バリバリなアイテムがボクの記憶にある小学校に登場するのがおかしいが。よくわからない。判断材料が少ない。
とりあえずボクはこのステージをこのまま進めることに決めた。
前を行く女の子はいまいちどういう存在かわからない。見覚えがあるのはもちろんのことだけど、ゲームの目的であるエネミーに捕らえられた女の子を助け出すという目的を達成しているのに、その女の子が率先してエネミーと戦っているこの状況が不思議でならない。なので、最後まで見てやろうと決めたわけだ。
女の子のことはとりあえずお助けNPCとでも思っておこう。
顔を見るとデジャブに捕らわれて仕方がないけれど、理由はわからないので一旦おあずけだ。
≪ENEMY!≫
廊下の角を曲がると、敵の出現警告が出る。この道順と敵の出現パターンには見覚えがある。通っていた小学校だから道順がわかるというだけではない。これは、本来の『サイコダイブ』の四面と同じステージ構成なんだ。
ボクは手に弓を出現させながら思った。なるほど、ボクが四面に心を惹かれたのはこういうことか。ボクは卒業した小学校を懐かしく思いながら本来のこのステージをやっていたんだ。
パワードスーツを着た兵隊エネミーに向かって矢をつがえる。次の瞬間、ボクは強い衝撃に吹き飛ばされた。
兵隊の自動小銃から放たれた弾丸。見て避けるつもりが、それが見えなかった。マズルフラッシュは目に届いていた。だがそれを目にしたのと同時にボクはライフを削られていたのだ。
吹き飛び後退したボクに向かって、エネミーが再び銃口を向ける。いけない、とボクは咄嗟に引いていたままだった矢を放った。
矢はエネミーのパワードスーツの装甲に見事命中。
エネミーは突き刺さった矢からガラスの欠片を大量に吹き出しながら倒れた。
いける。そう確信したボクはさらに矢をつがえる。
『サイコダイブ』はバーチャルリアルシューティングゲーム。敵の射撃は見て避けることが出来る。
しかし、現代や近未来を舞台にしたバーチャルリアルゲームのアクションは、近代兵器を使うので基本的に見て避けるということができない。撃たれる前に撃つ、見つかる前に撃つ、撃たれないように動く。そういうゲームだ。
今の『サイコダイブ』もそんな近代戦の世界になっているんだろう。それがわかれば、ボクもプレイの仕方を変えればいいだけだ。一箇所に留まらないように動き回り、走りながら矢を放つ。狭い小学校の廊下というのが動きにくいが、それはエネミーも同じで、やってきたエネミーの群れはすぐに全滅させることができた。
KOR>>ふう
一息つく。仮想の身体に疲労はないが、想定外の戦いに少々気疲れした。ボクは周囲を見渡す。血の変わりなのか、飛び散るガラス片に、兵隊達の死体。そして倒れる女の子。
KOR>>あ
なんてこったい。女の子までやられてる。いや、ボクじゃないぞやったのは。
女の子を助け起こすと、軍服の胸元に小さな穴が空いており、そこからガラス片がざらざらと流れ出していた。どうやらエネミーに撃たれてしまっていたらしい。ヴァーチャルリアルゲームはほとんどが一人称視点なので、多人数プレイをしていると仲間がやられても気づけないことが多い。
しかしどうしたもんだろう。傷口を押さえてみるが、わき出すガラス片は止まらない。ガラス片には触感がなかった。
≪GO!≫
そんなふうにまごついていると、システムが一箇所に留まるボクを急かそうとしてくる。さすが回転率が命のアーケードゲーム。仲間がやられても容赦がない。システムアシストによってこの子を置いて先に進みたいという思いがふつふつと沸いてくる。
でもボクはこの子を置いていくことはできなかった。
ぴくりともうごかなくなった女の子。その姿にはやはりどこか見覚えがあった。
システムの感情を抑えつけて女の子の顔を覗いていると、不意に女の子の身体から光があふれだした。この光は……エネミーがDEPOPするときのエフェクトだ。
KOR>>あっ
ボクの手の中で、本当にあっという間に女の子はその姿を消した。
[Psycho DIVE]...........
◆
6.
『サイコダイブ』には裏ステージがある。ボクがあの小学校のステージを経験してすぐ、そんな情報がゲーマー達の間で広まった。
ボクが話を広めたわけじゃない。ボクとは違う方法で、他のプレイヤーが裏のステージに行くことに成功したらしい。なんでも、スタート地点で指示される方向とは逆に進むと世界が近未来に変わるとか。
ボクもそれを試してみたところ、現れた裏ステージの光景に笑ってしまった。笑うしかなかった。
裏の一面はボクの住む住宅街の風景そのままだった。いくつか今とは違う点があったが、どうもそれは今より何年か前の風景を参考にしているからのようだった。
裏ステージに登場するエネミーは全部近未来の軍隊。通常エネミーはみんな銃を持った歩兵で、ボスは多脚戦車や自走兵器だ。
表ステージはどうやらMAPを狭くするために本来の地図より世界を小さくしているらしくて、裏ステージはアーケード向けとは思えないMAPの広さを誇っていた。
ただし、出現エネミーは容赦のない近未来兵器を持った軍隊。従来の『サイコダイブ』のつもりでプレイするとすぐにゲームオーバーになってしまって、いつの間にかこの裏ステージは『ハードモード』とプレイヤー達に呼ばれるようになった。
「ハードが判明してから、元通りの人気台に大復活したよ」
男の姿で店員の制服を着たサトシさんがそう嬉しそうに言った。
『サイコダイブ』は世界初の電脳系仮想現実ゲームでしかも本格的な近未来兵器と戦えるということでリリース当初の人気をすっかり取り戻していた。1プレイ五百円という高さも、この体験ができるならとお金を惜しむ人は少なかった。遠距離攻撃しかできないという制約も、近代兵器なら当然だという感想みたい。
「でも、俺らの町に軍隊が攻めてくるってのは、やっていて不思議な感覚になるね」
「一面、うちの町内ですよ。二面の場所は行ったことないですけど、三面は南の自然公園でしたっけ」
「二面は繁華街のほうだね。知らないんだー。四面は小学校だって?」
「はい、ボクの通っていたところです」
「校内を完全再現って、学校と提携してたなんて初耳だよ」
くすくすとサトシさんは笑う。ボク以外に四面より先に進んだという人の話は聞いたことがない。
一面からハードモードを始めるのがプレイヤー間に広がっているやり方で、ボクのように三面クリア時にハードモードに移行するというやり方はまだほとんどの人が知らない。
ハードモードの呼び名の通り、難易度は高く一面から始めた場合はおおよそ二面のボスで死ぬ。バーチャルリアルゲームの上級者も、初めての電脳型VRということからか三面ボスがやっとのようだ。
そしてボクは四面のボスに今だ勝てていない。
ノーマルの四面の悪魔王の代わりにハードでボスになっているのが、戦争用に作られた人型ロボットだ。
体育館を占拠するそのロボットは、ものすごい量の小型ミサイルで弾幕を張ってくる。勝ち目が見えない。そしてお小遣いはもうほとんど残っていない。
女の子は僕らプレイヤーとは違ってライフが1なのか、敵の攻撃を食らうと一発で死亡するので戦力としてカウントできない。
「でもなんで僕らの町が舞台なんでしょうね」
「あ、それまだ知らない?」
ボクの疑問に、サトシさんはそっかーと答えを知っているかのように言った。
「VR機体の研究開発ってこの近くにある第五粒子研究所でやってるんだよ。ほら、東日本の第五粒子サーバーって山の上にあるじゃん」
サトシさんの言葉に、ボクは町の名物である第五粒子サーバーを思い浮かべる。
山の上に浮かぶ、きかがく的な形をした巨大な立体物。三十年前に発見された宇宙の五番目の力、情報力を生み出す文明の土台だ。この情報力を使って第五粒子はあらゆる物体を真似る粒子を作りだしている、らしい。中学生の知識ではこれ以上はちんぷんかんぷんだ。
そしてそんな山の麓にあるのが、第五粒子研究所。VR機体の研究をしているというのは初耳だけど、ボクにはなじみ深い施設だ。お父さんとお母さんが働いている職場がここ。
「んで、えーと……ほらこれ」
そんなボクの家庭事情を知らないサトシさんが、ミニマイコンからボクの前に一枚の空間投射仮想パンフレットを手渡してきた。
パンフレットの内容は、ゲームセンター事業者向けの『サイコダイブ』のものだった。一般人では目のする機会のないそれに、サトシさんは指を指し示す。
「ここ、ここ。監修」
『サイコダイブ』の開発スタッフが記された箇所。サトシさんの指の先にあるそれをボクは読む。
監修:岬 佐緒里(情報心理学研究家 東日本第五粒子研究所所属)
その名前にボクは見覚えがあった。
お父さん達と同じ仕事場にいるおばさんで、ボクの家の隣に住んでいる人だ。
7.
ゲームセンターから真っ直ぐ家に帰ったボクは、誰もいない家でただいまと言って居間に入った。
おかえりなさいませ、と返ってくる声を聞き流しながらボクは戸棚をあさりはじめた。
確か、ここにあったはずだ。
「何かお探しですか?」
ボクの家は誰もいない家だけれども何かはいる家だ。お父さんが日中一人で家にいるボクを心配して買った家政婦ロボットのテルルがそれだ。
ボクはテルルに、目的のものを訊ねる。
「アルバムってどこにあるかな? 昔の写真が入ってるやつ」
「かしこまりました」
にこやかにテルルは答え、戸棚に寄ってくる。テルルは頭に付いた機械パーツさえなければ、人間と変わりない見た目をしている。
一昔前のロボットと言えば表情が張り付いた気持ち悪い顔をしていたみたいだけれども、テルルの世代は常にほがらかな表情で見ていてほんわりと癒される作りになっている。ちなみにロボットが一般用に普及したのはエロい用途のロボットがきっかけ。エロは強し。
ちなみにテルルは一般家庭用なのでエロい機能はない。そんなテルルは、迷いのない手つきで戸棚に手をさしこむと、一冊のアルバムを抜き出してボクに手渡してきた。
人と同じ見た目でもこの完璧さはさすがに家政婦ロボットだ。
「ありがとう」
ボクのお礼にぺこりとお辞儀を返すテルル。感情のある高度なAIが組み込まれていないのに、お礼をつい言ってしまうあたりボクは小心者だ。
受け取ったアルバムを開く。家族の写真を後ろのページから順にめくっていく。
セーラー服を着た中学校の入学式。小学校の卒業式。夏休みの軽井沢への旅行。学校の運動会。月面都市への招待旅行。町内のボーリング大会。テルルが始めて家に来た日。
ページをめくるごとに写真に写るボクの姿が小さくなっていく。家族写真なんて言っても、実際はお父さんとお母さんがボクを取った写真ばかりだ。
そしてその写真は、ボクの記憶にないものが並ぶページに変わる。
ボクはその写真一枚一枚をじっくりと確認して見る。
いつ撮ったのかもわからない写真。写るのは、男の子のボク。
ページをめくり、ボクの姿が小学校の一、二年生ごろに変わったところで、見つけた。
友達を招いた誕生日パーティらしき風景。その中に花柄のワンピースを着た黒髪の女の子が、男の子のボクの隣で笑っていた。
見覚えのある女の子。服こそ違うが紛れもなく『サイコダイブ』の中に登場したあの女の子の顔だった。
どうやら『サイコダイブ』でエネミーに捕らわれている女の子は、ボクが“死ぬ前”の友達らしい。