ヴァイス陸曹が操縦するヘリ内にて、はやてがモニターの前に立ちながらこれから行われるホテルでのオークション警備に関してのブリーフィングを行なっていた。現在、ヘリに集められた人員は、八神はやて、高町なのは、フェイト・T・ハラウンとエース級が勢ぞろいで、テロリストも裸足で逃げ出すくらいの実力者が揃っていた。それは彼女らの経歴を知る者がいれば壮観とも呼べる光景だろう。 そんな彼女らと同じ部隊に配属されてしまうと、どうしてもコンプレックスを抱いてしまう。彼女たちに指導されている新人のティアナ・ランスターもまさにその一人であった。しかし、そんな中に一人、プレッシャーとか、コンプレックスとかを抱かなさそうな人物が目の前でにこやかに立っていた。 ――なのはさん達、隊長達は会場内の警備なのに、なんであの人だけ外なんだろう…… そう物思いにふけながら、モニターを見つめるティアナ 機動六課での日々は充実している。自分のような未熟者からすれば学ぶ事も多いし、凡人と天才との壁の高さを認識させられるのにこれ以上の職場はないであろう。訓練で叩きのめされる度に、目の前の壁の高さと揺るぎない頑丈さを幾度も経験してきた。ただ、そんな中ティアナの胸中に一つ疑問がある。 ――なんでこの人が隊長なんだろう…… もっともな疑問である。例えば、高町なのはという人物がいる。『エース・オブ・エース』管理局の人間なら誰もが知っている2つ名である。そして、その名に恥じない経歴と、その人当たりしない優しさから人望もあり、己にも他人にも厳しいく、何より余りある実力がある。フェイト・T・ハラウンや八神はやてもそうだ。しかし、目の前の人物には凡そ、そういった話はまったくない。解っていることといえば、幼女が好きで、少女が好きで、少年が好き。所謂ロリコン、いや……変態だろう。そんな変態がなんで、あんなすごい人達と同じということが不思議で仕方が無い。 ――悪い人じゃ、無いんだけど…… たまに訓練を受けることがあるが、訓練校時代とそう変化の無い教導である。たまりかねて、もう少し個人的な教導を願い出ても「そういうのは高町教導官に教わってるだろう?』と言ってはぐらかされる。確かに彼女はなのはと同じポジションということもあり、彼女からみっちり受けている。彼女の教え方は丁寧かつ熾烈で、ティアナは基礎訓練にも関わらず毎日泥だらけになるまでしごかれていた。 しかし、ティアナは一刻も早く基礎訓練を乗り越え、応用訓練に移りたいと思っていた。今のところはその気持が叶う様子は伺えない。恐らく、なのはの考えでは徹底的に基礎を鍛えてから応用へと移る気であろう。それは実に堅実的な教導砲身であることは理解しているつもりだけど、ただそれでは自分が強くなったという実感が得られないのである。それが彼女にとっての不満であった。彼女には目指す目標があり、その為には強くならないといけない。強くなれば実績もつき、その実績が自分の目標への近道である。 しかし、今の自分は、そういった強くなったという実感が沸かない。同じ新人であるスバルやエリオ、キャロが日々成長していくのを見る度に焦り、それがまたコンプレックスへと繋がっていた。彼女自信も彼と同じ、機動六課で、『場違いな存在』ではないかという感覚に陥ってしまう要因でもあった。 ――ああ、だから、どうしても好きになれないのか…… 彼自身に自分の嫌なところを投影してしまっている。場違いな存在、周りにはすごい人がいる中で凡人である自分と、隊長陣の中で浮いている最上。違うところといえば ――私はそれに嫉妬してる……でもあの人は…… 自分で理解していても止められない周囲への嫉妬……自分という人間が小さく見えてしまう。周りは才能の塊、でも自分は……そうティアナは悩まされていた。しかし、同じ隊長陣の中で実力的に劣る目の前の男は、そんなこと関係無いって感じで自然に、自由にふるまっている。どうして、そんな風にできるのか彼女には不思議で仕方が無かった。 そんな考えにふけていると、目の前の『元』男が口を開いたのを彼女は聞いていた「ねえ、はやて?少し確認したい事があるのだけれど?」「ん、なんやの?」「私、女性の姿になっているというのに、皆が自然に受け入れているのだけれども?」 その声の主は、今まで思考に入れていなかった事を平然と言ってしまった。千早はいつもの男性局員の姿では無く、自分達と同じ女性局員が着用する制服を着込んでヘリ内、フェイトの立つ位置の隣で同じく立っていた。彼が男性であることはヘリ内の誰もが知っているのであるが、当然のように女子用の制服を着こなす姿に誰が得するのか、誰も理解出来ない。とはいえ彼が女性になったその日ははやてを始め、フォワード組全員が突っ込みを入れたが、それも何度も目撃すると慣れていった。特にフェイトなんかは事あるごとに彼女?に会いたがっている。 ティアナはフェイトが、女性化した千早の前だけ暴走する姿を見てしまい、更にはその隣で盛大に苦笑しながらうなだれている高町の姿も見ている為、日頃威厳ある、尊敬している二人のそんな姿を目撃してしまい、しばらくうなされたのを思い出す。ティアナは自分を『実力的に場違いな存在』と認識しているが、目の前の変態は『存在自体が場違い』ではないんだろうかと思わずにはいられない。目の前でにこやかに立つ姿を見ると何故か腹がたつ…… ティアナがそんな風に殺意を向けているとは思っていない千早は、更にはやてに話しかける「ちょっと耐性が強いんじゃないの?普通男性が女性になったら、変じゃない?常識的に考えて」「ああ、うん、あんたに常識を説かれるとものすごいむかつくからやめてくれへん?」 千早のもっともな意見と、はやてのもっとな返しにティアナは内心同意した。もちろん後者の方であるが「まあ、受け入れてくれているならいいのだけれどもね」「ああ、受け入れてへんよ?フェイトちゃんがね。今回の任務にどうしてもっていうから許可しただけやから」 そう言うと、全員がフェイトの方へと視線をうつす。なんてことを提案したんだって視線で……「え?うん、だって、ほら、今回の任務って警備だし。素性がばれてない姿の千早君の方がいいと思ったの」 その視線に耐えかねたのか、目を泳がせながらもっともらしい意見を言うフェイト、しかし、そんな彼女の意図を知ってかはやては意地悪な笑みで「……で本音は?」「千早君男の子なのに可愛いしもったいないよ。それに色々……あっ」「フェイトちゃん……」 はやての誘導尋問にひっかかって本音を暴露する。それを聞いたなのはは、親友がどんどんあさっての方へと向かっていくのが悲しくて仕方がないのか盛大に項垂れる「ま、まあ確かに、今回は警備やし。確かに顔が割れてない人員がいる方がええってのはある」「そうだよね?うん、だから他意はないよ?」「もう、ばれてるからええよ。しかし、まさかフェイトちゃんが染まるなんてな」「そうだよ。私もびっくりしたよ」「そんなことないよ、はやて。私は純粋に尊敬しているだけだよ?」「ああ、ちょっと前まで気持ち悪いって言ってたんが懐かしい……」「そうだね。あの頃のフェイトちゃんはいなくなっちゃったんだよ……」「勝手に人を故人にしないでくれるかな?二人共」 その会話を聞いていてティアナは椅子からずり落ちそうになった。そして、周囲を見回すと、他のフォワード組も同じで唖然としていた。ふと別の方へと視線をうつすとシャマルも同じような表情をしていた。「ふふふ、変な人達ね」 彼女らのやりとりを見ていた千早が、そう呟くとその場にいた全員から心の中で『お前が言うな』と突っ込まれていた。そう思われているとは夢にも思わない千早は「でも私今回は外なのよね。どうせなら内がよかったわ」「そら無理。会場内には来賓の人らもおるし、なにより子供もおる」「寧ろ是非行きたいわ」「子羊の群れの中に虎を入れるようなもんやわ。ろくな事無い」「私はただ愛でていたいだけなのに……」「具体的には?」「そうね。まずは迷子がいないか心配だわ。それから一人でおトイレいけるか心配。我慢ができない子供が一緒にって行って欲しいと……ああ、でもそれだけは駄目よ……しぃーしぃーなんて……私は清らかな天使の笑顔を見たいだけなのよ……」 一人妄想にクネクネしだす。女性化しても中身は変わらない……「で、こんなんやけどまだ尊敬できるん?」「ん、でも私もエリオやキャロが一人でできるか心配だったよ?」「あ、あの……私そんなに小さくなかったです」「僕も……」「根本的に二人の思考がおかしいことに今気づいたわ……」「あ、あはは……」 彼女らのやりとりを聞いていると自分が悩んでいる事が馬鹿らしくなってくる。その原因である人物に対し嫌悪感……寧ろ憎悪すら感じてしまうティアナ。何故こんなふざけた人間が上司なのか。彼女が機動六課に配属されて幾分たつが、未だに最上千早という人物が信用できない。もういっそのこと全部さらけ出して鬱憤を晴らせば楽になるのでないか?そう考えてしまうほど自分自身は追い詰められているのであろうか……やっぱり気に食わない。 そこまでの考えにいたると、彼女は考えることを放棄した。そんなくだらないことを考える暇があるならこれから始まる任務の事を考える方がより建設的だ。ここで何かしらの実績をあげれば何かが変わるかもしれない。その為にまずこの変態の姿を視野から消そう。そう思い一度考えを改めるのであった。 ――ミスは許されない。そして、実績を得る…… ティアナは目を閉じると、現地に到着するまで無心になることにした。そうして不快な声が消えるまで数分とかからなかったのである。 ホテル・アガスタ 周囲を自然に囲まれた所に建つ建物の中では、オークション前ということもあって人で賑わっていた。そんな中、華やかなドレスで着飾った3人の美女が談笑していた。「いや~ごっつい人多いわ」「そうだね、はやて」「とりあえず会場内は大丈夫かな」 談笑している美女は八神、高町、フェイトの三人である。談笑しながらも周囲を見回しどこか異常が無いか目を光らせている。周囲からの様々な視線に晒されながらも動じず遂行するあたり、流石である「さて、会場内はええとして外はどうやろうか?」「そうだね。シグナムさんやヴィータちゃんたち副隊長が周辺を警備してるし、それにフォワードの子達もそれぞれ配置したから」「なら問題なさそうやね」「そうだね。あの子達なら大丈夫だよ。はやて」「そう、問題はアレ”やね」「え”大丈夫だよ?多分……」「私は何も心配してないよ?」 こめかみを抑えながら、ぽつりと呟くとあからさまに引きつるなのは、何も心配ないと信頼するフェイト。二人の極端な意見に苦笑しながらも「まあ、実力『だけ』は問題ないし、ええか」 と考えることを放棄するはやてであった。どうせ自分がどうこう頭を悩ませたところで結果は変わらない。なら流れに身を任せるのも悪くないと思い始める。なんだかんだいって自分も染まってきたことへ自重の笑みを浮かべながら…… 同時刻、アグスタ屋上「今のところは問題なさそうね」<YES、しかし、本当に現れるんでしょうか?>「さてね?まあ、何も無ければそれでいいし、でも何か起こりそうな気はするわね」<何故か、楽しみに聞こえますが?> 笑みを浮かべながらどこか楽しそうに周囲を見回す千早へ問いかける「ん、ああ、何故かしらね?なんていうのかしら……幼女の気配がするわ」<幼女?それは会場内ですか?>「んー、違うわね……もっと遠く……そうね。あの辺りかしら?」 そう言うと、少し先の森の方を指さす<しかし、シャマル女史から何も報告はありませんが>「私の勘かしら?でも、間違い無いわ……澄んだ空気の中に微かに感じるもの」 何故かその表情は確信に満ちていた。それが正解だとは誰も思わないだろう<――こちらは問題無し、そっちの方はどうだ?> 二人談笑をしているとシグナムから定時報告の通信が念話で入ってくる<んー幼女ともう一つ私好みの気配が南東からするけど……まあ、問題無いわ><それは敵か?><さあ?><……ふざけてると斬るぞ?><だから解らないって言ってるでしょ?まあ、気配といっても匂いだから違うかも知れないわ><どういうことだ?><だからロリコンの勘よ><……><驚愕しないでよ?><呆れてるだけだ……とりあえず問題無いならいい。ふざけてないで仕事しろ変態><はいはい> 念話越しにため息が聞こえてくる。よほど呆れているのだろう……そうして通話を切られると遠方を見つめながら一人笑みを浮かべながらごちる「まあどうせ、今は会えない気がするし……ああ、会ってみたいわね。まだ見ぬ子供たち」<可能なら敵で無いことを願うだけです>「そう?」<マスター?>「ん?」<もし、仮に敵だったとしたらどうされるのですか?>「そうね……仮に敵であったとしても、子供には罪は無いわ。もし、そうなったとしても私は手を出さない」<マスター?>「ふふ……でも、敵でも味方でも無垢な子達を陥れるような人がいたら、その時は」<その時は?>「……殺すわね」<マスター……> 顔は笑っているが、瞳は寒気がするくらい暗い。六課のメンバーには一度も見せたことが無い、長年共にいたガングニールですら見たことが無いどす黒く暗い感情。初めて見せる生の感情を目の当たりにしたガングニールから不安の声が出るが「ま、今の所は大丈夫でしょ?」 そう呟くといつもの飄々とした笑みを浮かべながら「あ~あ、どうせなら会場内で迷子の子達の相手がしたいわよね……」 欲望剥きだしな愚痴を零すのであった……「へっくしっ!」「はっくしゅっ!」「風邪か?二人共」「んーん、なんだろう?急に寒気がしただけ……」「あーアタシも悪寒がする。なんだこれ?」 ホテル・アグスタの傍にある森の中、ちょうど千早が指をさした方向になる。木々の隙間から差し込む光が三個の影を映し出している。ロングコートに身を包む歴戦の兵を思わせる雰囲気の男ゼストとその肩辺りを漂う妖精のような存在アギト、そして、その場に似つかわしくない幼女ルーテシアが静かに歩いていた「しっかし、ルールなんで今回そんなに張り切ってんだよ?探してたもん無かったんだろ?」 ゼストの肩辺りを漂いながら後方を歩くルーテシアに語りかけるアギト「うん……無かった。でも、ドクターがオークションの警備に出てるので面白い人がいるって」「面白い人物?ルーテシア、あの男から何を聞いた?」 前を歩くゼストが、振り返らずにルーテシアに聞き返すと、彼女は「うん、あそこにロリコンがいるんだって」 興味津々といった感じで返事をする。その返事を聞いたゼストは思わず何もないところで躓きそうになり必死に耐えた……「……」「?なー旦那、ロリコンってなんだ?」「知らなくてもいい……ルーテシア、悪い事はいわん。今すぐどこかへ行こうか」「んーいや、気になる」 ゼストは悩んでいた。目の前の少女ルーテシアは、余り自己主張……わがままを言う事が無い。しかし、彼女が同年代の少女たちと同じで好奇心旺盛であることも理解している。だが、彼女をとりまく環境のせいで感情を押し殺している事も知っていた。そんな彼女が初めてわがままを、歳相応な反応を示したのがよりにもよって『ロリコンに会いたい』である。「ルーテシア、いいか、ロリコンというのは危険なものなんだ。だから会わないほうがいい」「だからロリコンってなんなんだよ?旦那」「ロリコンっていうのは、ルーテシアやアギトのような人物を捕獲してコレクションするか捕食するような化物のような存在だ」「!?ルールー!帰ろう!むっちゃ危険じゃないかっ!」「……大丈夫、もし、そうなったら助けてくれるでしょ?」「む……」 どうやら彼女の中で好奇心が恐怖心より勝っているようで言う事を聞いてくれない。やはり、今回の依頼を受けたのは誤りだったのでは無いのだろうかと頭を悩ませるゼスト。「あの男と、ルーテシアだけで話をさせたのは失敗だったな……」「大丈夫だよ。ドクターの言う事は半分以上信用していないから……でも、ロリコンは気になる」「だから、ロリコンって本当なんなんだよ?」 いかん、これは本気で止めないと大変な事になってしまう。機動六課……ジェイルから送られてきた資料に目を通したゼストはある程度彼女らの戦力を把握している。率直な感想としては『異常な部隊である』といった内容である。その内容は『策略にたけ、4人のS近い能力がある私兵を保有する部隊長』を筆頭に『トリガーハッピーな桃色の魔王』『脱魔のショタコン』そして『謎に包まれるロリコン』が隊長を努める部隊。それだけで異常なのだが、彼らの実力はSSクラスだという。最強の変態部隊、それがもし、こちらへ牙をむいたなら無事ではすまない。そう判断したゼストは「静かに、そろそろ、警備部隊の網に掛かりそうな距離だ」 最もらしいことを言い、彼女らを引き止め構える。向こうの能力からして奇襲をかけること自体自殺行為であろう。ここならまだ見つかる事も無い、そのまま何もせず、事が終わるまで警戒を続けよう。そして絶対会わせては駄目だ。そう思い真剣な顔で誤魔化すゼストであった…… なんか女性になったほうがかっこよくなってしまった……シリアス書いてみたかったので後悔はしていない……