夏休みを目前に控え、授業は四時限目ないしは三時限目で終わりを迎える。
本来ならば正午を過ぎるかそれ以前に帰宅出来るはずだったのだが、友人の泣き落としにより仕方が無く本日も帰宅はおおよそ二時に。
正直、昼食を摂らなかった為か空腹感が酷い。
だからだろうか。帰宅するなり、見知らぬ少女の幻をリビングで見ました。
年は十歳に届くか否かという辺りか。背中がものすごく小さい。俺の五分の三程度しか無いだろう。その代わりに髪は俺より十倍以上あった。かかとの辺りまで伸びている。後、今時珍しく純粋な黒髪である。墨よりも黒いその色は、見ていると少しだけ心は落ち着いた。
だが、それとは対照的に肌の色は人間ではあり得ない程白く、違和感から直視するのも難しい。
人では無い何かがそこにいる。
少女の表情がそれに拍車をかけた。
少女には貌が無かった。感情が感じられない。まるで人形のようにそこに顔という肉の作りがあるだけのように見える。
「……夏バテ、か。飯食って寝よ」
「ちょっと、失礼よ。私、ちゃんとここにいるわ」
部屋に向かおうとすると先の少女のモノであろう声に呼び止められた。振り向くと、深淵のような瞳がこちらをじっと見つめている。
声は、顔程には無感情ではないように思った。同時に彼女の存在感が増し、無視できない程に巨大化する。
「……じゃあ、どちらさまかな」
「そう、忘れてしまったのね。まあ、仕方ないわ。十年は、長いもの。それにあの頃の鎮は幼かったし」
「え、えっと?」
「ああ、悪かったわね。お久しぶり、黒澤鎮。私、神様よ」
「か、神様……?」
確かに見た目は少々非現実的である。初見で少女が外郭相応の存在ではない事はなんとなく分っていた。
だが神様は流石に無いだろう。何かゴスロリ風なワンピース着てるし。幽霊が精々だ。
こんな神様は嫌だ。
「神様が駄目らなラプラスの悪魔でもいいわ。その辺りのレッテルには然程拘らないから」
「つまりは全知全能の存在という事ですか」
「ん。全知ではある。だけど出来ない事は多い。でもまあそんな感じで」
「アバウトですなぁ」
「そんなもんよ」
よく分からないが、そういう事にしておきましょう。
しかし、とうとう俺の頭もおかしくなってしまったか。まぁ、それはそれで楽しみようもあるのかもしれない。
「それで、その神様が何の用でしょうか」
「ん。まず第一目的は達成、次は第二目的に移るところよ」
「第一目的?」
「そう。黒澤鎮との再会は達成された。次は勧誘――鎮、私と一緒に来ない?」
「……何所にでしょう」
「私の住んでる場所。いわば神の世界かな。どう?」
いや、どうと言われても。唐突過ぎて何が何やら。
その神様の世界とやらがどんなモノなのかは断然興味はある。しかし、だからといってこんなあからさまに信憑性の無い話には乗れない。
本能に忠実であるべきという考え方は俺も嫌いじゃないが、人間なんだから理性も少しは大切にしましょう。というわけで。
「お断りさせていただきます」
「……ダメ?」
「ダメ」
「本当にダメ?」
「本当にダメ」
「イエスかノーかで問われれば?」
「ノー」
「そう」
幾分か落ち込んでいるようだが、表情が変わらないのでイマイチどうなのかは不明だ。
ともかく彼女にはお引取り願った方がいいのだろうが、しかしどうして俺を神の世界とやらに招こうとしたのか。
……俄然気になる。それを尋ねるくらいなら許されるだろうか?
「どうして俺を誘ったんですか」
「ん。まあ、寂しかったからね。世界を管理するのは別にいい。それが存在理由になったんだから。でも、一人でずっとってのは耐えられなかったから……」
「それで俺」
「うん。鎮は忘れちゃったみたいだけど、昔は結構仲良かったんだよ」
「マジですか」
「結婚の約束とかは断られたけど」
「お、おう」
何か割と重要なフラグ折ってるんですけど昔の俺が。
過去の思い出は割と人生の方向性を左右するものなんだと思うが、多分こういう性分が今の俺を形作っているんだろうな。
「そういうわけで第三の理由が生まれたわ――お願い、ここに住まわせて」
「っ、えっ、えっ!?」
「鎮と一緒にいられればそれでいいの。駄目?」
「いや、駄目というわけでは、えっ!?」
こうして家族が増えました。やったね!
……どうしてこうなった?