ミッドチルダ首都クラナガン リーンズリーフ通りの12番交差点にある喫茶店
1階で会計を済ませた際、イートインをすれば2階で食べる事ができるこの喫茶店はタルト系のケーキが巷で評判であり、タウン誌にも載っているデートスポットだった。
そんな喫茶店の2階の隅っこで、「勉強会」と称してランチを食べている女性が2人。
「でさぁ、ほら私達って体に金属入ってるから重いじゃない。先週なんか酔っ払ったギンガ姉さんが『彼氏と騎乗位とか対面座位とかが恥ずかしくてできない。らぶらぶして気持ち良いのに。たまに彼が重そうな顔するの』って泣き出しちゃってさー、お父さんも漢泣きし……て……はい、すいません。調子のりました」
「まだ寝ぼけてるなら一発スッキリさせてあげるけど?秒速1234メートルの私の弾丸で」
「や、もう、覚めたから。いろんな意味で覚めたから」
ティアナ・ランスターはスバル・ナカジマの鼻先に突きつけていた指先を手元に戻すと、空になったパスタが入っていた皿を横にどけて替わりにテーブルの端にあったアイスティーを目の前に持ってきた。
カバンから単語帳とメガネを取り出すと、以前から行っていた法律に関する暗記をふんふんと再開する。
一方スバルといえばまだ『でらっくすメガ盛りステーキ定食ニンニクマシマシ』が片付いておらず、目の前に座っているティアナの鼻にはにんにくの匂いが突き刺さり、ここがタルトが自慢の喫茶店だという事を忘れそうになる。
なんでこんなメニューがあるのかが、そもそもの謎である。
おまけに肉はまだ山のように残っており、当然のようにスバルはトレイを片付けている店員さんにごはんの御代わりを要求した。
「そんな事言っちゃってー。ティアナだってずっとパイパンなのを悩んぐえっ、ちょ……スネはカンベン……」
無言でフンと鼻を鳴らすティアナの右手はテーブルの下に隠れており、指先からは魔力の残滓が煙となって流れていた。
ちなみに、戦闘機人じゃなければスネの骨が砕けてるくらいの威力はあった。
「もう、アンタが筆記試験の対策したいっつったからこうやって態々休日なのに付き合ってるのよ?」
「だからご飯代は出すっていってるじゃ~ん。大体確立とか統計とか部下率いるのに使わないのに何で試験に出るんだろうね」
「使うにきまってんじゃないどこまでアンタ……主席卒業って経歴詐欺なんじゃないの?」
「だってさぁ、『重ね合わせ理論』とかワケわかんないよ。つまり焼肉を食べておなか一杯になったアタシと腹八分目のアタシが居るんでしょ?」
シュレディンガーのナントカにそんな話があった気がするが、きっとスバルは根本的な事を理解していない。
確立とか統計というのは直感でなんとなく言いたいことが解る人でなければ、あとは公式を只管頭に放り込むしかなのだ。
さて……
「いい?よく聞きなさい?」
ティアナが人差し指をピッと立てて説明を始める。
「まずとっても硬い箱を用意します」
「ふんふん」
┏━┓
┃箱┃<カッチカチやで!!
┗━┛
「フェレットになったユーノさんを中に入れます」
「……ん?……ふんふん」
┏━┓
┃箱┃←YU-NO in
┗━┛
「一緒に壊れて今にも暴発しそうなカートリッジを中に入れます。このカートリッジが12時間以内に暴発して中のユーノさんがひき肉になる可能性はなんと驚愕の50%」
「えぇっ?ユーノさん死んじゃうの?」
┏━┓
┃箱┃<なぁにこれぇ?
┗━┛
「一晩放置します」
「出して上げようよ!ユーノさんかわいそうだよ!」
┏━┓
┃箱┃<なんだか暗くて狭くて落ち着くなぁ……zzzz
┗━┛
「さて、次の日になりました」
「ゴクリ」
┏━┓
┃箱┃ ………
┗━┛
「箱の中に居るユーノさんが死んでいる確立は50%。箱をあければ生きているかどうかはハッキリするけど、じゃあ箱を開ける前は?」
「つまり……ユーノさんの右半分がひき肉に……」
「それ死んでるでしょ。この時、ユーノさんは50%生きていて、50%死んでいる。それはひき肉になって完全に死んでるかもしれないし、傷一つ負ってない可能性もあってその2つの状態が同時に存在してる。これが『重ね合わせ』の状態よ」
┏━┓
┃箱┃<キュー!!
┗━┛
人人人人人
<生存確認!!>
VVVVV
「………やっぱ帰る」
「見捨てないでよぉぉぉぉぉ!!!!!!」
※あのテーマの前奏
てれててん、ててててれててん、てれれてれれれたらりらん
\イマハーマエーダケーミテーレーバイー/
カーテンコール 『僕たちの失敗』 残ったネタてんこ盛り、立つ鳥後はうんこだらけver
「士郎さんに一応メールしとくか。『合流したので今から向かいます』っと。行こうぜ、そんで向こうでホットレモネードでも飲もう」
「うん!」
前回のラストに続き、頭上にヘブン常態のキチ●イが居る事にも気付かずにヴィヴィオを迎えに来た圭一は、念のため翠屋にメールを送っていた。
何故かメールが普通に送信完了してしまっただけで安心してしまう自分に首をかしげつつ、ヴィヴィオの手を引いて歩き始める。
一方ヴィヴィオはというと、荷物が入ったキャリーカートをガラガラと言わせながら、嬉しそうに付いて来ていた。
「ねぇねぇ春原お兄さん」
「んー?」
「フェイトママの初恋の相手がお兄さんってホントですか?」
「ぐはっ、ゲホッ……ゲッホッ、ちょ、すまん手ェ放しゲッホ!ガッ…気管入っゲホッ!!オェッ!!」
誤魔化すためではなく、本気むせだった。
しかも大きくなりすぎて吐き気まで催してきた様子で、壁に手を突いて荒げた息は中々戻りそうもない。
「っハァー、ハァー。今のはヤバかったホント……けほっ」
「ああぁ、ごめんなさいごめんなさい!!」
立っている事も出来ずにうずくまる圭一の背を、ヴィヴィオが半泣きになりながら擦っていた。
ぱっと見死にそうになっていたので、ヴィヴィオも必死だ。
「もう大丈夫だけど……フゥー……誰から聞いたんだい?っつーか初耳だよ俺も」
「えっとね、先週ママ達が夜お酒飲んでる時に。フェイトママが言ったよ。子供の頃はかっこかわいくて好きだったって」
「当時からショタだったのかあの人……いや、当時は同世代だからショタじゃ……まさか、俺のせいで?そんなバカな……ならエリオ君の説明がつかない筈」
「ほんとうに大丈夫?」
「……あぁ、大丈夫だよ。大丈夫だとも。ま、フェイトさんがそう言うならそうなんじゃないかな……子供の頃は静かな人だったからあんまり話した事無かったし」
世の中知らない方がいい事もある。
そう実感した圭一だった。
「行こうか」
「うんっ!」
ヴィヴィオの笑顔を見て、ふと思った。
将来、こんな娘が欲しいなと。
そして数歩歩き、気付く。
「(この娘……父さん役の大人の男に肩車とかしてもらった事ないんじゃないか?)」
女の子には肩車をするものだったか……
女性二人を育てた士郎さんに聞いてみよう。
っていうかどうせヴィヴィオなら喜ぶから士郎さんに頼もう。
例え相手が少女でやることが肩車だとしても、彼は自分の上に女性を乗せる事に強い抵抗感を覚えていた。
人はそれを、トラウマという。
翠屋につくと朝食サービスに来ていた客もハケたのか、店内の混雑率は40%と言った所だった。
荷物を置きに奥に消えたヴィヴィオを見送り、いつもの通り出てきた『ベーコンスペシャルサンド』は、寒い中を歩いてきたせいもあってか、たまらなく旨かった。
● ○ ●
「解せんわ……」
所変わってミッドチルダ八神宅。
今日も日課の糠漬けを作るべく、糠床に刻んだ野菜を入れてぬっちゃぬっちゃとかき回していた。
「どうしたですか?はやてちゃん」
「いや、リィンな。おかしいやろ、うら若き乙女のウチが朝起きて最初にやるのが糠漬け作りとか。そのうち『ウチのシグナムをお願いします』とか圭一くんのご両親にご挨拶に行かなならんのやで?まだ処女なのに」
「処女は関係ないと思うですが……」
「おかしいて。絶対おかしい。そもそもこの糠床がそもそもおかしい」
「おいしくてリィンは好きですけど……けーいち君のプレゼントですし」
さて、記憶力の良い読者の皆様は覚えているだろうか。
はやて達が18歳の時に、圭一がミッドの友達に、『3年分の誕生日プレゼントまとめて』と豪華なプレゼントを贈ったのを。
その時圭一がはやてに贈ったのがこの糠床『家庭で簡単糠漬けセット』である。
一応、ミッドでも和食っぽいのを簡単に作れるようにとの配慮であり、年に数回会う度に減った分の糠を補充する『追加糠』をマンガとかと一緒に渡されていたのだ。
実際こうやって物持ち良く4年間もキッチリ使っている辺り、ものすごい有効活用されているのだが、流石に乙女へのプレゼントとしてはおかしい。
「おはよーはやて。あたしが入れたニンジンできてる?」
「おはようさんヴィータ。ニンジン?さっき確かこっちの奥の方に……あったあった、ほなこれ朝ごはんに出すな」
「さんきゅー、顔洗ってくるよ」
「あ、ちょい待ちヴィータ」
「んー?」
「4年くらい前に圭一くんがみんなに誕生日プレゼント一斉に配ったりしたの覚えとる?」
「覚えてるけど」
「ヴィータって何貰うたっけ?」
他の人が何を貰っていたか流石に4年前の出来事になるとはやても記憶にない。
なのはがやたらでっかいクマー!のヌイグルミを貰っていたのは覚えているのだが。
「はやても良く見てる筈だけどなぁ。ちょっと待ってて」
ヴィータは台所の箸とかスプーンとかフォークとかが入っている引き出しを開けると、奥の方から黒い小箱を引っ張り出してきた。
「これだよ。使ってるの見たことあるだろ?」
箱を開けると、そこには銀色のスプーンが入っていた。
確かにはやても見たことがある。
ヴィータがよくアイスを食べるのに使っているスプーンだ。
取っ手側の先にはハート型の青い宝石がはめ込まれており……まぁやたら大きいからガラスか何かのイミテーションだろうが、その周りには唐草模様が掘り込んである。
デザインがいいからどこかのブランドかヨーロッパ方面で作られた物だろうが、兎に角可愛格好よかった。
それに比べて自分の物ときたら……
「……圭一くんてウチの事好きやったんよね?」
「そりゃ間違いないと思うけど」
「そやったらこの扱いおかしくあらへん?なんや悪意を感じるんやけど」
「えぇー」
ヴィータは眉をひそめてはやてを非難した目で見る。
はやては何か自分がミスをしてしまったような気がして、何か落ち度はあったっけと頭を捻った。
「それはやてが『ミッドじゃ漬物売ってないから圭一くん沢山買っておいて』って圭一に頼んだからだろ?っていうか……はやて知らないの?」
「そんな事言ったんかウチ……あぁ、なんや言われて見ればそういう事もあったよな……ってなんやて?」
「いやさぁ、嫌な言い方だけどウチらの中でシグナム抜かしたらはやてのが一番カネ掛かってるんだぜ?アタシぐぐって調べた事あるもん」
八神家プレゼントランキング グーグル調べ
最安値 4800円
シャマルが貰った手のひらサイズの櫛。
カマボコを輪切りにしたようなよくあるデザインの和風の櫛で、色は黄色地に赤い椿の花が描いてある物。
着色は京都の伝統工芸で塗られているらしく、サイズの割りに普通にそこそこの値段がする。
一時期シャマルは何か辛い事があると「私はまだ大丈夫。まだオワコンじゃない」と呟きながらその櫛で髪を梳かしていたとか。
次点 5200円
ザフィーラが貰った腕に巻くシルバーアクセサリ。
狼の顔を正面から捉えた匠の銀色の本体を、チェーンでつないだもの。
こちらもたまーに犬型の時に首に巻いている。
一度鎖が千切れてしまい、どうせ家で付ける場合が多いからと鎖のサイズを変えたのだ。
渡した時の言葉は「ザフィーラももっと腕にシルバー巻くとかSA☆」だったか。
暫定二位 7800円
ヴィータのアイス用スプーン。
専用のスプーンが欲しいなとぼやいていたのを聞いていたらしい。
暫定一位 2万3000円
はやてに贈った家庭で簡単高級糠漬け作成セット。
ランク外
リィンフォース・ツヴァイ。
「ケタ違うやんウチだけ……ちなみに何でリィンはランク外なん?」
「けーいちくんとはその日初めてあったです。そのあと小さい植木鉢とバジルの種を貰いましたですよ?」
「あぁ、アレかい」
そういえばリビングの棚にリィンが水をやっているバジルの植木鉢があった。
鉢のサイズは大人の男が両手の親指と中指で輪を作ったくらいの……直径10cmくらいのものだ。
たまにはやてが適度にむしってチキンのジェノベーゼ焼きとか作ってる。
「シグナムのはそういや見てないな。アタシらより安いってことは無いだろうけど」
「おはようございます、主」
「おっ、シグナムいい所に来た!」
「私ですか?」
この時、八神はやては脳裏に嫌な予感がよぎったという。
その証拠に、両手の平が妙に汗ばんでいる。
案の定、事情を聞いたシグナムの声は歯切れが悪い。
「えぇと、金額で言えば間違いなく主の方が掛かっている……と思います」
「そうなん?!」
「ただ……私の場合は物じゃなかったので」
「ちょ、気になる気になる。きりきり吐いて。朝ごはん作れんから」
「あのですね……その、横浜に連れて行ってもらって……赤レンガ倉庫で小物を見て回ったり……中華街で食べ歩きしたり……観覧車に乗ったり……大桟橋で夜の海を一緒に見たり……しましたが……」
「リア充爆発しろ!!」
ここでノロケか!
聞かなきゃよかった。
はやてはぷんすかしながら冷蔵庫に向かう。
さて、卵は全員分あった筈だが―――――
「なぁシグナム」
「何だ」
「で、続きは?」
「いや、その……だな。歩く時は腕を組んだり、観覧車が一番高い所に来た時にこう……接吻などを」
「爆発しろ!!」
全くだ、実にけしからん。
本当は観覧車が下がり始めたあともキスをせがまれ、「後ろのゴンドラから見えてしまう」とか言い訳しながらも押し切られてちゅっちゅしてたりしたのだが、流石にそこまで話す気はシグナムも無かった。
まずい、思い出したら顔が赤くなってきた。
「んん~?……まぁ、この辺にしとくか。あたしの番になったときにあんまからかわれたくないし」
「相手いるのか?」
「そのうちだよバーカ!」
八神家は今日も平和である。
夜。
「そういや知らん内に今でこそフツーに恋人やっとるみたいやけど、最初の方とかどうやってん?圭一くんも初彼女やろ」
相変わらず自分へのリフレクを気にしないはやてがそんな事を聞いてきた。
シグナムが食卓を見回すと、少なくともザフィーラ以外は興味心身のようだ。
腕を組んでうむ、と思い出してみる。
当時は確か……
「高校生の時は春原はまだ実家暮らしでした。なので地球に行って公衆電話から春原の実家に電話したのですが」
「ふんふん」
「……ひどく驚かれたのを覚えています」
「どゆこと?」
真相はこうである。
『シグナムが連絡を取ったのは、9月』
さてシグナムと圭一の馴れ初めを復習しよう。
彼らは中学校の卒業式で晴れて彼氏彼女(仮)となったわけだが、当然季節は春前。
3月の出来事だ。
それからミッドの移住したはやての身の回りの整理や、必要な各種手続き、管理外世界からの出張からミッド常駐になった事での職場部署変更……と気付いたら激動の半年を送っており、その間連絡なし。
4月、圭一は高校生活頭から美女と付き合えるとはしゃいでいた。
5月、今は忙しいけどその内連絡あるだろ、と楽観していた。
6月、あれ?そろそろおかしくね?と気付く。しかしミッドのシグナムに連絡を取る方法が無い。
ついでに言うならフェイトもなのはも事情は同じで忙しい。
7月、いつシグナムの時間が空くか確認していなかったので、部活も入っていないし夏休みに友達と遠出する予定も入れてなかった事に気付く。
8月、せっかくのイケメンを有効活用せずに学校で彼女を作りそこね、割と寂しい無駄な夏休みを送る。
9月、そろそろ諦めて彼女でも作ろうと決意する。←シグナムが卒業式後に初めて連絡したのがココ。
「うわぁ……」
「今想えば月に一度くらいは電話すべきでした」
「全くや!ちょっと同情してもうたわ!」
「それで地球に行って電話をしたら『会おう』という事になりまして。海鳴駅で待ち合わせしたのですが……その、最初の一言目が『シンジ君か!』でして。最初は意味がわからなかったんですが」
「いやウチもわからへんわそれ」
「その日の私の格好がYシャツに黒いスラックスだったんです……」
「シンジ君か!!」
少なくとも半年振りに彼氏に会う格好ではない。
こうしてシグナムと圭一の初デートは、ひとまずシグナムの服を買う所からスタートしたのだった。
● ○ ●
「わ、私はその……おしゃれ等をした事が無いのだが……それに、地球のお金は持っていないぞ?」
「あーいいよいいよ金は。そのかわり僕の趣味全開にするけど」
前世持ちの圭一の金銭感覚は、同世代のそれとはかなり違う。
金に関して一番損なのは、高校生大学生の時に遊ぶ金が足りないのが損なのだ。
青春を楽しめないなんてバカにしている。
しょせん10万や20万、大人になればすぐに稼ぎ出せるのだ。
借金してでも有意義に遊べ、がモットーの圭一にとって、こういう時に使う金は糸目を付けるべきでは無い事になっている。
幸いな事に高校に入ってからバイトでデート代は溜めていたのでそこそこの金はあった。
シグナムは、まずYシャツが無い。
旨が大きい割りにへそまわりがダボついていないので、恐らく女物なのだろう。
だがその白いシャツは、やはりブラウスというよりもYシャツだった。
とりあえずカッコイイ系に染める決意をした圭一は、同じようなタイプのシャツでも、襟や袖口、ボタンを留める正面の縦のラインや裾に刺繍がしてあるシャツをチョイス。
スラックスはそのままにするも靴をデザインのよいブーツに変更し(普通の革靴だった)、シャツと相性のよさそうな黒いチョッキも購入した。
ついでに赤い紐ネクタイも購入。
これなら蝶々結びでもシグナムに似合うし、結ばなくてもブローチで止めればカジュアル度が高そうだ。
ブローチはヨーロッパの硬貨みたいな、女性の横顔が掘り込まれている500円玉を少し縦に楕円にしたようなサイズの物を購入。
店にはこの場で着ていくから今着てるシャツを袋にしまってくれと頼む事も忘れない。
「その、変じゃないだろうか。こういうのはよくわからなくて……」
「うん、ちょっとバンギャっぽいけど。かっこいいしかわいいよ」
「そうか。なら……いいのだが」
はやてにも服はいろいろ服を買ってもらっていたのだが、今日は何も考えずに自分で購入したラフで外で着ても恥ずかしく無い格好で来ていた。
ちがうだろう、男女の逢引では着飾るものだろうとようやくシグナムも気付いたようだ。
「これでデートとやらが出来るわけだな……どうした春原」
「いや、男女で服を買いに来るとか……世間一般だとデートだと思うよ」
「そういう物か」
ちなみにシグナムが言う世間一般とは、はやてやヴィータが見ているテレビを横で見ていた程度。
少女漫画くらい読ませればいいのにと圭一は心の中で溜息をついた。
さて、どうしたものか。
こちらは高校一年生、酒の出る店にはまだ入れないし、そもそもまだ日は高い。
カップルらしい事ねぇ……TUTAYAでDVDでも借りるか。
実家は流石に無いからマンガ喫茶いこう。
この頃なら身分確認ザルだし。
「シグナムさん、ちょっとお店回ろうか」
で、やってきましたマンガ喫茶。
DVDプレイヤー付き二人部屋。
ソファーに座るタイプじゃなく、靴を脱いで床にあるクッションに座るタイプだ。
飲み物をドリンクバーでゲットしてきた2人は、早速敷居の中に入る。
当然だが2人用でも相当狭い。
具体的に言うと2畳もない。
「準備するからちょっと座ってて」
「うむ」
「えぇとヘッドホンが2つと……あぁスイッチここか」
てきぱきとDVDをセットしヘッドホンを片方シグナムに渡すと、圭一はシグナムの隣に腰を下ろした。
肩が接触しそう、というか接触した状態で。
「その、春原。近くないか?」
「カップルはどんなに部屋が広くてもくっつくモノだからねー。手もつなごうよ」
「う……うむ」
狭い部屋で二人きり。
ようやくシグナムも圭一の事を意識してきたのか、少し顔が赤くなっていた。
流れるドラマは、21世紀初頭の傑作恋愛ドラマ。
『スタァの恋』
大女優のヒロインと、会社員の主人公がふとした切欠で知り合い、互いの立場の違いに戸惑いながらも恋に落ち、別れ、すれ違い、結ばれるドラマである。
主人公を草彅剛、ヒロインを藤原紀香が演じる、国産ドラマ絶頂期が生んだ奇跡。
痩せ気味の男が夜の冬の町を歩く。
ふと明るさに顔を上げると、そこには5メートルを超える巨大なヒロインのポスターが。
男は一瞬微笑むも、やがて何かを諦めるように首を振り、未練を断ち切るようにポスターの前から歩き去った。
当時絶頂期だった小室哲哉がアレンジカヴァーし、globeが謳う主題歌『Stop! In the Name of Love』がその背中を追いかけるように流れる。
カヴァー元は洋楽なので、歌詞は全て英語。
サビの冒頭の歌詞の意味は、『貴方が私の心を壊してしまう前に、愛の名の元に立ち止まって』。
圭一の手の中で、シグナムの拳に力が入った。
『桜子さん。やっぱり、別れましょう。僕達は住む世界が違ったんですよ』
『何で……何でそんな事を言うの?』
とりあえず、借りてきた分までは視聴が終る。
ドラマの中では二人の関係が世間にバレそうになり、主人公が身を引くシーンで締めくくられた。
見ている間、シグナムは黙って微動だにしていない。
あれ、選択肢間違ったかなと不安になる圭一に、シグナムが震える声で呟いた。
「続き…」
「え?」
「春原、続きは無いのか?」
「借りてきた分は今ので終わりだけど……えっと、どうたった?」
「なん……だと……?」
そんな目の前でニワカ死神に卍解されたみたいな顔されても。
「気になるのなら今度会う時に借りておくけど」
「うむ…うむ!来月、いや再来週だな、時間を空ける」
なんという事でしょう。
半年間なしのつぶてだった烈火の将が、恋愛ドラマを見たさに二週間後に遊びに来る約束をしてきたのです。
これは前進……なのか?
余った時間は『ハチミツとクローバー』を見せて過ごし、帰ったら八神家にある『フルーツバスケット』を読むといいよとアドバイス。
最終的に『最終兵器彼女』でも見せようかと企む圭一は、実のところシグナムがあまりにマンガにも集中していたため、実の所結構暇していた。
……が。
「(シグナムさん、肩とかもやわらかくていい匂いだな……)」
『恋人はマンガを読むときは恋人に寄りかかって読む』という間違っているんだか正しいんだか判断に困る知識をシグナムに授け、肩に腕まで回して恋人気分を堪能していた。
夜は欧州のお城や教会風のステンドグラスやシャンデリアが飾られたオシャレなレストランで食事し、解散という流れになった。
メニューに載っていた『今現在恋をしている人のためのカクテル フランチェスカ(ノンアルコールも用意できます)』に目が釘付けになっているのを圭一が苦笑して替わりに注文したり、あーんをしあったりと、なんだか本当に守護騎士ではなく普通の年上のお姉さんとデートをしているようだった。
※ちなみにこの店はキリストンカフェといって渋谷とか新宿に実在する。
デートで使うのは非常にお勧めだが可能なら予約をしたほうがいいだろう。
「では、また。春原、今日は楽しかったぞ」
「僕のほうこそ。あ、そうだシグナムさん」
「ん?」
駅前で解散しようとしたその時、圭一がシグナムの名前を呼んで、一歩近づく。
「両手を出してもらって良い?」
「こうか?」
シグナムの出した両手を、そのまま両手で掴む。
手と手をつないで輪になったような形だ。
「まだちょっと高いかな?」
「春原―――んむっ?!」
両手を下に下げ、つられて上半身が下がったシグナムへ、背伸びをしてキスをした。
「待ってるよ。再来週まで」
「う、ううううむ!首を洗って楽しみにしていろ!」
殺す気か。
顔を真っ赤にしたシグナムを見れば、そんな気は無いのは一目瞭然だったけれど。
● ○ ●
「とまぁこのような具合で……主?」
「「「爆発しろ!!」」」
女性三人の絶叫が、八神家に響いたという。
以下アフターエピソード。
二年後、春原圭一は八神シグナムと結婚する。
当初は内縁の妻のような扱いにしようとしていたが、はやてが「地球には未練無いし、私からのせめてもの贈り物」とシグナムに自分の戸籍を譲渡する。
もちろん違法というか犯罪としてはかなり高いレベルでアウトなのだが、シグナムはこれによって書類上は『春原はやて』として、仲間内では『シグナム・Y・春原』として圭一と結ばれる事になる。
子を授かる事こそなかったが、夫婦の仲は終始円満だったと言う。
プロポーズをやり直した時の会話は
『俺が生きてる間だけでいい。シグナムの時間を俺にくれないか』
『お前以外の誰かと生きたいとは思わん。一緒に生きて、一緒に死のう』
シグナム漢前過ぎる。
翠屋で行われた身内だけの式では、魔法が禁止されたためデフォで飛んでいたリィンフォースがブーケをゲットし、女性人は全力で泣いた。
最低系とはいえここで座談会を挟むのはあまりにアレであるため、この物語はここで終了とする。
おしまい。