このSSの冒頭を読んで
『リリカルの主要人物から嫌われている踏み台タイプのオリ主にフェイトが惚れており』
『「あの人には私が居ないとだめなの!それに私のおなかの中には赤ちゃんが……」と見事にダメ男キャッチャーと化していて』
『周りがいくら止めてもヒモ化したオリ主と何度も肉体関係を持ってしまい、しかもDVまでされている』
『踏み台を「踏む」転生者は原作に関わりたくないとか平穏に生きたいとか言いながら初代リィンを所持しており、今日もミサワごっこをしつつなのはとはやてにモテモテ』
そんな風にドロドロ展開を予想したスコッパーのアナタ、疲れてます。
あとかえって荒れそうなので返信はしていませんが、頂いた感想はありがたく読ませていただいています。
はやてが珍しく残業せずに定時退社できたある日のこと。
最近手の込んだ料理をしていないなとスーパーに立ち寄り、牛肉の割引セールと出会った彼女は「本格的に下拵えしてスゴイ手間が掛かったシチューでも作ろう」とカゴに次々と食材を放り込んだ。
野菜コーナーを端から端まで吟味し、久しぶりに腕を振るえるとあってテンションがいけない方向にMAXになりながらスーパーの中を練り歩いてゆく。
「主演はフィレ肉ビーフ様にしても……そうやな、ヒロインはこの瑞々しいアスパラちゃんや。そんでもって音響監督は……マイタケ君、君に決めたッ!!」
ドラマでも撮影しているのだろうか?
ピューリッツァー賞間違いなしやで!とぐっと拳を握る後ろ姿が逞しいが、ピューリッツァは新聞などの写真や文章に送られる彰なので、ドラマは関係が無い。
言うまでも無いがもちろん料理にも関係ない。
「せっかくやし……眠らせてるワインとかもあけたろ。なんや楽しくなってきたでぇ!」
支払いをカードでサッと済ませ、ますますデキル女!といったカンジである。
肩で風を切って歩くはやてに、荷物の重さなど感じる筈も無かった。
その幻想をブチ殺されるまで、あと30分。
「ただいまー……って誰かもうおるん?誰やー?」
玄関を開けた瞬間、ふとした違和感。
それは明かりのついた廊下でもない、人の気配でもない、僅かに外気と異なる湿度と熱を持った空気でもない。
何故――――
シャマルは帰り道に連絡を取った。
今日はもうちょっと仕事をしてから帰るという。
何故――――
「主でしたか、お疲れ様です。運びましょうか」
「あんがとな、シグナムやったか。そういえば今日はシフトで休みやったけど。地球に行ったりしなかったん?」
「えぇ。春原は卒論のテーマ決めで研究室にしばらく通うとかで」
「卒論かぁ……ウチらが出してる報告書とかとはまた違うんやろうなぁ」
廊下の奥から現れたのはシグナム。
両手がふさがったはやてから買い物袋を受け取り、はやては靴を脱いだ。
違和感、その大本はシグナム――――――――
何故、何故何故何故なぜナゼナゼ何故何故なんでなんでなんでどうし……て――――???????
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「シグナム……」
「なんでしょうか」
「どうしたんや……そのエプロン……」
そうだ、ドアを開けてからの違和感。
この空気、その匂いだ。
用意する人間が居ないはずなのに、夕食の匂いがする!!
「あぁ、これですか」
シグナムはエプロンを着用していた。
『はやてが見たことの無いエプロン』を。
そこにややこしい謎やトリックなど存在しない、新しく買ったのだろう。
問題は、『誰が』買って『何故』今着用しているかだ。
そしてその答えを……はやては知っている!!
「圭一くんに買うてもろうたんか」
「いえ……」
「あ、解ったで。言わんでえぇ。こっそり料理の練習して、圭一くんに披露するんやろ」
「違うのです、主」
「なら……なんやの……」
心臓が痛い程リズムを刻んでいるのがはやてには自覚できた。
ごくりと唾を飲み込むが、からからに乾いた喉が逆に痛みを訴える。
「このエプロンは……その……ユザワヤで売っている『教材用エプロン作りセット』でして……」
「ちょ、ちょい待ちぃ……まさか、まさかそのエプロンは……」
「春原の手作りですが何か?」
「ウチの負けや……シグナム……お前がナンバーワンやで……」
流石にオリ主といえども洋服を作るようなマネはできないが、ミシンくらい実家に帰れば母親が持ってるし、エプロンなら直線縫いだけでできる。
というか小学生の家庭科の授業で作るくらいなのだから大人の春原なら説明書を片手に3時間もあればイナッフである。
アイロンでくっつくフェルト布を使って無駄に凝ったレバ剣型ワッペンを作ってあるあたりは手間が伺えるが、パソコンで印刷した絵をハサミで切り裂き、それにあわせてフェルトを切ってエプロンに乗せてアイロンしただけだ。
しかし……ぱっと見た目だけなら、エプロンにしては手が掛かっており、男が態々付き合ってる女のために作ったとなれば彼氏が居ないはやてを絶望させるには十分な威力になる。
そして、はやては認めなければならない。
「夕食……もうあるんやな……」
「え?えぇ……あっ!申し訳ありません主が食材を買ってくる可能性を忘れておりましたっ」
「ええてええて、冷蔵庫に入れれば2、3日持つし。そもそもシチューやさかい今日作って明日食べてもええしな。で何作ってん?圭一くんに食べさせる前の練習やろ?」
「いえ、春原に教わった料理を試してみたかったので皆の為に作ったのですが」
「圭一くんが?あのこ料理できたっけ?」
「それはまぁ、独り暮らししてますし。最低限は」
「なら期待してるでー。けど衛宮家に通った桜ちゃんみたいな腕になってたら叩かれるから注意せなあかんよ」
「主は毎話毎話多方面にケンカを売らないといけない理由でもあるんですか?」
「念のためやって。ねーんーのーたーめっ」
なにやら不穏な会話をしつつはやてはキッチンに直行する。
しかし既に料理は終ったようで、キッチンは既に片付けられていた。
これならばはやてが料理をしても問題あるまい。
次の日も定時で上がれるとは限らないため、今のうちに作ってしまうことにしたのだ。
手際よく料理をしていくはやての隣で、野菜の皮を剥いたり使い終わった調理器具をこまめに洗ったりと普通に手伝いだすシグナム。
はやてとしてはそれはもう嬉しくてグッと来るものはあるのだが、なんだろうこの違和感は。素直に祝福できない。
「ただいまー!ハラへったー」
「只今戻りました」
「ただいまはやてちゃん。今日の夕食何かしら」
鍋の中で煮込んだ野菜にフライパンで炒めて焼き色をつけた肉を投入し、さてはやてちゃんスペシャルルーを入れる前にもうちょっと煮込もうかといった頃合。
残りの守護騎士たちが返ってきた。
食事の匂いを嗅ぎ取ったのだろう、荷物を置いて手を洗うと、そのままダイニングに集まってゆく。
「今日は何かなーっとうおっ何これスゲェ!!」
「あらあら、楽しそうねぇ」
「そうだな、普段はやるとしても大鍋だが……ふむ」
そしてなにやら並べられている料理が大人気である。
はやては着替えてそのままキッチンに入ったのでダイニングは見ていない。
というかみんなを待たずに先に見るのもなんだか悪いなぁと思っていた……のだが。
「………シグナム?」
「いえっそんな、確かに色々地球で購入しましたがそれもダイソーで1500円くらいですよ?」
「そか、まぁええわ。見てみんとどうにも言えんし」
鍋の火を止めてはやてはダイニングに向かう。
シグナムは冷蔵庫からサラダを取り出していた。
「おかえり皆。実は今日の夕飯はシグナムの……なん……やて……?!」
成る程、確かにこれは今まで八神家には無かった。
どこか特別な感じがして、大人になってもワクワクしてしまう。
ダイニングのテーブルの上には鍋が鎮座していた。
それ自体は八神家では珍しい事でもないのだが、その数がおかしい。
なんと一人ひとつ用意されているのだ。
はやても昔見たことがある。
アレは100均とかで売ってる一人鍋ようの土鍋……
さらにその土鍋を乗せている台!
黒色の陶器製のそれは、まさしく旅館とかの夕食で鍋を暖めるのに使うアレ!!
そしてその中には同じく青い良く燃える謎の固形燃料!!
成る程、最近の100均はなんでも揃っている。
「そろった事ですし、そろそろ火を入れましょうか。10分程で出来るはずです」
「シグナムお前これ作ったってマジか。何鍋?なぁ何鍋なんだよ」
「完成してフタを開けるまでとっておくのだな。ホラ火を付けてくれ」
そうして差し出されるチャッカマン……チャッカマン?!
それも今までの八神家には無かった!!
てっきりドヤ顔をしながら指パッチンで点火すると思っていたはやては衝撃を受ける。
チャッカマンは……チャッカマンはアカン。
「よっしゃ!ほらザフィーラどけって!」
期待を裏切らないというか、はやての予想通り完全にヴィータのテンションが旅行に来た小学生のソレになっている。
続いてシグナムはラップを外したサラダの入ったボウルをテーブル中央に置くと、小皿に持っていた『何かべちょべちょしたもの』をドチャッ!!と掛けてかき混ぜ始めた。
その『何かべちょべちょしたもの』は白いクリーム状のナニカと赤い繊維状のナニカが混ざった混合物で、さらに言うなら黄色いツブツブが混ざっている。
「シグナム……それ何か聞いてえぇ?」
「主はあまり食べた事が無いかもしれませんね……コンビーフをマヨネーズで崩してコーンを混ぜたものです」
そういいながらシグナムはさらに「白いプルプルしたべちゃっとしたもの」を投入してかき混ぜる。
崩れると中から黄色が顔を見せる。
今度は半熟卵だったらしい。
「確かにコンビーフは地球のスーパーで見かけたけど……食べた事あらへんなぁ」
「美味しいですよ?余ったらサンドイッチの具にしても美味しいですし」
「明日試してみようか。ほな鍋ができるまで皆、サラダでもつつこうか」
「シャマル、冷蔵庫に水出し麦茶を作っておいた。持ってきてもらえるか?」
「いいわよ、ちょっと待っててね」
わらわらとテーブルについてサラダを各自の皿に取り分けてゆく。
使われている野菜はレタスにトマト、ニンジンなどのオーソドックスな物であり、追加投入した物にも地雷は含まれていなかったため、普通に美味しい。
「アレやな。サラダに細切りしたベーコン入れる時もあったけど、これはこれでイケルんやな」
「そうねぇ、私も何か使ってみようかしら」
「コンビーフとかスパムはスライスして焼いても旨いと聞きました」
「おい火ィ消えたぜ?誰か鍋つかみ知らねぇ?」
「あぁ、そこに置いてあるぞ」
「おぉう……んじゃ早速……何だコレ?」
「春原家の家庭料理らしい。菊鍋という。ポン酢で食え」
100均の土鍋に、材料は豚のバラ肉と白菜を用意する。
白菜は4cm間隔で切り、まずは鍋の側面を内側から覆うようにぐるりと敷き詰める。
その次はバラ肉を白菜に貼り付け、そこに白菜を……これを中心に肉か白菜が届くまで繰り返す。
不揃いのいびつな白菜はやがて綺麗な円を描けなくなり、肉の赤と白菜の白のコントラストが上から見ると菊の花のように見える。
故に、菊鍋。
水分は白菜のソレで十分であり、10分程火に掛ければ十分に火が通る。
あとはお好みのタレに付けて食べるだけ。
本日は同じく100均で購入した『ゆず味ぽん(小瓶)』でどうぞ。
「うめぇぇぇ!!コレさっぱりしててうめぇぇ!!」
「あら、いいわね」
こちらも外れる要素が無い。
守護騎士の面々には大人気だった。
しかし、そんな中はやては難しそうな顔をして腕を組んで唸っていた。
「どうしました?主」
「いや、美味しいんや。美味しいんやけどな………SSの趣旨ズレとるんちゃう?」
「いいから黙って食べて下さい」
「あ、ハイ。すいません」
『教義の為なら教皇すら殺す』
八神家の食卓は実はルールに煩い。
具体的には空気を読まないヤツに人権は無い。
オサレ師匠は言った。
『声を発さず、ただ頭を垂れて口に物を運んでテーブルのすみっこでかろうじて生きてろ』と。
「あぁー食った食った!いやぁシグナムが料理作ったっつった時は絶望しかけたけどさ、普通に旨かったな」
「ホントね。でもシグナムも突然どうしたの?」
「それ程理由があった訳でもない。しいて言うなら、そういう気分だっただけだ」
「ほー、そういう気分なぁ」
「何ですか主、ひっかかる物言いですが」
「いやね、はやてちゃんも色々あんねん。いつの間にか武力一辺倒だと思ってた家族が普通の女の子みたいになって、ちょっとした料理まで作れるようになってたりな?主より先に彼氏作ってたりそれを隠されたりな?」
「主……」
その話は終った筈だ。
そう睨む食卓の守護騎士達をはやては睥睨する。
「この歳で彼氏もおらんどころか個人的なフリーの男友達なんてユーノ君しかおらへんし……でもな、そんなウチでも……そんなウチだからこそ解る事もあるんや」
「な……何がわかるっていうの?はやてちゃん」
「さっさと吐きぃシグナム。お前から隠しきれんラブ臭がする」
「何言ってんだよはやて!7年付き合ってチューしかしてないシグナムだぜ?そんな問い詰める程面白いネタなんて出ないって」
「………やはり主に隠し事はできませんか」
「え?マジで?」
ヴィータが驚愕と共に見たのは、なにやら隠し事をしていたシグナムか、それともラブ臭とやらを嗅ぎ取るというよく解らないがちょっとキモイ能力を手に入れた主はやてか。
それは明かさない方がいいだろう、はやてが可哀相すぎる。
……おっと。
「解るに決まってるやろ。ウチを誰やと思ってるんや。『夜天の王』八神はやて様やで?守護騎士の事だったら何でもお見通しや。前フリで1話分(11kb)使ってる時点でバレバレやわ」
「あんまメタい事言ってるとまた叩かれるぞ……っていいのか。最低系だし」
はやてはテーブルの上で両手を組むとその上に顎を乗せ、まるで選手宣誓のように宣言した。
「ほな、家族会議を始めようか?」
第83回家族会議『シグナムがまた何か隠し事をしている件』
「ほな、話して貰おうか。前回に続いてウチらに対する隠し事は二回目や。もちろん……相応の理由と罰は覚悟の上やな?」
「勿論です主。確かに浮かれていましたが、コトがコトだけに……切欠が無ければ私は暫くは隠したままだったでしょう」
「ウチだってな、シグナムが圭一くんとどう付き合おうと細かい事には口出したくないねん。昨日はどこでデートしたとかどこまでイッタとかそんな報告は求めてない。けど態々シグナムが隠そうとする程デカイ何かがあるっちゅーんなら話は別や。八神家家長として、ウチはそれを聞かなならん」
「解りました。お話しましょう」
ごくり、と誰かが唾を飲んだ音がダイニングに響く。
シャマルは危険な空気を感じたのか、たらりと汗を流す。
「春原に求婚されました」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!」
「はやて?!落ち着け」
「はやてちゃん!傷は浅いわよ!」
「そうか。おめでとう、シグナム」
「だからザッフィーはシメに入らんといて!!」
はやてはテーブルをバンバンバン!!と叩きながらヘッドバッドを数回繰り返し、さらに足を高速でバタバタさせて自分の椅子の足にカカトを強打して悶えたりした。
「え?もう何なん?前回のキャラクター紹介回で『今書いてる踏み台の初デートは……』とか言ってたやん?!」
「今この瞬間最も面白い(と作者が思っている)物を書く。それがプロットの無い勢いで書くSSというものです」
「だからオフシーズンの夏期休暇なんて取るもんやないんや!!はいCMの後は恒例の回想編!!」
~~~~~~~~~~~~~~
作者雪道
最低系を書く上で書かねばならないのにどうしても……書けない文章がある。
それは各話のラストで作者とキャラクターが会話するアレだ、漫談っつーの?。
オリ主「おい作者てめぇなにしてくれてんの?」
作者「痛っ、おいお前やめろよザフィーラにケツ掘らせるぞ」
オリ主「あ、はいすいません」
~~中略~~
作者「それでは」
オリ主「次回も見てくれよな!」
みたいなシメで終るアレだ。
無理だって指が拒否するんだもん。
どういう精神構造すりゃアレ書けるんだよ不思議過ぎる。
クソッ、最低系を書くのがこんなに難しいなんて……エタるのと叩かれるのは得意なのに……!
~~~~~~~~~~~~~~
「はいCMあけまーす!シーン5b-2、スタート5秒前……3、2……」
シグナムと圭一は別に逢う度にデートをしているわけでもない。
圭一の部屋で何をするでもなく、のんびり過ごす。
そんな日も7年付き合っていれば当然存在する。
圭一がコーヒーやら紅茶やら緑茶やらを用意し手をつないで一緒にぼんやりしたり膝枕をしたりされたり。
ただこの日はほんの少し、圭一の様子が違った。
「将棋をしないか」
「構わないがその……出来たの?……か?」
「まぁ、教養としてルール位は知ってる」
最近は圭一と居る時はなるべく一人の女の子でいよう、そう思って口調も変えようと頑張っているが、未だにシグナムは慣れない。
所詮、逢う頻度など2週間に一度以下なのだ。
一日意識してようやく身に付けたニワカな女らしさ等、戦闘を主体とする生活の前には簡単に溶け消えてしまう。
床板の一部を外して床下収納を開くと、確かにそこには将棋板と駒が入っている箱があった。
圭一は駒を初期配置に並べるのをシグナムに任せ、その間にお茶を二人分用意する。
「春原、先手だ」
「うん。いや、実は前からシグナムとは将棋したいと思ってたんだよな」
「ならもっと早く言ってくれれば良いのに」
「ド素人丸出しでか?仮にも勝負をするなら、男の子はそういう無様なマネは嫌がるもんなのさ」
「なら、期待してもいい……のかな?」
「さぁ、どうだろうね」
圭一は考えるような素振りを見せつつ、駒に触れようとしない。
「どうした?」
「いや……中学校の卒業式から付き合いだして……もうすぐ大学も卒業だな、ってさ。そうだ。ダラダラやってもアレだし、何か賭けようか」
相手が指してから切り返しに悩むのではなく、先手……しかも初手で悩むなど、通常では有り得ない。
その異様さに、圭一の持つ雰囲気の違いに、7年の付き合いであるシグナムは気付く。
「なんというか、遠まわしで……いつも恥ずかしいセリフをべらべら口にするお前らしくないな」
「そうかな。でも……たまに思うんだ。俺たちは、最初それこそ『恋人ごっこ』みたいな関係だった。それがいつの間にか、どんどん可愛くなっていくシグナムの事を本気で好きになって」
シグナムは己の頬がかっと赤くなるのを感じた。
どくんどくんと顔に血が流れる音が聞こえてくるようだ。
角の道をあけるように歩の駒を拾うと、圭一はそれを手の中で弄びはじめる。
将棋では、一度盤から離れた駒は、「やっぱなし」と元の場所に戻すことは出来ない。
そして、歩は前に1マス進む事しか出来ない。
ならばこの駒を取り上げた時点で、置く場所はもう確定している。
それでも、圭一はまだ歩を盤には置かなかった。
「でもシグナムが休みを取れて地球に来ても、ミッドと暦が違うから休みが合わなかったり……就職したら、もっと逢えなくなると思う。何より……」
「何だ」
「ある日突然シグナムが地球に来なくなったら、それだけで俺たちの関係は終ってしまう。ハラオウン家に話を付けられたら、俺はもう追いかける事すらできない」
「そんな事はしない」
「違う」
否定するシグナムに、圭一はさらに否定を被せる。
「する、しないじゃない。そういう事が『出来る』っていうのが、俺にはどうにも我慢が出来ない」
「……なら私は、どうすればいい。どうすれば……お前の不安を打ち消す事ができる?」
「シグナムが、じゃないんだ」
圭一は目を閉じて俯いた。
呼吸が徐々に荒く、心臓の音が不規則に大きくなってゆく。
痛みをこらえるように、口からマグマを吐き出すように、ゆっくりと言葉を刻んでゆく。
「俺が、今の関係を終らせたい。だからシグナム」
「な―――」
「結婚しよう。俺が勝ったら」
このタイミングで、圭一はようやく歩を盤にさす。
先程とは違う意味で、シグナムの体温が上がった。
彼氏彼女の関係になって早7年。
シグナムも人並みには乙女心を持っている。
だから、未婚の女性にありがちな、プロポーズへの夢を持っていた。
それは断じて、初めてさす将棋の賭けの対象に扱われるものではなく……
つまり、盤外戦術の一つだと、そう受け取ってしまった。
それでも、圭一を信じたい気持ちも確かにある。
故に、問おう。
「………本気か?」
嘘は許さない。
そう目が語っていた。
圭一は盤から目線をシグナムに戻すと、小揺るぎもせずに返す。
「賭けの内容は語った。駒もさした。後はシグナムがさせば後戻りは出来ないし、俺が勝ったら役所に結婚届を貰いに行く。シグナムは戸籍ないけど、ケジメにはなるだろ」
「本気か……」
今度は言葉の意味をかみ締めるように、その言葉は相手ではなく己に向けて呟かれた。
圭一を信じるなら、シグナムが駒を進めれば、それは即ちプロポーズを受ける意思があるという表明に他ならない。
つまりそれは……どういうことなのだ?
守護騎士と人間との思考における最大の違いは、時間への価値観であると言えないだろうか。
彼らは肉体的には成長せず、老いもせず、長い時を生きた。
彼らにとって重要なのは仲間と主であり、遺憾ながら主は毎度短期間で滅びてしまうも、仲間は常に不変としてそこにあり続けた。
だが人間はどうだろう。
守護騎士にとっては極短い期間に成長し、そして老いて行く。
何よりマトモな生活とは程遠い戦闘ばかりの日々。
子供はやがて大人になり、そして寿命で死ぬ。
そんな当たり前の事が、はやての成長が、妙に新鮮で嬉しかった。
つまりそれは、彼らが『人間の時』に対して非常に不慣れである事の証だ。
故に、圭一が社会人になったら実質ほぼ逢うことが不可能になる等と、シグナムは予想できていなかったのだ。
今でさえシグナムに合わせて選択で履修自由な授業は外している。
その中には興味があった授業もあっただろう。
そもそもミッド側が休日だからといって毎週シグナムが地球に来れるわけでもない。
ようやくシグナムは自覚する。
中学卒業を境に圭一とミッドに移り住んだ人間の関係が希薄になった。
それと同じ事が、大学卒業時にもう一度起きる。
今度は、自分と圭一の間に。
それは恐るべき黙示録の予言であり、世界の週末を知らせるラッパであった。
だが、結婚とは何だ?
結婚するとどうなる?
子供も産めぬ身で……
そうだ、自分は子供すら作ることができない。
だがしかし、プロポーズしてきたのは圭一の方からで……
解らない。
そもそも、短時間で解るような問題ではない。
ゆっくりと、時間を掛けて向き合うべき問題だった。
全くの未知。
未知とは恐怖。
ぶるぶると無様な程に腕が震えるのがわかる。
何故――――
好きな男に、望んでいた言葉を掛けられた筈だった。
なのにどうして、こんなに不安で、さみしくて、孤独感を自分は感じているのだろう。
ふと、シグナムは縋る様に圭一の目を見た。
圭一は、笑っていた。
シグナムの好きな、優しい、包み込むような、安心するような、そんな笑顔で笑っていた。
「男なら」
気付けば、もう腕の震えは止まっていた。
「勝って見せろ」
先手と同じく、角道を開ける。
賭けは、ここに成立した。
ぱちりぱちりと、互いに10手ほどさしたあたりで、シグナムは気付く。
銀を一歩進め、問うた。
「……春原、将棋を本格的にやり始めてどれくらい経った?」
始めてから数手、圭一の打ち方に迷いが無い。
本か何かで定石を覚えたのかと思ったが……それにしては、駒を持つ指先の熱量がおかしい。
「ん?うん……」
圭一は答えず、少しの間考えると、飛車を中央に振った。
シグナムの先程の銀はただ前に一歩進めたのではなく、斜め前に。
隣の歩の前に押し出す「腰掛銀」。
桂馬と飛車の機動性が上がる、急戦の構え。
その急戦に、正面から殴りかかる戦法を圭一は選んだ。
「三年前から……かな」
「大学に入ってすぐに?」
「携帯ゲームとかネットで対戦とか出来るし」
「今日この日のために……か?」
「そうだよ?」
気負う事もなく、たださらりと事実を肯定するように圭一は頷いた。
それに対してシグナムは……
「そう……か」
ぱちりと、銀の前を開けるために先行していた歩をさらに進める。
将棋とは、ターン制のゲームであるが、RTS(リアルタイムストテラジー)のような側面も持つ。
両者は同じだけ与えられた手数の中で、玉を守る防衛陣を敷き、相手を攻める攻撃陣を作る。
だから将棋の初期は、大抵陣地作りが中心になりがちだ。
しかし、当然そこに急襲する戦法も存在する。
それが急戦。
玉を守る陣形「穴熊」「矢倉」「美濃」などを一切作らず作らせず、ただ只管に相手の玉めがけて突き進む戦法だ。
当たれば一撃で沈める事ができるが、もし耐え切られたら後に残るのは強力な打撃力を失い突撃能力を欠いた駒達と、何ら防衛線を敷いていない玉が残るだけ。
そんな将棋を、シグナムは選んだ。
圭一も、そんなシグナムに答えるように中央の歩を進め、飛車と銀を押し出す構えに入る。
再び、シグナムの手番。
駒に手を伸ばすシグナムに対し、圭一は口を開いく。
「俺は……シグナムを……」
差し手が止まった絶妙なタイミングで、その言葉を放り込んだ。
「俺だけのシグナムにしたい」
ビクリと、指先が痙攣した。
一瞬、頭が真っ白になって何をさそうとしたのか忘れそうになる。
「(ダメだ、今駒に触れては――――)」
やっとの思いで手を引き戻すと、胸に手を当て深呼吸を繰り返す。
圭一の顔をチラリと見ると、してやったりと笑っていた。
「(盤外戦術……本気で……勝ちに来てる!!)」
そういえば先程から、圭一はシグナムの手番でしかロクに喋っていない。
そこまでか。
そこまでして勝ちたいのか。
どうしても勝ちたいのか。
そんなにまで―――――
―――私と結婚したいのか。
シグナムの中で、『何か』がむくりと立ち上がった。
その何かは戦場で培った物でも、本能でも、理性でもない。
ここ7年で急激に成長した、シグナムの一部。
「(なら、見せてやろう。ただ剣を振るだけだった男とも女とも解らぬ戦闘機械が、お前との7年間でどう変わったのか。夜天の騎士シグナムがお前と居てどう成長したのか、見せてやる)」
シグナムの、女の部分に火がついた。
銀をさらに一歩進めると、圭一が駒に触れる前に口を開く。
「私が勝った場合の賭けの内容を話していなかったな」
こう言われれば、圭一は手を止めるしかない。
出来れば聞かずにさっさと自分の手番を終らせてしまいたいが、そうすればシグナムは自分の手番が終ってから話の続きをするだろう。
何より圭一側が不意打ちで賭けの内容を宣言している。
ならば、聞かねばなるまい。
シグナムの賭けの内容を。
「まず、私が勝ったらお前が入れてくれた、このお茶を飲み干す」
「……ん?」
咽返るような、濃厚な華の蜜の香りがした。
シグナムは考え事をするように親指だけ伸ばした握りこぶしで顎を触る。
「しかしそうだな、私は昨日の教導で疲れているし、先程のお前のプロポーズも嬉しかったから、手が震えて飲みこぼしてしまうかもしれんな」
そして、その親指で、唇から顎、喉から鎖骨、胸の谷間から臍、そして下腹部までをなぞってゆく。
まるでそこに、『何かが流れるように』。
「春原……お前には、そのこぼれたお茶を舌で舐めて綺麗にしてもらおうか。私が綺麗になったと……認めるまで。たっぷりと……ずっと……な」
「~~ッ!!」
ぱしりと、圭一の左手が右手首を掴んだ。
右腕はぶるぶると振るえ、指は制御を失ったかのようにそれぞれが勝手に動いている。
「いぃ……返しだぜ……シグナム」
「ふふっ」
シグナムは、本当に嬉しそうな顔で、誘うように、全てを受け入れるように笑った。
見惚れる程の、女だった。
この表情を見れるのは、後にも先にも圭一1人。
いや、圭一1人でなくてはならない。
断じて他の誰かになど、見せさせてたまるものか。
この勝負、どちらが勝っても確実に、両者の関係は変わる。
「まぁ、それでも」
圭一は震える手で同じく銀を掴み。
「負けられないな」
引かず、進めた。
もはや互いの主戦力はぶつかり合う直前であり、玉を守る壁など無く、そもそも玉が一歩も動いていない。
魔法に例えるなら、ベルカ式の使い手がバリアジャケットを展開せずに殺傷設定で空中戦をしているに等しい。
先に当てた方が、一撃で勝つ。
「楽しみだな。だが今夜は………お前の舌でふやけてみたい。夜通し蕩けさせてくれ。朝日が、私達を邪魔するまで」
囁くようなシグナムの声が脳髄に直接突き刺さり、下半身に血液が集中してしまうのを感じる。
圭一は思わずシグナムを睨みつけるが、そこには妖しげに微笑むシグナムが居るだけだ。
歯を食いしばり、無理矢理に笑う。
「ダメだね。お前は、俺と一緒に、今日人生の墓場に行くんだ」
さして、一言。
「いいのか?……直接、舐めさせてやるぞ?」
さして、一言。
互いに言葉を重ねながらも、盤の中央では激しい攻防が続く。
ここを突破してしまえば、後は玉まで一直線しかない。
化かし合い、陽動し、見破られ、特攻させ、防がれ、受け返し、耐え切る。
「……ここまでか」
そして、桂馬の移動先に、さらに桂馬を置く『継ぎ桂』により、4手先の『詰み』が確定した。
どうしようもない、どのようなパターン、どのような進め方でも、確実に玉は詰む。
「ありません」
その言葉は、女の口から発せられた。
~~~~~~~~~~~~~
「うわぁ……」
余の生々しさに若干引き気味の主に、シグナムは真っ赤になって弁明する。
「と、とにかく先日結婚届にサインしました。両家にもその……近々挨拶に行くことになるかと……思います」
しかし、だんだんと声が小さくなり、最後のほうは消え入るようになか細い声になっていた。
「それで、ですね。えぇと……もう隠す必要も無いので……出しますが……このような物も頂きまして」
シグナムは襟元をごそごそと漁ると、シャツの下に隠れていた細い銀色のネックレスを取り出した。
そしてそのネックレスには……もう語るまでも無いだろう、透明な宝石が輝く、婚約指輪が通されていた。