鎧を着込み、カタツナの前に出る。 侍女が決闘に出てくる事実に、彼は驚く様子をこれっぽっちも見せなかった。「殺竜姫か……相手にとって不足なし!」 むしろ彼はやる気をたぎらせていた。どうやら、ろくに庭師の仕事をしていない鋼鉄の国でも、私の名は知れ渡っているらしい。 これでも私は、庭師時代にそれなりの数、決闘を経験している。決闘の代理人の仕事を受けたり、決闘を申し込まれたりと色々だ。 ただし、私自身の戦闘スタイルは、魔物と戦うのが専門のつもりではあるのだが。 なにせ、私の戦い方は、魔人としての腕力で力押しするのが基本だからだ。人間相手に使うと挽肉が完成してしまう。ゆえに、決闘では手加減をするのが常套手段となっていた。 決闘だからって、相手をいちいち殺してなんかいられないからな。庭師は基本、人殺しはしないのだ。「しかし……そのような棒きれで挑むつもりか」 カタツナが、私の武器である『骨折り君』を見て言った。「大丈夫です。超強い鉄の棒なので」 私がそう言うと、カタツナは何かを考えるように目を閉じる。「……異国には不殺の心得を持つ棒術なる武術があると聞く。よかろう。皆の者、結界を張るのだ!」 カタツナのその言葉に、武装衆の面々が四方に散り、魔法の障壁を展開した。物理も魔法も通さない、見事な結界だ。併合式典の来賓達を戦闘の余波から守るために張ったのだろう。「エイテンの王よ、結界の外からになるが、見届け人を頼む。さあ、殺竜姫よ。いざ尋常に勝負!」 カタツナが腰から剣を抜く。見るからに切れそうな刃である。 私は一瞬で頭を戦闘モードに切り替え、大きな声で告げた。「勝負!」 私のその言葉と共に、カタツナがこちらに飛び込んでくる。先の先。その動きには迷いがない。 そして、物凄い速さで唐竹割りを放ってきた。 こいつ、殺すことに戸惑いがないな! 私は鉄の棒を振るい、その一撃を払った。 剣と『骨折り君』が打ち合わさる甲高い音が鳴り響き、私の剛力に負けたカタツナが剣ごと吹き飛ぶ。 私の今の一撃は身体狙いではないので、遠慮なく力を入れた。それでも、武器を手放さなかったカタツナは、称賛されてしかるべきだろう。「くっ、ハンク工房の鋼鉄の剣が打ち負けるだと……!」 ハイリン語でカタツナが声を絞り出すようにして言った。 カタツナの持つ剣は、今の一撃でひん曲がっていた。 一方、私の『骨折り君』は無傷。「ハンク工房がどこかは知らないが、『骨折り君』は世界中の一流の魔法使い達に、依頼してエンチャントを幾重にもかけてもらっている。そこらの名剣程度では、曲がりすらしないぞ」 私もハイリン語でカタツナに告げてやる。 結構長い台詞だったが、その隙をついてこちらを攻撃してこようとはしていない。むしろ、彼は警戒するようにこちらを観察していた。 まあ、当然だな。私は喋るときに口を開く必要が無いので、話している最中も別に隙はできない。 ひん曲がった剣を構え続けるカタツナ。と、次の瞬間、カタツナは剣を投げつけてきた。『骨折り君』でそれを打ち払うと、その隙にカタツナは右腰に差した短剣を抜いていた。 そして彼はそのまま素早い足さばきで近づき、斬りかかってくる。 私はそれを見切り、短剣を持つ彼の右腕を打ちすえる。 骨の折れる鈍い音が周囲に響きわたった。「ぬうっ!」 カタツナはうめき声を上げるが隙は見せず、すぐさま下がってこちらの間合いから逃れた。 そして、荒い息で呼吸をしながら、絞り出すようにして言葉を放った。「ここまで力の差があるか……!」「相手の身体を破壊しても良いという条件がつけば、私はアルイブキラ最強の国王より強いぞ。さあ、次はどうする?」 武器を失い右腕も折れたカタツナだが、目から気力は失われていない。まだ戦う術は残っているのだろう。 だから私は油断なく、彼の動きに注視し続けた。 カタツナの無事な左手が、彼の懐に差し入れられる。もしや服の中に隠し武器か? 私は一気に距離を詰め、何かを取り出したカタツナの左手を『骨折り君』で打った。 左手に掴んでいた何かは地面に落ち甲高い音を立て、一方でカタツナの左手は何も持てないほどにひしゃげた。 これで、右腕と左手を潰した。だが、魔法があるかもしれない。私は魔力封印の魔法を『骨折り君』にまとわせて、彼の肩口に叩き込もうと振り上げた。 その瞬間、ふと、地面に落ちた何かが目に入る。手の平サイズの赤い八角柱。これは――「解放!」 カタツナが魔法の言語でそう叫んだ瞬間、私はその場から全力で後退していた。 赤い八角柱が光り輝き、中から炎の柱が上がった。 危ない危ない。あれは、天使や悪魔が使う、魔法の封印道具だ。カヨウ夫人にでも貰ったのだろうか。中に火の魔法が仕込まれていたとは、危うく炎を浴びるところだった。 と、炎の柱は収まらず、徐々に柱から変形して何かの形を取り始めた。 なんだ? 炎は生物的なフォルムへと変わり、そして炎の下から鱗が見え始めた。 まさかこれは、天使や悪魔達がしばしば使う、生物を火の身体に変換して持ち運ぶ召喚術か? やがて炎は収まり、大広間のど真ん中に登場したのは……見覚えのある姿をした竜の姿であった。二階建ての家ほどの大きさがある巨大な飛竜である。 結界の外で招待客達がざわめき、悲鳴が上がる。「あれはアルイブキラドラゴン!」 戦いを見守っていたアルイブキラの騎士から、そんな叫びが飛び出した。 そう、アルイブキラドラゴン。数年前、多大な犠牲を払って退治された、北の山の飛竜。それとそっくりな見た目をしていたのだ。「それがあんたの切り札か!」 脂汗を流し飛竜の横に立つカタツナに向けて、私はそう言葉を放った。 対するカタツナは、勝利を確信したにやけた表情で言った。「いかにも。カヨウ夫人が八年前にアルイブキラで捕らえたという、恐ろしき竜よ。夫人の術でこやつは拙者の完全なる支配下にある」 結界の外のざわめきが止まらない。 そして、勝負の行く末を見守っていた塩の国エイテンの王が、大きな声で告げた。「決闘を中止せよ! 明らかな違反である!」「聞く耳持たぬ! これは、『幹』によって中断させられた闘争の続きである! 本来この竜は、戦場にてアルイブキラの騎士達を蹂躙するはずだったのだ。今更アルイブキラの騎士をどうこうしようなどとは言わぬが、この力でもってカヨウ夫人を取り戻してみせる!」 カタツナが主張する言葉を聞くに、この飛竜は戦争用の兵器だったらしい。 それなら十分制御されているだろうし、暴走して招待客に被害をもたらす心配も少ないな。ただ、操っているカタツナが気を失ったりしたらどうなるかは未知数だ。「これ、殺しちゃっても良い奴だな?」 私はそうカタツナに尋ねる。「できるものならやってみせよ!」 言質取ったぞ。 ――【空間収納】魔法発動。 私は、歪んだ空間に手を突っ込み、中から愛用の斧を取り出した。 私の身の丈近い長さのある柄。魔法金属を鍛えて作られた巨大な両刃。『骨折り君』以上に重ねられたエンチャント。 私が所有する中で、一番強い武器がこれだ。 私は『骨折り君』をそこらに投げ捨て、斧を両手で構えた。「行け! 飛竜よ!」 カタツナが叫ぶと共に、飛竜が火を吐いてきた。 対する私も口を開き、炎のドラゴンブレスを吐いた。 正面からブレス同士が衝突し、そして私のブレスが打ち勝ち飛竜の表皮をあぶった。「なにっ!?」 ブレスで打ち負けた事実に、カタツナが驚きの声を上げる。 私は戦闘の補助として妖精を召喚しながら、思った以上の成果に口角を上げた。 私の正体は、どうやら神代のドラゴンの要素を持つ魔人らしい。だから、それを意識してドラゴンブレスを放ったのだが……以前よりはるかに威力が上がった。しかも、まだまだ威力が上げられそうだ。 私はまだ強くなれるらしい。庭師を辞めた以上、必要の無い強さだが。「ならば、この牙と爪を味わうがよい! そして、竜は決して倒れぬ! かつてアルイブキラの軍団を苦しめたという無限の再生力、おぬしは突破できるか?」 カタツナがそう言うと、飛竜がこちらに襲いかかってくる。 私は妖精を呼び寄せながら、斧を構える。 飛竜の初手は、その巨大な身体を使った飛びかかり。私は飛来する飛竜に向かって、全力で斧を横薙ぎにした。 轟音が周囲に響き、飛竜が吹き飛ぶ。 妖精言語を使ってアストラル界と交信しながら、私はその様子を眺めた。私の怪力の前では、飛竜の巨体も特に武器にはならない。 飛竜は傷口から火を吹き出しながらも、徐々にその傷を再生させていく。 ふーむ。「やはり悪魔による処置が施されているな。血ではなく火が傷口から出た」「カヨウ夫人は悪魔などではない、天女だ!」 カタツナの主張に、私は呆れ返った。なんだ天女って。天使ですらないのか。 ここでいう天は、火の神のいる天界じゃなくて、もっとこう概念的な極楽を指すのだろうなぁ。世界樹教にそんな教えはないけど。 さて、飛竜の性質と再生力は確認したので、今度はこちらが攻める番だ。「行くぞ」 私は妖精をこの世界に招きながら、斧を振りかぶって飛竜に突撃した。 一発、二発、三発、四発、五発。飛竜を斧で滅多打ちにしていく。 飛竜も足の爪を振るったり、尾を薙いだりしてくるが、どれも斧で迎撃していく。 そんな戦いの最中に、ふと私の名前を含んだ国王の言葉が耳に入る。「見て、パレスナ。あれがキリリンの得意技、旋風斬りだよ。キリリンの腕力でやたらめったら斧を振るうと、どんな相手も粉砕されるんだ。人相手には残酷すぎて使えない無敵の技だよ」 そう、これは剛力魔人百八の秘技の一つ、旋風斬り。多数の魔物に囲まれた時用に考えた技だが、大型の魔物相手にも通用するのでいつの間にか得意技になっていた。 傷つく端から再生する飛竜だが、徐々に傷を負う速度が再生速度を上回り始める。「な、何故だ。何故こうも押し切られる! アルイブキラの騎士と魔法使いが総出になってようやく抑えられる相手ではないのか!?」 一方的な私の攻撃に、カタツナが驚愕の声を上げる。「いやだって、あれから年数経って私も強くなっているし……」 私が参加した北の山の飛竜退治から八年だぞ。半年間、前線を離れて侍女をやっていたとしても、七年以上庭師を続けていた計算だ。 それだけあれば、武の腕前も魔法の技術も向上している。「くそっ! 距離を取れ! 空から火で狙い撃ちにするのだ!」 飛竜が翼を広げ、吹き抜けとなっている大広間から飛び立つ。 そして、口を開けてブレスを放とうとしてくるが――「残念、火はもう使えない」 私は妖精を全て呼び出し終わり、準備し続けていた魔法を展開する。 ――【領域】魔法発動。妖精郷、火喰いの庭。 石造りだった大広間の床が、光り輝く草地に侵食される。 飛竜がブレスを放つが、無数に呼び出した妖精達が飛竜に飛びかかると、炎は何もなかったかのように霧散した。 さらに妖精は飛竜に取りつき、その火で作られた身体の熱を奪っていく。 私が呼び出した妖精は、火が大好物でたまらない者達だ。この火喰いの庭は、火で身体が構成された天使や悪魔の天敵と言える魔法であった。 力を失い、大きな音を立てて地に倒れ伏す飛竜。 飛竜はその尾で妖精達を払おうとするが、残念、妖精はアストラル界に住む生き物。物理的な干渉は不可能だ。「何故だ、何故こうも上手くいかぬのだ……こうなれば……!」 カタツナは、折れた右腕を懐に突っ込み、何かを取り出した。それは、赤い八角柱。ってまだあったのか! カタツナが「解放!」と魔法の言葉で叫ぶと、またもや炎の柱が立ち、それに妖精達が群がっていく。火喰い妖精が居ても炎が顕現していられるあたり、あの炎は相当魔法的な濃度が濃いらしい。炎は形を作り、やがてまたもや飛竜となった。「二匹目……!」 妖精達大歓喜である。妖精達が二匹目の飛竜にも群がるが、飛竜はその強力な再生力で熱を身体に補充しながら、こちらに向かってくる。 さらに、一匹目の飛竜も挟み撃ちしようと後ろに回って突進してくる。「ぬああ! 面倒臭い!」 私は斧を構え、迎撃しようとする。そのときだ。「いくらなんでも決闘で三対一はずるいと思うんだー」 そんな声がアルイブキラの言語で聞こえ、飛竜が二匹とも吹き飛んだ。 なんだ? 私が疑問に思っていると、私に近寄る小さな影。キリンゼラーの使い魔だ。結界をどうにかして抜け出してきたらしい。「ねーねーキリン、ずるいよね。決闘で三対一ってずるいよね」 そう私の足元で飛び跳ねながら、使い魔が言う。「あ、ああそうだな……。卑怯と言われても仕方が無い所業だろうな」「それじゃあ、三対三にするね!」「おう。あんたも参戦してくれるのか」「うん!」「じゃああともう一人は」「今行くよー」 うん? 行く? すると、次の瞬間、周囲に影が差した。 吹き抜けになって人工太陽が見えていたはずの大広間が、何かで塞がれたのだ。 私は、上を見上げる。すると、そこに居たのは……。「キリン、来たよー。さあ、決闘だ!」 大広間より巨大な金色のドラゴン。神代を生きた神の獣、キリンゼラーそのものであった。 今までの比ではない悲鳴が結界の外の来賓達から聞こえ、逃げ出す者が現れ始めた。「来たって、あんた……どうやってここに」 キリンゼラーは惑星に住んでいるはずだ。私達の居る世界樹は月にある。宇宙でも飛んできたっていうのか。「テアノンの人達にテレポーテーションを教えてもらったんだー」「教えてもらって覚えられるもんなのか……?」「楽しかったよー。で、確実に彼を潰せばいいんだっけ?」 大広間の吹き抜けから覗き込む頭をこちらに近づけ、カタツナを見つめるキリンゼラー。結界素通りである。「あー、殺すのはなし。それよりも、飛竜を先に倒さないと」「はーい。アル・フィーナ」 キリンゼラーが唐突に食前の聖句を口にすると、聖句の効果でその身が光り輝き、周囲に神々しい姿を見せつけることになった。結界の外の来賓達の中には、キリンゼラーを拝む者まで現れた。 しかし、なんで聖句を? と思ったら、キリンゼラーは飛竜を二匹ともその場で丸呑みにしだした。「うわー、ほかほかで美味しい!」 左様か。もう、めちゃくちゃだなこれ。 飛竜がキリンゼラーの腹を破って出てくるという逆転劇も起きず、私は能面のような表情になったカタツナと対峙した。「で、まだ戦うか?」「……いや、拙者の負けだ」 カタツナがそう宣言すると、呆けていたエイテンの王が、はっとなって高らかに告げた。「決着! アルイブキラの勝利! 両者、武器を収めよ!」 決闘が終わったため、私は妖精をアストラル界に帰し、領域魔法を解除。そして、空間収納魔法を使い、斧を中に収めた。さらに、床を転がっていた『骨折り君』を拾い、これも収納。 武装衆の結界が解かれ、武装衆はカタツナのもとへと集まり魔法で彼の骨折の治療を始めた。 私は、キリンゼラーの使い魔を抱き上げながら、本体のことはどうするかと頭を悩ませる。帰ってもらうしかないか。 そう思っていると、大広間の入口から幼い少女の声が響いてきた。「なんじゃなんじゃ、この大騒ぎは。ぬおっ、キリンゼラーではないか。おぬし、何故ここに」 その声の主は、女帝蟻。 後ろに、ハルエーナ王女とネコールナコール人型モードを伴っている。 女帝は大広間の中央に立つ私に気づいたのか、こちらに近づいてくる。「キリン、どうした。鎧など着おって」「ああ、ちょっと決闘騒ぎがあってな。決着がついたところだ」「決闘……? それで、キリンゼラーを呼び出したのか? 神獣を助っ人に呼ぶなど、ちょっと卑怯ではないか」「いやあ、卑怯な助っ人は相手が先でな……」 事情を詳しく説明しようとしたところで、武装衆から声が上がる。「カヨウ殿!」 彼らは、ネコールナコールのことを驚愕の目で見ている。 そして、カタツナが治療をする仲間を振り切り、ネコールナコールのもとへと走ってくる。「カヨウ殿、無事であったか……!」「えっ、ちょ、ちょっと待つのじゃ。妾は別にカヨウではないのじゃ。妾はネコールナコールといってな……」「カヨウ殿ー!」 カタツナが、折れた腕でネコールナコールに抱きついた。 ネコールナコールは「なにをするのじゃー」と叫ぶが、されるがままになっている。 そして。「カヨウ殿、しばらく見ぬ間にこんなに背も伸びて……最後にお会いした日が遠い昔のようだ」「だから妾はカヨウとかいう痴れ者ではないのじゃー!」 こうして、決闘騒ぎは思わぬ幕切れとなったのだった。 カタツナのことは、もうネコールナコールに丸投げしよう。 私は戦闘で少々疲れた身体を癒すために、ふわふわの使い魔を胸にかき抱き、女帝の相手を再開するのであった。