世界の話をしよう。 この世界は球体の惑星ではない。 現代地球人としての知識があるとその事実に驚いてしまうのだが、この世界の住人達はそれを当然のこととして受け取っている。 この世界は巨大な一本の木である。 人々の住む大陸は、幹から伸びた枝の葉が積み重なったもの。他の大陸に渡るには、海を船で進むのではなく枝をつたって移動する。 世界には階層があり、上に行くほど若い枝の大陸となる。 世界を下に辿るとやがて根の国に辿り着く。そして世界の根は、荒廃した大地に根付いている。 生き物が生息することができないケッフェキリと呼ばれるこの死の荒野。実のところは空気のないただの衛星である。 世界の成り立ちの話をしよう。 この世界の人々は太古の昔、球体の惑星に住んでいた。 土と海の星に神々が住み、様々な国と文明が生まれては消えていった神の時代をつづる『大地神話』。 その神話の最後には、世界の崩壊が語られる。この世界に生まれたばかりの頃の幼い私は、この神話の締めくくりを宗教によくある終末思想とだけ思っていた。 『庭師』となった私は、世界を巡り、世界の本当の形を知り、そして木の世界の中心である『幹』に辿り着いた。 そこで知ることになった世界の真実。『大地神話』は実際にあった太古の歴史であり、今生きる人々は崩壊した世界から生き延びた神々の末裔なのだという。神話の神々はただの人間であった。 そしてこの木の世界は、崩壊する世界から人々が逃れるために一本の大樹を元に作りだした、脱出船なのだという。 私はこの世界を「剣と魔法のファンタジー世界」だと思っていた。だが実際は、崩壊した惑星の衛星に不時着した宇宙船が舞台の魔法SF世界だった。 小惑星に根付いた脱出船は、星から資源を吸い取り成長する。そして生き延びた人々は脱出船の上で新しい文明を興す。 その果てに今の私が生きる「剣と魔法のファンタジー世界」の文明ができあがった。 冒険者達が『庭師』という俗称で呼ばれるのも、世界という一本の木、世界樹の枝葉を園丁する存在だからだ。 一度死に、そして新たに生まれた今生の私は、大きな木の枝に立ち、魔法で作られた人工の太陽の下で生きている。 この不思議な境遇をとりあえず簡単にまとめると、「地球から異世界に転生した」となるだろうか。 さて、長々と考えたが、なぜこんなことを今更思い巡らせているのかというと、私は異世界に生まれてしまったのだなぁと最近また実感しているからだ。 異世界である。地球とは違う世界である。 人間はいるが、世界を満たす動植物の数々は地球とは違う。私の愛してやまない猫がこの世界にはいない。 ペット事情だけならそこまで気にする必要はないが、これが食事の事情となると変わってくる。 前世とは異なる数々の食材。 二十九年といくらかこの世界で過ごし、それにはさすがに慣れた。 米を懐かしく思うがこちらの穀物も悪くない。 だが問題は調味料だ。 この世界は一本の大樹である。人々が住むのは幹から伸びる枝の上である。 枝の上には土が被さり、一見前世となんら変わらない世界に見える。だが枝の上である。 世界には海がない。 水は地中深くの枝から染み出してきて、蒸発した水分は天蓋に吸収され、世界の中枢である『幹』の管理者により雨の天候が実行される。 雨と地下水により、世界には湖や川が存在する。 だが海がない。 海とは何か。塩水に満たされた領域だ。 海がない。つまり、海から塩を作り出す風習が存在しない。 大問題である。生物は塩がなければ生きていけない。 この世界のどこに塩が存在するのか。答えは地中。 世界樹は根を張った小惑星からさまざまな資源を栄養として吸い出している。 そしてその栄養は、果実として地中深くの枝に実る。その多くは岩石。大きく実った岩石は土を突き破り、山となる。 岩石以外にも、鉄や銅、炭などの鉱物が地中深くに実っている。岩塩もその一つだ。 実った岩塩は、同じく枝から実った水により少しずつ溶け、土に染み出す。 この世界の人々は、その塩分濃度の高い土を精製して塩を作り出す。 また、大地を深く掘り、実った岩塩の鉱脈を直接取り出す方法もある。 だが、どの方法も前世の地球での塩の入手法と比べると非常に手間がかかるものだ。 この世界は海水から塩を取り出すことも、海水が固まってできた地表の岩塩を採取することもできない。 この世界では、塩は高価なのだ。 前世の地球における調味料の歴史は、塩と密接な関係があった。 その代表的なものが醤(ひしお)。食材と塩を混ぜ発酵させた調味料で、大豆から作られるのが味噌と醤油。魚から作られるのが魚醤。醤は人類の食文化を東西問わずに支えた偉大な調味料だ。 しかし、数々の醤が生まれたのは、世界に豊富な塩があったからだ。 調味料の発達は、素材が豊富に手に入る状況でなければ起きない。 こちらの世界の塩は高級品だ。 他の食材と混ぜ調味料に加工すると、さらにその値段は上がる。 しかし人間は生物学的に多くの塩分を必要とする。発汗機能が発達しているからである。 結果、この世界の文明では長い年月を経てどうなったかというと、生活の必需品として身分を問わず塩飴を舐める文化が生まれたのである。 塩を豊富に使う料理文化は根付いていなかった。◆◇◆◇◆「我らが偉大なる母、大地と大樹に実りの感謝を。アル・フィーナ」 世界樹教の食前の祈りを捧げ、通常シフトの侍女達が食事を始める。 仕事終わりの夕方の侍女宿舎。私達はここの食堂で共に食事を取る。仕事が長引き食事の時間に間に合わない侍女もいるが、そういった場合も個別に食事を取れるようになっている。 一斉に食事を取るのは、数の多い女官がばらばらに食事を取ると、飯炊きと配膳の下女を多く雇う必要がでてくるからだ。 国が民に対し仕事を与えるのは政策として良いこととされているが、王城に出入りする民間人を増やすことに対してはどうやら避ける傾向にあるようだ。 私は祈りを捧げた手を下ろし、食器を手に取った。 世界そのものを信仰する世界樹教はこの国の国教である。食前は皆世界に感謝の祈りを捧げる。アル・フィーナとは聖句であり、短い魔法の詠唱だ。唱えることで悪気を浄化する。 私は魔法の詠唱ができないので、この聖句を音の魔法で発してもなんの効果もない。 が、代わりに私の両隣に座るククルとカヤ嬢の祈りの力が、ほんの少しであるが私のもとにも届いた。「今日も一日お疲れ様でした」 そうククルが私に声をかけてくる。 今日は一日カヤ嬢と共に仕事をしたため、ククルと顔を合わせるのは朝食以来だ。 昼食では仕事の時間がずれていたのか彼女とは会っていない。「お疲れ様でした」「お疲れ様」 カヤ嬢と私も互いに慰労の言葉を交わす。敬語モードは解除済み。 私の左にカヤ嬢、右にククルというのがこの食堂でのいつもの席順だ。 王城に奉公に来て日が浅い私に気を使ってくれているのか、こうやって私が孤立しないようにしてくれている。「今日はアルル魚の蒸し焼きですか。私、これ大好きですの」 カヤ嬢が二叉のフォークで赤身魚をほぐしながらそう言った。「カヤは昔から魚好きですわね」「アルル魚は実家の近くの湖にいるのですよ」「ああ、なるほど。キリンお姉様、カヤの家ではよく湖で園遊会を開きますのよ」 ククルとカヤ嬢は王城に侍女として上がる前からの友人らしい。 ククルの実家のあるバガルポカル領と、カヤの実家である伯爵家のアラハラレ領は隣合った領地だ。その地理的な縁と、お互い歳の近い娘という事情で仲良くなったのだろう。「園遊会か。水辺で酒を交わしたり、ボートで遊覧したりするのかね」 想像の中のこの国の野外貴族パーティの様子をカヤ嬢に訊ねてみる。「ふふ、それがですね、私の父は釣り好きでして」 む、釣りとな。私も前世は釣り好きだった。 こっちの世界に生まれてからは水の中にいる魚の場所を感知できてしまうので、待つ醍醐味が減ってもう趣味としてはやっていないが。「それで、集まった方達と一緒に湖に船を出して釣りをしますの。そこで釣った魚を夜会で食べるのが毎度の楽しみでした」 ふむ。この国は肉食の文化が強いが、カヤ嬢は珍しく魚好きであるような。 私はカヤ嬢に向けていた視線を前に戻す。配膳された皿には、蒸し焼きにされた魚がのっている。 フォークで皮を崩すと、ふわっとほぐれた赤身が顔を覗かせる。 この世界の魚には白身と赤身、青身だけでなくケミカルな身の色をした魚が食用として市場に出回っている。魔力がどうとか水草がどうとか色が付く理由があるらしいが、あの色を見ると正直食欲がわかない。前世の米国のお菓子もあんな色であった。 このアルル魚は幸いにも自然な色をしている。香辛料の香りが食欲をそそる。 ほぐした身を私は左手に持ったトング(のような箸のような金属を折り曲げた食器)で掴むと、口に入れて噛みしめる。 うむ。「私は魚は塩焼きにして食べるのが一番好きだ」「塩焼き?」 カヤ嬢は聞いたことがないといった表情で私に聞き返してくる。「ああ、砂粒のように細かくした塩を身に振って、直火で焼く。素朴な塩の味と脂のうま味が噛み合って実に美味だ」「是非食べてみたいですわ」 『庭師』時代は野営をすることが多く、川で魚を捕らえ内臓を取り出し携帯している塩をすり込んでたき火で焼いた、川魚の塩焼きをよく食べたものだ。 前世のサンマの塩焼きが懐かしくなる。 この世界でも秋のサンマのように脂のたっぷりのった魚はいるが、大根がない。大根おろしが作れないのだ。 サンマ、大根おろし、醤油、白いご飯。ああ懐かしい。 そんな望郷の思いを巡らせつつ、私はトングをおいてパンを手に取る。 世界が変わっても食卓の主役は穀物だ。このパンは、向日葵のような穀物カツツの実を脱穀し粉にした、向日葵麦粉を使ったパンだ。パンといっても酵母でふっくらと焼き上がっているわけではなく、ナンのように平べったい形をしている。 パンをちぎり、スープに軽くひたす。このパンとスープは必ずセットで出される。スープにつけるのが一般的な食べ方だからだ。 この侍女の食堂では、フォークとトングで器用にパンをちぎって食べる礼儀の行き届いた子が多い。が、私は面倒なので手づかみだ。 スープを吸ったパンを一口で食べる。噛むごとにスープの水気がパンから染み出してくる。 うむ。「キリンお姉様もそろそろ食器使いを覚えませんとね」 手づかみでパンを食べる私にククルがそんなことを言った。「いや、私は使えないわけじゃないぞ。面倒なだけだ」「面倒でもちゃんと使うのが作法ですのよ」 うーん、さすがは貴族の花嫁修業の場。 私は再びトングを手にして、菜っ葉のサラダを食べる。 うむ、ドレッシングの酢が利いて美味だ。美味い。 美味いので一口二口と食べていったらすぐになくなってしまった。 侍女の食事量は少ない。貴族の食卓といえばテーブル一杯に食べきれない量の皿を広げ、食べられる分だけ食べて後は全て残すというイメージがある。だが、ここの食堂はまるで学校給食のように決まった量しか食事を出さない。 理由を前に聞いたところ、侍女が太らないようにするためだとか。 侍女は美しさを保つのも義務であるようだ。「お姉様またサラダだけ先に食べて。バランスよく順番に食べませんと」「ククル、お前は私のお母さんか」「教育係です」「んん!?」 おかしいな。 ククルは昔から私の妹で教え子のような存在だったぞ。「ほら、食器を使ってパンを食べましょうね」 わかりました侍女先輩。 食器を両の手で確かめるようにしっかりと握りなおす。私の利き手は両手なので左右どちらにトングを持つかはその日の気分だ。 フォークでおさえてトングでちぎる。 スープにつける。口に運びぱくりと食べる。 そんな作業をひたすら続ける。 魚も忘れずに食べる。 もっそもっそ。 さすが貴族の子がなる侍女の食卓。そこらの町の定食屋では食べられない上等な料理だ。 しかしだな、うむ。 心にもやもやを抱えながら、私は気を晴らすように両隣の二人に話題を振った。「しかしなんだね。今日の食堂はいつもと雰囲気が違う」 食堂を見渡しながら言う。 私服に着替えた通常シフトの侍女達。 いつもはお淑やかに食事を取っているのだが、今日は会話も多く皆どこかそわそわとしている。 明日は国で定められた一週間に一度の休日。侍女の仕事柄、全員まとめて休みを取るということはない。が、休日の王城は働く士官が少ないので、侍女の仕事量が少なく、それに合わせて休みを与えられる侍女の数が多い。 そんな週に一度の休日を彼女達は楽しみにしているのかと思うが、前回の休日前夜よりも少女達の浮かれようが上がっている気がするのだ。侍女になって二度目の休日なのでサンプル数が少なすぎるが。「ああ、キリンさんは初めてでしたね」 私の疑問に、カヤ嬢が笑って答えてくれた。「昨日お給金が出ましたでしょう? それで明日どう使おうか考えているのですよ」「給料? みな良家の子女であろう。別に侍女の給金がなくとも金には困らないだろう」「困りはしませんね。でも、やはり自分で働いて手にしたお金ですから、思い入れが違いますわ」 なるほど。なるほどなるほど、ここにいるのは皆貴族の子女達だ。確かにお金には困っていない。 だが、やはり自分が働いて手にしたお金を使うというのには心が満たされるものがあるのだろう。 いや、貴族だからこそ、生活に余裕があるからこそ、自分の力で手にしたお金というものに特別な思いを抱くのだろう。 そう、例え話をしよう。 今私が食べているこの料理も、侍女ならば無料で与えられるものだ。 しかしそんな生活が続く中で、自分達で料理を作ってみたらどうなるか。いつもと違った気分で食事を楽しめる。 給金で休日をすごすのは、年若い侍女達にとってそんな生活のスパイスのようなものなのだろう。 私は前世の遙か遠い子供時代を思い出して、何ともほんわかした気持ちになる。 この少女達の雰囲気は嫌いではない。 『庭師』時代には味わえなかったものだ。『庭師』は手にしたお金のほとんどを武具につぎ込む。誰も彼もが名を上げることばかり考えていた。日々を生きることよりも、世界に己の名を残すことを考えるのが、『庭師』という人種だ。「お姉様、明日の休みはどうされます?」「キリンさんは私と一緒に薔薇園に行くのですよ」 ね? とカヤ嬢が私に向けて笑顔を向けた。 ふむう、まだあの情操教育の話は有効だったのか。「薔薇園ってここの薔薇園ですか?」「ええ。キリンさんに花の美しさを知っていただくのです」「私もご一緒してよろしいですか?」「もちろん。一緒にキリンさんに淑女のなんたるかをお教えしましょうね」「ふふ、さすがカヤ。よくわかっていますわね」 私をはさんで二人が仲むつまじげに言葉のキャッチボールを交わしている。 私は別にカヤ嬢に対し、植物園に行くことを承諾したつもりはない。しかしそのことを告げるのはよろしくない。 これだけ二人が楽しそうにしているのだ。是非一緒に休日を過ごしたい。 だからこそ、これから言うことがとても心苦しい。「カヤ嬢、それとククル。すまないが、明日私は行かねばならぬところがあるのだ。だから、植物園は次の休みのときに頼む」「ええー。そんな」 目に見えて落胆の様子を見せるククル。すまぬ、すまぬ。「うふふ!」 カヤ嬢は、むう、何故かすごい嬉しそうだ。「うふふふふ、そうですか。キリンさん、そうですか」「どうしたのだカヤ嬢」「いえいえ、わかっていますとも。ぜひとも明日は楽しんできてくださいまし」 どうしたのだ本当に。 カヤ嬢には明日私が何をするか言ってないし、そもそも明日することは楽しむようなことではない。「どういうことですの?」 ククルが不思議そうに私とカヤ嬢の顔を覗き込んだ。「いや、私にもわからん」「あらあら、キリンさん誤魔化そうとしても駄目ですわ。お姉さん全部わかっているんですよ」 何がだ。「カヤ、どういうことかしら?」「うふふ、キリンさんは明日ヴォヴォ様とデートをするのですわ」 はあ!? デート!? 何がどうなってそんな話になった? というかヴォヴォって誰だ。「ヴォヴォ様って、もしかして緑の騎士団の剣総長のヴォヴォ様ですか?」 緑の騎士団……ああ、カヤ嬢に話した合同訓練のことで、また何かとんでもない勘違いをしているのか。 でもヴォヴォって誰だ。巨漢の緑の騎士団長とは名前が違う。「うふふ、そうですわ。実はですね、キリンさんはこの前ヴォヴォ様に剣を捧げられ求婚をされたのですわ」「んん!? なぜそれを知っている!?」 待て待て待て、あのことは誰にも言ってない。 どうしてカヤ嬢に伝わっているのだ。 あのロリコン、周りに言いふらしたのか。なんてことをしたのだ。今度会ったらねじ切る。「ふふふふふ、カーリンから求婚を見たと、今日聞いたのです。確かな情報ですわ」 カーリン。誰だ。……ああ、あのよく廊下を掃除している掃除担当の下女か。 妙に影が薄く、私でも気配を察知するのが難しい下女だ。あまりに気配がなさすぎて、逆に名前を覚えてしまった。 私の高性能な耳をもってしても、足音も呼吸音も聞き取れないので、存在が希薄という類の魔人なのではと疑っている。「求婚を断ったと聞きましたけれど、その様子ではお付き合いを始めるようですのね」「まあ、まあまあ、キリンお姉様そういうことは、ちゃんと私に相談してくれませんと。今夜はデートの作法をみっちりですね」「待て。待たんか二人とも。緑の騎士は剣も求婚もきっぱりと断った。あいつとはもう会うことすらないだろう」 私の言葉にククルがきょとんとした表情をする。 一方カヤ嬢は。「まあ、恥ずかしがって。でも大丈夫、女に生まれた以上誰もが通る道ですわ」「いや、だからな……」 身体は女でも中身は元男だ。 というかもし前世が女だったとしてもロリコンは嫌だ。「ああ、なんだ、またいつもの勘違いですの……」 私の隣でククルが呆れたようにそんなことを呟いた。 なるほど、どうやらカヤ嬢は思い込みの激しい性格であるようだ。薄々気づいてはいたが。「で、お姉様、実際のところ明日どのようなご予定が?」 一人盛り上がるカヤ嬢を無視してククルが私に聞いてくる。 私もカヤ嬢を無視してククルの方に身体を向けた。 話をしている間に、私はすでに食事を終えていた。ククル達はまだ半分も食べていない。 私は話をするときに口を開く必要がないので、口にものを入れながら声を出すという芸当ができるのだ。音の魔法は喉の奥ではなく唇の先から出るように設定してある。「ああ、そのことだが」 私は喉を潤すために、コップに注がれているワイン(のような味がするお酒)を飲みながら、ククルに向けて言った。「家に帰る」 侍女生活を始めて二週間、恥ずかしながら実家に帰らせていただきます。