全力で睡魔に身を任せていた早朝。突然鳴り響いた警報に、私は飛び起きた。『大型敵性存在が都市に接近しています。大型敵性存在が都市に接近しています』 ……来ちゃったかぁ。私は寝間着のまま、与えられていた個室から外に出た。 すると、私と同じく警報で起きたのか、女帝や蟻人、アセトリード、そして騎士服に身を包んだ近衛騎士達が集まってきていた。 寝間着姿で飛び出した侍女は、私だけだった。 そんな私と同じく寝間着姿の女帝が、私を見つけて声をかけてきた。「おお、キリンか。大型の混沌の獣が、都市の側まで来ておるようじゃ。念のため、戦装束に着替えておいてほしいのじゃ」「無敵最強魔導ロボットを数体出すなら、私が出る幕はないのではないか?」「今回の混沌の獣は、大陸に確認されておるやつでも最大の超大型じゃ。ゆえに、最大戦力のおぬしとアセトリードは、いつでも出せるようにしておきたいのじゃ。念のためじゃ」「なるほど、了解」 無敵最強魔導ロボットはフォトンリアクターとかいうもので動く最強のロボットだが、ゴーレムではないのでその力の源は魔法ではない。 なので、自ら魔法を使って結界を張ったり、魔法障壁を張ったりする能力はないらしい。名前に魔導とあるのは、攻撃用の兵装に魔法道具が豊富にあるからだ。 だから、魔法に長じた私と、糸でなんでもできるアセトリードを守りの控えとして配置するのだろう。「それに、大迫力のバトルを間近で見るチャンスなのじゃ。我も出て、直接この目で見にいくのじゃ」「おいおい、大丈夫なのか」「我は昆虫人類種の頂点、女帝蟻じゃぞ? さらに、この額に輝くのは、惑星誕生の頃から世界を見守ってきた賢者の石じゃ。魔法戦闘はお手の物なのじゃ」 ああ、なるほど……。彼女も神話に語られる神獣の一柱であったか。 そう納得した私は、個室に戻り着替えることにした。 庭師時代の魔法の服を着て、エンチャントが多重にかけられた鎧を装着し、愛用の斧を担ぐ。 準備万端。世界樹の祝福が失われているため、世界樹に居るときよりも多少技の冴えは落ちるだろうが、まあ問題はないだろう。 私は女帝蟻とアセトリードの二人とともに、移動カプセルに乗り込みアルコロジーの外部へと向かった。 近衛騎士達は付いてきていない。彼らは王族の守護が役目だからな。打って出るのは仕事ではない。役割分担ってやつだ。 そして、アルコロジーから走って出た私達を待っていたのは……大怪獣バトルであった。 上半身は裸の人型で下半身は無数の触手が生えた、体高何十メートルもありそうな黒い怪獣が、これまたとてつもなく巨大な金色のドラゴンと肉弾戦で戦っている。「なんだこりゃあ」 思わずそんな声を上げてしまう私。なんで、特撮の世界が目の前に広がっているのだ。「色合い的に、触手の方が混沌の獣でござるかな?」 アセトリードが指先から魔法の糸を大量に生成しながら、そう言った。 そうか、あれが混沌の獣か。じゃあ、ドラゴンの方はいったいなんだ? 混沌の獣同士が争っているのではないのか?「おお、懐かしい顔じゃのう」 女帝が、なにやら嬉しそうにそんなことを言った。「あれを知っているのか?」 私が女帝にそう尋ねると、女帝はうむとうなずいた。「あのドラゴンは神獣の一柱。数億年の昔から生きる、原初のドラゴンじゃ。世界が混沌に飲まれても、二千年の間平然と生きておったのじゃろう。混沌の獣を食って生きながらえていたのではないかの」 そして女帝は音魔法を展開すると、指向性の大声をドラゴンに向けて放った。「おおい、我じゃ。女帝ちゃんじゃ。加勢は必要かの?」 すると、触手の怪獣に噛みついていたドラゴンが、ぎょろりと瞳を動かして視線をこちらに向けた。そして、声が響く。「おぬし、女帝蟻か! 大陸が元に戻ったと思ったら、もしかしてお前の仕業だったのか? 妾(わらわ)は食事中だから、小物だけどうにかしておくれ」 怪獣の触手をまとめて数十本、そのするどい牙で咀嚼しながら、ドラゴンが音魔法で声をこちらに飛ばしてきたのだ。言語は世界共通語だ。女帝のように古くさいものである。二千年前に使われていた言葉なのだろう。「小物? 混沌の獣の反応はそやつ一体だけだったのじゃが」「こやつ、触手を切り飛ばして小さな眷族を生み出すのじゃ。潰すのが面倒臭い」 そんな会話を女帝とドラゴンが交わしている最中にも、怪獣の触手が何本も、ぼとぼとと千切れ落ちる。すると、地面に落ちた触手がうごめき、触手から無数の手足が生えてきた。うわ、気色悪い。「むっ、みなのもの、戦闘準備なのじゃ」 女帝の号令で、私は斧を構えた。 だが、次の瞬間、無敵最強魔導ロボットの一体が放ったビームのようなものが手足の生えた触手を全て消し飛ばした。「うむうむ、フォトンキャノンはやっぱり最強じゃな!」 開幕から超必殺技かよ。こりゃ、私の出る幕は本当になさそうだな。 私は警戒しながらも、目の前で繰り広げられる大怪獣バトルを眺めていた。「しかし、まさかあやつがここに来るとは、キリンも数奇な運命を辿っておるのう」「……私がどうかしたのか?」「キリンは自分がなんの魔人か考えたことはあるか? その正体が、あれなのじゃ」「はあ? 私は怪力の魔人じゃないのか?」 女帝も、突然何を言い出すのか。私の正体があのドラゴンだって?「よく見える目、よく聞こえる耳、ドラゴンブレスを放つ喉、無尽蔵の体力、超人的な身体能力。おぬしの特性は怪力だけじゃないのじゃ。実はおぬしは、原初のドラゴンの魔人なのじゃ」 ええー。なんだそれ。唐突に知らされる私の真実。「私は、あいつの要素を持つ魔人ってことか」「まあ、正確には、あやつの姉じゃな。あやつの個体名はキリンゼラー。姉はキリンジノーという」 姉。あの大怪獣ドラゴンがもう一匹いるってことか。「一億年の昔……惑星が原初の混沌から土の大地と大海原に変貌を遂げた時代、世界は神獣に溢れかえっていたのじゃ。その激動の時代を妹と共に生き延び、そして最後に敗れ去り、死んだのがあやつの姉よ。その力は、あやつよりも強大じゃった」 話のスケールが大きすぎる! こんなの聞かされて、どうしろというのか。「死したキリンジノーの魂は惑星の世界要素に取り込まれ、二千年前の惑星脱出の際に、神獣である世界樹が大地からそれを吸い取った。そして永い時を経て、キリンジノーの世界要素を取り込んだ肉体を持つ、一人の魔人の赤子が生まれた。神獣などの特殊な世界要素によって作られた肉体を持つ人間を、我らは魔人と呼ぶのじゃ」 そんな会話の最中にも、触手の怪獣は次々と触手を地面に落としていく。 膨大な数の眷族とやらが、こちらに向かってくる。 無敵最強魔導ロボットがバルカン砲的なものを撃って潰していくが、その弾幕を越えてくるものがあった。 私は斧を振りかぶり、それをなぎ払う。それと共に、私は女帝に向けて言った。「私のルーツとか今更話されてもさ……私はとっくに庭師を辞めているんだよ!」「それでもしっかり戦闘に参加してくれるキリン氏の情の深さ、拙者結構好きでござるよ?」「庭師は辞めても、力を捨てたつもりはないからな!」 気功術で斬撃を飛ばし、気持ち悪い見た目の眷族を叩きつぶしていく。というか、アセトリードお前もう少し真面目にやれや! 眷族を全て消し飛ばしたところで、キリンゼラーとかいうドラゴンは強烈なドラゴンブレスを怪獣に向けて放った。怪獣の胴体に大きな穴が空き、怪獣はその場に大きな音を立てて倒れた。 決着がついた。沈黙した怪獣の触手は、もう千切れ落ちる様子はない。「うむ、キリンゼラー、助かったのじゃ。おぬしがいなかったら、これを相手するのはだいぶ手間がかかったのじゃ」「なあに、おぬしと妾との仲じゃろう。それに、しばらくの食事が確保できた。……ん?」 ぎょろりとドラゴンの目が、こちらを向く。ドラゴンと目が合った。「このオーラ……姉上!?」「おお、気づいたか。こやつはキリンジノーの魔人なのじゃ」「姉上ー!」「うおおおお!?」 ドラゴンが突進してきたので、私は咄嗟に魔法障壁を張る。魔法障壁に、豪快な音を立ててドラゴンが突っ込んだ。「姉上酷いのじゃ!」「まあ待て、待つのじゃキリンゼラー。こやつはキリンジノーではなく、あくまであやつの要素を肉体に取り込んだ、ただの魔人なのじゃ。魂は別物よ」「そうなのか……」 ドラゴンは残念そうに頭を地面に下げた。「姉上の要素を持つ人間か……。妾は偉大なる原初の竜、キリンゼラーじゃ。おぬしの名はなんという?」「初めまして。キリンと申します」「やっぱり姉上じゃないか!」「うおおおお!?」 また飛びつこうとしてきたので、魔法障壁で巨体を受け止める。本当に危ないな、こいつ!「姉上のオーラを持って、その名前! 姉上じゃないのか!?」「いやあ、この名前は普通に親がつけたもので……」「もしかしたら、おぬしが生まれたときに、世界樹がキリンジノーにちなんだ名前を付けろと、神託を下したのかもしれぬの」 そんなことを横から女帝が言った。ああ、私は遊牧民族の姫だったからな。その出生の際に、お付きのシャーマンが神託を受け取っていたとしても、なにもおかしくはない。「でも、姉上の生まれ変わりのようなものなのじゃよな?」「魂は別物です……」「つまり実質半分は姉上!」 こいつ面倒くせえ!「それよりもキリンゼラーよ。ここには食事のためにやってきたのか? だとしたら、その死骸は邪魔なので住処に運んでくれると助かるのじゃ」「ああ、それは違うのじゃよ。空を飛んでいたら、人が襲われているのを見かけての。助けに入ったのじゃ」「人? こんな早朝から、誰か勝手に外出しておったのかの」「どれ、待っておれ」 ドラゴンはその場で口を開くと、喉の奥から何かを吐き出した。 それは、魔法結界に覆われた青髪の少年だった。どうやら気を失っているようだ。だが、その顔に見覚えはない。どういうことだ?「何者じゃ、こやつ」 女帝も見覚えがないのだろう。まじまじとその容姿を見つめている。「妾も知らぬ。襲われているのを助けただけじゃからの。こやつが乗っていた乗り物らしきものも、そこらに転がっておるじゃろう」 そのドラゴンの言葉に、「うーむ」と女帝が腕を組んでうなり始めた。どう扱うか決めかねているのだろう。「とりあえず、気を失っているでござるし、医務室に運んだらどうでござるか?」 アセトリードの言葉に従って、アルコロジーの中へ少年を運ぶことになった。 怪しすぎる人物を建物の内部に入れていいのか分からないが、女帝は連れていくことに決めたようだ。◆◇◆◇◆ アルコロジー内の医務室に、無敵最強魔導ロボットの手で少年を運ぶ。 ちなみに、ドラゴンも顛末が気になったのか、魔法で作りだした使い魔を一匹私に付けていた。アンゴラウサギのような丸い毛玉の生物だ。そこは子ドラゴンとかじゃないのか。 女帝はゴーレムに指示を出し、医務室に誰も近づかないように言っていた。何者かも判らない相手だ。私としても、アルイブキラの王族を近づけるわけにはいかない。 そんな謎の少年を医務室のベッドに寝かせたところ、その衝撃によるものだろうか、少年が目を覚ました。 無敵最強魔導ロボットが銃口を少年に向ける。 そして、女帝が少年に語りかけた。「目を覚ましたかの。我の言葉は伝わっておるか?」 女帝蟻の言葉は、世界共通語だ。相手は滅んだはずの惑星に一人、何故か存在していた謎の少年だ。どの言語が通じるかすら不明だ。『はい――問題ありません――』「な、なんじゃ!? 頭の中に声が!」 頭の中に直接言葉を叩きつけられたような感覚に、私は困惑する。女帝などは、ひるんで叫び声を上げている。『僕は今――貴方達の脳に――直接思念を送っています――そちらの言語は理解不能ですが――思考の表層を読み取って――あなたがたの言いたいことを――イメージとして――理解しています――』「も、もしかしてテレパシー……!」 私は、架空の概念である超能力のテレパシーに思い至って、そんな言葉を漏らした。 魔法の力は感じられない。前世の漫画の世界にしか存在なかったような、不思議な力だというのか。『はい――僕はテレパシーと――ESPを使えるため――こちらへの使者として――母船より――派遣されました――』「いきなり情報が濃すぎる!」 ESPで、使者で、母船でって何!?「? 女帝氏とキリン氏、どうしたでござるか?」「このおのこが、思念を使って脳に直接語りかけてきているのじゃ」「あっ、そういう……。拙者、脳みそないでござるからなぁ。それじゃあ、離れて大人しくしているでござる」 アセトリードはそう言ってベッドから離れ、壁に背を預けた。でも、指先から少年に向けて、魔法の糸を伸ばしているのが見えた。万が一の備えというものだろう。「それで、おぬしは何者じゃ」『はい、僕は――惑星脱出艦テアノン――対異種族外交室所属――調整体管理番号1209736――名前をメーといいます――』「惑星脱出艦……」『僕らの住んでいた惑星は――世界戦争の結果――地脈抽出装置が暴走し――滅びました――』 いきなり話が重い!『生き残ったわずかな人々を集め――惑星脱出艦を建造し――旅路の果てに――この惑星へと――降り立ちました――』 どこかで聞いた話だ。しかし、なんというか……。「まさかの宇宙人……」 ぼそりと私はそんなことを呟いた。故郷の惑星を捨てて宇宙へ移民とか、SF過ぎる……。『いえ――違います――僕達は――異世界人です――』「異世界人?」『惑星脱出船テアノンは――宇宙へ飛び出すのではなく――惑星に存在した――火の神の――天界の門を通り――こちらの惑星へ辿り着いたのです――』「なるほどの。確かに、この大陸にも、いくつか天界の門は存在しておったの」『事前の話では――こちらの惑星は混沌に包まれていたと――情報があったので――月を目指す予定だったのですが――大地が再生されており――人の反応があったため――こちらへ僕が――使者として参ったのです――』「ふむ。こちらの惑星の情報は、火の神か天使からか聞いていたのかの?」『違います――テアノンの――副艦長からの情報です――副艦長は前世の記憶というものがあり――こちらの世界の月で――生きていた記憶が――あると言うのです――名を――セリノチッタ――』 思念から伝わった名に、私は思わず息を飲んだ。『偉大な――魔女様です――』 その名は、塔の魔女の名。私の師匠と同じものであった。