惑星観光が始まった。誰も人が住んでいない惑星なので、できるのは遺跡巡りか自然巡りだ。 だが、その自然という物がすごい。管理された自然しか存在しない世界樹とは、スケールが違う。 そういうわけで、本日やってきたのは、海である。 海。樹上を生活圏としている世界樹には、当然存在しない。世界樹の地上にある大きな水場は、川か湖くらいだ。 強い潮の匂いを感じないのは、混沌の獣以外の生命が生きていないからだろうか。 微生物とかはどうなっているんだろうな。それすら存在しないなら、テラフォーミングは大変だ。「あはははは! なにこれ! なにこれー!」 パレスナ王妃のテンションが、さっそく振り切れている。 彼女は靴を脱いで、素足で砂浜を走り回っていた。彼女はまだ十七歳。童心に返ることもあるだろう。 正直、ここに来る前は絵を描きたいと言い出すのではと思っていて、絵画の道具を準備してきたのだが。「これが海ですか。なんでも、塩の国の塩湖のように大量の塩が水に溶けていて、海水を精製することで塩を無限に生産できると聞きます」 メイヤが誰に向けて言っているのか、解説モードになっていた。 ちなみに野外とあって、近衛騎士達は厳戒態勢。まあ、結界を張ったらしいので、混沌の獣は近くにいないのだけれど。「あはー、冷たいー!」 ソックスを脱ぎ捨て、ドレスのすそをたくし上げて海水に素足を浸したパレスナ王妃が、楽しそうに叫ぶ。「大陸の季節は、世界樹と同じで春の一月じゃからな。まだまだ水温は低いのじゃ。泳げないのは残念じゃなあ……」「泳ぐ! 楽しそうですね! 夏に来たかったわ!」 水面を足で蹴りながら、パレスナ王妃は女帝の言葉にそう応じた。 そんなパレスナ王妃の様子を先王夫妻は、微笑ましいものを見るような目で見守っている。 そして、王妃の夫の国王はというと。「キリリーン。海ってどうやって遊ぶとよさげ?」 などと私に聞いてくる。「見て楽しむでは駄目なのか?」「どうせなら遊びたいじゃん! で、どんなのある?」「それなら、砂浜で貝殻拾いとかありかもしれないが……」「マジ!? お金落ちてるの!? すごくね!?」 アルイブキラの貨幣は、貝殻を加工した物だ。なので、貝殻拾いはアルイブキラ人にとって、前世で言う砂金拾いのような感覚になるかもしれない。だがしかし。「……まあ、貝殻は生物の一部なので、混沌の獣になっているだろうから、探してもないだろうな」「って、なんだよ、キリリン! ガッカリさせないでよね!」 国王だけでなく、周囲で話を聞いていた侍女達も、残念そうな顔をしてこちらを見ていた。 みんなやりたかったのか、貝殻拾い。まあ、私も砂金拾いが体験できるなら、一度くらいはやってみたいかもしれないけど。金銭的収入が欲しいとかとはまた違う。「そうだな、こんな綺麗な砂場はアルイブキラにはないだろうから、砂で立体物でも作ってみようか」「お、そういうことできるんだ。俺っちの芸術的センスがうなるぜー」 芸術的センスなら妻のパレスナ王妃の方がありそうだけどな。ああ、でも彼女から立体物の制作の話は、聞いたことがないな。絵画一筋なのだろうか。「キリン氏達は砂遊びでござるか。どれ、拙者も糸を使って……」「アセト君、無粋ですよー。こういう芸術は人の手で作るから温もりがあるんですー」「まことにー?」「そう言っておけば、高度な道具を芸術家が開発しようとしないからいいって、協会の偉い人が言っていましたー」「道具協会はこれだから! 人の手がない拙者は、温もりのある芸術品を作れないってことでござるか!」「ええー、怒るのそっちですかー」 アセトリードとリネの勇者一行コンビが、なにやら盛り上がっている。 いや、芸術とか言っても、砂だから終わったら崩すのだけどな……。崩さなくても風とかでそのうち崩れるし。「よーし、キリリン見てな! クーレンバレン王城を再現してみせるぜー」 国王は国王で、壮大な目標を打ち立てているし。あ、助っ人として、秘書官が国王に連れてこられた。一人、海を眺めて感動していたようなのになぁ。 しかし、砂遊びとなると、服が汚れそうだな。まあ、宇宙船にはナノフェアリー洗浄があるから、汚れはすぐに落ちるだろうけど。 ちなみにアルコロジーにはナノフェアリー機材は存在しなかった。世界樹が惑星を脱出した後、二千年の期間にできた新技術なのだろうな。「キリーン! メイヤー! ちょっとこっち来てー!」 と、パレスナ王妃に呼ばれた。海水浴とはいかないが、楽しい海岸観光になりそうだな。◆◇◆◇◆ レジャーで海と言えば、対になるのは山である。 土地に制限のある世界樹では大きな山が存在しないため、女帝は大陸の中でも有数の巨大火山のふもとに一行を案内した。 雄大な景色に圧倒される私達。私自身も、ここまで大きな山は前世ですら見たことがない。 そして、火山と言えば温泉である。アルコロジー内にも浴場はあるが、温泉はまた別。アルイブキラの首都圏住まいは温泉に慣れているが、温泉は場所が変わればまた違うよさがあるものなのだ。 私達は男女別に分かれて、温泉を堪能した。ちなみに蟻人は五人とも女性だった。 温泉施設内はゴーレムによって綺麗に整備されており、気兼ねなく楽しむことができた。まあ、女性近衛騎士達は警備を続けていたのだが……。侍女でよかった。 海と温泉をたっぷり楽しんで、その次の日。 本日は、大陸に残された各都市を眺めて回る観光の予定だったのだが……思わぬ事態が起きた。「もう、急な大雨なんて、天気予定はどうなっているのよ」 パレスナ王妃が窓に張り付いて、外の様子を眺めている。「惑星の天候は世界樹と違って、人の手で管理されておらんからの。広大な自然の中では、未来の空模様がどうなるのかは予測までしかできないのじゃよ。しかし、すごい嵐じゃな」 そう、嵐が来た。 世界樹では起こりえない天候だ。雨や雪は降れども、人に大きな害を与える天候は、世界樹では発生しないように管理されている。 だから、この嵐もまた観光の対象になる。 なので、私達一同はアルコロジーの一番外側の区画に移動して、大窓から外の様子を眺めていた。「ひっ、何か光った! って、何この音!?」「雷じゃなあ」「雷!? あのばりばり光る攻撃魔法ですか!?」 パレスナ王妃が、驚いたように女帝に尋ねる。「うむ、嵐のときは、あの雲と地上の間に、強烈な雷が落ちるのじゃ」「何それ怖い」 世界樹の天候には、雷も存在しない。パレスナ王妃は、魔法金属のお披露目で最近雷の存在を知ったばかりだ。 あの強烈な攻撃魔法は、記憶に強く残っていることだろう。 私はそんなパレスナ王妃に、追加で情報を与えることにした。「ちなみに、自然の雷は、あのお披露目の時の雷より、何倍も強力だ」「何それ怖い!」 パレスナ王妃はぶるぶると震えた。 攻撃魔法が空から降ってくる天候など、確かに恐ろしいことこの上ないな。おっと、また窓の外が光った。「雨が横に流れている……これは、風も強烈なのか?」 そして、近衛騎士のオルトが、警戒するように外の様子を眺めていた。 近衛騎士達は場合によっては、この嵐の外に出て外敵を排除する場面がくるかもしれないからな。その心配も分かる。「豪雨と強風が同時に来て、外に立っていられる状況じゃなくなるのが嵐だからな」「それはまた……難儀だ」 私の説明に、眉をひそめるオルト。まあ、心配しなさんな。こちらには無敵最強魔導ロボットが付いているからな。「世界樹の枝は大丈夫なのだろうか」 人肌部分が増えてきた先王が、そう心配そうに言う。「ゴーレムを何体か付けておいたので、まあなんとかなるじゃろ」 そう女帝が言うが、先王はそわそわしっぱなしだった。 そんな感じでしばらく嵐の様子を眺めていたが、変わらない外の様子に皆、段々飽きが来始めた。「それじゃあ、せっかくなので今日は、仮想体験遊具を使って遊ぶ日としようかの」 そう女帝が皆に号令をかけた。 そして蟻人のクルーに先導されて、皆が移動していく。 その様子を私はぼんやりと眺めていた。「おや、どうしたのじゃ、キリン。来ぬのか」 動かない私に、女帝蟻が心配そうに尋ねてきた。「ん? ああ、丸一日時間があるなら、どんな凝った料理を作ろうかなぁと」「なんじゃ。一人で厨房に行こうとしておったのか。でも、駄目じゃな。今日は遊具で遊ぶ日と決めたのじゃから、おぬしも付き合うのじゃ」「そうか。まあ、構わないが」「うむ、それでよい。協調性をなくしたら、旅行が楽しくなくなるからの」 しかし、仮想体験遊具か。もしかしてフルダイブVRゲームとかいうやつだったりするのだろうか。そういえば初日に魂を遊具に接続する云々とか言っていたな。 これでも私は大学時代、娯楽追求倶楽部というサークルに所属していたのだ。遊びにはうるさいぞ。 そうして、私と女帝は皆に少し遅れて、アルコロジーの動く歩道的な廊下を進んでいった。 歩道の終点には、都市内移動用のカプセル乗り場があった。そこで、移動カプセルに乗って迎賓区画へ戻るのだ。 すでに移動カプセルに乗ったのか皆の姿はない。そして、私達を待っていたのか蟻人が一人乗り場に残っていたので、三人でカプセルに乗り込んだ。「それで、女帝。世界樹からの移民を惑星に送ること、考えていたりするのか」 カプセルの中でずっと無言でいるのもなんなので、私はそんな適当な話題で女帝に話しかけた。 今回の旅行は、もしかすると移民のためのデータ取りをしているのではないか、と私は考えていた。 たとえば、文明を抑制された世界樹人が高度文明や惑星の自然環境に触れたとき、どういう反応を示すか見ているのではないかと。「惑星の魂循環システム……いわゆる世界要素の仕組みの再生がまだじゃから、移民募集はもう少し先じゃなあ。二千年前に生きた生物の魂は、混沌から取り戻したものが地中に眠っておるが、それを地上の生物に正しく宿らせる惑星本来の仕組みが、ズタズタになっておるのじゃ」 人工物じゃない惑星にそんな機能が備え付けられているのが、私にはびっくりだよ。前世の地球はどうなんだろうな。 しかし、数千年単位で生きている女帝蟻のもう少し先とは、はたしてどれくらいだろうか。「世界樹で高度文明が解禁になるのには、まだまだかかりそうだな」「うむ。おぬしの住むアルイブキラなどは、人口密度が高いから移民も早く進めたいのじゃがな」「ああ、うちの国はなぁ……。食料も豊富で国民の生活に余裕がかなりあるから、よくベビーブームが起きていないなって思うよ」「まあ、国主は国の魂の総量を操作できるからの。アルイブキラは特にその権限を強くしておる」 なんだそりゃあ。この女帝蟻、さらっとすごいこと言いだしたぞ……。「世界樹に流れる世界要素から地上に吹き出す魂の量を調節することで、子供が生まれにくくなるのじゃ。魂が母胎に宿らないと子は妊娠できないからの」「それって……その魂の操作で完全に出生調整すれば、わざわざ道具協会が文明抑制なんてする必要ないじゃないか」「そこが面白いところで、何もないところからも魂というものは新しく発生するのじゃ。だから、完璧に出生調整できるわけではないのう」「つまり、世界要素を経由していないまったく新しい魂が、今のアルイブキラ人の若者に宿っているということか? 世界樹と繋がりが薄くて、気功術が苦手そうだ」「人間の胎児に新しい魂が発生した場合は、妊娠初期の段階で世界要素から追加で魂を補充して、魂の強度を増すシステムが世界樹にはあるのじゃ。以前、『幹』で説明した通り、世界樹の下の月にはまだまだ世界要素が余っておるからの」 なるほど。この世界の魂というものは固体ではなく、液体や気体のように混ざり合う性質を持つからな。だから生まれる前の妊娠時点で、追加で魂を補充して混ぜるということもできるのだろう。「ちなみに、世界樹から離れた世界要素の存在しない宇宙でも、魂を持った子供は生まれるのじゃ。当然、地上と比べて生まれにくいし、魂の強度が弱いので脆弱な子供になるがの」 前世で、宇宙では生物が生まれにくいなんて話は聞いたことがないな……。 おそらく、魂の仕組みとかが根本的に違うのだろう。地球産の私の魂、世界樹の世界要素に溶けないらしいし。「しかしなるほど、その新しく発生する魂による出生というものを少なくする涙ぐましい努力が、道具協会による文明抑制ってわけだ」 正直、アルイブキラは食料豊富すぎて、いまいち文明抑制の意味をなしてない気がするが。 たとえ生活資金に余裕がなくても、食べ物にさえ余裕があるならば、それだけ各ご家庭は子供を増やせるってことだからな。 人頭税をお金で納めなければならないから、増やしすぎると大変だけど。 そんな会話を二人でしているうちに、移動カプセルは目的地へと到着する。 私達二人と蟻人クルーは、そのまま遊具室へと向かった。 ただ遊ぶだけの一日。嵐の来た日は、そんな感じで過ぎ去っていくのだった。 ちなみに仮想体験遊具は、めちゃくちゃ面白かった。 まさしくフルダイブVRゲームという感じで、しかもご丁寧なことに、アルイブキラ言語モードで遊ぶことができた。 もう残りの日程、全部これでいいんじゃないかな……?