宇宙船が惑星フィーナに近づいていく。透過した宇宙船の床や壁の向こうに見えるのは、雲のかかった茶色い大陸。 眼下の大陸に、緑は見えない。おそらく、植物を含む生物は二千年の間に全て死滅してしまったのだろう。 私はそんな地表を見ながら、女帝へと話しかける。この女帝、妙にフレンドリーだがなんだかんだで偉い人だから、他のみんなは会話するのを遠慮するんだよな。「植物の姿が見えないようだが、地表の空気は吸って大丈夫なのか? 酸素濃度とかいろいろあるだろう?」「ふむ。惑星環境は、事前にアセトリードが機材を持ち込んで整えてあるのじゃ」「機材で整えられるものなのか。すごいな」「一部の土壌は整えたので、植物もそこに種をまけば今すぐにでも生えてくるぞ。生物は全て混沌の獣になってしまったので、地表に二千年前の植物の種子は残っておらぬのじゃが……」 そんな会話をしばらく女帝としてから、私はまたパレスナ王妃達の方へと戻る。 パレスナ王妃は、国王から離れて侍女のメイヤと会話を交わしていた。「なんだか陸地に白い部分があるわね。雪でも積もっているのかしら」「あれは雲というものですね」 パレスナ王妃の疑問に、メイヤが答えた。さすがメイヤ。物知りだ。 世界樹の空に雲はかからないが、雲という単語はアルイブキラの言語に何故か存在する。以前、辞書を見ているうちに気づいたことだ。おそらく、大地神話の一節に雲が登場するからだろう。「雲。なにかしらそれ」「えっと、空の上に浮かぶ何かとしか解りません……」 物知りメイヤが白旗を揚げた。存在しか知らなかったようだ。「そう。ねえキリン、雲って知っているかしら」「はい、知っていますよ。前世は地球という惑星に住んでいましたから」 私がそう答えると、パレスナ王妃の目が細まった。「キリン。旅行中、敬語は禁止なのよね?」 ぐっ、国王がいなくても有効なのか、あの制限は。「……雲は大地の上に積もっているわけではなく、空の上に浮かんでいる。惑星では、あの雲から雨や雪が降るようになっているんだ」「へえー」 そんな会話を交わしているうちに、宇宙船がどんどん惑星に近づいていく。 大気圏突入! とか見てみたかったが、惑星が目前になっても一向に壁の向こうが赤熱する様子がない。うーむ、不思議バリアーか何か張っているのか。そもそもどういう理屈で大気圏突入すると落下物が燃えるんだ。理系じゃないから解らん! そうして、惑星降下の様子を見守ることしばし。とうとう、雲が真下に見えるほどまでになっていた。前世で航空機の飛んでいた高さって、これくらいか?「わ、わ、雲にぶつかる!」 パレスナ王妃が焦ったように言う。分厚い雲が、宇宙船の前に立ちはだかっているのだ。周囲からも、どよめきが起こる。「わはは、雲は霧のような水蒸気の塊なのじゃ。衝突などしないぞ」 そんな楽しそうな女帝の声が響いた。 宇宙船が雲の中に突入する。壁や床が透過されていて全方位眺めることができるから、風景がちょっと面白いな。そう思ったのだが、すぐに雲から出てしまう。降下中だから仕方がないか。 そして、眼下の大地に、涸れかけた細い川や丸裸の山、そして建造物が見えてくる。 建造物は、前世日本の大都市のような密集したものではない。二千年前の人類は、土地に余裕のある生活をしていたのだろうか。「混沌に飲まれたと言うが、建物は残っているんだな。植物は全て消えたのに」 私がそう呟くと、それが聞こえたのか女帝が小走りでこちらに近づいてきた。「混沌とは、あらゆる要素が入り交じっている状態なのじゃ。そこに人の善の気を叩き込むことで、人の世を取り戻す……つまり二千年前の状態を現出させることができるというわけじゃな。生物は独立した混沌の獣になったから無理じゃが」「なるほど、わからん」 混沌とか、魔女の魔法教育でそんな要素出てこなかったから、完全に理解の範疇の外にある。なんだ人の世を取り戻すって。どんな概念だ。 意味不明な理論に頭をひねっているうちに、宇宙船は地表に見える一つの建物に近づいていった。「そもそも混沌が全てを完全に取り込んでいたなら、大陸もこうして以前の形を保って再生されていなかったわけでの……混沌に汚染されたのはあくまで世界要素であって、大地が直接混沌に変わったわけではないのじゃ。大地や建物は一応の形を記憶したまま、混沌となった世界要素に覆われていた状態だったのじゃ」「へー」 女帝の言葉をパレスナ王妃達と共に聞き流しながら、宇宙船の進む先を眺める。 向かうのは、真ん中に大きな空洞がある、ドーナッツ状の超巨大建築物。なんの建物だろうか。 やがて、その建物の空洞の部分に、宇宙船が着陸する。そのときを待っていたとばかりに女帝が大きく息を吸い、そして大きな声で皆に向けて言った。「ようこそ惑星フィーナ、そして世界樹都市エメルへ! 歓迎するのじゃ!」◆◇◆◇◆ 一同並んで宇宙船から外に降りる。地面は柔らかな土だ。そして、眼前にあの超巨大建造物の壁が見えている。壁には入口らしき部分も見える。「上からは、大きい建物にしか見えなかったんだけど、ここが都市なのー?」 国王が女帝に話しかけた。確かに、超巨大な一つの建築物にしか見えなかった。都市と言われても、複数の建物が並んでいるわけではない。「うむ、この都市は、世界樹を崇めるコミュニティによって作られた、ソーアトルーなのじゃ」「ソーアトルー?」 謎の単語に、国王は首をひねる。私も、聞き覚えのない単語だ。「ううむ、なんと説明したらよいか……。建物内で大人口を抱えつつも、外部と関わりを持たずに内部で全ての生産活動が完結している居住用超巨大建築物じゃな。建物一つがまるごと都市の機能を果たしておる。この建物の中は細かく区画分けされておって、中に家屋などがいっぱい建てられているようなものと思ってくれてよい」 ああ、もしかしたら、アルコロジーってやつか? 大学時代にサークルで遊んだ、都市を作るシミュレーションゲームの終盤に出てきた気がする。 あのゲーム、アルコロジーを建てると本当に建物一つで環境が完結してしまうので、終盤は無造作にアルコロジーを並べるだけの作業ゲーになるんだよな。アルコロジーは中に数万人が住め、他に住宅区も商業区も工業区も建てる必要がないという代物だった。「しかし、二千年も前の建物、足を踏み入れて大丈夫なの?」「そこは以前の惑星探査で調査済みなのじゃ。なんの問題もない。都市動力を新しく接続してやればの」「都市動力ねえ……それってまさか、ゴーレムが抱えているあれのことじゃないだろうね」「おお、よくわかったの」 国王の視線の先には、女性型の人型ゴーレム……無敵最強魔導ロボットが何やら荷物を抱えているのが見えた。「妙なオーラを感じる若木に見えるけど……世界樹関連の何かかい?」 ロボットが抱えているのは、国王の言葉の通り、高さ三メートルほどの木だ。ロボットの横では先王が木に向けて祈っており、王太后が呆れたようにそれを見守っていた。「うむ、世界樹の枝じゃ。このソーアトルーは中央に世界樹を植えることで動力とするのじゃが……正直、今の世界樹はあまりにも大きくなりすぎて、そう簡単にこの惑星まで持ってくることができないのじゃ。そこで、この枝を代わりとする」 枝かぁ。若木にしか見えないけど、枝なのか。さすが世界樹はスケールが違う。「この枝が育てば、世界樹からの通信の中継アンテナの役割も果たすのじゃ。なので、小さい枝に見えても重要なのじゃよ。おぬしがこの枝から強いオーラを感じるのは、この枝に宿っているものだけではなく、空の向こうの世界樹から届いているオーラも察知しているからじゃ」 そんなことを話していると、宇宙船から蟻人の操縦する一台の巨大な浮遊自動車が走り出てくる。見た目はオープンカーで、デザインがすごくダサい。『幹』クオリティって感じだ。「中央に世界樹の枝を植えに行くのじゃ!」 女帝の号令で、一同は浮遊自動車に乗り込んでいく。「本当は、ここには二千年前に世界樹が根ごと抜け出した大穴が空いていたのじゃが……、大陸が再生してから数ヶ月の間に穴を埋めておいたのじゃ」「頑張ったでござるよ。まあ、全部ゴーレム任せでござったが。あれ、そういえば拙者も、今はゴーレムだったでござるな!」 女帝の解説に、元魔王アセトリードがそんなジョークを飛ばす。正直笑えないが。お前は病人ジョークを飛ばす先王か。 そして浮遊自動車が建物の空洞の中心部に着き、自動車からロボット達が降りていく。 三体の無敵最強魔導ロボットがスコップで穴を掘り、世界樹の枝を差し込み、根元にスコップで土を被せていく。「なんでここだけ原始的なんだ……」 思わず突っ込みを入れてしまうが、アセトリードがそれになんともないという風に答えた。「ロボットを使っているからハイテクでござる」 はいそうですね。 黙ってロボットの作業を見守っていると、最後にならされた土の上にロボットがバケツで水をかけた。すると、突然、世界樹の枝から地面に向けてエメラルドグリーンの光のラインが走り、四方に向けてそのラインが引かれていく。 急に幻想的な光景になったぞ。枝の横にスコップとバケツを持ってたたずむロボットが台無しにしているが。「うむ、接続完了じゃ。これで都市機能の0.01%が復活したのじゃ」「それだけ!?」 またもや突っ込みの声を上げてしまう私。いや、0.01%ってほとんどないのと一緒じゃないか?「当たり前じゃ。ここに元あった二千年前の世界樹は、山より高くそびえ立っていたのじゃぞ。まあ当時はこのソーアトルーだけでなく、周辺の都市へのエネルギー供給も行なっていたのじゃが……」「でも、この枝は、月からエネルギーを受け取っているんだろう?」 女帝の言葉に、私はそう疑問を投げかける。無線でのエネルギー供給くらい、『幹』の文明ならやってのけるだろう。「いや、枝のアンテナ機能はあくまで通信目的じゃ。エネルギーはこの小さな枝から絞り出しておるぞ」 小さいとは言っても、高さ三メートルはあるがな。 しかし、世界樹は本当に不思議植物だな。文明のエネルギー源になる木って、意味が解らん。「うーん、キリリンと女帝陛下の会話が、二人だけの世界って感じ……これだから未開人をないがしろにする高度文明人は困る」 国王がそんな風にぼやいた。 自分を未開人扱いとか、嫌な自虐だなぁ。 でも、随伴している蟻人の人達も、会話の内容を理解していると思うぞ。さっきから無言で背景に徹しているが。 そんな無言の蟻人に代わり、女帝がまた口を開く。「ちなみに月からエネルギーを受け取らん理由もあるのじゃ」「ふむ」「ナギーの治療のためじゃよ。ソーアトルー内が世界樹の力に満たされてしまうと、ここに居るだけで世界樹にいるのと同じように、樹人化症が進行してしまうおそれがあるのじゃ」 皆の視線が、先王に集まる。樹皮に覆われたその顔からは、表情を読み取れない。「せっかく世界樹の土で育っていない培養肉や培養野菜の加工物を食べさせて、身体から要素を抜いておる最中じゃというのに、環境から世界樹の要素を取り入れたら、全て無駄になってしまうのじゃ。今のほとんど稼働していない都市機能具合が、ちょうどいいのじゃ」 そんな女帝の言葉に、先王は観念したかのように言った。「これを治すのは構わん。王族として、皆をあまり心配させるのもよくない。だが……、世界樹に戻ったらまた再発するのではないか?」「おぬしはもう国主を引退したのじゃから、世界樹に接続するのを控えるのじゃ! まったく、これじゃから『幹』は、国主が世界樹教にのめり込むのを非推奨しておるというのに……」 世界樹教非推奨なんてやってたんだな。世界の中には、世界樹教が国を作った教国とかもあるが。「がはは! 俺が世界樹を敬愛しているのは、世界樹教とは関係ないからな!」「困ったものじゃ」 ふむ。出発の際にも女帝が言っていたことだが、今回の惑星旅行は国王夫妻の新婚旅行だけというわけではなく、先王の転地療養でもあるということだな。二週間の日程でどれだけ治るかは分からないが……よくなってほしいものである。◆◇◆◇◆ 稼働したアルコロジーの中に案内され、自由時間。私は早速、料理を作っていた。 移動に費やした旅行初日だったため、今からどこか観光に出かけるというわけでもない。アルコロジーの中で休憩タイムということで、私は料理経験者を集めて夕食を作ることにしたのだ。 メニューは、世界樹で使われている各種調味料を使った中華料理。世界樹流飲茶である。なお、この調味料も培養品らしい。徹底している。 なお、すでに培養された食材が複数、宇宙船内にストックされていた。しかし、豪勢にするには種類が足りないので、培養機械を動かすことにした。 向日葵のような形をした麦『カツツ』。ブドウのように実る米『メーイ』。キノコに、香味野菜。肉も追加だ。飲茶なので茶葉カーターツーも忘れずに。 培養する食材を選んだら、スイッチオン。巨大なガラスのような円筒状のケースの中で、食材が増殖していく。すごい勢いだ。「うわっ。キモっ。できるの早すぎ」 思わずそんな声を漏らしてしまう。 すぐにできるとは言われていたものの、こりゃあたまげた。「これだけ優秀なら、農業とかやるのが馬鹿らしくなりそうだな」「いえ、そうでもありませんよ」 培養機械の動かし方を教えてくれた蟻人が、私の言葉にそう応じた。 ちなみに話しているのはアルイブキラの言語である。地方の一国家の言語でしかないのに使えるとは、この蟻人もインテリだな。 その蟻人が言葉を続ける。「培養はコストがかかりすぎるのです。最新のおすすめ農法は、成長促進液を使った水耕栽培ですね。当然、工場での生産です」「なるほど……。アルイブキラは『幹』の農業試験国とか聞くけど、そんな農法があったんじゃ、本当に『幹』の試験になっているのかね」「原始的な農法でも、そのノウハウは工場での栽培にも活きますよ。全て繋がっているのです」「そういうものかねー」 私は、農業について全く詳しくない。料理する関係上、食材にはそこそこ詳しいけれどな。 そして、ちゃっかりキッチンに居る農学インテリの国王が、蟻人の話を詳しく聞きたそうにしている。だが、今は料理の時間だ。 キッチンに備え付けられた二千年前の調理器具の使い方を蟻人に逐一聞きながら料理は進められ、やがて飲茶の準備は整った。いやあ、あの蒸し器は画期的だった。個人用に一台欲しいな! なに? 世界樹動力じゃないと動かない? なんてこった。 そうして、食堂に再び皆が集合する。話を聞くに、ここはアルコロジーの迎賓区画らしい。優先してエネルギーを回しているとのことだ。まあ、居住区画なんてエネルギーを回したところで誰も住んでいないからな。「遊具楽しかったわ! 絵の中の人物を動かすなんて、初めての体験だわ!」 遊戯室に行っていたパレスナ王妃が、食堂に入って開口一番、そんなことを言う。ちなみに王妃付き侍女の私とメイヤが調理要員になったため、国王の侍女にパレスナ王妃のお世話を頼んでいた。 絵が動くか。テレビゲームのようなものでもあるのかもしれないな。「モニター型のものだけではなく、魂を遊具に接続して別世界を疑似体験できる遊びもあるので、楽しみにしておくのじゃ」 王妃側に付いていった蟻人から報告を聞いた女帝が、そのようなことを宣言した。 ちなみに、女帝は宇宙で言っていた通り、料理の手伝いをしてくれたが、その手際はとてもつたなかった。五千年前は一流だったのじゃぞ、とか言われても、はいはいとしか返しようがない。「さて、皆集まったでござるな。美味しそうな料理が並んでいるでござるなぁ。拙者は残念ながら、ゴーレムなので食べられないのでござるが……」 ホスト役のアセトリードが、またもやゴーレムジョークを前口上として飛ばす。料理の味が悪くなりそうなジョークを飛ばしよって……。「急なことなのに料理を作ってくれた方達に感謝を。そして、世界樹……ではなく、培養機械に感謝していただくでござる。アル・フィーナ」 食前の聖句を皆で唱え、食事が開始される。 二千年前の物とは思えないぴかぴかのテーブルの上に並ぶのは、揚げもの、蒸しもの、饅頭に焼きもの。当然、お茶もある。茶葉を発酵させていない緑茶的なものだ。デザートには桃まんのようなものを頑張って作った。 皆が思い思いに料理を選び、アルイブキラの食器であるトングで掴み食べていく。 今日は、特別豪勢な夕食にした。初日だからな。 ちなみに、今回私は国王夫妻の座るテーブルへと座っている。料理の解説役として呼ばれているのだ。国王達だけでなく、先王夫妻と女帝も座っている。秘書官はおらず、近衛騎士の席だ。 そして国王達と同じくVIPであるはずの道具協会のリネは、何故か侍女達の席に座っている。お偉方から逃げたな。あいつめ、ちゃっかりしている。「キリンさん、こちらはなんという料理かしら」 王太后が優しそうな声色で私に尋ねてくる。このメンバーの中で、一番優雅に食事を取っている。私のあるじも、この領域を目指してほしいところである。「そちらは腸粉(チョンファン)。肉とキノコを混ぜたものを具として、メーイを粉にした生地で包んだ料理だ。それもそうだが、タレの類はこちらで全て予めつけてあるので、そのまま召し上がってくれ」 本当は皿にタレを載せて、それに料理を適量つけて食べる方が美味しい。だが、この人数に一々食べ方の解説などしていられないので、最初からタレは料理につけてある。「キリリン、こっちは?」「それは水餃子。肉と香味野菜を刻んで混ぜた具に、向日葵麦を粉にした生地で包んだ料理だ。美味いぞ」「これ、パリッとして美味しい!」「春巻きだ。元々は春の初めに新芽が出た野菜を具として巻くから、春を巻くという名前が付いたらしい」 国王夫妻にも解説を入れてやる。その最中に、私も肉饅頭を一つ。うむ、よくできたんじゃないか?「がはは! 美味いのう!」 先王は特に解説を聞きたがる様子もなく、次々と料理を平らげている。気に入ってくれたようで何よりだ。「これが異世界の料理か……興味深いのう」 女帝は料理を一つ一つじっくり噛んで味わいながら食べており、そしてしきりに茶を飲んでいた。 もしかしたら、ペースト飯を好んでいたことからも、固い料理が苦手なのかもしれないな。パレスナ王妃の結婚式でも、カスタードプリンをずっと食べていた。「ナギー、これ美味しいですよ」 王太后が先王に海老シュウマイを勧めながらにこやかに笑っている。仲の良い夫妻である。 そういえば、パレスナ王妃は国王のことを陛下と呼んでいるのに、王太后は先王のことを愛称で呼んでいるな。両方夫婦仲はいいのに、どういう違いがあるのだろう。「おお、これも美味い! ……と、おお?」 そんな食事の様子を眺めていたときのことだ。突如、先王の顔がぽろりと剥がれ落ちた。「なんじゃあ!? ……ああ、なんじゃ。そういうことか」 女帝を始めとして一同驚愕するが、なんということはなかった。剥がれた顔の向こう側には、普通に顔が存在した。 剥がれたのは、樹人化していた顔の樹皮。そして、その樹皮の下には、人間の皮膚が見えていた。新しい皮膚だ。シワはあるが、その肌はつるつるとしていた。「ナギー、あなた……治ったのですね!」 王太后が嬉しそうに声を上げる。「お、おお。もう効果が出たのか」 宇宙船でのペースト飯と今回の点心を食して、顔の皮膚が再生されたようだ。治るの早すぎない?「うむ、ナギーの分のペースト型完全栄養食に、成長促進液を混ぜた甲斐があったの!」 成長促進液。先ほど耳にしたばかりの単語だ。「女帝……それ、農業用の溶液だろ」 女帝に思わず突っ込みを入れる私。「農業用なので身体に害はないのじゃ。樹人化症の民間療法として昔は有名だったのじゃよ?」 そっかー。民間療法かー。治ったからいいものの……。「久しぶりに見る父上の顔だ。こりゃめでたいね!」「そうね! ナギーお父さん凛々しい!」「おお! パレスナよ、お父さんは凛々しいか」「私は木の皮の顔より、そっちの方が好きね!」「そうかそうか!」 パレスナ王妃のおだてに、先王は上機嫌になる。これで治療に積極的になるかもしれないな。「うむ、めでたいの。こういうときは、そう、酒じゃな。一応、宇宙船に酒を積んできたが……、キリンよ、酒は厨房へ移動しているかの?」「移動してあるぞ。だが、飲茶は茶を楽しむものなんだが……」「駄目かの」「別にいいよ。せっかくの旅行だ、みんなで飲んで騒ごう」「うむ。皆のもの! 酒じゃ! 厨房から酒を持てい!」 中華料理の濃い味付けに、酒を飲みたかった面々が多かったのだろう。皆の目がぎらりと光ったのが見えた。 その目の怪しい輝きは、侍女だけでなく近衛騎士からも感じられ、副隊長のオルトがやれやれと頭を振っている。 まあ、アルコロジー内は外敵がいなかったということだし、酒の一杯くらいはいいんじゃないか。 そうして飲茶の席は酒宴へと変わり、私達は旅行初日の夜を楽しく過ごしたのだった。