王宮の奥深く、王族専用の儀式場とされるそこに、私はいた。 壁一面に空間投影モニターが表示されており、国の各地の畑が映されていたり、なにやら細かい数字が表示されていたりする。 なるほど、確かに儀式場だ。儀式という名の土地の調整を行う場所なのだ、ここは。この国の中でも最重要区画と言えるだろう。 そんなオーバーテクノロジーが随所に散りばめられた広間で、私は王妃の侍女として婚姻の儀式に参列している。 私の役割は、この儀式場に王妃を連れてくるところまで。後は、王族や国の重鎮達が儀式を見守る列の一番下座で、パレスナ嬢の晴れ姿を見ることになる。 厳かに儀式が進められている。なにやら難しい祝詞が国王の口から発せられ、さらには聖句を唱えてぴかぴかと光る。 国王の手には、大収穫祭のときも携えていた豊穣の杖が握られている。 特に国土の設定変更を行うということはないようだが、なんのために手にしているのだろうか。格好良いから? と、ああ、なるほど。システムにパレスナ嬢を追加しているのか。彼らの正面のモニターにあるシステム管理者一覧みたいなところに、パレスナ嬢の名前が表示された。「これより、リウィン・パレスナ・エカット・ボ・ゼンドメルは、シアン・パレスナ・バレン・ボ・アルイブキラとなる。世界樹よ、新たな枝葉の管理者を祝福したまえ」 そう国王が宣言する。 まさに今、パレスナ嬢が王妃となった。パレスナ嬢は真剣な顔でそれを受け入れていた。 横目でフランカさんを見ると、目に涙を浮かべていた。感泣しているのだろう。 そして、国王は広間に据え置かれていた台座に豊穣の杖を置くと、一礼して台座を離れ、パレスナ嬢の手を取った。 すると、参列していた王族が懐から小さな笛を取り出すと、それを吹き始めた。 その音色に合わせて、国王とパレスナ嬢が踊り始める。 ミミヤ嬢から聞いた話によると、これは建国王とその妃が建国の際に踊ったとされる鎮魂のダンスだという。 以前、発掘した隠された建国史によると、王城の下には建国王が倒した敵軍の首なし死体が埋まっているらしい。そして、その埋めた死体の上で、建国王と恋人はダンスを踊ったとされている。後宮の地下工事の際に白骨死体が見つかったらしいが、その事実がこの逸話の信憑性を高めていた。 彼らのダンスは、やがて光を伴いはじめる。ダンスの動きが、魔法陣を形作っているのだ。 その魔法式を読み取ると、魂に含まれる悪意を浄化するもののようだった。まさに、鎮魂のダンスである。 広間に光が満ち、おもむろにダンスが終わる。それに合わせるように、ゆっくりと演奏が途切れていった。 そして国王夫妻は、豊穣の杖に一礼し、さらに参列のこちら側にも一礼すると、二人で歩調を合わせ、広間から歩き去っていった。これで、婚姻の儀式の全工程は終了だ。失敗なく終わってよかった。「初めて見たが、よい儀式であった!」 広間の沈黙を破るように、参列していたナシーがそう言葉を切り出した。「いや、見事なダンスでしたな」「うむ、二人のリズムも合っていましたし、よい夫婦になりそうですぞ」 と、重鎮達も会話を始める。あ、儀式が終わったら雑談していい感じなのな。そうなのか。 私はフランカさんに話しかけた。「成功ですね」「はい、お嬢様、とても立派でいらっしゃいました……」 ぽろぽろと涙をこぼすフランカさん。おおう、そんなに泣いたら化粧が落ちるぞ。 そして、ビアンカがほっとしたような顔で言った。「くしゃみとか出なくてよかったです」 ああ、あの厳かな儀式の最中にくしゃみなんてしたら、台無しになるところだったよ。何事もなくてよかった。 さて、次は城下のダンスホールで結婚披露宴だ。 まずは、パレスナ嬢が儀式衣装から着替えるために待っているだろうから、そちらへ向かわないと。「それでは、お嬢様のお世話がありますので、私達はお先に失礼します」 そう言ってフランカさんは参列者達に一礼した。 私は慌ててフランカさんに追従して侍女の礼を取る。「うむ、披露宴でまた会おう!」 そう元気にナシーが見送ってくれた。 いよいよ披露宴本番。数百人の人が集まる場で、今の儀式のようにはたして上手くいくのか。どうか成功してもらいたいものである。◆◇◆◇◆「はー、大勢の人に見られると思うと、そわそわしてきた。キリン、これって『マリッジブルー』かしら」「いえ、ただの緊張かと」 パレスナ嬢の泣き言に、私は冷静に突っ込む。 ダンスホールの控え室、そこで私達三人の侍女は、パレスナ嬢の着替えを行なっていた。 白いウェディングドレス。汚れ一つない純白のそれは、まさしく女子の憧れる花嫁姿という感じだ。衣装のところどころに薔薇が飾られているのは、薔薇の宮の主を表わしたものか。頭のベールにも薔薇がふんだんにあしらわれている。 ここまで見事なドレスだと、今後真似する人が出るだろうなぁ。また地球の文化がこの世界を侵略してしまうのか……。 まあ、今更か。「結構長丁場になると思うから、化粧は薄めでお願いね」「役者は遠くから見ても顔が解りやすいよう、濃い化粧をするそうです」「そんなに目立つ気はないから!」 役者を例えにあげた私の言葉に、そんな否定の声をあげるパレスナ嬢。 新婦が目立たなくてどうするのかね、この人はまったく。 そんな言葉を聞いているのかいないのか、フランカさんが化粧を施していく。 私は髪型の整え直し。ビアンカは指先のチェックだ。 そして、私達の手によりパレスナ嬢は完璧な新婦になった。 それを見て、フランカさんは満足そうに言う。「これでよろしいでしょう。では、そろそろ開宴の時間ですから、キリンさんはビアンカを連れて先に会場入りしてください」「あれ、いいのですか?」「披露宴の入場は、儀式のように侍女を引き連れはしないですからね。会場でお嬢様をお迎えしてください」「了解しました。ビアンカさん、行きましょうか」「はいー」 私はフランカさんに促されるままに控え室を退室しようとする。と、ああそうだ。パレスナ嬢に言っておかないと。「パレスナ様、入場のとき少し驚くかもしれませんが、気にせず進んでくださいね」「ああ、ミミヤから、派手な入場になるから心しろって言われてるわ。大丈夫」 なるほど、ちゃんとミミヤ嬢は入場曲のことを話していたか。サプライズもいいが、それで入場が失敗したら意味ないからな。 そうして、私とビアンカの二人は、控え室を出てホールへと向かう。 ホールに入ると、そこはとても広い場所だった。だが、広すぎてがらんとしているわけでもない。数百人の人がそこで待機していた。 こりゃあ、知り合いと会うだけで一苦労だぞ。 私達二人は、とりあえず新郎新婦の席に近い立食テーブルの横に待機することにした。 開宴間近とあって、テーブルにはできたての料理がすでに運び込まれている。 お、小皿にホイップクリームとカットフルーツが載ったカスタードプリンがある。トリール嬢頑張っているな。「美味しそうですねー。早く始まらないかな」「食べ過ぎて、ダンスを踊れないということのないようにね」「大丈夫ですよー」 そう言ってビアンカは笑った。 まあ、大丈夫か。彼女も来月には十歳だ。日本で言うと小学四年生。分別をわきまえる年頃だろう。 そんな会話をしていたときのこと。ふと、見知った顔が、こちらへと近づいてくるのに気がついた。「キリンお姉様!」「ああ、ククルか」 ククルの他にも、カヤ嬢や侍女の仲間達の姿が見える。 皆、思い思いのドレスに身を包んでいる。うーん、華があるな。「お姉様、ふふ、とてもお似合いですわ。こんなにも可愛らしくなるなんて」「可愛らしい、ね。ククルこそいいドレスじゃないか。いつもにも増して美人さんだ」 薄い紫色のドレスに身を包んだククルを褒めておく。ククルは美少女だから、男達が放っておかないぞこれは。「お姉様、そちらの方は?」「ああ、こちらは王妃様の専属侍女のビアンカだ」「まあ、王妃様の。初めまして、王城侍女のククルと申します」「初めましてー。ビアンカです!」 ククルとビアンカが互いに侍女の礼を取った。侍女のドレスを着ていないのに侍女の礼を取るのを見るのは、新鮮だな。「彼女達は王城にある侍女宿舎に住んでいるんだ」 そうビアンカに説明する。「侍女宿舎ですかー。今日から私もお母さんと一緒の部屋で、侍女宿舎に住むらしいです」 そうだったのか。内廷には侍女の住み込むスペースがないってことだな。 そのビアンカの言葉を受けて、ククルがにっこりと笑って言う。「あら、それなら、今日から貴女も私達の仲間入りですわね」「よろしくお願いします!」 ビアンカがそう挨拶をすると、侍女達がビアンカを囲んできゃいきゃいと騒ぎ出した。「可愛らしいですわね。おいくつですの?」「九歳です」「若いー。その歳で王妃様専属ってすごくない?」「エカット公爵家の分家の出なのでー」「私も内廷で働いてみたいなー」 ビアンカは人気のようだ。侍女達のすぐ他者と打ち解けられるところは、是非見習いたいと思う。 そう彼女達を見守っていると、ククルが私に話しかけてきた。「ところでキリンお姉様、お父様を見かけませんでした?」「ゴアードか。いや、見てないな」「そうですの。今日はお母様と弟を連れてきているらしいので、合流したいのですけれど」「一家総出か。ふむ……あちらにいるぞ」 魔法を使って、方々へと視線を飛ばしてゴアードを発見した私は、ククルに場所を示してやる。「あちらですか……あ、いました。ありがとうございますお姉様。みなさん、お父様が見つかりました!」 ククルは侍女達を引き連れて、ゴアードの方へと向かうようだ。「またねービアンカちゃん」「はい、宿舎でお会いしましょう!」 ……ビアンカは侍女達とすっかり仲良くなったようだ。「宿舎では上手くやれそうですね」「はいー、みなさん優しそうでよかったです」 そうなんだよなぁ。創作上の貴族的な傲慢さがないんだよな、彼女達には。侍女の淑女教育の賜物なのかね。 そんな会話を繰り広げていたら、また私達に近づく集団が。「ぎゃははは! 魔人がドレス着とる!」 青の騎士団の面々だ。私を指さして笑っているのは、騎士団長のセーリンである。「セーリンか。どうだ、似合うだろう」「似合いすぎて頭がおかしくなりそうだわ! 剛力魔人が美少女とかどうなってんの。がはは!」 笑いが止まらないようだ。後ろについてきている騎士達が困惑しているぞ。 そんなセーリンに向けて、私は彼らの様子で気になったことを聞く。「しかし、こんなときにまで騎士服なんだな、青の騎士団は」「正装だからな!」 こちらは仕事着の侍女のドレスではなく、わざわざパーティ用のドレスを新調したというのに。こいつらは楽でいいな。「まったく、カヤ嬢もしっかり綺麗なドレスを着込んでいたというのに、婚約者のお前がそんなずぼらな様子でいいのかね」「おお、そうだ。カヤを見なかったか?」 私の苦言に、そう話を横にそらしてくるセーリン。まあいいだろう。「カヤ嬢なら、あちらでゴアード侯爵と一緒にいるぞ」「うっ、またそんな大物のところにいるのか」「ゴアードが大物ねえ……」 全然そんな感覚はないんだが。 まあ、仮にも領地を持つ侯爵か。「まあ、向かってみるわ。あんがとな!」「カヤ嬢に恥をかかせたら殴るからな」「お前に殴られたら死ぬわ!」 そう軽口を言い合って、私達は別れた。「騎士様と仲が良いのですね。すごいです!」 ビアンカがきらきらとした目で私を見てくる。 そんなすごいもんじゃないぞ、騎士って。頭が悪くてもそこそこ上にいけるから、脳筋が多いんだ騎士には。 確かに年若い子女にとっては憧れの男子かもしれないが、婿にはきっと向いていないぞ。 そうビアンカを諭してやろうかと思ったそのときだ。『これより、国王陛下と王妃殿下がご入場なさいます。皆様、ご注目ください』 拡声の魔法道具を使って発せられたアナウンスが、ホールに響きわたった。 ホールを満たしていた人々のざわめきが、一瞬で静まる。 いよいよ開宴か。パレスナ嬢の次なる晴れ姿、この目にしっかり収めてやろうじゃないか。